( ^ω^)ブーンが心を開くようです
- 32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:34:56.89 ID:gx1gBjB00
第2話
ある建物の、ある部屋の中。
部屋は整えられており、絨毯や机、椅子、ソファ、棚、調度品などの全てが高級感を醸し出していた。
一目見ただけで「えらい人使っているすごい部屋」のように思える広い部屋だったが、中はかなり暗かった。
窓のカーテンは全て閉め切られており、シャンデリアの電灯も点いていない。
唯一、1本のロウソクの光だけが四角いガラステーブルの上できらめいている。
そのテーブルを挟むようにして、2人の人物がソファに座って向かい合い、お互いバーボンの入ったグラスを傾けていた。
「本当に、今日現れるんですね?」
2人の内の1人――Tシャツにジーンズというラフな格好の女性が、バーボンを飲み干したグラスを置きながら口を開いた。
- 33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:35:42.78 ID:gx1gBjB00
「もちろん」
もう一方――高級感溢れた黒のスーツを着込んだ男性が、グラスを置いてその声に応える。微妙な笑みを浮かべ、飄々とした表情でいる男は、しかしその笑みの裏にはいつも何かを考えている。
男の笑みほど信用できないものはない、と思いつつ、女性がひとつ小さなため息をついた。
テーブルの上にあったバーボンの瓶を手に取り、中身をグラスに注いで一気に飲み干す。
こんな飲み方をしているようではいらだちを隠し切れていないな、と女性は思った。
女「しかし、私には信じられません」
男「それは仕方のないことだ。だが、信じようと信じまいと今日、事態は始まってしまう」
女「本物だとは限らないのに?」
男「それでも、現れることによって事態は進んでしまうものだ」
女「……」
- 35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:36:26.75 ID:gx1gBjB00
女性が口をつぐむと、スーツの男もまたバーボンの瓶を取り、グラスに一杯になるまで注ぐ。
そして、ちびちびと、まるで猫がミルクを飲むかのように少しずつバーボンを飲む。
男「君が行ってくれると、私としては大いに助かる。強制はしないが……」
女「……行かないと『彼』にとっても、私たちにとってもまずい事態となる」
男「そのとおり」
男はそこで、一気にバーボンを飲み干した。それはこの話し合いが終わりを迎えたことを示す合図だった。
男「頼めるか?」
女「……いいでしょう。『影』は現るんですか?」
男「おそらく。だが、それほど強力なものは出ないよ」
女「『彼』を見つけることに専念しろ」
男「その通り。飲み込みが早くて助かるよ、酒も話も」
すでに空になった酒瓶を振りながら、男は笑顔で言った。
- 36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:37:09.29 ID:gx1gBjB00
男の顔はかなり赤くなっている。バーボンを2杯飲んだだけで酔いが回っているのだ。
相変わらずお酒に弱い人だった。
女「お酒も飲めないのに知人に貰ってばかりいるから、処理に困るんですよ」
男「飲み始めは旨いんだけどね、やはりアルコールは身体に合わないようだ」
男がそう言って酒瓶をテーブルに置くと同時に、女性は立ち上がった。
話し合いは終わり、という合図だ。後は行動に移すだけ。
女性は部屋のドアへと向かう。部屋が暗くてよく周りが見えないが、ドアの位置ぐらいはわかる。
ドアノブに手をかけて、外に出ようとした
- 37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:37:54.26 ID:gx1gBjB00
と、そこでスーツの男が立ち上がる気配を感じ、女性は立ち止まった。
男「『人の子』を頼んだよ……クー君」
静かで、かつ重みの感じられる声が耳に届き、クーと呼ばれた女性は思わず背筋を伸ばした。
川 ゚ -゚) 「了解」
女性は外に出て、ドアを閉めた。
外は目を細めてしまうほどに明るい。
部屋の暗さに慣れてしまった自分にとって、新しく光を見つめることはどうも気後れしてしまうものだった。
- 38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:38:33.07 ID:gx1gBjB00
※
ニュー速高校、3年2組。
