( ^ω^)奇人達は二十一グラムの旅をしますようです
- 141: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:56:57.81 ID:kLLE5Q4M0
- ―5―
現実に存在する空が、風が、色がなくなってしまえばどうなるのか。夢の中では、それが分かる。
玄関ホールに倒れていたブーンは、目を覚まして起き上がった。目を擦って視界を鮮明にさせる。
( っω−)「んんん。・・・ここは?」
ζ(゚、゚;ζ「あ! お気付きになられましたの?」
ブーンの側にはツンとデレの二人と、注意深く辺りを観察しているハイン達使用人の姿があった。
玄関ホールの様相は今しがたと打って変わって、大理石の彫像などが飾られた空間になっている。
見上げれば、天井にシャンデリアが吊るされている。廊下には、窓から燦々と光線が差し込み、
絨毯や甲冑を優しく照らしている。ブーン達は、トソンが保持する夢の世界に閉じ込められたのだ。
从;-∀从ゝ「やれやれ。とんでもねえ事になっちまったな・・・」
ハインが髪をかき上げて、呆れた表情をした。彼女もブーンと共に巻き込まれたのである。
彼女は夢の世界の存在を知っていたが、来るのは初めてだった。埃を掃い、ブーンが立ち上がる。
( ^ω^)「君は僕達が帰ったあと、トソンに報告すると言っていたお。
どうやって伝えるつもりだったのだね? 何か入り口でもあるのかお」
- 142: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 16:58:44.05 ID:kLLE5Q4M0
- 从 ゚∀从「いや。夢旅行は初めてだ。ご主人様は時々姿を現せるから、書置きしとくんだよ」
( ^ω^)「ふむ。彼女しか知らない出入り口があるのかもね!」
時折現世に姿を現せるのだから、出入り口がないとおかしい。今は見当がつかないが。
まるで昔の邸に戻ったかのような内装を、ハインが見回していると、何者かの足音が聞こえた。
一同がそちらへと顔を遣れば、ハインと同じ給仕服を身にまとった女性が歩いて来ていた。
('、`*川「ああ。ハインがまた粗相を仕出かしたよ。何でクビにならないのかねえ」
从#゚∀从「あ!? 本人の目の前で。ペニサス、良い度胸じゃねーか!」
ハインは、ペニサスという女性に食ってかかろうとする。だが、彼女の手はするりと空を掴んだ。
ペニサスの身体をすり抜けたのだ。何度も手のひらを開閉させ、ハインは驚き顔で振り返った。
从;゚3从「イィィィィーーーーーーーーーーーーーー!?」内場勝則風に
ζ(゚、゚*ζ「あちらからは、あたし達の姿が見えていないのですの。
あたし達は、まだ完全にはこの世界に染まっていません。なぜなら」
- 146: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:00:17.36 ID:kLLE5Q4M0
- そこまで言って区切り、デレは「えっへん」と腰に両手を当てて、あまり大きくはない胸を張った。
ζ(゚ー゚*ζ「あたしが抵抗したのです! ええ! 他の誰でもないあたしが!」
なんと、窮地の場でボケをかましたかに見えたデレだが、必死の抵抗をしたのだという。
マジカッケエっす。マジハンパネエっす。とにもかくにも、少しは一安心といったところか。
ζ(゚、゚*ζ「でも、もって二時間ですの。それまでに何とかしないと」
完全に夢の中の存在と化す。ブーン達は、可及的速やかな対処を迫られているのだ。
ここで実のない会話をしている暇はない。ブーン達は西側の廊下に進もうとするが、
ハインは動かなかった。物思いに悄然と立ち止まっている彼女に、ブーンが話しかける。
( ^ω^)「どうしたのだお。ハインは元の世界に帰りたくないのかね?」
从 ゚∀从「・・・分からねえ。元はといえば、俺もご主人様と同類で、非業の死を遂げているんだ。
さっき、俺の同僚の姿を見て、ここにずっと居ても良いかなって思ってしまった。
こんな世界があるのなら、ここで暮らしていたいなって思ってしまったんだよ」
- 147: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:01:13.66 ID:kLLE5Q4M0
- 男勝りな正確のハインではあるが、根元は女らしく、寂しがりなところがあるようだ。
丸川とオッコトワーリが彼女の側に寄り、心配そうな表情をする。彼らも同じ気持ちなのだ。
( ^ω^)「ふん。勝手にしたまえお。・・・僕は心が広い。ショボンなどには負けていない。
君達も本当の天国に行けるよう、善処してやろう。大いに感謝したまえお」
从 ゚∀从「・・・・・・お前。案外と良いところがあるんだな」
ブーンはハインの賛美には応えずに、デレとツンを引き連れて玄関ホールをあとにした。
客室に後回しで良い。何かあるとすれば、二階の夫妻の部屋か、まだ調べていない部屋である。
壁に絵画がかけられ、西洋の甲冑も置かれて、すっかりと瀟洒になった廊下を三人は歩く。
ありとあらゆる時計も一定間隔に配置されていて、これならば見所のある邸といえる。
ペンデュラム(振り子)が揺れる音が、絶えず聴こえる邸。ブーンは窓の外へと視線を遣った。
外では木々がささやき、太陽の光が湖面を輝かせている。どこまでも果てしなく平和な風景だ。
ヒートの時もそうであったが、影という存在は、穢れのない世界を創り出す傾向にあるようだ。
苦しみや、恨み。それらを偽りのみを写す鏡にかざして、まったくの平穏を映し出しているのだ。
ξ゚听)ξ「ねえ。怪我は大丈夫なの?」
- 149: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:02:13.87 ID:kLLE5Q4M0
- ツンが声を出した。誰宛に? ブーンは一瞬自分かと思ったが、怪我などはしていない。
ツンに顔を向ければ一目瞭然だった。デレにかけた言葉だ。彼女がデレに話しかけるのは珍しい。
( ^ω^)「ほっほう! ツンがデレの心配をするのは珍しいお!」
言ってしまってから、ブーンは「まずい!」と両手で自分の口を塞ぎ、己の軽率さを呪った。
今の発言は、ツンを向きにさせるのには充分な一言である。恐れおののく彼は、ツンを一瞥する。
