( ^ω^)ブーンたちは漂流したようです

5: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 22:44:20.44 ID:drnViBLZ0
第十二話「紅鏡の末路」

( ・∀・)「あれは、一体なんでしょう」

モララーが、色濃い空を仰いで呟いた。
彼の視線の先……仰角三十度ほどの位置に、赤黒く光る円形の物体が存在している。
そこから浴びせられるものは、モララーにとっては初めての、あまりに強烈な光なのだろう。

从 ゚∀从「ああ、あれは太陽じゃねえか」

( ・∀・)「太陽、あれが太陽ですか」

从 ゚∀从「知らなかったのか」

( ・∀・)「聞いたことはありますが、見たことは一度も」

从 ゚∀从「映画館とか、利用しなかったか?」

( ・∀・)「興味が湧きません」

从 ゚∀从「……そりゃあ、そうかもな」

彼らは役所の外に出て、死を待っている。望んでいるわけでもなく、ただ来るものとして待っている。
先程まで聞こえていた足音は、何故か次第に遠ざかってしまっていた。
「下の世界へ行ったのかも知れません」とは、モララーの言である。

( ・∀・)「なんというか……太陽というものは、あのように醜いのですね」



10: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 22:47:13.80 ID:drnViBLZ0
確かに今の太陽は醜いと、ハインは思った。
様々な汚染物質が空気中に浮遊しているためだろう、
普段神々しく光り輝いているはずのそれは今やどす黒いもやがかかった、
発光する汚物でしかないのだ。

从 ゚∀从「……でもな、本当の太陽はもっと凄いんだぜ」

( ・∀・)「へえ、どんな風に」

从 ゚∀从「こう、なんだ。まずデッカい青空があるんだよ。綺麗でな、雲一つ無い。
      そこにギラギラした太陽が強烈に輝いてるんだ。
      今みたいに、直視できないぐらいに、だぜ。
      それが無かったら、俺らは当然生活できないんだ。
      まさに神様みたいなもんだぜ、あれは」

( ・∀・)「ふむ」

モララーはしばし逡巡するように頭を左右させていたが、
やがて「よくわかりません」と言った。

从 ゚∀从「……ま、実際に見てみないと分からないわな」

( ・∀・)「ところで、ここで立ち止まってていいんですか?」

从 ゚∀从「ん?」

( ・∀・)「幸い怪物はまだ来ないみたいだ。
      今ならまだ、逃げ道を見つけられるかも知れない」



14: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 22:50:29.77 ID:drnViBLZ0
从 ゚∀从「もう疲れたよ、俺は」

( ・∀・)「と、いいますと」

从 ゚∀从「現実に戻ってまた売女やるかね。アレ、楽だけどキツいんだよな。
      お前こそどうなんだよ。逃げないのか」

( ・∀・)「どうやら、この世界の住人はほとんど殺されてしまったみたいですし、
      これからも殺戮行為は続くでしょう。一人で生きていても、仕方がありません。
      だからここは素直に、死を受け入れるべきかと」

从 ゚∀从「殊勝だねえ」

ハインが皮肉るような声を出すが、モララーはまったく動じない。
彼は未だ、どうやら沈んでいくらしい太陽を眺め続けていた。

( ・∀・)「……よくよく見れば綺麗かもしれませんねえ、太陽」

从 ゚∀从「ま、アレ自体は何も変わってないだろうからな。
      変わったのは、この星に住む阿呆ばかりだ」

( ・∀・)「思えば思うほど、無意味な生涯でしたよ。私は何のために生き、死んでいくのか」

从 ゚∀从「思春期みたいなこと考えやがって」

ハインがせせら笑う。
だが、彼にとって、いや、この世界に元々住んでいた人々にとっては深刻な命題なのだろう。
なまじ知能を有しているがゆえに湧き上がる、答えの見つからない空虚な疑念そのものだ。



16: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 22:53:03.82 ID:drnViBLZ0
从 ゚∀从「そういや、お前ら子供産んだりもしないんだったな」