7時半というまだ早朝とも言うべき時間帯に、1人の生徒が教室のドアを開けた。
最近少し太ったことを気にしている人――ブーンだ。
( ^ω^)「お? 誰もいないお?」
ξ゚听)ξ「ブーンじゃない。どうしたのよこんな早くに」
教室にはツン1人だけがいた。
ツンはいつものニュー速高校の制服を着込み、何もせずに窓の傍に立っていた。
( ^ω^)「ツンこそ、どうしてこんな早くに学校にいるんだお?」
ξ゚听)ξ「生徒会で用事があったんだけど、担当の子が寝坊したから暇になったのよ。あんたは?」
( ^ω^)「宿題をするのを忘れてたから、朝早く来てやっておこうと思ったんだお」
ξ゚听)ξ「やっぱり忘れたのね……毎度のことだけど」
ツンのため息混じりの声に、ブーンは申し訳なさそうに頭をかいた。
- 40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:39:14.38 ID:gx1gBjB00
ブーンはいつも、宿題があったことを当日の朝になって思い出す。
それまでは、まるで嫌なことを忘れたがっているかのように、宿題のことなど頭の中から消え去っているのだ。
( ^ω^)「早くやらないと、数学の先生は厳しいお」
ξ゚听)ξ「しょうがないわね。私も手伝ってあげるわよ」
( ^ω^)「ありがとうだお! すごく助かるお!」
ξ/////)ξ「べ、別にあんたのためじゃないんだからね! 数学の復習のついでに、仕方なく教えてあげるだけなんだからね!」
ブーンは、いつもツンに宿題を手伝ってもらっている。
時々不登校になってしまうブーンにとって、彼女の助けは本当にありがたいことだった。
宿題もせず、授業も真面目に聞かないブーンが、3年生までなんとか落第せずに済んだのは、ツンの助けがあればこそだった。
いやいや言いながらも、まるで姉のように自分を助けてくれるツン。
そんな彼女に、ブーンは少なからぬ好意を抱いていた。
それが世間で言う「恋」だとか「愛」だとかに当てはまるものかどうかは分からなかったけれども。
ξ゚听)ξ「そういえばショボンとドクオは? あんたを迎えに行くはずでしょ」
(;^ω^)「あ、わすれてたお」
- 41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:40:10.51 ID:gx1gBjB00
※
ktkr孤児院前。
ブーンを迎えに行ったのに、すでに彼は出発したと聞かされるという不意打ちを喰らった2人の男が、しょぼくれた顔で立ち尽くしていた。
(´・ω・`)「ショボーン……」
('A`)「……ウツダ」
2人とも、最近学校に行きたがらないブーンをなんとか連れて行こうと思って息巻いていたのだが、
こんな不意打ちを喰らうとは思っておらず、少なからずショックを受けていた。
冬の朝、寒空の下、2人はトボトボと学校へと足を進める。
('A`)「なあ、俺って生きてる価値あるのかな?」
(´・ω・`)「僕に掘られるぐらいの価値ならあると思うよ」
('A`)「だが断る」
ドクオとショボンは冗談を言い合いながら、なんとか心の平静を保とうとしていた。
まるで右ストレートを出したら、相手から右のハイキックを喰らったかのような衝撃を、2人は感じている。
- 42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:43:06.92 ID:gx1gBjB00
だが、少なからず嬉しいことも確かだ。
ブーンが自主的に学校に行くなんて、いつ以来のことだっただろうか。
最長3ヶ月登校拒否をしていた頃に比べて、今はなんと活発なことか。
それが友達として嬉しくもあり、約束を破ったブーンに対して怒りを感じない原因でもあった。
('A`)「まあ、あいつが元気ならそれでいいか」
(´・ω・`)「僕はバーボンを喰らったかのような衝撃だ。少し悔しい」
('A`)「大人気ねーな、お前」
(´・ω・`)「ぶち殺すぞ」
('A`)「だが断る」
朝の風は冷たく、こんな冗談を男2人で言い合っている自分達に少なからず虚しさを覚えていた。
- 43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:43:51.08 ID:gx1gBjB00
('A`)「お、あの人、きれいじゃね?」
ドクオが一方向を指差す。
(´・ω・`)「僕は女に求める基準は高いんだが……確かに高得点だね」
ドクオとショボンの見つめる先には、コンビニの前に1人佇んでいる女性がいた。
黒髪のストレート、小顔で身長が高く、服装はGパンに皮ジャケットというシンプルな出で立ち。
