(*゚∀゚)の恋はリメンバーなようです
- 483: ◆sEiA3Q16Vo :12/01(土) 20:28 94x6r8/+O
屋上を風が通り抜ける。
夏のそれと比べると、遥かに低くなった太陽の光があっても、与えられる温もりは僅かなものだった。
その為、身を切る程、というわけではないが吹く風は冷たく、風に当てられた者は自然と首を縮めた。
(*゚ー゚)「……寒いね」
(*゚∀゚)「寒いねぇ〜」
首だけでなく、全身を縮み上がらせたしぃが、掴んだ取っ手に力を込める。
それに伴って、しぃとは逆に、その冷たさを楽しむつーが乗る車椅子は、ゆっくりと屋上の端に向かって動き始める。
(*゚∀゚)「ん〜………」
つーは車椅子の背持たれに少し体重をかけると、僅かに空を仰ぎ見て、鼻から大きく息を吸い込んだ。
冷えた空気が鼻孔を通り抜ける際、ツンとした刺激が鼻の奥に生まれる。
(*゚∀゚)「ぷっはぁ〜」
鼻孔から肺に送られ、体内で温められた空気を盛大に空へと吐き出す。
一瞬だけ、吐いた息が白いもやになって漂い、また周りの空気に溶け消える。
- 484: ◆sEiA3Q16Vo :12/01(土) 20:28 94x6r8/+O
(*゚ー゚)「……………」
何度も息を吸ったり吐いたりを繰り返し、静かにはしゃぐつーを見下ろしながら、少女はふと思う。
微かに生まれたその疑問を、少女はそのまま口にする。
(*゚ー゚)「何か思い出した?」
返事は、返ってこない。
(*゚∀゚)「どうかな……」
ほぅ、と。また空に向けて白い息が吐かれる。
しかし、それは先程のような児戯ではなく、憂いを秘めた溜め息だった。
(*゚∀゚)「まだ……もう少し、何か引っ掛かってる感じかな……」
(*゚ー゚)「そっか……」
今度は少女が空に向けて白いもやを生み出す。
(*゚∀゚)「あ、も〜ちょいはじっこに寄ってくんない?」
(*゚ー゚)「うん、分かった」
上体を反らす様にしてしぃを見上げ、そう言うつーに、少女は頷くと再び取っ手に込める力を強めた。
- 485: ◆sEiA3Q16Vo :12/01(土) 20:29 94x6r8/+O
(*゚∀゚)「冬の空はい〜ね〜」
(*゚ー゚)「そうだね」
二人は冷たい空を見上げた。
やがて、しぃの視線は下がり、地面に向けられる。
つーの視線は上を向いたままだ。
(*゚ー゚)(このままで良いの? ……兄さん)
胸中でひとりごちるしぃの視線は、地面をさ迷い、やがてある一点に注がれる。
此処に。
この病院に。
彼女の元に。
一直線に向かってくる人影に、その視線は注がれる。
(*゚ー゚)(良いわけ、ないよね)
自然と口の端が持ち上がるのを感じた。おそらく自分は笑っている。
(*゚ー゚)「お姉ちゃん。私、何か飲み物買ってくるね」
(*゚∀゚)「スチュワーデスがファースト・クラスの客に酒とキャビアをサービスするようにな…………」
(*゚ー゚)「はいはい」
いつもと変わらぬ調子のその言葉に、しぃは苦笑する。
そして屋上の扉を開き。
静かに、閉じた。
- 486: ◆sEiA3Q16Vo :12/01(土) 20:30 94x6r8/+O
青く広がる空。
見渡せば限りなく続く蒼穹。
その下で、彼は猫を呼ぶ。
何度も呼ぶ。呼び続ける。
狂おしいほど、彼は求める。
狂おしいほど、猫は求めていた。
ともがらの声は、いつか。
いつか必ず届く。
必ず届くと信じて――
彼は、その名を呼ぶ。
原案/室井芳子
脚本/ヒジキ業者
文章/ヒジキ業者
愛の差し入れ/バーちゃん
愛の鉄拳/友人A
イラスト
ヒジキ業者
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(*゚∀゚)の恋はリメンバーなよう です
最終話
『あい おぼえてますか』
- 487: ◆sEiA3Q16Vo :12/01(土) 20:31 94x6r8/+O
扉の向こうで、透き通る様な青色が広がっている。
冬独特の張り詰めた空気が、殊更その透明感をかもしだしていた。
そんな青色の下に、彼女はいた。