ξ゚听)ξ「身を挺して助けて頂いた方を心配するのは、人として当然のことです」
ツンは正直に答えた。巧妙な一計を案じずとも、期せずして二人の仲は良好にほぐれたのだ。
このツンツンツンデレ妹め! 感極まり、足を止めたブーンはるいるいと涙を流した。
( ;ω;)「いいね! 素晴らしいね! もう僕は死んでもいいお!」
ξ゚听)ξ「それは困ります。事件を解決して頂いてからでないと。お兄様が原因なのでしょう?」
( ^ω^)「はい」
- 151: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:03:49.09 ID:kLLE5Q4M0
- そうそう。感動して涙している場合ではない。自分は、トソンの呪縛を断ち切らねばならない。
ハインにも大見得を切ってしまっている。ブーンは口の前で両手をすり合わせ、歩き始めた。
隣には、怪我をしたデレの腕を支えるツンが居る。この二人になら、安心して背中を預けられる。
しかし、そのような危険に二人を晒すわけがなく、ブーンは一人で事件を解決する気概だ。
三人は階段を登っていく。途中に使用人と擦れ違ったが、彼らはブーン達の存在に気付かない。
( ^ω^)「ふうむ。こうしてみると異質な感じだお。僕達が除け者にされているみたいだお」
ζ(゚ー゚;ζ「すみませんの。あたしの力が、トソンさんに及ばなくて」
( ^ω^)「いや。デレは謝らなくていいお。助けて貰ったのだから」
ξ゚听)ξ「そうです。お兄様は気にせず、ここから出られる方法に頭を働かせてください」
傍目から見れば、デレと腕を組んでいる状態のツンが、彼女に感謝の意を交えつつ言った。
ツンとデレは仲が良くなったようだが、これからブーンは言葉に気を付けなければならない。
女性二人に対して、男性は無力である。クーやヒートが交じれば、絶対に敵いそうにありません。
そこにショボンも交じれば――いらぬ想像を浮かべたブーンは、悚然として背筋を震わせた。
(;^ω^)(おお、こわいこわい。今ごろ、ショボンはどうしてるのだお)
- 154: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:04:51.84 ID:kLLE5Q4M0
- ショボンなら、「あのファッキンボーイ。また妙な事を仕出かしたね」と思っているだろう。
そんなブーンの予想は当たっており、彼は現実世界の邸で、閉ざされた玄関扉の前で呆れていた。
まあ、ショボンのことなどどうでも良い。二階へとたどり着き、三人は右側の廊下を見渡した。
一直線に歪みなく廊下が伸びている。廊下の半ばほどに、彼は空中に浮く白い光球を発見した。
もう説明は不要だろう、記憶の欠片である。ブーン達は駆け寄り、放たれる温もりに身を任せた。
“
(゚、゚トソン『ハイン。また貴女なのですね。絨毯にお茶を溢して、弁償物ですよ』
車椅子に座るトソンが、肘掛に肘を置いて頬杖をつきながら、大きなため息を吐いた。
嫌味な言い方だった。彼女は大人しそうな見かけとは反して、きつい性格をしているのである。
だからこそブーンとデレは騙されたのだが、夫と一緒でないときの彼女は高圧的な人格なのだ。
茂良邸内に於ける実質的な支配者の鋭い視線に、強気なハインが随分と浮き足立っている。
从;-∀从ゝ『ええ。はい。いやあ。何と申し上げれば良いか、すみません』
(゚、゚トソン『その、直ぐに頭を掻く癖は御止めなさい。とても見苦しいのです』
- 155: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:06:04.66 ID:kLLE5Q4M0
- 『また始まった』、と遠巻きにざわめいている使用人達を掻き分けて、一人の男性が駆け付けた。
トソンの夫であるモララーだ。ひどく慌てている彼は、いきどしい様子で二人の間に立つ。
(;-∀-)『ま た 君 達 か 。ハイン。君は行きなさい。ほら、皆も仕事に戻って』
(゚、゚トソン『ちょっと』
(;・∀・)『分かっている。あとで私が、ちゃんと注意しておくんだからな!』
ハインと他の使用人達は、それぞれの職務に戻って行った。モララーは安堵の息を吐く。
このモララーという男性。厳しそうな外面とは裏腹に、使用人達には優しいのであった。
トソンはカーディガンのポケットから小さな缶を出し、その中にある煙草を一本、口にくわえた。
煙草と一緒に収められていたライターで、火を点ける。バナナのような匂いが辺りに漂う。
(※こぼれ話ですが、カーディガンで検索をし、ウィキペディアを閲覧してはなりません)
~~-v(゚、゚トソン『もう。あなたは優しさが過ぎます。他の者に示しがつきませんよ』
先ほどとは違い、甘々しい口調だ。トソンはモララーと二人きりになると、態度を豹変させるのだ。
現在ではあまり見られなくなった、狭義でのツンデレである。こちらもなかなか好きなのだけれど。
トソンが唇を尖らせて煙草をふうっと吐くと、長く尾を引く白い煙が、日光の中へと消えて行った。
- 156: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:07:57.97 ID:kLLE5Q4M0
- ( ・∀・)『ははは。それにしても、今日のトソンは不機嫌そうだけど、どうしたんだい?』
モララーはトソンの前で屈み込んで、彼女の顔を覗き込んだ。トソンは照れて、そっぽを向く。
~~-v(゚、゚*トソン『い、いいえ。何でもありませんよ。全て、ハインが悪いのです』
( ・∀・)『そうか。しかし、ハインにも良いところがある。きつく当たってはいけない』
~~-v(゚、゚トソン『・・・・・・良い所。例えば、どんな所が良いと謂うのです?』
(;・∀・)『え? それは、ほら。元気で微笑ましいところとか、かな』
必死に思い当たった結果がこれだよ! 何はともあれ、快活なのは長所ではある。
モララーが腰を上げ、トソンに散歩をしようと話を持ちかけると、彼女は首を横に振った。
『少しの間。此処で陽射しに当たっていたいのです』。モララーは頷き、彼女の元を去った。
彼女が視線を窓へと遣る。この邸の窓が床から天井までガラス張りなのは、彼女への配慮である。
太陽が、木々が、湖が――この景色が私一人だけの物になってしまったら、何て悲劇でしょう!
