( ^ω^)奇人達は二十一グラムの旅をしますようです

3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 09:45:00.79 ID:zCzmOdzU0





         私が、ほんの少しの間だけ、人間だった頃の、話である。            





4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 09:45:58.07 ID:zCzmOdzU0
―1― 四月一日 午前五時 内藤邸

ζ(/////ζ「あうあう! ブーンさっん・・・・・・」

午前五時ごろ。ブーンとデレの二人は、窓から薄らと朝陽が差し込む中、セックスをしている。
完全にアウトだ。ベッドが激しく軋んでいて、真上の部屋のツンに聞こえているかもしれない。
ことの始まりは、二人が珍しく早くに起きて、夜明けのコーヒーを楽しんでいたときである。

たわいない会話をしている中途で、彼が猫のような仕草で寝ぼけ眼を擦るデレに欲情したのだ。
そうして始まったのは、どう見てもセックスです。本当にありがとうございました。・・・危ない!

「うっ」と微かなうめき声を盛らして、ブーンはデレの身体の中へと、大量の子種を注ぎ込んだ。
しばしの間、彼は呆然となって硬直してから、両腕をゆっくりとデレの身体に回して抱き締めた。
二人は目を瞑って、呼吸を整える。落ち着いてきたところで、ブーンは怒張したそれを引き抜いた。

栓をしていたそれが引き抜かれたというからには、デレの膣口から白い液体が漏れ出すのである。
ブーンがティッシュを二枚ほど取り、その溢れる液体を拭き取ると、デレは口に手を当てて震えた。
清潔に拭き終えてから、ブーンはベッドに横になって彼女を抱き寄せた。二人は汗にまみれている。

( ^ω^)「ふう・・・・・・。朝から求めて、すまなかったお。君が美しいのがいけないのだお」

気障(きざ)に前髪をかき上げて、ブーンが笑う。デレは彼の厚い胸板を、つつっと指先でなぞる。



5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 09:48:25.18 ID:zCzmOdzU0
ζ(゚ー゚*ζ「もうっ! ダメって言ってますのに!」

これは、本音ではない。潜在的に、ブーンがサディストであるのに対し、デレはマゾヒストなのだ。
彼女はブーンに身体を求められると、まず「だあめ」と断る。その方が、興奮が高まるのである。
無意識に、“襲われる自分”を演じているのだ。ブーンも反抗されると、一層性交を求めたくなる。
だから、身体の相性は良い。夫婦が、または恋人同士が仲良くしていく上で、大切なことである。

( ^ω^)「それにしても、早く起きてしまったね!」

目覚まし時計のベルの音よりも早く起きるのは久しぶりだ。時計の針は、午前五時半を指している。
その上の方に掛けられているカレンダーで、ブーンは日付を確かめる。今日は四月一日である。
エイプリルフールだ。彼の国では、正午までなら人をからかうような害のない嘘を吐いても良い。

だがしかし、彼はイベントにはあまり興味を示さない人間なので、すっかりと忘れてしまっている。
彼にとって、行事などどうでも良いものなのだ。妹の誕生日と、結婚記念日さえ覚えていれば良い。
デレの頭を腕の上に乗せて、ブーンは天井を仰いだ。ツンに、情事の物音を聞かれていないだろうか。

(;^ω^)「ツンの部屋はこの真上だお。僕達の声を聞かれていないか、いつも気になるのだお。
      そろそろ別な部屋に移ろうかね。ここよりも広い部屋なら、他にあるし」



6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 09:50:51.58 ID:zCzmOdzU0
ζ(゚ー゚;ζ「そうですね。この前、ツンさんの手伝いで隣の部屋を掃除していたのですけど、
        ブーンさん、こちらの部屋でコップを割ったでしょう? 聞こえていましたの」

( ^ω^)「ふうむ」

内藤邸の外観は豪奢な佇まいだが、邸内は茂良邸のように防音性は高くないのかもしれない。
本当に部屋を引っ越そうか。でも、作業が面倒だなあ。ブーンは唸りながら、上半身を起こした。
デレが名残惜しそうに彼の腕を眺める。ブーンの腕が動き、目覚まし時計のスイッチを押した。

( ^ω^)「ククク・・・。今日は目覚まし時計に勝ったお。圧勝だ。ざまあみろ!」

カタカタと壊れたゼンマイ仕掛けの人形のごとく、ブーンが何度もスイッチを押す。オンオフ。
茂良時計製作社が造った精巧な目覚まし時計に、勝ったのだ。彼は二度目の絶頂に達しそうになる。

(*^ω^)「フヒ、フヒヒ! 気分が良すぎて、身体中から力がみなぎって来るお!
       僕はもう起きて、先に食堂に行っているお。デレはもう少し眠っていると良い」

ζ(>、<*ζ「あたしも一緒に行きますの。一人にしないでください!」



8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 09:54:34.76 ID:zCzmOdzU0
ブーンはベッドから下りて、着慣れたスーツに着替える。シワが一切ない、上質なブランド物である。
彼は仕事をしていないが、見栄のためにスーツを着ているのだ。私服は滅多に身に纏うことがない。

デレもスカートとドレスシャツを着て、ブレードが幅広の、チェーンの垂れた赤いワイドタイを結う。
スカートの右足部分には、一輪のアネモネがプリントされている。彼女にしては攻撃的な服装である。
アネモネはアドニスの生まれ変わりという。“君を愛す”。デレは花言葉で、選んだのかもしれない。

着替え終わった二人は、朝の挨拶代わりの軽い接吻を交わして、廊下に出たのだった。

(;^ω^)「う」

ζ(゚、゚*ζ「・・・・・・」

廊下では、誰にでも分かる肉が焼かれる匂いが漂っていた。ツンが肉を使った朝食を作っている。
何の料理を作っているのだ。運動をしたばかりのブーンは、げんなりして食堂に入ったのだった。

( ^ω^)ノ「グーテンモルゲン! 前世でも血を分けていた妹よ!」



11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 09:56:05.79 ID:zCzmOdzU0
手を振り上げて、ブーンは快活に挨拶をする。挨拶をしたからには、返事がないといけないのだが、
言葉は返って来なかった。何故なら、ツンが食堂に居なかったからである。彼女はキッチンに居る。
ブーンが奥にある扉を開くと、ツンがエプロンをして、フライパンを振るって調理をしていた。

( ^ω^)「おはよう。・・・何を作っているのだお」

ξ゚听)ξ「おはようございます。ステーキですわ」

(^ω^)

恐る恐るブーンが訊ねれば、ツンはそう答えたのだった。ステーキ。確かに肉を使った料理ではある。
もっと工夫を凝らした食べ物と思っていたのだが、“ザ・肉”といった具合である。彼は目を細める。

(;^ω^)「ツン。前から言いたかったのだけれど・・・」

ξ゚听)ξ「何ですか?」

( ^ω^)「いや」

ξ゚听)ξ「? 油が跳ねますので、お兄様は離れていた方が良いですよ」



13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 09:59:22.84 ID:zCzmOdzU0
ブーンには、妹を注意する事など出来なかった。ツンは好意で料理をしてくれているのである。
「やれやれ」。いつもの調子で、ブーンが肩を竦めていると、デレがキッチンへと入って来た。
彼女はツンと挨拶を交わし、フライパンに乗っている肉塊を見、何とも表現のし難い顔をして、
キッチンの片隅に保存してあったダークラムの瓶を取った。この酒好きの娘は朝から飲む気である。

( ^ω^)「君も変わっているね。最近、体調が悪いのだろう。アルコールは控えたまえお」

今日は調子が良さそうだが、デレはこのところ不調のようで、しきりに身体をだるそうにしている。
関節痛も伴っているようで、動き辛くもしている。彼女はツンの隣で、ラム酒をグラスに注いだ。

ζ(゚ー゚*ζ「これ一杯だけー。ねえ、良いでしょう?」

許しを乞うデレだがしかし、返答を待たずに、ラム酒を水で割って飲み干したのであった。
呆れて言葉を失う。ブーンは口を一文字に結び、隣でやり取りを聞いていたツンはため息を漏らした。

ξ--)ξ「はいはい。気が散るので、お二人さんは食堂なりで待っていて下さいな」

ブーンとデレは、ツンの圧力にキッチンから追い出された。食堂にて料理の完成を待つことにする。



16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:02:35.33 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「いやあ。今日は清々しい天気だね。小鳥が歌っているようだお」

ブーンは窓を全開にして、椅子についた。早朝の冷たい微風が、食堂内を満たして行く。

ζ(゚ー゚*ζ「そうですの! 今日も街で聞き込み調査ですの!」

ミセリの事件のあと、ブーン達は佐藤と渡辺の写った写真を持って、街で本格的な調査をしている。
影には妙齢の女性と幼女に見えるのだろうけれど、一般人には二人の少女の姿に見えるのである。
誰かが二人を見ているはず。まだ情報は得られていないがしかし、ブーン達は諦めてはいない。

( ^ω^)「九時になったらね。それまでは、本でも読んでのんびりとしておこう」

ζ(゚ー゚*ζ「お部屋を移さないのですの? あたしがブーンさんのお手伝いをしますの!」

( ^ω^)「うう、ん・・・」

部屋を移動するには、多くの荷物を運ばねばならない。面倒な事が嫌いなブーンは、逡巡する。
テレビ、ベッド、書物、デスク、オーディオなどなど。きっと、一日では終わらないに違いない。
「その内にね」とブーンは言い、テーブルの上にある新聞紙を開いた。ツンが置いたものである。



17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:05:12.23 ID:zCzmOdzU0
大した事案は載っていない。政界の問題や、どこどこの街で殺傷事件が起こった程度の事柄だ。
ブーンは新聞紙を畳み、テーブルに放り投げて、デレとの会話で暇を潰していると扉が開いた。
ツンがトレイを持って食堂に入ってくる。勿論、トレイの上にはステーキを載せた食器がある。

食欲を湧かせる香りがする。だが、夕食時であればの話である。ブーンは思わず、口に手を当てた。
ブーン達の眼前に、油が溢れた危険物が置かれる。御丁寧にポテトやパセリが添えられている。
これを朝から食べなくてはならないの!? 彼はテーブルに両肘をついて、顔面を両手で覆った。

ξ゚听)ξ「あら? お兄様、どうしたのですの? 調子でもお悪いのですか?」

頗る調子は良い。しかし、ステーキを食せば胃の調子を崩すだろう。ブーンは無理矢理に笑った。

( ^ω^)「何でもないお。食べようではないかお。・・・食べてやろうではないかお!
       主、願わくはわれらを祝し云々」

なおざりに神に祈り、ブーンは破れかぶれにナイフでステーキを切り込んで、フォークを刺した。
ミディアムに焼かれた若干の赤みのある肉から、汁がぽたりと滴り落ちた。ブーンは畏怖嫌厭とする。
そうして、徐に口の中に入れる。一度だけ噛むと、朝からは重過ぎる味が口内に広がったのだった。



18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:06:42.67 ID:zCzmOdzU0
ξ゚听)ξ「お味は如何でしょうか。ビーフステーキなんて、久しぶりに作ったもので」

( ^ω^)「おいしいお」

乾いた声で、ブーンは嘘を吐いた。でも、大丈夫。彼は忘れているが、今日は四月一日なのだから。
隣で様子を眺めていたデレも、ステーキを食べる。・・・夕食だったら、お酒と合うんだけどなあ。

ζ(゚ー゚*ζ「おいしいですの」

ξ*゚听)ξ「そう! それは良かったわ。またいつか、作るわね」

ツンは手を合わせて喜び、朝食を摂り始めた。胃の構造が違うのか、彼女は平然と食べている。
何とか半分ほどを胃に収めたブーンは、ナイフとフォークを皿に置いて、紙ナプキンで口を拭いた。

( ^ω^)「部屋を移そうと考えているのだけれど、一階の隅の部屋は使えるかお?」

ξ゚听)ξ「お兄様、お部屋をお変えになるのですか? どうして」



19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:09:10.82 ID:zCzmOdzU0
少し驚いた様子でツンが問う。さすがに「自分達のセックスの音が聞こえているかもしれないから」、
とは言えまい。そのような理由は冷笑ものである。ブーンは腕を組み、極めてまともな理由を考える。

( ^ω^)「うううん。・・・今の部屋に飽いてしまってね。気分転換をしたいのだお」

ξ゚听)ξ「・・・ふうん。そうですか」

ツンは何やら複雑そうな表情で小首を傾いだ。そして、彼女は思い出したかのように顔を上げる。

ξ゚听)ξ「隅の部屋、お父様の私室ですわね。一応、毎日掃除はしてあるので使えますよ。
       ただ、邪魔になった物を少々置かせて貰っていて、運び出さなければなりませんが」

( ^ω^)「あそこは日当たりが良い部屋だお。クソ親父には勿体ない。僕が使うのだお」

ξ゚听)ξ「では、私が小物類を他の部屋へと移しておきましょう。一日で済むと思います」

( ^ω^)「いいや。全部、僕がやるお。ツンに任せるわけにはいかない」



20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:11:57.07 ID:zCzmOdzU0
ブーンが断ると、ツンは唇を尖らせてつまらなさそうにした。ブーンは過保護が行き過ぎている。
まるで兄の玩具のよう。そう心の底から感じたツンは、フォークを握る手を休めて言い返した。

ξ゚听)ξ「いいえ。私がやります。子供ではないのですから、私の自由にさせてちょうだい
       お兄様はするべき事があるのでしょう? どうか、そちらに集中して下さいな」

(;^ω^)「・・・・・・」

有無を言わせないツンの口調に、ブーンは言いよどむ。内藤邸の頂点は結局のところ、妹である。
ツンに逆らえば、料理を作ってくれなくなるかもしれない。それどころか邸から放り出されるかも。
ブーンはぞっとして、寒天下で凍えている子犬の如く肩を震わせて、食事を再開したのであった。

ζ(゚、゚*ζ「ううん。ちょっと、お腹いっぱいですの」

不意にデレが呟いた。彼女はナイフとフォークを置いて、皿に載った料理と睨めっこをしている。
まあ、ツン以外の女性には、この料理は随分と厳しいだろう。腹を押さえるデレを、ツンが見遣る。

ξ゚听)ξ「朝からお酒なんて呑むからよ。・・・仕様が無いわね。貴女の分も、私が食べるわ」

(;^ω^)「えええ!?」



22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:14:14.09 ID:zCzmOdzU0
ツンの胃の中にはブラックホールがあって、別な場所へと内容物を放り出しているのではないか。
そう思えるくらい、彼女はほっそりとしていている。肥えているブーンは、羨ましくて堪らない。

ζ(゚、゚*ζ「ううう、ごめんなさいですの。この償いはいつかしますの」

ξ;゚听)ξ「大げさな。デレはシャワーでも浴びてきなさい」

ζ(>、<*ζ「そうしますの! 本当にごめんなさいですの!」

頭を何度も下げて、デレが自分の分のフォークとナイフ、コップを片付けて浴室へと去って行った。
何ヶ月振りかの、兄妹だけの食事風景となる。カチカチ、とフォーク類が食器に擦れる音が響く。
十数分後、ブーンは何とか凶悪な食べ物を平らげ、ぐったりとしながら膨らんだ腹を押さえる。

(;^ω^)「ふいい。肉は当分食べたくないお。今日の晩御飯は軽いものにしてくれお」

ξ゚听)ξ「まただらしのない格好をして。・・・・・・そう言えば、お兄様」

( ^ω^)「お」



23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:16:50.15 ID:zCzmOdzU0
ツンが身を乗り出した。誰も居ないのに、小声で話さなければいけない事柄があるみたいだ。
  _,
ξ゚听)ξ「デレに、お兄様の子供が出来たのではないでしょうか」

( ^ω^)「なんだって?」

突拍子もない言葉に、ブーンは背もたれに深く背中を埋めた。ツンの言葉が真実なら嬉しいのだが、
デレには妊娠している兆候がない。つわりをしていないし、柑橘類を欲しがっている様子もない。
ブーンがじろじろと訝しげな眼差しを送っていると、ツンは身体を引いて、弁舌さわやかに語る。

ξ゚听)ξ「お兄様。妊娠の兆候は、つわりや食の嗜好が変わるだけではないのです。
       自分の身体の中に新しい命が芽生えるのですから、当然様々な症状が現われます。
       精神が不安定になったり、一日中眠気があったり、頭痛、関節痛などなど・・・。
       最近、彼女は気だるそうにしている事が多いですね。もしかしたら、と思いまして」

( ^ω^)「ふうむ」

ブーンは腕を組む。確かに、ここのところの彼女は、日がな一日、憂鬱そうにしている事がある。
ツンの言う通り、妊娠している可能性はある。しかしそうなら、一つだけ重大な問題が発生する。
デレは、既にこの世を去っているというややこしい存在なので、病院へと通わせられないのだ。
人種の壁を超越して結婚したものの、大問題である。彼は、鹿爪らしい顔をして舌打ちをした。



26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:19:50.25 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「・・・もし君の言葉通りだとして、病院はどうすれば良いのかねえ」

ξ゚听)ξ「お兄様」

( ^ω^)「はい」

ツンが両手をテーブルにつけて腰を上げた。衝撃で食器類が揺れる。彼女は左手の人差し指を立てる。

ξ゚听)ξb「この世界には、約七十億人もの人間が住んでいるのです。分かりますか?」

ツンは腕を下ろし、くるりと横に回って椅子から離れ、テーブルの周囲をテクテクと歩き始めた。

ξ--)ξ「という事はですね。影も相当な数が居るわけです。彼らは人間によって作られた・・・」

ブーンの席の後ろまで来ると、ツンは天井の片隅へと、カメラが在るものと仮定して指を差した。

ξ゚听)ξ9m「アナタが通勤の途中、いつも電車で見かける人間は、本当に人間なのでしょうか?
         街中の雑踏で、アナタとすれ違う人間は、真実に人間なのでしょうか!?」



27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:23:45.53 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)(誰に言ってるのだお。ツンはたまにおかしくなる・・・)

ξ゚听)ξ9m「アナタの友人が影であったり、幽霊であったり、或いは宇宙人だったりするのです!」

腕をそっと下ろして、ツンは足を動かせる。彼女もブーンに似ているところがあり、奇人なのだ。
彼女は自身が話したかった事を粗方言い終えると、元の席についた。テーブルを一周したのである。
架空の人間を怖がらせたかったのだろうか。君は一体何が言いたいのか、とブーンは問いかける。

( ^ω^)「つまり、どういうことだお?」

ブーンの周りは、遠回しな物言いをする人間ばかりだ。「つまり」が、彼の口癖になりつつある。

ξ゚听)ξ「在世中に、医師をしていた影が居るかもしれないのです」

( ^ω^)「なるほど」

それならば、事情を察してくれそうだ。医療器具などは、上手くやれば整えられるかもしれない。
はたして、影が正直に手伝ってくれるかは疑問を覚えるが、ツンの言葉に頼る他ないのである。
令嬢、学生、奥方、使用人の影が居た。元医者の影の一人や二人、この世に居ても良いはずだ。



28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:26:15.13 ID:zCzmOdzU0
ξ--)ξ「まあ、影は人間の子供を宿さないと思いますけれどね。単なる素人目の予想ですよ」

( ^ω^)「しかし、頭に入れておくべきことだお。僕は女の子が欲しいなあ」

ξ゚听)ξ「名前は?」

( ^ω^)「ふっふ。秘密だお。僕とデレの子供だお。さぞや美人に育つだろうね!」

ξ゚听)ξ。o0(  ζ(^ω^*ζ  )

その後、ツンはほぼ二人前のステーキを食べ終え、洋服に着替えて件の部屋の整理を始めたのだった。
ブーンが手伝いを願い出たのだが、彼女は頑なに断った。もう、一人で何でも出来る年齢なのです。

二階の書斎にて、ブーンとデレの二人は椅子に座って、街に出かける時間になるまで暇を潰している。
書斎は他の部屋に比べて狭い。主に、兄妹の母親が読んでいた書物が、数架の書架に収められている。
ブーンが活字を追っていると、ふとデレの腹が視界に入った。その中には、胎児が居るかもしれない。

( ^ω^)「・・・デレ。今日は、気分が優れているかお?」

ζ(゚ー゚*ζ「え? ええ。大丈夫ですの。流石に、朝食は無理でしたけれど」

( ^ω^)「ツンは一体、何を考えて朝食を作っているのだろうね!」



29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:28:41.51 ID:zCzmOdzU0
ξ゚听)ξ「私がどうかなさいましたか?」

(;^ω^)「!」

ζ(゚、゚;ζ「・・・・・・」

ツンが扉のところに立っていた。手には、本がぎゅうぎゅうに詰められた紙袋が握られている。
もしや、もしや、今の話を聞かれたのか・・・? ブーンの手から本が抜け落ちて、床へと落ちた。
彼女は紙袋を引き摺るように持ち、本棚の前で両膝を曲げて、空いている隙間に本を並べ始めた。

(;^ω^)「いや。君の美しさについて、デレに語っていたのだお」

ξ--)ξ「そうですか。またお兄様が、私の事を愚痴っているのかと思いました」

( ^ω^)「まっさかあ」

鋭い。女性の勘を舐めて掛かってはならない。ブーンは床に落ちた本を拾い上げて、埃を掃った。
そして、本をデスクの上に置いて、整理整頓をしているツンの姿を見遣る。妹はいつの日も可愛い。
灰色を基調としたロングスカートに純白のワイシャツ。胸には、赤いボヘミアンタイが結ばれている。
彼女は落ち着いたファッションをしている。裸眼では掃除に支障をきたすのか、眼鏡を掛けている。



32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:32:25.35 ID:zCzmOdzU0
ξ゚听)ξ「もう八時なのですね」

ツンは腰を右手でとんとんと叩きながら、掛け時計に顔を向けた。午前八時を少し過ぎたころである。
ついさっき、朝食を終えたばかりのように感じる。ツンは背筋を伸ばしてから、再び作業を始める。
そうしていると、インターホンの音が邸内に鳴り響いた。珍しく、内藤邸に客人が訪れたのだった。

ξ゚听)ξ「こんな時間に誰かしら。ちょっと見て来ますわね」

ツンが応対のために一階へと降りていった。ブーンとデレは顔を見合わせ、本を置いて彼女を追う。
父親が邸に居たころの内藤家は、仕事の関係者や親類がよく姿を見せていたが、現在は稀有である。
会社の跡継ぎならともかく、遊び呆けているただの道楽息子に、おべっかを使う人間など居ないのだ。

ツンを訪ねて来る人間も少ない。彼女の学生時代の友人達は皆、小さな街を離れて暮らしている。
よって、内藤邸を来訪する可能性がある人間は、ショボンくらいしか居ない。ブーンは彼だと思った。
ショボンとは諍いがあったものの、変わらずに付き合いを続けている。二人は親友同士なのだから。

ξ゚听)ξ「あら。モナーさんじゃないですか。お久しぶりです」

( ´∀`)「これはこれは、お嬢様。お久しぶりですモナー」



33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:35:58.95 ID:zCzmOdzU0
来訪者は老境に入った男性だった。男性の名前はモナーといって、内藤家に仕えていた人物である。
門の外に立っているモナーの体格は若干肥えてはいるが、がっしりとしている。老人には見えない。
ツンは門を開き、車に乗り込んだ彼を邸の庭へと誘導する。ガレージに停めると、モナーが出て来た。

彼は、ジーンズにシャツとカジュアルな服装をしている。歳を取ってもまだまだ現役といった気概だ。
彼には口調に多少の訛りがあって、語尾がおかしな発音になる。それは“モナ”という風に聞こえる。

( ^ω^)ノ「やあやあ。元気にしていたかね」

車の鍵を閉めるモナーに、ブーンが偉そうに挨拶をした。内藤家の気品を見せ付けているのである。
モナーは鍵をポケットに仕舞い、深々と頭を下げた。この邸で従事していた当時の癖が抜けていない。

( ´∀`)「お坊ちゃん。ご無沙汰しておりましたモナー」

ブーンがモナーと会うのは十年振りくらいである。再会の言葉を交わし、ブーンは邸に招き入れた。
そして玄関ホールに足を踏み入れたモナーは、懐旧の情にかられて、しばしその場に立ち尽くした。
ブーンはモナーの肩に右手を置いて、優しい口調で語りかける。彼はモナーを気に入っていたのだ。

( ^ω^)「懐かしいかお。今も昔とそんなに変わっていない。両親や使用人が居ないだけだお。
       おっと、二つだけ大きく変わったことがある。僕やツンが大人になったことと――」

( ´∀`)「・・・事と?」



34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:37:43.77 ID:zCzmOdzU0
モナーが問うと、ブーンは彼の肩から手を離して、傍ら立っているデレの背中に腕を回した。

( ^ω^)「結婚したのだお。こちらが僕の家内であるデレだお」

ζ(゚ー゚*ζ「初めましてですの!」

(;´∀`)「なん・・・・・・だと・・・・・・。この街は、もうすぐ壊滅してしまうのかもしれない!」

いつかのジョルジュと似たような反応を示し、モナーはポケットからハンカチーフを取り出して、
頬に伝う汗を拭う。彼は緊張すると発汗をする。優秀な使用人だったが、そこだけは欠点であった。
重要な取り引き先の人間の前で、ハンカチで汗を拭うモナーを、兄妹の父親が嗜める事がままあった。

(;´∀`)「いやあ。驚天動地ですモナ。探偵事務所を開かれたのは知っていましたが」

( ^ω^)「おや。街の広告を見てくれたのかお」

( ´∀`)「その通りです。その件もあって、お邸に来させて貰ったのですモナ」

( ^ω^)「お?」



36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:41:30.68 ID:zCzmOdzU0
内藤私立探偵事務所の広告にも関係して邸に寄らせて貰った、とはどういう了見なのだろうか。
ブーンが首を傾げていると、ツンがモナーの前に立ってカーテシー(スカートの裾を両手で摘まみ、
腰を曲げて頭を深々と下げる、女性のみが行う挨拶)をして、一階奥の応接間へと通そうとする。

ξ゚听)ξ「ここで立ち話も何ですので、応接間の方へどうぞ。ささ。こちらへ」

ブーン達はツンに先導されて、東側の廊下を歩く。モナーは懐かしげにきょろきょろと見回していた。
応接間に入ると、ブーンは部屋の奥の方のソファに座り、モナーは彼の前の肘掛け椅子に腰掛けた。
ツンはお茶菓子を用意しに、キッチンへと行った。デレは困った表情で、扉のところで佇んでいる。

( ^ω^)「デレ。僕の隣に座りたまえお」

手招きをされたデレはブーンに寄り、畏まってモナーに一礼してからソファに腰を下ろした。
モナーがデレを一瞥する。由緒のある家柄である内藤家に、嫁いだ娘はどのようなものなのか。
長い使用人歴で培われた眼光が、密かに鋭く光る。青い瞳の女性は、良家の出とはとても思えない。

( ^ω^)「相変わらず、良い眼をしているね! デレを品定めしているのだろう」

(;´∀`)「いえいえ。そのような筈は御座いませんモナー」



42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:43:43.39 ID:zCzmOdzU0
モナーのこめかみに一筋の汗が流れる。分かり易い男だ。息を漏らして、ブーンが紹介をする。

( ^ω^)「確かに、デレは良家の出身ではないけれど、気配りの出来る優美な人間だお。
       ・・・モナーには分かると思うが、僕と彼女が結婚したことを父親に報告していない。
       絶対に反対するからね。僕は直隠しにしながら、彼女とやって行こうと思うのだお」

( ´∀`)「僕は密告したりしませんモナ。お坊ちゃんの人生には口出ししませんモナー。
       デレさん――いいや。奥様。失礼な考えを働かせて申し訳御座いませんモナ」

ζ(>、<;ζ「とんでもありませんの! これからよろしくお願いいたしますの!」

腰を浮かせて非礼を詫びようとするとモナーを、デレが慌てて両手を伸ばして制した。
物分りが良く、情のある老人だ。ブーンは彼のそういうところが、昔からいたく気に入っていた。
場が和んで来ると、ツンが応接間に姿を見せた。コーヒーとクッキーを載せたトレイを持っている。
ブーン達の前に配ると、ツンはモナーの隣に座った。仕事の話ではないので、この形で良いだろう。

ξ゚听)ξ「本当にお久しぶりですわね。モレナちゃん。もう大きくなったのではないですか?」



43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:45:18.70 ID:zCzmOdzU0
モレナとはモナーの孫である。訊ねられたモナーは、口元を綻ばせてツンに顔を向ける。

( ´∀`)「十歳ですモナー。そろそろ邪魔者扱いされるようになって来ましたモナ」

「ははは」、とモナーが苦笑いをする。成長をするにつれ、孫が自分の側から離れて行くのである。
性格によっては違うかもしれないが、まあ当然の事だ。それを熟知しているブーンは偉そうにする。

( ^ω^)「ふん。子供というものは、親元を離れるものだお。そうして、成長していくのだ」

ξ゚听)ξ(どの口が言うのだか)

それから、談笑が始まった。現在の状況、過去の思い出などを語ったのだった。時間が過ぎて行く。
午前十時半。妻がいかに賢いかを語っていると、ふとブーンは思い返した。モナーの用事である。
自身の探偵業に関係して邸に来たと行っていた。彼は言葉を一旦止めて、ソファに深く腰を埋める。

( ^ω^)「そう言えば、モナー。君は僕の探偵事務所に興味があるようだったね」

( ´∀`)「おっと。僕がここに寄らせて頂いたのは、お二人の顔を見たかったのは勿論ですが、
       お坊ちゃんに頼みたい事があったのですモナ。率直に申し上げれば依頼ですモナー」



45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:47:00.92 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「お!」

ζ(゚ー゚*ζ「御依頼ですの」

ξ゚听)ξ「・・・・・・」

ブーンとデレは揃って両手を合わせた。ツンは、何か言いたそうな顔付きでモナーの横顔を見ている。
モナーは、探偵を始めたブーンの成功と成長を、影ながら願っているのである。だから、依頼をした。
街で張り紙を見て考え付いたのだろう。もしかすると、彼が依頼する用件は作り物なのかもしれない。
長い間、自身の面倒を見てくれていて、彼の純粋な心意気を知っているツンは、依頼を断ろうとする。

ξ゚听)ξ「モナーさん」

( ´∀`)「まあまあ。この街は長閑が過ぎるモナ。探偵は、お坊ちゃん以外には居ないのです」

呼びかけるツンをやんわりとなだめて、モナーは話を続けた。ブーンは嬉しくなって、身を乗り出す。

( ^ω^)「いいね! 素晴らしい! 僕が解決してやる。申してみたまえお」

( ´∀`)「はいモナー。実は、孫が可愛がっている犬が、居なくなってしまったのですモナ」



49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:48:27.82 ID:zCzmOdzU0
ξ゚听)ξ(・・・・・・)

