(*゚∀゚)の恋はリメンバーなようです
- 356: ◆sEiA3Q16Vo :10/05(金) 23:52 ChiHqG4RO
どこかで悲鳴が聞こえた気がした。それが俺のすぐ近くで聞こえたのか遥か遠くで聞こえたのか、まるで憶えていない。
周りが騒騒しい。
人が慌ただしく集まっている。
(*゚ー゚)「あ…………」
俺の足元で、しぃが小さく呻き声を上げる。
擦り剥いたのか、腕から僅かに血を滲ませている。
それを気にも留めず、しぃの視線は俺と同じ所で縫い止められていた。
赤。
赤色。
しぃの腕から滲む血と同じ色。
問題はその量だ。
飛び散った血は花弁の様に赤い模様を描き無味な道路を彩っている。
その中心で。
彼女は身を横たえていた。
第十五話・にんぎょう
- 357: ◆sEiA3Q16Vo :10/05(金) 23:53 ChiHqG4RO
(*゚ー゚)「お姉……ちゃん」
ジクジクと血が滲む腕を着き、痛みを堪えながらしぃが立ち上がる。
(*;ー;)「やだ…やだよぉ……」
フラフラとおぼつかない足取りで、しぃは彼女に近付いて行く。
ソレを目撃した周りの雑踏がしぃと同じ様に彼女に駆け寄って行く。
俺も、それに流される様に足を動かす。しかし、その動きは緩慢で亀より遅いのかもしれない。
一歩、また一歩と進むにつれてソレが事実だと認識を強め、地面を覆う足元の赤色が増えていく。
- 358: 名無しさん :10/05(金) 23:55 ChiHqG4RO
俺は赤色から視線を外す。
歩みは、より遅くなる。
道路には、赤色の他に四条の黒い線が走っていた。
線を辿ると、その先にはその身を真横に晒すトラックが止まっている。大型ではないが、かといって小さくはない。
1トンなんて、簡単に超えているだろうな。
窓からは氷ついた表情で頭を抱える運転手が見える。彼に悪意は無かっただろうがその姿を見ていると、
黒い
感情に
自分が塗り潰されそうになる。
- 359: ◆sEiA3Q16Vo :10/05(金) 23:55 ChiHqG4RO
我ながら遅い足取りで歩みを再開する。千鳥足の酔っ払いの方がまだマシなのかもしれない。
視界が赤い。
しぃはどこだろう。
相変わらず遅い動きで俺は群衆を掻き分ける。一人どける度に赤色が目に入る。
見たくないのに、俺は群衆の間を縫って歩き続ける。
開けた。
……………。
- 360: ◆sEiA3Q16Vo :10/05(金) 23:56 ChiHqG4RO
赤い。
しぃが彼女にしがみ付いている。
赤い。
じゃれついている様にも見える。
赤い。
彼女は動かない。
赤い。
遠くでサイレンの音がする。
彼女が赤い。
赤い。
赤い。赤い。赤い。
赤い。赤い。赤い。赤い。赤い。赤い。赤い。赤い。赤い。赤い。赤い。赤い。赤い。赤い。赤い。赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤いぁああああああ嗚呼あああ嗚ああああああああああああ呼あああ嗚呼あああッッッッッッ!!!!!!!!!
