( ^ω^)ブーンたちは漂流したようです

58: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:39:08.33 ID:drnViBLZ0
( ゜ω゜)「……そんな」

咄嗟にハインが思い浮かんだ。
だが、その女性がペニサスであるという可能性も捨てきれないのだ。
ブーンの中で、その二人の女性に対しての序列が存在することは、
否定しようもない事実であった。
共に過ごしていたハインの生存を願う気持ちの方が、当然のように強い。

<●>「もう一人の男性は下の世界に行ったよ。下はここから監視できないから、
     それからは行方不明さ。でも、その後に続くように、無数の群れが下の世界に侵入したから、
     今頃はもう、殺されてるんじゃないかなあ」

( ゜ω゜)「も、もう一人の……もう一人の女の子は?」

<●>「役所の方へ行ったみたいだ。そっちのカメラはすでに壊れているみたいだから、
     映像は受信できない。でも、奴らは各地を行軍しているから、死は近いだろうさ」

すでに膝を落とし、体勢を崩してしまっているブーンに、それ以上のリアクションは出来なかった。
彼はささやかに拳を握り締め、両眼から落涙させるばかりである。
涙滴は床に規則的に落下し、水たまりを形成していく。

<●>「そろそろ、全ての希望を失ったかな」

(  ω )「みんな……みんな、何も罪はないんだお!
      ペニサスも、しぃも、ドクオも、ハインも……!」

<●>「自分が抜けてるよ」



63: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:42:04.96 ID:drnViBLZ0
<●>「そう、何も罪は無い。それは僕らも同じだよ。
     僕らは自分の種族を残すために努力してきただけさ。
     客観的に、それが絶対悪だったとしても、主観的には必要悪さ。
     ヒトだって、そうだったろう?」

(  ω )「……」

<●>「ま、君たち四人には同情する。そして謝罪もする」

怪物はブーンの方に向き直り、深々と頭を地に伏した。

<●>「申し訳なかった」

怒ればいいのか、泣き叫べばいいのか、ブーンには分からなかった。
あらゆる感情の表現さえ、現在においては稚拙であるように思えた。
目の前に死が立ちはだかっている。そう遠くないうちに、それを自分は受け入れなければならない。

<●>「……そこで、だ。お詫びのしるしと言っては何だけど、
     キミにとっての最後の希望を提示しよう」

(  ω )「?」

<●>「キミをここに呼び寄せた機械に、逆流機能が付属しているんだ。
     つまり、キミを元来た時間に帰すことが出来る」

( ゜ω゜)「!」



68: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:45:11.19 ID:drnViBLZ0
<●>「これは本来の使い方ではないんだけどね。まぁちょっとした応用法さ。
     どうだい、試してみる?」

すぐにでも、とブーンは口にしかけた。だが、すんでの所でやはり躊躇した。
自分だけが帰ってもいいのだろうか。
ペニサスかハインか……どちらかは分からないが、すでに死んでしまっている。
他の二人にしたって、生き存えることは絶望的と考えるべきだろう。
そんな状況にて、自分だけが元の世界へ帰還する……それが、果たして許されるのだろうか。

だが、それにも増して彼の現実逃避欲は強くなっていった。


<●>「ただし、さっきも言ったように、この機械は実に不安定だ。
     もしかしたら誤作動を起こして別の世界に飛んだり、
     或いは肉体がバラバラになって到着することも有り得る」

(  ω )「……僕は……」

ブーンがふらふらと立ち上がる。

(*゚ー゚)「ブーン……」

(  ω )「しぃ……ごめんだお。僕は……僕は、ここから逃げるお」

そして、薄く開かれた目で怪物を見据えた。

(  ω )「帰るお」



73: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:48:26.42 ID:drnViBLZ0
彼の精神状態が限界に到達していることは、傍目からも明らかだった。
視線は虚ろに宙をさ迷っていて、怪物やしぃが視界に映っているのかも怪しい。
身体は小刻みに震えていた。涙はとめどなく頬を伝っていく。
しぃが、彼を案じて心配そうな表情をする。
手を握ろうとするが、ブーンはそれを力強く振り払った。

