( ゚W゚)ブーンは悪魔憑きとなったようです

32: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/01(佐賀県職員) 23:46:03.13 ID:SmlceptI0
  
都市政府集権装置 主要電算装置室


都市の全てを管理する人口無脳『トリニティ』は、都市上空を飛び回る二つの熱源体を感知していた。
『トリニティ』はすぐさま崩壊前から溜め込まれたデータベースに熱源体のデータを照会。
返ってきた答えは『アンノウン:該当無し』

熱源体感知から10秒後、危険と予測される程の大気の爆発を確認。
それからさらに15秒後、トリニティ内の一つの思考である『チャンネル2』が、一つの提案を提議。

『危険的存在の可能性を持つアンノウンに対する攻撃措置』

都市へ危害を加える可能性のある熱源体を、防衛のために排除する提案。
この提議に対して他のチャンネルは全て『肯定』を選択。
提議から2秒、満場一致で『アンノウン』に対する攻撃は決定した。

攻撃に使用する手段は、軌道上からのマイクロウェーブ照射が選択された。
都市の南に位置する巨大レクテナ発電施設『天恵:乙』へとマイクロウェーブを照射していた『天恵:甲』に割込命令。
命令を受けた『天恵:甲』は発電のための照射を一時的に中止すると、都市上空を飛び回る熱源体に、その射線を変更。
照射半径を5mまで絞り、0.5秒間の限定照射を行った。

空中に停止した熱源体を狙った照射は、焦点温度が千度にまで達する力をもって、大気を焼き、地表に到達。
運悪く命中した最上層の市民を二人ほど爆裂させ、都市の構造物を一部融解させた。



35: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/01(佐賀県職員) 23:49:02.45 ID:SmlceptI0
  
(;゚W゚)「っがあっ!!」

目の前を通り過ぎた灼熱の余波に煽られ、ブーンは自分の肌が焼けるのを感じた。
ちりちりとした痛みが体の全面を覆い尽くし、髪の毛が嫌な匂いを立てて少し縮れる。
マイクロウェーブの照射範囲からは逃れていたものの、その絶大な力はブーンに少なからぬダメージを与えた。

(;゚W゚)「く……何だ、今のは」

細かな針が無数に突き刺さっているかのような鋭い痛みに耐えながら、ブーンはなんとか姿勢を立て直す。
絶え間なく続く痛みに意識が混濁しそうになるが、ブーンは気力で耐え抜いた。

( ゚∀゚)「ありゃ、宇宙に浮かんでるでっけぇ発電機械の攻撃だよ。都市がいくら堅ぇっつっても、
     無防備に突っ立ってるわけにもいかないからな。自衛のために、ああやって危険分子を排除すんのさ」

宙に浮かぶ『天恵:甲』は、太陽光をソーラーパネルで受けて電力に変換、マイクロウェーブを照射する発電施設である。
通常は地表に設置された『天恵:乙』へと照射されて電力を供給するそれは、しばしば都市の防衛にも使われる。
主に地上を徘徊する巨大生物へと向けられるそれは、時には武装する危険分子へも使用されることがあった。

(;゚W゚)「お前……そのことを」
( ゚∀゚)「ああ、知ってたぜ。『トリニティ』の中にあるチャンネルの一つは、組織がハッキングしてたからな」

ニヤニヤと笑いながら答えるジョルジュ。その顔は明らかに攻撃が来ることを知っていた様子である。
知っているのに教えなかったジョルジュの行動を、しかし、ブーンは汚いと罵るようなことはしなかった。
これはフェアプレイを期待するようなスポーツでもなければ、武道の試合でもない、ただの殺し合いなのだから。



36: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/01(佐賀県職員) 23:50:17.20 ID:SmlceptI0
  
