( ^ω^)奇人達は二十一グラムの旅をしますようです

3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:32:15.37 ID:Oc1SQ/8c0




             Le vent se leve, il faut tenter de vivre.                             

                    



4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:33:10.33 ID:Oc1SQ/8c0
ちゅうい:(Leveの最初のeにはアクサングラーヴ)



5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:33:38.15 ID:Oc1SQ/8c0

         4:二十一グラムは永遠の愛を求める ver.死のかげの谷



6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:34:21.48 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「はいはい。起きます。起きます。・・・起きてやるお!」

午前六時。けたたましくベルを響かせる目覚まし時計のスイッチを、ブーンが押した。静かになる。
隣にはデレが眠っている。以前のように下着姿ではなく、ちゃんと水色のパジャマを着ている。
ブーンとデレは付き合い始めてから六ヶ月が経ち、ようやく落ち着いてきたところなのだった。
今は二月に入ったばかりで、ブーン達が住む国では雨季である。外では氷雨が降っている。

( ^ω^)(デレはもう少し、寝かせておいてやるかお)

昨晩、デレはしこたまアルコールを摂っていて、眠りに就いたのがかなり遅かったのだった。
躁気質の彼女は酒好きなのだ。ブーンは崩れた上布団を彼女にかけてやり、スーツに着替える。
今日は雨だから、どこにも行かないでおこう。雨嫌いな青年は、しいんと静まった廊下に出た。

(;^ω^)(今日は、どんな朝食なのかねえ)

昨日の朝食は青椒肉絲だった。一体、ツンは何を考えて、朝ごはんを作っているのだろうか。
やはり、嫌がらせ・・・いや、こんな考えはやめよう。ツンもそれらを食べているではないか。
ブーンは首を横に振って邪念を払い、玄関ホールのすぐ側にある食堂へと入ったのだった。

( ^ω^)「おはよう! マイスウィートシスター! ・・・・・・ってあれ?」



7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:35:47.14 ID:Oc1SQ/8c0
食堂にツンは居なかった。まだ料理を作っている中途かと、キッチンを覗いたが彼女の姿はない。
料理を作っておいた様子もない。ということは、ツンはまだ自室で眠っているということである。
ツンのライフサイクルは精微であり、五時ごろに必ず起床する。ブーンと違い、遅刻とは無縁だ。

( ^ω^)「遅刻とは珍しいね。どれどれ、目覚めの良い僕が起こしてやるかお」

自分の心の中だけで、早起きに良評価のあるブーンが食堂を出た。ツンの自室は二階にあり、
丁度ブーンの部屋の真上にあたる。玄関ホールのらせん階段を昇って、彼は二階の廊下を行く。
やがて、ブーンはツンの部屋の前にたどり着き、ドアノブを掴む。・・・いやいや、待てよ?

( ^ω^)(ノックをしないと、また怒られるね!)

その通りだ。ブーンは以前よりかは幾ばくか賢くなっている。主人公が成長しない物語はない。
ネームプレートがかかった扉を、コンコンと叩く。だが、部屋の中からの返事はなかった。
どうやら、眠っているらしい。普通の人間ならば諦めて引き返すところだが、ブーンは違う。
彼はドアノブを回して扉を開けた。そこら辺は、まだまだ成長の余地が残っているのだった。

( ^ω^)「グッドモーニング! 今日はツンより早起きだお!」

ξ*--)ξ「そうですか。それは、大変よろしかったですね」



8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:36:46.29 ID:Oc1SQ/8c0
(;^ω^)「ツン!?」

ツンはベッドの上でぐったりとしていた。声がかすれていたし、頬がほのかに朱に染まっている。
きっと、病気なのだ。ブーンは大慌てで彼女に駆け寄り、額へと手を押し当てた。とても熱かった。

(;^ω^)「大丈夫なのかお!? ああ・・・薬を飲ませないと。錠剤と座薬、どちらにすれば!
      効果は座薬の方が高そうだお! ツン。下の方のパジャマを脱ぎたまえお」

ブーンはうろたえる。座薬を入れる準備をしようとする彼の腕を掴んで、ツンは小さな声で言う。

ξ*--)ξ「座薬はいいので、散剤でお願いします。苦いのが嫌いなので、オブラートを」

( ^ω^)「よし! 任されよう! 今すぐ華麗に薬を持ってくるお!」

病人の前なのに騒々しく、ブーンは走って行く。しかし、ふと彼は扉の辺りで足を止めた。
薬はどこに仕舞われているのだ・・・。ゆっくりと振り返って、ブーンが眉根を寄せる。

( ^ω^)「・・・・・・薬はどこにあるのだお?」



9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:37:44.79 ID:Oc1SQ/8c0
馬鹿は何とやらで、健康なブーンには薬の在り処の見当がつかない。ツンがぱちりと目を開いた。

ξ*゚听)ξ「一階のリビングの箪笥にあります。一番上の引き出しですわ」

(;^ω^)「オーケイ。今すぐ取って来るから、死ぬのではないお!」

ξ*゚听)ξ「肺炎ならまだしも、ただの風邪で死にません。くれぐれも座薬とお間違いのなきよう」

ブーンが風の如く走り去ったあと、ツンは人知れずため息を吐いた。本当に困った兄である。
十分ほどが経ち、ブーンが帰ってきた。彼の手には薬などなく、何も握られていない。

(;^ω^)「風邪薬が無かったお!」

ξ*゚听)ξ「ああ。いつの間にかきらしていたのですね。どうしましょう」

ツンは身体が丈夫で、ブーンは前述の通りなので、内藤家には薬の必要性があまりないのである。
だから、薬の有無を確認する機会がない。ツンが起きようとすると、ブーンは身体を支えた。
ベッドの縁に座る彼女はしおらしく、少しの艶っぽさがあり、儚くも枯れ行く花のようだ。



10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:39:09.89 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「ツン?」

ξ*゚听)ξ「朝ご飯を作らないと。遅れてしまいましたが」

とんでもない! どれだけ甲斐甲斐しい妹なのだ! ブーンは、立とうとするツンの両肩を掴んだ。

( ^ω^)「待ちたまえお。ツンは休んでおきなさい」

ξ*゚听)ξ「え? でも、お二人はお腹をすかせていることでしょう」

ツンが言うがしかし、ブーンは自分の胸に親指を当てて、強い決意とともに眼を輝かせるのだった。

( ^ω^)「僕が朝食を作ってやろう! それから九時ごろになれば薬屋に行くのだお!」

ξ;゚听)ξ「・・・・・・」

ツンは言葉を失った。ただの一度も料理をしたことがないブーンが、朝食を作ると言うのである。
完成したそれは、はたして食べられるのか? ツンは恐怖する。だが同時に、嬉しくもあった。
兄が親切にしてくれるのだから。それに、雨が降っているのにも関わらず、買い物に行ってくれる。
前と比べて、兄も随分と丸くなったものだ。ツンは陰と陽の感情が入り混じり、複雑な表情をした。



13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:40:34.16 ID:Oc1SQ/8c0
ξ*゚听)ξ「でも、私が作りますよ。お兄様は一度も料理をなさったことがないでしょう?」

( ^ω^)「いや! 確かに一度もしたことがないけれど、僕は料理が上手いはず!
      今日、今から僕の才能が開花するのだお! 君は静かに見ておきたまえお」

ξ;゚听)ξ(どこから、そんな自信が湧くのだか・・・)

これ以上断っても、乗り気のブーンは聞いてくれそうにない。ツンは不安げな面持ちになる。
ブーンはツンを寝転ばせてから、勢い良くツンの自室から飛び出した。二十七歳児の全力疾走。
キッチンに着くと、彼はエプロンをかけた。いつもツンが使っている淡いピンクのものである。

( ^ω^)(さて、何を作るかね。朝ならば、洒落たトーストかお?)

洒落たトーストとはどのようなものかは分からないが、朝食としては間違いなく妥当である。
トーストに必要なのは、パンと野菜類か。ブーンが大きな冷蔵庫の中を、ごそごそと探す。
しかし冷蔵庫にはそれらがなく、彼は悩んで腕を組んだ。一体、何を作ればいいのやら。

( ^ω^)(僕には料理の才がないのかお? ・・・いやいや、そのような筈はない)

いきなり、トーストなどと手間のかかりそうな食べ物を作ろうとするからいけないのだ。
たまご焼きにしよう。そこから、料理道への一歩を踏み出すのだ。卵なら冷蔵庫にあった。



15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:41:33.43 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「よし! この内藤ホライゾンの腕を、とくとご覧あれ!」

自信満々にガッツポーズをして、ブーンは卵を割りました。中身をボウルへと入れる。
解きほぐし、あとはフライパンで焼けば良いだけだ。ブーンはコンロの火を点火させた。

( ^ω^)「簡単過ぎるお。まったくもってつまらん」

程なく焼きあがったところで、ブーンは火を止めた。けれど、上手に皿へと移せない。
仕方ない。ブーンは焼けた卵をかき混ぜた。スクランブルエッグ(仮)の出来上がりである。

( ^ω^)(色具合が最高だお。きっと、歴史に残るたまご焼きに違いない)

皿を持ち上げて、プロフェッショナルさながらの目付きで、黄色く輝くたまご焼きを眺める。
間違いなく至高にして究極だ。ブーンは皿を置いて、フォークですくって一口食べてみた。

(;^ω^)「・・・・・・・・・・・・なんぞ、これ?」

確かにたまごを焼いた味なのだが、パサパサとしていて何かが決定的に足りなかった。
まあ、食塩や醤油を混ぜず、油をひいていなければこうなるだろう。ブーンは首を捻る。



17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:42:24.59 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「おかしい。ツンが作ってくれるものとは、まったく違うお」

一頻り考えていると、キッチンにデレが顔を見せた。パジャマ姿の彼女はテンションが低そうだ。
髪がボサボサである。昨晩、ブーンは彼女より早くに寝たので、アルコール量までは分からない。

ζ(-、-*ζ「ツンさん。おはようございますの」

デレは欠伸をして、眼を擦った。鮮明になる視界に、ちょっとあり得ないものが映る。
夫がエプロンをして、朝から料理を作っているのだった。きょとんとして、デレは首を傾げる。

( ^ω^)「おはよう! 君も体調が悪そうだけど大丈夫かお?」

ζ(゚、゚*ζ「おはようございますの。ちょっと気分が悪いですけれど、大丈夫です。
       ・・・・・・何をしてるんですの? ひょっとしてひょっとするとお料理ですの?」

( ^ω^)「その通りだお。ツンが風邪を引いたから、今日は僕が作るのだお」

ζ(゚、゚*ζ「そうでしたの。ツンさん。心配ですのー。あたし、あとで部屋に行ってみます」



18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:43:26.25 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「うむ。風邪薬がきれているから、九時を過ぎたら街に下りてくるお」

デレは少しだけ驚いた。ブーンは汚れることが嫌い――雨の日には、絶対に外出しないのだ。
本当に妹に優しい兄だ。デレは嫣然となって、ブーンの側に寄り、水道水で手を洗った。

ζ(゚ー゚*ζ「あたしも手伝いますの。あ、スクランブルエッグを作ったんですね。どれどれー」

デレはスクランブルエッグを食べた。咀嚼を繰り返すに従い、彼女の表情が暗くなって行く。

ζ(゚、゚;ζ「お醤油とかお塩を忘れていますの。油はひきましたの?」

( ^ω^)9m「おっお。何かもの足りないと思ったら、それだお」

ブーンは指を差して納得した。この出来損ないのスクランブルエッグはどうしようか。
ツンには食べさせられない。一瞬捨てようかと思ったが、勿体無いので自分が食べることにした。
そして、彼は冷蔵庫から卵を取り出して、もう一度、ツンとデレの分のたまご焼きを作り始める。

ζ(゚ー゚*ζ「たまご焼きなら任せてください! あたしには相当の自信があります。
       影仲間からは、“たまご焼きのデレちゃん”と呼ばれているんですの!」



19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:44:25.52 ID:Oc1SQ/8c0
その呼称はどうかとブーンは思うが、以前にもデレが言っていた影仲間とは誰なのだろうか。
“歩くアーティスト辞書”という、センス溢れるあだ名を彼女に授けたのと同一人物だろうか。
とても気になったのでブーンは、ホイッパーで卵をといているデレに訊ねてみることにした。

( ^ω^)「影仲間って誰なのだお? もしかして男ではあるまいね?」

ζ(゚ー゚*ζ「女の子ですよー。シューちゃんといって、髪の毛が長い女の子なのです」

支配欲の強いブーンは安堵した。デレの影仲間とは男性ではなく、女性のようだ。
それにしても、おかしなあだ名ばかりを付ける人間だ。きっと、奇人に間違いない。

( ^ω^)「その“シュー”とやらは、この街に住んでいるのかお?」

ζ(゚ー゚*ζ「ですのですの。時計塔の屋上に住んでいて、いつも読書をしておりますの」

はい、奇人決定。僕が決めた。今、決めた。時計塔の屋上に住みついて、本を読むなんておかしい。
デレには悪いが、なるたけ関わらないようにしよう。ブーンが頷いていると、良い匂いがしてきた。



22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:45:06.92 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「ほう! 鮮やかな手並みだお。デレは料理人になれるお」

ζ(゚ー゚*ζ「えへへ。ありがとうございますの!」

褒められたデレが喜ぶ。何もせずに焼かれる様子を見ているだけで、手並みも何もないと思うのだが。
やがて良い具合に焼き上がり、デレはたまご焼きを皿に乗せた。形はいびつだが、食べられる代物だ。

( ^ω^)「ふむ。たまご焼きだけでは味気ないし、他にも何か作るかお」

たまご焼きに合う食べ物と言えばハムだ。これは焼くだけなので、何の問題もなく出来た。
無事に完成した朝食を見下ろして、ブーンは腰に両手を当てて勝ち誇る。おっおっおっお。

( ^ω^)「おっお。あとはパンを添えればオーケイだお。ツンを呼びに行こう」

\ζ(゚ー゚*ζ「はいですのー!」

二人は、朝食を食堂に運んでからツンを起こしに行った。そうして、食堂に三人が揃った。
風邪をひいた普通の人間ならば、なかなかにカロリーがありそうな食事に目を伏せるところだが、
毎度重い朝食を摂っているツンはその常識に収まらない。彼女は、パンにそれらを乗せて食べる。



23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:45:37.20 ID:Oc1SQ/8c0
ξ*゚听)ξ「・・・あら。意外と食べられますわね」

( ^ω^)「意外と、ってなんだお。僕とデレが作ったのだお」

ζ(゚ー゚*ζ「お口に合わなかったら、すみませんの」

ξ*゚ー゚)ξ「いえ。美味しいわよ。どうも、ありがとう」

ツンは本心で言った。この二人は変わり者だけれど、他人を思いやる気持ちは欠如していない。
ブーンとデレは顔を見合わせ、ピースをして微笑んだ。ゆるゆると食事の時間が流れていく。
食堂には大きな窓があり、雨水がガラスを滴っている。ブーンが起きたときよりも、雨脚が強い。

( ^ω^)「昨晩、デレはどれだけ酒を呑んだのだお」

ζ(゚、゚*ζ「んんん。きっと、瓶ビール三本くらいです。銀河高原ビールは美味しいですの」

ξ*゚听)ξ「五本よ。私が片付けて、酔い潰れたあなたを部屋まで運んだのよ」

(;^ω^)「呑み過ぎだお。・・・何かいやなことでもあったのかお?」



24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:46:33.83 ID:Oc1SQ/8c0
ζ(゚ー゚*ζ「いいえ。実は、あたしの好きなビールを売ってる店を発見しまして、
       ついつい買っちゃったんですの。そこにビールがあるから呑むのです」

( ^ω^)「深いな」

ξ;゚听)ξ「全然深くありません。ただのお酒好きです」

意味深長にも取れるデレの言葉に、ブーンは腕を組んで唸り、ツンは呆れて肩を竦める。
ビールは良い。呑めば心が洗われるようだ。だけれど、未成年飲酒や飲酒運転はだめです。

ζ(゚、゚*ζ「それでも呑み過ぎましてね。今朝から胃が重くて仕方がないんですの」

( ^ω^)「ふむ。九時になったら風邪薬を買いに街に行くから、
      ついでに胃薬も買って来てあげるお。デレは邸に居とくと良い」

ζ(゚、゚*ζ「ありがとうですの。・・・でも、あたしも一緒に行きたいですのー!」

( ^ω^)「駄目だお。単なる二日酔いとても、無理をしてはいけない」



25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:47:31.76 ID:Oc1SQ/8c0
ぶうぶうと頬を膨らませてデレが抗議するが、心優しいブーンはまったく取り合わない。
ブーンは妹だけではなく、最愛の妻も労わることを忘れない男なのである。いい男なのだ。
しばし、食堂が静かになった。静寂に耐えられないブーンは、無理矢理に話題をひねり出す。

( ^ω^)「最近、いい小説を見付けられなくてね。邸にいるのが暇で仕方ないお」

ξ*゚听)ξ「・・・・・・お兄様、お仕事は?」

おじちゃん、おしごとは? 内藤私立探偵事務所は影が起こした事件ばかりを解決していて、
一般人からの依頼は絶無である。これは勿論、ブーンが大々的に広告をしていない所為だ。
広告をしたところで、この平和なビップにて、きな臭い事件が起こるかは疑問ではあるが。