だが、そのシンプルさが彼女の魅力を引き上げており、一見モデルのようにも見えるほど綺麗だった。
顔も整っており、今は無表情だったが、笑えばさぞかし目の保養となるだろう。
('A`)「いいよなー。ああいうのが彼女になってくれたら、俺の学生生活も充実するんだけどなー」
(´・ω・`)「ドクオの癖に生意気だな。釣り合うとでも思っているのかい?」
(♯‘A`)「……」
その女性の前を通り過ぎる間、2人は横目でその顔を見つめる。やはり綺麗だ。彼氏になる奴はうらやましい限りだ。
- 45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:44:35.45 ID:gx1gBjB00
そう思いつつ、彼女の前を通りすぎって行った。
川 ゚ -゚) 「……」
ふと、自分達が彼女に見られているかのような感覚を受けた。
びっくりして振り返るが、もうすでに彼女は顔を下に向けていて表情を伺い知ることはできない。
('A`)「?」
(´・ω・`)「……」
2人は疑問に思いつつも、気のせいということにしておき、歩を進めるのだった。
- 46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:45:17.66 ID:gx1gBjB00
※
その日、ブーンの日常はいつも通りに進んでいた。時間はどんどんと進んでいた。
朝。
ドクオとショボンに約束を忘れていたことを叱られながらも、学校に来たことを喜ばれ、少し照れくさかった。
昼。
弁当を忘れていることにその時になって気付き、困っていた所をツンからお弁当のおすそ分けをしてもらった。
彼女は「べ、別にあんたのためじゃないからね! 今日はちょっと量が多かっただけだからね!」という言葉を受け賜った。
嬉しくてお礼を言ったら、ものすごく赤い顔をされた。
放課後。
部活も何も入っていない自分達4人組は、その日は一直線に家路へと着いた。
- 47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:46:08.74 ID:gx1gBjB00
それは珍しいことだった。
いつも、ゲームセンターやらカラオケやら何かしら寄り道をしていた。遊びに行くのが常だった。
けど、その日はどういうわけか誰も遊びに行こうとは言い出さなかった。みんな、どこかに遊びに行くような気にはなれなかった。
本当に珍しい、1ヶ月に1度あるかないかの出来事だった。
- 48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:46:46.71 ID:gx1gBjB00
だからこそ、その「事態」は偶然だったと人は言うだろう。
無限にループしていた時間が、一直線のベクトルに変化するような「事態」。
いつも通りに流れていた日常が、急速に方向転換してしまうような「事態」。
もし遊びに行けば、そんな「事態」には巡り合わなかっただろう。
もし帰り道が別の道だったら、そんな「事態」に直面しなかっただろう。
けど、起きた。
起きてしまった。
「偶然などありえない。実際に起こったものは全て必然なのだ」という言葉は誰のものだっただろうか?
その言葉に従えば、その「事態」は必然だった。
僕達はその「事態」に直面した。
数ある可能性の中、僕達はひとつの可能性を必然として選び取ってしまったのだ。
- 50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:47:31.35 ID:gx1gBjB00
※
('A`)「あ〜、今日も疲れたぜ〜」
(´・ω・`)「そうだね。どうも12月の学校というのはだれてくるものだよ」
いつもの通学路。まだ夕方とも言えない早い時間に、ブーン達は帰路についていた。
4人とも、学校がようやく終わった後の解放感でいっぱいになっていた。
( ^ω^)「今日はあんまり寒くないような気がするお」
ξ゚听)ξ「そうね。マフラーもつけなくていいから楽だわ。天気予報ではここ1週間暖かい日が続くって言ってたわね」
( ^ω^)「そうなのかお? 寒いのは苦手だから良かったお……ツンはどうして傘を持ってるんだお?」
ツンの赤い傘を指差し、ブーンは不思議そうに尋ねた。
今日は雲ひとつない快晴だ。雨が降る気配なんて微塵もない。
- 51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:48:21.75 ID:gx1gBjB00