<●>「そうかい。それじゃあこっちの部屋……に……?」

案内しようと腰掛けから立ち上がり、彼は先程出てきた部屋へと続く廊下へと歩き出し、
だがすぐに、その動作を停止した。

<●>「……そうか、そういうことか……」

彼は口の中でぶつぶつと呟き、そしてやがて、嬉々として叫んだ。

<●>「なるほど、そういうことだったのか!」

しぃが吃驚して怪物を見上げた。
ブーンは特別反応もせず、ただ彼の姿を見つめている。

怪物はブーンのほうを振り返ると、それが彼らの笑顔であるらしい、
笑みを浮かべた。

―――――――――――――――



80: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:50:32.55 ID:drnViBLZ0
从 ゚∀从(やっぱ、性欲ってあるもんなんだねえ)

ハインは、自分の上で懸命に体を動かしているモララーを見上げて、漠然と思った。
彼女がモララーに、懇切丁寧に何かを教えたわけではない。
ただ少しばかり手引きしただけで、彼は交合の方法を理解したのだった。

从 ゚∀从(不能なんじゃねえかとも思ったが、そうでもなかったな)

時々荒く息を吐き、呻くモララーとは対照的に、ハインはどこか客観的に、
自分と彼が行っている行為を眺めていた。
そもそも彼女が誘ったのではあるが、彼女自身、性行為の際は常にこうなのである。

脱走以来、何人と寝たのかは覚えていないが、当初からハインはほとんど無表情だった。
破瓜の痛みに耐えて以後、彼女にとって交接とは、
何の意味も無い不毛なものでしかなかったのである。

从 ゚∀从(なんか……やっぱつまんねえな。そこらのオヤジ連中と変わらねえ)

その時、モララーが一際大きな吐息を散らした。
どうやら、達したらしい。

何の感慨も得ずに、ハインは身体を離して、肩で息をしているモララーを見遣る。



82: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:52:31.93 ID:drnViBLZ0
( ・∀・)「……申し訳ありません、なにやら、途中から意識がぼんやりしてきまして」

从 ゚∀从「そういうもんだ」

( ・∀・)「今は、先ほど以上に虚しいです」

从 ゚∀从「そういうもんだ」

( ・∀・)「そうですか」

从 ゚∀从「ああ」

ハインはそのまま仰向けに寝転がり、天井を見つめる。
白色の空間。ここには、夜が訪れないようだ。
地面が細かく震えている。怪物は、間近まで迫っているのだろう。
今度こそ殺されるに違いない。
ハインはそう思い、達成感に満ち満ちた笑い声をあげた。

( ・∀・)「これが、いわゆる生殖活動ですか。
      話には聞いていましたが」

从 ゚∀从「そうなるな。本来の目的を忘れてる奴も多いが」

( ・∀・)「しかし、怪物が迫ってきている今、意味がありませんね」

从 ゚∀从「皆無だな」



86: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:54:34.39 ID:drnViBLZ0
ぽつ、と。ハインの目から水滴が頬を伝い、床に零れた。

从 ゚∀从「……ありゃ」

拭ってみてから呆然とする。何故自分は泣いているのだろう。
死を恐れているわけではない。むしろこれでよかったと心底思っている。
モララーに犯されたことに対しては、そもそも感傷の欠片すら存在しない。
ならば、なぜか。

いや、知る必要は無いだろう。ハインは悟る。
足音は扉の向こう側、そのすぐそこに到達している。
扉が、強引に破られる。

( ・∀・)「来ましたよ」

从 ゚∀从「みたいだな」

咆哮。空気がビリビリと裂けていくような感触を得る。
どうやら、涙の理由を探るほどの時間はなさそうだ。
ならば、この水滴はそのままにしておこう。
ハインは顔から手を離すと、涙はとめどもなく頬を流れ続けた。



89: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:56:37.13 ID:drnViBLZ0
( ・∀・)「悔い、というものはありませんか」