トソンは、自分の心を昂らせている原因を思い出した。それは、レム睡眠時に見た夢のことだ。
~~-v(-、-トソン『あの人と別れる夢を見たから、だなんて私には恥かしくて謂えません』”
- 158: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:09:20.91 ID:kLLE5Q4M0
- ( ^ω^)「なんて――」
面倒な女性だ! 二人も女性が近くに居るので、ブーンは明言を避けた。
夫が居なければとても厳しく、夫と二人ではしおらしい。ちょっと、付き合い難い人物である。
低い唸り声を上げるブーンを他所に、ようやく現在の事態を把握したツンが口を開いた。
ξ゚听)ξ「なるほど。今のトソンさんが、モララーさんと離れ離れになってしまったのですね。
お兄様達は、邸の主人を勘違いしていて、なかなか彼女が姿を現さなかった。
・・・取り合おうにも、彼女は常軌を逸している。お兄様、デレ。言わせてください」
ツンは片手を上げた。ブーンとデレの二人は不思議な面持ちになって、顔を見合わせた。
( ^ω^)「なんだお?」
ζ(゚ー゚*ζ「はいですの?」
ξ;凵G)ξノ「私を巻き込まないで! 少しは、お考えになってから行動してください!」
ツンはまったくの不運である。あの時、客室に忘れ物がないかを確かめに行かなければ、
彼女は夢の世界に閉じ込められることはなかったのだ。トソンに命まで狙われてしまった。
・・・ショボンさんと口を酸っぱくして忠告をしたのに、事件を起こして。なにこの二人こわい。
自分は、巻き込まれ体質なのだろうか! ツンがめそめそと涙を流し、ハンカチで雫を拭う。
- 159: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:10:34.82 ID:kLLE5Q4M0
- ξ;凵G)ξ「ああ、こんなにも心が張り裂けそうな気持ちになったのは、初めてです」
ζ(゚、゚;ζ「ツンさん、どうしたのですの?」
( ^ω^)「ツンは時折、発作を起こしてしまうのだお。病院を勧めているのだけれどね・・・」
ζ(゚、゚;ζ「まあ! それは大変ですの! あたし、お薬を持ってますの。
トリプタノールと言ってですね。抗うつ剤ですの。はい。どうぞ、お飲みください」
デレはポケットからピルケースを取り出した。その中の一錠を指で摘んで、デレに渡そうとする。
(;^ω^)「どうして、デレがそんなものを持っているのだお?」
ζ(゚ー゚*ζ「いえいえ。これは、ただのビタミン剤ですの。プラシーボ(偽薬)効果ですの!」
ξ;凵G)ξ「バラしたら、意味がないでしょう! いらない!」
- 162: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:14:55.38 ID:kLLE5Q4M0
- 泣き喚いて、ツンは廊下を歩んで行く。ブーンが肩を竦めていると、ふとツンが振り向いた。
そこに涙はなかった。顔にあるのは鹿爪らしい表情と、悲惨になり行く運命に抗おうとする力だ。
ツンはそっと腕を上げ、人差し指のみを立てた。窓から降り注ぐ光線が、彼女を白いベールで包む。
ξ゚听)ξb「良いですか? お二人は、玄関でのトソンをしっかりと観察していましたか?