ξ゚听)ξ「学校に置いてあったままなのを忘れてたのよ」
( ^ω^)「ツンが置き傘なんて、なんか珍しいお」
そう言いつつ、ブーンはコートのボタンを外した。歩いていると暑くなってきた。
( ^ω^)(暑いお……)
本当に今日は暖かい。コートの下から汗の熱気がムンと噴き出してきて、まるで春みたいだ、とブーンは思った。
(´・ω・`)「そういえば、昨日の芸能ニュースを見たかい? あのグラビアアイドルが結婚するらしいじゃないか」
('A`)「おー、知ってる知ってる。MEGUKOだろ? 俺、けっこうお世話になってたんだけど、これからは人妻かあ」
( ^ω^)「それはそれでなかなかの色気を持つと思うお」
ξ゚听)ξ「ふーん」
ここからブーンの住む孤児院まで歩き、3人は別々の道を往くことになる。
それがいつも通りの帰り道。ここ3年間、何度も通っている道だった。
- 52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:49:15.87 ID:gx1gBjB00
( ^ω^)「人妻には独身にはない魅力があるお」
(´・ω・`)「そうだね」
('A`)「そうだな」
ξ゚听)ξ「私にはわかんないわねえ、あんた達の気持ちが」
( ^ω^)「ツンも人妻になっても、色気を出すのはなかなか難しいお」
ξ♯゚听)ξ「……」
( ^ω^)「し、しまったお!」
地雷を踏んだブーンは、ツンが傘を振り上げるのを見て、手を頭にやって目を瞑った。
だが、衝撃はいつまでたっても来ない。
いつもは、3秒間の間に傘での打撃を5発ほど繰り出すツンなのに。
ブーンは不思議に思って目を開いた。
- 54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:49:51.75 ID:gx1gBjB00
( ^ω^)「……お?」
ツンとドクオ、そしてショボンは、みんな一方向を見たまま動いていなかった。
何か、驚いたような表情をしている。
なんだ?
ブーンも、彼らが見ている方向に目を向けてみた。
すると、そこには1人の男が立っていた。
男は無精ひげを生やした不潔そうな格好をしており、着ている茶色のコートは所々に穴が空いている。
だが、注目すべきところはその右手。
彼の右手には包丁が握られていた。
(´・ω・`)「あれは……最近この近辺に現れるという、痴漢じゃないか?」
('A`)「なんかやばいふいんきだな……」
ξ゚听)ξ「雰囲気でしょ、馬鹿……ねえ、逃げた方がいいんじゃない?」
男は笑っていた。
何が可笑しいのか、口の端を大きく曲げて「クックックッ」と喉を鳴らして笑っている。
- 55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:50:54.93 ID:gx1gBjB00
痴漢「お、女ぁ……見つけたぁ……」
(´・ω・`)「ま、まさか……」
('A`)「狙いは……」
( ^ω^)「ツンだお!」
ブーンの大声と共に、4人は一斉に反転して逃げ出した。
あれはまずい。きっと包丁で脅して、ツンを強姦するつもりだ。
そんなことはさせてはいけない。ここは逃げないと。
自分はもちろんのこと、喧嘩に強いドクオやショボンすら、あんな包丁を持った男を相手にするのは危険。
防衛本能とでも言うべきものが、逃げることを命じていた。
だが。
痴漢「逃がすかー!!」
(;゜ω゜)「うぐっ!」
男は猛スピードで走り出してきて、右手の包丁を振り下ろした。
それはブーンの右肩を大きく切り裂き、赤い血を噴き出させた。
- 56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:51:58.31 ID:gx1gBjB00
(´・ω・`)「ブーン!」
('A`)「ちくしょう! やりやがったな!」
ショボンとドクオがブーンの前に立ち、男と対峙する。
しかし、武器を持つ者と持たない者では、明らかに後者が不利だ。
特殊な戦闘技術でも持たない限り、その間には越えられない壁が存在する。
それが分かっているはずなのに、それでもショボンとドクオは、ブーンを守るように男に立ちはだかった。
(´・ω・`)「ツンは早く逃げるんだ!」
('A`)「救急車呼んどいてくれ!」
ξ゚听)ξ「け、けどブーンが……」
(メ;ω;)「い、痛いお……痛いお……」
ブーンは右肩から生じる激痛のせいで、周りのことに気を配ることができなくなっていた。
滴り落ちる血。ぱっくりと開いた傷口。麻痺していく右腕。