( ・∀・)「昔は、少しばかり産まれていたようですがね」

从 ゚∀从「本来、生物にとっての第一義はそこにあるんだぜ」

( ・∀・)「へえ、そうなのですか」

从 ゚∀从「つーか、これは本能レベルの問題だと思っていたが……。
      ったく、。俺たちの世界じゃ危ない橋渡ってまでヤろうって奴ばっかなのによ」

( ・∀・)「それほど子孫を残したいものなのですか。私にはとんと分かりませんね」

从 ゚∀从「いや、金払う奴は子作りを目的にしてるわけじゃないんだが……な。まあいいや」

ハインは、モララーの性欲の無さに驚いていた。
本来、動物というものは誰から教えられるわけでもなく、交尾にいたるものである。
それすら、殻世界の住人には見受けられないのだ。

从 ゚∀从「……必然的な衰退かもな」

( ・∀・)「必然」

从 ゚∀从「ああ。神様か誰かが、もう人間いらねえって言ってるんだよ。
      怪物がいようといまいと、おそらく近いうちに、人間は滅ぶ運命にあったんだ。
      子孫を残す必要が無いって」



17: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 22:55:26.02 ID:drnViBLZ0
( ・∀・)「思うんですがね、そもそもそんな義務に囚われる必要が無いはずなんですよ。
      私たちは、個々として立派に生きていけばいいんじゃないですか」

从 ゚∀从「あんたがそれを言うかね」

( ・∀・)「ええ。だから、我々のように没個性的、壊れた人間は死ぬべきなんです。
      あなたが言う、必然的衰退ですよ」

ハインの頭に、いつか聞いたレミングの話が髣髴と浮き上がってきた。
彼らは、自らの種を最適な量数に調整するため、自ら死んでいくのだと信じられていたらしい。
だが、後にそれが間違いであると判明した。
何のことは無い、彼らはただ新しい餌場、住居を求めて移動しようとし、
その道すがらで川に落ちたりして死んでいくだけなのだ。
彼らは決して、種族の保存などという大義名分について考えているわけではない。

人間だってそうだ。快楽的目的で交接し、身篭った子は中絶によって殺す。
人口は増加していく。それに伴ってあらゆるバランスが崩壊していく。
高度な知的生命体でさえ、自らの種を守ろうという概念が存在していないのだ。
ただ自己満足を追い求め、生きて死んでいく。
その過程に、たまたま子孫を残していき、結果現代に繋がっているわけではなかったか。

从 ゚∀从「……エゴイズム万歳か」

( ・∀・)「あるいは、そう言えるかもしれませんね」

ハインは静かにため息を落とし、宙を見上げる。

从 ゚∀从「やってられんねえ、どうも」



19: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 22:58:20.31 ID:drnViBLZ0
そのとき、出し抜けの足音に、二人は身を震わせた。
それらは地下のほうから響いてくるように感じられる。
戻ってきたのだろう。二人は顔を見合わせた。

从 ゚∀从「今度こそ、こっちに来るかね」

( ・∀・)「望んでいるのですか」

从 ゚∀从「ああ、もうここまできたら、スッパリやっちゃってほしいもんだ」

ハインはそう言って、下り階段の傍まで歩み寄った。
そして、両手を口にあて、声を枯らして叫んだ。

从 ゚∀从「おおい、怪物どもぉ、さっさと殺しに来やがれ!
      ここに、生身の人間が二人、お前らを待ってるぞ」

太陽が徐々に沈んでいく。あたりは次第に暗澹の中へと没入していた。
ハインはモララーの隣に立つ。

从 ゚∀从「さて、どうするよ」

( ・∀・)「どうしましょうか」

从 ゚∀从「セックスでもするか」

( ・∀・)「はい?」



23: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:01:07.32 ID:drnViBLZ0
ハインは嬌笑し、モララーの肩に肘を乗せる。