(;^ω^)「その内、依頼者が来るお。この前だって広告を出したし」

ξ*゚听)ξ「へえ。どのような広告を出したんですか?」

( ^ω^)「電柱に張り紙をしたお! 十枚ほどだけれど」

ξ*゚听)ξ「そうですか」



27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:48:15.13 ID:Oc1SQ/8c0
ブーンには働く気があるようだ。彼からすれば、十枚程度の広告でも仕事をした範疇に入っている。
にこやかに微笑むブーンと、指先で眉間を押すツンの顔とを、順々に見比べてからデレが口を開く。

ζ(゚ー゚*ζ「あたしは、ミステリーなら何でも良いですの。お二人はいかがですの?」

今しがた、ブーンが切り出した話題の続きである。ブーンとツンが好きな本は何なのだろうか。
二人は悩む。ジャンルで選んでいて、「これが一番好き!」という本は特に見当たらないのだ。

( ^ω^)「最後が大団円で締めくくられる本なら、なんでも良いお」

ξ*゚听)ξ「恋愛小説なら、何でも構わないわ」

ζ(゚ー゚*ζ「そうですの。近頃は、それらの良作を発掘出来ないのですね」

「うむ」。ブーンは頷いて、たまご焼きを乗せたパンをかじった。本好きによく見られる悩みだ。
世間の流行に疎いブーンとツンが頼れるものは、小さな書店を営んでいるショボンのみである。
ショボンが好きな本は“風立ちぬ”だ。ブーンは、彼に一度だけ訊ねたことがあったのだった。



29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:49:21.91 ID:Oc1SQ/8c0
ξ*゚听)ξ「ショボンさんは、“風立ちぬ”が好きでしたっけ」

ブーンはパンを飲み込み、紙ナプキンで口を拭く。その仕草が無作法なので、ツンが眉を顰める。

( ^ω^)「そうそう! 僕は、あんな暗い本は読むなと言ったのだけれどね」

ブーンは、いらぬ敵を作るのが得意なようである。だって、こんなにも書き手を怒らせたのだから。
堀辰雄著の風立ちぬは、サナトリウム文学として有名だ。結核を患った婚約者の節子と、
“私”の二人がともかく生きようとする様を描いた読み物である。文章は流麗で、読み易い。

ξ*--)ξ「・・・毎度毎度思いますが、お兄様は最低ですね。その内に友達を失くしますよ」

ζ(゚、゚*ζ「ですの。どんな本を好きになっても良いと思いますのー」

( ^ω^)「しかしね」

ブーンは言葉を喉の奥に飲み込んで、頬を掻いた。最近はデレも反論をすることが多くなった。
別に仲が悪くなってしまったのではない。本音を言い合えるのは、本当に心を許している証拠だ。
さほど、ブーンも気にしてはいない。ただ、女性二人に否定されるとどうしても抗えないのだった。
主人公が成長をしない物語が無いのなら、周囲の環境が変わらない物語もまた無いのである。



32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:50:35.47 ID:Oc1SQ/8c0
ξ*゚听)ξ「ふふふ。お兄様の負けですわね。いい気味ですわ」

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンさんの負けですのー」

( ^ω^)「ふん。徒党を組んで卑怯だお。決して、僕は屈したわけではない!」

居丈高に足を組んで、ブーンは鼻を鳴らした。女性二人って、あまりにも卑怯が過ぎるでしょう?
彼はやけになって、大きく口を開けてパンを頬張った。自分が大嫌いな敗北の味がしたのだった。
その後、三人は談笑した。今日は冷たい雨が降って天候こそ悪いが、和やかな朝食風景であった。

ξ*゚听)ξ「さて。食器を片付けましょうか」

ツンが腰を上げて、食器をキッチンに持っていこうとすると、「待った」とブーンが腕を伸ばした。
彼女は風邪をひいているのだ。なのに作業をさせるのは、男として、人間として許されない!
ブーンはそそくさと彼女の側に寄り、手に持たれた食器を奪い取った。ブーンが食器を洗うのだ。

( ^ω^)「今日の家事は、全面的に僕に任せたまえお。君は大船に乗った気でいなさい」

ζ(゚ー゚*ζ「あたしもお手伝いしますの! 航空母艦に乗ったつもりでいてください」



33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:51:17.95 ID:Oc1SQ/8c0
ξ*゚听)ξ「お二人とも・・・」

どう考えても泥舟以下である。いいや。もしかしたら、何にも乗っていないのかもしれない。
二人に任せれば航海よりも後悔をしてしまうだろう。・・・まあ、食器洗いぐらいなら大丈夫かな。
ブーンとデレの優しさを無下にしない。ツンは二人に家事を頼んで、二階の自室へと戻って行った。

( ^ω^)「いやあ。僕は思いやり溢れる男だお。そこいらの人間には真似出来ない」

ζ(>ε<*ζ「ブーンさんの御心は、宇宙誕生の謎を超越しておりますの!」

ブーンとデレは食器を洗っている。洗剤のぬるぬるとした感触が気持ち悪いが、妹の為である。
今はプライドを捨てて、潔癖症な青年はスポンジで皿を磨くのだった。きゅっきゅっ、と。
それと今更説明するが、この顔文字の時のデレの顔は、両目を瞑って口先を尖らせている形だ。

( ^ω^)「デレも体調が悪いのだから、休んでいたまえお」

ζ(゚、゚*ζ「二日酔いくらいなんともありません。ねえ、あたしも街に行って良いでしょう?」

( ^ω^)「駄目だお。今日は邸でじっとしておくのだお」



35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:52:18.18 ID:Oc1SQ/8c0
「ええー?」、と残念そうにしたが、デレは少しだけ吐き気を覚えて口を手で覆った。
ブーンは彼女の背中を擦りながら、邸で留守番しておくよう強く言った。デレが渋々了承する。

ζ(-、-*ζ「ううう、分かりましたの。あたしは、ツンさんの看病をしておきますの」

( ^ω^)「おっお。頼んだお。なるべく早く帰るようにするお」

薬局へ行って風邪薬を買ってくるだけだ。他に予定はないし、雨なので早く邸へ帰るだろう。
スーツが汚れたら面倒なので、久々に私服を着るか。確か、昔に着ていたものが箪笥にあった筈だ。
食器を洗いながらブーンが考えていると、デレが何気なく訊ねた。彼の母親についてである。

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンさんのお母さんって、どんな方だったんですの?」

( ^ω^)「お母さん? どうして、また」

ζ(゚ー゚*ζ「昔はここで家事をなさっていたのかな、って。ワンパクさんの育児は大変ですの」

にしし、とデレが笑う。ブーンは十七年も昔に亡くなった母親のことを、おぼろげに思い出す。
あまり喋らない人間だったが、家庭を省みない父親とは違って、自分と妹を大切にしてくれた。
顔や背格好は思い出せるが声までは無理だった。記憶に残る母親の幻影を、ブーンは追い求める。



37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:53:13.34 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「・・・さすがに邸の掃除は使用人任せだったけれど、料理は作ってくれていたお」

ζ(゚ー゚*ζ「お母さんの料理は何が美味しかったですの? あたしも作ってみたいです」

( ^ω^)「よく覚えてないお。・・・・・・ラーメンとか天ぷらとか重い食べ物が得意だったかも」

ツンは母親の遺伝子を正統に受け継いだのだ。でも朝食に採用するのはやめた方が良いと思う。
不意にブーンは母親の手料理が恋しくなった。もう、彼は母親の料理を二度とは食べられない。
レシピなんて残されていない。しかし、それでもデレは彼に食べさせてあげようと思った。

ζ(゚、゚*ζ「あたしが頑張って、お母さんの味に近付けてみせますの」

( ^ω^)「デレ」

過去にすがっていないで、新しい味を覚えれば良い。ブーンは手を拭き、デレの髪の毛を撫でた。
今日の彼女も清楚で可愛い。まるで天女のようだ。言うまでもなく、これはブーンの意見である。
食器を洗い終えてから、デレは浴室にシャワーを浴びに行き、ブーンはリビングで本を読んだ。
それから街に下りる予定の九時になるまで、二人は他愛もない会話をして過ごしたのだった。



39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:54:02.22 ID:Oc1SQ/8c0
午前十時。ブーンは街の商店街にある薬局を出た。店員の中年女性(45)の視線がとても熱かった。

(´ェ`ツ子(結構イイ男だったわね。身なりも良いし、夫と別れて口説こうかしら。ああん)

( ^ω^)「よしよし。あとは帰るだけだお」

ブーンは紺色のジーンズに白のワイシャツ、その上に黄土色のカーディガンを羽織ったという服装だ。
まだまだ寒いので、首にはタータンチェックのマフラーを巻いている。手には傘の柄が握られている。

( ^ω^)(ふん。雨の街並も、割と良いものだね)

結局、雨が止むことがなく、ブーンは雨中を歩いている。泥を跳ねないように石畳の道を行く。
ブーンが傘を少しだけ上げる。冷たい雨が降るビップは、行き交う人が少なくて侘しさがある。
薄暗い景色の中、食料品屋のけばけばしいネオンが明滅するさまを、ブーンがじっと見つめる。

あれは、今日のように雨が降る日だった。母親に連れられて、街に買い物へと来たことがあった。
ツンも一緒だ。初めは、大好きな母親との散歩で楽しさを感じていた。確かに、楽しかったのだ。
だけれど、その内に街の風景のつまらなさに愚図って、急遽都会へと赴くことになったのである。

ただの子供の我が儘だ。しかし、このたった一度の我が儘こそが、運命を変える爆薬となった。
ブーンの足が、自然に駅へと向かう。そのとき、彼の目には母親の幻が視えていたのかもしれない。



40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:54:50.89 ID:Oc1SQ/8c0
ビップ駅は長い階段を昇ったところにある。街の住人は、あまり街を出ないので閑散としている。
街の中心部から外れた小高い場所にある所為で、利便性が著しく悪いのも理由の一つにある。

( ^ω^)(どうして、駅なんかに来てしまったのだろうかお)

事故で電車が嫌いになっているブーンは、自らの意味が分からない行動にほとほと呆れた。
駅前のロータリーには、タクシーがまばらに停まっている。あれに乗って邸まで帰ろうか。
タクシーへと近付こうとすると、突然ブーンは何者かに服の裾を引っ張られてしまった。

(;^ω^)「お。・・・だ、誰だお? 僕の服を引っ張りやがったのは!」

lw´‐ _‐ノv「私だよ。黒い髪の毛が魅力的な私。それが君を呼び止めたんだよ」

(;^ω^)「うお!?」

ブーンは吃驚した。振り返れば、女性の顔が真ん前にあったからだ。危うく、口付けてしまうほどに。
後ろへと飛び退いたブーンの両眼に、薄らと目を開けた黒髪を腰の辺りまで伸ばした女性が映る。
女性は飾り気のない服装をしているが、へその辺りで揺らめくタストヴァンにブーンの視線を惹いた。



42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:56:05.12 ID:Oc1SQ/8c0
(#^ω^)「君い! 呼びかけるなら他に方法があるお! 失礼だとは思わないのかね!」

無論、ブーンは激昂する。ブーンではなくても、唐突に服を引っ張られれば誰でも訝しがるだろう。
水色の傘を差す女性は、小さく頭を下げた。そうして、黒い髪をかき上げて女性が口を開いた。

lw´‐ _‐ノv「いやん。これはすみませんでした。ついつい、知った顔が映る自分の眼が悪いんだ」

(#^ω^)「知った顔?」

女性は独特な言い回しをするが、意味は通じるものである。ブーンのことを知っているようだ。
しかし、ブーンは女性を見たことがない。つまり、向こうが一方的に彼を知っているのである。

lw´‐ _‐ノv「前に、デレに写真を見せて貰ったから知ってるよ。ずばり。君は内藤さんだ。
       デレと結婚をした内藤ホライゾンさんだ。そして、あだ名はブーンさんである」

( ^ω^)「ああ。デレの知り合いかお」

よくよく見れば、女性の背中には黒い粒子がはためいている。・・・・・・デレの知り合いの影?
まさか、自分が避けようと決めた“シューちゃん”ではないのか。ブーンの表情が強張っていく。



44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:56:48.19 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「・・・君がシューかお」

lw´‐ _‐ノv「やっべえ。内藤さんも私を知っているようだ。お近づきのしるしにガムをあげよう」

シューという女性は、スカートのポケットから一枚のガムを取り出し、ブーンへと差し出した。
ブーンは受け取ろうとせず、まじまじとシューの顔を眺める。今まで見たことのないタイプの人間だ。
彼女は目を半ば閉じているので表情が読み取り難い。だがしかし、変わった人間なのは断言出来る。

lw´‐ _‐ノv「さあ。受け取って。そうそう。イチゴ味の美味しいガムだよ」

( ^ω^)「・・・・・・」

シューはブーンの手を取って、イチゴ味のガムを無理矢理に渡した。こうして二人は知り合った。
ブーンは厄介な人間とお近づきになったのだ。冒険の書が消えたときの音が、聞こえた気がした。

lw´‐ _‐ノv「そんな嫌そうな顔をしないでよ。ああ。そう言えば、人を探しているそうだね」

傘を傾けなおして、シューが言った。ブーンの探し人とは、親子の影と佐藤と渡辺のことだろう。
彼女はデレから、色々と話を聞かされているのだった。シューは柄を指で挟み、くるくると傘を回す。



46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:57:38.82 ID:Oc1SQ/8c0
lw´‐ _‐ノv「写真は持ってる? 探しているのなら、聞き込み調査をするべきだろう」

( ^ω^)「確かに」

シューの言う通りである。ブーンは出会った人間から話を聞かされただけで、調査をしていない。
「こいつはしまったな」、とブーンは苦い顔をしてポケットに手を入れて、写真を取り出した。
そしてブーンは、佐藤と渡辺の二人の少女が映っている写真を、シューへと手渡したのだった。

lw´‐ _‐ノv「ふんふん。これかあ。ううん。残念だけど、私は見掛けた事がないなあ」

( ^ω^)「そうかお。それなら仕方がないね」

シューも二人の少女を見かけたことがないらしく、ブーンへと写真を返却しようとする。
ブーンが受け取ろうとするがしかし、シューが腕を引っ込めたので、彼の手は中空を掴んだ。
顔に限界まで写真を近付けて、シューはそれを穴を開かんとするほどに凝視する。

lw´゚ _゚ノv「でもねえ。内藤さんが探しているこの少女達と、親子の影とは同一人物だよ」

(;^ω^)「その顔、こええええええ! ・・・・・・なんだって?」



47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:58:49.43 ID:Oc1SQ/8c0
ブーンはとんでもない情報を耳にした。佐藤と渡辺の二人が、親子の影だとシューが指摘したのだ。
露の間。ブーンは呆然とする。だってあの少女達は中学生くらいで、親子には見えないではないか。
ブーンが訝しがっていると、シューは写真の表を彼に向けて、指でさし示しながら説明を始める。

lw´‐ _‐ノv「写真とは、ありのままの風景を写し撮るものだ。分かるね?」

( ^ω^)「うむ」

lw´‐ _‐ノv「この写真を撮った時、内藤さんは影の存在を知らなかった。普通の人間だと思った。
       そして、彼女達を中学生程の年齢だと信じ込んだ。君に話を聞かされたデレも含め、
       余計な先入観を抱いたんだよ。だけれど、素晴らしい事に私の脳はまっさらだ。
       カメラが映した真実の姿の真実を、私だけはまざまざと見て取る事が出来るのさ」

彼女も話が長い。尚且つ、癖のある言葉遣いをする。世の中、常識人は存在しないのかもしれない。
噛み砕いて言えば、ブーンは少女達が「中学生だ」と思い込んでいる所為で誤解をしているのだ。
それを知らずに、初めて写真を見せて貰ったシューだけは、本当の少女達の姿が分かるのだという。
なかなかに難しい理論である。ブーンは顎に手を当てて、「ううん」と唸り声を出しながら訊ねる。

( ^ω^)「君もやけにくどい言い方をするね。・・・つまり?」

lw´‐ _‐ノv「この少女達は姿を変えていた。親子の姿だと、色々とやり難いだろうからね。
       ちなみに、こっちの無表情な子が妙齢の女性で、こっちは幼女だよ。ようじょ」



49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 22:59:32.67 ID:Oc1SQ/8c0
シューがつんつんと指先で写真を突付く。なるほど。親子の姿では世界中を闊歩し難いだろう。
人間達の目を欺いていたのだ。クーやヒート達には、彼女らの本当の在り方が分かったのである。
こんな事ならクーに、ヒートに、そして丸川に写真を見せれば良かった! ブーンは苦虫を噛み潰す。

lw´‐ _‐ノv「どうかね? 私の口が言った情報は役に立ったかい?」

( ^ω^)「ありがとう。特別に、君は僕の知り合いになることを許してやろう」

lw´‐ _‐ノv「ほっほう。内藤さんは、デレの話から勝手に想像した通りの人間だ」

( ^ω^)「きちんと人に感謝の出来る、懐の広い男ってかお?」

lw´‐ _‐ノv「ウン」

シューは乾いた声で返事をした。この手の人間は、否定すれば向きになって怒るに違いない。
心理を適切に読み取れるシューは、ブーンに写真を返した。とても有意義な時間であった。
佐藤と渡辺が影の眠りを妨げ、良からぬことを企てているのである。人は見かけにはよらない。
これからは調査を慎重にしよう。ブーンはシューから写真を返して貰い、ポケットへと仕舞った。