「あ。兄は憤慨するな」、とツンは思った。行方不明の犬探しだなんて、兄の誇りが許さないだろう。
賢士なモナーにしては練られていない考えだ。兄が身体を引いた。そうそう。そうして、怒るのだ。

( ^ω^)「その犬を探せと言うのだね。いいお。僕が見付け出してやろう」

ξ゚听)ξ「・・・・・・お兄様?」

意外にも、ブーンはすんなりと依頼を受け入れた。肩透かしを喰らった気分で、ツンは目を丸くした。
ブーンは彼女の気持ちを察して、人差し指を立てる。不遜な兄貴なりに、言いたい事があるのです。

( ^ω^)b「そう驚くものではないお。モナーは、邸の使用人として立派に働いていてくれた。
       恩返しをするのだお。僕は彼の頼みを断ってしまうほど、狭量ではないのだお」

「それと」。呟き、ブーンは指を下ろして、モナーを意志の強固な眼差しで真っ直ぐに見据えた。

( ^ω^)「彼の孫がかわいそうだろう。僕も犬を飼っているから、気持ちはよく分かる。
       だから、その依頼――イエスだね!」



50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:49:54.51 ID:zCzmOdzU0
ツンはごくりと唾を飲み込んだ。兄に幽霊でもとり憑いて、それが喋らせたのか。・・・だとすれば、
なんて素敵な幽霊なのでしょう! このまま憑いていてください。ツンは自分の耳を疑ったのだった。
モナーも同じように感じて、汗を流している。不思議な空気の中、モナーは汗をハンカチで拭った。

(;´∀`)「いやはや。お坊ちゃんは立派に成長されたモナ。不肖ながらモナーは感動しました」

( ^ω^)「お世辞はよせお。それよりも、どうして孫の犬が居なくなったのか説明したまえお」

( ´∀`)「はい。昨日、僕は孫を連れて、広場で犬の散歩をしていたのですモナー。
      途中で孫がリードを持ちたがりまして渡したのですモナー。それで」

( ^ω^)「手からリードがすり抜けてしまった、と」

( ´∀`)「そうです。一日経っても帰って来ませんでして。あちこちを一匹で歩けるような、
      度胸のある犬では無いのですけれどモナー。孫は心配していますモナー」

( ^ω^)「なるほど。ところで、犬の名前と犬種は何だお?」

( ´∀`)「名前はビーグルで、犬種はビーグルですモナ」



53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:51:00.33 ID:zCzmOdzU0
ビーグル犬にビーグルと名付けるとは面白い。身体が小さい犬種なので、遠くまで歩けるとは思えない。
一日しか経っていないのならば、まだ街に居る可能性が高い。ただ、元々が猟犬なので体力は計れない。
出来るだけ速やかに見付けなければならないだろう。ふとブーンは妙案が閃き、指を打ち鳴らした。

( ^ω^)「ビーグルが使っていた玩具などはあるかお。僕の飼い犬に臭いを辿らせよう」

( ´∀`)「ございます。ですが、僕の家まで行かなくてはなりませんモナー」

( ^ω^)「よし。早速行こう! ・・・と、その前に、僕は別件の調査をしているのだけれど」

( ´∀`)「モナ?」

ブーンはポケットから一枚の写真を取り出した。彼は、佐藤と渡辺の行方を追っているのである。
モナーにも訊いておくべきだ。ブーンが写真を差し出すと、モナーは小首を傾げて手に持った。

( ^ω^)「僕達はその少女らを探しているのだが、モナーは見覚えはないかお?」

( ´∀`)「さて。見かけた事はありませんモナー。しかし――」



54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:53:01.11 ID:zCzmOdzU0
区切って、モナーが写真を見つめる。彼の視線は無表情な少女、佐藤へと一点に注がれている。

( ´∀`)「この左側の少女は、お坊ちゃんのお母上のお若かった頃に、似ていますモナー」

( ^ω^)「お母さんに?」

写真を返して貰い、ブーンは佐藤を見る。確かに母親は、佐藤のように口数の少ない人間だったが・・・。
若かった時分の顔を知らない。アルバムでも残ってはいないものか、とブーンは眼球をツンに向けた。

( ^ω^)「ツン。お母さんの若いころの写真はないのかお?」

ξ゚听)ξ「さあ。私は知りませんわ。邸中を探してみればあるかもしれませんが」

( ^ω^)「ふうむ」

気になるがしかし、佐藤が母親なはずはない。彼女はブーンに過酷な日々を送るきっかけを与えた。
母親は優しかった。自分を罠にかけるような真似はしない。気持ちを切り替えて、彼は立ち上がる。



55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:53:54.47 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「まあ、犬探しを優先しよう。ツン。僕とデレは、これから街へと下りるお」

ξ゚听)ξ「お待ち下さい。私も中途まで行きますわ。食材が尽きかけております」

( ^ω^)「じゃあ、僕達が犬を探している間、モナーに車を運転させて手伝って貰うと良い」

( ´∀`)「畏まりましたモナー。久しぶりに使用人の仕事ですモナー」

ξ;゚听)ξ「すみません。モナーさん。相変わらず、浅はかな思考のみは働く兄でして」

( ^ω^)「僕は浅はかではない。実に思慮が深く、誰よりも学のある人間なのだお」

ξ゚听)ξ アア、ソウデスカ

話がまとまった。廊下の日溜まりで眠っていたクドリャフカを抱き上げて、ブーンは車に乗り込んだ。
飼い犬の優れた嗅覚を頼りに、ビーグルを探すのである。聡い方法に、車内で彼は終始笑顔だった。



56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:55:32.86 ID:zCzmOdzU0
―2― 同日 午前十時 ビップ

モナー邸の庭で、ブーンはビーグルが気に入っている玩具を入れた袋を、モナーから手渡された。
カラーボールに骨を模した玩具。それらは使い込まれている。充分に臭いが染み付いているだろう。
犬の玩具など触りたくはないが、捜査が進まない。彼は一つを手に握って、飼い犬の鼻の先に遣った。

(U^ω^) わんわんお。 (きったねえ)

クドリャフカは姐御肌という無駄な設定がある。だが、どうでも良い。嫌々、彼女は臭いを嗅いだ。
主人を喜ばせる為に尻尾を振ってみると、彼女の思惑通り、ブーンはしたりしたりと笑顔になった。

( ^ω^)「おっおっお。我が家の美犬は、ビーグルの臭いを嗅ぎ取ったようだお!」

(U^ω^) わんわんお。 (なんて扱い易い人間)

( ´∀`)「恐縮ですが、よろしくお願いしますモナー。ささやかなお礼も致しますゆえ」

( ^ω^)「なあに。モナーからの依頼ならば、何もいらないお。吉報を待っていたまえ」



57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:57:32.17 ID:zCzmOdzU0
ブーンとデレはモナー邸を出た。ツンはモナーの車に乗り込み、道路の遠くへと去って行った。
買い物。今晩の夕食を期待しておこう。ブーンはリードを持って、クドリャフカの動きに任せて歩く。
二人は街の広場へと続く大通りを往く。春のうららかな陽気に押されてか、行き交う人々の数は多い。

この街のどこかに、佐藤と渡辺が居るはずである。二月のミセリの事件から二ヶ月が経っている。
その間ブーン達は、街の人々に二人の少女が写った写真を見せるなど、積極的に調査をして来た。
未だに何一つ情報が得られていないが、諦めるわけにはいかない。佐藤達は邪心を胸に抱いている。

以前にデレは、少女達は現在と過去を混ぜようしている可能性があると言った。現在と過去の融合。
現実に起こればどうなるか。想像が難しい。ただ漠然とはしているが、極めて危険な事に違いない。

ζ(゚ー゚*ζ「今日は暖かいですの。ついつい、歌を口ずさみたくなりますの」

ブーンと肩を並べているデレが言った。四月一日の今日は、太陽の光と風が丁度良い具合である。
長く寂しい冬が終わり、生命の息吹を感じさせる春が訪れた。花壇のチュウリップが謳っている。
昨晩降った雨で出来た水溜りが、光線を反射させて白く輝いている。いたって平和な光景だ。

( ^ω^)「デレは、客の前ではあまり喋らないね。僕の妻なのだからもっと喋っても良いのだお」



60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 10:59:20.96 ID:zCzmOdzU0
デレはモナーの前では無言になっていた。これは彼女が、空気を読みすぎるきらいがある所以である。
ツンと会話をしているときも、彼女は慎重に言葉を選んでいる。場合によっては、気が小さくなる。

ζ(>、<*ζ「大事なお客さまの前では粗相をしてはなりませんの!
        ほら。あたしって、落ち着きがないでしょう」

( ^ω^)「まあ、別に構わないのだけどね。デレの好きなようにやってくれお」

ζ(゚、゚*ζ「ううう、気を付けるようにしますの」

二人は広場に到着する。時計塔の大時計を見れば、十時半になろうとしていた。もうすぐ正午である。
犬探しは長引きそうなので、早めに昼食を摂ろうか。ブーンは考えながら赤茶けた煉瓦を踏みしめる。
やがて、二人が時計塔の前まで来る。クドリャフカは道に鼻先をつけて、懸命に臭いを嗅いでいる。

ζ(゚ー゚*ζ「あ! ヒートさんですの」

デレが声を上げた。ブーンが彼女の視線を追うと、ベンチの上で寝そべっているヒートの姿があった。
お気楽に熟睡中のヒートは、キャスケットで顔全体を覆い隠して、分厚い書物を枕代わりにしている。
赤いチェーン付きのパンツにブラウスの裾を入れている。パンツにはサスペンダーを装着している。
とても個性的かつ攻撃的な服装。ブーンが遠くから見ても、彼女のファッションは異常だと分かった。



61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:00:53.45 ID:zCzmOdzU0
あのやかましい声を聞きたくないので起こすまいと彼は思ったが、デレがヒートへと寄ってしまった。
彼女がヒートの肩を揺する。すると、ヒートはキャスケットを取り去ってゆっくりと身体を起こした。

ノハっ-)「・・・んあ? 誰だよ。人が陽気な気分に酔いしれて、気持ち良く眠っていたのに!」

赤い眼に、見知った男女と不細工な犬が映る。もう会いたくないと思っていた人物だったので、
ヒートは露骨に嫌そうな表情を浮かべた。彼女は赫焉(かくえん)たる髪をかき上げて、顔を上げる。

ノパ听)「いつかの馬鹿夫婦か。何の用だ? 仮に用があったとしても、取り合わんがな!」

ぷい、とヒートはそっぽを向いた。相手にしないと言われたところで、ブーン達は彼女に用事はない。
ブーンがデレの手を強引に引っ張ってこの場を去ろうとすると、ヒートは顔を戻して呼び止めた。

ノハ;゚听)「おおい! 何もないのかよ! 本当は何かあるんだろう!? 言ってみなよ!」

つまり、ヒートは話し相手が欲しいのだった。一日中、広場で一人で居るのだから仕方がない。
ブーンが足を止めるがしかし、彼女に話すべき事がない。無理矢理に話題を捻り出さないとならない。
このまま放っておいても良いが、ヒートが会話をしたそうにこちらを見ている。会話をしますか?
[>はい。 いいえ。 ブーンは再び彼女の側へと戻り、現在調査をしている依頼の話を切り出した。



63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:02:18.10 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「僕達は犬を探しているのだけれど、ヒートは見なかったかお?」

ノパ听)「犬? どんな?」

( ^ω^)「ああ。写真を借りれば良かったかな。ビーグル犬だお」

ノパ听)「ビーグル。多分、さっき見かけたやつかなあ!」

ζ(゚ー゚*ζ「知っているのですの?」

ノパ听)「リードを地面に引き摺りながら歩いていたから、何だかおかしいなと思ったんだよ。
      あの犬ならあっちへ行ったぞ。三十分ほど前の事だから、追いかければ間に合うかもね」

ヒートは指を差した。その示す方向は、海辺へと続く道へと向けられている。思わぬ収穫であった。
よくよく考えれば、ビーグルはリードを付けたままだ。目立って、他の人間も見ているかもしれない。
早くに発見が出来そうだ。意気衝天として、ブーンはヒートの隣に座った。彼女の横顔は美形である。



66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:03:44.43 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「素晴らしい! ヒートは特別に、僕とお近付きになることを許してやるお」

ノパ听)(変な奴!)

気持ちの悪い青年に隣へと座られてヒートは、身体を引き気味にした。何が「許してやるお」だ。
ヒートが書物の表紙をピアノの鍵盤を弾くように両手の指で叩いていると、ブーンが腰を上げた。

( ^ω^)「もう少し君と話してても良いのだけれどね。僕達にはやるべきことがある」

ノパ听)ノ~~「そうかい。そうかい。じゃあ、さっさと行ってくれ。アタシは小説を書くから」

ひらひらと、ヒートは手を振った。ブーンは手を上げて立ち去ろうとするが、彼はふと振り向いた。

( ^ω^)「君が以前に言っていた親子の影。最近、その二人を見かけなかったかお?」

ノパ听)「見てないね! 出会ったら、この懐中時計を返すつもりなんだけど。いらないし」



69: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:05:20.41 ID:zCzmOdzU0
ヒートは胸の辺りで輝く懐中時計を握り締めた。人間の活動を止めてしまう、恐ろしい代物である。

( ^ω^)「邪念がなければ、それはただの懐中時計だお。返却せずに使っておくと良い」

ブーンは片手を上げて、再び足を動かせる。しかし、彼はしつこい事に、もう一度振り返った。

( ^ω^)「ねえ」

ノハ;゚听)「さっさと犬を探しに行けよ! しつこいなあ! ・・・・・・何だ?」

( ^ω^)「君の、いつかの私小説は進んでいるかお?」

ヒートは私小説を書いている。それを満足に書ききるまで、彼女は現世を去らないつもりである。
その小説は、一度ブーンにとんでもない加筆をされており、続きの執筆が極めて困難になっている。
訊ねられたヒートは一瞬間だけ微笑み、それから握り拳を作って書物を叩き付けた。彼女は叫ぶ。

ノハ#゚听)「死ね!!」



70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:06:56.67 ID:zCzmOdzU0
二人は海岸沿いまでやって来た。海の緩急は穏やかで、海鳥が群を成して潮風に揺られている。
今日はクーが釣りをしていそうだ。前に彼女が釣りをしていた地点まで来て確認すると、やはり居た。
クーがガダバウトチェアに腰を下ろして釣り糸を垂らしている。ヒートに続き、彼女の服装も凄い。
赤と白のゴシックドレスである。側頭部の黒々とした髪には、赤色の紐が長いリボンが結われている。

彼女の背後にはドクオが立っている。
ドクオは、まるで彼女のたわわに実った乳房を揉まんとして、両手をわきわきとさせている。危ない。

(;^ω^)「おいおいおいおいおい! ドクオ! 貴様、何をしようとしているのだお!?」

慌ててブーンが防波堤越しに叫ぶと、ドクオは手を引っ込めて、クーが振り向く前にシートに座った。
無味乾燥な顔付きをしている癖に恐ろしい男だ。思うブーンに先んじて、デレが防波堤を乗り越えた。

ζ(゚ー゚*ζ「クーさん。お久しぶりですのー」

川 ゚ -゚)「お前達は、あれか。どうしても静かな登場をしたくないらしいな。魚が逃げるだろう。
     良いか。今後、私に近付く時は足音を立てずに来たまえ。それでも、私は気付くから」

と仰られるクーだが、魚を釣った事は一度もない。海の端っこで泳ぐ酔狂な魚は、稀有な存在である。
極小の釣り針にかかるほど成長をした魚は、大海を知ったものだけだ。どこか、社会にも似ている。
ありとあらゆる美味しい話には注意をしましょう。デレはクーの横に立って、澄んだ海面を覗いた。



72: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:08:43.93 ID:zCzmOdzU0
ζ(゚ー゚*ζ「わあ! 綺麗! あたしの顔がはっきりと映っていますの!」

海面には自分とクーの姿が映っている。・・・彼女は、ドクオが胸を狙っていた事を知っていたはずだ。
ぎりぎりで止める気だったのだろうか。それとも、沈黙したまま彼に身を任せる気だったのだろうか。
他人の恋にお節介を焼きたがるデレは、後者の脳内の意見に勝手に納得をして、その場で屈み込んだ。

ζ(゚ー゚*ζ「クーさんは、ドクオさんと仲良くしていますの?」

間に敷かれた一線を越えようとする恋! なんて素晴らしいのでしょう! デレの胸が暖かくなる。
ついでに首より上の部分もあたたかい。クーは彼女には一瞥もくれずに、その特有の冷淡な声を出す。

川 ゚ -゚)「・・・仲良く? どうして、ただの下僕と手を取り合ってはしゃがねばならないのだ。
     ドクオは単なる便利屋だよ。私の為に齷齪(あくせく)と働き、永久の生を消費すれば良い」

('A`)「その通りです。俺は、クー様の意のままに扱われれば良いのです。ロボットなのです」

川 ゚ -゚)「よく分かっているね。いやはや。私に仕えられる君は、他には類を見ない幸せ者だよ」

クーのこういうところがブーンと似ている。二人が付き合えば、お似合いなのだろうが無理な話だ。
デレの存在がたまに疎ましくなる彼女は、気色ばみ行く感情を隠すように、口の中で歯を噛み締めた。



74: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:10:21.49 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「クーは、いつも偉そうだね。その内、周りの人間が離れて行ってしまいかねないお」

川 ゚ -゚)「お前が云うな」

('A`)「お前が言うな」

( ^ω^)「・・・・・・ドクオは黙れお」

('A`) ナンノモンダイデスカ?

デレは三人の楽しそうなやり取りに嫣然となって、腰を上げた。そして、クーとドクオへと訊ねる。

ζ(゚ー゚*ζ「お二人はリードが繋がったままのビーグル犬を見かけませんでしたか?
      あたし達は、そのわんちゃんの行方を探しているのです。探偵のお仕事ですの」

クーがドクオに、ちらりと目線を合わせて小さく頷いた。そうして、顔を戻すと彼女はほくそ笑んだ。

川 ゚ -゚)「くくく。内藤の探偵事務所は大した事件を追っているみたいだな。迷い犬探し、とはね。
     ビーグル犬。先程、私が菓子をくれてやった所だ。港の方向へとぼとぼと歩いて行ったぞ」

('A`)「そんなに時間は経っていない。十五分程だ。今すぐ行けば、必ずや追い付くだろう」



75: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:11:37.12 ID:zCzmOdzU0
貴重な情報だった。クドリャフカの足跡は正しかったのである。ブーンとデレは顔を見合わせる。
現在から十五分前にここに来たのならば、ビーグルは遠くへは行っていない。ブーンが礼を述べる。

( ^ω^)「サンクスだお。僕達は港へと向かうことにする。ああ。君達にも訊いておこう」

ブーンが、クーとドクオにも佐藤と渡辺の行方を尋ねたが、二人は同様に「知らない」と答えた。
本当に、彼女らはビップに居るのだろうか。悄然とした気持ちになりつつも、ブーンは再度礼を言う。
別れ際。クーは釣竿を地面に置いて、鹿爪らしい顔で彼を見上げ、淡々とした口調で言葉を紡いだ。

川 ゚ -゚)「近頃、街の様子が奇妙だ。何が奇妙かは知られないが、間違いなく変調をきたしている。
     君達が追っている影共の仕業かもしれない。重々、気を付けて慎重に調査をする事だ」

「何事も命在っての物種」。クーは言い終えて、ドクオに鞄から弁当箱を出させ、昼食を摂り始めた。
ブーンとデレは、二人と別れた。港へと足を運ぶ。港は、ここから凡そ二十分歩いたところにある。
歩道を往く二人と一匹の側を、一台の軽トラックが駆け抜けた。デレは排気ガスに巻かれて咳き込む。

ζ(>、<*ζ「けほけほ。車通りが増えて来ましたの。きっと、港が近いのです」

( ^ω^)「大丈夫かお。あと数分だお。以前、僕はフェリーに乗ったことがあるから覚えている」



77: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:12:36.58 ID:zCzmOdzU0
やがて、ブーン達は港に到着する。連絡船で別な街に旅行するのではない。付近に居る犬を探すのだ。
綺麗に舗装された地面にブーンが立った。大きな建物の向こう側に、塗装が剥げた輸送船が見える。
ビップの住人は閉鎖的ゆえ、船に乗る事はほとんどない。なので、港は工業地帯として機能している。

少し離れた場所に、倉庫などが建ち並んでいる。見事に景観を汚しているが、港は必要不可欠である。
ビップの人々が生活する為の必需品が、他都市から運ばれて来るのだから。綺麗事は言っていられない。
全てが流麗に整った街なんて存在しない。ブーンは青空を仰いで、深呼吸をした。仄かに煙臭かった。

( ^ω^)「ここら一帯は空気が汚れているね。まあ、仕方のないことだけれど」

ζ(゚ー゚*ζ「ですの。汚れた風景の中で、美しさを見出すのもまたまた乙なのです」

(U^ω^) わんわんお。

不意にクドリャフカが前足をじたばたとさせて空を掻き、ブーンのリードを握っている手を引っ張った。
もしかして、ビーグルを見付けたのか。ブーンは飼い犬の好きなようにさせて、その場から移動した。
港の駐車場を出て、また歩道を進む。道路を走るのはトラックばかりで、人間は彼ら以外には居ない。



79: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:13:43.76 ID:zCzmOdzU0
(U^ω^) わんわんお。

クドリャフカは、とある会社の前で足を止めた。固く閉ざされた門の向こうには、瓦礫の山が窺える。
潔癖症なブーンは、思わず「うっ」と眉をひそめたがしかし、足を踏み入れないわけにはいかない。
門柱からは看板が外されていて、作業員の姿がない。どうやら、この会社は閉鎖をしているようだ。

ζ(゚、゚*ζ「あれは」

( ^ω^)「お。柵に穴が開いているお」

敷地を囲っている柵に破れた箇所がある。それは大人一人が潜り抜けられるくらいの大きさである。
ここからビーグルは侵入したのか。彼が意を決して穴に通ろうとすると、土埃が付着してしまった。
南無三宝! 敷地内に入ったブーンが神経質にスーツを掃っていると、遅れてデレもやって来た。

ζ(゚、゚*ζ「あらら。ブーンさんのお気に入りのスーツなのに」

(;´ω`)「もう最悪。このスーツはクリーニングに出すとするお。捨てても良いけれど・・・」

気落ちしているブーンの背中を、デレが優しく撫でる。そうしていると、遠くから鐘の音が鳴り響いた。
正午になり、時計塔が鐘を鳴らせたのだ。さっさとビーグルを捕まえて、街に昼食を食べに行こう。
気持ちを切り替え、ブーンは瓦礫の山を見回す。ここだけ崩壊した未来の地球の光景のようである。



81: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:14:55.53 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「よしよし。我が家の天才犬クドリャフカ(仮)。もう少しだから、頑張るのだお」

(U^ω^) わんわんお。 (土煙が酷くて、私にはもう区別がつかんよ)

「やれやれ」。クドリャフカが主人の肩を竦める仕草を真似ようとするが、彼女は犬なので無理だった。
出鱈目にやってしまえ。犬の気持ちを覚れないブーンはリードを離し、飼い犬のあとについて行く。
液晶が粉々に割れたテレビや錆びた自転車など、沢山の廃棄物が積まれた敷地内をブーン達が進む。

( ^ω^)(早くここから出たいお・・・。このような場所は、清楚な僕が来るところではない)

街に下りる機会が増え、体力がつき始めたブーンだが、やはり自身が汚れる事は嫌いなのだった。
嫌々、ブーンはゴミに視線を向けて注意深くビーグルを探している。その時、ガタリと音が聞こえた。
ブーンとデレが立ち止まる。今しがた物音がした方向に顔を遣ると、何者かの気配を感じ取った。

瓦礫の角から影が伸びている。四肢を地面につけた、小さな影。きっとビーグルだ。ブーンは走った。
左に折れて、彼は両手を広げた。数メートル先に驚いた様子の、茶色の毛並みを持つ小型犬が居る。
ブーンがじりじりと、犬との距離を詰めていく。あと少し。彼はビーグルの両脇へと両手を伸ばした。

( ^ω^)「え」



84: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:16:25.31 ID:zCzmOdzU0
一刹那。

ブーンには自分を襲った事態が把握出来なかった。目の前に白光を放つ拳大の球が浮かんでいる。
緩やかな丸みがある光球。二十一グラムを、身体に宿している人間から零れ落ちるという記憶の欠片。
何故、ここに。影と対峙していないではないか。それは彼の眼球を焼かんとする眩い光を放った。
後続のデレとクドリャフカも巻き込まれる。一同の意識が遠くなる。――――心の旅をするのである。




▼・ェ・▼ きゃんきゃん!

 渡辺が、小さな犬を抱き上げている。彼女の側には、紫色の布に包んだ日本刀を持つ佐藤が居る。
 場所はブーン達が訪れている残骸が山となった敷地内である。時間はブーン達が来る十分ほど前だ。

从'ー'从『ほら。首輪がある。君には、家族が居るんだね。早く、帰った方が良いよ』

 言葉を詰まらせながら言って、渡辺はビーグルを地面に下ろした。だが、お座りをして動かない。
 彼女は可愛らしい所作で頬を掻いて、佐藤へと視線を遣り、『んんんん』と低い唸り声を出した。

从'ー'从『困ったねえ。私は、こんな可愛い犬まで、手をかけなければならない』

リl|゚ -゚ノlリ『・・・・・・やめる?』



85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:17:31.91 ID:zCzmOdzU0
 佐藤が尋ねると、渡辺は首を横に振った。否定をしたのだ。渡辺は両腕を開き、徐に口を開く。

从'ー'从『意志は変わらないよ。私は、この街を起点にして、全世界の時間を、滅茶苦茶にする。
      現在と過去の、融合。過去に死んだ大犯罪者が蘇る。戦争が起こる。爆弾が落とされる。
      ・・・著しい環境の変化に、人間はついていけなくなる。そして、ゆくゆくは死滅する』

リl|゚ -゚ノlリ『それから、渡辺はどうするの?』

从'ー'从『私は・・・・・・』

 乱れきった世界に佇む自らを想像して、渡辺は黙った。彼女はずきずきと頭痛のする頭を押さえる。

从'−'从『分かんないよ。そんな事。やめて。訊かないで。私は考えると、頭が痛くなるの』

 激しい頭痛を感じた渡辺は、片方の手も頭へと遣って、とうとうその場に座り込んでしまった。
 ぎりぎりと上下の歯を噛み締めて、異常者のそれに似た表情をしている。彼女の精神は劫火にある。
 不様にも透明な涎を地面へと垂らす渡辺の側で、佐藤が両膝を曲げて屈み、彼女の肩に手を置いた。

リl|゚ -゚ノlリ『行こう。いつかの青年が来たみたい。』

从 − 从『・・・・・・うん。もうすぐ、私の呪縛は、その波紋を広げる』”



87: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:18:37.68 ID:zCzmOdzU0
意識が水面へと浮かび上がり、ブーン達は目を開けた。佐藤か渡辺、どちらかの記憶を見たのである。
数分前まで少女達は、ここに居た。ブーンとデレは驚きを隠せない。緊張した面持ちで、デレが言う。

ζ(゚、゚*ζ「彼女達は、やはり時間を弄くるつもりです。これは特級に憂慮すべき事態ですの。
       もしも現在と過去がごちゃ混ぜになれば、渡辺さんの言う通り滅茶苦茶になります」

大変な事だ。人類が死滅するまではいかないかもしれないが、大事件が起こるのには間違いがない。
渡辺を、無残にも朽ち果てた世界に立たせてはいけない。未来はとても輝かしいものであるべきだ。

( ^ω^)「・・・・・・うむ。速やかに彼女達を捕まえて、鎮まらせなければならないお」

ζ(゚、゚*ζ「それと一つ思ったのですが、少女達のどちらかは、個人ではない可能性が高いです。
      以前、言いましたが影には二種類あります。一つの思念のみで成り立っているものと、
      たくさんの思念が集まったもの。通常、前者が強力なのですが、異なる場合もあります」

( ^ω^)「と、言うと?」

ζ(゚、゚*ζ「たくさんの“強力な”思念が積み重なっている場合は、その定義に当てはまりません。
       ・・・病院にも記憶の欠片がありました。普通、影となったあとの記憶は零れないのです。
       イレギュラー。恐らく、制御が利かないほどの力を持ってしまっているのでしょう。
       そしてその力の持ち主は、憶測で言えば渡辺さんです。彼女は喋るのが困難なようです。
       数多の思念が集まっている所為で、精神に個人個人の住処がある。多重人格に類している」



93: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:21:40.49 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「なるほど」

確かに、渡辺は言葉を出すのに苦労していた。心の欠片の中だけではなく、数ヶ月前の農業公園でも。
強力な影共が集まって出来た一つの影。渡辺を鎮まらすのは至難の業だろう。だが、ブーンは退かぬ。

( ^ω^)「・・・・・・ふん。どのような影だって、僕が本来に在るべき場所にきちんと帰してやるお。
       モナーにビーグルを届けたあと、邸で作戦会議をするお。彼女達は、確実に街に居る」

静かな口調で語って、ブーンは足元を見た。クドリャフカとビーグルが仲良くお座りをしている。
ブーンはビーグルのリードを、デレはクドリャフカのリードを握って、矮小な瓦礫の街をあとにした。

念の為、付近を探索したが、佐藤と渡辺の姿はなかった。ブーン達の存在に気付いていたようなので、
すぐさま行方をくらませたのだろう。今回の依頼を無事にこなした探偵は、ビップへと帰路についた。

( ´∀`)「おおおお坊ちゃま! ありがとう御座いますモナー。孫も、さぞや喜ぶ事でしょう」

ブーン達がモナー邸に着くと、モナーは大いに喜んだ。探偵として二度目の仕事が完了したのである。
ビーグルをモナーに渡すと、彼は二人を邸の中へと招きいれようとした。しかし、ブーンは断った。
これから、ブーン達は内藤邸にて仕事がある。モナーは存外しょげ返った様子で、車の扉を開けた。



95: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:22:50.68 ID:zCzmOdzU0
( ´∀`)「残念ですモナー。もっとお話をしたかったのですが」

( ^ω^)「すまないね。また来るお。・・・ツンは先に邸に帰ったのかお?」

( ´∀`)「はい。買い物をお済ましになられたあと、僕がお邸までお嬢様を送りしましたモナー」

( ^ω^)「気が利くね。ツンが街に下りる度、屑な男が近寄らないか心配で堪らないのだお」

ブーンとデレは黒塗りの高級車の後部座席に乗る。モナーが運転席に座って、鍵穴にキーを差し込む。
キーを回すとエンジンがかかる。ゆっくりと車が進み出す。因みに、書き手は車を運転した事がない。
飲酒運転をしていた車に轢き殺されかけたからである。飲酒運転をする奴らは消え去るが良い・・・!