从 ゚∀从「まぁ、そういう反応だろうとは思ったぜ」

( ・∀・)「何故この場面で、生殖行動を行う必要があるのです?」

从 ゚∀从「んまぁ……目的はそれだけじゃないんだよ、実際」

( ・∀・)「そうなのですか」

从 ゚∀从「そうなんだよ」

沈黙。モララーは戸惑っているようだった。
無理も無い。彼は、性交渉の方法さえいまいち知らないのだろう。
ハインの中で嗜虐めいた感情が湧出し始める。

从 ゚∀从「ここじゃあアンマリだ。あそこに行こうぜ」

( ・∀・)「ど、どこでしょう」

从 ゚∀从「ほれ、あっただろ。俺たちが、最初に来た場所だ」

ガクガクと、モララーは頷いた。
何か、恐怖的体験でもすると思っているのかもしれないなと、ハインは内心ほくそえんだ。
彼女は先に踵を返して歩き出す。

从 ゚∀从「ほれ、さっさと行くぞ。今回だけだぜ、タダなのは」

硬直したままのモララーに、そう怒鳴りつけた。



25: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:03:32.13 ID:drnViBLZ0
細い通路を抜けて扉を開いたその空間は、
最初ハインが来た時と変わらぬたたずまいを呈していた。
微妙なノスタルジアさえ心中を駆け巡る。
だが、本来そのような感傷はあるべきではなかった。
彼女にとって、この世界で得た思い出など唾棄すべきほどに瑣末なものだったのだから。

从 ゚∀从「なんか広すぎるが……ま、役所じゃあここが一番閉塞してるっぽいだろ」

( ・∀・)「まさか自分がこの立場に立つ日が来るとは思っていませんでした」

そういえば、とハインは上着に手をかけながら考える。
ブーンをたぶらかせたことがあった。その時、彼は彼らしい純朴な反応を見せていた気がする。
彼がその気になれば受け入れようとも思っていた。
いや、ハインの場合特別ブーンである必要などどこにも無かったのだが。
かわいそうなことをしたな、と嘲笑混じりに自省する。

だが、一方でブーンは安心しているのかもしれないのだ。
彼とて、娼婦と何も変わらない女を抱きたくは無かっただろう。

从 ゚∀从(俺を抱くのは、白痴のオヤジと……こいつらみたいな白痴の住人で十分なんだ)

ハインは扉付近で硬直しているモララーを見遣り、自分に言い聞かせた。



26: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:06:17.70 ID:drnViBLZ0
モララーを手で招き寄せる。それから上着を脱ぎ、上半身だけ下着姿になる。
『雌豚』と記された刻印が痛々しく浮かび上がっていた。

从 ゚∀从「そういやお前、キスもしたことないんだよな」

言ってから、なんだか恋愛小説みたいだな、とハインは思った。
そんな雰囲気が自分に似合わないことも、彼女は重々承知している。

( ・∀・)「……その行為に何の意味があるのか、いまいち分かりませんので」

从 ゚∀从「こう、なんだ。愛とか知らないのかね」

ハインが嘔吐するような仕草をしながら言う。

从 ゚∀从「俺は、あんまり好きな言葉じゃないが」

彼女に「愛」を教えたのは紛れも無く、かつて彼女を飼っていた人物だった。
それ以外の愛をハインは経験したことが無い。
家族愛、純愛その他、綺麗な「愛」と彼女はまったくの無縁であり続けたのだ。
これまでも、そしてこれから先、僅かな命の間にも。

どこかぼんやりしているモララーの顔にハインは自らを近づけ、
そして呆気にとられている彼の唇に自分の唇を重ねた。
数秒の沈黙。やがてハインが静かに体を離したとき、モララーは微睡んだ表情でぽつりと言った。

( ・∀・)「……なんだか、果てしなく虚しいですね」

从 ゚∀从「そりゃあ……そうだろうよ」

―――――――――――――――



30: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:09:38.96 ID:drnViBLZ0
今ブーンがすべきことは、おそらく自分の浅はかさに対する後悔であろう。
そもそも図書館に隠された鉄扉などというような隔絶された場所の奥が、
この世界に住む人間達の管理下に在るはずがないのだ。そこに怪物が潜んでいる事は、
よくよく考えてみれば当然の事ではないか。妙に幅広い通路も、
彼ら怪物の体格に合わせてつくられたに違いないのだ。

反射的に踵を返した。そしてそのまま、しぃを連れて元来た道へと走り出そうとした。

<●>「待ちなよ」

だが、怪物の人語に立ち止まらずを得なかった。
ブーンにとって、怪物が人間に通じる言葉を発したのを聞くのは初めての体験だった。
してみれば即ち、彼らこそが人間を滅ぼしたという、高度な生命体なのだろう。