- 57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:52:51.08 ID:gx1gBjB00
- 全て夢の出来事のようだったが、絶え間なく生じる激痛が夢ではないことを証明していた。
(メ;ω;)「う、うぅ……」
(´・ω・`)「いいから早く! ブーンのことは任せてくれ!」
ショボンがそう叫んだ瞬間、狂気に満ちた男が再び包丁を高く上げた。
わずかに開けた目でその光景を見て、ブーンは感じた。
ショボンがやられる。
ショボンが、あのいつも優しく頼りになるショボンが、殺される。
ゾッとする感覚を覚えたブーンは、男が包丁を振り下ろす瞬間、「ショボン!」と叫ぶ。
叫んだ所でどうにもならないのはわかっていた。声だけで狂った男を止められるはずもない。
ショボンは殺される。そう確信した。
だが、その予想は見事に裏切られることとなった。
包丁はショボンには当たらなかった。
突如、男の頭が文字通り「消滅」したのだ。
包丁が地面に落ちて、カランという音を立てたのを聞いた。
- 58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:53:45.23 ID:gx1gBjB00
※
川 ゚ -゚) 「来た……!」
朝からコンビニ、喫茶店、映画館、漫画喫茶など、様々な所を転々としていること十数時間。
ついに、その「気」が現れたことを感知したクーは、思わず声を出してしまい、漫画喫茶にいる、他の客達の好奇の視線にさらされた。
クーは自分自身で大声を出したことを自戒し、急いでカウンターでお金を払って外へと出る。
読みかけの漫画は次までおあずけだ。
なかなか面白かったのが心残りだ。
銀色の髪をしたキャラに感情移入してしまうほど、読みふけってしまった。
後でまた買いに行こう。
- 60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:54:33.94 ID:gx1gBjB00
川 ゚ -゚) 「む……思ったよりも強いな……」
外に出て、より明瞭に感じられる『気』の強さに、クーはまた所長の予想が外れたな、と上司を恨めしく思った。
あの人の言うことはいつも適当で当てにならない。信じたこっちが馬鹿だったか。
ちゃんとした武器を持ってくるべきだったと今になって思うが、もう遅い。
クーは周囲を見回し、何か役に立ちそうなものはないか探した。
漫画喫茶の横で何やらビルの工事をやっている。周りがブルーシートで囲われていて、中を覗いてみると誰もいない。
これは都合がいい。
クーはとりあえず工事現場の中に入って、武器の代わりになりそうな物を探した。
- 61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:55:15.32 ID:gx1gBjB00
川 ゚ -゚)「ふむ……これでいいか。借りていくぞ」
誰もいないのだから、許可を取ろうと取らなかろうと意味はないのだが、まあこういうのは気持ちが大事なのだ。
言い訳? そんなことはない。「借りる」という気持ちは大切だ。後で返そうと思えるのだから。
さて、これからどうするか。
予言通りなら、きっと『彼』はピンチに陥っているはず。おそらく今でもひしひしと感じられる『気』の発生源に襲われていることだろう。
もしそうなら、守らなくてはならない。それが自分の仕事だ。
『彼』の気配がいまだに感じられないのが少し気がかりだが……あちらに行けば見つかるだろう。
でなければ、予言が成り立たない。
川 ゚ -゚) 「よし、行くか」
だらだらとした思考を閉じて、クーは走り出した。
右手に「バールのようなもの」を携えながら。
- 62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:55:59.28 ID:gx1gBjB00
※
それが何なのか分からなかった。
冬は昼が短く、すぐに夜がやってくるとはいえ、午後4時にもならない今はまだまだ外は明るい。
太陽の光は辺りを照らし、はっきりと周りを見渡すことができる。
だが、『それ』は見えなかった。
その周りだけ夜だと錯覚してしまいそうになるほど、『それ』の身体は黒かった。
いや、身体の輪郭すらはっきりとせず、まるで黒いベールに覆われているかのようだったのだ。
正体不明。目的も不明。何かもが不明。
はっきりと分かることは、この黒い『それ』が痴漢男の頭を消滅させたということだけだった。
- 63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:56:46.09 ID:gx1gBjB00