( ´∀`)「今日は本当にありがとう御座いました。馬鹿な依頼だったと思いますモナー」

( ^ω^)「孫が大切にしている飼い犬なのだろう。まったく馬鹿なことではないお」

( ´∀`)「お坊ちゃん・・・・・・」

立派に成長したブーンにモナーは感動して、ハンドルの操作が疎かになりかけた。やべえ。やべえ。
ブーンは窓から街並を眺めている。淡い光が射す中を、それぞれ洋服を着た人々が行き交っている。
この平和な光景を、佐藤と渡辺は壊そうと言うのか。蛮行。ブーンは少女達を止める決意を固める。



96: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:24:33.12 ID:zCzmOdzU0
( ´∀`)「そういえば、もうすぐ時計塔祭ですモナー」

前方の車の流れに注意を払いながら、モナーが言った。ブーンが顔を前に戻す。

( ^ω^)「時計塔祭?」

( ´∀`)「時計塔の建立を祝う記念日ですモナー。まあ言っても、別段何もしないのですが。
      ああ。そうそう。四月三日のその日だけは、深夜の零時にも鐘を響かせるのです」

( ^ω^)「迷惑なこと甚だしいね! 毎日の、正午の音だけでもうるさいというのに」

ζ(゚ー゚*ζ「えー。素敵じゃありませんか。ブーンさんは情緒や風情がありませんの」

( ´∀`)「・・・ブーン、さん?」

( ^ω^)「モナーは気にしないで良い。安全な運転だけを心がけてくれたまえお」

ブーンは自身のあだ名が大嫌いである。ブーンはモナーに運転の指図をして、腕を組んで目を閉じた。
春の風景を車が駆ける。ブーンは車の振動に身体を委ねて、内藤邸まで浅い睡眠に就いたのだった。



97: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:26:12.87 ID:zCzmOdzU0
ξ゚听)ξ「お兄様。お帰りなさい」

ブーンが玄関ホールに入ると、ツンが出迎えてくれた。彼女の手には掃除機の取っ手が握られている。
そういえば、父親の部屋を片付けているのだった。情緒纏綿の妹の頬に、ブーンが口付けようとする。

ξ;゚听)ξ「きゃあああああああああ!!」

しかし、鼓膜を突き破るような叫び声を上げて、ツンは逃げてしまった。何がいけなかったのか。
妹は、僕のことが大好きなはずだろう。ブーンが首を捻っていると、デレが横からたしなめる。

ζ(゚ー゚*ζ「ダメですよ。ツンさんは掃除中なのですから」

( ^ω^)「・・・そうか! ツンは掃除で汚れた身体を、兄に触らせたくないから逃げたのだお!」

自分勝手に都合の良い解釈をして、ブーンは食堂に入る。食事をしながら鳩首会議をするのである。
キッチンには、シワがなくサランラップがされたサンドイッチを載せた皿が、二枚置かれていた。
ブーンはその皿を食堂へと運び、デレはペーパードリップでコーヒーを淹れる。二人の昼食が始まる。



98: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:28:20.01 ID:zCzmOdzU0
ζ(゚ー゚;ζ「ペーパードリップは難しくて。ちょっと薄くなっているかもしれません」

( ^ω^)「デレが淹れたものなら、何でも構わないお。それでは、頂くとするかね」

ブーンはコーヒーを少しだけ啜った。確かに、薄口ではあったが飲めないというほどではない。
次にサンドイッチを食べる。美味しい。舌鼓を打つブーンに、デレが早速に少女達の話題を振る。

ζ(゚、゚*ζ「渡辺さんの心の欠片のことですが、もしかすると、いつもと具合が違うかもしれません」

( ^ω^)「どういう風に違うのだお?」

ζ(゚、゚*ζ「彼女の魂は正気を失っています。尚且つ強い。だから、追憶があたし達を引き込むかも。
       その狂った記憶の世界に、あたし達は立つのです。とは言っても、きちんと出られます。
       記憶には変わりがないので、終わりがあります。あたし達に五感が存在するだけです」

( ^ω^)「ふうん。つまり、僕達は渡辺の記憶の中を歩けるのだね」

ζ(゚ー゚*ζ「そうですの。本人が覚えている限りの記憶ですので、範囲は狭いですけれどね」



99: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:30:01.18 ID:zCzmOdzU0
デレの話をまとめると、渡辺は強力で複数の影が居る為に、二十一グラムが零れ易い性質らしい。
その零れた記憶の世界では、一定範囲を移動が出来る。通常の視るだけの行為に他の感覚も備わる。

この世に完全というものはない。どこかで歯車が欠けていて、そこを代用品で取り繕っているだけだ。
その代用品が歯車の代わりをして世界を美しく見せてはいるが、若干の衝撃を加えれば壊れてしまう。
渡辺の場合、多重の人格がそれに相当するだろう。熾烈の空間の内部に、脆い弱点が隠されている。
一見強力で強烈に思えるが、付け入る隙は多分にある。

ζ(゚、゚*ζ「複数の思念を持つ影は、同じベクトルの恨みを抱く影が寄り添い、集まっています。
       つまるところ、あたし達が一つでも解を手に入れれば、退治は難しくはないのですの」

( ^ω^)「十把一絡げに出来るのだね」

いける。ブーンは思った。影達は安っぽく言えば最強ではあるが、簡単な方法で鎮まらせられる。
クーのときは自分自身が鍵だった。ヒートは私小説の中に弱さを表していた。そして後悔もしていた。
夢の世界に住んでいたトソンは、夫が書き残した手紙である。ミセリは、あれは気丈な少女だった。
自ら天国へと向かった。とにかく、頭脳を機敏に働かせれば勝ち目はある。ブーンは指を鳴らした。

( ^ω^)「いいね! 僕達が少女達を得仏させるのだお! だから、二人を見付けねばならん」

ζ(゚ー゚*ζ「はいですの! あたし達が力を合わせれば、どんなことだって出来ちゃいますの!
       明日はクーさんのお邸に行きましょう。少女達の記憶が残されているかもしれませんの」



100: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:32:30.63 ID:zCzmOdzU0
ブーンはサンドイッチを食べ終え、コーヒーを飲み干した。話が弾んだあとの食事は絶品である。
膨らんだ腹を彼が撫でていると、電話の呼び出し音がリビングから聞こえてきた。すぐに途切れる。
ツンが受話器を取ったのだ。きっと、ショボンだ。クーには先ほど会ったし、彼くらいしか居ない。

貸した本を早く返せ、と催促の電話を入れたのだ。ツンが食堂に入って来た。彼女はブーンに近寄り、
耳元で伝言をした。それは、ブーンにとっては予期していなかった言葉で、瞬時に顔を険しくさせた。

( ^ω^)「・・・親父が?」

ξ゚听)ξ「そうです。お兄様に替わるように、と」

ζ(゚、゚*ζ「?」

デレは絶対零度の凍てついた空気を感じ取った。ブーンが食堂から出て、リビングへと走って行った。
食堂に残されたツンとデレは、扉の方に顔を向けている。ゆっくりとデレが腰を上げて彼女に訊ねた。

ζ(゚、゚*ζ「ブーンさん。どうしたんですの?」

ξ゚听)ξ「貴女は知らなかったかしら。お兄様はお父様が嫌いなのよ」



102: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:33:38.27 ID:zCzmOdzU0
ブーンが父親を嫌っているのは知っていたが、あのように険悪になるまで嫌いだとは思わなかった。
電話を終えたら意気消沈している事だろう。あたしが慰めてあげよう。デレが思うがツンは云う。

ξ゚听)ξ「デレは帰ってきたお兄様を慰めようとするのだろうけど、やめておいた方が良いわ。
       お父様と会話をしたあとのお兄様は恐いもの。私にでさえ、厳しくあたるんだから」

ζ(゚、゚*ζ「でもでも・・・」

ξ゚听)ξ「円滑な関係でいたいのなら、私の言う事を聞きなさい。明日になれば機嫌は直っているわ」

しばらくしてブーンが帰ってきた。彼は二人には視線を遣らずに、苛立った感じで椅子に座った。
ツンは忠告したが、やはりデレには妻としての務めがある。彼の隣に寄って、優しく肩を揺すった。

ζ(゚ー゚*ζ「ねえねえ。ブーンさん。大丈夫ですの? あたしが相談に乗って差し上げますの!」

( ^ω^)「・・・・・・別にいらないお。デレはどこかに行っててくれお」

信じられない言葉だった。いつ如何なるときでも大切にしてくれていたのに、初めて突き放された。
自分はブーンの妻としての器がないのだろうか。デレは沈痛な面持ちで、食堂から去ってしまった。



104: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:35:01.53 ID:zCzmOdzU0
食堂に沈黙が流れる。且つ空気がピリピリとしている。ブーンの様子に、ツンはため息を漏らした。

ξ--)ξ「お兄様。酷いんじゃないですか。デレはお兄様の事を想っているのですよ」

( ^ω^)「うるさいお。ツンも掃除の続きをしていたまえお。一人にさせてくれお」

ξ゚听)ξ「いいえ。私はデレみたく退きませんわ。また跡継ぎの件を話されたのですね」

( ^ω^)(・・・・・・)

ブーンは、父親が経営する会社に後継者として誘われている。内藤家の長男にはその資格がある。
他に有能な人物は居て、同族経営を反対されているが、父親はやはり息子を役職に迎えたがっている。
何も知らない人間からすれば羨ましい境遇だが、彼は頑なに断っている。父親のようになりたくない。

家庭を顧みなかった父親がブーンは大嫌いである。そして、自分には会社を経営する素質などない。
不遜な性格をしているブーンではあるが、自身の能力くらいは把握をしている。使い物にならない。
父親には一生敵わないと思っている。彼は悔しさから、デレやツンにきつくあたってしまったのだ。

ξ--)ξ「はあ。良ろしいですわ。私は掃除をしています、頭が冷めたら、デレに謝って下さいね」

ブーンが無言になったので、ツンは掃除を再開した。太陽が雲に隠れて薄暗くなった、昼の事だった。



105: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:36:14.03 ID:zCzmOdzU0
―3― 同日 午後十五時 時計塔屋上

ζ(>、<*ζ「ブーンさんはきっと、あたしがお嫌いなんですの。あんなに愛していたのに」

lw´‐ _‐ノv「ふうん。それはとても良かったね。あ。ちょっと、そこのお茶を取ってよ」

デレが、時計塔の屋上の片隅にある小屋で愚痴っている。シューは安楽椅子に座って本を読んでいる。
その昔、この小屋には時計塔を設計した人間が住んでいたという。一般的な洋室で、広くはない。
屋根の下に小屋は建っているので室内は暗い。床に沢山の本が積まれたここでシューは暮らしている。
夫婦喧嘩なんて聞いてはいられない。マイペースなシューは、ペットボトルのお茶で喉を潤した。

lw´‐ _‐ノv「私は日本生まれだから、お茶に限るね。紅茶? コーヒー? 何それ飲み物なの?」

飲み物です。朱点(しゅてん)愁という本名を持つシューは、ペットボトルを書物の塔の頂へと置いた。
すると、ぐらりと本の塔は揺れて崩れ去った。バベルの塔のようだ。それでもシューは気にしない。
神は大らかなのだ。だがしかし、床に腰を下ろしていた市民は違う。デレは本を片付けようとする。

ζ(゚、゚*ζ「シューちゃんは、昔から細かいことを気にしなさ過ぎですの」

lw´‐ _‐ノv「いやいや。私の神経は繊細だよ。腕時計の針の数秒のズレを許せないくらいにね」



108: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:37:20.33 ID:zCzmOdzU0
シューは本を閉じて、銀色の腕時計をした右腕を振った。へその辺りにあるタストヴァンが煌く。
彼女はソムリエではない。ただ格好が良いから、という理由からタストヴァンを首に掛けている。

lw´‐ _‐ノv「近頃、時間がおかしい。時間が過ぎるのが早いと感じたり、又は遅く感じたりする。
       十度くらいなら思い過ごしだろうけれど、何十回も感じたらそれは気の所為ではない。
       デレはこの前此処に来た時、二人の影が時間を弄くろうとしている、と言っていたね。
       もしかすると、彼女らの術が始まっているのかもしれない。さて。どうなる物やら」

ζ(゚、゚*ζ「・・・・・・」

デレにも心当たりがあった。今朝、邸の二階で本を読んでいるとき、時間の経過がやけに早く感じた。
少女達の呪いは既に始まっている? それなら急がねばならないが、デレは内藤邸を飛び出している。
すぐに邸に戻りたいがしかし、ブーンからまた冷たい言葉を吐かれるのでは、とデレは恐ろしくなった。
それに彼女は、夫に対して珍しく多少の怒りを覚えている。悪い事をしていないのに、突き放された。

ζ(゚、゚*ζ「シューちゃん、久しぶりにあたしと組みませんの。由々しき事態ですの」

シューは本を閉じ、自身の周辺に無造作に置いてデレを指差した。デレも彼女の横で同じように返す。

lw´‐ _‐ノv9m「探偵ごっこだね」
m9ζ(゚ー゚*ζ「探偵をするんですの」



109: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:38:17.66 ID:zCzmOdzU0
デレとシューは腕を下ろした。二人はビップに流れ着くまでは、コンビを組んで影を退治して来た。
シューが相手の影の出生を調べ、シューが影と対峙し、シューが影を鎮まらせる。良いコンビである。
クーのときも、シューが彼女の生い立ちを下調べしている。彼女はマイペースながら慎重派なのだ。

ζ(>ε<*ζ「ごっこ遊びじゃないですの! 小説のように、本格的な探偵のお仕事です!」

lw´‐ _‐ノv「うん。そうだね。それで、デレは二人の影についてどれだけ把握しているの?
       君は私の知らない事を知っている。私に聞かせれば、君の知らない事も分かるかも」

デレは今まで調査して来た事を、全てシューに聞かせた。佐藤と渡辺が影を起こし回っていること。
どうやら、渡辺が危険な存在らしいこと。渡辺の記憶の断片が、ぼろぼろと零れ落ちていること。
凡そのこれまでの話を、シューは知った。彼女は安楽椅子の背もたれに、深く背を埋めて脚を組んだ。
煙管でも口にくわえていれば、名探偵さながらである。彼女は屋上の地面が見える窓へと視線を注ぐ。

lw´‐ _‐ノv「デレは、旦那と二人の影が立ち寄った場所へと足を運ぶ予定だった。そうだね?」

ζ(゚ー゚*ζ「はいですの。須名邸と、ヒートさんが少女達に出会った場所。それと、一応病院も」

lw´‐ _‐ノv「・・・茂良邸は? そいつらは、トソン夫人も起こしたのだろう? 何故行かない」



112: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:42:26.81 ID:zCzmOdzU0
シューは糸のように細い両目を少しだけ開けて、デレに顔を向けた。デレはほっぺたを掻く。

ζ(゚、゚*ζ「それが、場所が分からないんですの。あたし達が迷い込んだ邸は力の効果が切れて、
       元の場所へと戻ったと考えます。トソンさんの本来の邸は世界のどこにあるのでしょう」

lw´‐ _‐ノv「いいや。もっと考えるんだ。何かの点と点が存在して、それは一本の線で繋がるはず」

ζ(゚、゚;ζ「と、言われましても・・・」

茂良邸が建っている場所は、デレは知らない。あそこに迷い込んだとき、使用人に尋ねれば良かった。
放火事件になっているのだから、記録を調べれば所在が判明するのかもしれないが、時間がかかる。

デレは腕を組んだ。茂良邸に関係する全ての人間の顔を思い出す。茂良夫妻、影となった使用人達。
そして、夢の中にて働いていたロボット達・・・・・・。「あ」。デレは素っ頓狂な声を出し、手を叩いた。

ζ(゚、゚*ζ「茂良邸の使用人の中に、この街と関係する人物が居ます。キューさん。双子の姉です
       彼女は火事で亡くなりましたけど、彼女の妹がビップの病院に勤務していたようです」

lw´‐ _‐ノv「その通りだよ。世界とは不思議と狭い物でね。意外な所で繋がっている場合がある。
       キュートだったっけ。病院は潰れているらしいが、関係者に当たれば見付かるだろう」



113: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:43:50.94 ID:zCzmOdzU0
デレとシューはコンビを組んで動き始めた。まず東ビップ病院で勤務をしていた人間を探し出すため、
現在、ビップにて開院をしている医師から元患者の振りをして訊ねた。ビップという街は広くはない。

縦横の繋がりがあってもおかしくはない。一人目に当たった医師が元院長の所在を知っていたのは、
幸いだったと言えよう。シューは元院長に電話をして、「都会からビップに戻ってきたのですが、
昔世話になったキュートさんにお礼を言いたくて、所在を知りたいのです」とまた元患者を装って、
キュートの電話番号と住所を聞き出した。現在彼女は、街のアパートで一人暮らしをしているようだ。
電話をして許可を貰ってから、二人は彼女の住居へと赴いた。夕刻。二人はアパートの前に立った。

ζ(゚ー゚*ζ「さすがはシューちゃん。演じるのがお上手ですの。あたしでは、そうはいきません」

lw´‐ _‐ノv「はっはっは。さあ。私は再び元患者の振りをする。デレはその付き添いだね。
       それとなくキュートの姉の話題へと逸らして、巧みに茂良邸の住所を突き止める」

ζ(゚、゚*ζ「上手く行きますでしょうか?」

lw´‐ _‐ノv「上手く行くようにするのさ」

「まあ、君はじっとしていたまえ」。シューは言って、街の片隅にあるアパートに足を踏み入れた。
アパートは外観が汚れていたが、内部も荒れていた。石造りの地面には、チラシが散らばっている。
家賃が安い建物である。二人は階段を昇り、キュートの部屋の前にたどり着く。インターホンがない。
シューが木製の扉を数回ノックすると、ガチャリと扉が開いた。女性が扉の隙間から顔を覗かせる。



114: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:45:26.89 ID:zCzmOdzU0
o川*゚ー゚)o 「さっき電話をくれた人ね」

キュートの声は、デレが病院で記憶で聞いたときと著しく変わっている。がらがらとして嗄れている。
彼女からはアルコールの臭いがする。恐らく、アルコールの呑み過ぎで声帯が潰れてしまったのだろう。
服装もジーンズにスポーツブラとだらしのない格好だ。彼女は荒れた人間だと、二人はすぐに察した。
まったく化粧をしていない顔を上下に動かして、彼女はシューの爪先から頭の頂点までねめまわした。

o川*゚ー゚)o 「ふうん。まあ、良いか。部屋の中は散らかっているけど、どうぞ」

キュートはシュー達を部屋の中へと通した。キュートが言った通り、床には本やゴミが散乱している。
二人は彼女に勧められ、黒ずんだ灰色のソファに座る。キュートは台所からビール缶を三本持ってきた。
その内二本をシュー達に差し出して、彼女は二人の前のソファに腰を下ろした。プルタブを開ける。

o川*゚ー゚)o 「私の家には、紅茶などの気品がある飲み物はないのだよ! アルコールしかないの」

呂律を怪しくさせて言って、キュートはビールを一気に飲み干した。「ふう」、と彼女は悦に入る。

o川*゚ー゚)o 「それで、シューさんは私が看た患者さんだっけ? お礼の品とかはないの?」

きししと悪戯っぽくキュートは笑う。シューは、持って来ていた包装された菓子折りを渡そうとする。



116: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:46:23.98 ID:zCzmOdzU0
lw´‐ _‐ノv「その節は、お世話になりました。つまらない物ですが、どうぞ」

しかし、キュートは受け取ろうとしなかった。彼女は身体を丸めて、膝に肘を置いて頬杖をついた。

o川*゚ー゚)o 「嘘を吐け。私はプライドを持って仕事をしていた。患者さんの顔は全て覚えているの。
        本当は何の用事があって、私のアパートを訪ねたの? 私は正直な人が好きだなあ」

空になったビール缶をゆらゆらと揺らせる。キュートにはシューの演技が見抜かれているのであった。
不安になったデレが、シューの服を軽く引っ張る。シューは「ううん」と弱った顔で菓子箱を戻した。

lw´‐ _‐ノv「いやはや。これはまいっちんぐマチコさん。お姉さんは慧眼の持ち主のようだ。
       実は、私は探偵をしているのです。隣は助手のデレです。あまり使えませんけど。
       キュートさんの、姉上であるキューさんが仕えていた邸。そこを探しているのです。
       とある事件が発生していまして、私達は早急に茂良邸を見付け出さねばなりません」

o川*゚ー゚)o 「とある事件?」

lw´‐ _‐ノv「・・・・・・」

シューは黙して語らなかった。事件の詳細を知ってしまえば、キュートは味方をしてくれるだろうが、
同時に影の存在も知ることになる。頑なに口を閉ざす彼女を見て、キュートは右足をソファに乗せる。



117: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:47:35.50 ID:zCzmOdzU0
o川*゚ー゚)o 「・・・・・・私の姉ね。あいつが死んでからというもの、私の人生は滑り落ちる一方よ。
       学校は留年するし、病院が潰れて職を失ったし、再就職しても上手く行かなかった。
       結婚をして、ようやく落ち着くのかと思ったら、浮気をされて別れる破目になったし。
       きっと、姉が呪っているのよ。ずっと邪険に扱っていたしね。人生も短かった・・・」

キュートはシューの分のビールを手に取って、それを呑み始めた。先ほどと同様に、一気に空になる。
テーブルに缶が置かれると、上手に立たずに転がった。彼女は酔っ払って夢心地の虚ろな瞳になった。

o川*゚ー゚)o 「本当は姉の事なんて思い出したくなかった。姉の事なんて最近は忘れていたしね。
       ・・・お若い探偵さん。姉が仕事に行った茂良邸は、ラウンジの山間に建っている。
      ちょっと待っていなさい。姉から送られて来た手紙を探して、住所を教えてあげる」

lw´‐ _‐ノv「有り難う御座います」

立ち上がり、キュートは箪笥の引き出しを開いて手紙を探す。シューとデレは安堵の息を漏らした。
彼女は姉の居場所を知っていた。茂良邸へと向かい、渡辺と佐藤の足跡を辿ることが出来るのである。
数分ほどして、キュートは茂良邸の住所を詳細に書き記したメモと、一葉の封筒をシューに手渡した。

lw´‐ _‐ノv「この封筒は何なのでしょうか。薄い封筒だから手紙が収められてるのは確実ですが」



118: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:48:27.96 ID:zCzmOdzU0
o川*゚ー゚)o 「妙な言い回しをする人ね。それは姉宛の手紙が入っているの。決して見ちゃだめよ。
        茂良邸に着いたら、土にでも埋めてちょうだい。姉の呪いが解けるかもしれないしね」

ソファに腰を下ろしたキュートは、楽しそうに笑う。シューとデレには彼女の本心は計れなかった。
それから、彼女から姉の愚痴を聞かされたあと、二人は菓子折りを置いてアパートをあとにした。
キュートはあれからもアルコールを飲み続けた。しかし、いつの日か新しい人生が来る事だろう。

ζ(゚ー゚*ζ「ラウンジは遠いですの。どうやって行きましょうか。影らしく姿を消して飛行機かなあ」

lw´‐ _‐ノv「私達は旅をしている間、よくその手段を取ったよね。だから飽きた。船にしよう」

二人は港へと向かい、フェリーに乗ることにした。二人分の料金を払い、フェリーへと乗船する。
物語にはなるたけリアリティを持たせているが、影達のお金がどこから沸いてくるのかは不明である。
きっと、尋常ならざる力で人々の懐から――ゲフンゲフン! 身分を偽って仕事をしているのだろう。

時刻は、日がすっかりと落ちた午後十九時である。星々が輝く夜空の下で、デレは前部甲板に立った。
彼女は柵に両手を置いて、身を若干乗り出す。船の胴体が、漆黒の海に波を作りながら進んでいる。
遠くでは月が海面に沈み、珈琲に落とされたミルクのように揺らめいている。船が街から離れて行く。



119: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:49:49.33 ID:zCzmOdzU0
少しの間、ビップには帰られない。愛しの旦那様には会えないのだ。デレは泣き出しそうになった。
毎晩、隣にはブーンが居て一緒に眠っている。だけれど、今晩は船室で一人で寝なければならない。
愁腸の念に包まれて、デレの頬に涙が伝った。項垂れていると、突然頬に冷たいものが当てられた。
彼女が吃驚して振り向くと、缶ジュースを突き出したシューが立っていた。彼女はデレに缶を渡す。

lw´‐ _‐ノv「さすがに夜風は冷たいね。温かい飲み物が良かったかな。でも、火傷しちゃうよね」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとうございますの。頂きますです」

デレは缶ジュースを開けて一口飲んだ。グレープフルーツだ。酸っぱさが彼女の口内で弾ける。
シューは彼女と肩を並べて、夜の海の景色を眺める。遥かに明かりが見える。他の船が漂っている。
明日の朝方にはラウンジに到着する。彼女はくるりと身体の向きを変えて、柵に背中を預けた。

lw´‐ _‐ノv「船が到着する港から茂良邸までは結構距離がある。ヒッチハイクをして向かおうか」

ζ(゚ー゚*ζ「はいですの。シューさんの魅力なら、すぐに車が泊まってくれますの」

lw´‐ _‐ノv「そうだと良いんだけれどね。ダメだったら、時間が掛かるけど電車にしよう」



120: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:50:44.53 ID:zCzmOdzU0
ζ(゚ー゚*ζ「ええ。以前に行ったことのある場所ですので、そう迷わないと思いますの」

lw´‐ _‐ノv「そこで迷うのがデレだ。前に見晴らしの良い一本道で迷ってなかったっけ」

ζ(゚、゚*ζ「ひっどおい。あたしは迷子になったことは一度もありませんの」

lw´‐ _‐ノv「どうだかね」

ζ(゚ー゚*ζ「本当ですの! あたしはしっかりとしています。はい。しっかり屋さんなのです」

デレは落ち着いたようで得意の笑顔を溢した。シューは柵から離れて、彼女に背中を向けた。

lw´‐ _‐ノv「じゃあ、私は船室に戻っているから。デレも夜風に当たるのは程々にね」

「心が風邪をひいちゃうからね」とシューは言い残して、船室へと向かって行った。デレが一人になる。
デレは船首に立ち、船が海を掻き分ける様子を眺める。速度は遅いが、着実にラウンジに向かっている。
ああ、明日の今頃は、自分は何をしているんだろう。デレはブーンのことを想いながら、目を閉じた。

ζ(-、-*ζ(早く帰って、ブーンさんと一緒に居たいですの)



121: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:52:05.17 ID:zCzmOdzU0
―4― 四月二日 午後十三時 ショボン書店

( ´ω`)「もう死にたいお。デレが家出をしたのだお。もう死にたいお」

(´・ω・`)「おいおい。傷心ボーイ。仕事の邪魔になるから、泣き言は軒先でやってくれ」

ブーンはスツールに腰を掛けて、古ぼけたレジスターが置かれているカウンターに、顔をつけている。
彼の背中には悲愴が漂っている。昨日。デレは家を出て、そのまま邸には帰って来なかったのだった。
自分がきつく言ってしまったからだ。ブーンの胸中では罪悪感が渦巻き、失意へと昇華されて行く。

( ´ω`)「ああ。愛しのデレ。君はどこに行ったというのだお。僕が悪かったお」

(´・ω・`)(重症だな。こいつは)

横目でブーンを見ていたショボンは、大きく息を漏らして書物の夥しい数の活字へと視線を移した。
書籍のタイトルは“幼年期の終わり”だ。アーサー・C・クラークの長編小説で、SF史上の傑作である。
親友想いなショボンは文字を目で追いながら、ブーンに話し掛ける。いつまでも愚痴られては堪らない。

(´・ω・`)「ヘイ! カレルレン。ずっと泣かれていては、地球に訪れた目的が達成出来ないぜ」



123: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:53:23.22 ID:zCzmOdzU0
( ´ω`)「うるせえお。デレの居ない地球なんて進化しなくても良い。潰れてしまえ」

(´・ω・`)「いや。デレさんは地球上に存在しているし、潰れたらそれこそ会えなくなるんだけど」

( ^ω^)「確かに。今の言葉はナシだお。地球なんて適度に崩壊してしまえ」

ブーンが徐に顔を上げた。昨晩充分に寝ていなかったので、彼の目の下には黒い陰翳が出来ている。
いつも隣に居たデレがどこかに行ってしまったゆえ、一人寝の寂しさに耐えられなかったのである。

( ^ω^)「今日はクーの邸に行く予定だったけど、何だかもうどうでも良くなったお」

(´・ω・`)「須名邸へ? 何をしに行くんだい? まさか昔の女性と縒りを戻そうなんて」

( ^ω^)「バーロー! 僕は探偵なのだお。調査をしに行くつもりだったのだ」

(´・ω・`)「・・・調査?」

( ^ω^)「そうだお。ショボン。君にだけは特別に教えてやる。僕とデレの輝かしい足跡を!」



124: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:54:39.26 ID:zCzmOdzU0
ショボンは、ブーンとデレが影と対峙した話を、あまり聞かされていなかった。十二分に脚色をして、
ブーンは今までの事件を語る。天才的頭脳をいかんなく発揮して、難事件を解決して来たのだと。
それは十四時になるまで続いた。つまり、一時間ほどブーンがショボンに自慢げに話したのだった。

( ^ω^)「――だから僕達は、佐藤と渡辺による悪巧みを止めなければならないのだお!」

(´-ω-`) Zzz

( ^ω^)「・・・聞いてるかお? 聞いてないね! ショボンも長話が好きな癖に」

ブーンがカウンターを右拳で叩き付けると、ショボンはビクリと身体を跳ね上げさせて瞼を開けた。

(´・ω・`)「聞いてるよお。クーさんの邸に、少女達の追憶がないか、探しに行くんでしょう」

夢うつつで聞いていた言葉を必死に手繰り寄せて、一字一句を気を付けながらショボンは答えた。
憶測が異なればブーンが烈火の如く怒るだろう。どうやら正答だったのか、ブーンは力強く頷いた。

( ^ω^)「うむ。けれど、クーの邸だけではない。ヒートが二人に出会った場所も行く。
      ・・・でもね。デレが居なくては、何もやる気が起きないのだお! 死にたいお!」



125: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:55:48.60 ID:zCzmOdzU0
再び、ブーンは顔を突っ伏した。こいつは真剣に駄目だ。ショボンは肩を竦めて、諭すように言った。

(´・ω・`)「君ねえ。もっとどっしりと構えていないと、本当に嫁さんに逃げられてしまうよ。
      ブーンはデレさんの夫なんだから、心が広くないといけない。分かったかい?」