51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:00:16.63 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「さて。そろそろ、僕は邸に戻らないとならないお。妹が心配だお」

lw´‐ _‐ノv「私は時計塔の屋上に住んでいるから、いつでも訪ねると良い。
       屋上への扉に付けられている鍵の開錠番号は、“2112”だよ。ドラえもんみたい」

( ^ω^)「気が向いたらね」

絶対に行かない。長ったらしく小難しい話を聞かされるのが滅法苦手なブーンは、そう思った。
ブーンはシューと別れた。タクシーの運転手に話しかけ、彼は良い情報と共に邸への帰路に着く。

( ^ω^)「ヘイ! 街の高台に建っている、瀟洒な邸まで頼むお!」

( ^Д^)「はあ? 高台の邸だって? あんな所に何をしに行くんだ?」

態度の悪い運転手が眉根を寄せる。内藤邸は、巷ではお化け邸として知られているのだった。
下々の人間にに内藤邸が馬鹿にされている。誇り高きブーンは癪にさわり、低い声で凄んだ。

( ^ω^)「あそこは僕の邸、内藤家が所有しているものなのだお」

( ^Д^)「ああ。そうなんか。そいつはすまなかったなあ」



52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:01:18.79 ID:Oc1SQ/8c0
ぶっきらぼうに謝って、運転手は車を発進させた。駅前から内藤邸までは二十分ほどの道程である。
ヒーターの暖かい風を受けながらブーンは、街並へと視線を遣った。傘を差した人々が歩いている。
雨の日のそれらの表情には、微かな物寂しさがある。ブーンは顔をフロントガラスへと向けた。

タクシーの運転手は口が悪いが安全運転を心がけているのか、虚しいスピードで勾配を下っている。
内藤邸がある高台に行くには、街の中心部にまで戻る必要があるのだ。ふと運転手は喋りかけた。

( ^Д^)「あんな馬鹿でけえ邸に住んでいるのなら、きっと使用人が大勢居るんだろうな」

( ^ω^)「今は居ないけれどね。昔は、それはそれは有能な使用人を雇っていたお」

( ^Д^)「そうかい。いやあ。羨ましい限りだねえ」

それから、ブーンの自慢話が始まった。父親が経営している会社のこと、我が家の資産のこと、
妹と妻がいかに素晴らしいか。あまりにも長く続く自慢話に、運転手は辟易して目を細める。
資産家のボンボンなのだろうけど、これはひどい。ちょっとは、自重という言葉を覚えろ。
プギャーという運転手は、赤信号での停車中にあるものを発見し、話題を逸らそうとする。

( ^Д^)9m「お! あの変な格好をした兄ちゃん、またこの時間に歩いていやがる」



54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:02:00.97 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「そもそも、内藤家の始まりは四百年前までに遡り云々。・・・・・・なに?」

「ほら」、と運転手は交差点を指差した。そこには、作務衣姿の青年が信号待ちをしていた。
ショボンだ。ショボンが傘を差して街の風景に溶け込んでいる。左手には花束を持っている。

( ^Д^)「あの兄ちゃん、いつもこの時間に花束を持って歩いているんだよ。
      一体、何をしてんだろうね。タクシー仲間の間では有名な話なんだぜ」

( ^ω^)「ほう!」

もしかしたら、誰か女性に花束を贈っているのではないか! ブーンは一度だけ強く手を叩いた。
以前、女性に興味はないと言っていた癖に。ブーンはショボンの弱みを握ったつもりになった。

( ^ω^)「いいね! まったく、今日は良い情報ばかりが手に入るお」

( ^Д^)「何だ。お客さんの知り合いなんか?」

( ^ω^)「まあね。さあ、病気の妹が邸で待ってるのだ。早く車を走らせてくれお」



57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:03:01.93 ID:Oc1SQ/8c0
―2―

( ^Д^)「はいよ。街に下りたくなったら、我が荒巻タクシー社にご連絡を」

( ^ω^)「ふむ。贔屓にするかどうか、考えておいてやるお」

タクシーが邸前から走り去っていく。運転手の言葉は汚かったが、丁寧な運転がブーンは気に入った。
機会があれば呼び出してやろう。そう考えつつ、ブーンは厳重に構えている鉄の門を開いた。
門から玄関までは結構距離がある。ブーンは、内藤邸の広い庭の景色を見回しながら足を動かせる。
そうしていると、彼は奇妙なものを発見した。木陰に、一輪の背の高い花が生えていたのだ。

( ^ω^)「ひまわり?」

花の知識に疎い人間でも分かるほど印象的な花。太い茎を地面に根付かせたそれは、ひまわりである。
ブーンが住んでいる国でも向日葵は咲くが、もっともっと先の季節のことである。まだ二月なのだ。
ブーンが近くに寄って観察すると、向日葵は頭を垂れており、今にも枯れそうな雰囲気であった。

( ^ω^)(咲く季節を間違えたのなら、当然だお)

それにしても、こんなところに向日葵が咲いていただろうか? ブーンには記憶がなかった。
というか、寒気の中でよくここまで成長をしたものだ。普通ならば中途で枯れてしまうだろうに。
・・・いつまでも雨中で花を見ていても仕方がない。ブーンは踵を返して玄関へと向かって行った。
向日葵の花びらが地面に落ちる。一片の花びらは雨水に流されて、やがて泥にまみれた。



62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:05:44.37 ID:Oc1SQ/8c0
ζ(゚ー゚*ζ「おかえりなさいですの」

( ^ω^)「ただいま」

ブーンが玄関ホールに入ると、デレが顔を出した。二人は各々の頬に口付け、挨拶を交わす。
邸に戻るまでに随分と時間を要したな。ブーンは、薬が入ったビニール袋をデレへと渡した。

ζ(゚ー゚*ζ「お疲れ様でした。あたしは、すっかりと気分が良くなりましたの」

デレはブロンドの髪の毛に指を通して、くるくると巻いた。指が離れると、ぽわんと髪が跳ねた。
なんという愛らしい仕草! 思わず彼女を抱き締めそうになるが、ブーンには大切な用事がある。
ツンに風邪薬を飲ませなければならない。ブーンはキッチンで水をコップに汲んで、二階へと行く。

( ^ω^)「ツン! お兄ちゃんが薬を買ってきたお!」

ババーン! と二十七歳児は扉を開けた。実際のところ、彼が気分を落ち着かせる薬を飲むべきだ。
ブーンがベッドで寝ているツンに近寄ると、彼女はすうすうと可愛い寝息を立てていたのだった。
これでは起こせない。ブーンが眠る彼女の頬にキスをしようとすると、彼は手で軽くはたかれた。
・・・顕在意識下にではなく、寝ぼけてのことだと信じたい。ブーンは彼女の自室から出て行った。



63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:06:31.37 ID:Oc1SQ/8c0
ζ(゚、゚*ζ「あらら。ツンさんに、薬を飲ませるのではなかったのですの?」

扉の前ではビニール袋を提げたデレが、不思議そうな表情をして立っていた。ブーンは説明する。

( ^ω^)「ツンは寝ているお。睡眠は病気快復には最高の薬だお。そっとしておこう」

ζ(゚ー゚*ζ「そうでしたの。ツンさんがお起きになってから、お昼ご飯にしましょう」

食事も薬である。ブーンが腕時計を見ると、針は十一時半を指していた。朝から働き通しで疲れた。
雨の所為で身体が汚れてしまっている。彼は休憩をする前に、浴室でシャワーを浴びることにした。

ζ(゚ー゚*ζ「お着替えを置いておきますのー」

ブーンがシャワーを浴びていると、扉の外からデレの声がした。将来、彼女は良妻賢母になる。

( ^ω^)「サンクスだお。デレは気が利く、素晴らしい妻だお」

ζ(>、<*ζ「そんなことはないですの! ブーンさんはお世辞を言いすぎです!」



64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:07:11.79 ID:Oc1SQ/8c0
コンディショナーを洗い流して、ブーンは浴室を出た。着替えの衣類が手すりにかけられている。
バスタオルで身体の水分を拭き、ブーンはスーツを着た。私服よりもこちらの方が身体に馴染む。
写真・・・それとガムを私服からスーツのポケットに移しておく。ガムは要らないかもしれないが。

着替え終わったブーンは、リビングへと足を運んだ。デレがソファに座ってテレビを観ている。
彼はデレの隣に腰を下ろして、一緒にテレビを観る。テレビ画面にはニュースが映っている。
隣町で火事が起こったらしい。雨天にも関わらず火の回りが早く、大きな被害となったそうだ。

( ^ω^)「つまらん。テレビはつまらないものしか映さないお。捨ててしまおうかお」

ζ(>、<;ζ「だめだめですの! テレビは、あたしの情報発信基地なのです!」

デレがブーンの胸板をぽかぽか叩いて猛反発する。ブーンはため息を吐いて、デレに肩を寄せた。
はて? 彼女に何か言わないといけない気がする。それを思い出して、ブーンは指を打ち鳴らした。

( ^ω^)「そうだお。街に下りたとき、君の知り合いに出会ったのだお」

ζ(゚、゚*ζ「知り合い。もしかして、シューちゃんですの?」



65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:07:45.76 ID:Oc1SQ/8c0
ブーンが頷くと、デレはひどく驚いた。自分の友達は、ブーンが苦手とする性格をしているのだ。
悪い印象を抱いていなければ良いのだけれど。デレは両手を胸の前で合わせて、恐る恐る訊ねた。

ζ(゚、゚*ζ「シューちゃんは、本当に良いコですの。・・・どんな話をなさったのですか?」

( ^ω^)「おっお。デレが心配しなくても、僕は彼女に悪印象を抱いていないお。
      むしろ、好印象だお。シューは素晴らしい情報をもたらしてくれたのだから」

ζ(゚、゚*ζ「情報?」

ブーンはシューがくれた情報を、デレにじっくりと聞かせた。佐藤と渡辺の正体は親子の影だと。
話を理解して行くにつれ、デレの顔付きが鹿爪らしくなっていき、最後には感嘆の声を漏らした。

ζ(゚、゚*ζ「何ということですの。あたし達の目は誤魔化されていたんですの・・・」

( ^ω^)「これからは、慎重に調査をしよう。僕達は二人の影を追うのだお」

ブーンは私服から移しておいた写真を、ポケットから取り出した。佐藤と渡辺が映っている。
ブーンとデレは、この二人の動向を追って、恐ろしい企みを食い止めなければならない。



66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:08:43.46 ID:Oc1SQ/8c0
ζ(゚、゚*ζ「でも、彼女達はこの街に居るのでしょうか」

( ^ω^)(・・・・・・)

一番の問題だ。茂良邸にも姿を見せたところから鑑みて、二人の行動範囲は広いと思われる。
果たして、無事に彼女らを捕まえられるのだろうか。この街に留まっていてくれれば良いのだが。
ブーンは落ち着かない様子で足を組んだ。テレビではニュースが終わり、天気予報が始まった。

(;^ω^)「明日も雨かお。最近、雨ばかりではないかお。・・・気分が滅入ってしまうお」

ζ(゚ー゚*ζ「あたしは、雨が好きですけどね。街の静かな様子がお気に入りですの」

雨の街は、晴天の日とはどこかが違う。街中がひっそりとしていて、閉ざされた世界のよう。
曇天を映して黒く沈む海。木々は風に揺らされ、ざわざわとささやく。水溜りを雨が打つ――。
デレが歌を口ずさむ。陽気な彼女は、想像力を働かせるとテンションがみなぎって来るのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ららら。久しぶりに、シューちゃんと遊びに行こうかなー」



67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:09:12.46 ID:Oc1SQ/8c0
デレとシューは仲が良いようだ。二人になると、どのようなやり取りが繰り広げられるのだろうか。
能天気なデレと、マイペースなシュー。憶測の域を出ないが、案外と相性が良いのかもしれない。

( ^ω^)「そう言えば、邸への帰り道に面白いものを見かけたお」

ζ(゚ー゚*ζ「面白いものですの?」

(*^ω^)「そう! フヒヒ! 教えて欲しいかお?」

ζ(>、<*ζ「教えて欲しいですの。もったいぶらないで下さい!」

口を手で押さえて笑うブーンに、デレが抱きつく。このカップルは離れることを知らない。

( ^ω^)「ショボンが花束を持って街を歩いていたのだお。色恋沙汰の匂いがするお!」

ζ(゚ー゚*ζ「まあ! 女性に花束を贈るなんて、ショボンさんは純真なお方ですの!」



70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:09:50.65 ID:Oc1SQ/8c0
「あの辛辣ボーイにやり返すことが出来る!」、とブーンは楽しそうに自分の膝を何度も叩く。
今度暇があれば密かにショボンのあとを尾行し、誰と懇意にしているか突き止めてやろう。
ブーンは邪悪な笑みを浮かべた。彼は一度やると決めたら、絶対に決意を曲げない男である。

( ^ω^)「ふふふ。公衆の面前で恥をかかせてやる」

ζ(゚、゚*ζ「そんな事をしたら、だあめ。あたし達が仲立ちをさせて頂くのです」

そちらでも楽しそうだ。どちらにしろ、普段の腹いせに、盛大にショボンを馬鹿にしてやるのだ。
ショボンの焦った様子を想像しただけで、ブーンは心地よくなり、デレの膝に頭を置いて寝転んだ。
デレの膝は感触が良く、服から甘い匂いがする。女性の服は、どうして良い匂いがするのだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「ややや。ブーンさん、おネムですのー?」

( ^ω^)「今日は疲れたのだお。雨の中を歩くのは、精神力も使ってしまう」

ζ(゚ー゚*ζ「寝てくださいの。ツンさんが起きていらっしゃったら、お知らせします」



71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:10:46.11 ID:Oc1SQ/8c0
デレがブーンの頭を優しく撫でる。本当にブーンは大きな子供みたいで、デレは嫣然とする。
ふにふにと頬を摘むと、彼は唸り声を出して頬を掻いた。デレには今の幸せが嘘のように感じる。
彼女はこの街にやって来るまで、シューと共に世界中を旅をしていたのだ。影を鎮まらせる旅を。

正直に言って、デレはあまり賢くない。主に影と対峙し、退治していたのはシューの方である。
そして、シューの方が実力がある。彼女は、ブーンの母親と同じく電車事故で亡くなっている。
高校の卒業式前という、人生における華やかな時期に命を落とし、余りある悔恨を背負っている。

パチン。デレはリモコンを操作して、テレビの電源を落とした。リビングが雨の音だけになる。
前述の通り、彼女は雨の日が好きだ。街が静まり、そのまま時間が止まってしまいそうな浮遊感。
「雨がふります。雨がふる」。デレは眠るブーンに聴かせるように、小さな声量で歌を口ずさむ。

ξ*--)ξ「お兄様。いらっしゃるの?」

歌を唄い終えるのと同時に、ツンがリビングに入って来た。彼女は微熱を帯びていて、しんどそうだ。
気だるげにツンが部屋を見回すと、デレの膝を枕にして眠りに落ちているブーンの姿が視界に入った。
本当に自分が入れる隙の無い、仲の良い二人ね。ツンは息を漏らして、デレの側のソファに座った。



73: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:11:34.14 ID:Oc1SQ/8c0
ξ*゚听)ξ「たった数時間ほど街に下りただけで、よく眠っているわね」

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンさんは運動不足ですの。ちょっと身体を鍛える必要があります」

くすくすとデレが笑う。ブーンは一日中邸に篭っていることが多いので、完璧に体力不足である。
デレと出会ってから街に下りる回数が増えたので、少しは体力がついたがまだまだ鍛錬の余地がある。
健やかな身体は、日々の暮らしぶりからなるものだ。一日千回は腹筋と腕立て伏せをするべきである。

ξ*゚听)ξ「ああ。家で本ばっかり読んでいるから、視力が落ちる一方だわ」

ツンはテーブルの上に置かれている眼鏡ケースを取って、その中から一本の眼鏡を取り出した。
銀縁の眼鏡を耳にかける。ツンの落ち着いた性格に合っていて、丸みのあるレンズが鈍く光る。

ξ*゚听)ξ「・・・最近はどうなの? お兄様とは上手くやっているの?」

自身が分かりきっていることを、ツンが訊く。彼女は、隠してはいるが兄のことが好きである。
どう答えれば良いものやら。デレは考えあぐねて、声を上擦らせ、言葉に詰まりながら答える。



75: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:12:34.86 ID:Oc1SQ/8c0
ζ(゚、゚*ζ「あ、はい。結構、それなりに上手くやっていますの」

ξ*--)ξ「別に、私の事は考えなくても良いのよ。素直な気持ちを打ち明けなさい」

ツンは気取った感じにブリッジを押し上げた。くいっとね。内藤家の長女としての威厳がある。
デレの方が三歳程度年が上なのだが、気が強いのも相まって、終始ツンのペースになりそうだ。

ζ(゚ー゚*ζ「上手くやっていますの。ブーンさんは優しくて包容力がありますの」

ξ*--)ξ「そう。私はあなたの嗜好を疑ってしまうわ」

その傲岸不遜且つ、まったくやる気の感じられない兄に、どうやってデレは魅力を見出せるのか。
ツンが呆れるがしかし、実際のところ彼女もブーンのことが好きである。隠蔽しているけれどね。
このような時、二つの心が諍いを起こし、ツンに発作らしきものが起こるのである。私は一体・・・。

ξ;゚听)ξ「どういうことなの・・・」

ζ(゚ー゚*ζ「・・・?」



79: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:13:10.69 ID:Oc1SQ/8c0
ツンは両手で頭を抱えて、首を左右に振る。(このままだと)いかん、危ない危ない危ない危ない・・・。
両手で膝を叩きつけて、彼女は勢い良く腰を上げる。そして、虚空を睨みつけながら口を開いた。