私はきちんと覚えております。彼女の動作も、言動も、全てが記憶にあります。
一瞬だけ敬語になりました。これがどういうことか、お分かりになるでしょうか」
( ^ω^)「ふむ。確かに、僕達を夢へと送るときに、トソンの口調が変わったお」
ζ(゚、゚*ζ「ちょっと怖かったですの」
その通りである。トソンは、狂人めいた振る舞いでブーン達を呪縛で捕らえたのである。
ツンは腕を下ろし、ブーンとデレの前を行ったり来たりする。妹はブーンに似たところがある。
やがて、ツンは二人に背中を向けた形で止まり、胸の前で両手を合わせた。彼女は静かに語りだす。
ξ゚听)ξ「狂人のごとく見えた。果たして、そうなのでしょうか。私は違うと思います。
一刹那。彼女の意識は、現実へと戻ったのです。証拠に、現実を否定しました。
当然のことですが、現実を否定するには、現実を知っていなければなりません」
- 163: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:15:36.04 ID:kLLE5Q4M0
- ζ(゚、゚*ζ「仰られる通りですの。トソンさんは現実世界を嫌っております」
( ^ω^)(・・・・・・)
ツンの言葉は理にかなっている。須名邸でのクーとのやり取りを、ブーンは思い出した。
最後、彼女は昔の自分に戻り、敬語で話したのである。その後は冷淡な口調に戻ったようだが。
くるりとツンが振り向く。彼女の茶色い瞳には、確固たる意思と意志が煌煌と輝いている。
ブーンとデレは忘れているが、彼女は早い時期に影を知っており、所謂歴戦の退魔師なのだ。
ξ゚听)ξ「トソンは影の中でも一等強い。でも、リアルを覚えているのなら勝機はあります。
置き去りにされたままの真っ白な現実――そこに、私達が色を零しててあげましょう」
二度とは忘れられない極彩色を。ツンの言葉は、戸惑っていたブーンとデレの心を収れんさせた。
「行こう」。ブーンは言って、絨毯の上を歩き始めた。ツンとデレの二人も、彼のあとをついていく。
- 164: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:17:43.26 ID:kLLE5Q4M0
- ξ゚听)ξ「ここが、夫妻の部屋ですか?」
( ^ω^)「いや。書斎だお。残された時間は少ないお。縁の強そうな場所だけを選ばないと」
ζ(゚ー゚*ζ「ここで、死後にトソンさんが書いた日記を発見したんですの」
三人は書斎の前へとやって来た。夢の世界の書斎は、本当に図書室のようになっているに違いない。
その予想は、彼らが部屋の中に進むと的中した。歯抜けだった本棚には、沢山の書物が収まっている。
ここに心の欠片があると良いのですけど。デレが注意深く探索していると、何やら話し声が聞こえた。
先ほど玄関ホールで愚痴っていたペニサスという女性と、もう一人、三人が知らない女性である。
~~-v('、`*川「それにしても、悪辣な職場だねえ。奥様はうるさいし、給仕長は最悪だ。
とんだブラックな職場だよ。給料が良くなければ、さっさと辞めているわ」
ここでもペニサスは愚痴っている。夢の世界の住人は、個人個人の性格が良く出来ている。
邸の使用人達を見張っていたトソンが、精巧にルーチンワークを創り上げているのである。
まるでロボットだ。窓際で煙草を吸うペニサスの隣に居るロボットが、甲高い声を出した。
o川*゚ー゚)o「どうしてハインが給仕長なの! 世界は不思議だけで出来ているのです!
違う違う。きっと旦那様と寝たんだね! きゃあ。禁忌を知っちゃった!?」
- 165: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:19:00.00 ID:kLLE5Q4M0
- 姦しい女性だ。背の低いその女性は、窓際に取り付けられた手すりに背中をもたれさせ、
開かれた窓から上半身を乗り出している。ペニサスは女性の横顔を手のひらで押した。
~~-v('、`*川「キューは病院で口を縫合してもらえ。ああ、そうそう。聞きたいんだけどさ」
o川*゚ー゚)o 「なに? 身長のこと以外なら、何でも質問を受け付けるよ!」
~~-v('、`*川「お前の、顔の横に付いているものは何なんだ? 気になって、夜も眠れん」
o川*゚ー゚)o 「訊くな。死ぬぞ」
~~-v('、`;川「えっ。ごめんなさい・・・」
キューと呼ばれた女性のただならぬ殺気に圧され、ペニサスは謝った。しばし、無言になる。
やがて、キューは頂点に昇った太陽に笑顔を向けて、鼓膜を刺激する特徴的な高い声で言った。
o川*゚ー゚)o 「あー! 何だか良いよねえ。何が良いって、この邸のこと」
~~-v('、`*川「はあ? 邸のどこが良いんだ。ただ広いだけじゃんか。掃除が面倒くさい」
- 168: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:20:56.68 ID:kLLE5Q4M0
- 「違う違う」。キューの口癖なのだろうか、彼女は手をひらひらと振って、手すりから背を離した。
キューはブーン達の前までやってきて、ペニサスに身体を向けた。彼女はブーン達に気付かない。
近くで見る彼女は低身長である。どれくらい低身長かというと、中学生でも通用するほどだ。
o川*゚ー゚)o 「邸中に時計があって、素敵じゃない? 何やら事件の臭いがしますよ!?」
~~-v('、`*川「お前はミステリー小説が好きだったね。大丈夫。事件なんて起こりません」
やんわりと否定され、キューは口先を尖らせて抗議する。ペニサスは、「ははは」と笑った。
創られた人格とは思えないくらい、彼女達は感情が豊かである。悲しいほどに個性がある。
o川*゚ー゚)o 「いやー。実は、邸中の時計の針が少しずつズレていて、それらを合わせるとヤバいことに」
~~-v('、`*川「どうなるんだ?」
o川*゚ー゚)o 「爆発する。邸が。炎が燃え上がり、崩れ行く邸の中で私達は逃げ惑うの!
壮絶なクライマックスなの! 助けて! 助けやがれ! ペニサスさーん!」
~~-v('、`;川「ぶっ! 馬鹿馬鹿しい展開だな。して、その後はどうなるのさ」
- 169: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:21:33.52 ID:kLLE5Q4M0
- o川*゚ー゚)o 「その後は、考えてないよ。クライマックスはクライマックスじゃんか」
~~-v('、`*川「ああ、そう。お前の脳みそは、トコロテンで出来ていそうだな」
ペニサスは、エプロンのポケットから携帯灰皿を出し、蓋を開けてセイラムを押し潰した。
そして、背筋を伸ばす。さあて、仕事を再開しますかね。彼女はキューの前を過ぎようとする。
キューはペニサスの袖を引っ張り、止めた。眉をひそめるペニサスを見上げて、小さな声を出す。
o川*゚ー゚)o 「・・・ハインさ。最近、見てなくない? でも記憶にはあるの。変なの」
('、`*川「何を言っているんだ。ハインなら、さっき皿を割ったじゃないか。食堂で・・・」
ペニサスは難しい顔をした。彼女もハインの姿を見ていない気がするのだ。だが、記憶にはある。
ハインは影と化して現実に居たので、トソンはわざわざ彼女を夢の世界に置いていないのだった。
ちぐはぐな記憶に唸っていたペニサスは、ため息を吐いた。彼女は細かい事を気にしない性質だ。
('、`*川「この時間。ハインなら廊下を掃除している。行こう。思いっきり馬鹿にしてやるんだ」
o川*゚ー゚)o 「うん! けど、やり過ぎたら殴られるから、慎重にね! たんこぶが出来ちゃうの」
- 170: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:22:34.42 ID:kLLE5Q4M0
- ペニサスとキューは書斎を出て行った。ブーン達三人は、それぞれ物思いな表情を浮かべている。
今しがた見た光景は、作り物の癖にリアルに創造されていたのだ。もう気持ちが悪いくらいに!