( ^ω^)「・・・・・・む」

のそりと、ブーンは面を上げてショボンを見遣った。彼は痩せ細った頬を弛ませて微笑んでいる。

(´・ω・`)「もしかすると、恐ろしい事になるかもしれないんだろう。僕が暇になってやろう。
      まあ、男と組むなんて厭だと言うのなら、僕は仕事を続けるけど。どうするんだい」

( ^ω^)「ショボン」

ブーンは唸る。デレが帰って来るのを待っていたら、渡辺達が呪縛を行使してしまう恐れがある。
ここは一つ広量なところを示して、ショボンと組んだ方が得策である。ブーンは大親友に感謝をする。

( ^ω^)「・・・よし! 今から須名邸に向かうお! 君は車を運転したまえお。丁寧にね」



126: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:57:07.58 ID:zCzmOdzU0
ブーンはショボンと共に須名邸を目指す。途中、広場の辺りで車を止めさせて時計塔に立ち寄った。
以前、デレが友人は屋上に住んでいると言っていたからだ。人目を気にしながら時計塔の扉を開け、
歯車の軋む音が聞こえる階段を昇って、屋上に出ると小屋があった。小屋の扉は鍵がされていて、
開けることが叶わなかったが、人の気配はなかった。デレはシューとどこかに行っているのだろうか。
落胆した面持ちでブーンは車に戻り、須名邸が建っている山の麓にまでやって来た。車が山道に入る。

(´・ω・`)「クーさんの邸まで、車で行けたっけ?」

( ^ω^)「どうだかね。あんな辺鄙なところに建っているのだから、車道に面しているのでは」

(´・ω・`)「いいや。もしかすると、須名邸の主人は山登りが趣味だったのかもしれないよ」

( ^ω^)「馬鹿なことを。無理なようなら、前みたく農業公園の駐車場に停めれば良い」

(´・ω・`)「また坂道を登る事になるよ」

( ^ω^)「・・・・・・」

もうすぐ二十八歳になる二人の体力は、減少の一途をたどっている。二人の身体はボロボロだ!
ショボンは煙草やアルコールを嗜んでいるので、特にボロボロだ。煙草や酒は危険な嗜好品である。
ほどほどにしたいところではあるが、無理です。ショボンは作務衣のポケットから煙草を抜き出した。
ハンドルを片手で操作して、器用にライターで火を附けた。狭い車内に煙草の白い煙が立ちこめる。



127: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:58:12.27 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「ショボン。煙草は一度に飽きるほど吸ったらやめられるそうだお。挑戦したまえ」

(´・ω・`)y-~~「あほか。煙草って連続で吸うと、吐き気がするんだよ。結婚でもしたらやめるさ」

( ^ω^)(こいつは本当に駄目だお)

ショボンには禁煙、禁酒は一生無理だ。結婚をしても絶対に嗜んでいる。子供が出来ても隠れて吸う。
想像しただけで呆れ返り、ブーンは前方の景色を見渡した。北部の山は、他と違って整備されている。
煉瓦が敷き詰めれた歩道があり、春の花を植えた花壇もある。両脇の木々の陰の中を車はひた走る。

(´・ω・`)y-~~「おっと。多分、あの道を折れるんだね。通れるかなあ」

ショボンはハンドルを左にきり、細い道へと曲がった。砂利道で車が上下左右に激しく揺らされる。
今までは我慢出来ていたが、ブーンは嘔吐感を覚える。このポンコツ車は構造がおかしいに違いない。
昨日のモナーの車とは天と地ほどの差がある! ブーンは急いで窓を開けて、上半身を乗り出した。

(´・ω・`)y-~~「そんな事をしたら危ないだろう。青年が木に頭をぶつけて死亡、なんて記事は嫌だぞ」

(;´ω`)「青年が荒い運転で嘔吐して死亡、よりかはマシだお。もっと慎重に運転をしてくれ」



128: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 11:59:49.25 ID:zCzmOdzU0
ショボンの車が須名邸の門前へと到着した。外へ飛び出したブーンは、青い顔をしてうずくまった。
二階建てのハーフティンバー様式の外観は変わらないが、窓は割れていないし、壁も新築さながらだ。
影の術を見破り、真実を見抜けるブーンの眼にはそう映った。クーが邸に力を及ぼしているのだった。
冷酷無比のパラノイド・アンドロイドであるブーンは、インターホンを押さずに庭へと足を踏み入れた。

(´・ω・`)「インターホンは鳴らさないのかい。クーさんが怒ってしまうんじゃないか?」

( ^ω^)「彼女のことなど放っておけ。僕はクーにではなく、須名邸に用事があるのだお」

おかしな論理を述べて、ブーンは芝生の絨毯が敷かれた庭を歩く。ショボンも彼のあとへと続いた。
どこかで鳥が飛び立ち、葉々が擦れる音がした。茶色の玄関扉を開き、ブーン達は須名邸に入った。
広大な玄関ホールは二階まで吹き抜けになっていて、すぐ目の前に赤色の大階段が待ち構えている。
ブーンは先ず、手紙が置かれていた食堂から調べようとするが、反対側から物音が聞こえた気がした。

(´・ω・`)「・・・・・・あっちの部屋からだ」

ショボンが、デレと出会った部屋へと視線を注いでいる。ブーンが忍び足でそちらへと近付いて行く。
部屋の前に立ち、ブーンは扉に耳を押し当てた。部屋の中で、クーとドクオが会話をしているようだ。
まさかセックスをしているわけではあるまい。あの二人を見る限り、距離のある付き合いをしている。
ブーンが少しだけ扉を開け、隙間からこっそりと覗くと、そこには信じられない光景が広がっていた。



131: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:01:16.87 ID:zCzmOdzU0
あまりに信じられなかったので、ブーンは扉を蹴破って部屋に入った。クーが驚愕の眼差しを向ける。
ベッドの縁に腰を掛けていた彼女は、居住まいを正して、憤慨した様子でブーンを怒鳴り付けた。

川 ゚ -゚)「無礼者! 邸に入る時は呼び鈴を鳴らしたまえ! というか、今すぐ出て行け!」

(;^ω^)「子供が見て、真似をしたらどうするのだお。責任は取れるのかね」

お馴染みのメタ発言をして、ブーンは側にあった肘掛け椅子に腰掛けた。絶対に出て行くものか。
そういう気持ちを行動で表したのである。ふんぞり返って、ブーンは鼻を鳴らして腕を組んだ。

(;^ω^)「・・・・・・しかし、君達がそういう関係とはね」

クーは自身の秘密を最も知られてはいけない人間に見られ、頭痛を抑えるように額へと手を当てた。
彼女の傍らに居たドクオは、そそくさと部屋を出て行った。彼も大変な主人に仕えているものである。

( ^ω^)「まあ、僕の懐は広い。いかなる性的倒錯を目の当たりにしても、動揺一つしないお。
       今日、クーの邸を訪れたのは、君を起こした影達の追想がないか確かめるためだお」

川 ゚ -゚)「ああ」



132: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:02:08.08 ID:zCzmOdzU0
クーは腰を上げて、大きな鏡のまえに立った。鏡には、影である証左の黒い翼が映り込んでいる。
ブーンが懐かしい気持ちになると同時に、ある疑念も思い出す。あのときのツンの言動が気に掛かる。

「影の存在は知らない方が良い」という精神を持っているのに、彼女はわざわざ鏡を確かめさせた。
邸に引き篭もり勝ちになってしまうくらいに影を恐れてる。だが、彼女は乗り気で須名邸へと赴いた。
ツンは言動と行動が不一致である。ホワイダニット? 彼が思いを巡らせていると、クーは口を開いた。

川 ゚ -゚)「あの親子らしい影か。手紙の内容から察するに、大事件を起こそうとしているのだろうね。
     けど、私には関係の無い事だ。世界が滅びようが宇宙が爆発しようが、私はどうでも良い。
     私の安寧を掻き乱さない限りはね。その時は考えよう。まあ、全てはドクオに任せるがね」

まずい。クーの口から次々と言葉湧いてが出て来る。話題を逸らさせまいと、ブーンが強い口調で言う。

( ^ω^)「それで、君が言う親子の影の心の欠片はあるのか、ないのか、どちらなのだお」

川 ゚ -゚)「人の話は最後まで聞け。・・・邸の裏口を出た所で見付けたよ。見たいなら勝手にしたまえ」

(´・ω・`)「クーさん。ありがとう。今しがた見た事は誰にも言わないよ。ブーンも見張っておく」

川 ゚ -゚)「・・・ふん。秘密を守ると云うのなら、私が案内をしてやろう。ついて来たまえ」



133: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:02:53.63 ID:zCzmOdzU0
クーはブーンとショボンを邸の裏へと案内した。邸の裏というからには、辺りは木々ばかりである。
いちいち邸の裏を、花々で飾っても仕方がない。数十歩歩いたところで、彼女は草むらに手を入れた。
そろそろと引き抜かれた彼女の掌には、一個の白球が握られている。彼女は、そっと手を開いた。



从 − 从『痛いよ。痛いよ』

 渡辺の身体が無残に切り裂かれ、皮膚から血を流している。須名邸の主人に傷付けられたのである。
 クーデルカは恐ろしい女性だった。起きたと同時に、澄ました面で攻撃をして来た。渡辺は崩折れる。

リl|゚ -゚ノlリ『・・・・・・大丈夫?』

 佐藤は渡辺の肩に腕を通し、立ち上がらせた。彼女の右手には鞘に収まった日本刀が握られている。
 佐藤がクーの相手をして渡辺を逃げさせたのであった。しかし、彼女自身も深手を負っている。
 右腕が痛々しく裂かれている。長き眠りを妨げられたクーの怒りは、計り知れないものだった。

从'−'从『クーデルカは、私の仲間に、なってくれない』

リl|゚ -゚ノlリ『そうだね』



135: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:03:51.79 ID:zCzmOdzU0
 渡辺が、佐藤の身体から離れて、覚束ない足取りで歩く。既に彼女の怪我は、塞がりかけている。
 くるりと振り返り、渡辺はけたけたと笑う。瞳孔に光がなく、その笑顔は壊れているようだった。

从'ー'从『彼女みたいな、強い影を得られなかったのは残念だけど、あとちょっとだよ。
      もうちょっとで、生贄が揃う。生贄達を使って、月に吼ゆる悪魔を、呼ぶんだよ』

リl|゚ -゚ノlリ『書き置きを残したから、きっと仲間になってくれるよ』

 渡辺は首を横に振った。「ううん」。彼女は傷付いた両腕を広げて、三百六十度の景色を見回す。

从'ー'从『佐藤さん。私は一歳で知能がないけど、分かるよ。彼女は芯の強い、女の人なんだ。
      仲間には、なってくれない。惜しくはある。でも、あと二三人集めて、それで呪縛は完成』

 渡辺の年齢は一歳だという。影になってから数年間、彼女は生きて育ったのだった。だから幼女だ。
 くるくると横に回り過ぎたゆえ、渡辺は目を回して、地面にへたり込んだ。三半規管が未熟である。

从 − 从『うう。気持ち悪いよお。嫌な夢でも、視てるみたい。この世界の全ては、嫌な夢!』

リl|゚ -゚ノlリ『ほら。立って。そんな所に座ったら、心はともかく、服が汚れてしまうよ』



136: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:04:38.52 ID:zCzmOdzU0
 佐藤は、まるで母親のような優しい口調と慈愛のある所作で、渡辺の両手を取って起き上がらせた。
 本当に彼女の母親みたいだった。ゆらゆらと蜃気楼の如く立って、渡辺は佐藤の胸に抱き付いた。
 温かい。幼児たる渡辺は、“抱き付く”という行為が好きである。無論、心を許したものだけだが。

从'ー'从『もう、ずっとこうしていたいの。そうしたら、私は何もしなくても、済むのに』

リl|゚ -゚ノlリ『・・・・・・無理だよ。時計の針は、絶えず動いているもの』

从'ー'从『えへへ。いじわる。佐藤さんは、影になる前、お母さんをしていたんでしょ?』

リl|゚ -゚ノlリ『そうだよ。お母さんをしていた』

从'ー'从『佐藤さんとは、この街で出会ったから、ここに住んでいたんだよね』

リl|゚ -゚ノlリ『うん』

从'ー'从『佐藤さんみたいな、お母さんが居たら、子供は幸せだろうなあ』

 『私は君のお母さんだよ』。佐藤はそう言って、渡辺の手を握りながら遠くへと去って行った。
 やがて、二人の姿が見えなくなる。この場には、二人分の血だまりだけが残されていたのだった。”



139: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:05:32.17 ID:zCzmOdzU0
(´・ω・`)「渡辺という影は赤子だったのか」

( ^ω^)「お」

意識が起きたブーンは右手で目を擦って、おぼろげな視界を鮮やかにする。渡辺は一歳児であった。
影とは悔恨により堕ちた二十一グラムだ。しかし、幼児が人間を怨み、執念を燃やせるものだろうか。
世界を革新させようとするほどの恨み。言葉を話せない程度の知能で、世界の醜さを知れるだろうか。
ブーンが地面へ目を落として考えていると、ショボンは手を叩いた。知恵ある彼は想像力を働かせる。

(´・ω・`)「渡辺さんは虐待をされていたんだ。それなら、同じバイアスの範囲に留まる影が集まる。
      “親に虐待を受けた子供達”が、彼女を形成している。どうだい。尤もな意見だろう」

ショボンの推測は極めて道理に敵っている。誰が聞いても、すんなりと受け入れられる意見である。
両親から虐待を受けて亡くなった渡辺は、影となって幼年期に居る。ブーンは頭に入れておいた。

川 ゚ -゚)「私も内藤の友人の意見に賛成だね。私が彼女に触れようとしたとき、酷く怯えていた。
     あれは、昔に虐待を受けた瞬間を思い出したのだ。・・・私も同じ様な者だから分かるさ。
     そうすると、鎮まらせる方法が見えてくる。優しい母親を探すのだ。まあ、無理だけどね」

( ^ω^)「ううん・・・」



140: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:06:52.89 ID:zCzmOdzU0
クーとショボン。嫌な組み合わせ。
相変わらず言葉が長すぎて、ブーンの理解が追いつかなくなる。短時間で母親を探すのは不可能に近い。
よしんば影の母親になっても良いという殊勝な人間が現れても、決心の固い渡辺は突っぱねるだろう。
それに、佐藤が彼女の母親代わりをしているようだった。だけれど、渡辺が鎮まる様子はなかった。
渡辺は必ずや時間を弄る。全世界の時計の針は、彼女が掌握をしている。性急に解を見付けるのだ。

( ^ω^)「そう言えば、渡辺は生贄がどうとか不穏なことを言っていたね。あれは何なのだお?」

ブーンはクーへと顔を向けた。影のことは影に訊くのが一番である。彼女は自身の黒髪に指を通した。

川 ゚ -゚)「ふん。子供の考える事を大人が精確に知られるか。生贄。起こされた者がそれに当たる。
     呪いを行使する時に使うのだ。構造は分からないが、口振りから察するに間違っていない」

そのような黒魔術めいたことも影は出来る。彼女らの辞書からは、“不可能”の文字が抜け落ちている。
マジキチ。ブーンは目頭を押さえた。一頻り彼は考えていると、ドクオが扉を開けて話し掛けて来た。
応接間に来るよう彼は言う。だが、ブーンにはまだ用事がある。紅茶だけ頂き、須名邸をあとにした。

ブーン達は病院へと赴いたが、以前に見たものだけで全てだったのか、心の欠片は見当たらなかった。
街に戻る中途で、ショボンは墓場に寄らせてくれとブーンに言った。昼間の墓場はたおやかだった。
花束を持ってきていなかったショボンは、簡単な祈りだけ済ませて、ブーンを連れて車に乗り込んだ。
生まれ変わったのか星々の一つになったのかは定かではないがしかし、ミセリは兄を見ているだろう。



141: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:07:49.78 ID:zCzmOdzU0
(´・ω・`)「後はヒートちゃんだっけ。あの子は夕刻になると、時折僕の書店をふらりと訪れるんだ。
      もし広場に居なかったら、僕の店で待つと良い。今日も来てくれるかもしれないからね」

( ^ω^)「ショボンの偏った書籍が集められている店に来たって、得られる物がないだろうに」

(´・ω・`)「ファックユー。ぶち殺すぞ。あの書店には取っ付き易い書籍だけを集めているんだよ」

事実、ショボンの店は読み易い本だけが売られている。智慮が浅いブーンにも読めてしまうほどだ。
だがしかし、どうやって生計を立てているのかは不明である。貧窮の生活を送っているのは確実だ。
煙草とアルコールさえあれば充分だ。時々、ショボンが口にする言葉である。彼は幸せな人間だ。

それから、広場に寄ってブーン達はヒートを探したが、見当たらなかった。ベンチにも居なかった。
ブーンはショボンの書店にて待機することにした。十八時、十九時、二十時・・・時刻は流れて行った。
二十一時。書店内にてブーンはスツールに腰を掛けている。ショボンはカウンターに頬杖ついている。
裸電球の淡い光で、憂鬱にしている二人のシルエットが壁に映し出される。結論。ヒートは来なかった。

( ^ω^)「・・・・・・それで、彼奴は来なかったのですが」

(´・ω・`)「僕に言われても困るがな。また明日探せば良いさ。午前中なら広場に居ると思うよ。
      さあ。もう帰った方が良い。きっと、ツンちゃんが心配しているだろう。車で送ろう」



142: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:09:05.31 ID:zCzmOdzU0
ブーンが夜遅くまで街に居たことは、滅多にない。なので、夜の街並を眺めるのは久しぶりだった。
石造りの家々の窓がこうこうと光っている。見晴らしの良いところから見ると、まるで夜空のようだ。
車が坂道に入り、街の景色が遠くなった。遥か前方に、巨大な建築物の影が聳える。内藤邸である。
その黒の邸は、民衆から畏怖される建物だ。明かりはまったく灯っていない。不気味な印象を受ける。
やがて、内藤邸の門前にショボンがやって来る。彼はブーンを車から降ろし、窓を開けて話しかける。

(´・ω・`)「それじゃあ、お疲れ。僕は酒を呑んで寝るよ。また調査するのなら店に立ち寄ってくれ」

( ^ω^)「うむ。また明日にでも行くとするお。というか、そろそろ禁酒をしやがれ」

(´・ω・`)「無理だね」

ショボンの車が排気ガスを噴かせて走り去っていった。ブーンは門を開け、庭園を抜けて邸に入る。
玄関ホールは真っ暗だった。電気を点けて、彼は自室へと向かった。デレが帰っているかもしれない。
しかし、部屋には彼女の姿はなかった。落胆したままブーンは、遅めの夕食を摂る為に食堂へと入る。

そうして電気を点けると、ツンが椅子に座って眠っていた。妹の目の前にはラップがされた料理がある。
不良の兄の帰りを待っていたのだ。ブーンは感動して涙を流しそうになり、彼女の肩を揺り動かした。
どんなに強く動かしてもパジャマ姿の彼女は起きない。呼吸をしているので、死んでいるわけではない。



144: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:10:00.68 ID:zCzmOdzU0
ここで眠っていては風邪をひいてしまう。ブーンはツンを負ぶって、彼女の部屋へと運ぶことにした。
妹の身体は軽い。昔から変わっていないように感じる。それは、ブーンの身体が成長をした証である。
彼は部屋に入り、ツンをベッドへと寝かせた。頬に軽い口付けをすると、今日は抵抗されなかった。
ノンレム睡眠にまで差し掛かっているのだ。ブーンが部屋を去ろうとしたとき、あるものを見付けた。
テーブルの上にノートが置かれている。見覚えがある代物であった。ブーンはその場で正座になった。

( ^ω^)(日記帳)

ノートの表紙には“日記帳”と書かれている。前に、ブーンが覗き見ようとして怒られた日記帳だ。
ブーンはツンが眠っているのを一瞥して確認すると、ノートを手に取った。日記帳を名乗るからには、
開いてしまえば日々の生活の話題が書かれているものだ。それは、このノートとて例外ではなかった。

( ^ω^)(・・・・・・)

ツンには悪いと心の底から思うが、ブーンは日記を読み進めていく。彼は彼女の秘密を知って行く。
ほとんどが陳腐な暮らしの話を書き綴っているが、中には影を鎮まらせる方法にも触れた箇所がある。
“相手の恨みを知り、純心な気持ちで、全てを受け入れてあげる事”。影の退治には大切なようで、
数度に渡り、繰り返して記されている。それが伴っていなければ、影の心は満たされず、現世に留まる。
粗方日記帳を読み終えた彼は、テーブルの上に返して部屋の照明を落とした。扉がしずしずと閉じた。



145: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:11:10.73 ID:zCzmOdzU0
―5― 四月二日 午前九時 ラウンジ港

lw´‐ _‐ノv「ヘイ! イエーイ! おい。こら。待て。停まれ! 車よ、停まってくれええ!」

ラウンジ港へと着いたデレとシューは、車通りの多い道路へと出て、必死にヒッチハイクをしている。
シューは腕を振り上げて車に呼び掛けて、デレは“停まって”と文字が書かれたノートを翳している。
二人の女性の旅人である。運転手が男性なら停まってくれそうなところだが、ちょっと待って欲しい。
怪し過ぎる。美味しい話には気を付けなければならない。何か裏がありそうだな、と訝しがられるのだ。

ζ(゚ー゚;ζ「もう一時間が経ちますけど、誰も停まってくれませんの。どうしましょう」

デレはノートを閉じて、屈み込んだ。一向に車は停まってくれる気配を見せない。疲労困憊である。
おまけに、今日のラウンジは暑かった。じりじりと日光が射し、デレとシューの体力を削って行く。
また一台の車が通り掛かる。シューが手を上げるが、車はスピードを落とさずに駆け抜けて行った。
猛烈な排気ガスに巻かれる二人。デレは目を瞑って口を手でおさえながら、ゆっくりと立ち上がった。

ζ(>、<*ζ「諦めましょう。半日掛かりますが、電車で行きますの!」



146: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:12:03.75 ID:zCzmOdzU0
lw´‐ _‐ノv「嫌だね! 私は電車事故で死んだんだ。恐がってしまう。こうなったら必殺技を使う」

ζ(゚ー゚*ζ「必殺技ですの?」

lw´‐ _‐ノv「そうともそうとも。色仕掛けよりも、運転手の目を惹かせる必殺技だよ」

シューは胸で握り拳を作って、気持ちを強く持った。遠くの景色から一台のセダンが見えてくる。
あれだ。あれを、見事に停めてみせよう。車よ停まれ。シューは呟き、最強の必殺技を繰り出した。

(;゚д゚)「!?」

白いセダンを運転する男性が、目を丸くして車を急停止させた。口をぽかんと開けて呆然とする。
それもそのはずだ。シューが両手を広げて、車道に飛び出したのだから。これが彼女の必殺技・・・。
デレは口に両手を当てて驚愕している。突拍子のないことをする友人である。シューは車の窓を叩く。

lw´‐ _‐ノv「どうもどうも。驚かせてすみませんでした。ちょっと、車に乗せて欲しいんですが」

(;゚д゚)「あ・・・・・・ああ・・・・・・」



147: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:13:21.30 ID:zCzmOdzU0
男性は生きた心地がせずに、口をパクパクとさせる。シューはそれを了承してくれたものと受け取り、
デレへと手を振った。彼女は信じられないと呆れ顔で、車に寄って来る。そして、運転手に話し掛けた。

ζ(゚、゚;ζ「友人がご迷惑をおかけしましたの。良い人なんですが、たまにおかしくなって。
       ・・・よろしければ、あたし達をクラシック村まで連れて行って欲しいんですの」

( ゚д゚)「・・・・・・あはあ。貴女達は、僕と同類ですか。どうせ暇なので良いでしょう。乗って下さい」

ζ(゚、゚*ζ「えっ」

丁寧な言葉遣いをして、デレ達を誘う男性の背中には、黒い両翼がある。彼もまた影なのであった。
全世界に影は相当な数が居る。人間が人口を増やす限りは、彼らの数も増えていく。人間は非情だ。
とにかく、相手が影であるなら事情を話し易い。デレは後部座席に乗り、シューは助手席に座った。

あちらを見ている男性は、ミルナ・ストクと名乗った。昔、彼は眼差しを真っ直ぐに向ける人間だったが、
周りの友人に気持ち悪がられ、今はその行為を封印しているらしい。在世中は医師をしていたようだ。
事故に遭って不幸にも妻子を残して命を落としたあと、ミルナは諸国を旅している。旅人である。

( ゚д゚)「それで、ラウンジクラシック村でしたっけ。あそこは田舎ですよ。見所は特に無い」



148: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:14:19.48 ID:zCzmOdzU0
デレは返答に困った。正直に言ってしまおうか。ミルナは気が良い青年だ。事情を察してくれるだろう。
だが、彼は影なのだ。あまり深く接すると、気が変わるかもしれない。影には穏やかな気質が珍しい。
クーやヒートは異端である。デレが疑心暗鬼に陥っていると、シューがミルナの頬を指先で突付いた。

lw´‐ _‐ノvσ);゚д゚)「ちょ、ちょっと、運転が出来ないじゃないですか!」

突然の奇行に走ることが、シューにはある。彼女は腕を下ろして、片手で頬を擦るミルナに言う。

lw´‐ _‐ノv「聞きたまえ。私達は探偵でね。ある事件を追っているんだ。それはもう危険な事件だ。
       世界の命運がヤバイ。その事件を解決するには、クラシック村を訪れる必要がある」

( ゚д゚)「世界の・・・・・・命運・・・・・・」

ミルナはごくりと喉を鳴らした。彼はハンドルを操作しながら、前方の彼方に鹿爪らしい視線を遣る。
実は、ファンタジーが好きなのだ。医師というお固い職業の裏で、ミルナはオタク趣味を持っていた。
こそこそと同人誌即売会に行っていたくらいである。世界の命運と聞いては、黙ってなどいられない。

( ゚д゚)「素晴らしい! クラシック村に向かいましょう。なあに、四時間もあれば着きましょう」



149: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:15:08.91 ID:zCzmOdzU0
何処かの青年と同じ様な感嘆の声を上げて、ミルナはアクセルペダルを踏みしめた。従って加速する。
シューはにやりと笑って、小物入れに張られているアニメキャラクターのシールを密かに指で弾いた。
ミルナがオタクなことはまるっとお見通しである。言葉を選んで、シューは最善の台詞を放ったのだ。

ζ(>、<*ζ「ありがとうございますの! ミルナさんは恩人ですのー!」

( ゚д゚)「構いませんよ。先程も言った通り、僕は暇なんです。貴女達が嘘を吐いていても良い。
     ・・・ところで、デレさんでしたか。お腹のお子さんは何ヶ月なんですか?」

ζ(゚、゚*ζ「えっ」

( ゚д゚)「えっ」

ミルナは「しまった」と思った。車に乗せたとき、ミルナはデレの腹を見て身重だと感じたのだ。
医師としての勘が鈍ってしまったか。今の言葉を太っていると捉えられたら、非常に気まずくなる。
女性に対して失礼だろう。自身の腹を撫でるデレに、彼は苦笑いを溢して間違いを正そうとする。

(;゚д゚)「ははは。いえいえ。つい癖でね。僕の気の所為でした。気にしないで下さい」

ζ(゚、゚*ζ「はあ」

道中。デレはクラシック村を訪れる理由を、ミルナへと大まかに説明をした。彼は頻りに頷いていた。
デレは頭の回転が速くなく、口下手である。しかし、同族としてミルナは察してくれたようだった。



150: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:16:08.10 ID:zCzmOdzU0
出発してから三時間ほどが経ち、デレ達を乗せた車がラウンジクラシック村の入り口に差し掛かった。
この村は大変素朴で、百年前の姿を現在も色濃く残していて、疎らに木造の家々が建ち並んでいる。
ビップよりも遥かに狭く、草原の向こうには風車小屋が聳えている。自動車が未舗装の道を行く。

ζ(゚ー゚*ζ「きっと、ここら辺に茂良邸がありますの。住所を書いたメモがありますの」

デレは、キュートに書いて貰ったメモをミルナへと手渡そうとする。ミルナは停車させて受け取る。

( ゚д゚)「茂良家、219-23-2のクラシック村、ラウンジですか。村の人に訊いてみましょう」

ミルナは車を降りて、一軒の民家へと歩いて行った。もうすぐ茂良邸に着く。デレ達は人心地つく。
周りには見知らぬ景色が広がっている。遠くまで来たなあ。久々の旅で、デレは疲れてしまっている。

ζ(゚ー゚*ζ「ミルナさん。いい方でよかったですの。あたし達と同じく影なのには驚きましたけど」

lw´‐ _‐ノv「どうして彼は、そっぽを向いたままなの。こっちを見なさいよ。振り向かせたくなる」

ζ(゚ー゚*ζ「だあめ。さっき、言っていたでしょう? ミルナさんは真っ直ぐを見られないのです」

lw´‐ _‐ノv「若い女性が、二人も側に居るんだよ。ええい。私はこっちを見させたくて堪らない」



151: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:17:20.65 ID:zCzmOdzU0
シューが執念を燃やしていると、ミルナが帰って来た。彼はシートベルトを締めると車を発進させた。

( ゚д゚)「この先、道が二叉に分かれているそうです。そこを右に行った所に茂良邸があるらしい。
     いやあ。その昔に邸は放火されたそうで、何をしに行くのかと、随分訝しがられましたよ」

ζ(>、<*ζ「何から何までしてもらって、本当にすみませんですの。お礼をしないといけませんの」

lw´‐ _‐ノv「お礼ならあるよ。ガムをあげるよ」

スカートのポケットの中へと手を忍ばせて、シューは一枚のガムを取り出した。イチゴ味のガムだ。
自身と付き合うに値するものだけに、彼女はガムを配っている。なので、このガムは友好の証である。
彼女は、ミルナのポケットにガムを強引に押し込んだ。デレは両手を合わせて黄色い声を上げる。

ζ(゚ー゚*ζ「わあ! シューちゃんは好きな人にしかガムをあげないんですの! 良かったですの!」

(;゚д゚)「え・・・ああ。そうですか。有り難う御座います」

lw´‐ _‐ノv「私が朱点愁。デレがデレ・タマモ。ミルナがミルナ・ストク・・・。偶然なのかしら。
       否。これは必然さ。日本三大妖怪の名を持つ人間が、狭い空間に一堂に会したんだよ。
       これは何かが起きてしまう。やばい。諸君、地球は狙われている。窓にあいつが居る」



153: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:18:38.76 ID:zCzmOdzU0
何が琴線に触れたのかは分からないが、テンションが高まったシューは、幾度と車の窓を開閉する。
ミルナは気持ちを引き気味にさせるがしかし、シューの性格をよく知っているデレは平然としている。

