( ^ω^)ブーンが心を開くようです

  
32: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:25:45.57 ID:gclVlXDd0
  
第16話

ブーンが誘拐された次の日の夜。ふくろうが鳴き始める頃。

『VIP産業』と看板の掲げられているビルの前に、ひとつの人影が浮かび上がっていた。
それは人の形をしてはいるものの、あまりにも気配がなかった。

そのため、その人影が警備の間をすり抜け、
唯一空いていた換気口の中に入り、
赤外線レーザーをくぐりぬけ、
ビルの中に入ってきたとしても、それを知る者は誰もいなかった。

その影は非常に手際のいい作業でずんずんとビルの中へと入っていく。

途中、警備員やスタッフと思われる人間を見かけることはあっても、うまく身を隠し、気配を消し、全てやりすごしていた。
また、監視カメラやセキュリティについての下調べも十分であり、何一つトラップにかかることもなく、順調に作業を進めていた。

このビルの警備は一筋縄ではいかないほど厳重であり、またビル自体も特殊な工法で立てられている。
サーモセンサーなどのセンサー類を通さない壁、屋上の各種アンテナ、緊急脱出用の地価路などなど。
分かるものが見れば仰天するであろう設備が整っている。もちろんセキュリティも。



  
34: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:27:42.39 ID:gclVlXDd0
  

しかし、人影はそれをなんなくとクリアしていく。

その姿を見たものは、きっとこう言うだろう。

『スネークみたいだ』と。

最初、1階からスタートしたその人影はすでに4階まで上がってきていた。
その階に目的のものがある。自らのリーダーに命じられた、『彼』の最も大切なものが。

人影はひとつの部屋の中に入った。そこには『休憩室』という札が掲げられている。

音もなく部屋に忍び込み、部屋の中にあった監視カメラに注意しながら、中へと入っていく。

そこには2つのベッドが鎮座しており、用があるのは片方のベッドの上に寝ている人間だった。
もう一方のベッドには誰も寝ていないようだ。

影はまずトランシーバーに合図を吹き込んだ。
これにより、彼の仲間がこのビルのセキュリティを一時的にハッキングし、監視カメラの映像を誤魔化す作業がスタートする。

数十秒待ち、耳のイアホンから合図が送り返されてきた。ピーという音が2回。ハック完了の合図。



  
37: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:29:48.99 ID:gclVlXDd0
  

影は迷わずベッドの横に立ち、そのベッドに寝ている人間を見つめた。

(……悪いな)

そう思いつつも、任務と目的のためなのだから仕方ないと自分を納得させた影は、その人間の口を布で押さえ込んだ。
布に染み込ませてあったクロロフォルムが体内に取り込まれ、睡眠とは違う種類の眠りに陥ったその人間は、ぐったりと身体の力を抜いた。

ここからが本番だった。あとはこの人間を連れて外に脱出するだけだが、それが難しい。

人影はおもむろに目的のものを担ぎ上げると、一直線に窓の方へと向かった。

そして、外を見つめる。
遠くに夜景が見え、近くは公園。見晴らしがよく、その分カメラや監視の人間に気付かれる可能性が高い。

しかし、難しいこの仕事も、人影にはなんてことのないことだった。

空は曇りがちで暗い色に染まっている。これを利用すればいいだけのこと。

人影は、持参していた黒い寝袋に目的のものを入れ、自分は黒いフードをかぶった。

そして、カバンから細くて黒い鉄骨を数本取り出し、ひとつの形へと組み立てていく。
その後、ポリエチレン系合成繊維でできた黒い布を張り、翼にする。

ハンググライダーの完成だ。



  
38: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:31:58.99 ID:gclVlXDd0
  

人影は窓を大きく開けた。この地域特有の風が身体に吹き付けてくる。この風なら十分だ。
ビルに当たって上に向かう上昇気流も十分な強さのはず。
まあ、落ちても死なないけど。

約5メートルほどしかないハンググライダーのハーネス(搭乗者を包み込む布のようなもの)に包まれ、人影は部屋の中を思いっきり走り、そして飛んだ。

ハンググライダーの翼は風を上手く捕まえ、上昇気流に乗ってどんどんと浮かび上がっていく。
夜の黒い空が保護色となり、またビル付近が明るいことも災いし、その翼は下にいる者にはほとんど見えなかった。