<●>「逃げてもいい。逃げてもいいけど、外は怪物で一杯だよ」

怪物の足音と思しき重低音が背後から迫ってくる。

<●>「それに、僕にだってキミたちを追いかけて、
     捕まえて殺すぐらいの体力はある。あってしまうんだ」

振り返る。至近距離に佇んでいた怪物の、
計三つの黒々とした眼球が、笑むように細くなった。



32: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:12:09.11 ID:drnViBLZ0
<●>「でも大丈夫。僕はキミたちを、すぐさま食い殺そうなんてしない」

下卑た笑い声をあげる怪物の手がブーンの肩に置かれ、彼は慄然と身体を震わせた。
それから怪物は、彼から離れてモニター前のソファに身体を沈めた。
それは、人間にはあまりに不釣り合いな形状で成っていたが、怪物にはよくよく適しているのだ。

<●>「キミたちには恐らく残念な結果だよ」

モニターを隅々まで眺め回してから、怪物は呟いた。

<●>「キミたちはここまで、逃げ道や救済策を求めてやって来た。
     でも、生憎ここは僕のプライベートルーム兼監視室でしか無い。
     それだけじゃなく、この世界にはもはや逃げ場なんて無いよ」

( ゜ω゜)「そんな……」

<●>「例えばこれが、ある種王道的な小説ならば、
     キミにはある程度の希望が残されていただろうね。キミは種だし。
     でもそんなものは無いよ。これは現実で、あまりにも醜い末路なんだ。
     僕だって、ちょうど困っていたところなんだ、これからどうすればいいんだろうって」

ブーンは膝から地面に崩れ落ちた。その怪物の台詞を全て信用したわけではない。
だが、彼が嘘をつく必要などどこにも存在しないのも事実なのだ。

ブーンの言葉を待たずに、怪物は更に言葉を紡いだ。

<●>「どうだい、ここで一つ、終末への語らいをするっていうのは」



34: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:15:21.87 ID:drnViBLZ0
( ゜ω゜)「そんなの嫌だお!」

ブーンが叫喚する。怪物はややめんどくさそうに振り返って、彼を見遣った。

( ゜ω゜)「そんな……僕は、僕たちは生きたいんだお……それに、それに」

ブーンの中で様々な思念が渦巻いて混沌と化していた。
あの世界から消える直前、自分に告白したツンのこと。
同じく種として呼び出されたメンバーの中でも最も親しく、
それでいて最終的には見捨てる形になってしまったハインのこと。

隣にいるしぃのこと。今や生きているかどうかも定かでないドクオのこと、ペニサスのこと。
家族。学校。青空。太陽。家。自分の部屋。

泡沫の如く出現して消えていくそれらは、どこまでもとりとめがなかった。

(  ω )「なんでこんなことになったんだお。
      僕は、僕はどうしてこんな世界にこなければならなかったんだお……」

<●>「理不尽だろうねえ、理不尽だよねえ」

怪物が同情めいた口調で言った。

<●>「それについては、少々謝らなければと思っていたんだよ」

( ゜ω゜)「え……」

<●>「キミたちをあの時代から呼び出したのは、僕なんだよね」



37: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:18:04.97 ID:drnViBLZ0
( ゜ω゜)「どうして……そんなこと」

<●>「ふむ。これは少々長い話になるんだけど、まあいいや。最期だし」

怪物は淡々と語り始める。

監視員である彼が殻世界、特にヒトに危惧を抱き始めたのはもう数年前のことになる。
ここに収容された当初、なんとか意思を持って過ごしてきたヒトが、
徐々に個性や人格を失い、ただただ生かされる傀儡と化していったのだ。

その病ともいえる現象は徐々にエスカレートしていき、
遂には生物の根幹に存在すべき生殖本能さえ失わせた。

誰も子供を産まなくなった。当然頭数は減少していく。
それと同時に、ヒトに食料その他を供給するパイプラインにも異常が生じ始めた。
規定数の食料・物品を供給できなくなり、人知れず飢えるヒトが続出したのである。
もはや、彼一人で対応できる範疇を超えてしまっていた。
彼はすぐに、下の世界……怪物達が住まう世界に問い合わせた。

だが、下の世界は人間達に構っていられる余裕など一つも無かった。
未知の病魔が出現し、怪物達を根絶やしにし始めていたのである。
解決策など、無いという絶望的な結論さえ出されてしまっていた。