ζ(゚ー゚*ζ「今日のシューちゃんはご機嫌さんですの」

(;゚д゚)「機嫌がよろしいのですか。・・・それは結構。坂道を走りますので、少々揺れますよ」

二叉を右に折れて、車は両側に木々が生い茂った道を往く。左右は闊葉樹ばかりで見通せないが、
前方は見晴らしが良い。よって、切り立った丘の頂上に聳えている“城”は視認が出来るのである。
茂良邸。四ヶ月前にブーン達が迷い込んだ、トソンの邸が本来建っている場所だ。デレは息を呑む。
あそこに心の欠片がなかったらどうしよう。不安に駆られるデレは、真っ直ぐに中空を見つめていた。

( ゚д゚)「近くで見ると大きな邸ですねえ。茂良ってあれでしょう。時計を作っている会社の」

茂良邸の前で車を停めて、外に出たミルナは感心した。茂良邸は火事の傷跡をしっかりと残している。
赤錆びた巨大な鉄製の門は開かれたままで、割れた窓ガラスから見える内装は黒焦げになっている。
当然だが、中には人は住んでいない。完全に廃墟と化している。デレ達は邸の敷地内に足を踏み入れた。

ζ(゚ー゚*ζ「ここの奥さんが影となっていて、あたしと旦那様と、その妹さんとで退治したのですの。
       ほとんど旦那様任せでしたけれど、あたしも頑張ったんですのよ。ええ。多分。ええ」



154: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:19:46.47 ID:zCzmOdzU0
( ゚д゚)「影が影を鎮まらせるとは、面白い話ですね。いえ。馬鹿にしている訳ではありません。
     そういう生き方もあるんだな、って感服しているんです。僕は旅をしているだけですしね」

ミルナは本心で言って広大な庭園を見渡した。植木は剪定をしていない為、伸び放題になっており、
石畳の隙間からは草が生えている。点在する石像はすっかりと風化しており、無残な姿になっている。
人が住んでいたころは瀟洒だったのだろう。過去の栄華に想いを馳せながら、デレ達は玄関へと進む。

玄関扉は外されていた。デレが中に入ると、壁に悪戯書きがあるのを発見した。肝試しに来た人間が
記念にと書き残したものだろうか。ヘブライ語で何と書かれているのか、デレには分からなかった。

ζ(゚、゚*ζ「何の文字列なのでしょう。薄気味悪いですの」

( ゚д゚)「ううん・・・。旧約聖書の詩篇22編1、2節ですかね。自信はありませんけど」

lw´‐ _‐ノv「取り敢えず、中を調査してみよう。デレ。君は一度来た事があるんだろう」

ζ(゚ー゚*ζ「はいですの! この邸は上空から見れば“九時”の形をしていてですねえ――」



156: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:21:36.23 ID:zCzmOdzU0
デレはハインの言葉を受け売り、自慢げに説明をして西側の廊下を歩く。床にはガラスが散乱している。
絨毯も時計もない。以前に迷い込んだときの邸より、さらに寂しくなっている。壁はひび割れていて、
今にも崩れそうだ。一階の客室の扉は全て取り外されている。窓の外では湖が美しくきらめいている。

ζ(゚、゚*ζ「一階には何もないと思いますの。あたしとブーンさんが全て調べましたので。
       あるとすれば、二階です。北側の廊下に面した部屋と、寝室しか見ていないので」

lw´‐ _‐ノv「やっぱり、デレ一人だと駄目だね。全て調べ終えずに、影に戦いを挑むなんて」

デレは苦笑した。ブーンとデレが行き当たりばったりなのに対し、シューは前述の通りに慎重である。
虱潰しをモットーとしている。ゆえに、彼女は一階の部屋も調査して行く。典型的なA型人間なのだ。
だが、彼女はO型である。血液型診断なんてあてにならぬ。何故あの類の本が売れるのか理解に苦しむ。

やがて、一行は二階に昇った。シューは一部屋ずつ扉を開けて調べて行く。部屋はがらんどうだった。
ベッドや椅子、そして時計もない。部屋の広さから鑑みて、用途は使用人の待機室だったのだろう。
次に茂良夫妻の寝室を調べる。ここも他の部屋と同じで調度品はなく、トソンに縁がある品々もない。

ζ(゚ー゚*ζ「こちらが書斎ですの。書斎と言っても、学校の図書館ほどの広さがありますの」



158: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:23:06.40 ID:zCzmOdzU0
書斎には本棚が数架残されていたが、何一つとして収められていない。本棚には埃が積もっている。
部屋の隅々まで見てから、三人は書斎を出た。二階に残っているのは二間の広間と応接室だけである。
その部屋にも心の欠片は見当たらなかった。悄然として、デレは一階の北側廊下の調査を申し出た。

ζ(゚、゚*ζ「むむむう。もしかして、ここには何も残っていないのかしら」

午後十四時半。茂良邸の庭園にあった朽ちたベンチに腰を掛けて、三人は遅めの昼食を取っている。
左からミルナ、シュー、デレの順番である。ここに来る中途で、パンと飲み物を買っておいたのだった。
買ったときは温かかったパンは、冷めきって萎んでいて、デレがそれを浮かない気分で食べている。

lw´‐ _‐ノv「まあ。仕様がないよ。無い物は無い。さっさと帰って、別の策を練ろうじゃないか」

( ゚д゚)「そういえば、シューさん達はビップから来たと言ってましたが、どんな街なんですか?」

訊ねるミルナの顔はそっぽを向いている。ある意味視線恐怖症なのだろうが、シューは気に入らない。
こっち見ろよ! こっち見ろよ! こっち見ろよ! 念じるが彼は振り向かない。シューは苛立った。
いつまで経ってもシューが答えないので、デレがビップの街並を語った。ビップは小さな街ですの。

ζ(゚ー゚*ζ「石造りの街並が美しい場所ですの。街の中心には正午に鐘を響かせる時計塔があります」



159: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:24:11.10 ID:zCzmOdzU0
lw´‐ _‐ノv「・・・・・・あの鐘の音。慣れなくて、未だに吃驚しちゃうんだよねえ」

シューが沈黙を破った。彼女は屋上の小屋を住処にしているので、特大の鐘の音が聴こえるのである。
振動で本が崩れることもあるという。まあ、勝手に住み込んでいるので、妥協はしなければならない。

( ゚д゚)「それはそれは。良い街みたいですね。一度、訪れてみたいと思います」

ζ(゚ー゚*ζ「ですの! 是非是非、いらしてください。気質が穏やかな影も数人居ますの!」

(;゚д゚)「素敵な街から、一気に危なそうな街に見えて来ました」

lw´‐ _‐ノv「そう言えば、どうしてトソン女史には、時計に関する道具を渡さなかったんだろう」

唐突さに定評のあるシューが口を開いた。少女達はヒートとミセリには時間を弄ぶ道具を渡したが、
トソンには何も渡していない。使用人丸川の弁によれば、邸中の時計の動きを狂わせたらしいが。
時計の針の動きを早くしたり、遅くしたり。それでバイオリズムがおかしくなった、と言っていた。

ζ(゚、゚*ζ「んんー。その通りですね。二人の影は、時計の針の動作を弄っただけですの」



160: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:25:24.63 ID:zCzmOdzU0
( ゚д゚)「そうして、社長夫人が怒ったんですね。革命を起こす仲間には出来なかった」

ζ(゚、゚*ζ「そうですの。トソン夫人は我を失っていて、それ所ではなかったと思いますの」

lw´‐ _‐ノv「・・・・・・夫人は存在を知られなければ、出て来なかったんだよね? という事は、
       少女達は夫人の生い立ちを入念に調べておいた筈だ。狂っている事など承知なのに」

「どうして起こそうとしたのか」。シューは唸り声を出して、大空を仰いだ。野鳥が飛んでいる。
その野鳥は空を縦横無尽に飛び回り、やがて茂良邸の屋上の縁に止まった。・・・シューは顔を下ろした。

lw´‐ _‐ノv「・・・・・・屋上は? 私達は屋上を調べてないよ。まだ、時計の針を辿ってはいない」

ζ(゚、゚*ζ「屋上ですの? けれども、どうやって昇れば良いのでしょう。階段はありませんでした」

ゆっくりと腕を上げて、シューは茂良邸の片隅を指差した。巨木が天へと向かって伸びている。
あれを登って枝から屋上に伝うのだよ。彼女はくすくすと笑みを浮かべて、勢い良く立ち上がった。

(;゚д゚)「まじッスか」



161: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:26:26.55 ID:zCzmOdzU0
高所恐怖症のミルナは、屋上に着くなり音を上げた。何で僕まで、探偵の真似事をしているんだろう。
探偵とその助手を車に乗せただけの、一般人エーではなかったのか。地の文で省かれるタイプの・・・。
ともかく、デレ達は木を登って西側の屋上へと足を下ろした。地上までは、かなりの距離がある。

ζ(゚ー゚*ζ「あ! さすがはシューちゃん! あそこに心の欠片がありますの!」

俯瞰から眺めれば、茂良邸の丁度中心にあたる場所――時計の針の根元に光球が浮かんでいる。
あのようなところに漂われていれば、迷い込んだときに見付けられなかったのも無理もない話だ。
高所での恐怖などまったく物ともしないデレは、疾風の如く駆けて行き、少女の記憶を鷲掴みにした。


 激しい雪が降っている。天は恐怖すら覚える黒色である。少女達は猛吹雪の中、屋上で佇んでいる。
 黒と白で風景を埋め尽くされていて、少女達の顔は見えない。声も風の咆哮でかき消されそうだ。
 少女達の周りだけ、不思議な力が作用して、雪が融けている。それでも雪は降り積もろうとする。

リl|゚ -゚ノlリ『寒いよ。こんな遠い所まで、何の用事があるの? 夫人は仲間になってはくれないよ』

从'ー'从『うん。おばちゃんは、おかしくなっているの。私の声なんて、届かないよ。
      私はおばちゃんにではなくて、この邸に、用事があったの。邸は、時計その物なの』



162: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:27:15.86 ID:zCzmOdzU0
 茂良邸は時計の形をしている。四角い塀が時計の縁変わりとなって、九時丁度を知らせている。
 邸は時計その物である。渡辺は膝を折り曲げて、地面に両手をついた。影の力が邸に注ぎ込まれる。
 屋上に幾重にも赤い筋が走って行く。これにより、邸中の時計の針の動きが狂ってしまった。
 渡辺はゆらりと立ち上がった。脱力して、両腕を糸が切れた操り人形のように垂らしている。

从'ー'从『ここから、ずうっと南に、ビップがある。時間を融合させる、着火点はあの時計塔だよ。
      着火されると、紐を辿って、ここに来る。純然たる時計の邸から、被害は拡散して行く。
      この仕組みには、大きな時計――装置が必要なの。茂良さんの邸が、それに相当する。
      空から見れば、おっきな時計。人々に時間をしらせる、おっきな時計。この二つが装置』

リl|゚ -゚ノlリ『・・・・・・それで、渡辺は救われるの?』

从'ー'从『救われるよ』

リl|゚ -゚ノlリ『・・・・・・そう』

 佐藤は視線を地面に落とした。雪が積もっては消える。誕生と死を繰り返しているようだった。



163: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:27:53.77 ID:zCzmOdzU0
从'ー'从『・・・ここのおばちゃんは可哀想。永遠の愛を疑って、夢の中に逃げているんだもの。
     赤ちゃんが居れば、きっと違ってたね。私が、おばちゃんの所に、生まれていれば、
     全部が幸せだったかも。抱き上げて、貰ったりして。えへへ。でも、無理な話だよ』

 渡辺は顔を上げ、両腕を大きく広げた。雪と一緒にくるくると舞い、そして地上へと落ちて行った。
 屋上に残された佐藤は額を押さえる。恨みの塊である渡辺は一枚岩だ。自分の力では鎮められない。
 それでも。彼女は腕を下ろした。中空を見つめながら、ゆっくりと歩を進め、渡辺のあと追った。

リl|゚ -゚ノlリ『――――誰かが、あの子を鎮めてくれる』

                          三人の意識が、此処で戻ります。”



( ゚д゚)「ははあん。夫人にではなく、邸に用事があった訳ですね。夫人が怒ったのは副産物だった。
     ・・・・・・それにしても、あんなに小さな子供が、恐ろしい事を考えているのですか?」

開口一番にミルナが首を竦めて言った。渡辺の企みは、まずビップの時計塔を呪縛の起点とする。
そうして時計たる茂良邸を中継点にして、全世界に時間融合の呪いを拡散させる。簡単な仕掛けである。



165: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:29:26.39 ID:zCzmOdzU0
lw´‐ _‐ノv「ミルナ。“あんなに小さな子供”とは良い着眼だね。渡辺は年端も行かぬ幼児だ。
       そして、あのたどたどしい口調。大人の人格が混じっていれば、ああはならない。
       彼女は、全てが子供で構成されている。良いかい? 全てが子供のみで出来た影だ。
       複数の思念からなる影。つまり、似たような精神を持っている者が集まった影なんだ。
       そう考えると、答えはおのずと見えて来る。幼児が激烈な恨みを抱く原因は、少ない」

( ゚д゚)「・・・・・・事故、早期の死」

ζ(゚、゚*ζ「あるいは、虐待」

三人は各々考える。真っ青だった空に、翳りが帯び始めた。遠くで雷鳴がする。

lw´‐ _‐ノv「うん。虐待が一等有力だと思うよ。・・・単なる私の当て推量だから気にしないで良い」

ζ(゚、゚*ζ「だとしたら、どうすれば渡辺さんの心は満たされるのでしょうか」

lw´‐ _‐ノv「・・・・・・まあ。遠くビップまでの道のりでゆるりと考えよう。今にも雨が降りそうだ。
       キュートさんから預かった手紙を庭に埋めて、ラウンジ港への帰途につこうじゃない」

――。



166: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:30:58.73 ID:zCzmOdzU0
午後十九時頃。車がラウンジ港に着いた。雨はまだ降っていないが、雨の匂いが微かに漂っている。
黒色の渦を巻いた雲が、星々の散らばった夜空を覆い隠そうとしている。遥かで雷の重低音が響いた。

ζ(゚ー゚*ζ「シューちゃんは頭が良いですけれど、天気予報の才能はないみたいですの♪」

車から出たデレは、肩の辺りまで腕を上げて、手のひらを空に向けた。雨は降っていませんの。

lw´‐ _‐ノv「きええええ。私が誤ったのではない。天気の奴めが誤ったのだ」

意味不明な理論を述べて、シューは悔しそうに地団駄を踏んだ。そして、乗船券を買いに行った。
デレが、運転席の窓を開けて煙草を吸っているミルナを見遣る。彼は調査に付き合わされて大変だった。
ととと、とデレはミルナに近寄って深々と頭を下げた。このようなときでも彼の視線は向こうである。

ζ(゚ー゚*ζ「ミルナさん。ありがとうございましたの! とても助かりましたの!」

( ゚д゚)y-~~「別に構いませんよ。楽しく暇を潰せました。昔は、暇なんてありませんでねえ。
        死んでから、随分と自由奔放になりましたよ。鬱憤が爆発を起こしたんでしょうな」



167: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:32:07.16 ID:zCzmOdzU0
ミルナは子供のような顔付きで楽しそうに笑う。そして、彼はラッキーストライクを灰皿に入れた。
彼はこれからも旅を続けるのだろう。影の力を正の方へと上手に利用して、諸国を旅行するのだ。
デレとミルナが別れの挨拶をしていると、シューが乗船券を持って帰ってきた。三枚の乗船券である。

ζ(゚ー゚*ζ「お帰りなさいですの。・・・・・・乗船券が三枚? あたし達は二人ですよ?」

間違えて買って来たのかな。いやいや。いくら突拍子のない行動を取る友人でも、計算は出来る。
シューは三枚のうち一枚を自分のポケットに、もう一枚をデレに、最後の一枚をミルナに差し出した。
ミルナの心境が混乱を極めようとする。封印をしていた熱い眼差しを、不意に解放しそうになった。

( ゚д゚)「あの、これは?」

lw´‐ _‐ノv「ミルナ。君もビップへと来るのだ。私は、お前を振り向かせたくて仕方が無い。
       双眸。私に向けたまえ。眼差しに刺されずに帰ったら、心残りで胸が破裂しそうだ」

ζ(゚、゚*ζ「あれれ。それってある意味、恋の告白みたいですの」

(;  )

ミルナは助手席の方へと驚愕の眼差しを遣った。道を歩いていた知らないおっさんと視線が合った。
おっさんは怯えていた。何故、この娘さんは他人のトラウマを抉ろうとする! 絶対にあっち見ない!
そうしていれば諦めると彼は思ったが、シューは一枚上手で、ミルナのポケットに乗船券をねじ込んだ。



168: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:33:23.81 ID:zCzmOdzU0
(;゚д゚)「ちょ・・・・・・」

lw´‐ _‐ノv「さあ。行こう。フェリーに車を入れて。共にビップの事件を食い止めるのだ・・・!」

ζ(゚ー゚;ζ「シューさん。お気持ちは分かりますが、無理強いをしてはいけませんの」

友人は相当ミルナさんのことを気に入っているようだ。しかし、無理に誘っては彼が困るだろう。
心配そうな面持ちで、デレが二人の顔を見比べていると、ミルナはハンドルに顔を突っ伏した。
やはり、シューを引っ込めよう。デレが彼女の服の裾を握ろうとしたとき、ミルナは顔を上げた。
彼は両瞼に手を当てて、大笑いをする。そうして一頻り笑ったあと、彼は冒険心に満ちた表情で言う。

( ゚д゚)「良いでしょう。今の僕には旅よりも、そちらの方が楽しそうだ。お仲間に入れて貰います」

ミルナは車をフェリーへと走らせた。消えて行くセダンを見送りながら、シューはぼそりと呟いた。

lw´‐ _‐ノv「これで、日本三大妖怪が揃った。ずっと一人欠けてて、気持ち悪かったんだよねえ」

ζ(゚、゚*ζ「えっ。もしかして、それだけのことで、ミルナさんをお連れしたかったんですの?」

lw´‐ _‐ノv「うん」



171: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:34:23.63 ID:zCzmOdzU0
デレは、その場で気を失いそうになった。一瞬、恋に落ちたのではと思った自分が馬鹿馬鹿しい。
友人は恋などとは無縁な性分なのです。ミルナさんに、どう言えば良いのでしょう。言わぬが花ですか。
そうですね。そうですね。彼には一生、友人の真実を告げないようにしましょう。友人は平然と言う。

lw´‐ _‐ノv「行こうか。渡辺を如何様にして鎮まらせるか、徹底的に話し合おうじゃないか」

ζ(;、;*ζ「はいですの・・・・・・」

lw´‐ _‐ノv「元気ないね。心の風邪でもひいたのかい?」

ζ(;、;*ζ「それよりもひどい何か、ですの」

そうして、二人は船に乗り込んだ。凡そ十時間の船旅である。午前九時にはビップに到着するだろう。
上下に揺れ動く船室にて、三人は渡辺をどのようにしたらやり込めるか、とうとうと議論を重ねた。
しかし妙案はまったく浮かんで来ず、三人は夜半を過ぎたころ、睡魔に負けて深い微睡みに落ちた。

船の行く先には巨大な暗雲が立ち込めている。それは、遠く離れたビップにまで続いていた――。



172: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:35:06.07 ID:zCzmOdzU0




  
                5:二十一グラムは幼年期を終える               




174: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:35:46.73 ID:zCzmOdzU0





                 目覚まし時計のベルが、鳴り響く。               

                   全ての始まりの合図である。





178: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:38:31.84 ID:zCzmOdzU0
―6― 四月三日 *時**分 内藤邸

ブーンは、目覚まし時計のベルで目を覚ました。徐にスイッチを押す。すると、音がたちまち止んだ。
時計の針は午前六時を指し示している。最近、彼は寝起きが素晴らしく良い。しかし、今日は違った。
酷く汗を掻いている。寝間着に汗がしみ込み、とても気持ちが悪い。昨晩、彼はあまり眠れなかった。

居なくなったデレのこと、妹のツンのこと、そして佐藤と渡辺のことが脳内に巡っていたのである。
目まぐるしく、それぞれの顔が消えて行っては浮かんで来るの繰り返し。悪夢を見ていた気分だ。
ブーンは、側にあったオーディオのリモコンを操作して楽曲を流す。従って、彼の好きな曲が流れる。

アルタンの“峡谷の黒髪モリー”。優しい曲調で、癒される。だが、今日は音が聴き取り辛かった。
どうしてだ、とブーンが上半身を起こせば、激しい風が窓を叩き付けていた。暴風が吹き荒れている。
通常なら朝陽が昇っている時間なのに、空は真っ黒である。きっと、四月三日は大荒れの天気なのだ。

ブーンは音量を上げた。風の唸り声に負けないほどまで上げると、今度は楽曲の方がうるさくなった。
真上の部屋に居るツンに、迷惑が掛かるかもしれない。いいや。妹が朝食を作っている時間だった。
朝食でも摂って、鬱病のように判断力の鈍ってしまった頭を働かせよう。彼は、ベッドから下りた。

オーディオの電源を手動で切り、ブーンは上等なスーツに着替える。彼は何着もスーツを持っている。
無意味に洒落ているのだ。まあ、着慣れているならば、それで良し。漆黒のスーツは似合っていた。
今朝のツンの朝食は何だろう。だが、今日はどのような料理でも可だ。異常に彼の腹が空いていた。



179: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:40:03.54 ID:zCzmOdzU0
廊下が揺れている・・・。ブーンはそう感じた。実際は邸は頑丈に出来ているので、揺れてなどいない。
だがそう感じるほどまでに、風が吹き荒れて、内藤邸の外装に絶え間なく体当たりをしているのだ。
定刻通り、九時から調査をしようと思っていたが、無理だろう。街に着くまでに、体力が持たない。

食堂のドアノブを回し、入る。上下水色のパジャマ姿のツンが、椅子について朝食を食べていた。
彼女が食べているものは、オムライスである。大丈夫だ。今朝は酷い空腹で、何でも食べられる。
彼は妹と挨拶を交わして、キッチンに入り、自分の分のオムライスを持って、食堂の椅子に座った。

ξ゚听)ξ「お兄様。今日は嵐になりそうですわね。
       昨日の天気予報では快晴と言っていたのですが」

( ^ω^)「お」

ツンがフォークを置いて言った。今日は、確実に嵐になる。暴風警報が発令されているかもしれない。
考えながら、ブーンはフォークでオムライスをせっせと口に運ぶ。ツンは複雑な表情を浮かべた。
兄の様子がおかしい。デレのことで精神に来ているのか。彼女は胸に手を当てて、静かに口を開いた。

ξ゚听)ξ「・・・デレなら帰って来ますよ。落ち込まないで下さい。私は笑っているお兄様が好きです。
      食事は楽しくなければいけません。流石に、うるさ過ぎるのは勘弁して欲しいですけどね」

( ^ω^)「すまないお。今日はちょっと疲れてしまっていてね。明日には良くなるお」



180: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:41:26.16 ID:zCzmOdzU0
ξ゚ー゚)ξ「今日は一日、お邸に居るんですよね。それでしたら、掃除を手伝って貰いましょうか」

「うええ」、とブーンが嫌そうな表情をすると、ツンはふくふくと笑った。気配りの出来る妹である。
一瞬で空気を入れ変えられるのは、お見事の一言だ。兄妹はたわいない会話をして、食事を終えた。
共に食器を洗ったあと、二人はリビングでくつろぐ。雑念はなく、黙々と読書をする。静逸な空間だ。

ただ、風の音が邪魔だった。深淵から獣が吠え立てているようだ。それに、朝とは思えない暗さだ。
蛍光灯が灯されているのだが、それでも不十分でリビングは仄暗い。書物の文字が少し読み取り難い。
朝食後、洋服に着替えたツンは眼鏡を掛けている。ブーンは彼女の眼鏡をした顔が気に入っている。

レンズの向こう側の強気な瞳。読書のときにしか掛けないがしかし、雰囲気にとても合っている。
ちなみに、本人は年寄り臭いと嫌っている。ツンは眼鏡のブリッジを押し上げて、掛け時計を見た。

ξ゚听)ξ「あら。もう九時ですのね。まだ八時頃だと思っていたんですけど」

( ^ω^)「んんんん。僕もそれくらいだと思っていたのだけれど。おかしいね」

ブーンは腕時計と、壁に掛けられた時計とを見比べた。僅かな誤差はあるが、ほぼ同じ時刻である。
きっと、時間を忘れるほど読書に熱中していたのだ。足を組んで、ブーンは再び活字を追い始めた。



181: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:42:38.72 ID:zCzmOdzU0
ξ゚听)ξ「・・・お兄様は、変わられましたわね」

( ^ω^)「お?」

ふと、ツンが囁くように言った。ブーンが顔を上げると、ツンは小説の文章へと視線を落としていた。
そのままの姿勢で、彼女は髪先を人差し指と親指で摘まんだ。魅力的な金色の巻き毛が、跳ねた。

ξ゚听)ξ「お兄様は、成長しました。この前、モナーさんが邸に来たときにそう思ったのですわ。
       昔なら、烈火の如く怒っていたに違いない依頼を、すんなりと受け入れたんですもの」

( ^ω^)「・・・・・・」

ξ*゚听)ξ「正直に申し上げて、今のお兄様は、その・・・・・・大好きですわ」

言葉尻をすぼめて言って、ツンは本をテーブルの上に置いた。そして、目を瞑って深呼吸をする。

ξ゚听)ξ「・・・お兄様に小言を言う私も、結局は無職なのです。デレに代わってお手伝いします。
       私はこれでも、今まで数々の影を鎮めて来たんですよ。お力になれると思いますわ」

( ^ω^)「ツン?」



182: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:43:55.04 ID:zCzmOdzU0
青天の霹靂だった。ツンが探偵の助手を願い出た。中学生のころから、彼女は影が視えている。
紛う方なき、プロフェッショナルである。しかし、ブーンは妹を危険な目に遭わせたくなかった。
・・・断ろう。そのようなブーンの気持ちを察しとって、ツンは彼の隣に座り、上目遣いで顔見つめた。

ξ゚听)ξ(・・・・・・)

(;^ω^)「お」

顔と顔の距離が近い。潤んだ目と、艶のある唇。ツンが実の妹ではなく、一人の女性に見えてしまい、
ブーンは両肩を掴もうとする。何をしようとしているのだ。彼は執拗に頭を振って腕を引っ込めた。
不覚にも勃起してしまいそうになった。酷く自己嫌悪に陥り、下唇と噛むブーンに妹が問いかける。

ξ゚听)ξ「ねえ。お手伝いしても良いでしょう?」

(;^ω^)「あ、ああ・・・・・・」

喘ぐようにブーンが言うと、ツンは電話を置いている台からメモ帳とペンを持って椅子に戻ってきた。
これから探偵から聞き取りを行うのだ。普通逆である。ツンはアームチェア・ディテクティブなのか。
彼女はメモ帳を膝の上に置いて、ブーンに話しかける。その調子は慣れたもので、兄をどぎまぎさせた。



184: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:45:14.18 ID:zCzmOdzU0
ξ゚听)ξ「まず、お兄様がお追いになっている二人の影のフルネームから、お聞かせ下さい。
      事件の犯人の名前を、初めから知っている探偵というのも、おかしな話ですけれどね」

(;^ω^)「・・・渡辺と佐藤だお。両方とも、下の名前は知らないお」

ξ゚听)ξ「結構。次は年齢ですわ。影は姿形を自由に変えられますので、あてになりませんけど」

( ^ω^)「佐藤は知らない。クーが言うには妙齢の女性らしいが。けれど、渡辺は確かだお。
       一歳の幼児だお。心の欠片の中で本人が言っていたからね。間違いはないだろう。
       そして、彼女は複数の思念が集まったもののようだ。同じような境遇の、子供がね」

ξ゚听)ξ「一歳」

ふと、ツンはペンの動きを止めた。途切れ途切れに鼻から息を出して考えたあと、再度訊ねる。

ξ゚听)ξ「成る程。さて。二人の影は何を目論んでいるのでしょうか」

( ^ω^)「以前の事件で知り得たことなんだけれど、現在と過去を混ぜようとしているようだお。
       一昨日のモナーの犬探しの途中で見付けた彼女達どちらかの記憶でも、言っていたお。
       渡辺が事件の主犯で実行しようとして、佐藤はその補佐をしている様子だった」



185: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:46:58.77 ID:zCzmOdzU0
ξ゚听)ξ「時間融合。それは一大事ですわね。お兄様達が躍起になって二人を追うのも分かります。
       次は動機です。これは完全に憶測になりますわね。お兄様のご意見はどうでしょうか」

( ^ω^)「人間への恨みだろう。ショボンやクーは、生前に渡辺が虐待を受けていたと言う」

ξ゚听)ξ「一歳児が悔恨を抱く理由は少ないですからね。虐待。間違ってはいないと思います。
       虐待を受けた子供が寄り集まった影なのですね。人間。特に大人が嫌いな事でしょうね」

( ^ω^)(・・・・・・)

農業公園で少女達と出会ったとき、渡辺の異常な怯えようをブーンは思い出した。

ξ゚听)ξ「ところで、お兄様。彼女達はどうして影を起こし回っているのでしょう」

( ^ω^)「どうにも、起こした影達を生贄として扱うらしい。時間を融合させる呪いのね。
      デレとドクオが言っていた。いきなり現在と過去とを融合させるのは大変だが、
      予め、時間の概念を弛ませておけば簡単だと。きちがいとしか思えない所業だが。
      だから時間を弄る道具を、起こした影共に渡している。・・・ヒートやミセリにも」

ξ゚听)ξ「ヒートはお兄様達が広場で会った影で、ミセリはショボンさんの妹さんでしたわね。
       武勇伝を、よく自慢げに語っていました。はて。トソンにも何か渡したのでしょうか」



186: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:48:11.44 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「いいや。トソンは二人の影の話題に触れなかった。ツンも隣に居たではないかお」

ξ゚听)ξ「そう。邸中の時計の針の動きをおかしくさせただけで、トソンには何も渡さなかった。
       もしかすると、トソンには用事はなく、時計を狂わせるのが目的だったのかもしれません。
       それは渡辺の呪縛には必要な行為で、結果的にトソンを怒らせる事になっただけ」

( ^ω^)「なるほど。そう考えると、トソンに道具を渡さなかったことに合点が行くね」

ツンは鋭い。トソンの邸に行かなくとも、ある程度の予想が出来る。ブーンが舌を巻いていると、
彼女は折角に聞き取って文字が書いたメモを丸めて、ゴミ箱に捨てた。もう必要がないのである。

ξ゚听)ξ「どうすれば渡辺を退かせられるか、分かりました。正体不明の佐藤の方が問題ですわ」

(;^ω^)「ほ、本当かお!? それは一体・・・・・・」

驚愕して腰を浮かしたブーンの耳元に、ツンが囁いた。それはとても理に合った退散方法であった。
誰でも可能なやり方である。ブーンは口を一文字に閉じ、感慨深く唸る。妹は本当に頭が働く人間だ。

