( ^ω^)ブーンが心を開くようです
- 107: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/12(日) 22:45:31.86 ID:62RqceFl0
- 幕間「Before The Crossroad」
僕には親の記憶がない。
気がついた時には孤児院の部屋の中でひとりぼっちのまま座っていて、自分の周りには同じ歳ぐらいの子供しかいなかった。
それを疑問に思ったことなどない。それが当然なんだとずっと思っていた。
1番昔の記憶と言えば、小学校4,5年の頃に孤児院のみんなでクリスマスパーティをやったことだ。
荒巻院長やお手伝いさんや、今は就職してどこか遠くにいったお兄さんお姉さんや、親類に引き取られていった友達。
色々な人がクリスマスケーキの周りに座って、一斉にロウソクの炎を吹き消したことは覚えている。
あと覚えていることと言えば、ケーキがものすごくおいしかったことと、プレゼントに荒巻所長から漫画の本をもらったこと。
お金がなかった孤児院では、一冊の漫画本さえ貴重だった。みんなで回し読みした。
- 108: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/12(日) 22:46:40.15 ID:62RqceFl0
僕がそんな生活に疑問を持ったのは中学校1年ぐらいの頃だっただろうか?
クラスメイトの悪餓鬼――ようはいじめっ子に、孤児院に住んでいることをからかわれるようになったのをきっかけに、
どうして自分には親がいないんだろう?と思い始めた。
他のみんなは授業参観とか運動会とかで親が応援に来てくれるのに、自分にはそれがいない。新巻院長は子供の世話で忙しいし、他の子供達だって学校があるんだ。
応援席から自分を応援してくれる人がいない。自分を見てくれる人もいない。
どうしてだろう? そう思った。
荒巻院長にそれとなく聞いてみると、院長は困った顔をして「時期がきたら話す」と言った。
けど、実際に彼の口から聞く前に、なんとなく予想はついていた。
自分は捨てられたんだろう、と。
実際、高校生になった時に「お前は赤ん坊の頃、孤児院の前に捨てられた」と聞いた。
- 109: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/12(日) 22:48:16.68 ID:62RqceFl0
いじめっ子A「なあなあ、お前親いないんだろ? じゃあ捨て子じゃね? 気色わりいよなあ。親がいないなんてさあ」
いじめっ子B「捨て子〜、捨て子〜。くせえんだよ」
いじめっ子C「あっちいけよ、ばーか」
いじめっ子達はそんな風にちょっかいを出してくるし、
色々本やらテレビやらを見れば、「子供を捨てる親」というのはよく話題になっている。
だから、所長から真実を聞く前から、自分もまた「捨て子」なんだと認識せざるをえなかった。
それは認めよう。きっと僕は捨て子なんだ。別に反論はしない。
けど、それがどうしていじめられる原因になるのか、僕にはよく分からなかった。
中学2、3年の頃になると、いじめはますますエスカレートし始めた。
上履きが隠される、机に落書きなんてのは序の口。
トイレに閉じ込められて水をぶっ掛けられたり、
カバンを窓から放り投げられたり、
意味もないのに殴られたり。
そして行き着く先は「集団シカト」だ。
- 112: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/12(日) 22:50:22.34 ID:62RqceFl0
それはまるで僕がその場にいなくなったかのような感覚だった。
誰からも話しかけられず、誰もこちらには応えてくれない。空気のような存在。それが僕。
その時、僕は教室にはいなかった。誰からも認識されないということは、イコールそこにいないということなのだから。
それに対して僕は怖くなったし、悲しみもした。
けどそれ以前に不思議だった。
どうして「捨て子」だからいじめられるんだ?