ξ*゚听)ξ「お昼ご飯にしましょう。眠ったら体調が少し良くなったし、お昼は私が作るわ」

ζ(゚、゚*ζ「え、でも」

朝食に引き続き、自分達が作る予定だ。デレが引き止めようとするがしかし、ツンは取り合わない。
神経質に右腕を立とうとするデレへと伸ばして、ツンは小さく首を振る。その必要はありません。

ξ*゚听)ξ「私が料理をするわよ。二度も任せたら、腕が鈍っちゃいそうなの」

ζ(゚、゚*ζ「・・・分かりましたの」

ξ*--)ξ「料理が出来上がったら、呼びに来るわ。馬鹿兄を連れて来てちょうだい」

ζ(゚ー゚*ζ「はいですの!」

昼食は、ツンが作ることになった。現在の時刻は十二時半。外では断続的に雨が降り続いている。
デレは照明用のリモコンで、部屋の明かりを消した。灰色が支配した部屋で、デレは歌を唄った。



80: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:13:58.82 ID:Oc1SQ/8c0
―3―

(*^ω^)「ふいーい。手伝えなかったのは残念だけれど、やはりツンの料理は絶品だお」

昼食を摂ったあと、ブーンは自室のベッドでだらしなく寝転んで、趣味の読書をしている。
本のタイトルは“不思議の国のアリス”。説明不要のドジソンが出版した児童文学書である。
ちなみに、ここを書いているころに読んでいたもので、別段に深い意味はなかったりする。

ブーンがふと視線を横に遣ると、クッションに座ってギターを弾いているデレの姿があった。
まだ始めたばかりなので四苦八苦している。よくよく見ると、彼女のスカートの裾がはだけて、
上質な絹のような白さを持つ、細い太ももが覗いている。これでブーンが欲情しないわけがない。

だが、彼は己の欲望を堪える。デレは昨晩のアルコールが残っていて、気分を悪くしていたのだ。
今はそう見えなくても、無理をさせてはいけない。それに、夫婦の営みは夜になってからするものだ。
夜がその黒の帳を下ろしてから、じっくりと楽しめば良い。ブーンは壁のほうへと寝返りを打った。

ζ(゚ー゚*ζ「“愛に終わりがあってえ、心の旅がはじまるうー♪”」

激しい曲。ロックだろうか。歌声の音程は合ってはいるが、如何せんギターがなおざり過ぎる。
ブーンが片頬を膨らませていると、ノックの音がした。デレはギターをスタンドに置いて応対する。



81: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:15:00.71 ID:Oc1SQ/8c0
ζ(゚ー゚*ζ「ツンさん。どうしたんですの?」

この邸には、ブーン、ツン、デレの三人の人間が住んでいる。飼い犬がノックをするはずがない。
ツンが部屋中に視線を巡らせる。そして、ブーンの姿を発見すると、ツンが眉を集めて言った。

ξ*--)ξ「ご飯を食べてすぐに、何てだらしのない。本は座って読んでくださいな」

(;^ω^)「お」

まさか妹は超能力でも使い、自分のだらしのなさを知って、わざわざ一階へと叱りに来たのか。
ブーンが言葉を失っていると、ツンは一度だけ咳払いをして、鹿爪らしい表情で話を切り出した。

ξ*゚听)ξ「お兄様にお電話です。どうやら女性のようで、お仕事の御依頼のようですわ。
      あ。御依頼主の名前は訊いておりませんので、ご自分でお確かめになって下さい」

( ^ω^)「・・・・・・?」

一瞬、ツンの言ったことがすぐには理解出来なかった。自分に仕事の依頼が来たのだそうだ。
仕事とはなんだ。僕は無職ではないか。・・・・・・果てしなくニートなせいで、ブーンは忘れていた。
僕は内藤私立探偵事務所の所長なのだ! ブーンは無作法にも本を放り投げて、部屋を飛び出した。



83: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:15:47.36 ID:Oc1SQ/8c0
彼の部屋には、うるさく音を鳴り響かせるものが鬱陶しい、ということで電話が置かれていない。
電話や子機があるのはリビングと、ツンの部屋だ。この場合、ツンは自室で電話を取ったのだろう。
疾走して、ブーンは彼女の部屋へと足を踏み入れた。片隅にある台の上に受話器が置かれている。

(;^ω^)「はい! もしもし! お待たせしちゃお!」

とてもとても取り乱していたので、受話器を耳に押し当てたブーンは、思い切り舌を噛んだ。
ひりひりとした痛みに堪えながら、ブーンは電話の向こうに居るはずの依頼主の声を待っている。
暫くして、女性の声が鼓膜を撫でた。澄み切っていて耳触りが良く、聞き取りやすい声だった。

川 ゚ -゚)『やあやあ。街中で張り紙を見たよ。内藤は探偵をやっているらしいね』

(;^ω^)「ッ!?」

電話の主はクーだった。ブーンは受話器を握ったまま、バンバンと台を叩き付ける。むっきゃー!
初の調査依頼主が、人間ではなく影だとは・・・・・・。断ち切れぬ因縁に、ブーンは顔を蒼白にして、
もう一度受話器を耳に遣った。もうだめぽ。彼は落胆しきった表情と声で、クーに話しかける。

( ´ω`)「何なのだお? 長話なら間に合っているお。手短に用件を頼むお」



85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:17:03.83 ID:Oc1SQ/8c0
川 ゚ -゚)『長話? 私がいつ、長々と喋った事があるのだ。私はいつも要点を纏めて喋っている。
     君は何か勘違いをしている。それに、高貴な私の言葉を聞けるなんて、幸せだと思え』

不遜なもの同士の会話など、進むわけがない。威張り散らして、仲違いの方向へ向かうだけである。
ブーンよりも遥かに知性があるクーは、反論の言葉を飲み込み、一拍置いてから用件を切り出した。

川 ゚ -゚)『そうそう。私は依頼をする為に、電話をしたのだ。受託し、解決すれば礼もしてやろう』

( ^ω^)「依頼? 君は頭が良いのだから、自分で何でも解決してしまえるだろう?」

川 ゚ -゚)『よく分かっているな。私は聡明である。だがね。自分の手は汚したくはないのだ。
      君への依頼はずばり。影の退治さ。街が騒々しくて、ゆっくりと眠れんのだよ』

( ^ω^)「影だと。・・・街が?」

先ほど街に下りたときは、街並は静けさを保っていた。どこにも異変は見当たらなかったのだった。
もしかして、邸へと戻ってからの間に、影が何かを仕出かしたのか? ブーンは眉をひそめる。



87: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:18:03.30 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「また何が起こったのだお。クー。分かりやすく、丁寧に申してみたまえお」

川 ゚ -゚)『街に季節外れの向日葵が咲き乱れたのさ。あろう事か、私の邸の庭にまで咲きやがった。
      これは許せぬ。しかし、私は身体を動かせたくはない。内藤。君が解決をしたまえ』

( ^ω^)(向日葵、かお)

季節を忘れた向日葵。邸の庭で見かけたあれが前触れだったのか。ブーンはスツールに座った。
ペンとメモ帳を持って、彼は話を整理する。ヒートのときのように、街で異変が起こったようだ。
街中に向日葵が咲いたのだという。危険性はまだ把握していない。肩に受話器を挟み、彼が訊ねる。

( ^ω^)「それで、向日葵が咲いたことで何か危険があるのかお?」

川 ゚ -゚)『向日葵が咲いたくらいで、人が死ぬものか。煩くて敵わないから解決して欲しいのだ』

( ^ω^)(この女・・・)



89: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:19:00.37 ID:Oc1SQ/8c0
クーはどこまでも自己中心的な女性だ。自分が動くのが面倒なので、ブーンに依頼をしたのである。
事件を解決出来るだけの力がある癖に。別にメモを取る必要はないが、ブーンはペンを走らせる。
そうして書き上がっていくものは、他人との電話中にありがちな、謎の立体的な絵や文字である。

( ^ω^)「ふん。良いだろう。僕が退治してやるお。だから、影の居場所を言いなさい。
      ヒートのときみたく、クーはちゃっかりと居場所を把握をしているのだろう」

川 ゚ -゚)『ふふん。勿論だとも。ビップは三方を山に囲まれているね。その東側に聳える山だよ。
      その麓から向日葵は咲き始め、街にその範囲を拡げている・・・。詳しい事はドクオに訊け。
      彼をお前の邸へと遣わせるから、小一時間待っておきたまえ。ではでは。御機嫌よう』

早口に捲し立てて、クーは通話を切った。プープーという電子音が、ブーンの耳の奥に届く。
悪魔でも召還してしまいそうな絵が描かれたメモ帳を台の上に置き、彼は受話器を戻した。
息を吐き、ブーンが視線を扉の方へと向ければ、ツンとデレが首を傾げて遠巻きに見守っていた。

ζ(゚、゚*ζ「クーさんだったんですの。何かご用事があったんですの?」

( ^ω^)「街で影が事件を起こしたようだお。今からドクオが迎えに来るそうだ」



90: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:19:30.85 ID:Oc1SQ/8c0
デレは目を丸くする。吃驚している彼女の横に立つツンが、淡々とした口調で話しかけた。

ξ*゚听)ξ「クーというのは、須名家の影ですね。ドクオとは誰なのですか?」

( ^ω^)「クーの下僕の影だお。・・・ああ。ああ。ドクオになど何も出さなくて良いお」

ツンは影が大嫌いだそうなので絶対に在り得ないだろうが、一応ブーンは釘を刺しておいた。
それどころか、ドクオなど邸内に入れなくても良い。門の前に立てるだけでも光栄に思うのだお。
傲慢なブーンは腰を上げた。それから、彼は落ち着かない様子でドクオを待ったのだった。

四十分ほどして、ドクオが訪れた。シワのあるスーツを着て、傘を差さずに門の前で佇んでいる。
やはりツンが持て成そうとする気配を見せたが、ブーンは無理矢理に止めさせたのであった。
ブーンとデレは、門扉を挟んでドクオの前に立つ。風邪をひいているツンは邸内に残っている。

('A`)「・・・・・・どうも」

鬱々とした顔に合った低い声で、ドクオは挨拶をした。ブーンは顎を少し引き、無言で応える。
門を開けて、デレが彼を傘に入れようとするが、背が高すぎて背伸びをしないと届かなかった。



91: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:20:07.08 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「デレ。ドクオに近付くなお。彼は何を考えているのか、いまいち分からん男だ」

('A`)「・・・・・・」

ドクオは掴みどころのない性格をしている。果たして存在感がないのか、あるのか不明である。
とりあえず分かるのは、笑顔が似合わないことだけだ。彼は視線を向けると、大いに喜んでくれる。

('∀`) にこやか

(;^ω^)(きもっ)

ζ(゚、゚*ζ「早く車に乗りましょう。雨の中で待たせたら、ドクオさんが可哀想ですの」

門の外には、一台の黒塗りの車が停まっている。ドクオがここまで運転してきたものだろうか。
影でも車を所有しているのだろうか。傘を閉じ、首を捻りながらブーンは後部のドアを開いた。
そうしてブーンが後部座席に、デレが彼の隣に、ドクオが運転席に座った。車が発進する。



93: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:20:48.38 ID:Oc1SQ/8c0
内藤邸を離れ、街への山道を下っている途中、運転をするドクオにブーンが疑問を投げかけた。

( ^ω^)「この車は、ドクオが持っているものかお?」

('A`)「いいや。知り合いから借りたものだ」

( ^ω^)「だろうね! 君みたいなのが、車など持てるはずがないお」

('A`)「・・・・・・」

車内が居辛い空気が流れる。「ちょっと言い過ぎたかな」と、嫌な雰囲気から逃れるように、
ブーンは流れる景色へと目を遣った。内藤邸は街の西側に建っているので、向日葵の数はまばらだ。
しかし、数は少ないが確かに向日葵が根付いており、街が細菌に蝕まれているかのように思えた。
高速で過ぎ行く風景をブーンが眺めていると、ドクオはバックミラーを一瞥して口を開いた。

('A`)「・・・さっき、地図で確かめたんだが、東側の山には病院が一軒だけ建っているようだ。
    俺はそこに影が居る物だと考えて、車を走らせている。お前達、異存は無いか?」



95: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:21:23.29 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「お」

ζ(゚ー゚*ζ「はい」

山の中にぽつんと建った病院なんて、怪しさが過ぎる。それに、得られている情報も少ない。
今はドクオの言葉に頼るほかないのだった。雨が激しくなって来た。今日はもう晴れないだろう。

ζ(゚、゚*ζ「本当に向日葵が咲いていますの。今回の影は何を考えているのでしょう」

一行を乗せた車が市街地に入ると、雨にも関わらず街中には大勢の人ごみで溢れていた。
普段、まったく事件が起こらないビップでは、これくらいの事件でも騒動になるのである。
報道陣風の人間も見える。向日葵を映した映像を持ち帰り、専門家にとうとうと語らせるのだ。

今のところ実害はない。だけれど、もうこれ以上は何も起こらないと決まったわけではない。
赤信号で車を停めると、ドクオは身体を後ろに乗り出して、何やらブーンに手渡そうとした。

('A`)「クー様からの預かり物だ。あのお方のお気に入りの物で、依頼料代わりとして渡すらしい」

( ^ω^)「依頼料?」



96: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:22:12.32 ID:Oc1SQ/8c0
ドクオから受け取ったものは、ジュエリーケース――開けばルビーが装飾された指輪があった。
流麗にカットされていて、高価な指輪だとすぐに分かる。これがクーからの依頼料だという。
ブーンがルビーをまじまじと見つめていると、車が進み出し、ドクオは静かに語り始める。

('A`)「・・・俺はクー様の眠りを妨げる影を許せない。だから、俺もお前達の手伝いをしよう」

( ^ω^)「君のクーに対する妄信は異常だお。気でも触れているのかお」

('A`)「俺はクー様を愛している。だが、やんごとないあのお方とは一緒になれないだろう。
    それでも、クー様の安寧を保つ為、俺は戦い続ける。だって俺は騎士なのだから」

( ^ω^)「ドクオ・・・」

ブーンは、じいんと胸を打たれそうになった。危ねえ、危ねえ。ドクオはおかしくなっているのだ。
クーの自前の美しさの所為か、力で洗脳されているのかは定かではないが、彼はナイトなのである。
――お姫様を佑く、騎士なのだ。それは結構として、東側の山に入り、風景に木々が混じってきた。
雨で葉々を垂れ下げさせた潅木の根元に、沢山の向日葵が生えている。不思議な力の発生源は近い。



97: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:22:50.17 ID:Oc1SQ/8c0
('A`)「そろそろだな。あの墓地より、数キロメートル坂道を登った先に病院がある」

窓の外には墓地が広がっている。雨降りの曇天の下に墓が並ぶさまは、不気味なものである。
それにしても墓地の近くに病院があるとは縁起の悪い。俗っぽいところがあるブーンはそう感じた。
ほどなくして、ブーン達を乗せた車が病院の前の駐車場に到着する。廃病院らしく、他の車はない。

車を枠線の内にきちんと停車させ、徐にドクオは外へと出た。暖房の効いた車内とは違って寒い。
石階段を昇った場所にある病院をドクオが見上げていると、デレが背伸びをして彼を傘に入れた。
「くっ付くなお!」とブーンが怒鳴るがしかし、デレは悪戯っぽく笑って言い返したのだった。

ζ(゚ー゚*ζ「では、ブーンさんがドクオさんを傘に入れるのですの。ささ。どうぞどうぞ♪」

( ^ω^)「・・・・・・」

('∀`) パアッ

耐え難い悪夢である。ブーンはドクオを傘に入れてあげて、病院へと続く石階段を昇っている。
男二人。足を動かしていると、自然に肩がぶつかり合い、ブーンは不快感を隠せず表情に出す。
ようやく階段を昇りきって病院の門まで来ると、あと少しで解放されるとブーンが鼻息を漏らした。



99: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:23:38.30 ID:Oc1SQ/8c0
ζ(゚ー゚*ζ「ここは“東ビップ病院”というみたいですの。山中の病院とは風情がありますの!」

門に嵌め込まれた銅板には、東ビップ病院と彫られている。銅板は風化していて、緑青に錆びている。
三人が庭の奥に構える病院を見上げると、木造の二階建てで、若干の田舎くささを感じ取った。
入り口は黒い門扉に塞がれている。ブーンは左手の人差し指をぴんと立て、門扉に手を触れた。

( ^ω^)b「ふむ。さっさと中に入るお。ドクオの息がかかって気持ち悪くて仕方がない」

('A`) エエー?