ξ゚听)ξ「でも、真心がないといけません。大人になった私には子供の気持ちは分かりませんわ」



188: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:49:28.15 ID:zCzmOdzU0
ツンの日記帳にも書かれていたことだ。相手の気持ちを知って親身にしないと、影退治は難しい。
大人になったブーンとツンには自信がなかった。しかし、それでも渡辺達とは戦わねばならない。

ξ゚听)ξ「・・・渡辺の呪いは始まっているようです。お兄様。時計をご覧になって下さい」

( ^ω^)「時計?」

言われ、ブーンが時計を見遣った。時計の針は八時二十五分を指していた。・・・時間が戻っている!
先ほどは、九時を過ぎたころではなかったではないか。「ああ」。ブーンは声を漏らして腰を上げた。

(;^ω^)「これは・・・・・・」

ブーンはうろたえる。もう時間が狂おうとしているのだ。渡辺は、神妙不可思議な力を行使した。
時既に遅し。チェックメイトである。だが、ツンは落ち着いた物腰で立ち上がり、彼の手を取った。

ξ゚听)ξ「まだ、まだ終わってはいませんわ。時間がおかしくなろうとしているだけです。
       時間を凶器にして世界を潰そうとしています。時計と関わりのある場所に居るのかも」

(;^ω^)「と、時計塔かお!」



189: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:50:22.84 ID:zCzmOdzU0
この街で時計と関係のある場所は、広場の時計塔だけである。確証はないが、足を運ぶ価値はある。
おっとり刀(取るものも取りあえず)でリビングから出た。長い廊下を駆け抜け、玄関の扉を開けた。
外は大嵐だった。庭木の折れた枝が暴風に舞い、ブーンの眼前を過ぎった。徒歩では危険だと分かる。
このときばかりは、自動車を所有していない自分を呪った。それでも、彼は一歩を踏み出そうとする。

ξ;゚听)ξ「お待ちになって下さい!」

あとから追い駆けて来たツンが、ブーンの腕を引っ張った。相変わらず、後先を考えない男である。
強引に彼を玄関ホールへと入れて、ツンは玄関扉を閉めた。玄関ホールを蹂躙していた風が止んだ。

ξ#゚听)ξ「この嵐の中、時計塔まで行けると思っているのですか! 少しは自重して下さい!」

( ^ω^)「しかし、急がないと不味いことになるお。・・・ああ。そうだ。ショボンを呼ぼう」

同じ影が視える人間のショボンなら、すぐに事情を飲み込んでくれる。一昨日の彼は協力的だった。
電話で呼び出せば絶対に来る。ブーンは急いでリビングに戻り、ショボン書店の電話番号を入力する。
だが、彼と通話が繋がることはなかった。ブーンは、ガチャンと受話器を叩き付けるように置いた。

(#^ω^)「有事のときに。使えん男だお! まったく、どうすればいいのだお!」



191: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:51:33.13 ID:zCzmOdzU0
肩を怒らせて、ブーンはスツールに座った。時計を見遣ると、時計の針は一時過ぎを指している。
完全にいかれてやがる。このまま指をくわえて、世界の崩壊を眺めるしかないのか。彼は呆然とする。

すると、受話器を強く置いたときに台から落ちたのか、一枚の紙片が視界に入った。名刺である。
以前、プギャーというタクシーの運転手から貰ったものだ。そうだ。彼の会社に電話をすればいい。
ブーンは名刺に記されている電話番号を、正確に入力をした。従って、タクシー会社に繋がるのだ。

『はいはい。荒巻タクシー社ですよ、っと』

ブーンの耳に男性の声が響いた。極めて態度の悪い口調だった。いつか内藤邸まで運んだプギャーだ。

( ^ω^)「内藤だお。君、内藤邸まで来たまえお。タクシーに乗せて欲しいのだ」

『ああ。あんたか。しかし、困ったなあ』

( ^ω^)「嵐かお。君は運転のプロなのだろう。そこをどうにか出来ないのかね」

『嵐なんざ屁でもねえよ。元暴走族だしな。――街の人間が消えて行っているんだよ。
 あーあ。意味不明だ。俺も居なくなるかもしれんし、そっちまで行けるか分からん』

(;^ω^)「!」

プギャーが、とんでもない事態を口にした。街に住む人間が消えて行っている、と彼はいう。
無論、渡辺が引き起こした異変の所為だろう。時間が狂うことによって、人間が居なくなるのか。
急いで渡辺を止めなければならない。ブーンは受話器を持ち替えて、力強い口調で話し掛ける。



193: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:52:35.43 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「・・・僕はその異変を食い止めねばならんのだお。頼む。至急内藤邸に向かってくれ」

『・・・・・・』

電話の相手が無口になる。事情を知らない一般人なのだ。気が触れていると思われたかもしれない。
それでも、プギャーに来て貰わねばならない。ブーンが言葉を待っていると、小さな声が聞こえた。

『内藤さん。俺さ。怖いんだよ。こんな態度でもな。俺以外の従業員は皆居なくなっちまった。
 間違い無く次は俺だ。怖くて仕方が無い。・・・でも、あんたがどうにかすると仰られるなら、
 行くぜ。俺には事情がよおく分からんが、あんたは特殊なんだろう。三十分ほど待っときな』

( ^ω^)「! ありがとうだお。門を開けておくから、庭まで車を入れるといいお!」

通話が切れた。物分りの良い男だ。彼が消えてしまわなければ、内藤邸まで来てくれるに違いない。
ブーンは急いで門を開けに行った。庭から空を見あげれば、稲光を照らす暗雲が渦巻いていた。
渦巻く暗雲の中心は、街の真ん中――時計塔の上空にある。やはり、あそこに渡辺と佐藤が居る。

玄関ホールにて、落ち着かない様子のブーンが佇んでいる。そんな彼に、ツンが紅茶を持って来た。
温かい紅茶を手渡されたブーンは、ゆっくりと飲む。トレイを下ろして、彼女は小さい声で言った。



195: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:53:25.74 ID:zCzmOdzU0
ξ゚听)ξ「お兄様は初め、自己満足の為に影を退治していましたっけ。随分と、変わりましたね。
      今のお兄様は、人間を助けたい気持ちの方が大きい筈です。ご立派になられました」

( ^ω^)「ふん。僕は愚かなことを仕出かす影が許せないだけだお。例え、子供でもね」

ξ゚听)ξ「・・・・・・でも、そのような事をするに至るまで、渡辺は苦しんでいるのですよ」

( ^ω^)「それでも許せないね。恨みの捌け口は他にもあるはずなのに」

ξ゚听)ξ「そうですか。あ、お兄様。御代わりなさいますか?」

( ^ω^)「いいや。いいお。ごちそうさまだお」

ブーンが空いたコップを渡すと、ツンは食堂へと消えて行った。玄関ホールが風の音だけになる。
重厚な茶色の玄関扉が嵐に叩かれ、がたがたと揺れている。プギャーは本当に来てくれるのだろうか。
もしも、途中で消えてしまえば終わりである。そのときは危険を冒して、嵐の中を行かねばならない。

五十分後。とは言っても既に時間の概念はは掻き乱されきっていて、体感で計るのみしか方法はない。
タイヤが地面を切りつける音が聞こえた。ブーンとツンは顔を見合わせてから、二人して外に出た。
玄関前に黄色い塗装の車が停まっている。プギャーが窓から顔を覗かせて「速く乗れ」と手を振った。
彼は消えずに来てくれたのだった。ブーンは安堵して、ツンの手を取り、後部のドアを開いて入った。



196: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:54:16.20 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「遅かったお。心配してしまったではないかお!」

( ^Д^)「すまねえなあ。人はほとんど居ない癖に、道は込んでいてね。飛ばされたゴミとかで」

ξ゚听)ξ「それはすみませんでした。広場の時計塔まで向かって頂けませんか」

( ^Д^)「うほっ! こいつは美人さんだな。内藤さんが前に言ってた嫁さんかい?」

( ^ω^)「違うお。僕の妹のツンだお。それよりも、早く車を走らせてくれないかお」

( ^Д^)(全然似てねえ兄妹だな)

暗闇の中を車が走り出した。激しい風の中に、雨が混じり始めた。暴風雨となった山道を降りる。
平常ならば九時ごろで、両脇に緑の木々が見えるのだが、深夜のように暗くて影が聳えるだけである。
道路には風で折れた太い枝が散乱しており、プギャーはヘッドライトを頼りに慎重に運転をする。

やがて、街に入る。民家には明かりが灯っているが人の気配はない。商店はシャッターが下りている。
看板や割れた植木鉢などが車の行き先を塞ぐ。静かの海に沈んだ街である。死の街といっても良い。
平和な春の街とはかけ離れた光景だった。ブーン達は、歩道にて呆然と佇んでいる人間を発見した。



197: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:55:13.51 ID:zCzmOdzU0
暗雲を見上げていた人間が、頭の頂点から光の粒子となって、砂のようにさらさらと消えて行った。
プギャーの話は本当だったのだ。消えた人間がどこに行くのかは定かではないが、確かに消え去った。
憂慮すべき事態である。ブーンがプギャーを急かし、速度を上げさせた。多少の危険は止むを得ない。

しばらくして、車が広場に到達する。広場は車の進入を禁止されているが、この際構わないだろう。
広場には人っ子一人居ない。ヒートが座っていたベンチを見付けたが、そこには彼女は居なかった。
赤煉瓦の道をライトで照らして進み、ようやく時計塔の前に着いた。ブーンは料金を支払おうとする。

( ^Д^)「いらねえよ。街を救うと言う勇者さんからは金は取れないな。まあ、贔屓にしてくれや。
      金持ちと知り合いになったら、金色に輝く生活が拓けるかもしれんしな。へっへっへ」

( ^ω^)「すまないお」

ブーンとツンはタクシーを降りた。巨大な時計塔を見上げると、時計盤が不思議な光を放っていた。
その他は漆黒の影になっていて、全体像は不明瞭である。この裏側には、屋上へと続く扉がある。
そちらへと向かおうとするブーンだが、いつまでも発車をしないプギャーが気になって振り返った。
運転席から彼の姿が消えていた。ヘッドライトを灯したままのタクシーだけがぽつんと残っている。

ξ゚听)ξ「行きましょう」

( ^ω^)「・・・うむ」



198: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:55:55.73 ID:zCzmOdzU0




事件を解決すれば、きっと元通りになるだろう。曖昧な希望を胸に抱いて、ブーン達は扉の前に立つ。
錆びた扉には鍵が掛かっている。決められた番号を合わせるタイプの鍵で、防犯性はなきに等しい。
けれど、ビップのような穏やかな街ならば、時計塔に侵入をしようとする不埒な輩は居ないだろう。

まあ、今まさに侵入をしようとしている人間が二人居るが、不埒ではなく非難されるものではない。
“2112”。シューから聞かされた番号を合わせ、鍵を取り除いた。彼女は何度も番号を試したのか。
ともかく、これで屋上へと向かえる。ブーン達は、歯車の音が響く時計塔の内部へと足を踏み入れた。




200: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:57:16.63 ID:zCzmOdzU0
―6.5― 同日 *時**分 ビップ沖

ζ(-、-*ζ「んんん。今何時ですの」

フェリーの船室にてデレは目を覚ました。格安のフェリーなので、船室と呼べるほどのものではない。
しかも二等寝台なので、ただベッドがあるといった感じである。二段ベッドの一段目に、デレが居る。
彼女は上半身を起こして、壁に掛けられた丸時計を見遣れば、六時半だった。昨晩寝たのは、三時だ。
長い時間眠っていたような気がするけど、ビップ港までもう少しだろう。彼女はベッドから下りた。

床ではミルナが毛布を掛けて眠っている。この二等寝台には、二段ベッドが一つしかないのだった。
彼は紳士なので、床での就寝を自ら選んだのである。ベッドの二段目ではシューが寝息を立てている。
才色兼備で灰色の頭脳(自称)を持つ彼女ではあるが、結局、少女達の静まらせ方は分からなかった。

そう。デレとシューの二人は、はるばるラウンジまで足を運んだものの、心の欠片を見ただけだった。
何一つとして解決策を得られていない。徒労に終わったのだ。ビップに帰り、調査のやり直しである。

ζ(゚、゚*ζ「?」

デレは船の揺れが激しいことに気が付いた。オンボロ船ではあるが、ちょっと激しさが過ぎている。
船室には窓がないので外に出て確かめようと、デレが扉のノブを掴むと、多少の吐き気を催した。
ドアノブから手を離して、自分の口を押さえる。デレが苦しむ。そんなとき、シューが瞼を開いた。



201: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:58:37.86 ID:zCzmOdzU0
lw´‐ _‐ノv「デレ。大丈夫なの? 気分が悪そうだから大丈夫じゃないよね」

シューは梯子を下りて、デレの側に寄った。えずきかけている彼女の背中を左手で上下に撫でる。
それでも、デレは口から手を離さずに眉をひそめる。船酔いだろうか。病気ではなければ良いのだが。

lw´‐ _‐ノv「・・・病気? ほっほう。医者の出番だよ。ほらほら」

シューはデレの身体から離れて、床で眠っている青年を揺り動かした。ミルナは数度寝返ったあと、
その大きな目を広げた。寝起きは悪いようだ。身体を起こし、ミルナは両腕を伸ばして欠伸をした。

( ゚д゚)「おはよう御座います。随分と長く眠っていた気がしますが、到着はまだのようですね」

lw´‐ _‐ノv「船の到着なんてどうでも良い。デレが人生の終点に到着するかもしれないんだ」

既に到着済みですよ。影なのですから。ブラックな冗談を彼は飲み込み、扉の前に居るデレを視た。
彼女は口を押さえて苦悶の表情を浮かべている。心が浮かれ、楽しそうにしていないのは確実である。

(;゚д゚)「どうしたんですか? 彼女は」

lw´‐ _‐ノv「それが分からないからミルナを起こしたんだよ。少し看てくれないかな」



202: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:00:08.24 ID:zCzmOdzU0
( ゚д゚)「うううん。影も病気に罹るんでしょうかねえ。僕は罹った事がないなあ」

デレの額に手を当てたり、口内を見たり、脈拍を測ったりなどの簡単な検査を終えてミルナは言った。
器具がないので大した検査は出来ないのだ。船酔いだろうと彼は思うがしかし、気になることがある。

( ゚д゚)「多分、船酔いでしょうけど、一つだけ気がかりな事があります。お二人に出会った時、
     デレさんのお腹が少し膨らんでいるように感じたんです。いや、太いという訳ではなく、
     おめでたなんではないかと。昨日、車内で僕が言い掛けたのは、その事なんですよ」

ζ(゚ー゚*ζ「あたしに赤ちゃんが出来たのですの!?」

ミルナの予想外な言葉を聞いて、嘔吐感は何処かへ吹き飛び、デレは表情を晴れやかなものにさせた。

( ゚д゚)「もっと、精密な検査をしなければ、どうにも分かりませんけどね。妊娠だとすれば、
     それは正しくつわりであり、お腹の膨らみ具合から考えて十三、四週目くらいでしょう」

lw´‐ _‐ノv「外れてたら、相当に失礼な言葉になっちゃうね♪」

(;゚д゚)「♪、じゃないですよ。怖いなあ。シューさんは、まったく・・・」

lw´‐ _‐ノv「♪」



203: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:01:26.54 ID:zCzmOdzU0
マイペースなシューに対してぶつぶつと呟きながら、ミルナは毛布を畳んでベッドの上に載せた。
几帳面な彼は、ベッドのシーツのシワも整えておく。そんな彼を横目で遣って、シューは手を打った。

lw´‐ _‐ノv「そうか。子供か。ふふふ。渡辺を黙らせる良い作戦を思い付いたぞ」

ζ(゚ー゚*ζ「いい作戦、ですの?」

( ゚д゚)「?」

シューは、船室の隅に置かれてある肘掛け椅子に腰掛けた。デレとミルナはそちらへと顔を向ける。
鈍く輝くタストヴァンを指で弄びつつ、彼女は説明をする。

lw´‐ _‐ノv「渡辺は子供なんだよ。そして、デレのお腹の中には胎児が宿っているかもしれない。
       これは具合が良い。渡辺の前でそれを告げるんだ。同じ子供。彼女は躊躇するだろう。
       街にも赤子は居るが、実際に目の前に居れば違う。渡辺に良心が働く可能性がある」

ζ(゚、゚*ζ「・・・・・・でもでも、それって何だか卑怯ではありませんの?」

デレは自信の腹を撫でた。シューの言った言葉の意味は、子供を盾にしてしまうということだ。
「私達は大人だからね」。シューはしれっとデレの問いに答えた。汚いなさすが大人きたない。



204: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:01:59.89 ID:zCzmOdzU0
( ゚д゚)「まあ、シューさんの言う通り、それで渡辺さんが思い留まるかもしれませんね。
     ・・・問題はもう一人の女性です。佐藤さん。彼女の事は、年齢以外判明しておりません」

ζ(゚、゚*ζ「そうですの。彼女は渡辺さんのお手伝いをしているみたいですが、正体不明です。
       そして、常に渡辺さんと一緒に行動をしています。渡辺さんと対峙するときも、恐らく」

lw´‐ _‐ノv「ううん。そこが不安要素なんだよねえ。私達は上手く立ち回らなければいけない」

シューは腰を上げた。もうすぐ、渡辺と勝負を仕掛ける。三人はまだ定かではないデレの子供を使い、
彼女に言い聞かせるのである。佐藤の存在に気を配りながら、完全無欠に言葉巧みに鎮まらせる。
問題は多いが、今はこれしか方法がない。三人が思い思いに沈黙していると、船室が大きく揺れた。
肘掛け椅子が床を滑った。シュー、デレ、ミルナの三人はそれぞれ壁などに腕を遣って身体を支えた。

lw´‐ _‐ノv「何? 沈没しそうな揺れ方だったぞ」

ζ(゚、゚*ζ「あたしが朝起きたときから、ずっとこうなのですの。天候が悪いのでしょうか」

( ゚д゚)「外に様子を見に行きましょう」



206: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:03:20.31 ID:zCzmOdzU0
三人は船室を出て、船の外側にやって来た。そこで三人は、猛烈な風と暗雲の様を目の当たりにする。
海は大荒れだ。波が船体に激しく打ちつけ、飛沫が船の上までに到達している。遠くには灯台が見える。
暗黒で、街の民家の明かりが光っている。中心には長方形の影が聳えている。あれはビップの街だ。

(;゚д゚)「船が全く進んでいません。一体、どうした事でしょうか?」

ζ(゚、゚*ζ「ここに来る途中、人と擦れ違いませんでしたの。騒ぎになってもおかしくないのに」

lw´‐ _‐ノv「不味いな。渡辺が呪いを行使したんだ。人間共は時間の歪みに喰われてしまった。
       すぐに止めさせないと、取り返しがつかなくなる。ミルナ。今の時間は何時なの?」

ミルナが腕時計で時間を確かめる。

(;゚д゚)「四時半ですね。もう夕刻です。ビップ港にはとっくに辿り着いている時間です」

ζ(゚、゚;ζ「え。さっき、私が時計を見たときは、六時半でしたの」

lw´‐ _‐ノv「ほら。時間の概念が崩れかかっているんだ。・・・こうしてはいられない!」



208: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:04:32.47 ID:zCzmOdzU0
シューは船内へと駆けて行った。デレとミルナは彼女を追う。酷い揺れの中、彼女は操舵室に入る。
室内には操縦士の姿がない。シューが言う時間の歪みとやらに、皆一様に囚われてしまったのだろう。
無線機やメーターがある。それらの画面は暗くなっており、使えなくなっているのは明らかである。
遅れて、デレとミルナが操舵室に入って来た。物珍しげに辺りを窺いながら、二人はシューの隣に立った。

ζ(゚、゚*ζ「シューさん。船の操縦が出来るんですの?」

lw´‐ _‐ノv「まさか。生前、私は異常殺人者に関する書籍を嗜む、普通の女子高生だったんだぞ」

(;゚д゚)「それは普通と言えるのでしょうか・・・」

lw´‐ _‐ノv「普通だとも。人間は全員奇人だよ。さて。影らしいやり方で船を動かせてみせよう」

大きな操舵輪両手で握って、シューは力を込めた。途端、操舵室全体に黒い亀裂が走り、消えて行く。
微かに船が軋む音がした。だがしかし、起こったことはそれだけで、船が進む気配はまったくなかった。
彼女は操舵輪から手を離して、考え込む。デレは両腕を広げて、か細い声で諭すように言葉を出した。

ζ(゚、゚*ζ「圧倒的に力不足ですの。これだけ巨大な乗り物。三人の影でも動かせません」

( ゚д゚)「もっと小さな乗り物だと良いんですけれどね。フェリーは流石に無理です」



209: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:04:57.26 ID:zCzmOdzU0
lw´‐ _‐ノv「・・・そうか。小さな乗り物か」

呟いて、シューは操舵室から出て行った。忙しい女性だ。二人が彼女を追って着いた先は車庫だった。
十台ほどの車が並んでいる。この会社が採算を取れているは疑問ではあるが、それどころではない。
シューが油圧シリンダを駆動させて車庫の扉をゆっくりと開かせると、波が甲板まで押し寄せて来た。
デレとミルナに車に乗るように命じる。わけが分からず二人が乗車すると、彼女は運転席に座った。

( ゚д゚)「何をするおつもりですか?」

lw´‐ _‐ノv「すまない。ミルナのセダン。ぶっ壊れるかも分からんね」

( ゚д゚)「は?」

シューがキーを回し、エンジンを駆動させる。このとき、ミルナの全身に嫌な予感が湧き上がった。
「この程度の乗り物ならば、浮かせられる」。口走ってハンドルを握る彼女の肩を、ミルナが掴んだ。
何かの映画みたく、車を飛行させる気なのだ。ミルナの脳内に、旅の親友の傷付いた姿が映った。

(;゚д゚)「そうはさせませんよ。この車は僕の親友で――」

言い終わる前に、車がふわりと浮いた。オワタ。これから、ビップの街に向けて発進するのである。
三人の探偵たる影は、最終決戦へと一歩を踏み出した。時間がその意味を失くしたころの話だった。



210: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:06:08.95 ID:zCzmOdzU0
―7― 同日 *時**分 時計塔

( ^ω^)「ツン。決して、僕の側を離れるのではないお」

ξ゚听)ξ「ええ。分かっておりますわ」

時計塔の内部に侵入したブーンとツンの二人は、エッシャーの無限階段のような階段を昇っている
真ん中に空いた空間では、時計の巨大な歯車が回っている。ブーンが見上げるが、頂上は見えない。
暗闇の中を明かりを持たずに、二人は手を繋いで階段を踏みしめて行くと、不意に塔が歪む音がした。
誰かが時計塔に入ったのだ。見下ろすと、懐中電灯の明かりが揺らめいていた。ブーンが呼びかける。

( ^ω^)「・・・・・・そこに居るのは誰だお!」

「僕だよ」

ξ゚听)ξ「ショボンさん?」

控えめな声が返って来た。ショボンである。彼も暗雲の中心を目指し、ここへと赴いたのだった。
ショボンは懐中電灯を頼りに、ブーン達が居る場所までやって来た。風雨で髪や服装が乱れている。



211: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:06:26.30 ID:zCzmOdzU0
(´・ω・`)「やっぱり君達も来ていたんだ。街では異変が起こっている。人が消えて行っているんだ」

( ^ω^)「知っているお。渡辺と佐藤が仕出かしたのだ。僕達は事件を食い止めねばならん」

(´・ω・`)「それなら行こう。渦巻き雲の中心は此処だ。きっと、時計塔の屋上に彼女達は居る」

三人は頷いて、再び歩き出した。懐中電灯の明かりがあるので、足取りはしっかりとしている。
やがて、ブーン達は階段を昇りきり、屋上の両開きの扉の前に立った。そこには光球が浮かんでいた。
最後で最期の、記憶である。ブーンがそれに腕を伸ばすと、意識が追懐へと飲み込まれていった。




“ブーン達は狭い畳敷きの部屋に立っている。煙草の匂いが染み付いていて、空気が汚れている。
 窓の外には一本の木が伸びており、微風により緑の葉々を囁かせている。時間は昼間のようだ。

(´・ω・`)「ん。あれ? 何時もとは感じが違うようだが」

 ショボンは嗅覚、視覚、触覚があることに驚いた。普通なら、意識に記憶が流れ込むだけなのだ。
 だが、ここでは自由に動ける。まるで現実のようにものに触ることが出来る。ブーンが説明をする。



212: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:07:14.06 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「デレがいうには、強い影の記憶では、自由に動くことが出来るそうだお」

(´・ω・`)「へえ。それで、此処はどこなんだろう。アパートの部屋のようだが」

 辺りを見回せば、部屋が荒れた空間だとすぐに分かった。畳にはビールの空いた缶が散乱しており、
 粗末なテーブルの上には、煙草の吸殻が山盛りの灰皿がある。住人の姿が、容易に想像可能である。
 
ξ゚听)ξ「あら。あれは」

 ツンが片隅に赤子が眠っているのを見付けた。赤子は乱雑に敷かれたシーツの上に寝かされている。
 この子供が渡辺だろうか。平和な面持ちで呼吸をしているが、子供を置いて両親はどうしたのか。
 ブーンが腕を組んで考えていると、玄関の扉が開く音がした。柄の悪そうな男女が部屋に入って来る。
 男女は子供のことなど気にせずに、ビニール袋からビール瓶を取り出し、煙草をくゆらせ始めた。

( ^ω^)「何をやっているのだお。この愚民どもは」

 ブーンは憤慨して低い声を出した。記憶の中なので、男女には彼の姿は見えないし、声も聞こえない。
 自分達の子供を放っておいて、酒盛りをしている男女が許せない。煙草まで吹かせて、鬼畜である。



214: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:08:13.94 ID:zCzmOdzU0
 だから、酒を呑み、煙草を吸う輩は下劣なのだ。非喫煙者であるブーンは男へと近付いて、
 食って掛かろうとするがしかし、伸ばした腕は空を切った。触るのは不可能なのだ。彼は舌を打つ。
 男女が盛り上がっている最中、赤子は泣き声を上げた。抗議のつもりか、腹を空かせたのだろう。
 
 興を殺がれた男はビール缶を握り潰して立ち上がっり、うるさく泣き続ける赤子を、抱き上げた。
 天井へと向けて高く翳し、そしてあらん限りの力で、床へと叩き付けた。ブーン達は言葉を失う。

ξ;゚听)ξ「・・・・・・」

(´・ω・`)「・・・・・・」

(;^ω^)「・・・・・・は?」

 あまりに唐突な出来事であった。ブーンは間の抜けた声を漏らして、ただただ呆然と立ち尽くした。
 男が、畳へと赤子を放り投げたのだ。ようやく理解へと至ったブーンは、その場で両膝をついた。
 今は、赤子は泣き止んでいる。呼吸もしていない。その異変に気付いた女が、金切り声を上げた。

 アルコールに酔っての凶行である。取り乱した男は、救急車を呼ぼうとしている女を制止させた。
 「夜になったら、海に沈めてしまおう」。とんでもない言葉を男が口にすると、女は無言で頷いた。



215: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:08:30.08 ID:zCzmOdzU0
 場面は深夜の海へと変わる。人気のまるでない波止場に、一台の安物の自動車がやって来た。
 車から男女が降りてくる。男の手には、亡き赤子と一緒に石を目一杯に詰めた鞄が持たれている。
 男は汚いものを触るような手付きで、鞄を漆黒の海へと放り投げた。拍子で、海面に波紋が広がる。
 そうして自動車が去って行った。人間はあそこまで残酷になれるのか。ブーン達は一言も発せない。

(´・ω・`)「・・・・・・! あれを!」

 ショボンが珍しく大声を出した。彼の視線の先には、海から這い上がろうとしている少女の姿。
 渡辺である。彼女は空洞の双眸を恨めしげに開かせて、上下の歯をぎりぎりと噛み締めている。
 やがて、彼女はブーン達の足元まで昇りきった。背中には影である証の黒い両翼が生えている。
 
从゚ ゚从「許せ、ない」

 成長した未来の将来の姿を取っている彼女は、憎憎しげに呟いた。大きく息をし、上半身を起こす。
 彼女の身体からは、穢れた海に放り投げられた際に付着した臭いが放たれている。まるで異臭だ。
 渡辺はキッと睨んだ。その視線の先が自分だったのでブーンはとても驚いたが、彼女の視線は、
 先ほどの自動車が去って行った方向へと向けられているのだった。渡辺はゆらりと立ち上がった。

 渡辺はネオンが輝く街へと覚束ない足取りで歩いて行く。ここから、彼女の復讐の旅は始まった――。”



216: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:08:53.49 ID:zCzmOdzU0
(#^ω^)「これは許せないお! 絶対に、彼女を苦しみから解放してやらねばならん!」

意識が現実に戻って来ると、ブーンは怒鳴り散らした。渡辺は、本来保護をする役の両親に殺された。
大事件を企てるのは尤もな話である。彼女の怒りを鎮まらせてやる! ブーンは扉を開こうとした。

ξ゚听)ξ「お待ち下さい。そのような昂ぶった心では、渡辺に言葉を届かせる事は出来ませんわ。
      純然たる気持ちでなくてはいけません。お兄様。お兄様が許せないのは誰でしょうか」

(#^ω^)「決まっている。彼女の両親だお! なんて気の触れた奴らなのだ! 許せんお!」

ξ゚听)ξ「その両親は人間です。渡辺は人間が許せないのです。人間であるお兄様も同じ様に」

( ^ω^)「・・・・・・」

渡辺は両親だけに留まらず、全ての人間に怒りを燃やしている。穏やかな精神を持っていなければ、
彼女との会話が泥沼と化すのは必然である。ブーンは深呼吸をして心を落ち着かせ、扉を開いた。



217: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:09:44.71 ID:zCzmOdzU0

ゆっくりと屋上の扉を開けると、吹き飛ばされそうになるほどの一陣の風が、三人の身体を押した。
負けずに一歩を歩み出せば、風は弱まった。ブーン達の視線のはるか先に、二人の影が立っている。
地面には、半径が五メートルはある魔法陣が赤く輝いていた。魔法陣の円内にはヘブライ語と、
時計を模したローマ数字が描かれている。長針と短針もある。黒魔術めいた儀式の真っ最中である。

( ^ω^)「とうとう追い詰めたお」

渡辺達とは距離のあるところでブーン達は立ち止まり対峙する。これから何が起きるかは分からない。
慎重な行動と言動を求められる。いつかの陳腐な洋服を着ている渡辺は、魔法陣の外周に立った。
笑顔だ。世界を変えようとする影の表情は嫣然としていた。彼女は腕を広げて、明るい声を出した。

从'ー'从「私達を、追い詰めた? 追い詰められているのは、貴方達、人間なんだよ」

(´・ω・`)「渡辺さん。君が人間達を憎む気持ちはよく分かる。しかし、やり過ぎなんじゃないかな」

渡辺はショボンの言葉に答えなかった。別にどうでも良いといった感じだ。無視を決め込んでいる。
光り輝く魔法陣の真ん中まで来て、渡辺は両腕を広げた。くるくると横に回り、屋上の屋根を仰ぐ。

从'ー'从「今は、本来の時間なら、夜の十一時半。あと三十分で鐘がなり、そして世界は終わる。
      柵から、街を見下ろしてみて。にぎやかだった街も、今は声をしずめて、いいるうう。
      何を待っているんだろうね。何を待っているんだろうね。それは、決まっているよ。
      眠りに就いた街を、時間の角に閉じ込めて、そのまま消し去る。そして、誰も居なくなる」



219: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:10:16.87 ID:zCzmOdzU0
渡辺は歌うように言う。あと三十分しか時間は残されていない。時刻が満ちれば、時間融合の完成だ。
ブーンは言葉を選りすぐりながら、彼女へと歩み寄る。ツンの退治方法には必要な行動なのだった。

( ^ω^)「君。君は両親に殺されている。僕もその両親が許せないお。僕はそう思っている。
       だから、それでいいではないかお。一緒に、上手に生きて行く方法を模索しよう」

ブーンが渡辺の肩に触れようとした。そのとき、彼は見えない壁に弾き飛ばされ、後方まで転がった。
不様に、ブーンは屋上を囲っている柵へと背中を叩き付けられた。彼女には近付くことが許されない。
ツンがブーンに駆け寄ると、彼は微かな呻き声を漏らした。口の中を噛んでしまい、唇から血が伝う。

ξ;゚听)ξ「お兄様! しっかりなさって下さい!」

从;'−'从「近寄るから、悪いんだよ。私は、誰にも近寄られたくないの」

渡辺は触られそうになった肩を気持ち悪そうに掃って、佐藤の元へと戻った。後ろ姿には翼がある。
佐藤の隣で、くるりと渡辺が振り返った。彼女は穏やかな表情を浮かべ、睫毛をそっと上下させた。

从'ー'从「魔法には、生贄が必要なの。生贄。時間を操って、人間に、復讐をした時の気持ちがそう。
      晴れ晴れとした感情。それが生贄。彼らは、感情と共に、魔法陣の中へと閉じ込められる。
      それを原動力にして、魔法が発動する。そして魔法は、時計の邸を経て、全世界に拡散する。
      幼年期さながらの精神を持つ、人間達は消え去って、新しく、清い人類が、誕生するの」



221: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:11:05.34 ID:zCzmOdzU0
ならば、ヒートは魔法陣に吸い込まれたのか。彼女は一度、時間を止める懐中時計を扱っている。
時計の邸とは茂良邸のことだろう。渡辺はトソンには興味はなく、邸そのものに用事があったのだ。
トソンが怒ったのは副産物である。ブーンは痛む身体をかばい、ツンの肩を支えにして立ち上がった。

( ^ω^)「・・・渡辺はそれで満足なのかお?」

从'ー'从「私は」

渡辺は言葉を区切った。俯き、口を一文字に結んで表情を鹿爪らしくさせてから、彼女は顔を上げた。

从'−'从「私は、満足するよ。だって、私を苦しめる人間が、居なくなるんだもん。満足だよ」

( ^ω^)「僕は渡辺を苦しめたりしていないお。そのような僕ですら消し去るのか!」

(´・ω・`)「その通りだ。僕は君に対して邪な気持ちを抱いていない。憎むべきはその心だ」

ξ゚听)ξ「きっと、別な形で気を紛らわせる方法があると思う。今すぐ呪いを中止してちょうだい」

ブーンに続いて、ショボンとツンも敵愾心がないことを示す。しかし、それは渡辺には重荷だった。
迷うような言葉を掛けられると、渡辺はどうしようもなく頭痛を覚えるのだ。何とも堪え難き頭痛!