( ゚∀゚)「でも、なぁ……なんかがっかりだぜ。お前弱すぎ。あんな攻撃、マトモにくらってんじゃねーよ」
(;゚W゚)「う……」

あからさまに失望したという感情を表に出して、ジョルジュがため息をついた。
その瞬間、上方で再びふくれあがるプレッシャー。
遙か上空の無機物が放つ、無機質な殺意が、今度はジョルジュへと向けられていた。
しかし、ジョルジュは慌てない。

( ゚∀゚)「こんなもん、ちょちょっとぶっ壊してやりゃいいだろうがよ」

気軽に答えて、ジョルジュは何気ない動作で上空を仰ぎ見た。

( ゚□゚)「かあぁぁぁぁぁぁぁ……」

低くうなり声を上げて、ジョルジュがその口を大きく開く。
限界まで引き延ばされた顎は人間の開口範囲を大きく超え、ほほ肉がみりみりと音を立てて引きちぎれた。
ジョルジュの歯が歯茎から大きく伸びて、ぞろりと肉食獣のそれに生え変わる。
そして――



37: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/01(佐賀県職員) 23:51:42.02 ID:SmlceptI0
  
( ゚A゚)「がうっ!!」

ばつん!! と音を立てて、一気に口を閉じた。
その瞬間、ジョルジュの口の中に、何かが『食われる』

一体何が?
怪訝に思ったブーンはそのまま何気なく上空を見上げ、そして、

(;゚W゚)「なっ……」

そこに、暗い深淵を見た。
夕焼けに染まる空にぽっかりと空いた、光を通さない闇。
それはブーン達よりも遥か上方に空いており、穴の向こうには夜の空が見えていた。

(;゚W゚)「これは……っ!?」

呆然とする間もなく、急速に縮んでいく穴。
そして、穴が閉じると共に、周囲の大気が引きちぎられ、吸い込まれていく。



38: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/01(佐賀県職員) 23:52:44.12 ID:SmlceptI0
  
(;゚W゚)「うっ、くぐぅっ!!」

ごうごうと唸りをあげる大気の奔流に揉まれながらも、ブーンはなんとかその場に止まろうと翼をはためかせた。
ともすれば台風に巻き上げられた木の葉のように浮き上がろうとする体を、必死の思いで立て直す。
時間にして、およそ十数秒。
驚異的な体積の空気を吸い込み、夜色の闇は姿を消した。

( ゚∀゚)「……ってなもんよ」

顔の造作を元に戻したジョルジュが、若干得意そうに口を開く。
再び夕焼け色の静寂が戻った空には、あのプレッシャーは欠片も感じることは出来なかった。

( ゚∀゚)「ま、正直『フェンリル』の力がねーと、流石の俺でも対処は難しかったかもしんねーけどな」
( ゚W゚)「あれが『フェンリル』の、力……」
( ゚∀゚)「ごっついだろ? さすが主様々って感じだよな。空間を『喰らう』なんて芸当、フツーはできっこねーよ」

そう言って、未だに鋭く尖る牙をぞろりと見せて笑う。
その口の中に、到底太刀打ちできない力を見た気がして、そして、ジョルジュのやったことを理解して。
ブーンの体が無意識に震えた。

ジョルジュは、空間を『喰らった』のだ。
自分の遥か上方、宇宙に浮かぶあの攻撃を行った機械を含め、直線上の空間ごと、全て。一呑みで。



41: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/01(佐賀県職員) 23:54:31.76 ID:SmlceptI0
  
(;゚W゚)「……」

もはや、言葉もない。
圧倒的すぎる力を見せられて、ブーンの心の中に、ジョルジュに対する恐怖が芽吹いた。
それは、ほんの小さな恐怖心。
だが、その小さな恐怖心は、望むと望まざるとに関わらず、ブーンの体を縛り付ける。

こわい、こわい、こわい、こわい。

頑張って出来ることならいい。
耐え抜くことならいくらでもやってやる。
だが、無理なことだけはどう頑張っても、耐えても、あがいてももがいても、無理。
つい先ほど、自分で自分を奮い立たせた言葉が、圧倒的な力で折られた。