ツンは、二三度強く手を叩いた。それにより、ブーンとデレの意識が覚醒し、そちらへと向いた。
ξ゚听)ξ「呆然としている場合じゃありませんよ。トソンを、彼女達の元に送らないと」
ツンは気丈夫である。二人の女性のやり取りを見、寂々とした気持ちに浸ったのは少しの間だけだ。
ブーンとデレは頷き、書斎を出ることにした。心の欠片はなかったが、三人の決意は、一層固まった。
そして、三人は廊下へと出て夫妻の部屋に入った。時間的に鑑みて、この部屋が最後の希望である。
( ^ω^)「ツンは物入れを、デレはデスクを。僕は部屋全体を調べてみるお」
ξ゚听)ξ「分かりましたわ」
\ζ(゚ー゚*ζ「はいですの!」
三人は夫妻の部屋を調査し始めた。この部屋は、現実とはそんなに変化を遂げていない。
何故なら、部屋に対するトソンの思い入れが一際強く、夢も現実も変えるところがなかったのだ。
二十分ほどして、デレとツンは困った表情で行き詰っていた。捜査が難航しているのである。
- 172: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:23:57.59 ID:kLLE5Q4M0
- ξ--)ξ「ううん。絶対に何かある筈なんですけど。完全な世界なんてあり得ませんのに」
ζ(>、<*ζ「ブーンさんはどうですの? 何か発見しましたの?」
( ^ω^)「いや」
クローゼットを調べていたブーンが顔を向けて、肩を竦めた。彼もお手上げといった感じだ。
ブーンはクローゼットの扉を閉め、部屋全体を見回した。ハサミの片割れ、木造の人形、車椅子、
そして様々な種類の時計。もしやトソンの打破を叶える様な物品は、ここにはないのだろうか。
しかし、あまり時間がない。ブーンは壁にかけられている、からくり時計へと視線を遣った。
時計の針は、十時半を差している。現実世界とリンクしているのか不明なので、使い物にならない。
( ^ω^)(そう言えば)
ブーンは腕を組んだ。昨日、この部屋に忍び込んだ際に見た心の欠片は、一体なんだったのだ?
時計の扉から出たあの追想は。実は、自分は答えを垣間見ていて、それを取り逃しているのでは。
ブーンが神に祈るように額の前で両手を組み、必死に思い出そうとしていると、扉が開く音がした。
- 173: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:24:45.44 ID:kLLE5Q4M0
- ξ;゚听)ξ「あ」
ζ(゚、゚;ζ「!」
( ^ω^)「トソン」
(゚、゚トソン「・・・・・・」
部屋に入って来たのは、トソンだった。彼女は三人の顔を順々に見たあと、車椅子に腰を下ろした。
足を組み、膝の上に両手の指を編んで乗せ、彼女は居丈高に座る。とてつもない知性を感じる。
数秒間。ブーン達が言葉を失っていると、彼女は両手を広げ、あの威圧感を与える口調で話しかけた。
(゚、゚トソン「・・・どうかね。私の傑作である夢の世界を、お前達は楽しんでくれているか。
此処には、嘗(かつ)て私と主人が築き上げた姿が、ありありと映し出されている。
だが、不完全ではある。影と成った者だけが扱える力、それは完璧では無いと知る。
お前達はその綻びを探している。私が編み上げた世界の何処か在る、僅かな綻びをね。
しかし、私は編み上げた世界の上にもう一つ、別に編み上げた物を覆い被せている。
無理なのだ。お前達がその綻びを探すには、余りにも時間が残されていない。そうだろう」
- 174: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:25:59.73 ID:kLLE5Q4M0
- ブーン達は反応しない。自身の力に酔ったトソンに反応すれば、隙を見失ってしまうからだ。
話しかけるのは、彼女が何らかの弱点を現したときである。だが、トソンは聡明な女性である。
その辺のことも熟知しており、危険性を把握している。余裕は、結果を得てから表明するべきだ。
(゚、゚トソン「ハイン、丸川、オッコトワーリの三人は、もうすぐ私の世界へと存在を染める。
この邸の使用人共は皆、変わり者ばかりではあるが、私の世界には欠かせない者達だ。
そして、私もこの世界と完全に同化する。漸(ようや)く、私の悲願が成就するのだ
主人も居る。そこの木偶人形を見たまえ。私の蒐集品のそれを、主人へと変えるのだよ」
ブーン達は、等身大の関節付き人形を見遣った。トソンはこれをモララー役に任命するのだ。
なんという悲しき世界だろうか。彼女の理想郷たる楽園には、作り物しか居ないのである。
ブーンはすがめ(片目だけを閉じ)、トソンを真っ直ぐに見据えて、慎重に静かな声で切り出した。
( ω^)「なるほどなるほど。君は、今まで見てきた誰よりも頭がきれるお。素晴らしい」
(゚、゚トソン「そうやって、煽(おだ)て、私が口を滑らせるのを待つつもりか。見苦しい事は嫌いだ」
( ^ω^)「いいや。僕の本心だお。・・・しかし、困った。僕達はここで終わるのかお」
ツンとデレが見守る中、ブーンは片目の瞼を上げて歩み始めた。彼は部屋の中心に立つ。
次いで、パチンと指を打ち鳴らし、「んんん」と首を傾げた。ブーンの視線は壁紙を見ている。
- 176: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:27:14.65 ID:kLLE5Q4M0
- ( ^ω^)「でもね。僕は諦めないお。都会へ行き、クリスマスを楽しまねばならないのだお」
(゚、゚トソン「既に時間の概念を失くしているので知らなかったが、今日はクリスマスだったのか。
お前達は、良い日に迷い込んだ物だ。夢の世界と謂う最高のプレゼントを進呈しよう」