从; − 从「やめて! 気持ちが悪い! 佐藤さん。この人達を、殺してよ・・・」



223: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:11:52.92 ID:zCzmOdzU0
渡辺が両手で頭を抱え、顔を振りながら命令した。ずっと黙っていた佐藤が彼女を守るように立つ。
右手には鞘に収められた真剣が握られている。佐藤は左手で鞘を抜き取り、銀色の刃を露出させた。
左手に黒い鞘、右手に日本刀。彼女は不気味に輝く魔性の刃をブーン達に向けて、静かに歩み寄る。

トソンのときと同じだ。あのときはデレが戦って危機を救ってくれたが、現在居るのは人間三人だ。
実力行使では影に敵わない。刀の錆になってしまうのがオチである。三人は窮地に立たされてしまう。
この物語には、デウス・エクス・マキナなんてものは存在しない。彼らは風向きの変調を願うのみだ。

変調。それは、物語の動向が変わる瞬間である。この場合、屋上の扉が唐突に開いたことが、そうだ。
屋上に居る全員が、扉の方へと顔を向けた。そこには、シワの寄ったスーツを着た男性が立っていた。
騎士の登場である。ダークナイトだろうがホーリーナイトだろうが、どちらで彼を呼んでも構わない。

('∀`) ニコヤカ

大勢の視線が向けられたことにより、存在を認められるのが大好きな騎士はにこやかに微笑んだ。
華奢な身体つきのドクオは、右肩に安楽椅子を担ぎ、左腕には巻かれた赤い絨毯を抱えている。
彼は安楽椅子を置き、幅の狭い絨毯を転がせた。魔法陣の近くに居るショボンの足元まで到達する。

再び、安楽椅子を担いでドクオはせっせと歩き出した。ショボンの近くに豪奢なそれを置いた。
自分に差し出されたものかと、ショボンは目を丸くしたが、違うようだ。ドクオの主人は彼ではない。
ドクオは後ろを向いて深々と頭を垂れた。すると、屋上の扉から穢れのない花の如く淑女が現れた。



224: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:12:31.93 ID:zCzmOdzU0
川 ゚ -゚)「やあやあ。面白そうな事をしているね。なに。私を気にせず、そのまま続けたまえ」

ゴシックドレスの女性は、地面に敷かれた真紅の絨毯の上を悠然と歩く。状況など気にしていない。
黒い髪の毛の横側には、一輪の青い薔薇を模した髪飾りがされている。彼女は安楽椅子に腰掛けた。
まったく隙のない所作だった。クー。一等力の強い影である。・・・彼女が助けてくれるのだろうか。

川 ゚ -゚)「おい。どうした。私は見ているだけだぞ。さっさと、お前達の劇を観覧させてくれ」

居丈高に脚を組んで、クーは催促をする。やはり、高慢ちきな彼女はこの状況を楽しんでいるだけだ。
彼女からすれば、この場面は劇なのである。精神がぶっ飛んでいる。側に居るショボンは肩を竦めた。

リl|゚ -゚ノlリ「・・・・・・嘘。貴女は私を喰らおうとしている」

佐藤が老人のように嗄れた声を出した。彼女が視線を自分の足元に遣ると、クーの影が伸びていた。
黒い影は口を引き裂いて開け、佐藤の影を一飲みにしようとしていた。とても恐ろしい女性である。
見破られたクーは片眉を上げて、肘掛に肘を添えて頬杖をついた。そうして、他所へと向いて一言、

川 ゚ -゚)「気の所為」

罪悪感を覚えずに言った。何か頭脳を刺激するところがあったのか、彼女は珍しくけたけたと笑った。
一頻り口元を弛ませたあと、クーは元の冷淡な面持ちに戻って、遠くに立っている渡辺を見遣った。



225: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:14:26.28 ID:zCzmOdzU0
川 ゚ -゚)「君い。君の所為で、私の邸が消されそうになっているんだぞ。何とか申してみたまえ」

クーは渡辺を鎮まらせようとは考えていないのか、偉そうな口調だ。渡辺はびくりと身体を震わせた。

从;'−'从「あ、貴女は反抗すると、思っていた。でも、そんなの関係ないもん。邸なんて知らない。
       黙ってて、ちょうだい。あと二十分。それで、貴女達は、居なくなってしまうんだから」

川 ゚ -゚)「もっと、きつくお仕置きをするべきだったか。おい。ドクオ。君はどう思うのかね」

('A`)「クー様の申し上げる通りで御座います。彼女はクー様の平穏を乱しました。許せません」

川 ゚ -゚)「だそうだ。全く頭の具合が悪い召使いだよ。私は、起きた当時こそ君達を傷付けたが、
     今はそのつもりは無い。同じ虐待を受けた者同士だしな。君の苦しみは分かっている」

('A`) エエー?

後ろで首を捻るドクオは気にせず、クーは腰を上げた。そして、鋭い目付きと共に、腕を上げた。
人差し指を真っ直ぐに渡辺に向ける。渡辺は息を飲んで、ことの行く先を見守ることしか出来ない。



226: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:15:06.44 ID:zCzmOdzU0
川 ゚ -゚)9m「鎮まりたまえ。渡辺。私が引導を渡してやりたいが、生憎このクーめは人間ではない。
       影となり、人間の心を忘れてしまっていて、君に掛けるべき言葉が凡そ見当が付かぬ。
       君を導くのは、私の隣に立つ人間と――後方で愚かにも呆然としている人間である」

( ^ω^)「クー」

クーは腕を下ろし、椅子に座った。人間のみの愛でしか渡辺は鎮められない。ブーンはツンから離れ、
足を引き摺りながらクーの側に寄った。彼女が座っている椅子の背もたれに手を置いて、顔を上げる。

( ^ω^)「そう。僕達が君を慰めてやらねばならない。どれだけ傷付こうが後退りはしないお」

从; − 从「やめて! 佐藤さん。どうにかしてよお! 後少しで、呪縛は完成なのに!」

渡辺は悲鳴に近い叫び声を上げた。彼女は手を差し伸べようとすると、明らかな拒絶反応を起こす。
これは幾ばくかの後悔がある証拠だ。後悔をしていなければ拒絶はしない。ブーン達には機会がある。

リl|゚ -゚ノlリ「・・・・・・」

渡辺に抱き付かれた佐藤は、刀の切っ先を翳した。黒々とした瞳の視線はブーンへと向けられている。



227: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:15:49.42 ID:zCzmOdzU0
リl|゚ -゚ノlリ「君は、心の旅で何を見た?」

( ^ω^)「・・・・・・お?」

突然に訊ねられ、ブーンは眉を集めた。そう言えば、佐藤の言葉がが心の旅をする起因となっている。
夏の日。農業公園の小道で出会い、意味深な言葉を告げて、ブーンを須名邸へと向かわせたのだ。
そして、影の存在を知った。影は皆一様に暗い過去が背中に圧し掛かっている。彼は静かな声で言う。

( ^ω^)「・・・僕はクーの在り方を見て可哀想だと思った。それと、悪いことをしたとも思った。
      彼女は僕の再来をずっと待ち望んでいたのに、僕は忘れてしまっていたのだお。
      きっと、会いに行っていればクーは死なず、違った未来が在ったに違いないのだお」

川 ゚ -゚)「・・・・・・」

( ^ω^)「ヒートという影が居る。彼女は虐められ、あろうことか電車に飛び込んだのだお。
      僕は電車に関わる事故は絶対に許せない。だけれど、彼女もやっぱり可哀想なのだお。
      あんな優しい娘が虐められる世界があってはいけない。僕は彼女の死ぬ姿が見たくない。
      だから、どうにか現世に留まれるように鎮めた。本人には嫌われているようだがね」

从; − 从「い、一体、何の話をしているの?」



229: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:16:43.41 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「茂良邸で出会ったトソンは、永遠の愛を探していた。けれどずっと見付からずに、
      彼女は正常な思考を失って夢の世界をさ迷っていた。彼女も可哀想な境遇だったお。
      僕は彼女の最期の、安らかな表情が忘れられない。恋愛映画を観せられた気分だった。
      あれに匹敵する――いや、あれ以上の愛を妻にあげられるか、僕は不安になったのだ。
      だから、あのときから僕は、日記を書くことを怠っていない。ずっと愛を綴って行く」

ブーンは一度唾を飲み込んで喉を潤わせた。

( ^ω^)「次に出会ったのはミセリという少女の影だお。彼女はショボンの実の妹なのだお。
      ミセリは良く出来た少女でね、自ら天国へと向かったのだ。兄との別れを物ともせず。
      そう。ミセリも可哀想だお。どうしてあのような優しい少女が早々に死なねばならん。
      世界は狂っている。あの事件のとき、親友が牙を剥いて来て、心底そう思ったのだお。
      だが、今は仲良くやっている。かけがえのない親友だお。これからも変わらずにね」

(´・ω・`)「・・・・・・」

( ^ω^)「そして、渡辺という子供の影が居る。彼女は可哀想だ。そう。全員可哀想なのだお。
      ――佐藤が言う心の旅で見たものは、ありとあらゆる可哀想のカタチだった!
      世界がどういう風に出来ているのかは知らないが、完全に美しくは出来ていなくて、
      如何なるときでも、目を伏せたくなるような事象が散在している。この世は恐ろしい。
      ・・・僕は、渡辺をこの胸に抱きたいと思っている。だって、可哀想ではないかお
      折角、この世に生を受けたのに、すぐに亡くなったのだから。可哀想。可哀想。
      ――僕はこれほどまでに胸が張り裂け、他人を抱きたいと思ったことはない!」



230: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:17:08.46 ID:zCzmOdzU0
从#゚ ゚从「やめろ! 三文小説はそこまでにしたまえ! 今すぐにその筆を折るのだ!」

渡辺が絶叫した。彼女の声には様々な色があった。身体の中に存在している、別の子供達の声である。
背中に生えている黒い粒子を放つ羽が、巨大化していく。渡辺はその力を持ってブーン達を殺すのだ。
もう彼女には声は届かないのだろうか。一歩一歩、ブーン達へと混沌が這うように近付いていく。

川 ゚ -゚)「やれやれ。また事件に巻き込まれてしまったな。平和な日常は、私を嫌っているらしい。
     これで決着がつけられるのかね。私達が消され、荒涼とした大地に少女が一人佇む・・・。
     だが、ちょっと待って欲しい。まだまだ終わらんよ。此処は小説の中では無いのだから。
     私達が殺されるという綺麗な落ちよりも、ぐねぐねと歪んだ不整形な結末が待っている。
     世界は気まぐれなのだよ。虐げたかと思えば、救う事もある。例えば、この一瞬――」

(;´・ω・`)「ん?」

ショボンが柵の向こうへと目を遣った。何か音が聞こえたからだ。自動車のエンジン音のようだった。
しかし、風景は雷が光る暗雲のみである。気のせいだった。再び、渡辺に顔を向けたそのとき――。
ショボンが目を向けていた反対側から、信じられないものが闖入して来た。一台のセダンである。
自動車が空を飛んでいた。何を書き記しているのかは分からないが、自動車が空を飛んでいた。



231: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:17:55.79 ID:zCzmOdzU0
その車は轟音を響かせて魔法陣の上を通り過ぎ、やがてくるくると回転したのち、動きを止めた。
扉が開き、這い出るように三人の人間が姿を現せた。ブーンが知る女性が二人と、知らない男性が一人。
車から降りた三人は、格好を付けるように肩を並べて立つ。真ん中の女性が腕を上げて大声を出した。

lw´‐ _‐ノv「呼ばれて無いのに現れる! シュー・シュテン、ただ今参上!」

\ζ(゚ー゚*ζ「灰色の頭脳を持つ名探偵、デレ・タマモですの!」

(;゚д゚)「え。その掛け声、僕もするんですか? ・・・・・・ミルナ・ストクです。はい」

ブーンは驚いた。行方不明になっていたデレが居たのだから。愛しの妻の帰来に、彼は安堵した。
一体、どこに行っていたのだろうか! ブーンは嬉々として、デレへと大きく手を振った。

( ^ω^)ノ「デレ! 君は何をしていたのだお! 随分心配したではないかお!」

ζ(゚ー゚*ζ「茂良邸まで行っていたのですの。ああ。もう一度お会い出来て嬉しいですの!」

デレはブーンに駆け寄った。二人は抱き締め合って、愛を確かめあう。そして、熱い口付けをした。
たった二日ではあるが、二人には千年は会っていない気分だった。デレは渡辺へと視線を向けた。



232: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:18:49.11 ID:zCzmOdzU0
ζ(>、<*ζ「渡辺さん! もう悪戯はここまでですの! あたし達がお相手いたしますの!」

この場には四人の影が居る。対して、相手は渡辺と佐藤の二人。人数的にはデレ達に分があった。
しかし、渡辺は睨み付ける。彼女は大人数の子供から成り立っている。それに影では影を倒せない。
いつかデレが言っていた。エル・オー・ブイ・イー。所謂愛の力のみでしか、影は打ち滅ぼせない。

从゚ ゚从「相手? 貴女達は、人間と同じ様に暴力で解決をするのですね。全く笑止である」

lw´‐ _‐ノv「誰も暴力で解決しようとは言っていないさ。君の前の女性。デレのお腹の中には、
       次の世代が宿っているのだ。君と同じ子供。それでも渡辺はやると言うのかい?」

(;^ω^)「本当なのかお?」

( ゚д゚)「僕は元医師です。精密に検査をしなければなりませんが、まあ、間違い無いでしょう」

ブーンは驚き、デレの腹を見つめる。渡辺も同じ様に見遣る。そこには胎児が宿っているという。
シューの言葉が嘘だとしても本当だとしても、卑怯な遣り方だ。渡辺は露骨に不快感を露にした。

从゚ ゚从「・・・・・・子供を盾にすると言うの? 大人って本当にやり方が汚いよね。そうだよね。
     佐藤。何をしているのだ。君は私の親友でしょう。力になろうとは思わないのか」

リl|゚ -゚ノlリ「私は」



233: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:19:31.31 ID:zCzmOdzU0
渡辺の目の前に立っている佐藤は、俯き地面に視線を落とした。束の間、そうしたあと顔を上げる。
そして、彼女は渡辺へと身体を向けて、日本刀の刀身を横にして翳した。渡辺は敵意を感じ取った。

从゚ ゚从「・・・・・・佐藤さん? これはどういう事か説明してくれるかな」


リl|゚ -゚ノlリ「私はどうすれば君が鎮まってくれるか、出会ってからずっと考えていた。・・・親友として。
      だけれど、渡辺は着々と呪いの準備を整えて行った。止めるのは、今この時しかない」

从゚ ゚从「成る程。君は時々、私を苦しめる事を言っていたね。見事に私が嫌いだったんだ」

リl|゚ -゚ノlリ「違うね。私は渡辺が好きだよ。親友だからこそ、心を鬼にして、ただ一撃を放つ。
      在世中に幾多の影を鎮めて来た――この内藤トオノが、親友である君に、慈悲の一撃を」

ξ;゚听)ξ「!?」

(;^ω^)「馬鹿な!」

ブーンとツンは狼狽えた。トオノとは兄妹の母親の名前なのだ。どうして母親が影になっている。
それに、どうして過酷な日々を送るよう仕向けたのか。ブーンには佐藤が母親とは思えなかった。
しかし、母親の名を騙って佐藤に何の得がある。佐藤は刀を翳したまま、背後の兄妹に語りかける。



235: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:20:23.66 ID:zCzmOdzU0
リl|゚ -゚ノlリ「二人とも、良く立派に成長をした。私は嬉しく想い、間も無く天へと召されるだろう。
      ホライゾン。ツン。今すぐにでもこの腕で抱いてやりたいが、私にはやるべき事がある。
      渡辺は心を壁にして、近付けないようにしている。私は、命を懸けてそれを取り除く」

「待ってくれお!」。ブーンが呼び止めるがしかし、佐藤は深く腰を落とし、白刃一閃の姿勢を取る。
刀身が輝く。彼女の動作は暗がりの中で、密やかに止まった。まるで時間が止まったかのような感覚。
玉響。佐藤は顔を上げ、渡辺を横一線に斬り裂いた。目に見えない結界が破られ、赤い飛沫が散った。
渡辺を守っていた壁に亀裂が走る。そして、ガラスの破片のような音を立てて、地面に散らばった。
しばしの沈黙のあと、佐藤は徐に刀を鞘へと収めた。彼女は、呆然としている内藤兄妹へと振り向く。

リl|゚ー゚ノlリ「・・・・・・あとは任せた」

短く告げて、佐藤の身体が粒子となって消え去って行った。・・・彼女は本当に自分達の母親だった。
最期に見せた笑顔が、正しく記憶に残るものと同じであった。ツンは崩折れて、泣き声を上げた。
ブーンもそうしていたかった。だが、母親に後を任されたのだ。彼女をあとを継がなければならない。

渡辺の胸からは血が噴き出している。その内に回復してしまうだろうが、確かに力が弱まっている。
雌雄を決するなら今だ。ブーンはつかつかと歩き出して、渡辺の前の立つと人差し指を向けた。
長々と語るべきことはない。まったく淀みのない瞳で、彼は渡辺を指差す。彼女は呻き声を上げた。

从;' '从「どうして、私の邪魔をするの」



236: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:21:07.15 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)9m「大人だからだ。大人は汚くてね。障害があれば、無理矢理にでも蹴散らしたくなる。
        例えどんな汚い手段を使ってでも排除をしたくなる。君に優しい言葉を掛けたりね。
        だが、そんな汚い大人にも心がある。二十一グラム。不変の重量を胸に抱いている。
        僕は君に本心から優しく言っているのだ。どうにか君を安らかに出来ないか考えている。
        渡辺! どうか君には、安らかに鎮まって欲しい。それが僕の正直な気持ちだお。」

从'−'从「・・・駄目だよ。私達はこんなにも辛いもの。穢れた世界を壊してしまわないといけない」

ζ(゚、゚*ζ「私のお腹の中には赤ちゃんが居るのです。それでも渡辺さんは、すると言うのですの」

デレはブーンの隣へと歩み出て、お腹を撫でた。渡辺はその様子を凝視して、前髪を掻き上げた。

从'−'从「・・・・・・・・・・・・汚いなあ。だから、大人って嫌いなんだ。ちくしょう。卑怯なんだよ」

渡辺は脱力して、両膝を地面についた。ブーンは屈み、彼女の身体を腕の中へと優しく包み込んだ。
ブーンの肌が黒く変色していく。彼女の身体は穢れきっているのだ。しかし、彼は抱擁を止めない。
これこそがツンの言っていた渡辺を鎮まらせる方法である。抱くという行為は愛を確認する為にある。
その基本的な行動を、ブーンは慈愛を伴って渡辺にしてみせたのだった。愛は地球を救うなどという。
それは、那由他の甘い言葉よりも遥かに力があって、愛に満ち満ちている。



237: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:21:51.47 ID:zCzmOdzU0
从'ー'从「・・・・・・ねえ。ペトロ。私の名前を呼んでちょうだい」

胸の中で渡辺が呟いた。ブーン達は渡辺の名前は知らない。赤子だった渡辺もまた自身の名前を知らない。
名前を呼ばれないと天国には行けない。ブーンは暫し悩んだあと、彼女の耳元で名前を告げたのだった。
それは、ブーンが自分の娘に付けようとしていた名前だ。それを繰り返し言って、渡辺は瞼を閉じた。

从- -从「良い名前。きっと貴方達の子供に生まれ変わる。でも、私が行使した呪いは止まらない」

( ^ω^)「なに? どうしたら止まるのだ」

从- -从「鏡を。私の剣となり盾となった鏡を覗き込むの。そして、貴方自身の心の旅をする。
      愛に終わりがあって、心の旅が始まるんだよ。果たして行き着く先は、天国か地獄か」

渡辺はポケットの中から一面の手鏡を取り出し、ブーンに手渡した。何の変哲もない手鏡である。
ブーンが手鏡を眺めていると、渡辺が首に腕を回した。ブーンは穢れで身体が重くなっているが、
力を込めて渡辺を抱き寄せた。彼が頭を撫でると、渡辺の緩やかな頬を沿って一筋の涙が伝った。

从   从「何だか疲れたよ。疲れて、頭が回らなくて、言葉に出来ない。今の私は幸せなのかな。
      うん。言わなくて良いよ。私は疑り深いから、今の気持ちを信じられなくなっちゃう。
      どうか、少しでも美しい世界になるように努めてちょうだい。私はそれだけが言いたいの。
      もう、子供達が悲惨な目に遭って欲しくない。優しい貴方なら、きっと大丈夫だよね。
      緑が見える。緑は平和の色。私が一番好きな色。ああ。私の意識がゆっくりと失って行く」



238: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:22:13.58 ID:zCzmOdzU0

「Viva la Vida」

そう言い残して、渡辺は現世から去ったのだった。ブーンの胸の中には、もう誰も居やしない。
彼は立ち上がり、椅子に座っているクー、その傍らに立っているドクオとショボン、後方のツン、
車の前で立っているシューと見知らぬ男性、そして視線を戻してデレの顔を見つめた。終わった。

渡辺は成仏を果たしたし、影になった原因は不明だが母親も天国へ逝った。あとは呪いを止めるだけだ。
その呪いを止める方法。渡辺は、手鏡を覗き込んで自分自身の心の旅をすれば良いと言っていた。
ブーンは折り畳まれている手鏡を開き、顔を覗き込もうとする。しかし、クーとシューが制止した。

川 ゚ -゚)「待ちたまえ。その鏡は自分自身の記憶を垣間見る代物だ。必ずや君の心は傷付くだろう」

lw´‐ _‐ノv「その覚悟が内藤さんにはあるのかい? 生半可な決心だと、帰って来れなくなるかも」

( ^ω^)「・・・・・・」

ブーンは腕時計を見遣った。時計の針は十一時五十五分を指していて、鐘がなるまであと五分である。
鐘が鳴ってしまえば、渡辺の呪縛は世界へと波紋を広げてしまう。それだと、彼女の願いは守れない。
力強く頷き、ブーンは手鏡を覗き込んだ。彼の身体が追懐へと飲み込まれ、最後の心の旅が始まった。



240: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:22:51.67 ID:zCzmOdzU0
あ、ここからツン好きな人は気を付けて下さい。
今のうちに謝っとくます。フヒヒ、サーセン。




241: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:23:18.48 ID:zCzmOdzU0
―8― 1995年 午後十四時 内藤邸

ξ*゚听)ξ「あのね。私、大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになるの!」

内藤邸のリビングで、一人の少年と、まだ五歳になるツンが顔を寄せ合って、絵を描いて遊んでいる。
今日は日曜日で、学校や幼稚園は休みである。二人は外で遊びたかったのだが、生憎の雨模様だった。
仕方なく、邸で過ごしているのだ。しかし、遊びというものは、いつしか飽きる。二人だってそうだ。

ξ*゚听)ξ「ううーん。何か別な事をして遊びましょ。お兄ちゃん、おままごとしようよ」

( ^ω^)「おままごと?」

ξ*゚听)ξ「私がお母さんで、お兄ちゃんがお父さんね。この子は私達の子供なの」

ツンは玩具箱から一体のぬいぐるみ人形を取り出して、目の前に置いた。人形が子供役である。
それから、二人がままごとをして遊んでいると、リビングの扉が開いて一人の人間が入って来た。

リ|゚ -゚ノリ「・・・また散らかしてる。きちんと仕舞わないと、お母さんは怒るよ」

( ^ω^)「分かってるよ。それよりお母さん。夕食の買出しに行くんだよね。僕も行きたい」



242: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:24:00.66 ID:zCzmOdzU0
ξ*゚听)ξ「私も行きたーい。おままごとの続きは、また後でね」

リ|゚ -゚ノリ「それなら、一旦玩具を片付けなさい」

ξ*゚听)ξ「はあい。お兄ちゃんも手伝ってよ」

( ^ω^)「どうして僕まで」

二人が玩具を箱へと片付けていると、母親はタクシー会社へと電話した。二人の子供を連れて行く。
徒歩では街に下りられない。モナーには休暇をやっていて、今日は仕事に来ていない。父親も仕事だ。
玩具箱に仕舞い終え、しばらくすると邸内にインターホンが鳴り響いた。兄妹は顔を見合わせる。
玄関ホールへと向かう母親の後ろを、ブーンとツンは追いかけて行った。買い物に行くのである。

/ ,' 3「これはこれは奥様。ご機嫌うるわしゅう。お久しぶりですな」

リ|゚ -゚ノリ「どうも。街まで頼みます」

門の外には初老の男性が立っていた。彼は荒巻といい、母親が贔屓にしているタクシー運転手だ。
モナーが居ないときは、いつも彼に電話をして運転を頼んでいる。母親は無愛想に挨拶を交わして、
タクシーの後部座席に乗り込んだ。彼女の両脇にはブーンとツンが座っている。タクシーが発進した。



244: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:24:41.48 ID:zCzmOdzU0
/ ,' 3「お坊ちゃんとお嬢ちゃんの顔を見るのも久々ですなあ。ワシを覚えていますかの?」

ξ*゚听)ξ「知らなーい」

/ ,' 3 グサッ

( ^ω^)「覚えている。荒巻だろう。タクシーの会社を興したいと言っていた」

ブーンは少年のころから、偉そうな物言いをしていた。だが、このときは空気を読める人格である。

/ ,' 3「ほっほっほ。流石お坊ちゃんは理知的でいらっしゃる。旦那様の後をお継ぎになったら、
    ワシに少しばかり援助をして下さらんかな。いやいや。年寄りのお茶目な冗談じゃよ」

そう言って笑う荒巻だが、年老いた瞳には若干本気の炎が宿っていた。母親はため息を付いた。

リ|゚ -゚ノリ「どうでも構いませんが、運転は慎重にね。近頃、街では事故が多いと使用人から聞きます」

/ ,' 3「おっと。いかんいかん。そうなんじゃよ。平和な街なのに、おかしなこっちゃですのう」



245: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:25:27.99 ID:zCzmOdzU0
荒巻が速度を少し落として車を走らせていると、窓の外に民家が疎らに見えるようになって来た。
ビップへと入ったのだ。母親は身体を乗り出して、街の南側にある書店まで行くよう、荒巻に言った。

/ ,' 3「おや。毎度の食料品屋に行くのではないのかの?」

リ|゚ -゚ノリ「折角、一緒に街に下りるのですし、子供達に本を買ってあげようと思う」

/ ,' 3「ほう! 良かったのう。お坊ちゃん達」

リ|゚ -゚ノリ「前見て、前」

/ ,' 3「いかんいかんいかん」

たわいない会話を、母親と荒巻が交わし始めた。ブーン達はつまらなくなって、欠伸を漏らした。
十分後。食料品屋に辿り着き、母親は荒巻に料金を支払って、子供達と手を繋いで車から降りた。
タクシーが去って行き、母親はブーン達の手を引いて書店に入った。街では一番大きな書店である。