( ゚∀゚)「……なんだ。お前、ブルっちまってんのかよ」
(;゚ω゚)「!!」

ジョルジュに声を掛けられて、ブーンの体がビクリと震えた。
そんなブーンの様子を見て、ジョルジュが今までにない真剣な表情で怒りを露わにする。

(#゚∀゚)「てめぇ……俺がせっかくフェアに戦えるようにしてやったっていうのによォ。
     肝心のところでビビってんじゃねーぞチンカスが!!」
(;゚ω゚)「ひっ……!!」

ジョルジュの怒声に、ブーンの体は反射的に震えてしまう。
そして、そんなブーンを見る度に、ジョルジュの怒りの表情は、更に深くなっていった。



43: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/01(佐賀県職員) 23:55:20.90 ID:SmlceptI0
  
( ゚∀゚)「……クソ。もう、いい。お前は、やっぱデキソコナイだわ」

眉をしかめたまま、ジョルジュが面白くもなさそうに吐き捨てる。

( ゚∀゚)「いいよ、もう。せっかく少しは盛り上がったってのに。興ざめだ」

だから、と続けるジョルジュ。

( ゚∀゚)「お前はもう、退場してろ」

そう言って、無造作に左手を振う。
振われた左腕は一瞬にしてその形を変化させ、巨大なワニの頭になった。
そのまま一直線に、ブーンめがけて突っ込んでくる。

(;゚ω゚)「あ、あぅ……」

高速で迫る攻撃をかわそうとするブーン。
しかし、恐怖で固まった体は自由に動かなかった。
そして、

(;゚ω゚)「あ……ひ」

ばづん!!

ブーンの腰から下、『ヴィゾフニル』の全てが、ワニの大顎に『喰われて』消えた。



47: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/01(佐賀県職員) 23:58:13.90 ID:SmlceptI0
  
メリルヴィルの晩餐 礼拝堂


しぃが目を開けると、目の前には夕焼け空が広がっていた。
礼拝堂の天井は何かの力で大きく吹き飛ばされ、そこから赤い光が降ってきている。
しぃは、随分と久しぶりに、綺麗だな、と思った。
その感情は、もうずっと忘れていたもの。
もしかしたら、しぃが感じるのはこれが初めてかもしれず、おそらく最後なのだろう。

(*゚ー゚)「でも……もう、いいよね」

誰にともなく、小さく呟く。
そう。もういい、どうでも。
復讐も失敗して、自分は死にかけている。
仰向けに転がった体はピクリとも動かない。
もう何も、出来ることはない。

(*゚ー゚)「あーあ……なんか、疲れちゃったなぁ。ね、ギコくん」
(,,゚Д゚)「……ああ。そうだな」

自分の側にしゃがみ込むギコに向かって笑いかけるしぃ。
何故、死んだはずの彼がいるのかについては考えない。
それは考えるまでもなかったし、彼と言葉を交わせるだけで、それだけで全ての疑問は些末ごとに変わる。
ギコは表情を変えずに、しかし優しげな声音で、その声に応えた。



48: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/02(佐賀県教育委員会) 00:00:40.53 ID:R2YYge7d0
  
夕焼けの赤が、二人の静止した時間を染め上げる。
ギコの軍用コートはその赤の中にあってもなお暗く、その姿はしぃを迎えに来た死神の様にも見えた。

(*゚ー゚)「ねぇ、ギコくん。私って結局、何も出来なかったのかなぁ」
(,,゚Д゚)「……」

自嘲するようなしぃの呟きに、ギコは何も言わずに沈黙を返す。

(*゚ー゚)「私、今までもそうだったんだ。組織の中にいても、特に大きな働きもなし。
    悪魔憑きだからってだけで七柱に数えられてはいたけど、正直言えば肩身も狭かったし」
(,,゚Д゚)「俺を倒した奴の言葉とは思えんな」
(*゚ー゚)「あはは、そうだね。でも……ホント、私ってどうしようもなくツマンナイ女だったよ。
    最下層の最底辺で生まれて、生まれたときから何も持って無くて、何も積み上げられなくて。
    そのまま、こんな所で死んじゃうんだもん」