- 361: ◆sEiA3Q16Vo :10/05(金) 23:58 ChiHqG4RO
もう誤魔化せない。
俺は見てしまった。
ピクリとも体を動かさず全身を自らの血で赤く染め群衆の好奇と同情、憐れみ、興味、そんなない混ぜの雑多な感情が彼女の全身を重油の様に絡み付くその様を。
そこには、かつての彼女の面影は無く、あるのは何処を見つめているのかも分からない虚ろな瞳を持った赤い人形だった。
(*;ー;)「お姉ちゃん! お姉ちゃんってばぁ! 起きてよぉ!」
止め処なく涙を流しながらしぃが必死に呼び掛けている。彼女はそれに応える事なく虚ろな瞳で何処かを見る。
嗚呼。
そう言えば。
俺――
この人の名前、知らないんだ。
- 370: ◆sEiA3Q16Vo :10/07(日) 00:56 ZXKCg5BsO
何をどうして。
何がどうなったのか。
俺としぃは手術室の前に置かれた椅子に腰掛けていた。どうやってここに来たのかまるで憶えていない。
慌てた様子で何かを叫んでいる救急隊員が彼女を丁寧に台車に乗せていた気がする。それで俺としぃもその救急車に乗り込んだ……気がする。
病院に救急車が到着して、入り口から高岡さんが飛び出して来たのは覚えている。
彼女を見た高岡さんの顔が一瞬、氷ついたのもハッキリと。
それから気付いたらここに座っていた。一体どれ程時間が経ったのか皆目見当も付かない。
(*゚ー゚)「兄さん……」
泣き腫らして真っ赤になった目でしぃが俺を見る。
手近にいた看護士さんが巻いてくれた包帯が痛々しい。
('A`)「……何だい」
口を開くと、ざらついた声が出てきた。途端にひりつく様な渇きが喉に込み上げてきた。
- 371: ◆sEiA3Q16Vo :10/07(日) 00:57 ZXKCg5BsO
(*゚ー゚)「お姉ちゃん……助かるよね?」
白い包帯で覆われた小さな手が俺の服の袖を掴む。
まるで俺が彼女の命を握っている様な、そんな目で俺の目を覗いてくる。
そんな目で、俺を見ないでくれ。
俺にはどうする事も出来ない。
神に祈ろうかと思ったが、神なんて役に立たない偶像に過ぎないと今日の出来事で分かった。
祈る事も出来ない俺に残されたのは、何もせず待つ事だけだった。
その待っている時間が、俺に後悔という物を充分にジックリと味わわせてくれる。
鬱だ。
('A`)「飲み物……買ってくるよ。何が飲みたい?」
唾液を無理矢理飲み込んで極力柔らかい声で言った。それでも喉は引き攣っている。
(*゚ー゚)「……いらない」
('A`)「……そうか」
うつ向いたまま首を横に振るしぃを尻目に、俺は立ち上がると手術室に背を向ける。
どうせ何も出来ないんだ。
だったら……俺がここに居る意味なんて無いんだ……。
俺は足早にロビーを目指す。そこなら自販機があって喉を潤せるし、何より――あそこに居たら圧し潰されそうになる。
- 372: 名無しさん :10/07(日) 00:58 ZXKCg5BsO
('A`)「……ふぅ」
購入した清涼飲料水を飲み干し、息を突く。喉の渇きは治まったが――相変わらずこの鬱屈した感情を持て余す。
――あの時、俺が飛び出していれば、彼女は助かった“かもしれない”。
――あの時、しぃに一言危ないと声をかけていれば、彼女は助かった“かもしれない”。
――あの時、俺がトラックに気付いていれば、彼女は助かった“かもしれない”。
もし。
たら。
れば。
有り得たかもしれない可能性。
それを選べなかった自分が、堪らなく許せない。
俺は……守れなかった。
俺は…何も出来なかった……。
俺は…………。
『願うか』
唐突に、声が聞こえた。
('A`)「誰だ」
反射的に俺は声がした方を向く。そこ――病院の入り口に、一人の男が立っていた。入り口から入る逆光で細部までは分からない。
- 373: 名無しさん :10/07(日) 01:01 ZXKCg5BsO
『取り戻したいか』
男は、カーペットを踏み締め、逆光で潰されたその真っ黒な体をこちらに向けて進める。
('A`)「俺は……取り戻したい」
自分で自分が何を言っているのか理解出来なかった。相手は明らかな不審者だ。だけど、そう言うのが正しいんだと何故か思えた。
『ならば、契約せよ』
男の目が細められ、微かに笑った様に見えた。皮肉めいたその笑い方、というより。
この男が気に入らない。
何故だか知らないが、唐突にそんな感情が沸き上がった。
('A`)「おい」
言うや否や男は歩きだし、俺の横を通り過ぎる。その態度に余計苛立ちが増し、俺は男を呼び止めた。
( )『……何だ』
俺と同様に、振り返りもしない男の声も、苛立ちを含んでいる。
('A`)「アンタ……誰だよ」
俺の言葉の何が気に食わなかったのか、男は盛大に溜め息を突くと、こちらを振り返る。
そして、そのマスクで覆われた口を動かし、くぐもった声で言った。
('□`)「……ポイズンジャックだ、糞餓鬼……」
第十五話・完
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