何でもない、ブーンの負け惜しみだった。実際、彼の頭には敗北を喫する可能性が巡っていた。
だが、ふとトソンはそれに反応した。演技っぽくない彼の言動に、気が弛んだのかもしれない。
ブーンは彼女へと視線を戻した。トソンという人間は、まだまだ現実とは乖離しきれていない。
( ^ω^)「わあお! ツン、デレ。聞いたかお!? クリスマスプレゼントだお!」
叫んで、ブーンが後ろを向くと、ツンは額に手を当てて息を漏らし、デレは苦笑いを浮かべた。
ゆっくりとテンションが上がってきたブーンは、目をらんらんと輝かせてトソンに訊ねる。
( ^ω^)「あまり欲しくはないプレゼントだけどね! プレゼントなら時計が欲しいお。
――例えば、あの壁にあるからくり時計とか。相当な値打ちものに違いないお」
ブーンは、壁にかけられたからくり時計を指で指し示した。トソンは頬杖をついて、睨む。
(゚、゚トソン「そうやって、お前は馬鹿を装い生きて来ているのだ。油断のならない男だ。
夢の世界の住人となれば、邸中の全ての時計をくれてやる。時計は一つで充分だ」
- 178: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:28:00.31 ID:kLLE5Q4M0
- ( ^ω^)「僕も時計は一つで充分だお! 自室の目覚まし時計がうるさくて敵わないお。
御宅の会社が作ったものかもしれん。そうなら、早々に引き取って貰いたいね!」
あの物語の始まりを告げる目覚ましは時計は、確かに茂良時計製作社が造り上げたものである。
「ベルが騒々しい時計より、こちらの方が良いお」。ブーンは駄々をこねてからくり時計に近寄り、
あろうことかそれに触れようとした。驚愕したトソンが、瞳孔を拡げて悲鳴の如く声を上げる。
(゚、゚#トソン「触れるな! お前のような、下賤の者が触れて良い代物ではない!」
ξ;゚听)ξ「お兄様!」
あまりの迫力に、ツンがブーンを取り押さえようとする。相変わらず無茶苦茶をする兄だ。
ブーンの腕を掴んだツンが顔を覗き込むと、彼は笑みを湛えていた。上下の歯を食いしばった、
まるで狂人の笑顔! ぞっとして、ツンが腕を離すと、ブーンはトソンへと身体を向けた。
顔は平素に戻っている。彼は人差し指をトソンに突き付けた。その仕草は、魔法みたいに見えた。
( ^ω^)9m「鎮まりたまえお! 茂良トソン! くだらない幻想は、これで終いだお!」
(゚、゚トソン「くだらない」
- 179: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:28:53.81 ID:kLLE5Q4M0
- 自身が創った渾身の世界を、「くだらない」と評され、トソンはわなわなと肩を震わせる。
その内、襲い掛かりいそうな雰囲気を全身から発して、トソンがブーンを睨み付ける。
だがしかし、ブーンは怯まない。破邪顕正の一振りは、依然として彼女に向けられたままである。
( ^ω^)9m「この時計は、君にとって特別なものなのだお。特別とは素敵なことおびただしい。
―――さあ、トソン。今から僕達三人は、君という悪因悪果に挑もう!」
(゚、゚トソン「!」
途端、まるで申し合わせたように時間が十一時になって、からくり時計の窓が開かれた。
耳触りの良いメロディーを奏でながら、三人の女性の人形が順々に登場し、回転していく。
窓が閉まり、音が止む。そして、小さな光の球が現れた。もう後はなく、これで最後である。
巡り来る時に、巡り行く出会いに。部屋に居る全てのものの姿が、まばゆい光に包まれた。
永遠に愛し合うって、本当に難しいのです。
- 181: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:29:57.81 ID:kLLE5Q4M0
- “これは、現実世界でブーンとデレが見た、追憶の続きである。
昼食を摂り終えたトソンは、自室にて本を読んでいる。タイトルは『R.U.R(エルウーエル)。』
カレル・チャペック作の戯曲で、日夜人間が口にするロボットという言葉はこれにより生まれた。
1920年に発表された作品だが、ロボットが人間に反乱するさまを描いたもので、予言的である。
トソンはこの本が大好きだった。これをヒントに、夢の世界の住人を創ったのかもしれない。
(゚、゚トソン『ううん。・・・最近、随分と目が悪くなりましたね』
トソンはデスクの上に置かれた眼鏡を取って、耳にかけた。霞んで潰れていた文字が鮮明になる。
彼女は視力が弱く、日常生活に支障をきたしているほどなのだが、眼鏡が嫌いなのだった。
耳にものを置くという発想が信じられないのだ。彼女が進んで眼鏡をかけることはない。
本を読み進めていると、ノックの音が聞こえた。彼女は本を閉じ、使用人を招き入れる。
(*´ω`*)『奥さま。奥さまにお荷物がとどいておりますう』
(゚、゚トソン『そう。丸川はもっときちんと喋りなさい。・・・で、何かしら』
丸川が扉へと顔を向ける。すると、大きなダンボール箱を抱えたオッコトワーリが現れた。
彼はダンボール箱をトソンの前へと下ろす。後退して、オッコトワーリは丸川に並んだ。
- 183: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:30:36.62 ID:kLLE5Q4M0
- (゚、゚トソン『一体、何なのでしょう。あなた、ちょっと開けてみなさい』
( ゚ω゚ )『お断りします』
(;*´ω`*)『ちょ!』
命じられるが、オッコトワーリは断固として拒否した。隣の丸川が大量の汗を流す。
トソンは何度も注意してきたが、オッコトワーリは聞き入れない。彼はそういう男だ。
怒りを通り越して呆れ返るトソンの前に、丸川が歩み出てダンボール箱を開け始めた。