ふぅ、と話疲れたように口を閉じるしぃ。
僅かな時間、二人の間に沈黙が降りる。
そして、その沈黙をゆっくりと掻き分けるように、ギコが口を開いた。

(,,゚Д゚)「……なら、あと少しだけあがいてみるのはどうだ」



49: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/02(佐賀県教育委員会) 00:02:05.37 ID:R2YYge7d0
  
ギコが口を開いた時。
しぃの上空。赤く染まる空に、ぱっと黒い羽が飛び散った。
それは、ブーンの『ヴィゾフニル』が『喰われ』た瞬間。
身長を半分にまで減らしたブーンが、ゆっくりと落下を開始する。
その影を見上げて、ギコがしぃに向かって口を開いた。

(,,゚Д゚)「あいつを、お前が助けてやってくれ」
(*゚ー゚)「私が……?」
(,,゚Д゚)「そうだ。お前の『ゴモリー』を使ってな」

そう言って、そっとしぃの胸――正確には心臓に手を当てる。
しぃの心臓に憑く悪魔、『ゴモリー』。
その能力は他人の過去の全てを知ることと、自らの未来を見通す力。
そして――他人の精神を、過去に送り込んで体験させること。
ブーンの記憶に触れたことのあるしぃには、ギコが何を求めているかが手に取るように理解できた。

(*゚ー゚)「でも……そんなことしたら、彼がどうなっちゃうか判らないよ? 過去に溺れて戻ってこないか、
     下手したら心が壊れちゃって死ぬかもしんない」
(,,゚Д゚)「その可能性はあるだろう。でも、あいつなら……ブーンならきっと大丈夫だ」

なにせ、こちらにはあいつの大切な人がいるからな。
ちらりと横たわるツンを見て、ギコは小さく笑って保証した。
しぃもまた、同意するように薄く笑う。



50: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/02(佐賀県教育委員会) 00:03:05.90 ID:R2YYge7d0
  
(*゚ー゚)「しょーがないなぁ。他ならぬギコくんの頼みだし。しぃさんちょっと頑張っちゃおうかな」

微笑みながら、意識を空中のブーンに向けるしぃ。
その瞬間、しぃの精神は体を抜け出し、夕焼け空を高速で飛翔。
そのままブーンに体当たりするように同化して、しぃの精神はブーンの意識内にするりと入り込んだ。

恐怖、絶望、喪失感。
負の感情が渦巻く瀕死の意識の中を、泳ぐようにして抜けていく。
前に感じた優しい温もりは温度を失い、意識の底に転がっていた。
寒気のするような荒れた世界。
ともすればそのまま闇に取り込まれそうになりながらも、しぃは奥へ奥へと体を進める。
やがて、しぃの視界に入るイメージ。
あの日見た、ブーンの古い古い記憶。

(*゚ー゚)『みーつけた』

ふわり、と。
顔を埋めるようにして座り込む記憶の側に、静かにしぃが舞い降りた。
そしてゆっくりと近づくと、その側にしゃがみ込んで優しく語りかける。

(*゚ー゚)『こんにちは。ブーンくん』
(  ω )「……」

ブーンの記憶は、何も応えない。
だが、ブーンの記憶はブーンそのもの。
しぃの声は確かに届いているはずだった。



52: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/02(佐賀県教育委員会) 00:04:18.01 ID:R2YYge7d0
  
(*゚ー゚)『こんにちは。ブーンくん』
(  ω )「……」
(*゚ー゚)『おーい、ブーンくんってば』
(  ω )「……」
(*゚ー゚)『ちょっと、もしもーし?』
(  ω )「……」
(;゚ー゚)『……』
(  ω )「……」