門を開けて庭へと足を踏み入れた三人は、赤煉瓦が敷き詰められた道を歩き、玄関扉へと向かう。
病院の庭は大して広くはない。二分もあれば、きっと端から端まで歩けてしまえる。
花壇が散在しており、そこには向日葵が植えられている。多分、今回の影が好きなのだろう。

庭の中ほどに、水瓶を持った女神像が置かれた噴水がある。ビップの広場の噴水よりかは小さい。
にび色の水が噴水を満たしている。水面には雨が打ち、小さな波紋を飽きることなく作っている。

庭には何もない――と思っていた三人だったが、突如として水面から輝く白球が飛び出してきた。
記憶の欠片はブーン達の足元の水溜りから渦を巻いて飛び、頂点まで達すると、強く光を放った。



101: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:24:27.17 ID:Oc1SQ/8c0


 蝉の鳴き声が聞こえる。肌が焼けるように暑い。この記憶が、夏の頃のものなのは明白だ。

ミセ*゚ー゚)リ『お兄ちゃん。最近、また悪い事をしたでしょう? 私は知っているのよ。
       お父さんとお母さんが怒ってたよ。出来の悪い息子を持って悲しいってさ』

 噴水の前に、車椅子に座った少女が居る。中学生ほどの少女で、身体がひどく痩せ細っている。
 見た目ですぐに病気と分かる。健康なときは可愛らしかったであろう少女は、ため息を吐いた。

ミセ*゚ー゚)リ『聞いてる? 聞いてないよねえ・・・。お兄ちゃんは、人の言葉を聞かないのに関しては
       プロフェッショナルなんだもの。そんな事じゃ、この先の人生を渡っていけないよ』

 少女はまだ小さいのにも関わらず、厳しい言葉を言い放った。少女の視線は側に向けられている。
 噴水の縁に、学生服をだらしなく着た少年が座っている。先ほどから小言を聞かされているのだ。
 少年は自分の妹へと鋭い視線を遣った。まだ若いのに、歴戦のつわもの染みた目付きをしている。

(´・ω・`)『煩いな。今日の僕は、同じクラスの馬鹿と喧嘩をして、凄く気が立ってるんだ。
      内藤とかいう気持ちの悪い人間の屑でね。あの間抜け面を思い出すだけでも苛々する』

 少年はショボンである。現在とは随分と口調が変わっているが、くどいところは同じである。
 当時の彼は内藤――つまりはブーンのことを嫌い、愚痴っている。少女は亜麻色の髪をかき上げる。



102: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:25:03.44 ID:Oc1SQ/8c0
ミセ*゚ー゚)リ『それで、どうしたの? もしかして、その人に負けたから怒ってるの?』

(´・ω・`)『まさか。内藤はね、決闘の指定をした場所に、深い穴を掘っていやがったんだ。
      卑怯なクソヤロウだ。あれで勝った気でいやがる。今度、病院送りにしてやる』

ミセ*゚ー゚)リ『ようは負けたのね』

(´・ω・`)『ミセリ』

 低い声でミセリと呼ばれた車椅子の少女は、微笑んだ。ミセリの発音はミザリイに似ていた。
 ショボンとミセリは、一つ歳が離れた兄妹なのだ。ミセリは以前に、彼が言ってた妹である。
 ショボンが顔を忘れてしまったと言っていた妹。向日葵を咲かせた影は、彼女なのだった。
 彼女は、花壇に植えられた向日葵を見、大きく息を漏らして口を開いた。か細い声だった。

ミセ*゚ー゚)リ『心配だなー。私は長くは生きられない。お兄ちゃんが真人間になれるか心配なの。
       心残りで、安らかに成仏が出来ないかも。きっと無念で、化けて出てしまうわ』

(´・ω・`)『・・・・・・』



104: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:25:28.93 ID:Oc1SQ/8c0
 ミセリは不幸にも重い心臓病を患っていて、医師に長くは生きられないと宣告されている。
 大きな総合病院ならまだ分からないが、ショボンの家は裕福ではないので、諦めるしかないのだ。
 ショボンが無言になっていると、ゴロゴロと雷の音が響いた。遠くには分厚い雲が漂っている。

 夕立が降りそうだ。ショボンは腰を上げて、ミセリの車椅子を押して院内に入ろうとする。
 彼の目に痩せこけたミセリの両肩が映る。確実に彼女は、死の谷へと向かおうとしている。

ミセ*゚ー゚)リ『ねえ。お兄ちゃん。私、本が読みたいわ。何でも良いから、買って来てよ』

(´・ω・`)『分かったよ。今度、僕が気に入ってるのを持って来てやるよ』

ミセ*゚ー゚)リ『漫画は駄目だよ。だって、すぐに終わっちゃうんだもん。時間が潰せないの』

 そうして、ショボンとミセリは病院内に姿を消して行った。ある暑い夏の午後の記憶だった。”



106: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:25:56.83 ID:Oc1SQ/8c0
(#^ω^)「きええええええ! こんな腹の立つ追憶は初めてだお!」

ζ(゚、゚;ζ「穴を掘りましたの。何と言いますか、恐ろしいお人ですの」

(#^ω^)「腕っ節で敵わないと分かっているのだから、知略を張り巡らせるのは当たり前だお!
       ちくしょう! あの時、ぐうの音も出ないほどの目に遭わせておくべきだった!」

心の欠片を見終わったブーンは憤慨した。吐き気や物悲しさを覚えるものなら幾度とあったが、
怒り心頭に発する記憶は初めてだった。ブーンは傘を振り回し、何度も地だたらを踏む。くけけ!

ζ(゚、゚*ζ「・・・ちょっと待ってください。今回の影はショボンさんが関係していますの」

追想ではショボンが登場していた。そして、その妹らしき少女が、余命が少ないのを告白していた。
つまり、ミセリというショボンの妹が死に別れ、現世への無念で影として蘇ったのではないか。

ミセリは兄の将来を心配しているようだった。しかし、ショボンは立派に成長を遂げている。
不良から優等生へと見事に変遷し、街で小さな書店を開くまでになった。妹の不安は杞憂である。
もしそうだとすれば、ショボンを会わせれば鎮まってくれるかもしれない。ブーンは手を打った。

( ^ω^)「ショボンを妹に会わせるのだお。一度、街まで戻ろうかお」

('A`)「待て」



107: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:26:24.03 ID:Oc1SQ/8c0
短く言って、ドクオはポケットから携帯電話を取り出した。このビップでは珍しい代物なのだ。
携帯電話を使わなければいけないほど広い街ではなく、遠くにかけるときには家の電話を使う。
時計代わりとしても無用だ。何故なら、ピップの人々は皆、時計塔を見上げれば事足りるのである。

('A`)「ショボンという人物の電話番号を教えてくれ」

ブーンはドクオに書店の電話番号を教えた。彼は流れるような操作で、番号ボタンを押して行く。

('A`)「とぅるるるるるるるる。とぅるるるるるるるる」

( ^ω^)「・・・・・・」

ζ(゚、゚*ζ「・・・・・・」

ドクオが露骨に存在感を放とうとするが、ブーンとデレの二人は、必死に突っ込むのを堪える。
十数秒経ち、ドクオが携帯電話を持つ手を下ろした。彼は不潔に伸ばされた髪の毛をかき上げた。

('A`)「どうやら不在のようだ。・・・これからどうするんだ?」



110: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:27:09.33 ID:Oc1SQ/8c0
街に引き返した方が賢い選択のような気がするが、このまま無害の状況が続くとは考えられない。
・・・気付けばスーツで来てしまっている。それに、車を停めた駐車場よりも病院の中の方が近い。
汚れるのが一等嫌いなブーンは、実に思慮に欠けた判断で、ドクオの問いかけに答えるのだった。

( ^ω^)「病院を探索しよう。なあに。危なくなれば引き返せば良いのだお」

('A`)「そうか。じゃあ、俺が先頭を進むから、お前達はあとからついて来てくれ」

(#^ω^)「駄目だお! 僕が目立たないではないかお!」

('A`)「そうか」

献身的なドクオの願いを断り、ブーンはドクオを雨の中に置いて、一足先に病院の入り口に立った。
ガラスが嵌め込まれている両開きの扉だ。白いペンキが剥げた扉を、ブーンはゆっくりと開いた。
そうして、まず待ち受けているのは、当然待合室である。待合室は、意外にも荒れていなかった。


ここを住処にしているミセリが、自分の住み易いように変えているのだろう。三人は歩を進める。
部屋の奥にカウンターがあり、壁に沿って長椅子が並んでいる。上部にはテレビが設置されている。
無論、テレビ画面は真っ黒で、ブーンとデレの他に人間は居ない。内部の様相は古臭さを感じる。
ブーンとデレは傘が邪魔になり、入り口の傍らに置かれていた傘立てに、それぞれを刺し置いた。



112: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:27:29.84 ID:Oc1SQ/8c0
―4―

ζ(゚、゚*ζ「あ。カウンターに新聞紙が置かれていますの」

デレが木目の荒いカウンターにある新聞紙を開く。日付は1998年の八月四日。今から十四年前だ。
特に目が惹かれる記事はない。気になるのは、ビップの電車脱線事故の関係者への追求くらいだ。
電車事故から三年が経ち、様々な会社の不祥事が明るみになったらしい。デレは新聞紙を閉じた。

そして、壁にかけられている病院の案内図を見る。この待合室から北側に廊下が伸びていて、
その先を右へと曲がり、少し歩いた所を左に折れて進むと突き当たり。これが一階の見取り図。
階段はこの待合室と、一番奥まで行った場所にある。まずは一階から調査をするべきである。

( ^ω^)「ヒートのときみたいにならないよう、一部屋一部屋、慎重に調べるお」

\ζ(゚ー゚*ζ「はいですの!」

('A`)ノ「はいですの」

ブーン達は、外来受付のすぐ隣にある診察室へと入った。二脚の椅子と一台のデスクがある。
きょろきょろと、ブーンは診察室を見回す。この部屋には特にめぼしいものはないようだ。



113: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:28:08.92 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「ふうん。こんな小さな病院で、病気を治せるのかねえ」

デスクに腰をかけたブーンが言った。風邪などの病気なら、たちまちに快復が出来るに違いない。
だがしかし、大病ならばどうか。ミセリのような重病患者は、都会の大きな病院でないと治せない。
内藤家くらいの資産があれば、もしも大病を患っても、金を積んで特別な処置が受けられるのだが。

( ^ω^)「ショボンの家は裕福ではないから、妹をここに入院させるしかなかったのだお」

ζ(゚、゚*ζ「そうですね。何だか悲しくなってしまいますの」

('A`)「・・・・・・此処には何も無い様だ。他の部屋も探してみよう」

暗くなり行く空気を気にして、ドクオは診察室を出て行った。空気のような彼は空気の流れに敏感だ。
ブーンが「くおらあ!」と大声を上げて、彼のあとを追う。ドクオはこうなると計算していたのだ。
影の異名を持ち、空気を自在に操り、高貴だかは分からない男性騎士。それこそが、ドクオである。



115: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:28:47.13 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「ドクオはねえ。もう少し、身の程をわきまえた方が良いと思うお。
      聞いてるかお? 君は異彩をかもし出し過ぎて、僕が目立たなくなるのだお」

('A`)「うん」

( ^ω^)「いいや。君は堪えてないお。今回は言わせてもらおう」

('A`) Zzz

リネン室にて、ドクオを捕まえたブーンは、彼を床に姿勢良く正座をさせてくどくどと叱り付ける。
二人を余所に、デレは棚に一切の汚れのないシーツ類が収納された様子を眺める。ここにも何もない。
シーツがミセリを鎮まらせる道具ではあるまい。彼女はブーン達へと視線を遣り、頬を膨らませた。

ζ(゚、゚*ζ「ううう。ここには何もないようですので、他の場所に行きましょう」

デレがドアノブに手をかけたその時、天井の蛍光灯から灰色の鈍い輝きを放つ光球が現われた。
今までに見た心の欠片共とは違って、ふとした衝動で消えてしまいそうな虚ろな輝きを放っている。
弱々しい光の球は床にぽとりと落ちて転がり、ブーンの足元で止まると、三人の意識を吸い込んだ。



117: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:29:41.04 ID:Oc1SQ/8c0

リl|゚ -゚ノlリ『・・・・・・これで良いの?』

 短髪の少女が訊ねた。荒れ果てた部屋の中で、少女――佐藤は、棚に背中を預けて腕を組んでいる。
 彼女の傍らには、紫色の布で巻かれた長細い物が立てかけられている。布が少しだけ捲れている。
 そこから覗くものは黒い柄、そして、つみは。佐藤が持ち歩いているものは日本刀なのだった。

 この部屋はリネン室と構造がまったく同じである。つまり、ミセリが起きる前の病院内なのだ。
 佐藤が窓の外へと視線を遣ると、太陽と青空がすべて灰色の雲に隠されていた。曇天模様である。

从'ー'从『うん。ミセリちゃん。ミセリ・T(テッソ)・ライゴウは、二階の、病室にいる』

 たどたどしい口調で、茶色い髪の毛の少女が答える。渡辺は、部屋の隅々を忙しなく調べている。
 やがて、彼女は佐藤に振り向き、スカートのポケットから腕時計を取り出した。オレンジ色の、
 装飾が施されていない陳腐な女性物の腕時計だ。渡辺は佐藤に寄って、その腕時計を手渡した。

リl|゚ -゚ノlリ『十分だけ、時間を巻き戻す腕時計』

从'ー'从『十分だけでも、時間を巻き戻したら、人間達は混乱する、かも?』

 たった十分を甘く見てはならない。十分もあれば、必ずや人間社会での物事が進むのである。
 それが元へと巻き戻されるのだ。もしかすると、何らかの歪みが生じて混乱に陥るかもしれない。
 それと、時間が巻き戻されて、前と同じ結果になるとは限らない。危険性は無限大なのだった。



118: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:30:26.29 ID:Oc1SQ/8c0
リl|゚ -゚ノlリ『うん』

 佐藤は腕時計の輪に指を入れて、くるくると回してから、ジャケットのポケットに仕舞った。
 遠くで雷鳴が鳴り響いた。そうして、サアア・・・と外で雨が降り始め、窓ガラスに水滴が滴る。

从'ー'从『ミセリちゃんは、早くに死んでしまったみたい。きっと、起きてくれるよ』

リl|゚ -゚ノlリ『・・・・・・渡辺は、それで良いの?』

 佐藤が無機質な声で問いかけた。渡辺は中空へと視線を巡らせて、スニーカーの踵で床を叩く。
 その仕草からは、苛々とした感情が読み取れた。彼女は拳を強く握り、鹿爪らしく眉を集める。

从'−'从『うん。私は、もっと早くに死んだ。悔しい。悔しい。悔しすぎるの』

 誰にも譲れない意志がある。渡辺は、ミセリよりも若いころに命を落としているのだった。
 人間達に、計り知れない怨嗟がある。渡辺は佐藤へと真っ直ぐに視線を注いで、声を出した。



119: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:31:10.91 ID:Oc1SQ/8c0
从'ー'从『行こう。佐藤さんは親友だから、ついて来てくれるよね?』

 佐藤は逡巡し、すぐには答えられなかった。親友じゃないの? 渡辺が不安げな表情を浮かべる。
 束の間不思議な空気が流れる。佐藤は刀を持ち、渡辺の前を通ってドアノブに手を触れた。
 そして佐藤は振り返り、渡辺を見て一度だけ瞼を開閉させて、か細い静かな声で話しかけた。

リl|゚ -゚ノlリ『・・・・・・親友だよ』

从*'ー'从『だよね。だよね! セリヌンティウスみたいに、疑っちゃったよ』

 渡辺が両手を胸に当てる。

从'ー'从『殴ってくれる?』

リl|゚ -゚ノlリ『・・・・・・親友だから殴れないよ』

 そのようなやり取りをして、二人はリネン室をあとにした。二つの足音が遠ざかって行った。
 朽ちた部屋の傷跡がなくなって行く。外界では、一輪の向日葵が咲き、そこから拡大したのだった。”



121: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:31:49.13 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「・・・・・・」

ζ(゚、゚*ζ「・・・・・・」

意外な人物の記憶を垣間見たブーンとデレは、それぞれ言葉を出せなかった。渡辺と佐藤。
どちらのものかは判断がつかないが、確かにこのリネン室に零れ落ち、残されていたのである。
少女達が、何らかの策略をしているのが確定した。ブーンは唸ったと共に、声を絞り出した。

( ^ω^)「ううん。彼女達は、一体何を考えているのやら」

ζ(゚、゚*ζ「思えば、お二人は時間を弄ってばかりですの」

ヒートには時を止める懐中時計を渡し、ミセリには十分だけ時を巻き戻せる腕時計を渡したようだ。
トソンの邸では時計の針の動きを変速させている。クーにも、何かを渡すつもりだったのだろうか。
デレは部屋の真ん中に立ち、両腕を広げて、くるりと回った。彼女はポケットからルーペを出す。
そして、ブーンの顔を覗き込んだ。奇行。彼のあまり見たくはない皮膚環境が拡大し、映される。

ζ(゚ー゚*ζ「えへへ。この前買ったんですの。名探偵には必需品ですのー」



122: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:32:29.45 ID:Oc1SQ/8c0
彼女はブーンから離れ、部屋中のあちらこちらを歩きながら、人差し指を立てて語り出す。

dζ(゚、゚*ζ「憶測ですが、姿を偽った少女達は、過去と現在を融合させる気ではないでしょうか」

(;^ω^)「過去と現在を? ・・・君達は一度、辞書で“不可能”という言葉を調べるべきだ」

ζ(゚ー゚*ζ「不可能はありますです。さすがに未来にまでは力を及ぼせません。ええ。
       未来はいつだって、あたし達の手のひらの中にありますの。誰にも触れられません」

一応、影にも不可能があるらしい。だがしかし、充分すぎる能力を所持しているのに変わりはない。
デレの言った通り、過去と現在が混ざってしまえば、それは世界中を騒がせる大変な事態になる。
地面で律儀に正座をして、二人の様子を見守っていたドクオが立ち上がり、黒い双眸を光らせた。

('A`)「・・・・・・前置きをせずに、過去と現在を融合しようとしたら大変かもしれない。
    けれど、予め時間の概念を弄び弛ませておけば、存外簡単に事が達成されると思う」