中から姿を現せたものは、一メートルほどの巨大なハサミだった。彼はそれを持ち上げる。
(*´ω`*)『これは、大きなハサミですね。何なんだろう。・・・はっ!? もしや脅迫』
(゚、゚トソン『違います。そのハサミは、私が特別に作らせたものです』
トソンは意味の分からないもの、或いは意味をなくしたものが好きなのである。
小さな包丁、巨大な爪きり、回転ドラムのないライター、無用扉、関節があるくせに動かない人形。
見ているだけで死んでしまうわ! 人の考え方はそれぞれではあるが、彼女の嗜好は難解だ。
- 184: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:31:58.24 ID:kLLE5Q4M0
- (*´ω`*)『へえー。何に使うんですか? あ、大きな紙を切るときですかねえ』
(゚、゚トソン『そんな訳無いでしょう。大きな紙にも、小さなハサミやカッターを使いなさい』
こともなげに言ってトソンは、丸川とオッコトワーリの二人を部屋から追い出した。
隅に置かれたハサミを眺めながら、彼女はにやける。これは本当に良い物ですねえ。
良い心地になって煙草を吸おうとすると、彼女の主人であるモララーが部屋に入って来た。
(;・∀・)『なあに、このハサミ。また意味不明なものを買ったんだな』
(゚ー゚トソン『良いでしょう。絶対に差し上げませんわよ』
(;・∀・)『いらんがな・・・』
モララーは気分を引き気味にして、デスクの椅子に腰を下ろした。椅子が、キイと軋んだ。
トソンがモララーと居られる時間は極僅かである。普段、彼は仕事で各地を飛び回っているのだ。
今は大切な時間ということだ。モララーは『そうだ』と呟き、デスクの下に身体を潜り込ませた。
- 185: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:32:41.97 ID:kLLE5Q4M0
- ( ・∀・)『トソンはもうすぐ誕生日だろう? 今のうちに渡しておくんだからな!』
モララーは、車椅子に座るトソンに話しかけた。彼の両手には包装された大きめの箱がある。
重いので彼が包装を解くと、中身はからくり時計だった。時計は邸に沢山あるので、彼女は困った。
(゚、゚;トソン『嬉しいですけれど、時計ですか。・・・どう見ても時計ですね。ええ、時計です』
( ・∀・)『おおっと! この時計はただの時計じゃないんだからな! 普通の時計ではない』
モララーは手でトソンを制止するようにして、腰を上げた。キャスター付きの椅子を手押す。
そして、不安定な椅子に乗って壁にからくり時計を設置すると、モララーは意味ありげに笑った
(゚、゚;トソン『その笑いは何ですか? 何か身体に悪い物でも、お食べになったのですか?』
かすれた声でトソンが問いかけると、モララーは椅子から下り、それに座って言う。
( ・∀・)『人間とは、いつか死ぬもんだ。僕が先か、君が先かは分からない。しかし、
いつかは終が訪れる。まあ、女性の方が男性よりも少しだけ長命だと知る。
僕が先に逝ったら、君へと想いを届けられなくなる。それを考えると、僕は怖い』
(゚、゚トソン『・・・・・・』
- 187: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:33:24.10 ID:kLLE5Q4M0
- 昼食前にも、夫婦は同じ事柄を話し合っていた。きっと、モララーは相当不安なのだろう。
『だからね!』モララーは腰を上げて、車椅子のトソンの背後に立った。彼は破顔一笑する。
( ・∀・)『あの時計を特別に作ったのさ! 定刻になると、ノルニルが姿を見せる。
ウルズ、ヴェルザンディ、スクルド・・・。三人の運命のノルン(女神)達だよ』
(゚ー゚トソン『それは分かりました。それで、どこがどう特別なんですか?』
トソンが微笑むと、モララーは彼女の肩に腕を回して、後ろからぎゅっと抱きしめた。
お願い、時間よ止まれ。モララーが願うが、時間とはゆるゆると流れていくものである。
大きなため息を吐くモララーの腕に、トソンがそっと触れると、彼は静かに口を開いた。
( ・∀・)『あの時計には、魔法が仕組まれている』
(゚、゚トソン『魔法』
素っ頓狂な声を、トソンが上げた。魔法。現実世界では、絶対にあり得ないものの一つである。
主人は何を言っているのでしょうか。彼女は首を傾げる。モララーは耳元で囁きかける。
- 188: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:33:59.92 ID:kLLE5Q4M0
- ( ・∀・)『未来へと、想いを届ける魔法だよ。君には見破れないだろう』
(゚、゚トソン『あら。どうしてですの?』
( ・∀・)『・・・・・・それは、秘密さ。魔法は、謎が多い方が良い』
モララーは悪戯っぽく鼻を鳴らした。厳しい顔付きだが、まるで無垢な少年のようだ。
トソンは考えあぐね、諦めた。それよりも重要なのは、主人がプレゼントをくれたことだ。
気持ちが華やかになり、トソンは湖のほとりへの散歩を願い出た。モララーが頷いた。
部屋には誰も居なくなる。あるのは、飾り用の時計と、用途不明の物体と、からくり時計。
人知れず、からくり時計の窓が開いた。運命の女神達は、音楽と共に悠久に続く魔法を奏でる。
過去から現在へと。そして、未来へと想いを託す魔法だ。それは、果てることを知らない魔法だ。
意識が、鮮明になって行く。”
- 190: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:34:44.48 ID:kLLE5Q4M0
- ( ^ω^)「という、話だったのかお。いやあ。君は良いご主人を持ったお!