何度呼びかけても、ブーンの古い記憶は膝に顔を埋めたまま応えなかった。
腕を組んで悩むように眉を寄せるしぃ。
と、何かを思いついたように、ぱっと顔を輝かせて、再度口を開いた。

(*゚ー゚)『ツンちゃんが危ないんだよ?』
(  ω )「ッ!?」

びくん、と体を震わせるブーンの記憶。
未だに顔を俯かせたままではあったが、明らかにその意識はしぃの言葉に向けられていた。



53: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/02(佐賀県教育委員会) 00:05:58.80 ID:R2YYge7d0
  
(*゚ー゚)『あなたの大切な人が危ないのに、貴方はここで何してるの?』
(  ω )「……ツ……ン……」
(*゚ー゚)『そうやって座って、嫌なことから目をそらして……。そうしてれば幸せになれるとでも思ってる?』
(  ω )「……」
(*゚ー゚)『そう思ってるなら、それは間違いだよ。自分から動かないと、世界は何も変わらないんだから』
(  ω )「……」

相変わらず大きな反応を見せないブーンの記憶。
しかし、しぃにはその姿が、何をするべきか迷っている様に見えた。

(*゚ー゚)『だから……ね。とりあえず、目を開けてみようよ。それで、見たくなかったものもちゃんと見てみるの。
    それはとても辛い事かもしれないけど、とても大切で必要なことなんだよ』
(  ω )「でも、ボクは……あの時、大切な人を守れなかったんだお」

説得を続けるしぃに、初めてブーンの記憶が答える。
それは暗い闇の中にあってなお、より深い黒色の声音。
絶望と、悔恨と、諦観に支配された者の言葉。



55: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/02(佐賀県教育委員会) 00:07:56.30 ID:R2YYge7d0
  
(  ω )「ボクがしたことは、ボクの大切にしていた存在全てを消し去ってしまったお。
      だから、ボクはもう、何もしちゃいけない。ここにいて、ずっと眠っていなければならないんだお」

ため息をつくように弱々しい声で語るブーンの記憶。
話すことで過去を思い出したのか、それはより深く顔を埋めてだまってしまった。
そんな姿を見て、しぃはため息を一つ。
そして、心に浮かんだことを口にする。

(*゚ー゚)『守れなかったことを、後悔してるんだね』
(  ω )「……」
(*゚ー゚)『でも、その後悔がまた、あなたの大切な存在を殺しちゃうとしても、それでもあなたは後悔することができるの?』
(  ω )「……」
(*゚ー゚)『あなたの過去に何があったのか、私は知ってる。辛かったよね、悲しかったよね。でも、逃げちゃだめだよ。
    悔やんでも過去は変わらないし、良くなるように望むだけじゃ未来は変わらない。』
(  ω )「……」

しぃの言葉は、半ば自分に向けられたものだ。
何も行動せず、過去にとらわれ、ただ都合の良い未来を望むだけだった自分自信に対する言葉。
しかし、だからこそ。その言葉は重みを持ってブーンの記憶に染み込んでいく。
埋められた顔が、ゆっくりと上げられた。



57: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/02(佐賀県教育委員会) 00:10:16.11 ID:R2YYge7d0
  
(  ω )「本当に……ボクには大切な人を守ることができると思うかお?」
(*゚ー゚)『さあ? それはあなたのがんばり次第。でも、大切なのは過去でも未来でもなく、今何をするかだよ』
(  ω )「今……何を、するか……」
(*゚ー゚)『そう。そして、あなたはどうすればいいのかわかってる』
(  ω )「……」

こくり、と頷くブーンの記憶。
それを見て、しぃは嬉しそうに微笑んだ。

(*゚ー゚)『じゃあ、あなたは今のあなたと一緒にあの日に行かなくちゃ。そして、今のあなたに過去を教えてあげるの』
(  ω )「……わかったお」
(*゚ー゚)『はい、よくできました。それじゃあ、頑張ってね。負けないで……そして、帰ってくるのよ』
(  ω )「……」