僕はちゃんと生きている。僕はちゃんとそこにいる。
捨て子だから存在を否定されるなんて、おかしいじゃないか。
僕は自然と不登校になった。
中学3年の前半はほとんど学校に行ってない。学校に行っても、僕は行ってないことになってるんだ。
だから行く必要なんてないじゃないか。
孤児院にいれば、僕は僕として存在できる。そう思って、長い間学校には行かなかった。
荒巻院長や他のヘルパーさんは心配してくれるし、他の子供達も不安そうな顔をしてくれる。
それだけで僕には十分だ。だって僕が存在してる証拠が得られるんだから。
- 114: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/12(日) 22:52:43.54 ID:62RqceFl0
今思えば、こんなのはただの詭弁に過ぎないと分かっている。
僕はただ辛いことから逃げたかっただけなんだろう。
けど、その時の僕にはそれが真実だった。
いじめっ子だって、ただ単に「捨て子」という物珍しさから、からかい半分でいじめていたに過ぎないのだろう。
まあ、だからいじめをやっていいというわけじゃないが。
何にしろ、いじめが始まった理由なんて些細なものであり、ただの偶然だった。
僕が「捨て子」であることがいじめっ子達にとって珍しかったから。ただそれだけ。
だから、いじめが終わる理由もまた些細なものであり、ただの偶然だった。
それは僕が荒巻院長や担任の先生の説得に応じて、2ヶ月ぶりの学校に登校した時のことだ。
登校中、偶然いじめっ子達に会ってしまった。
- 115: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/12(日) 22:54:47.62 ID:62RqceFl0
いじめっ子A「お、お前かよ。なんだ、学校に行くのか?」
いじめっ子B「来るんじゃねえって行ったじゃねえかよ。くさいんだからよお」
いじめっ子C「ま、お前なんていてもいなくても変わんないけどな。ギャハハハ!」
彼らは相も変わらず、何が楽しいのか、からかいの言葉を口にしてくる。
いてもいなくても変わらないなら、別に学校に行ってもいいだろうに、という突っ込みは言わないことにした。
いじめっ子A「ほらよ。カバン貸せよ。今から燃やしてやるからよ」
いじめっ子B「それやばくね? こいつの親にバレたら損害賠償請求されるぜ? って、親いねえのかwww」
いじめっ子C「俺ライター持ってるから、点けてやるよwww」
やめてくれ、と叫ぶ前にカバンは燃やされてしまった。
まるで焚き火のようにゴーッと燃えたかと思うと、すぐに消える炎。僕の存在意義も一緒に消える。
- 116: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/12(日) 22:56:54.44 ID:62RqceFl0
その時、僕は悲しみやら苦しみよりも、ただ呆れだけが先立っていた。
いじめっ子達が異世界にいる人達のように感じ、ただ呆然と立ち尽くして去っていく彼らを見送った。
カバンの燃えカスだけが残る道の上で、僕は1人、周りの世界を見渡してみた。
時々通りすがる通行人は、そそくさと僕を避けて通り過ぎていく。まるで僕なんか存在しないかのように。
そして僕もまた、周りの人間を、僕と同類の存在として見ることができなくなっていた。
僕は、自分が異次元の世界からやってきた未来人のような異質な存在に思えた。
ここはどこで、僕は誰?
僕は人間? それとも、あっちが人間?
『僕は「○○」である』の中の○○に当てはまる言葉が見つからない。
「僕は僕」? そんなのただのトートロジーだ。意味ない。
僕は、なんだ?
僕は僕のことが知りたい。
道端の上で、CPU使用率120%を超えたパソコンのように立ち止まっていた僕。
ここは……僕にとってどんな世界なんだろう?
- 118: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/12(日) 22:59:13.89 ID:62RqceFl0
「ちょっと、そこのあんた」
突然、後ろから声をかけられて、僕はびくりと身体を震わせた。
壁の穴から声が出てきたように感じて、僕は驚きで何も応えることができず、ただゆっくりと後ろに振り返った。
ξ゚听)ξ「ねえ、聞こえてるの? あんた、こんな道端の上で何してるのよ」
巻き毛のセーラー服の少女。背が低いけど、目元がきつくて口調が荒い。
知っている顔だった。
確か、小学校で同じクラスだった……ツンさんだったっけ?