青色から彼女まで、この目に写る情景を切り取り、いつまでも眺めていたくなるような、そんな考えがふと思い浮かぶ。
いつか赤く染まった彼女の髪が、そよぐ風にサラサラと流れる。
それを目にするだけで動悸を早めてしまう自分の心臓が情けなくなってくる。
残念ながら、この程度で慌てるようでは今から自分がする事は乗り切れない。
俺は慌てて、と言うと変だが、とにかく呼吸を整える。
耳元まで音が届いていた心臓の動悸を、何とか平常時の状態に戻す。
素数を数えたい気分だ。
だけど、独りで前に進めるほど強い人間じゃない。
だから、俺は今から繋がりを求めて踏み出す。
目の前に広がる青色と。
彼女に向けて。
- 488: ◆sEiA3Q16Vo :12/01(土) 20:32 94x6r8/+O
足音を立てるつもりも、逆に潜めるつもりもない。
ただ、彼女に向かって歩く。
車椅子に腰掛けた彼女の背中は、とても小さく、とても細く見えた。
それは、彼女までの距離が遠いからだけじゃない気がした。
(*゚∀゚)「……………」
不意に、彼女が振り返る。
車椅子ごしに覗くその瞳には、疑問が写っていた。
その疑問は果たして、俺が誰なのかという疑問なのか、何故俺が此処にいるのかという疑問のどちらなのか分からない。
案外その両方なのかもしれない。
('A`)「良い……天気ですね」
(*゚∀゚)「そう……だね」
俺の他愛の無い言葉に、彼女は曖昧な返事を返す。
それは俺が言いたい言葉でなく、彼女が求める言葉じゃなかったからだろう。
(*゚∀゚)「あ……」
彼女が俺に向かって口を開こうとして言い淀み、そして口をつぐむ。
彼女は取り戻そうとしている。
俺も取り戻そうとしている。
彼女の記憶を。
だから俺が口を開かなきゃいけない。彼女が取り戻すために。
俺が、言うべき言葉。
- 489: ◆sEiA3Q16Vo :12/01(土) 20:34 94x6r8/+O
『つー』
敬語も、何も必要無い。
俺は彼女の名前だけを呼んだ。
俺を見上げるだけだった彼女の表情。疑問を俺に投げ掛けるだけだった彼女。
その頬を涙が伝った。
(*;∀;)「……ぉ」
涙を流しながら。
『……ドクオ……』
彼女は確かに、俺の名を呼んだ。
- 490: ◆sEiA3Q16Vo :12/01(土) 20:35 94x6r8/+O
(*;∀;)「……ずっと待ってた」
一度溢れた涙に続き、目の端から大粒の涙が何度も流れていた。
(*;∀;)「やっと……やっと呼んでくれたね、アタシの名前……」
('A`)「……ゴメン」
涙に濡れる彼女が……たまらなく愛おしかった。
(*;∀;)「辛かった……苦しかった……何度も忘れようと思ってた……だけど――」
彼女の言葉を塞ぐように。
俺は彼女を抱き締める。
震える彼女の肩はとても小さく、今にも崩れてしまいそうだった。
俺は、それをそっと抱き締めた。こうやって胸に彼女を抱くのは何度目だろうか。
……何度だって良い。
何度だって抱き締めたい。
('A`)「ずっと……こうしていたかった」
(*;∀;)「アタシもだよ……」
それ以上、互いに言葉を交さなかった。包帯に覆われた彼女の体を、努めて優しく包みながら。
温もりを感じていた。
- 491: ◆sEiA3Q16Vo :12/01(土) 20:35 94x6r8/+O
“かつて”、もしくは“いつか”の自分が取り溢したモノが、今俺の腕にある。
……いや、そうじゃない。
契約したからじゃない。
取り溢したからじゃない。
俺が、俺自身が求めた結果だ。
俺はこれから先、絶対に彼女を離さない。アイツとの契約もついでに果たしてやる。
だから……今は、この腕の中にある温もりを、もっと感じていたい。
壊れそうな、崩れそうな、儚い温もりを感じていたい。
彼女が望むのなら。
いつだって。
何度だって。
彼女の名前を呼んでやる。
例えまた彼女が俺を忘れたとしても、呼んでやる。
彼女がまた、思い出してくれるように。何度でも。
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