最後にそう言ってしぃが手をかざすと、ブーンの記憶はポロポロと崩れ始めた。
記憶の欠片は周囲の空間に溶け込み、やがて全てがその場から無くなる。
後には何も残らない。それは、ブーンの記憶が、何の心残りもなく過去に旅立ったことの証明だった。



59: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/02(佐賀県教育委員会) 00:12:38.84 ID:R2YYge7d0
  
(*゚ー゚)「……行っちゃった。ああーんなに長いこと動かなかったのに、好きな人が絡むと、あっという間だったね」
(,,゚Д゚)「仕方あるまい。女のためなら一直線、あいつはそういう奴だからな」
(*゚ー゚)「なんか、さ。どこかの誰かさんみたいだよねー、それって」
(,,゚Д゚)「……ふん。聞こえんな」

何もなくなった空間の中、ギコがいつのまにか隣に現われて話しかけた。
労うように、思いやりを込めてその肩に手を乗せる。

(,,゚Д゚)「ご苦労だったな、しぃ」
(*゚ー゚)「ん。ありがと、ギコくん」

ギコの手に自らの手を重ね、愛しい人の体温を感じるしぃ。

(*゚ー゚)「これで、私も少しは何かの役にたてたのかな?」
(,,゚Д゚)「たったとも。少なくともこれで、あいつの恋愛が成就する確率と、都市が救われる確率が上がった」
(*゚ー゚)「あはは!! なにそれー!! その二つを並べて考えるなんておかしくない?」
(,,゚Д゚)「そんなことあるか。あいつらの恋愛は、それこそ世界を救うかもしれんぞ」

大真面目に応えるギコ。
そんな彼の表情がやたらおかしくて、しぃは心の底から楽しげに笑った。



60: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/02(佐賀県教育委員会) 00:15:03.88 ID:R2YYge7d0
  
(*゚ー゚)「さて、と。そろそろ時間じゃない?」
(,,゚Д゚)「そうだな……そろそろ、だな」

ひとしきり笑い終えると、しぃはギコに何かを促す様に話しかけた。
ギコもそれに頷きながら応える。
ギコとしぃは、遠く闇の中から、低くうなり声を上げて何かが近づいてくるのを感じていた。
それは時に素早く、時にゆっくりと。しかし確実に二人を捉えるために押し寄せてきている。
少し上にあるギコの顔を見上げながら、しぃは小さく口を開いた。

(*゚ー゚)「今度は、置いてけぼりにしないでね?」

それは懇願するような、甘えるような。
それでいて、迷子の子供が縋り付くような声音。

(,,゚Д゚)「馬鹿。置いていくも何も、行くところは一緒……」

苦笑しながら答えるギコ。
だが、途中で何かを思い出したかのように口をつぐむ。
そして、



62: ◆DIF7VGYZpU :佐賀暦2006年,2006/11/02(佐賀県教育委員会) 00:16:36.79 ID:R2YYge7d0
  
(,,゚Д゚)「……ああ。今度は、お前も一緒に来い。いや、一緒に来てくれ。しぃ」

その言葉を聞いて、満面の笑みを浮かべるしい。

(*゚ー゚)「うん……ずっと、一緒に居ようね。ギコくん」

『悪魔憑き』の二人が、この先行き着く所は同じ。
そこは終わらない絶望と苦しみに満ちた地下の世界。
だが、それでもギコはしぃと一緒に居ることを望み、それはしぃも同じだった。

かつて生きているときには果たされなかった願い。
二人が一番望みながら、運命のいたずらによって叶わなかった思い。
皮肉なことに、それは二人の運命が狂う原因となった『悪魔』によって叶うこととなる。

遠くから冷たい闇が迫ってくるのを感じながら、しぃはギコに抱きついた。
そして、背伸びをして愛しい人と口づけを交す。
ギコもまた、両腕で固くしぃを抱き締めた。


冷たい闇が全てを覆い尽くすまで。二人はずっと、そうしていた。


「フェンリル」終



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