(空はいい)

何も無駄なものがないから。

そう思う人影を乗せながら、ハンググライダーは飛んでいく。

警備も監視カメラも張られていない郊外へ向かっていくそのハンググライダーは、何の邪魔もなくその場から立ち去ったのだった。


そして、その2時間後。
『休憩部屋』に戻ったその部屋の主が、自分と同室の少女がいないことに気付き、ビルの中は大騒ぎとなるのだった。



  
40: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:33:58.55 ID:gclVlXDd0
  



誘拐されてから2日目と3日目はブーンにとって地獄のような日々だった。

なにせ、ラウンジ教の施設を見て回り、修行やら苦行やらを強制的に体験させられ、ラウンジ教の真髄を詳細に語られる時間だけが過ぎ去ったのだから。

( ・∀・)「ほら、『人の子』さん! ここが私達の修行室ですよ! あなたも一緒に座禅を組みましょう!」

( ・∀・)「ほらほら! 嫌? 1度やってみてください! きっと悟りを開くことができますから!」

信者A「『人の子』さま〜。世界が変わっても私達は助けてください〜。あなた様についていきますから〜」

信者B「ご慈悲を〜、ご慈悲を〜」

色々と説明をしてきては、修行の体験を迫るモララー。
やたら足に絡み付いてきて、無責任な助けを求めてくる信者達。

本当に、嫌になった。なんというかあまりにも他人のことを考えなさすぎる人ばかりなのだ。



  
41: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:36:14.91 ID:gclVlXDd0
  

何が「『人の子』にわれわれのことを知ってほしい」だ。
知るも何も、もうわかっている。ラウンジ教は、ただの狂信者の集まりでしかない、と。

信者達は、1日のほとんどを部屋の中で過ごし、座禅したりやら真書(教祖が書いたラウンジ教についての教本らしい)を読んだりやらしている。
そして時々幹部や教祖に礼拝を行い、おことばを頂き、その意味を知ろうと躍起になる。

それで満足できるのだから、人間というのは変われば変わるものなのだろう。
彼らにとっては「それ」が真実らしいが、こんなのが真実なわけがない。
人の言葉を受け入れることしかできない信者達なのだ。そんな彼らが見るものなど、全て欺瞞と嘘に満ちている。
真実はもっと、自分の目で見なければならないのだから。

ブーンはそんな彼らと自分を比較対照し、彼らのようにだけはならないと誓った。もっと自分の目を大事にしなければならないのだ。

( ^ω^)(そうだお……僕はもっと僕の意見を大事にするお)

自分にあてがわれた豪華な部屋の中で、ブーンはお茶を飲みながらそんなことを思っていた。



  
44: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:38:24.53 ID:gclVlXDd0
  

現在、誘拐されてから4日目。『VIP』を離れてもう3日も経ってしまった。

この間、なんとか脱出の機会はないかと探したけれども、どうにも見つからなかった。
この場所についての情報を得る機会が少ないうえ、四六時中誰かに見張られているのだ。これでは逃げるなんて不可能に近い。
今だって扉の外にはハインリッヒが立っていることだろう。

交代制で自分の部屋の前をガードします、とモララーから言われたが、逆だ。これは逃がさないためのもの。

まったく、用意周到で忌々しい。ああ、忌々しい。

( ^ω^)(……仕方ないお、まだまだチャンスはあるはずだお)

ブーンはそうやって自分に言い聞かせているものの、少し自信がなくなってきたのも確かだった。
このままこの施設にずっといて、自分は大丈夫なのだろうか?
まさかラウンジ教に染まってしまうなんてことはないだろうけど……
業を煮やしたモララーが、拷問やらかけてきて強制的に協力させようとしてくることだって考えられる。

拷問は嫌だ。痛いのは今だって苦手なのだ。

昔見た外国映画で主人公が傷口に塩を塗られている場面を思い出していると、唐突に部屋の扉にノックの音がした。



  
45: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:40:38.16 ID:gclVlXDd0
  

( ^ω^)「ん? 誰だお?」
  _
( ゚∀゚)「俺だ、入るぞ」

比較的大きい体をのっそりと部屋に滑り込ませ、いつもの優しい笑顔を浮かべたのはジョルジュ。
彼は比較的自分には好意的で、こっちも彼だけは信用していいような気になっている。
座禅12時間耐久レースをしてほしい、というモララーの頼みを、やんわりと代わりに断ってくれたのもジョルジュだった。

どうして彼がこんな団体にいるのかが不思議なくらい、彼は優しかった。

「まあ、ちょっとした事情があるんだ」というのは彼の言葉。何かモララーに弱みでも握られているのだろうか?