(;^ω^)「マジキチ(本当にキチガイ染みているからやめてくれ)」



123: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:33:01.48 ID:Oc1SQ/8c0
ともかく、今は二人の影のトンデモ理論を聞いている場合ではない。ミセリをどうにかするのだ。
佐藤と渡辺を調査するのは、そのあとからでも良いだろう。ブーンはリネン室から出て行った。
少し遅れて、デレとドクオが彼のあとを追った。三人は一階を調べ終え、奥の階段の前に立った。

ζ(゚ー゚*ζ「どうやら、一階にはもう何もないようですね」

('A`)「どうやら、一階にはもう何もないようだな」

ζ(>、<;ζ「真似をしないでくださいの!」

('A`)「真似を――ンンン!」

ブーンが両手で、悪戯っ子なドクオの口を塞いだ。このような人間と住むクーは大変に違いない。
彼女は、話し相手が欲しいと言っていたから丁度良いのかもしれないが、この場では邪魔である。
実はドクオなりに場を和まそうとしているのだが、知らないブーンは彼を羽交い絞めにして言う。

(;^ω^)「ドクオは車に戻りたまえお! ・・・僕達は二階に行くお。ミセリが居る」



124: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:33:29.79 ID:Oc1SQ/8c0
ブーン達は二階への階段を昇る。勿論、ドクオも一緒である。踊り場には二階の案内図があった。
二階は一階よりも面積が狭く、病室が並んでいるようだ。階段から南に向かって廊下が伸びていて、
突き当りを右へと曲がった先に、一階へと戻られる階段がある。階段を下ると待合室がある。

三人は二階の構造を把握してから、階段を昇りきった。右側には等間隔に窓が並んでいる。
窓の外は広いベランダとなっており、物干し竿が置かれている。無論、現在は洗濯物はない。
ベランダは転落事故防止柵で囲われている。ということは、飛び降りてはいけないのである。

( ^ω^)「病室を覗いてみるお。ミセリがどこに居るのか分からないから、注意したまえお」

病室に入ってブーンは、ベッドが並ぶ様子を眺める。多少は古めいているが、陳腐な病室である。
左右に二台ずつ、合計四台のベッドとテレビが置かれてある。窓の向こうは灰色で、室内は薄暗い。
耳をそばだてれば雨の音。ふと彼が腕時計を見ると、三時半だった。夕暮れまでに解決しないと。

( ^ω^)「もうすぐ夕刻だお。ここは電気が通っていないからまずいね」

('A`)「明かりになりそうなのは、俺の携帯電話ぐらいだしな」



125: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:34:09.72 ID:Oc1SQ/8c0
慎重且つ速やかな行動が求められる。ブーン達は現在の病室を出て、他の病室も調べていく。
けれども、心の欠片は見付からない。そのまま、三人は廊下が右に折れるところにまで到達した。
そこで、ブーン達はようやく記憶の欠片を見付ける。病室側にある長椅子から出てきたのだった。
恐らく、これが最後の心の旅である。一同は意識をうつほにして、微熱を放つそれに身を任せた。

 “これは、ミセリが九歳のころのはなし。

ミセ*゚−゚)リ(・・・・・・)
 
 廊下の両側に備え付けられた椅子に、ミセリが腰をかけている。外から激しい雨の音が聞こえる。
 天候を写したかのように、彼女の表情は暗い。いつも見舞いに来てくれる兄が来なかったからだ。
 ミセリは耳を澄まして、雨音に紛れた微かな鼓動を聞く。近い将来、確実に止まってしまう心の音。
 
 彼女は気丈夫であるが、死の恐怖に耐えられるほど心が強くない。誰だって、死は怖いものだ。
 彼女がただじっと座っていると、病室の扉が開いた。中から頭に包帯を巻いた少年が出てくる。
 あとから、その少年の父親らしき人物と、金髪をくるくると巻いた妹らしい幼女が現われた。

(  ω )



126: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:34:50.58 ID:Oc1SQ/8c0
 彼はつい最近、病院に運び込まれて入院した。この前に起きた電車事故と関係があるのだろうか。
 ・・・身なりが良いので、早々にこの病院を退院し、きっと都会の大きな病院にでも転院するのだ。

ミセ*゚−゚)リ(ずるい、なあ)
 
 一度、医師が少年を診察しているところを見かけたが、脳の言語野に異常をきたしているようで、
 語尾に時々“お”が付いているのだ。でもまあ、その道の医師に頼んで地道に治せると思われる。
 ミセリは少年の境遇を羨ましく思い、ため息を吐いた。そんな彼女に、一人の看護士が近寄った。

o川*゚ー゚)o 『あ! 悪い子発見! 部屋でじっとしていなくちゃダメじゃない!』

 看護士は茂良邸の使用人のキューに似ている。それもそのはずで、彼女はキューの妹なのだ。
 一卵性双生児である。彼女は「よいしょ」と屈み、ミセリの細い手を取って顔を覗き込む。

o川*゚ー゚)o 『さては、お兄ちゃんが来なくていじけてるんだ。毎日のように来てくれるもんねえ。
        でも、今日は土砂降りの雨だからねえ。来たくても来れないんじゃないかな?』



127: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:35:14.91 ID:Oc1SQ/8c0
 看護士は姉ほどうるさくはない。やはり身長は低いけど。彼女がなだめたが、ミセリは無言だ。
 姉に似た名前を持つキュートは、どうしたものかと息を漏らして、ミセリの手を優しく握る。

o川*゚ー゚)o 『ほらほら。兄妹は仲良くしないと。そういう私は、姉とは仲が悪いけどねー』

 キュートは愛嬌良くけらけらと笑う。少しだけ表情を弛ませて、ミセリが口を開いた。

ミセ*゚ー゚)リ『・・・看護婦さんにお姉さんが居たんですね。どうして喧嘩しちゃったんですか?』

o川*゚ー゚)o 『いやあ。これが病気みたくうるさい姉でね。私の性格と合わなかったんだ』

ミセ*゚ー゚)リ『仲直りした方が良いですよ。姉妹も仲良くしないといけないんじゃないですか?』

o川*゚ー゚)o 『それがねえ。姉はとある大会社の社長さんの邸に働きに出たんだけれど、
        その邸が全焼してしまってね。姉とはもう二度と会えなくなっちゃったんだ』

ミセ*゚−゚)リ(・・・・・・)



128: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:35:46.13 ID:Oc1SQ/8c0
 ミセリが再び言葉を話さなくなる。看護士はミセリの手を離して、ゆっくりと立ち上がった。
 
o川*゚ー゚)o 『だから、仲良くしないとダメだぞ。じゃあ私は仕事があるから、またねー』

 そう言って、キュートはぱたぱたと去って行った。一人残されたミセリは、中空を見つめる。
 そこに大好きな兄の幻影が映る。彼女は病に蝕まれた身体をかばって、徐に椅子から腰を上げた。
 今日は兄が来ないのは仕方がない。子供のように我が儘をしていないで、病室で眠っていよう。

 ミセリは病室に戻ってベッドに寝転んだ。激しい雨が降り続ける、ある夏の夕方のことだった。”



( ^ω^)(・・・・・・)

ブーンには記憶になかった。あのころは空虚な日々を送っていて、ほとんど覚えていなかった。
ただ漠然とした中で、母親の死を悲しんでいたのだけは覚えている。自分が殺したのと同様だから。
気付けば長椅子に座っているブーンに、デレとドクオが中腰になって心配そうに話しかけた。



129: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:36:13.13 ID:Oc1SQ/8c0
ζ(゚ー゚*ζ「あたしは、いつでもブーンさんの力になりますよ」

('A`)「よく分からんが、辛い過去に堪えられないのなら、俺の懐を貸してやろう」

( ^ω^)「・・・・・・ふん。ドクオはいらないお」

('A`) エエー?

呟いて、ブーンはゆっくりと腰を上げた。デレとドクオも姿勢を正し、真っ直ぐに立った。
今は自分のことなどを考えている場合ではない。彼は心を強く持って、足を動かせ始める。
それから、ブーン達は二階の病室をあらかた調べ終え、残すは一番奥にある病室だけとなった。

( ^ω^)「さて。もうここしかないわけだけれど」

ブーンがドアノブを掴んで開けようとすると、デレが彼の腕を引っ張って、人差し指を立てた。

ζ(゚、゚*ζ「しいーっ! 中から話し声がしますの」



130: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:37:30.78 ID:Oc1SQ/8c0
まるで敵地に侵入した兵士のように、デレが壁に張り付いた。病室から話し声が聞こえたのだ。
誰かが会話をしている。三人は扉から少しだけ顔を出して、病室の中に広がる光景を覗き見る。

(´・ω・`)「それにしても久しぶりだね。再び、ミセリの顔を見られるとは思わなかった」

ミセ*゚ー゚)リ「久しぶりだね。私もお兄ちゃんと会えるとは思っていなかったよ」

ショボンがスツールに腰かけ、クリーム色のパジャマを着た少女がベッドで上半身を起こしている。
少女の背中には、弱々しく畳んだ黒い翼が生えている。

ショボンとミセリだ! 珍しく書店に彼が居ないなと思っていたら、この病院へと来ていたのだ。
どうして彼がここに居るのかは分からないが、これは僥倖である。期せずして、目的が叶った。
兄妹は楽しそうに再会を祝っている。上手く話を運べば、ミセリを鎮まらせることが出来るだろう。

(´・ω・`)「僕は君の墓参りに来ていたんだけど、帰り道に向日葵が狂い咲いているのを見付けてね。
      君は向日葵が好きだった。この異変は、もしや君の仕業なんじゃないかなと思った。
      そして来てみれば、やはりミセリが居た。僕は君の正体を知っているよ。影なんだろう」

そうか。昼前に見かけた花束を持ったショボンは、ミセリの墓参りに行く途中だったのだ。
妹の墓参りのついでにミセリと再開したのなら、彼の驚きは相当なものだったに違いない。
ブーンが部屋に踏み入れようとすると、ドクオが「もう少し待て」、と服の袖を引っ張った。



131: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:38:09.34 ID:Oc1SQ/8c0
ミセ*゚ー゚)リ「お兄ちゃん。私が何者だか分かるんだ。随分と苦労しているんじゃない?」

(´・ω・`)「そりゃあ、ねえ。僕の友人も醒覚してね。その友人に引っ掻き回されているよ」

ミセ*゚ー゚)リ「友人って、もしかしてお兄ちゃんがよく口していた、内藤さん?」

(´・ω・`)「良い勘をしているね。昔の僕は、奴の愚痴ばかり溢していただろうに」

ミセ*^ー^)リ「内藤さんの事を喋っている時のお兄ちゃんは、とても楽しそうだったよ」

(´・ω・`)「そうかなあ。僕にはそう言う、ツンデレ気質は持っていない筈なんだけどね」

ミセ*゚ー゚)リ「ツンデレ?」

(´・ω・`)「いや・・・」

一般人には分からない用語を使ってしまうのは、オタクの性である。心当たりがある人は多いはず。
ショボンは身体を若干丸めて、顎に生えている無精ひげを掻いた。次の言葉を考えているようだ。
ミセリはくすりと笑い、さすがはショボンの妹といったところか、兄の心を覚ったかのように話す。



134: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:41:25.67 ID:Oc1SQ/8c0
ミセ*゚ー゚)リ「ふふ。お兄ちゃん、昔からマニアックなところがあったもんね」

(´・ω・`)「別にオタクじゃないよ。ただのサブカルチャー好きだっただけさ」

大方のオタクはそう反論する。とりあえず、病室の空気は極めて和やかで、割り込みやすそうである。
今なら入っても大丈夫だろう。ブーンは扉を開けて、手を振り上げて大きな声を出して挨拶をする。

( ^ω^)ノ「やあやあ! 素晴らしい兄妹愛を見せ付ける中、突然に登場してすまないね!」

(´・ω・`)「・・・・・・」

ミセ;゚ー゚)リ「?」

うるさく声を上げる闖入者に、ショボンは目を細め、ミセリは驚いた。ブーンに緊張感などない。
彼はショボンの両肩をがっしと掴んで、反応に困っているミセリを見下ろした。病的なほど華奢だ。

( ^ω^)「どうも。僕は内藤ホライゾンだお。ショボンの友人をやってあげている」

ミセ*゚ー゚)リ「ああ! 貴方が内藤さんですかあ。兄から色々と話を聞いています」



135: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:42:18.49 ID:Oc1SQ/8c0
ミセリは表情を明るくした。ショボンに、ブーンに対する数々の愚痴を聞かされているのである。
落とし穴に落とされたこと、級友に罵詈雑言を吐いたこと、放送室を乗っ取って自慢話をしたこと。

ろくな話ではない。だが、その話は生気に満ち溢れており、入院生活を強いられていたミセリには、
とても楽しさを覚えたのだった。ブーンは笑顔でうんうんと頷いて、ショボンの肩から手を離した。

( ^ω^)「ふふ。僕に関する美麗な噂話は、つまらない入院生活に華が添えられただろう」

ミセ*゚ー゚)リ「まあ、そんな感じです」

ブーンは感極まりかけた。自分という存在は、見ず知らずの病弱な人間さえも幸せにさせるのだ!
軽く絶頂に達しかけるがしかし、ブーンにはやることがある。ミセリを鎮まらせなければならない。
ぱっと見たところ、彼女からはまったく殺気といったものを感じられない。むしろ、友愛を感じる。

きっと、兄の成長した姿を見て安心しているのだ。今回の事件は、支障なくことが運ばれそうだ。
ブーンは、ベッドの脇にあったスツールの脚を足先でかけて引き寄せて、それの上に腰を下ろした。

( ^ω^)「・・・つかぬことを聞くけど、ミセリは最近に目を覚ましたのかお?」

ミセ*゚ー゚)リ「・・・? そうですよ。今朝方、親子らしい二人の影に起こされたんです」

( ^ω^)「やっぱりね」



137: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:43:07.81 ID:Oc1SQ/8c0
少女達がミセリを起こしたのだ。今朝方。まだこの街に滞在している、とブーンは指を打ち鳴らした。
それにしても。ブーンは隣に座るショボンに顔を向けて、にやにやと気持ちの悪い笑みを溢した。

( ^ω^)「よく僕を馬鹿にするが、なかなかどうして。ショボンもシスコンではないかお。
      さっき、追憶で視たお。毎日のように妹の見舞いに来ていたそうではないかお」

(´・ω・`)「僕の家は両親が都会に出稼ぎに出ていてね。ミセリは大切な家族だったんだよ。
      ・・・・・・ああ。こう言えば語弊があるかもしれないな。今も唯一無二の家族の一員だ」

( ^ω^)「ショボン」

ブーンはショボンの意外な一面を見出した。いじらしいくらいに、ショボンはとても妹想いなのだ。
以前、妹のことを忘れてしまったと言っていたが、今の彼の様子から察するに嘘を吐いたのであろう。

同じ妹が好きな身として、ブーンは心から同情した。もし、ツンが居なくなったら発狂してしまう。
「実に素晴らしい」。そう言って、彼はショボンの丸まった背中を、右手で優しく撫でたのだった。

( ^ω^)「妹は大切にせねばならない。うんうん。嬉しすぎてイってしまいそうだお」



138: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:44:13.25 ID:Oc1SQ/8c0
(´・ω・`)「気持ちの悪い。やめてくれ。・・・それで、ミセリはこれからどうするつもりなんだい?
      このブーン――内藤は、そちらに居る影のデレさんと結婚して、そして同居している。
      つまり、ミセリは僕と街で暮らす選択肢もあるんだ。君の言葉を聞かせてくれないか」

鎮まってもなお、影として静ひつに街で暮らしているものは、デレの他に、クーやヒートが居る。
ミセリにもその方法が取れる。ミセリはしばらくの間口を一文字にして考え込み、やがて微笑んだ。

ミセ*゚ー゚)リ「始めがあって、終わりもある。また終わりがあって、始まりもある。世界は廻る。
       ・・・あのね。お兄ちゃん。私は、このままずっと安らかにこの世を去りたいの。
       今日、お兄ちゃんが立派になった姿を見て、私はすっごく安心したんだよ」

(´・ω・`)「・・・・・・」

ミセリはショボンとは暮らさないで、輪廻の輪へと赴くことを望んでいる。いつか彼が言っていた。
妹はツンに似ていて気丈だ、と。正にその通りである。ブーンは膝を叩いて、ミセリに指を向ける。

( ^ω^)9m「ううん。偉い! ツンにまでは及ばないが、ショボンは良い妹を持ったお」

今まで、ブーンは色んな影を見てきたが、ミセリみたいに生に執着していない人物は初めてだ。
この場合の鎮まらせる方法は至って簡単で、ショボンが旅立つ彼女を見守れば良いだけである。
ブーンが指を下ろすと、ミセリは口に手を添えて目尻を下げた。兄の友人は、本当に面白い人だ。



140: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:44:56.72 ID:Oc1SQ/8c0
ミセ*゚ー゚)リ「ありがとうございます。兄がよく口にしていた、内藤さんにも会えて嬉しいです。
       ――大地に根を下ろし、力強い茎に支えられ、明るい黄色の太陽の花を咲かせる。
       長くは生きられないと宣告された私は、花壇で誇らしげに咲く向日葵に憧れていました。
       ・・・・・・私よりも、もっと不幸な人が居る事は知っています。でも、口惜しかった」