従って、敷地面積は広く、多くの本棚が並んでいる。彼は母親から離れ、児童小説が置かれてある
本棚へと駆けて行った。ツンも兄を追いかける。本当にずっと離れることのない兄妹なのであった。



246: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:26:27.19 ID:zCzmOdzU0
リ|゚ -゚ノリ「ふう」

滅多に感情の色を見せない母親が、疲れた様子で息を漏らして、書店内に居る人間達を見回した。
その中の一人に彼女の視線が注がれる。一見、普通の男性に見えるが、背中には黒い翼が生えている。
影だ。随分昔から母親には特別な力が備わっており、人間と影とを見分けることが出来るのである。

影の男性は書店の外へと出て行った。何も仕出かさなかった。彼女はもう一度小さく息を漏らして、
ブーン達の元へと近付いた。読書コーナーにて、ブーンは小説を読み、ツンは彼に寄り添っている。
ツンは兄離れをするのだろうかと、母親は心配に思っている。この二人は、いつもくっ付き過ぎだ。

しばし椅子に座って休憩をしたあと、母親はブーンが気に入った本と、付録つきの漫画雑誌を買った。
漫画雑誌はツンのためにである。書店を出て、馴染みの食料品屋へと母親は向かう。その中途のこと。
雨の中。信号待ちをしていると、側に止まっている自動車の中の光景が、ブーンの両目に映った。

父親だろう人物がハンドルを握り、その隣には母親が笑顔で腰を掛け、後ろには二人の兄妹が居る。
幸せな光景だ。雨の景色に飽き始めていたブーンは、その楽しげな様子が、とても羨ましく思った。
内藤家よりも格が低いのに、どうして多幸感に溢れているのか。どうして家族が揃っているのか。

( ^ω^)「お母さん。僕、もっと楽しいところに行きたいよ」

不意にブーンが愚図った。彼が不遜な一面を持っていることを知っている母親は、たしなめる。



247: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:27:06.03 ID:zCzmOdzU0
リ|゚ -゚ノリ「駄目。そんな事を言っていると、此処に置いて行ってしまうよ」

信号が青になり、人々は横断歩道を踏み鳴らし始めた。母親とツンもそれに紛れようとするがしかし、
少年は依怙地になってその場から動かない。父親は育児に協力的ではないので、母親は参っている。
どうすれば彼が言うことを聞いてくれるのか、未熟な母親は困った。そうしていると赤信号になった。

リ|゚ -゚ノリ「・・・・・・ホライゾンは、何処に行きたいと言うの? 楽しい所って何処なの?」

( ^ω^)「それは、電車に乗って都会とか。この前に行って、楽しかったし」

この小さな街のビップから都会に足を運ぶには、電車に乗り、二時間ほどを要さなければならない。
夕食に遅れてしまうかもしれない。母親が断ろうとするが、ブーンは俯いたまま、動こうとしない。
大理石の像のようだ。母親は彼の一念に負けて、かくんと項垂れた。そのまま小さな声を絞り出す。

リ|- -ノリ「はあ。直ぐに帰るからね。夜には、お父様が帰って来るんだから」

ブーンはツンと顔を見合わせて喜んだ。あの車に乗っていた兄妹と同じ様に楽しく過ごせるのだ。
母親はツンを傘に入れながら駅舎への階段を昇る。ブーンは楽しさ余って、二人の先を進んでいる。
やがて、タクシーが停車している駅前まで着き、母親はそこを通り過ぎて、改札口へと向かった。



250: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:27:48.01 ID:zCzmOdzU0
都会行きの切符を買い、三人は駅員に見せて改札口を通る。そしてホームに立ち、電車の到着を待つ。
雨の水滴が、レールを鈍く赤茶色にぬめらせている。三人の他の人間の姿は、疎らにしか居ない。
ビップの街の住人は閉鎖的なところがあり、わざわざ外の街にでかけようとするものは少ない。

自分の街で全てが賄えるのだ。小さな規模ではあるが、決して田舎でない街の長所と短所である。
それは別として、ホームにベルが鳴り響き、列車の到着を知らされる。遠くから電車がやって来る。
到着し、ややずれたところで扉が開くと、駅員が窓から顔を覗かせた。駅員の耳は紅潮していた。

ブーン達は無人の電車に乗る。長椅子に腰掛け、発車を待つ。扉が閉められ、ゆっくりと景色が動く。
直線に電車が進むが、先に山間に沿って大きなカーブがある。従って、速度を落とさないといけない。
だがしかし、速度は弛まなかった。それどころか、速度は増しているようだった。ツンが不安げにする。

ξ*゚听)ξ「・・・? 何だか、変じゃない?」

リ|゚ -゚ノリ「ちょっと待ってて。駅員さんの所へ行ってくる」

母親が駅員のところへ向かおうとするが、揺れが激しく動けない。突然、三人に浮遊感が襲った。
高速で電車がカーブに突入したのだ。母親がブーンとツンの身体を抱き締めて、衝撃に堪える。
ふわり。身体が宙を舞った。次いで耳をつんざく音と、身体が地面に叩き付けられる衝撃が走った。



251: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:28:37.20 ID:zCzmOdzU0
・・・・・・。
大惨事となった。電車が脱線をして横転した。雲が晴れた夕焼けの下、母親は瓦礫に挟まれていた。
華奢な身体を乗せて、彼女はブーンとツンを庇っている。全身から血が溢れており、満身創痍である。。
事件が起こらない街の性質の所為か、救助は難航しているようだ。母親の命は、風前の灯火だった。

ξ; )ξ「苦しいよう」

ツンが呻き声を出す。幼い彼女には、母親の体重は重過ぎる。しかし、瓦礫に埋もれるよりはマシだ。
力を振り絞って、母親が鉄の残骸から這い出ようとするが、どうしても無理で地面に顔を付けた。
そのとき、頭上でじゃりと足音が聞こえた。彼女が見上げれば、そこには一人の少女が立っていた。

从'−'从「・・・・・・」

大人しそうな顔付きの少女――いや、幼児だ。背中からは小さな黒い翼が伸びている。影。
この影がやったことなのか。人間と影の区別が付く母親は、顔をしかめて少女に語り掛ける。

リ|メ゚ -゚ノリ「可哀想に。貴女がしたのね。・・・どうしよう。抱いてあげたいのに、身体が動かない」

从'−'从「私が、やったんじゃないよ。傍観してただけ。文句なら、愚かな、人間に言って」

(; ω )「“お”、“お”、“お”。お母さん。・・・この人は、誰なのだお」



252: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:29:29.95 ID:zCzmOdzU0
リ|メ゚ -゚ノリ「今はじっとしておきなさい」

母親が優しく言い聞かせれば、ブーンは緩やかに意識を失い、混濁の海の底へと沈んで行った。
それを確認すると、母親は再度少女へと顔を上げた。大量の思念が絡まり、一人の人間を形成している。

从'−'从「貴女は、数々の影を、鎮めて来た。まるでユタ。その血は、二人の子供へと受け継がれる。
      私ね。この世界を、変えようとしているの。現在と過去との融合を。止めてくれるかな」

リ|メ゚ -゚ノリ「止めたいけど、止められないよ」

从'−'从「私は、死地も求めているんだと思う。そうすれば、苦しみから、解放されるもんね。
      ――ひとつ、勝負をしない? その二人の子供は、成長をすれば、影が見えるようになる。
      貴女は、無理かもしれないけど、どちらかの子供が、いつか私の前に現れる、気がするの。
      両方かもしれないけどね。兎に角、私の企みを止められるか、ひとつ勝負をしましょう」

渡辺は地面に落ちている玩具を拾い上げた。ブーンが母親から買って貰った小さな玩具である。
手に平に収まるサイズで、赤色青色黄色の三つのボタンが付属している。それらのボタンを押せば、
それぞれアニメキャラクターの声を鳴らせる陳腐な玩具だ。渡辺は目を閉じて、玩具を握り締めた。
玩具に不可思議な力が注ぎ込まれる。そして、渡辺は倒れているブーンの手に、玩具を返した。



253: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:30:37.28 ID:zCzmOdzU0
从'−'从「私が、呪いを実行したとき、その玩具は、制御の働きをする。ボタンを、押せば良いの。
      ただし、正解は一つだけで、間違ったら一巻の終わり。私の望む世界が、作り上げられる。
      正しいボタンを押せば、私の負け。どう? 子供さん達は、私を止められるかな」

リ|メ゚ -゚ノリ「・・・・・・当然。私の息子と娘は、立派に成長をし、君の企みなど容易に食い止める」

从'ー'从「そう」

渡辺は微笑を残して姿を消した。事件を起こそうとする自分を、止めて欲しかったのかもしれない。
それは憶測なので、彼女の気持ちは正確には分からない。母親は傍らに居る子供達をつよく抱いた。
そうして彼女は目を閉じ、その命を絶えた。電車の残骸が消え、夕焼けの大地にブーンは足を着けた。

( ^ω^)「ははは」

オレンジ色に染まった以外は何も無い場所で、ブーンは壊れような笑いを溢した。少年の姿ではない。
青年の背格好である。記憶の中に、彼は入り込んだのだ。二度と見たくなかった母親の死に際を見た。
デレに見付けて貰って以来、今まで肌身離さず持っていた玩具を、ブーンはポケットから取り出した。

この玩具が解呪の装置である。三つの内、正解の色のボタンを押せば渡辺の呪いは失敗に終わる。
単純明快だ。しかし、ブーンには見当が付かない。彼は逃げるように、夕刻の道を歩き始めた。



254: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:32:01.99 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「人生っておかしい。たった一度の過ちで取り返しが付かない事態になるのだから。
      一度くらい良いではないか。子供のしたことだ。神様、どうかどうか許したまえ。
      キリエエレイソン。母親を返してください。母親は旅立つ僕の心を知っていました。
      成長をさせるために、敢えて茨の道を歩かせたのです。それも一つの優しさなのです。
      母親は僕とツンの成長を心残りに、影となってしまったのでしょう。無念でした。
      けれども、僕とツンは成長しました。特に僕は二十七歳にして幼年期を終えたのです。
      ずっとわがままばかりを言う子供でした。あのときの母親の笑顔の意味が分かりました。
      そう。笑っていました。きっと、安らかな面持ちで天国へと向かえたことでしょう。
      それでも人生はおかしいのです。この世は、電化製品のコードのようなものです。
      放っておけば何も起こりません。だけど、ふとした拍子に触ると絡まってしまいます。
      複雑になってしまう。出来ることなら触りたくない。ですが、黙ってはいられないときがあります。
      人間は動かなければならないときがあります。僕はそれを知らず、事件に飛び込びました。
      僕は奇人です。奇人達は二十一グラムの旅をします、ようです。というか、しました。
      そうして見て来たものは、忌むべきものばかりでした。汚物に触れた気分でした。
      僕はどうにかそれらを解決し、時折は絶望みながらも、徐に成長を遂げて行きました。
      母親の去り際を見ても、発作を起こさず、勇猛果敢に渡辺へと立ち向かえるまでに。
      ああ。神様。現在、デレのお腹には、僕の子供が宿っています。影でも子供が出来るのです。
      その子供のためにも、僕は未来を切り開かねばなりません。それがこの玩具のボタン。
      一体、どれが正解だと言うのでしょう。僕の手に、全世界の人間の命が掛かっている。
      気が狂いそうだ。むしろ、既に狂っています。どうにも、僕には正解が分かりません。
      神様なら知っているでしょう。さあ。さあ。さあ。その智慧を僕にお与えください!」

ブーンは立ち止まり、両腕を広げた。橙色の空を見上げ、狂人の形相でくるくると回る。
やがて、全身の力を失い、ブーンはその場で尻を着いた。汚れなど気にせずに、地面に寝そべる。



256: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:32:39.69 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「・・・・・・」

自分の左手を枕にして、ブーンは沈黙する。ようやくおかしくなった頭が醒めて来たのだった。
右手には、起爆を解除するための装置が握られている。ブーンは装置を自分の眼の前に遣って眺める。
どれを押せば解呪が可能なのだ。ヒントはないのか。ブーンは目を閉じて、渡辺の言葉を思い出す。

彼女は、瞼を閉じれば緑色が見えると言っていた。今際の際では、緑色が好きだと言っていた。
しかし、ボタンの色は、赤色、青色、黄色の三色で、緑色なんてものはない。きっと、関係がない。
ノーヒントなのだ。ブーンは微かに自分を嘲り笑って、空を仰いだ。夕焼けが大空を覆っている。

渡辺と神は、いたいけな青年に随分と過酷な試練を与えてくれるではないか。世界を救うのだよ。
セーブ・ジ・アース。狂っていやがる。そういうのは、小説や漫画の中でしておけっていうのだ。
苛立った面持ちで、ブーンは瞼を閉じた。そこに映る光景は、確かに緑色とも取れるものだった。

目を開く。変わりのない夕空に、夜空が混じって紫色となっていた。・・・ブーンは身体を起こした。

( ^ω^)「そうか。そうなのか」

ブーンは立ち上がった。彼にはどのボタンを押せばいいか、閃いたのである。



258: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:33:49.06 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「やれやれ。この僕が最高に目立つ一瞬を、誰にも見せられないのは、とても辛い。
      しかし、僕がやらなければならない。お母さん。ツン。デレ。ショボン。クー。
      ドクオ。シュー。それと、屋上に居た見知らぬおっさん。よおく、見ていたまえ。
      行動と結果で、僕の知性を示してやるのだ。ああ。そうそう。忘れていた――」

ブーンは指を打ち鳴らして、すっと虚空へと向けて指を差した。威圧感のある口調で彼は言う。

( ^ω^)9m「君達にもね。さあ。知性溢れる僕は、絶対に正解のボタンを押してみせる」








                          ブーンは、緑色のボタンを押した。



261: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:34:56.60 ID:zCzmOdzU0
―9― 2013年 六月 午前八時 内藤邸

あの事件から二ヶ月が過ぎた。見事にブーンが渡辺の呪いを打ち破ると、魔法陣は音もなく消え去った。
ヒートや、その他の影を開放して消えたのだ。人間も戻った。解呪したのだから、平和な日々が蘇る。
ビップの住人は四月三日の記憶を失っている。大なり小なり騒ぎはあったが、事件は終結を迎えたのだった。

ζ(゚ー゚*ζ「あたし、庭でショボンさんをお待ちしておきますの」

デレが玄関扉を開けて庭へと出て行った。今日は、透き抜けるような晴天で、陽射しが眩しい。
結局、ブーンは父親の後を継がないことに決めた。都会へと進出し、私立探偵事務所を構えるのだ。
これからジョルジュの居る都会へと向かう。荷物一式は、事前に業者に頼んで運んで貰っている。

ブーンは開け放たれた玄関から、庭で佇むデレを見遣る。彼女は淡いピンク色のマタニティウェアを
着ている。妊娠六ヶ月である。本当に子供が出来ていたのだ。生まれるのは人間か、はたまた影か。
どちらかは分からない。だが、ブーンは知恵を振り絞って、子供を立派に育ててみせようと思っている。

時計塔の屋上で、デレとシューと一緒に現れたおっさんは医師だった。出産時、彼に頼むつもりである。
玄関扉を閉める。九時にショボンが内藤邸まで来て、駅舎まで乗せて貰う。勿論、そこからは電車だ。
彼は都会まで運んでやると言っていたが、電車にする。街を出ると同時に、過去を振り切りたいからだ。

いつまでもうじうじとしていては、仕事をやっていけない。ブーンは、踵を返して食堂へと入った。
食堂ではツンが紅茶を飲んでいた。彼女は邸に残ると言ったので、今日から少しの間お別れである。
寂しいがツンも一人立ちの時期だ。しかし、毎日電話を掛けてやる。妹想いな兄は、彼女の前に座った。

ξ゚听)ξ「お兄様にも、お紅茶をお持ちしますわ」



262: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:35:32.58 ID:zCzmOdzU0
九時まで時間がある。ツンの言葉に甘え、紅茶を頂くことにした。キッチンから彼女が戻ってくる。
ブーンの目の前に紅茶が注がれたコップが置かれ、ツンは前の席に腰を下ろした。静ひつな空間になる。
可愛い妹の姿を焼き付けておこうと、ブーンがじろじろと見つめていると、ツンは眉根を寄せた。

ξ゚听)ξ「お兄様は、よくよく私を気持ち悪く見つめますわね。旅立つ前からホームシックですか?」

( ^ω^)「馬鹿な。大切な妹の姿を、忘れないようにしているだけだ。気にせずとも良い」

ξ--)ξ「それって、結局の所寂しいんじゃないですか」

ツンが大きなため息を吐いた。ブーンは湯気の立っている紅茶を一口だけ啜り、乾いた喉を潤した。
これから、彼には言うことがある。それは、妹との関係を崩しかけない事柄だ。とても勇気が要る。
放っておいた方がいいものがある。しかし、ブーンは心にわだかまりを残しておきたくなかった。

最後に対峙するのは、凶悪な影ではなく、また自分自身でもなく、ツン――人間である。一人の人間。
ツンは、「影が嫌い。怖い」と以前は口々に言っていたのに、随分とちぐはぐな行動を取って来た。
トソンを前にしても怯まず、渡辺を鎮まらせる助手も願い出た。忌んでいる割に、積極的が過ぎるのだ。

ブーンはコップを受け皿に置き、きちんとした姿勢で座っているツンを眺めた。そして、彼は言う。



265: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:36:48.35 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「ツン。ツンは影が嫌いなんだよね」

ξ゚听)ξ「・・・藪から棒に。そうですわ。私は彼らの所為で、邸に閉じこもっているのです」

( ^ω^)「ふむ。だけれど、君は積極的に退治をしてきたよね。まるで歴戦の勇士さながらに」

ξ゚听)ξ「・・・・・・」

( ^ω^)「そこで僕は考えたのだ。
      君は、“影なんて取るに足らないもの”だと思っているのではないかって」

ξ゚听)ξ「・・・まさか。私は影を恐れています。いつの時だってそうです」

( ^ω^)「悪いとは思ったが、以前、君の部屋でお母さんの日記を見付けて、読ませて貰った。
      そこには、とんでもないことが書かれていた。影との戦いの日々が綴られていたのだ。
      お母さんは影が見えていた。どうにも血筋らしい。僕達は、その血を引いている」

ツンが僅かに気色ばみ、ブーンから視線を逸らした。

( ^ω^)「ツンは影を退ける方法を完全に熟知していた。だから、恐れるに足らない存在だ。
      ほう。ここで奇妙なことが発覚する。君は嘘を吐き通して、この邸に篭っていたのだ。
      その理由を教えて欲しい。大好きな妹だ。例え、どんな理由だろうが僕は許してやる」



266: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:37:55.01 ID:zCzmOdzU0
言い終えて、しばしの間沈黙が流れた。ツンは、このまま黙秘をし続けてしまう。
ブーンは危惧したが、彼女はゆっくりと静かに口を開いた。そのつんと尖った唇が上下に動く。

ξ゚听)ξ「仰られる通り、私は影を恐れていません。何度も戦ってきたので感覚が麻痺しています」

( ^ω^)「ふむ。ツンは須名邸の一室で、僕とショボンに知らしめるように鏡を見ろと言ったね。
      須名邸に赴くのも積極的だった。あれは、君にどのような感情が働いたんだい?」

ξ゚听)ξ「ショボンさんには悪い事をしてしまいました。あの人は巻き込みたくなかったのです。
       お兄様にだけ影の存在を知って欲しかった。・・・私は、それまでのお兄様が嫌いでした。
       お母様が亡くなってから、すっかりと不遜になって、まるで小さな子供のようでした。
       だから、私の好きなお兄様に戻られるよう自分勝手に案じて、成長を促したのですわ」

( ^ω^)「心の欠片を見て、人の気持ちを知って成長をする」

ξ゚听)ξ「そうです。そうして、お兄様はご立派になりました。今は私よりも人格が出来ています。
      本当に良かった。これで私はお兄様を好きになれます。けど、邪魔に思う人間が居ます」

( ^ω^)「邪魔、とは?」

ツンは腰を上げて、ブーンに背中を向けた。その背中には、様々な感情の色がが圧し掛かっている。



267: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:38:47.93 ID:zCzmOdzU0
ξ゚听)ξ「デレです。私の愛するお兄様を奪い取って行った。私はお兄様を愛しているのです」

そして、ツンはブーンへと振り向いた。彼女の双眸は、今にも泣き出しそうに潤んでいる。

ξ゚听)ξ「私は、お兄様を一人の男性として愛しています。物心ついた頃からそう想っていました。
       大人になって、行く行くはお兄様と結婚をする。幼年期から、思い続けて参りました。
       でも、兄妹では結婚が出来ないのです。なのに、簡単に結婚をしたデレが許せなかった・・・」

食堂をうろうろと彷徨い始め、ツンは述懐を続ける。

ξ゚听)ξ「中学生の時、私は普通の人間と影とを見分けられる眼を手に入れました。覚醒をした。
       影には何の恐怖も感じなかった。お母様がお残しになった、日記があるのですから。
       そこで、私は一計を案じたのです。影の所為にして、邸に閉じ篭ろうと決めたのです」

( ^ω^)「そうすると、長い時間僕と一緒に居られることが出来る」

ξ゚听)ξ「ええ。ご名答ですわ。閉じ篭る事で、通学の時以外は、お兄様と過ごせられたのです。
       それ程までに愛してしまっているのに、お兄様と一緒になれない。世界は狂っています。
       兄妹なんて絆は、私には必要御座いません。ただ、男女の繋がりがあれば良かった。
       ・・・・・・この邸は音が筒抜けです。真下のお兄様の部屋から、声や物音が聞こえます。
       大体はお兄様とデレがお喋りになっている声です。けれど、夜になると喘ぎ声が響く」



269: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:39:54.93 ID:zCzmOdzU0
ブーンの側までやって来て、ツンは抱き付いた。甘い匂いが鼻腔を擽る。彼は妹へは顔を向けない。

ξ゚听)ξ「お兄様とデレがセックスをしている。その時の私は、暗澹たる気持ちに陥ります。
       私が望んでいる事を、別な女が実現をしているのですから。悔しくて毎晩泣いていました。
       それと同時、情欲が湧いて来て、私は自慰をしていました。枕を濡らしながらの自慰です。
       お兄様に抱かれている自分を想像して、その行為に耽る。お兄様の子種が注がれる・・・。
       ねえ。お兄様。今から私を部屋に連れて行って抱いて下さい。此処でも構いません。
       私はお兄様と離れ離れになるのがイヤ。最後にどうか、私に傷跡を残して欲しいのです。
       ・・・・・・この小さな世界で、一等の奇人は、お兄様ではなく、私なのでした」

とうとうツンは涙を流した。ブーンのスーツが水気を含んで行く。彼女は兄を愛していたのだった。
いいや。兄としてではなく、一人の男性として。ずっと影ながら、ブーンの成長を見守っていた。
気丈夫で健気な女性だ。ブーンは彼女の身体を抱けない。だがしかし、優しく包むことなら出来る。

彼はそっと立ち上がり、ツンの身体を優しく抱いた。頬を寄せ合い、頬に口付けをし合った。
そして、ツンが彼の胸の中へと顔を埋めた。兄妹という関係で可能なのは、ここまでである。

( ^ω^)「ツン。僕もツンのことを愛しているよ。ただ、兄妹としてね」

ξ;;)ξ「失恋、ですか」

( ^ω^)「そうだね。・・・これから僕の束縛から離れ、一人の大人として生きて欲しい」

ξ;;)ξ「いやいや。いやです。どうか、私の身体を滅茶苦茶にして下さい」



270: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:40:42.00 ID:zCzmOdzU0
ツンは言葉を聞こうとはしない。そうしていると、窓から自動車のエンジン音が届いた。
ショボンが早くに訪れたのだ。デレの足音が近付いて来る。二人は徐に身体を離した。

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンさん。ショボンさんが来てくれましたのー!」

明るい声を出して、デレが食堂に入って来た。ブーンは片手を上げ、ツンは後ろを向いて顔を隠した。
くりくりとした青い瞳が二人の様子を窺う。きっと、別れの挨拶をしていたのだ。デレは解釈して、
食堂から出て行った。ブーンはツンの姿を一瞥してから、食堂を出た。ツンが一人食堂に残された。

(´・ω・`)「本当に良いのかい? ブーンは電車が嫌いなのだろう」

( ^ω^)「構わない。ショボンには仕事があるのだろう。僕よりもそちらを優先したまえ」

言って、ブーンとデレが自動車に乗り込むと、ショボンが運転席に座って、エンジンを駆動させた。
ふと、ブーンは後ろを振り返り、内藤邸の巨大な全貌を眺める。ツンは見送りに来てくれなかった。
それもそうだろう。彼女は傷心の最中に居るのだから。動けないのだ。車がゆっくりと進み始めた。

もう一度、ブーンは後ろに振り返る。しかし、小説のように感動的なシーンが起こることはなかった。
車は内藤邸からどんどんと遠ざかり、無情にもブーン達を運んでいく。新たな旅の始まりであった――。



275: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:41:54.04 ID:zCzmOdzU0
――。
  _
( ゚∀゚)「それで聞いてくれよ。娘が俺の事をパパって呼んでくれたんだぜ」

( ^ω^)「そう! そいつは良いね! さっさと、出て行ってくれないかな。仕事の邪魔だ」

あれから一年後。ブーンは都会にて探偵の仕事をしていた。
ピップとは違い、都会には沢山の事件が転がっている。広告をしているのもあって、仕事は順調である。
だがしかし、問題が一つあった。ジョルジュが毎日のように、探偵事務所に入り浸っているのだった。
  _
( ゚∀゚)「まあ、そう言うなって。どうしてか、俺には友達が少なくてな。はっはっは。死ね!」

( ^ω^)「死ね、って・・・。友達が居ないのは、君がおかしな人間な所為だからだ。
      いい加減、女性の胸以外の興味を見付けてみてはどうかね。気持ちが悪い」
  _
( ゚∀゚)「ばか。俺からおっぱいを取ったらどうなると思ってんだ。ただの眉毛になってしまうだろ」

( ^ω^)「ただの眉毛・・・」

ジョルジュは凛々しい眉毛を動かせた。この太い眉はジョルジュのチャームポイントである。
「はあ」、とため息を吐き、肩を竦めて、ブーンは書類へと目を通した。とある既婚男性の素行調査だ。
その書類上に、男性が女性とホテルか出ている様子が撮られた写真を置いた。依頼は達成されている。



276: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:43:15.12 ID:zCzmOdzU0
  _
( ゚∀゚)「おっ。こいつはいけねえな。子供も居るんだろう。結婚をすれば妻子を守らないとな」

ジョルジュが手に取った証拠写真を、ブーンは奪い返した。探偵なのだから守秘義務を果たすべきだ。
秘密が漏れれば、名探偵の名折れである。ブーンが睨み付けると、ジョルジュは悪戯っぽく笑った。
この奇人め。ブーンは眉をひそめて、事務所の片隅へと視線を向けた。そこには、ソファに座って、
赤子に乳をやっているデレの姿があった。赤子の名前は**といい、彼とデレの間に生まれた女の子だ。
ミルナという元医師の影に手伝って貰い、無事に出生したのだった。赤子の背中には白い翼がある。

ζ(゚ー゚*ζ「よしよし♪ **ちゃんは可愛いですのー」

从- -从「・・・・・・」

人間と影の子供。まるで天使のような姿である。現世は悔恨と希望とが入り乱れて構成されている。
  _
( ゚∀゚)「お前達の子供は、どういう風に成長するのだろうなあ」

( ^ω^)「ふん。僕とデレに似て、聡明な人間になるに決まっている」
 _
(;゚∀゚)「ああそう。いつも思うが、ブーンの自信はどこから湧いて来るんだよ」

( ^ω^)「さてね。そろそろ新規の依頼者が来る時間だ。ジョルジュは帰りたまえよ」
  _
( ゚∀゚)「新規? 今度はどんな依頼なんだ? 口外しないから、こっそりと教えてくれよ」

ジョルジュは悪びれずに言った。毎度、彼はこのような調子なのだ。ブーンは教えたくはないが。
そうしないと彼は退散しない。ブーンは背もたれに深く背中を埋めて、ペンをくるくると回した。



278: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:44:16.79 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「昨日、電話で連絡があった。女性で、行方不明になっている兄を探して欲しいらしい」
  _
( ゚∀゚)「行方不明。それはそれは。調査が難航しそうだな」

( ^ω^)「いいや。僕は一瞬で見付けてみせるね」
 _
(;゚∀゚)「本当に、その自信はどこから湧いて来るんだ? 行方不明なんてただ事じゃねえぞ」

( ^ω^)「実は、その兄の所在は既に突き止めているのだ。どうだ? 素晴らしいだろう」

ジョルジュが驚愕すると、事務所のガチャリと扉が開いた。事務所内の一同はそちらへと顔を遣った。
気の強そうな女性だ。女性は小さく頭を下げると、ブーンに誘導されるがままに、ソファに腰掛けた。
ブーンは女性の前に座った。鋭い目付きをしながら、彼は顎に手を添えて、依頼者に質問をした。

( ^ω^)「どうも。あなたは行方不明の兄を探している。間違いありませんね?」

女性は頷いた。



279: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:44:57.21 ID:zCzmOdzU0
「私の家は、とある大会社を経営しているのですわ。兄がその後を継がなければいけないのですが、
 不良な兄でしてね。ある時、自分の好き勝手に邸を飛び出したのです。何を考えているのやら。
 ・・・そのような兄ではありますが、私は好きなのです。もう一度、兄と暮らしたく思っています。
 今まで、兄の事など忘れて、私は邸にて過ごしておりました。ですけれど、もう限界なのですわ。
 兄は妻子を持っています。私が間に割り入れば、きっと、さぞや邪険に扱われる事でしょう。
 けど、それでも構いません。探偵さん。どうか、愚かで私の好きな兄を探してはくれませんか」

数秒間。ブーンは俯き、それから顔を上げた。彼は破顔一笑し、人差し指の先を女性へと向けた。



( ^ω^)9m「一緒に暮らす。内藤家の名前を捨てるつもりだ。君も不良だね――――ツン」

ξ゚ー゚)ξ「兄妹ですので、似ているのですわ」



人生は複雑に絡まりあいながら続いていく。この先、目を伏せたくなるような事実もあるだろう。
しかし、そんなときこそ心を、二十一グラムを強く持ち、想い、乗り越えていかなければならない。
こうして、青年は幼年期を終えた。彼の行く未来に、幸多からんことを。子供は、嬉しそうに笑った。


       一つの愛に終わりがあって、また一つの旅が始まるのであります。 
           5:二十一グラムは幼年期を終える 了



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