ξ゚听)ξ「あんた、小学校のとき一緒だったはずよね? 何してんのよ、こんな所で。
あれ? この黒い炭みたいなの、何?」
ああ、これは……元々はカバンだったけど、燃えて炭になったもの、かな。
ξ゚听)ξ「はあ? どうしてカバンが燃えて炭になるのよ。燃やしたの?」
ん〜、逆かな。
- 119: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/12(日) 23:01:31.40 ID:62RqceFl0
ξ゚听)ξ「燃やされたってこと? 誰に?」
クラスメイト。
ξ゚听)ξ「何それ。まさか……」
ああ、気にしなくていいよ。君には関係のないことだから。
ξ゚听)ξ「え、けどねえ」
いいっていいって。君はちゃんと学校に行って。確か隣の学区の中学校だったっけ?
ξ゚听)ξ「そうだけど……ちょっと来なさい、話があるわ」
え? どうして? 気にしなくっていいってば。
ξ゚听)ξ「気にするわよ! いいから来なさい!」
ええ!?
- 121: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/12(日) 23:04:02.11 ID:62RqceFl0
僕はセーラー服姿のツンさんに拉致された。
行き着いた先はただの公園で、そこでいじめの話を色々聞かれて僕がそれに答えただけで、別にピンク色の世界が待っていたわけじゃない。
( ^ω^)「というわけだお……」
ξ゚听)ξ「ふーん……どうしてやり返さないのよ。悔しくないの?」
( ^ω^)「そりゃあ嫌だけど……どうでもいいお。どうせ僕はみんなとは違うんんだお。いてもいなくてもいい存在なんだお。というかいないんだお。今だって……」
ξ゚听)ξ「何言ってんのよ!」
ツンの目が険しくなる。
怒られる、と思ってブーンは身構えたが、反対に彼女の顔は急に悲しそうになった。
そして、少し笑みを浮かべて、
ξ゚听)ξ「私が見てるじゃない、あんたのこと。だったら、あんたはここにいるってことになるでしょ?」
という言葉をつむぐ。
それはなんだか久しぶりの感覚だった。
ツンと話していると、僕は実感できた。
僕はそこにいる、と。
- 122: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/12(日) 23:06:04.93 ID:62RqceFl0
※
ツンと再会してから、僕の生活は一変した。
ツンと同じ中学校で、小学校の時に知り合いだったショボンやドクオと再会したり、
彼らがいじめっ子を退治してくれたり、
土日にはいつもツン達と遊びに行ったり、
いじめの主犯格じゃなかったクラスメイト達とも友達になれたり、
高校は一緒の所に行こうという話になって、ずっと不登校だった僕はめちゃくちゃ勉強しなくちゃならない羽目になったり、
けど、それが苦しくなくて、むしろ楽しかったり、
高校でも時々いじめは受けたけど、彼らが助けてくれたり、
色々あった。
色々ありすぎて、全部はちゃんと思い出せないくらいに。
- 123: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/12(日) 23:07:56.04 ID:62RqceFl0
ただ、いつも実感していたことがある。
僕はそこにいる。
僕は生きている。
僕はみんなと同じ存在であり、少し違う所はあるけれども、本質的には同じ。
僕はちゃんと「居る」
それらはいつも僕の胸の中にあった。
- 124: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/12(日) 23:09:21.88 ID:62RqceFl0
けど、相変わらず分からないことだってある。
僕は何なのか?
僕はいったい誰なのか?
僕は何をするべきなのか?
他人と僕はどうやって付き合えばいいのか?
そんなことばかり考えていた。
僕は僕のことが知りたいといつも考えていた。
こんなのは哲学者が考えることで、僕程度では答えなんて出ないのも分かっている。
というより無駄なことなのかもしれない。
それでも僕は考える。
答えが出ることを夢見て。
幕間 終わり
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