从 ゚∀从「どうだろうね。今更、ほんの少しだけ出てきたかもしれん」

( ・∀・)「それは?」

从 ゚∀从「いや、俺は今回の人生は諦めているよ」

視界に怪物の醜悪な表情が映りこむ。

从 ゚∀从「次回、次回があるならせめて……そうだな、死ぬまで貞操を守り抜きたいな」

返答は無かった。
代わりに、肉を裂くような鋭い音が響いた。つづいて、ボタボタと水滴の音。
モララーは先に捕らえられ、殺されたのだろう。

ハインの身体も強引に床からはがされ、持ち上げられる。
怪物に両手でつかまれたのだ。反射的に逃れようとしたが、無駄だった。

彼女はこれまでのことを軽く考えた。
自分を奴隷にしていた飼い主。殺した少女。繁華街の風景。世界。
そして最後に、ちらとブーンのことを考えたとき、彼女の額を怪物の持つ鋭利な針が刺し貫いた。

歪んだ笑みを顔面に貼り付けたまま、ハインは事切れた。

―――――――――――――――



94: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/01(火) 23:58:57.43 ID:drnViBLZ0
出し抜けに、しぃが泣き出した。
吃驚して怪物とブーンは立ち止まる。
振り返ると、彼女は床に突っ伏し、獣の咆吼のごとく泣き喚いていた。
抑圧されていた感情を、全てぶちまけるかのように。

( ゜ω゜)「しぃ、どうしたお!? 大丈夫かお!?」

慌てて駆け寄り、肩に手を置いたブーンを、
しぃは精一杯の力で抱き締めた。

(*;−;)「行っちゃやだよ、行っちゃ……やだよ!」

( ゜ω゜)「しぃ……」

<●>「まぁ、彼女がそう言うのも無理は無いよ」

怪物が、どこか冷徹な口調で言う。

<●>「ペットだもの。飼い主には忠実で、一方では捨てられることを怖がって……」

( ゜ω゜)「そんな言い方はやめてくれお!」

ブーンが再び叫んだ。怪物は一旦口を噤み、やがてぼそぼそと言う。

<●>「何にせよ、その子はもう長く生きられない。これから先、苦しむばかりだ」

( ゜ω゜)「何か、何か解決策は無いのかお!?」

<●>「無いね。下の世界ならあるいは……だけど」



98: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/02(水) 00:01:07.21 ID:ThFwTf7n0
この時が来ることを、ブーンはしぃに出会った当初から予見していたのかもしれない。
大体、あの時すでに彼女は寿命を終えていたのだから。
それから急激に弱っていっても、何もおかしくはないのだ。

それでも、ブーンは理不尽さを感じざるを得なかった。
彼女はこのままの形でホールから吐き出された。
そしてこのままの形で死んでいく。それはとても、人の死を死んでいくとは言えなかった。

(* − )「けほっ、けほ、けほけほ」

床に、彼女のはき出した血の飛沫が散らばった。
そしてそのまま脱力し、ブーンを掴んでいた腕がだらりと垂れ下がった。

( ゜ω゜)「しぃ!」

肌に触れ、そして、驚く。
彼女は、今や体温をほとんど失っていたのだ。

限界なのだろう。何しろ、弱体化していく彼女を、幾度となく走らせるという愚行を犯したのだ。
それはブーンの責任であった。彼女にむち打ったのは、他ならぬ彼自身なのだ。

しぃを抱きかかえ、その面持ちをのぞき込む。彼女は、
いくつかの感情をぐちゃぐちゃにかき混ぜたような、複雑な表情をしていた。
そこから、かつての無機質さはほぼ感じられない。彼女は、れっきとした人間なのだ。

だがそれはブーンの中における定義に過ぎず、実際彼女は、みるみる衰えているのである。

(  ω )「……大丈夫、かお」

言うべき上等な言葉も無く、彼女に虚ろな声をかける。視線がぶつかる。無垢な双眸。無力な双眸。



100: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/02(水) 00:04:12.11 ID:ThFwTf7n0
(* ー )「ぶーん……死んじゃうみたい、私」