(´・ω・`)「な、なんだい、これは」
('A`)「俺が知るかよ……」
(メ^ω^)「お、お……」
ξ゚听)ξ「……こっち見てるわよ」
『それ』がこっちを見ている。
目も口もどこにあるか分からない『それ』だったが、本能的にこちらを見ていることは理解できた。
そして、『それ』が……襲ってくるであろうことも。
その圧倒的なプレッシャーを感じたブーン達の間に、言葉はいらなかった。
今やるべきことはひとつ。
ただ『逃げること』だけ。
言葉を交わすことなくとも、この圧倒的な恐怖を感じれば、人というのは逃げることしか考えられなくなるものだった。
それは一度でもそういう恐怖を経験すれば、わかること。
ドクオとショボンが両肩を抱えてきて、ブーンは立ち上がった。
『それ』に背を向けるようにして反転し、ツンを先頭にして急いで走り出した。
逃げなくてはならない。『それ』から。
4人の頭を支配しているのはそれだけだった。
だが、
- 64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:57:54.88 ID:gx1gBjB00
ξ゚听)ξ「ヒッ!」
『それ』は一瞬にして目の前に移動したのだ。
さっきまで後ろにいたはずなのに、信じられないスピードで――いや、まるで消えて、また現れたかのように、ツンの目の前に立ちはだかったのだ。
その瞬間に感じられる、未曾有の殺気。
それを受ければ、自分達の全てが否定されてしまうぐらいに強烈な「存在否定」の念。
(´・ω・`)「危ない!」
ショボンがツンに飛びかかり、2人して身を伏せた。
一瞬後、『それ』の腕らしき長いものが2人の上を通り過ぎ、近くに立っていた電柱に当たった。
コンクリートで出来ているはずの電柱は、まるで木の棒のように見事にへし折れた。
(;'A`)「なんだよあれ……」
『それ』が振るった攻撃を喰らえば、自分達の身体などぐちゃぐちゃにされてしまうだろう。きっと、原型をとどめることすらできない。
何とか逃げないと……でも、どうやって?
- 65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 17:58:43.17 ID:gx1gBjB00
肩の痛みが痺れに変わってきて、なんとか自分を取り戻すことができつつあったブーンは、何か方法はないかと自問自答した。
走って逃げる? 駄目だ。また目の前に現れてくるだけ。
倒す? 電柱をへし折るような正体不明なものと? 無理だ。
何か方法は……方法は?
考えるブーンだったが、『それ』はそんな時間など与えてくれなかった。
またあの強烈な殺気が感じられたかと思うと、すさまじいスピードで『それ』の腕らしきものが振るわれた。
その目標は、ショボンとツン。
友達が……殺される!
先ほど痴漢男が包丁を振るった瞬間に感じた『失くす恐怖』を再び感じたブーン。
叫ぼうとするが、声も出ない。
身体を動かそうとするが、肩の痺れが全身に回ってきて動けない。
駄目だ……駄目だ!
- 66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 18:00:07.89 ID:gx1gBjB00
「はぁっ!」
声が聞こえた。
だが、それより先に目の前の光景への驚きが頭を支配していた。
細身の女性が、両腕に持つ「バールのようなもの」で『それ』の腕を受け止めていたのだ。
川 ゚ -゚) 「くっ……」
『それ』の腕を止めている女性が小さく声を上げる。
すさまじい力がその両腕にかかっているのだろう。ギリギリ、という競り合いの音が聞こえてきそうだった。
川 ゚ -゚) 「き、君たち」
女性が背中越しにこちらに目をやる。
返事をしようとしたが、声が出ない。ショボン達も同じようだった。
川 ゚ -゚) 「早く……こ、ここから逃げろ!」
そう叫ぶと同時に、女性は受け止めていた黒い腕を上に跳ね上げ、『それ』の胴らしき場所に大振りの一撃を喰らわせた。
『それ』が一瞬だけひるむ。
- 69: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 18:01:13.96 ID:gx1gBjB00
(´゚ω゚ `)「あ、あなたは……?」
ξ゚听)ξ「な、なんなの? 誰?」
川 ゚ -゚) 「話している暇はない! 早く逃げろ!」
だが、『それ』が体勢を立て直すのはすさまじく早かった。
腕を天に掲げたかと思うと、今までとは段違いのスピードでそれを振り下ろしてきた。