彼は苦悩した。まさか上下両方の世界に、同時に危機が訪れるとは思っていなかったのである。
しかし、病魔に対して彼ができることなど何も無い。
それどころか、無闇に下の世界へ降りれば自分も冒され、死んでしまうかも知れないのだ。
彼は一人、ヒトの監視を続けることを決意した。



41: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:21:10.54 ID:drnViBLZ0
まず、彼はカードによる制限を設けることで食糧供給を安定させようとした。
それはすなわち、あぶれたヒトを切り捨てる方策であったが、
彼にはそうする他どうしようもなかった。

だが、それでは根本的な解決にならない。
次世代へと引き継ぐべき子孫は生まれない。
パイプラインは徐々に破壊され、供給量を減じていく。

彼は最終手段に出ざるを得なかった。

<●>「それがつまり、キミたちを呼び寄せた機械さ」

生かされる、もとい怪物達に「飼われる」ヒトが、
その意義や本能を失ってしまうのではないかということは、
殻世界の創成前より懸念されていたことだった。
何しろ、殻世界に収容されたヒトには、
反抗心や知的活動を抑止するための手術が施されていたのだから。

だが、それに対する根本的な解決策は見当たらない。
知能を持たない怪物がうようようろつき、しばしば小競り合いも発生していたので、
憂慮するだけの時間も残されていなかった。

そこで、一応の善後策として、ある機械の製造が決定された。

<●>「十八歳周辺……つまりは、生殖に適した男女を数百名、
     あわよくばそれ以上の数を過去から呼び寄せる。
     そうすることで、ヒトの世界を持ち直させようと考えられたんだ」



44: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:24:32.26 ID:drnViBLZ0
その言葉に、ブーンは呆気に取られる他なかった。
なんと自分たちは、ただ生殖するためだけに呼び寄せられていたのである。

<●>「でも……それすら、失敗した。
     そもそもこの機械を製作した当時から、時間を跳躍する技術には疑問が呈されていたんだ。
     窮地に陥って起動させてみれば……このザマ。たった四人しか呼び寄せられなかった。
     この時、もはや僕は完全に絶望したんだよ。ああ、これでヒトは終わるんだなって」

( ゜ω゜)「そんなこと、勝手に決めつけないで欲しいお! 
      大体、僕たちのことなんて、何も考えられて無いじゃないかお!」

<●>「そうは言うけどね、絶滅寸前の『動物』を保護するために、
     他から生殖活動可能な『動物』を持ってくることは、人間達もよくやっていたじゃないか」

( ゜ω゜)「でも、僕らは……」

<●>「感情がある、とでも言いたいのかも知れない。
     でもね、僕たちからしてみれば、ヒトのそれなんて些末なものに過ぎないんだよ。
     オスとメスを合わせれば、そのまま交合するだろうって話も出てたぐらい何だから」

完全なる蔑視の対象なのだと、ブーンは悟った。
いや、それは蔑視ではなく、彼らにしてみれば当然の対応だったのだろう。
それもおそらく、彼らが人間を真似ることで得た素養なのだ。

<●>「もう、この頃には下の世界との連絡はまったく途絶えていた。みんな死んだんだろうね。
     そして地震が頻発し始めた。これはヤバいなあと一度ここから外に出たこともあったよ。
     案の定ダメだった。殻が崩れた。知能を持たない、僕らの同胞が侵入してきた。
     以上。おしまい。為す術無し」

最後、怪物は自棄的にそう吐き捨てたのだった。



49: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:28:27.71 ID:drnViBLZ0
(*゚ー゚)「……けほ。けほけほけほ」

その時、それまでブーンにしがみついたまま沈黙していたしぃが激しく咳き込んだ。
そしてなお一層強く、ブーンの腕を抱き締める。

<●>「……その子、ペットだね」

怪物がしぃをじとりと見下ろす。しぃは怪物に対して、憎悪の念を抱いて睨め付けている。
体調が優れてさえいれば、今にも飛びかかりそうな様相である。

<●>「分かってると思うけど、その子はもうとっくに寿命を越えてしまっている。
     それ以上生きさせるのは酷だよ」

( ゜ω゜)「ペット……しぃは、一体なんなんだお?」

<●>「それは、元々ただの性玩具だったものさ」

( ゜ω゜)「!」

<●>「そういう風な、幼い子供を犯す風習が、末期のヒトには染みついていたんだ。
     それを彼女たちの、ある種のクローンを量産することで殻世界に引き継いだだけの話。
     クローンだから劣化も早い。不具合として、
     過去の記憶を断片的に思い出してしまうこともあるようだね」