彼女の唐突なその台詞に、ブーンはハッと目を見開いた。

(*゚ー゚)「なんだか、すっごく身体が軽いよ。このまま天国まで飛んで行けそうなぐらい」

( ゜ω゜)「……」

(*゚ー゚)「それに……ブーン、やっと今思い出したよ、全部」

( ゜ω゜)「ぜん……ぶ……」

(*゚ー゚)「うん……けほ、けほけほ。全部。何もかも。クローンである私の、本体の記憶も」

すなわちそれは、彼女が過去、性奴隷だった時代のこと。
全て、思い出したくない記憶だろう。

だがそれ以上に、しぃは自我に似た何かを取り戻したことを、嬉しがっているのかも知れなかった。
その証拠に、彼女は泣き顔の中で僅かに微笑んでいるのだ。

(*゚ー゚)「……ありがとう、ブーン。あの時、私を助けてくれて」

礼を言われる筋合いもない――ブーンは激しく首を左右させた。
彼女を助けるという明確な意志があったわけではないのだ。



104: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/02(水) 00:06:09.53 ID:ThFwTf7n0
(*゚ー゚)「お礼、けほ、言いたかった。
     でも、言えなかった。なんでだろうね、ずっと喉につっかえてた」

今のしぃの饒舌さが、何故かブーンには悲しかった。
彼女自体を否定することは無い。
だが、何か一つの終焉を目の当たりにしているような気分になるのだ。

(*゚ー゚)「……良かった。それだけ、どうしても言いたかったんだ」

(  ω )「……」

言葉にもならず、ただ腕の中の彼女を強く自分に密着させた。
血の気の失せた顔。彼女は急激に生気を失わせていた。

もはや、死者同然といっても間違いないほどに。

<●>「……寿命が近づくにつれて、ペットはヒトらしさを取り戻す。
     でも、そうなったら最後、いつ死んでもおかしくない」

(*゚ー゚)「うん、死んじゃう。もうすぐ」

しぃは気丈に、しかしどこか悲壮感を漂わせながら言った。
また咳をする。血液がブーンの身体に降りかかった。
「ごめんね」と、彼女は絶え絶えに呟いた。



107: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/02(水) 00:08:43.71 ID:ThFwTf7n0
(  ω )「しぃ……僕は」

(*゚ー゚)「行っちゃうんでしょ? 分かってるよ」

へら、と彼女は笑った。
無理矢理の笑顔なのか、純粋なものか、ブーンには判別できない。
彼女は今や、複雑極まりない人間的感情を、ほぼ完全に取り戻しているのだ。

(*゚ー゚)「さっきはごめん、行っちゃ嫌だなんて言って。
     でも、ブーンは帰らないと駄目だよね。この怪物は、なんだか良い人っぽいし」

<●>「……ヒトじゃないけどね」

怪物がどこか呻くように訂正する。

(*゚ー゚)「私、ブーンに会えてよかった……よ」

だらり、とブーンの背中に回していた手が床に滑り落ちる。
ハッとその腕を掴むが、最早熱は無く、彼女は力無く唇を動かし続ける。

(*゚ー゚)「今までずっと、人間として認められなかった……初めてだったよ、ブーンが。
     ロクに喋ることもできなか、った、私を、助けてくれて……助けて、くれて」

もう咳き込む体力すらしぃには残されてなかった。
掠れきった声で、彼女は「でも」と最期の言葉を紡いでいく。

(* ー )「でき、れば。ひと、一つでい、いから。楽、しい思い出。
     作れたら……良か、た……」



111: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/02(水) 00:10:54.18 ID:ThFwTf7n0
目蓋が落ちる。同時に、しぃの身体が重たくなった。
全ての力が失われ、彼女は最後、ブーンに寄りかかるようにして息絶えた。

瞬間、ブーンは声をあげて泣き出した。
長い間過ごしていた仲ではない。たった数日……それだけ。
故に悲しいのかも知れなかった。
また、自分が殺したというような自責の念にも苛んでいた。

何故彼女が死ななければいけないのだろう。
これまで散々な仕打ちを受け、その遺伝子を引き継いだままクローンにされて、
そのうえでなお「ペット」と称されて引きずり回される。
そうして浪費した命は、わずかな期間のうちに果ててしまったのだ。