「それでも」。区切って、ミセリは息を吸った。そして、茶色い眼球をショボンへと動かせた。

ミセ*゚ー゚)リ「私は輪廻に行って、再び人間に生まれ変わるよ。・・・輪廻なんてないのかもしれない。
       もしそうだとしても、そこへ向かう事こそ、死んだ人間の在るべき姿なんだと思うの」

歌うように言って、ミセリは視線を三人に戻した。まるで上質の演劇を観覧しているようだった。
ここに大勢の観客は居ないが、拍手の音がする。ブーンが手を叩いて、彼女を讃えているのだ。

( ^ω^)「ミセリはきっと、来世は幸運の星の下に生まれるお!」

ζ(゚ー゚*ζ「素晴らしい考えです。ミセリちゃんも、ショボンさんに負けないくらい立派ですの」

('A`)「現世に留まっている俺達の方が、おかしいのかもな。見習わなくてはいけない」



141: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:45:38.78 ID:Oc1SQ/8c0
影二人も、死地を求めるミセリを讃えた。ミセリは思慮深く、本当に具合良く熟成した人物である。
ブーンが、黙り込んでいるショボンへと視線を遣った。彼は作務衣の深いかくしから扇子を出した。
きっと、感動して身体が熱くなってしまったのだろう。彼は扇子を広げ、ぱたぱたと煽ぎ始めた。

( ^ω^)「ショボン。君も黙っていないで、天国に旅立つミセリに言葉を贈りたまえお」

ショボンは煽ぐ手の動きを止めた。まるで時間が止まったかのように、微かな動作すらしない。
しばらくして、ようやく彼の顎が動いた。そうそう。いつもの物分りの良さを示せば良いのだ。

(´・ω・`)「僕は反対したいなあ。これからは、僕と一緒に暮らして欲しいよ」

(#^ω^)「おおおおい!」

ブーンは椅子から滑り落ちそうになった。何を子供みたく、愚かしい駄々をこねているのだ!
想定外な友人の言動に憤慨し、彼は目尻を吊り上げて睨み付けた。だが、ショボンは淡々と言う。

(´・ω・`)「もうこれ以上、アインザームカイト(一人ぼっち)の生活には耐えられそうにない。
      今しがたも言ったように、影も人間と暮らせるんだよ。考え直して欲しいなあ」



143: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:47:10.51 ID:Oc1SQ/8c0
ミセ*゚−゚)リ「・・・・・・」

自分の膝へと、ミセリは目を落とした。ショボンは、彼女の決意をぶち壊しにする気なのか。
これでは、彼女が可哀想だ。ブーンはショボンの腕を力強く掴んで、声を大にしてたしなめる。

(#^ω^)「キミイ! 君の妹は生まれ変わろうとしているのだお! どうしてそんな」

ショボンはブーンの手を振り払った。そうして、壁に視線を遣って、誰も視界には入れずに語る。

(´・ω・`)「僕はね、ずっと夢を見ていたんだ。不運にもミセリが死んでしまった夢をね。
      だけど今日、漸く夢から目覚めてくれた。妹が居ない悪夢から解放されたんだよ。
      ――僕は君達と会話をする事が多々あったね。そんな時僕は、君達にだけじゃなく、
      ミセリにも話し掛けていたんだ。妹の幻を脳内に作って、話し掛けていたんだよ」

最後に語気を強めて、ショボンが言い終えた。彼は妄想心を働かせ、妹に話しかけていたらしい。
須名邸のときも、都会に遊びに行ったときも、そしていついつのときも! 気が違っていやがる!
ブーンは身震いをして唾を飲み込んだ。その内に彼の怒気は弱まって行き、完全に悄然とする。

世界は、でんぱ、うちゅうの暗黒物質、るるいえ異本――その他の禍々しい成分で出来ています。
                                     
                    ほんとう、もうやだこの世界!



144: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:48:04.60 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「・・・・・・それで、話の続きがあるのだろう。君の口は喋りたがっているお」

ブーンは顔面を手で覆った。ショボンと付き合いの長いブーンは、彼の心など読みきっている。
頭痛を覚えるほどに承知している。「ふう」と息を漏らし、ショボンは病室の隅へと視線を移した。

(´・ω・`)「・・・夢を見ている時の僕は、いつも虚無感を覚えていた。何一つ恐ろしい物が存在しない。
      平然と罵詈雑言を吐いてしまい、危険だと分かり切っている場所へと足を踏み入れる・・・」

ショボンの飄々とした振る舞いは、そういう理由から成り立っていたのか。夢を見ている彼は、
何にでも立ち向かえる、いわば無敵である。たとえ、勝ち目の無い敵を前にしても立ち竦まない。
錯乱でも、狂気でもない。そして、正気でもない。ショボンは、空虚な世界に佇む人間である。
そこは感情の色が欠けた世界。居ても立ってもいられず、デレはショボンに寄って両手を取った。

ζ(゚、゚;ζ「ショボンさんは心優しい方ですの! 今一度、考え直してください!」

(´・ω・`)「まったく優しくないよ。ああ。ああ。一ミリメートルも僕は優しくなんかない。
      僕の家が貧しいのは知っているだろう。だから、満足にミセリを療養出来なかった。
      もし、僕の家に資産があれば――僕はブーンを羨ましく思い、そして憎んでもいた」



146: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:49:00.33 ID:Oc1SQ/8c0
ζ(゚、゚;ζ「そんな」

ショボンの両手が、デレの手からするりと抜ける。だって、あんなに二人は仲が良かったじゃない。
遠巻きに、或いは近くで見ていたブーンとショボンの友情は、あれは偽りだったのだろうか。
ショボンさんの辛辣な言葉群には、本心も含んでいたの!? デレは次の言葉を紡げなくなった。

(´・ω・`)「それとね」

言って、ショボンは作務衣のポケットから一丁の拳銃を引き抜いた。彼が遊戯銃と説明したやつだ。
彼は銃把を右手で握る。ブーンが以前に見たときと同様に、彼は自らのこめかみに銃口を押し当てた。

(´・ω・`)「ある日、無為に続いて行く一人きりの生活に悲観して、この拳銃を買ったんだ。
      こう。こうして、弾を一つだけ装填して、何度か自分の命を絶とうとしていた。
      その度に失敗して来たけどね。どうにも神様って奴は、僕を死なせたくないらしい。
      おかしいだろう? 生きたがっていたミセリは助けなかったのに、どうして僕だけ」

(;^ω^)「き」

「君は何を考えているのだ」。息苦しく、ブーンは言葉を出せない。十二月に自室に招いたとき、
あのときも死のうとしていたのだ。カチリ。トリガーが引かれた音が、ブーンの脳裏に鮮明に蘇る。
一歩間違えていれば、部屋が血で真紅に染まり、彼は友人の亡骸をみる破目になっていたのだ。



148: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:50:46.07 ID:Oc1SQ/8c0
血まみれの人間。事故のとき、身を挺して庇ってくれた母親の身体がそうだった。気持ちが悪い。
喉の奥が熱くなる。このままブーンは、無様にも地面に吐瀉物をぶちまけてしまいそうになった。
嘔吐感を必死に堪えるブーンのことなど知らず、ショボンは銃を下ろして話を続けるのだった。

(´・ω・`)「ミセリが逝くと言うのなら、僕も一緒に逝ってやろう。一人では心細いだろう。
      ・・・何度も引き金を引いてやる。必ずや死ねる。僕には怖い事なんて無いんだよ」

ミセ*゚−゚)リ「お兄ちゃん!」

(; ω )「ッ!」

一体全体ショボンは、何をのたまっていやがるのだ。その台詞は、ミセリへの脅迫ではないか!
是が非でもやめさせなければならない。しかし、ブーンは口を開けない。思考回路が狂っている。
とうとうブーンは耐え切れなくなり、椅子から転げ落ちてしまい、床に額を押しつけてむせぶ。

ζ(゚、゚;ζ「ブーンさん!?」

(; ω )「どうして・・・」

どうして、この世界は自分が好んで読む上質な小説のように、全くの美しさで出来ていないのだ。
クーが父親から虐待を受けたことがおかしい。ヒートがいじめられて死んだことがおかしい。
トソンが平穏に暮らせなかったことがおかしい。そして、母親が亡くなったことがおかしい。



150: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:51:38.33 ID:Oc1SQ/8c0
人生は上手く行かないこと尽くめである! ショボンはどうして、彼自身と僕とを痛めつけるのだ。
酷い言い合いをしていたが、楽しくやって来たではないか。もう、これからは無理なのだろうか。
絶望に打ちひしがれるブーンは、涙で溢れた瞼を閉じた。暗がりに、彼が望んでいる光景が映る。

脳裏に浮かんだ光景は、ショボンが鎮まり、ミセリが無事に来世へと旅立って行った世界である。
申し分のない、誰もが納得する幸せな結末。母親を亡くしたブーンは、ハッピーエンドを望むのだ。
・・・・・・。ここで崩折れれば、全てが終わる。ようやく意識が醒め始めたブーンは、片膝を立てた。

正視に耐えられなくなったその顔を上げて、ブーンは虚ろな瞳をしているショボンを睨み付ける。
二人の視線が絡まり合う。鎮まらせるべきはミセリではなく、この眼前の憐れな青年――親友だ。

ブーンは純潔な精神にて、女神アルテミスが持つ弓矢の切っ先が如く、鋭い指先を突き付ける。

( ^ω^)9m「・・・・・・鎮まりたまえお。僕の莫逆の交わりであるショボン!
        君は悪霊にでもとり憑かれている。今こそ、清らかな心を蘇らせる時なのだお」

(´・ω・`)「・・・・・・」

異常な覇気に圧されそうになるショボンだがしかし、彼はブーンの眼前に畳んだ扇子を突き付けた。



151: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:52:29.97 ID:Oc1SQ/8c0
(´・ω・`)「君は、いつもいつも調子のいい言葉を並べる。その調子で、強引に納得させるんだ。
      ブーン。もしツンちゃんが死んで影として現われて、成仏させてくれと頼んで来たら、
      君は受け入れる事が出来るかい? 無理だろう。きっと、ブーンも出来やしない」

視線と視線。指先と扇子。それらは微動だにしない。沈黙の中、ブーンはごくりと唾を飲み込んだ。
口腔内にこみ上げていた少量の胃液が流され、喉の奥が熱くなる。もしもツンが影として蘇って、
「輪廻へと赴き、生まれ変わりたい」と言われれば、自分はそれを受け入れることが出来るのか。
ブーンは想いを巡らせて、腕で涙を拭った。そして頭を横に小さく振り、雑念のない表情で答えた。

( ^ω^)9m「・・・・・・受け入れられる。僕は薄弱な精神を持ち合わせていない」

(´・ω・`)「絶対に、かい?」

( ^ω^)9m「絶対に、だお」

(´・ω・`)「本当に?」

( ^ω^)9m「くどい。何度も訊くなお!」

(´・ω・`)「・・・・・・はあ。本当に、ブーンは調子が良いんだから。恐れ入ってしまうよ」



152: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:53:08.79 ID:Oc1SQ/8c0
大きく鼻息を漏らして、ショボンは扇子を下ろした。ブーンもゆっくりと腕を下ろし、起き上がる。
病室内に張り巡らされていた、緊張の糸が解けた。赤く目を腫らしたブーンが、スツールに座った。
ショボンの手に握られている拳銃を一瞥してから、彼はそっぽを向いて言い辛そうに命令をする。

( ^ω^)「・・・・・・その、さっきも言った通り、ショボンは僕の親友だ。拳銃を捨てたまえ」

(´・ω・`)「そんなに正直に言われると、照れるな。・・・分かったよ。捨ててやる」

ショボンは、テレビが置かれている台に拳銃を置いた。友人の命を脅かしていたものが、離れた。
安堵して、ブーンはミセリに顔を向けた。二人を見守っていた彼女は、安心しきった表情である。

( ^ω^)「君の兄上は最低だね。友人を侮辱し、自分自身を人質に取ったのだから」

ミセ*゚ー゚)リ「それでも、他には居ない兄なんですよ。そう悪く思わないでやって下さい」

ミセリとブーンは、それぞれ肩を竦めた。一時はどうなることかと思ったが、無事に収束しそうだ。
ブーンがショボンの肩を揺らせる。ミセリに、妹にかけてあげなければならない言葉があるだろう。



155: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:53:43.90 ID:Oc1SQ/8c0
(´・ω・`)「取り乱して、悪かったよ。ミセリは、君の想い通りにあの世に逝ってくれ」

ミセ*゚ー゚)リ「お兄ちゃんは身体は大きくなっても、根本は変わってないね。とんでもない不良だよ」

(´・ω・`)「うるさいな」

ショボンは頭を掻いた。人間とは、身体が立派に成長を遂げても、心は昔の面影を残すものである。
「さあて」。ミセリがベッドの縁へと座った。地面に下ろされた彼女の足は、ひどく痩せ細っている。

ミセ*゚ー゚)リ「私は行かなくちゃ。まだ起きたばかりで歩き難いから、お兄ちゃん、背負って欲しいの」

外から聞こえていた雨音が、途絶えた。ブーンが窓へと目を向ければ、雲が橙色で染まっている。
ただ染まっているだけではなく、光り輝いてもいる。神秘的で、絵本の世界へと沈んだかのようだ。

(´・ω・`)「・・・もっと話していたいんだけれどね。仕方がない」

ショボンがミセリを背中に抱いて、立ち上がった。もうすぐ、ライゴウ兄妹は永遠に離れ離れになる。
顔が見られない。声が聞けない。こうして触れられない。ショボンは意識が遠のいて行くのを感じた。



156: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:54:18.18 ID:Oc1SQ/8c0
ミセ*゚ー゚)リ「天国へと続く扉は、北側の廊下の奥にあるの。階段を昇った屋上への扉が、そう」

まるで天国への階段である。心残りはないと言えば嘘になるが、ショボンは振り切ることにした。
馬鹿な行いはしたが、たった一人の妹なのだ。彼女の願いを、聞き届けてあげなければならない。
まるで地に足が着いていないかのような感覚で、ショボンはミセリを背負って、病室をあとにした。

ζ(゚ー゚*ζ「わあ、綺麗・・・」

廊下に出たデレは、吃驚した。窓の外に広がる光景。橙色に輝く空に、向日葵の花弁が舞っている。
一片一片、各々きらめく粒子の尾を引いて、蝶々のようにゆらゆらと舞い、空へと向かっている。
幻想的。月並みな言葉で表現するとすれば、そうだ。きっと、街では大騒ぎになっていることだろう。

ミセ;゚ー゚)リ「向日葵を見たかっただけだったんですけどね。力の加減が分からなかったんです」

歩き慣れていないのと同様に、ミセリが力の加減を欠いて、街まで向日葵が咲かせてしまったのだ。
それでも、このような綺麗な風景の中で彼女が逝けるのならば、結果的に良かったのではないか。
実害はないし、三ヶ月もしたら街の住民も忘れてしまっているだろう。ショボン達は廊下を歩く。



157: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:54:43.49 ID:Oc1SQ/8c0
(´・ω・`)「ミセリと過ごした十数年間は、やり切れない悲しみもあったけれど、楽しかったよ。
      不良な兄で、すまなかった。もっと、ミセリに何かしてあげられたかもしれない・・・。
      ああ。上手く言葉に出来ない。ともかく、僕はミセリが居てくれて、本当に良かった」

ショボンは廊下を進みながら、背中に居るミセリに話しかける。出来るだけ沢山の自分の想いを、
去り行く妹に贈りたいのだ。しかし、いざ事が運ぶとなると、上手に言葉を紡ぎ出せないでいる。
ため息を吐くショボンの後頭部に、ミセリは顔を押し付けた。兄の匂い。彼女は静かに、言う。

ミセ*- -)リ「分かってるよ」

(´・ω・`)「・・・・・・」

このまま廊下が永遠に続けば良いのに。思うショボンだが、確実に終着点へと近付いている。
そうしていると、ふと先頭に立っているブーンが振り返った。彼は後ろ向きに歩きながら、
ポケットからジュエルケースを取り出した。事件の依頼料として、クーから渡されたものである。

( ^ω^)「これ。いつまでもポケットに仕舞っていたら邪魔だから、ショボンにあげるお」

(´・ω・`)「何それ」



158: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:55:22.72 ID:Oc1SQ/8c0
( ^ω^)「今回の事件、クーから解決を依頼されて、僕達はこの病院に来たのだお。
      これは彼女からの依頼料というわけだお。でも、指輪なんていらないからあげるお。
      是非とも君のものにしたまえ。そうして、ミセリにプレゼントしてあげるのだお」

(´・ω・`)「そういうのはミセリが居ない時にして欲しいな。バレたら全く意味が無いじゃん。
      ・・・ほら。友人が持っているあれは、僕が買った物だ。ミセリにプレゼントしよう」

ブーンはミセリへとジュエルケースを手渡した。ケースを開けると、彼女の眼に赤い宝石が映る。
兄は、面白くて優しい友人を持っている。ミセリは嫣然として、ショボンを強く抱きしめた。

ミセ*^ー^)リ「あはは。ありがとう、お兄ちゃん」

廊下はいつまでも続くものではない。無情にも、ショボン達は屋上への階段の前にたどり着いた。
たった十数段の階段を昇った先に、あの世へと繋がった扉があるのである。ショボンは一歩を躊躇う。

ミセ*゚ー゚)リ「此処で下ろして。ここから先は、生ある人間は入っちゃいけないんだよ」



159: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:56:07.58 ID:Oc1SQ/8c0
ゆっくりと、ショボンはミセリを地面に下ろした。彼女はふらつきながら階段の手すりを持った。
一段目に足を乗せる。ショボンは、彼女の小さな背中を記憶に刻み込むように、じっと眺める。