( ^ω^)「どうかしたのかお? ジョルジュさん」
  _
( ゚∀゚)「ああ、これからお出かけだ。用意をしてくれないか?」

( ^ω^)「お出かけ? どこに行くんだお?」
  _
( ゚∀゚)「それは例によって内緒だ。話しちゃいけないことになってるんだ。すまないな」

以前から、ジョルジュにそれとなくラウンジ教の裏側について尋ねてみたことがあるが、それらは全て「内緒だ」という言葉で一蹴されてしまった。
やはり、腐っても彼はラウンジ教徒なのだろう。団体に不利益になることはできないと見える。



  
46: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:42:46.99 ID:gclVlXDd0
  

( ^ω^)「わかったお」
  _
( ゚∀゚)「じゃあ、十分後にもう一度来るからな」

そう言って、ジョルジュは部屋を去った。相変わらずの笑顔だった。


かっきり十分後、ジョルジュは部屋にやってきた。ブーンは彼に従い、歩き出す。ジョルジュの後ろには影のようにハインリッヒがいた。

駐車場に出た所で目隠しをされた。「すまないな」というジョルジュの言葉に、仕方なくブーンは従った。

車に乗せられ、ちゃんと座っていることが確認されると、出発した。
排気音が連続して聞こえ、他にも一緒に行く車があるのか?とブーンは思った。

目隠しをされながら、ブーンは耳に聞こえる音で場所を特定しようとしてみた。
しかし、しばらくすると日本の歌手の歌が聞こえてくる。CDでもかけたのだろう。
きっと、音で場所を判断されることを防ぐためだ。
用意が良いなあ、まったく。ああ忌々しい。

車はどんどんと進んでいく。30分、1時間、2時間……加速と停止を繰り返し、車はどうやら高速道路に入ったようで、停止は少なくなっていった。
少なくとも、孤島だとかの類はなさそうだ、とブーンは思った。



  
47: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:44:55.33 ID:gclVlXDd0
  
  _
( ゚∀゚)「なあ」

( ―ω―)「ん? なんだお?」
  _
( ゚∀゚)「ひとつ聞いてもいいか?」

こくり、とブーンはうなずいた。
  _
( ゚∀゚)「お前、『人の子』っていう言葉の意味は知ってるか?」

( ―ω―)「……そういえば知らないお。なにかすごい人なんだなあ、とは思ってたお」
  _
( ゚∀゚)「だろうなwww うん、『人の子』ってのは、まあ、色々と研究者の間でも解釈は存在するんだが、おおむね2つの意味が有力視されてるんだ」

初めて聞く話だ。
『人の子』ねえ……クー達からも聞いたことがないが、彼女らも知っているのだろうか?
  _
( ゚∀゚)「ひとつは、新約聖書の中で、イエス=キリストが自らのことを指して『人の子』と呼んでいたのと関連した結論だ。
     つまり、『人の子』は神様みたいなもの、ってことだな。天から光臨した神様、それがお前かも、ってこと」

( ―ω―)「……神様なら、こんなところとっくに脱出してるお」
  _
( ゚∀゚)「そりゃそうだwww」

ジョルジュの大笑いが車内に響き渡る。助手席に乗っているであろうハインリッヒはさっきからまったく話さないが、寝ていたりするのだろうか?
いや、きっと無口なままで窓の外を眺めているのが相場だろう。



  
48: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:47:01.12 ID:gclVlXDd0
  
  _
( ゚∀゚)「で、もうひとつなんだが……これがちょっと難しくてな。
    『人の子』ってのは、ヒトという人種の後継者……まさしくヒトから生まれた別種の存在なんじゃないか? っていう説だ」