あまりにも不条理だった。だからといって、誰を憎めばいいのだろう。
結局白羽の矢を立てる場所は、自分自身にしか残されていないのだ。

<●>「……彼女は、幸せなほうだと思うよ。
     他のペットなんかは、あのダストホールで粉々になって破棄されるんだからね」

彼女と同じ形状をしたクローンが、一体いくつ作られ、そして放棄されたのだろう。
考えるだけでもおぞましかった。
その中の、たった一人を助け、そして死に際に泣く自分は……偽善者だろうか。

今になって再び、しぃを助けた時にハインの放った蔑んだ視線と言葉が、脳裏に染みこみ出した。
それでも、ブーンにはしぃに抱いた他と違う特別な感情を、捨て去ることなど出来ないのだ。



115: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/02(水) 00:13:37.35 ID:ThFwTf7n0
(  ω )「……一つだけ、お願いがあるお」

<●>「何?」

(  ω )「しぃを……しぃを、どこかに埋葬してやって欲しいお……ダストホールだけは」

できれば自分の手で彼女を葬りたかった。
だが、それは出来ない。彼女を運んでいる最中にでも外の怪物に見つかり、
諸共食われてしまう可能性もあるのだから。
また、怪物についていったとしても、きっと足手まといだろう。
断腸の思いで、彼は怪物に後を託すしか無かったのである。

<●>「……分かった。でも、確約はできないよ。
     僕だって、そのうち死ぬ運命にあるからね」

今や、ブーンが元の時間に戻るその目的は、現実逃避以外には何もなかった。
それでいい……ブーンは狂いそうになりながら思った。
全てが夢であればいい。
覚醒したときに、何もかも忘れてしまえば済むことだ。
そもそも、それ以外に正常な精神状態に戻る方法が見つからない。

<●>「じゃあ、先に済ませようか。こっちに」

怪物はまた、廊下を歩き出した。
ブーンはしぃを抱き、その後をついていく。



118: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/02(水) 00:15:52.25 ID:ThFwTf7n0
入った部屋は、真っ白いただの空間だった。
灰色の床の中心部に、半径2メートルほどの円形に白線が描かれている。
ただそれだけで、他には部屋の隅に一つ、コンピューターに似た装置があるだけ。

その円の中に、と怪物に言われ、ブーンは静かに歩み出した。

しぃを連れて行くわけにはいかない……そう気付いて、
彼は壁を背に彼女を座らせる。
そうしていてさえ、彼女は愛くるしさを失っておらず、まるで人形のようだ。

怪物は装置の前に立つと、二本の腕でそれを器用に操作し始めた。
やがて、細かい電子音が部屋中を満たし、そのうちに地面が発光を始める。

<●>「……僕、思うんだ」

不意に怪物が口を開いた。

<●>「僕たち知能を有する者と知能を持たない者の違いさ。
     そもそも、当初は皆知能が無かった。でも、そのうち必然的に身につけたんだよ。
     最初は簡単なものだったんだろうね。
     例えば、ヒトを効果的に捕まえる方法だったり、ヒトの軍隊を退ける方法だったり。
     ちょうど、ヒトが火を覚えたのと同じでさ」

(  ω )「……早く作動させてくれお」

<●>「起動はした。あと少し時間がかかるよ。だからさ、まぁ、聞きなよ」



123: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/02(水) 00:18:48.16 ID:ThFwTf7n0
<●>「そのうち彼らはどんどん頭がよくなった。僕たちのベースとなる身体は人間のものだからね。
     それも効果的に作用したのかも知れない。
     で、何故僕たちが人間を媒介にしたかって話だけど。
     たぶん、そうするしか方法が無かったんだ。もしくは、それが最良の選択だった」

<●>「異性との交接をしないのは、たぶん最初の時点で僕らの種族は、
     単一でしか存在してなかったからなんだ。だから、仕方なく他の種族を媒介にしたんだ。
     長い長い年月の中で……いずれ滅ぶことも予見しながらね」