(´・ω・`)「ミセリ」

かける言葉が見付からないのに、ショボンが呼びかけた。階段の中ほどまで進んだミセリが振り向く。

ミセ*゚ー゚)リ「なあに?」

(´・ω・`)「・・・・・・いや」

ミセ*゚ー゚)リ「変なお兄ちゃん」

ミセリは再び足を動かせる。だんだんと遠くなって行く彼女の後ろ姿。とても寂しい色をしている。
やがて古錆びた屋上への扉の前までたどり着き、ミセリはショボン達に身体を向けた。微笑んでいる。
見下ろせば、兄達が心配そうな視線を向けている。彼女は頭を下げて、ショボン達に別れを告げる。

ミセ*゚ー゚)リ「お兄ちゃん、それと皆さん。ありがとうございました。私の最期は幸せでした」



161: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:56:48.69 ID:Oc1SQ/8c0
ミセリはドアノブを回して、扉を開いた。開かれた隙間から、眩く白い光が差し込んでくる。
よって、彼女の顔が見えなくなる。今、妹がどんな表情をしているのか、ショボンからは分からない。
ふとショボンは強烈な不安を覚えて、一歩を踏み出し、おぼろげなミセリを食い入るように見つめる。

(´・ω・`)「今、ミセリは笑っているのかい? それとも泣いているのかい?」

ミセ*  )リ「・・・・・・私を起こした人達から、腕時計を貰ったの。十分だけ時間を戻せるみたい。
      此処に来て、私はそれが使いたくて仕方が無い。そこに立っていた時間に戻りたい。
      ――――でもね、私は行きます。そうして、また人間として生まれ変わるのです。
      明日行き着く先が、悲劇だとしても。運命から逃れてはいけません。
      私は、お兄ちゃんとお友達の祝福を一身に背負って、天国へと旅立つのです。だから」

ミセリはゆっくりと扉を開いていく。扉の中から無量の光と、一陣の強い風が吹き込んだ。

ミセ* ー )リ「だから、笑っているよ」

扉が全て開かれた。ミセリの身体が、光へと溶け込んでいく。もう、ミセリとは会えなんだ。
ショボンの脳裏に、妹と過ごした一瞬が浮かんでは消えていく。無意識に、彼は大声で叫んだ。

(´・ω・`)「ミセリ! 僕は君の事を、ずっとずっと、愛しているよ!」

「私も」。ミセリはそう言い残して、現世を去った。ショボンはその場で両膝を着いたのだった。



162: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:58:03.12 ID:Oc1SQ/8c0
―5―

('A`)「サイクリング、サイクリング、ヤッホー、ヤッホー♪」

ζ(゚ー゚*ζ「ヤッホー、ヤッホー♪」

( ^ω^)「自転車じゃないだろう・・・」

午後五時半。若干雲が晴れて、夕陽が差し込む中を、ブーン達を乗せた車が山道を走行している。
ドクオの運転はスムーズで、六時ごろにはビップの街へと着くだろう。今日は心底疲れた一日だった。
朝食を作り、薬を買いに街へと下りて、邸へと戻った。それから、事件を解決するために病院へと。

病院に着いてからは、院内探索をして、ショボンとミセリに出会った。あとは友人にこけにされ、
それを鎮めて、最期に兄妹の別れに立ち会った。うわあ・・・。後部座席に座るブーンは肩を竦めた。
なにこの一日。ちょっと最悪が過ぎるのではないか。ブーンは、隣に居るショボンに話しかけた。

( ^ω^)「ヘイ! いつまでも、くよくよするなお!」

(´・ω・`)「ああ」

ショボンは短くそう答えた。ミセリと別れてから、彼はすっかりと意気阻喪してしまっている。
それは当然のことだ。世界でたった一人しかいない妹が、本当に居なくなってしまったのだから。
ブーンはフロントガラスへと目線を向けた。今はもう、向日葵の花びらは舞い上がっていない。



163: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:58:27.63 ID:Oc1SQ/8c0
\('A`)/「すまないが、これ以上は進めない様だ」オワタ

車がショボンの書店付近に到着した。彼の書店までは狭い道が入り組んでいるため、車が通れない。
ショボンは、何者だか分からない変な影に礼を述べて、車を降りた。しかし、彼はドアを閉めない。
何をしているのだ、とブーンが眉を集めていると、ショボンが手招きをした。お前、ちょっと来い。

( ^ω^)「何だお。僕に用事があるようだ。少し、待っておきたまえお」

ζ(゚ー゚*ζ「はあい」

('A`) エエー?

ドクオは至極面倒臭そうにしていたが、彼のことなどどうでも良い。ブーンは渋々と車を降りた。

(´・ω・`)「ちょっと、一緒に家まで来てくれないか?」

( ^ω^)「なんだと」



165: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:58:58.88 ID:Oc1SQ/8c0
ショボンは、自分に家まで着いて来て欲しいのだという。そこまで胸中に寂寞が駆け巡っているのか。
ブーンが断ろうとするが、彼は真剣な眼差しをしている。ブーンはため息を漏らして、ついに折れた。
十五分ほどここで待っているように車内のドクオに告げて、二人は狭い路地裏へと消えていった。

ζ(゚ー゚*ζ「どうしたんでしょう」

('A`)「さてね。男同士で喋りたい事でもあるんだろう」

ブーンとショボンは夕刻の街を歩く。店舗は店じまいをしていて、どこかから夕食の匂いが漂う。
人通りはなく、路地裏には寂寥感がある。ショボンは歩きながら、肩を並べる友人に話しかけた。

(´・ω・`)「・・・すまなかったよ。ブーンには随分と失礼な事を言ってしまった。
      もう君を馬鹿に出来ないね。所詮僕は、手の付けられない不良のままなのさ」

( ^ω^)「ふん。少々のことでは、僕を愚弄した罪は拭えるものではないお」



166: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/12(日) 23:59:28.63 ID:Oc1SQ/8c0
自分勝手な憎しみの矛先を向けられたのだ。唇とつんと尖らせて、ブーンは表情を険しくさせた。
ショボンは押し黙る。二人は黙して石畳の道に足音を鳴らして行き、ショボンの書店の前まで来た。
いつ見ても古臭い書店である。元は普通の民家だったが、ショボンが一階を改築したのだった。

( ^ω^)「じゃあ、僕は帰るお。・・・・・・もう、妙な気は起こすなお」

さすがにもう自殺は考えていないだろうが、廃院での一件を思い返して、一応ブーンが忠告をする。
後追い自殺なんてされたら目覚めが悪い。ショボンは「ああ」と頷き、両開きの扉の鍵を開けた。
ブーンはひらひらと片手を振って、踵を返す。すると、ショボンが彼の服を引っ張って呼び止めた。

(;^ω^)「スーツに手垢が付いてしまうだろう! 一体何なのだお!」

ブーンが服の袖を払って、身体をショボンに向けると、ショボンは眉を垂れ下げて言った。

(´・ω・`)「ブーンは病室で、取り乱した僕に“莫逆の交わり”だと言ってくれたね。
      莫逆の交わりとは、非常に親しい付き合いの事を言う。君はそう思ってくれている。
      あの時、とても嬉しくなってね。例え、ツンちゃんの事を受け入れないと答えても、
      許してしまうつもりだったんだよ。あの時点で、僕はブーンに敗北を喫していた訳だ。
      ・・・・・・大穴に落とされてから、君には負けっぱなしだ。やれやれ。参った物だね」



167: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/13(月) 00:00:08.91 ID:Ksn+J8FZ0
ブーンはショボンの長話に辟易としているがしかし、今回ばかりは聞いてやる気になった。
ふっと気障に髪をかき上げて、ブーンは顎を上げる。広量なところを見せ付ける場面である。

( ^ω^)「ふふん。君は大河の如く心が広いって言っていたが、僕のほうが広いね!
      君が大河なら、僕は地球規模だお。いやいや。宇宙ほどにあるかもしれない!」

(´・ω・`)「そうかもね。あれだけの暴言を吐いてしまったのに、ブーンは許してくれている。
      どちらが狭量なのかは、自明の理だ。その点に於いても、僕は君に劣っている」

謝り続けるショボンに、ブーンの身体がむず痒くなって来る。気持ち悪くて堪らないのだ。
いつも通りに辛辣な言葉を投げ付けるべきであるが、別にブーンはマゾヒストではない。多分。

(;^ω^)「思ってもいないことを。ショボンはねえ。常日頃のように振る舞えば良い。
      あまり君に持ち上げられると、全身をなめくじ共に這われているみたいだお!」

ショボンは幾ばくか表情を和らげた。そして、ブーンの右手を取って握り拳を作らせる。



168: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/13(月) 00:00:38.45 ID:Ksn+J8FZ0
( ^ω^)「今度は何なのだお」

(´・ω・`)「平素通りの付き合いに戻る前に、僕の頬をぶん殴って欲しい。でないと、遣る瀬無い」

(;^ω^)「ショボン!」

叫んで、ブーンはショボンから離れた。彼は不遜な性格をしているが、暴力は非常に嫌っている。
殴ると、当然に相手は苦痛な表情を浮かべる。それが、自分を庇ってくれた母親の顔と重なるのだ。
もう同様なものは見たくない。従って彼は、どれだけ辱められても、暴力は振るわない気概である。

( ^ω^)(・・・・・・)

目の前に佇んでいるショボンは痩せていて、本気で殴ってしまえば気絶してしまうかもしれない。
しかしショボンは、真っ直ぐに眼を彼へと向けていて、殴られるまで帰さない意気込みである。
・・・・・・絶対に殴らない。ブーンは拳を握り締めて、乾ききって水分のない喉に空気を流し込んだ。

( ^ω^)「・・・分かった。よおっく、目を瞑っていたまえお」

(´-ω-`)「ああ」



170: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/13(月) 00:01:07.84 ID:Ksn+J8FZ0
ショボンは目を瞑った。視界が真っ暗になる。静寂の中に、ブーンが足を動かせる音が聞こえた。
これからブーンに殴られるのだ。自分なりの贖罪である。ブーンもきっと溜飲が下がるだろう。
ショボンが無意識に衝撃を待ち構える。だがしかし、ふわりとした感触が彼の身体を包んだのだった。

(´-ω-`)「・・・・・・?」

( ´ω`)「親友だからこそ、殴るべきなのかもしれないが、やはり僕には無理なのだお。
      もう馬鹿なことを考えないでくれ。僕は君にまで死なれたら、気が狂いそうだお。
      もしもショボンが居なくなれば、僕が街に下りる大半の意味を失くしてしまう」

ショボンはゆっくりと瞼を開いた。すぐ目の前に、黒黒とした髪が生えたブーンの頭があった。
ブーンは殴り付けずに、ショボンを抱いたのだった。さすがにブーンは男性を触りたくはないので、
身体を引き気味にだが。それでも、親友を抱いたのである。疲労困憊といった表情でブーンは言う。

( ´ω`)「ああ。たとえショボンが何と罵ったって、僕は君をずっと親友だと思っているお。
      一度しか言わないから、よく聞きたまえお。・・・・・・僕は、ショボンのことが好きだ」

(´・ω・`)「ブーン」

ショボンは震える腕を、ブーンの身体に回した。僅かに開いた雲間には、一番星が輝いていた。



171: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/13(月) 00:01:36.98 ID:Ksn+J8FZ0
――。

( ^ω^)「うほっ!」

ブーンは奇妙な雄叫びを上げた。公園でいい男を発見でもしたかのような、雄雄しい声である。
食堂で椅子に座るブーンの前に、ビーフシチューが盛られた皿が置かれている。彼の好物なのだ。
時刻は十九時過ぎ。内藤家では夕食の時間だ。すっかりと快復した様子のツンが口を開く。

ξ゚听)ξ「今日は、お兄様がお疲れのご様子ですので、お好きな料理を作りました。
       家事もなさってくれましたしね。明日はデレの好きなパスタを作りましょう」

ζ(゚ー゚*ζ「わあい、ですのー!」

( ^ω^)「主よ、わたしたちを祝福し、云々かんぬん」

十字など切らずに、まったく神に感謝をしていない様子のブーンは、がつがつと食事を始めた。
ツンが呆れる。邸に帰ってきたときの兄はやつれた感じだったが、本当に疲れているのだろうか。
スプーンでシチューを一口だけ喉に流し込むと、彼女は手を休めてブーンに一瞥を遣った。

ξ゚听)ξ「お兄様がご無事に帰っていらしたという事は、影の退治は円満に済んだのですね」



172: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/13(月) 00:02:03.30 ID:Ksn+J8FZ0
( ^ω^)「まあね」

ブーンは紙ナプキンで口を拭いて誇らしげに答えた。退治だなんて物騒な代物ではなかったが、
今までのどの事件よりも、神経をすり減らすものだった。ブーンは水を飲んで人心地につく。

( ^ω^)「それよりも、ツン。君の体調は挽回したのかね?」

ξ゚听)ξ「お陰様で。薬を飲んでじっくりと眠ったら、治りましたわ。ご心配をお掛けしました」

( ^ω^)「うむ! 素晴らしいね! ツンは、元気でなければいかん」

ξ--)ξ「それは当然ですとも」

( ^ω^)(もしも)

ツンが死んで影として蘇り、「成仏させてくれ」と頼んで来たら、自分は受け入れられるだろうか。
ショボンをなだめるのに必死で、“受け入れられる”と答えたが、今になって恐ろしくなって来た。

最後まで、ショボンは涙を見せなかった。なんて強い男なのだろう! 彼は脆い所があるが、強い。
スプーンを置いて、ブーンは食事をしているツンの顔を眺める。この世で無二の可愛い妹である。



173: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/13(月) 00:02:39.10 ID:Ksn+J8FZ0
ξ;゚听)ξ「な、何ですか? そんなに見られたら、食事が出来ませんわ!」

あまりに熱い視線を自分にくれるので、ツンは身震いをする。だが、ブーンは無言のままである。
無言のままだった。どれくらい喋らなかったかというと、二十一時になるまでそうしていたくらいだ。

( ^ω^)「・・・・・・」

食事は疾(と)うに終わり、食堂は暗くなっている。テーブルには、ブーンの分だけ食器が残っている。
ブーンは両足を伸ばし、椅子の肘掛に手を置いて頬杖をついている。ツンが発狂しそうな姿勢である。
不意に食堂が明るくなる。浴室で身体を洗い終えたデレが、電気を点けたのだ。彼女はパジャマ姿だ。

ζ(゚、゚*ζ「ブーンさん。今日は一緒に寝ないのですの?」

眠たそうに目を擦るデレが、寂しげに訊ねる。「その内に行くお」、とブーンはかすれた声で答えた。
彼女は頷いて、食堂から出て行った。一人になったブーンは、リモコンを操作して食堂を暗くさせた。

しかし、すぐに電気が点いた。忙しい照明である。リビングで寛いでいたツンが、やって来たのだ。
彼女はブーンの前に座り、ブーンのだらしない姿勢に目を細める。ため息を付いて、ツンが口を開く。



174: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/13(月) 00:03:15.62 ID:Ksn+J8FZ0
ξ--)ξ「はあ。お兄様はご自由で良いですわね。・・・何か気に入らない事がおありなのですか?」

ツンはブーンを心配して様子を見に来たのだ。けなげな妹。ブーンは座り直して、話しかける。

( ^ω^)「ツンは、僕より先に死んではならないお」

ξ--)ξ「何を突然。私が先に死ねば、お兄様はそれはもう、ご自分の好き放題になさるでしょう。
        死ねませんよ。私はずっと生きて、お兄様を監視せねばなりません。地球の為です」

きっと、風邪をひいてしまった自身を見て、心配をしてくれているのだ。妙なところで繊細な兄だ。
ツンは目を開いて微笑んだ。まだまだ彼女は、死の谷へとは向かえない。兄の保護者をするのである。

ξ゚听)ξ「お兄様の食器をお下げしますわ。もうお食べにならないでしょう」

( ^ω^)「いいや。ツンが作ってくれた料理を、捨てるわけにはいかん。僕は全部食べるお」



175: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/13(月) 00:04:45.13 ID:Ksn+J8FZ0
ξ゚听)ξ「そうですか。では、私はそろそろ寝させて頂きます」

( ^ω^)「ちょっと待ってくれお」

ξ゚听)ξ「?」

椅子から腰を上げたツンに、ブーンは腕を伸ばした。それから、腕を移動させて、窓を指差した。
窓が風に叩かれて、がたがたと音を立てている。ブーンが腕を下ろし、静かな声を食堂に響かせた。

( ^ω^)「風が入りたがっている。しばしの間、窓を開けて欲しいお」

兄の詩的な言葉に、ツンは鳥肌が立ったが、言われた通りに窓を開けた。風がツンの前髪を撫でる。
ミセリが屋上の扉を開けたときに、吹き込んで来た風と似ている。ブーンは深く頭を下げて唸った。
そうだ。ショボンはあのとき、そう思ったから、泣かなかったのかもしれない。彼は顔を上げた。

( ^ω^)「“風立ちぬ、いざ生きめやも”」

風が吹いたのだから、生きなくてはならない。例え、妹を亡くして、悲しみに包まれたとしても。
ブーンはふと口を衝いて出て来た詩句を、風をその身に受けながら、口の裡で繰り返したのだった。

                 4:二十一グラムは永遠の愛を求める ver.死のかげの谷 了



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