( ―ω―)「……よくわからないお」
  _
( ゚∀゚)「安心しろ、俺もだwww
     まあ、噛み砕いて言えば、進化した人間、ってな感じかな。
     あれだ、アニメに出てきた……ん? なんだったっけ?」

从 ゚―从「ニュータイプ……」
  _
( ゚∀゚)「そう、それだ! お前はそんな感じの、新しい存在なんじゃないかっていう説だ、うん」

( ―ω―)「……」
  _
( ゚∀゚)「どっちの説が正しいかはしらんが、少なくとも、お前は普通の人間じゃないんだろうな、それは確かだ。
     『光障壁』だっけか? あんなの、普通の人間には出せないしな」

昨日、ジョルジュとモララーに頼み込まれて『光障壁』を見せたのが、やはりまずかったか。
あそこは無理にでも断り、特殊な力なんて持ってない人間ですよ〜、ということをアピールするべきだった。
そしたら帰れたかもしれないのに。

いや、逆に危ないか? 存在価値のない普通の人間め、って感じでモララーはすぐに処刑を言い渡しそうだ。



  
50: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:49:08.98 ID:gclVlXDd0
  
  _
( ゚∀゚)「すまないな、あまり楽しくない話で。おわびついで、もうひとつ話題提供でもしようか。
     お前、ドストエフスキーの書いた『罪と罰』っていう小説知ってるか?」

聞いたことはある。名作とは知っているが、どんな内容なのかはまったく知らない。
根暗な人が読む小説だとか聞いたけど。
  _
( ゚∀゚)「そりゃあ誤解だな。あれは人間の深い所を描いてるだけだ。
     で、だ。その小説の主人公は、こんなことを考えてたんだ。
     曰く『良い目的のためならどんな残虐な方法をとってもいいのか否か』ってな。
     これがこの小説の核と言ってもいいかもな」

( ―ω―)「良い目的のためなら……」
  _
( ゚∀゚)「どう思う? 例えばさ、ねずみ小僧って知ってるか? 
     あれは、悪代官から金を盗んで庶民に配る『義賊』って奴だが、
     あいつみたいに、庶民に金を配るという『良い目的』があれば、果たして『盗み』という犯罪を犯してもいいものなのかね?
     他にも例はある。めちゃくちゃ薬の嫌いな人がいたとしよう。死んでも飲まないってぐらいの人だ。
     けどその人は病気で、薬を飲まないと死んでしまう。だから友人は『これは薬じゃない』って嘘をついて、その人に薬を飲ませた。
     これもどうなんだろな。その人を助けるという『良い目的』があれば、『嘘をつく』という悪行をやってもいいのか否か?」



  
52: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:51:28.77 ID:gclVlXDd0
  

( ―ω―)「それは……たぶん、状況によるんだと思うお」
  _
( ゚∀゚)「そうか? なら、絶対的な悪ってのは存在しないことになるな」

( ―ω―)「……」
  _
( ゚∀゚)「全ては相対的であり、絶対的なものなどない、ってのはどの哲学者の言葉だったかな……
     まあ、よくわかんないよな。安心しろ、俺もわからん。
     わからんから、色々と模索してたんだよ、うん。
     まあ、最近はどうも分かってきたけどな」

( ―ω―)「ラウンジ教にいるのもそれが理由かお? 絶対的な悪とか探すことがかお?」
  _
( ゚∀゚)「別に探してるわけじゃないが……ここにいるのは、仕方ないことさ。そこらへんは内緒だ」

また『内緒』か。
この男はどれだけ『内緒』を持っているのだろう。
『秘密が女を女にする』とかいう言葉、どっかで聞いたことがあるが、男もそうだとでも言いたいのだろうか?



  
54: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:53:26.00 ID:gclVlXDd0
  
  _
( ゚∀゚)「ん、そろそろ着くな。今やってた話は、まあお前の心の内にでも秘めておいてくれ」

( ―ω―)「……わかったお」

そこから車内はまたCDの歌だけが聞こえるようになった。
この中途半端な声量しか持たない歌手のCDを、いつまでかけるのだろう。あんまり好きじゃないんだが。

『僕は君を守るために生まれてきたよ〜♪』

本当にそうは思っていないくせに。
陳腐な歌詞だな、まったく。





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