(-、-トソン「・・・・・・」
心の欠片を見終えたブーンは、とてつもない疲労感で腕を下ろした。トソンは目を瞑っている。
過去の愛を垣間見たトソンの胸中には、滾る闘争心を失って様々なものが渦巻いている。
( ^ω^)「本当に良い主人だお。僕にも妻が居て、同じことを悩んでいたのだお。
けれどもモララー氏が、永久に想いを託す方法を伝授してくれたのだから!」
ξ゚听)ξ「それは何なのです? 私にはさっぱりですわ」
ブーンは魔法の正体を見破ったのだと言う。それは、トソンの呪縛を断ち切る代物である。
とても得意気に鼻歌を奏でてもったいぶって、ブーンは無作法にもデスクに座った。
( ^ω^)「んふ。それはね。一つだけ、トソンに許可を頂かないと答えられないお」
(゚、゚トソン「・・・・・・何だ」
- 193: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:35:15.73 ID:kLLE5Q4M0
- 目を開けて、トソンが応えた。彼女はすっかりと鋭い牙を失い、脱力感を覚えている。
ブーンは髪の毛をかき上げ、彼女を見下ろす。とてつもない陶酔境である。軽くイキそうだ。
( ^ω^)「ふん。あのからくり時計に触れさせて欲しいのだお」
(゚、゚トソン(・・・・・・)
トソンが無言になる。ブーンは了承してくれたものと判断し、デスクから飛び降りた。
椅子を動かせて、彼はからくり時計の下に立つ。それから、彼は椅子の上に両足を乗せた。
重い体重で椅子が軋む。やがて、からくり時計が壁から下ろされて、ブーンの両手に収まる。
( ^ω^)「さあて! 魔法を公開しようではないかお! よくよく見ておきたまえ」
椅子から下りたブーンは、からくり時計を床に置き、何やら窓を開けてごそごそし始めた。
ブーンは目当てのものを発見し、嬉しそうにガッツポーズを取る。彼はいつでも全力である。
( ^ω^)「ああ。ぞくぞくするお。今僕は、誰よりも目立っているのだお。
それにしても、君の主人は見てくれとは裏腹に、随分と奥手だねえ!」
身体を震わせるブーンの手には、紙片が握られている。彼はそれをトソンへと手渡した。
トソンが紙切れのシワを伸ばして、視線を落とした。そこには、一文が添えられていた。
- 194: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:36:26.44 ID:kLLE5Q4M0
- (゚、゚;トソン「これは」
トソンは紙片を破りそうになるくらいに、腕をわななかせた。衝撃的な内容だったのだ。
影となってからの人生を、否定された。彼女は表情を覚られないよう、手で顔全体を覆い隠した。
( ^ω^)「そう! モララー氏は、時計に手紙という魔法を仕組んだのだお!
三人の女神達は、過去から現在へと想いを届けた。それは未来へも続く・・・」
自分は四六時中、主人の賛美を受けていた。時計が時刻を告げるとき、想いを鳴らせていたのだ。
不器用且つ、大胆な魔法! トソンは耐え難い苦しみに胸を締め付けられ、嗚咽を漏らし始める。
( ^ω^)「トソンは眼鏡をかけるべきだお。それが嫌なら、コンタクトレンズでも良い
こんな簡単なものを見破れないほどに、君の眼は曇っているのだから」
( 、 トソン「・・・・・・あはは。私は、これからどうしたら良いのでしょう」
追憶で見たものと同じ口調で、トソンが呟いた。ようやく、彼女の精神が現実と重なったのだ。
ブーンはぐるりと部屋を見回した。ツンがデレが、部屋中に存在しているもの全てが彼を見ている。
――――今こそ。今こそが、決断を迫るときだ。だって、そうじゃないとピリオドを打てない。
この邸を満たす邪悪を蹴散らして、正義を示すのだ! ブーンは眼球を剥いて、トソンを指差した。
あらん限りの力で、全てを終わらせる。最大にまでみなぎった力で、トソンを討ち破るのである。
- 196: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 17:38:05.22 ID:kLLE5Q4M0
- ( ^ω^)9m「それこそ単純明快だお! 今すぐハイン達を連れて、主人のあとを追うのだお!
こうして現実に魔法が存在しているのだから、天国もある! さあ!」
( 、 トソン「今に至って、果たして主人の言葉を信じて良いのかどうか、不安になっています。
本当はパライソになんて何処にも無くて、暗闇が待ち受けているのではないか。
私は、使用人達に沢山の罵詈雑言を吐きました。逝く所は地獄のような気がします」
( ^ω^)9m「暗闇でも、地獄でも構わない。それでも、モララーは待ってくれているお!」
ブーンは腕を下ろした。そして、トソンへとゆっくりと歩み寄り、紙片を握る手を取った。
( ^ω^)「確かに、待ってくれているお。僕は約束を破る男が、大嫌いなのだお!」
トソンはぐぐっと身体を丸めた。彼女の背中に生えている黒い翼が霧散し、消えうせた。
今、苦しみという鎖から、彼女は解放されたのだ。彼女は腰を上げ、覚束ない足取りで歩く。
ブーンは彼女の手を離し、これから起ころうとしていることを、ただじっと見守る。
( 、 トソン「ああ。なんて心が軽いのでしょう。あなた。待っていて下さい――」
床に両膝をつき、トソンはからくり時計に抱き付いた。窓からの柔らかな陽射しが彼女を照らす。
やがて、皮膚がとけて、彼女は骸骨と化す。二十一グラムが、空へと昇って行ったのだった。
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