(*゚ー゚)「……逃げよう、逃げよう、ぶーん」

しぃが苦しそうに、ブーンに訴えかける。その目は、微かに潤んでいた。

(*゚ー゚)「だめ……かいぶつは、だめ。逃げないと……大きい怪物は……殺され、ちゃう」



52: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:30:07.77 ID:drnViBLZ0
<●>「一つ疑問があるんだけど、聞いてくれるかな」

(  ω )「……なんだお」

<●>「これは根本的な問題なんだけどね、すなわち僕らの歴史なんだよ。
     僕らという種族が一体どこから現れたのか、まったく不明なんだよね。
     最初、僕らの種族は全員、知能を持っていなかったんだから。
     勿論、進化論的な体系にも基づいていないし、
     かといって宇宙からやってきたって理屈も適当とは思えない」

(  ω )「そんなこと……僕が、僕が知るはず無いお……!」

<●>「だよねえ。
     ううん、せめてこればっかりは解決して死にたかったんだけど。
     それはたぶん、僕らが何故生殖能力を持っているか、にも関わる筈なんだ」

ブーンは答えない。答えるつもりがまず無かったし、
何より彼との問答が利益になるとも思えなかったのである。
今すぐにでも逃げ出したい気持ちであった。
しかしそれを許さないのがモニターに表示されている映像群である。
そこには、殻世界を徘徊する怪物達が、点々としるされているのだ。

<●>「僕らの生殖能力は、極めて特異でね。
     別種の……人間という媒体を使わないと生殖できないんだ。
     そもそも僕らに寿命という概念は存在しない。ここからして、まずおかしいんだけどね」



54: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:33:06.49 ID:drnViBLZ0
<●>「ヒトも、他の生物も、基本的に異性との交接によって子孫を繁栄させる。
     でも、僕らにはそういった手段が存在しないんだ。そもそも、性別って概念さえ無いし」

(  ω )「……」

<●>「僕らがヒトを……悪く言えば食い物にしていけば、当然その数は減少する。
     やがては絶滅してしまうかも知れない。
     ヒト以外を媒介にしての生殖活動は不可能だ。
     そのうち、それこそ病気や災害などで、僕らは死に絶えてしまう」

(  ω )「……この世界を、そういう風に利用すればよかったんじゃないかお」

<●>「そう。ヒトを住まわせたのには、そうした理由も存在していた。
     ある種、牧場のようなシステムでね」

(  ω )「!」

<●>「でも、それは二次的な機能に過ぎない。本来の目的は、
     ヒトを保護することだったんだ、純粋にね。
     僕らは死なないし、殻世界は絶対に安全だとも言われていた。
     だから、キミたちを使うことは非常手段として、だったんだ。
     まぁもっとも、突発的な病魔は驚く速度で浸透したみたいで、
     結局キミたちを使う機会は無かったけどね」



56: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:36:11.74 ID:drnViBLZ0
(  ω )「じゃあ……じゃあ、今すぐにでも使えばいいお!
     僕も、しぃも、お前ら怪物のために使えば……!」

<●>「ペットは無理だ、彼らは純粋なヒトではないからね。
     大体、僕らがヒトを媒体にして産み出した幼生は、最初知能を持たないんだ。
     外で暴れている連中と、同じだよ。
     それを、一体どうやって育てていくの。僕一人じゃ到底不可能だ。
     下の世界には、教育システムというのも一応存在しているけれど、
     僕には使い方が分からないし」

どこまでも平坦な口調を貫いて喋る怪物。
彼は意外とすんなりと、諦観しているようであった。

<●>「ああ、ちなみに」

怪物が、今はもう映っていないモニターの一片を尾の先で示した。

<●>「キミと一緒に来た三人だけどね、一人はもう死んだよ」

( ゜ω゜)「え」

<●>「髪の長い女性だ。さっき、キミが通ってきた通路で、ね」

あの、通路で踏みつけてしまった物体。
ヒトの抜け殻だと認識してしまった肉塊。



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