女性はなんとかそれを受け止めたが、得物がもたなかった。「バールのようなもの」は真っ二つに折れてしまった。
女性の頭から一筋の血が流れる。一撃を喰らってしまったらしい。
川 ;゚ ?゚)「くっ……これでは工事現場に返すことができないではないか」
何やら悪態をついた女性は、周りをキョロキョロと見回し始めた。
何かを探しているのだろうか? ブーンはそう感じた。
川 ゚ -゚)「そこの君!」
女性が声をかけたのはツンだった。
ξ゚听)ξ「え、え? 何?」
川 ゚ -゚) 「その傘を少し貸してくれ!」
ξ゚听)ξ「え? ど、どうして?」
川 ゚ -゚) 「いいから早く!」
- 70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 18:02:03.06 ID:gx1gBjB00
ツンは女性の言葉に従って、持っていた赤い傘を女性に放り投げた。
受け取った女性は傘を左手に持ち、一瞬だけ右手を全体に擦り当てる。
川 ゚ -゚) 「よし……!」
女性は満足したように頷くと、攻撃の反動で態勢が崩れている『それ』に一撃を与えた。
不思議なことに傘は曲がりもしなかった。強風で折れるような強度しか持っていないのに。
川 ゚ -゚) 「はぁあ!」
気合の声と共に繰り出される連撃。
頭、胴、腕、足……様々な場所に繰り出される連続攻撃に、『それ』は徐々にひるみ始めた。
倒せるかもしれない。もしかしたら。
ブーンは心の中でその女性を応援した。いける。絶対に。あんな強い女性ならきっと倒せる!
しかし、ブーンは見てしまった。
『それ』の黒い身体が女性の後ろまで伸びていき、彼女の背中に強烈な一撃を浴びせたのを。
川 ゚ -゚) 「くはっ!」
女性の身体が揺らぐ。
『それ』はその隙を逃さず、女性の側面へと腕を振う。
防御する暇もなく、女性は吹き飛んだ。
道路の壁へと打ち付けられ、コンクリート状のそれが少しへこんだ。
傘も折れてしまい、女性は「うぅ……」と呻き声をあげるが、立ち上がることはできなかった。
- 71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 18:02:54.68 ID:gx1gBjB00
(メ゚ω゚)「あ、あんな強い人が……」
勝てると思っていた。
自分が立ち向かうこともできなかったほどの恐ろしい相手に、ひるむことなく向かっていた。『それ』の一撃を何度も受け止め、反撃の手数を大量に繰り出していた。
なのに、女性は壁に吹き飛ばされ、もう動けなくなっていた。
(メ゚ω゚)「あ……あぁ……」
(´・ω・`)「くそ! 逃げるぞ! みんな!」
('A`)「立てブーン!」
ξ゚听)ξ「は、早く!」
(メ゚ω゚)「あああああ……」
何か声が聞こえる。何を言ってるんだろう? 聞こえない。いや、聞こえるけれども意味がわからない。
『それ』がこちらを向いた。分かる。顔も腕もわからないけれども、そいつの殺気だけは感じられる。
来る。自分を殺しに。
肩が痛い。怖い。逃げたい。けど方法が分からない。
なんなんだ、あれは? 怖い。ここから離れたい。怖い怖い怖い怖い怖い……!
- 72: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/10/14(土) 18:04:33.82 ID:gx1gBjB00
- 川 メ゚ -゚) 「くっ……に…げろ」
(´・ω・`)「ブーン!」
('A`)「ブーン!」
ξ;凵G)ξ「ブーン!」
また何か聞こえた。誰だ? 誰かが泣いている。女の子? わからない。怖い。恐怖しか今は感じない。
何かがこっちにやってくる。怖い。そうだ。僕を殺しにやってくるんだ。
僕の存在を否定するものが、僕を消しにやってくる。
消える? 怖い。消えるのなんて嫌だ。消えたら何も残らない。僕が僕でなくなってしまう。僕が否定されてしまう。
嫌だ。怖い。怖い。怖い。来てほしくない。来るな。
来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな
(メ゚ω゚)「あああああああああ!」
『それ』が来るのを拒むかのように、両の手の平を前に突き出すブーン。
突如、手の平に何か温かみを感じた。
そこからの記憶はブーンの頭の中に存在しない。
手の平からサッカーボール大の光の弾を出して、『それ』を消滅させたことなど、彼は覚えているはずもなかった。
第2話 完
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