<●>「これで、僕たち知能を持つ種族は滅ぶ。知能を持たない者も、ヒトがいないんだから、
     やがては絶滅するだろう。でもそれでいいんだ、それで。
     大切なことは、僕たちという種族が、ヒトに代わって歴史を重ねたことなのさ」

(  ω )「歴史を……」

<●>「そう、歴史を」

怪物が、じりじりとブーンににじり寄る。

<●>「積み上げた歴史は、そのまま矜恃に繋がる。
     僕らが歩んだ果てしない歴史は、間違いなく誇れるものだよ」

零距離。

<●>「そのための礎を、僕は作らなければいけない。歴史の終止符として、ね」



127: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/02(水) 00:22:10.36 ID:ThFwTf7n0
突然、怪物の腕が伸びてブーンを掴んだ。
彼が驚く間もなく、その身体は持ち上げられる。

( ゜ω゜)「な、何……」

<●>「キミが、この星に生まれた僕らの種族の、第一号だ」

( ゜ω゜)「!?」

<●>「つまりこういうことだよ。キミをこの針で刺して、幼生を誕生させる。
     そのまま逆流装置に乗せる。
     元の時間に帰ったキミは、やがて、どんどん生殖行動をして増えていくのさ。
     僕ぐらいの大人になるまで成長させればもっといいんだけど……あいにくその時間はない。
     それに、最初僕らに知能が無かったという歴史とも、辻褄が合う」

騙された。
そう気付いたとき、もはや何もかもが遅かった。
悲痛な表情を浮かべ、ブーンは喚こうとするが、先程泣き腫らしたばかりなので、
どれだけ絞り出しても、乾ききった声しか出てこない。

ブーンはしぃを見遣る。

<●>「大丈夫、彼女はちゃんと埋葬するから」

( ゜ω゜)「そんな……の、無い……お、酷い……」



136: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/02(水) 00:24:28.86 ID:ThFwTf7n0
<●>「そうかもしれない。でも、僕にとっては歓喜の瞬間なんだ。
     何しろ、この手で自分の種族の歴史を、幕開けさせることができるんだから」

怪物は躁病的な高笑いをする。
尾の先端がブーンに迫る。彼はもがいて逃れようとするが、怪物の力に敵うはずもない。
それでも、彼は諦められなかった。

かつて、自分はもしやこの殻世界を救うヒーローでは無いかと考えていた時期があった。
だが、真実はその逆ということになる。すなわち、自分は、多くの人間を虐殺し、
増殖する怪物の原初……いわば大罪人であるのだ。その事実が受け入れられなかった。
その時、周囲がより強く輝き始めた。「時間か」と怪物が呟く。

<●>「それじゃあ、頼んだよ……お父さん」

ブーンの額に針が突き立てられた。
瞬間、彼は夢を見始めた。

全ての人間を殺していく夢だった。
その中には母親がいる。ツンがいる。ドクオがいる。ペニサスがいる。ハインも、しぃも。
皆、自分に恐怖の表情を見せて逃げていく。
制御できない彼の身体はそれらの人間を追いかけ、捕まえる。
そして、狂ったように叫ぶ彼らの額に、次々と針を刺していくのだ。



140: ◆xh7i0CWaMo :2008/07/02(水) 00:27:24.79 ID:ThFwTf7n0
こんな終わりがあってなるものか。ブーンは夢の中で喚いた。
同時に、夢よ覚めるなとも懇願した。
この夢が果ててしまえば、それはつまり自分が死ぬということである。

人々を殺していく。一人殺すたび、怪物と化したブーンの身体は満面の笑みを浮かべる。
それはちょうど、初めて自分の子供と対面した人間のように。

そのうち、夢が混濁し始める。
全てが迷妄の中に消えていき、霞がかったようになる。
死ぬのだ。ブーンは直感した。この走馬燈めいた夢の先に、死が待っている。

もう、どうにでもなればいい。
どうせ自分は死ぬのだ。消えて無くなるのだ。
その後のことなんか知らない。怪物になるならなっちまえ。

殺してしまえ。どいつもこいつも殺してしまえ、殺してしまえ。
殺して。

・・・

・・



第十二話「紅鏡の末路」終わり



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