( ^ω^)奇人達は二十一グラムの旅をしますようです

145: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:11:10.73 ID:zCzmOdzU0
―5― 四月二日 午前九時 ラウンジ港

lw´‐ _‐ノv「ヘイ! イエーイ! おい。こら。待て。停まれ! 車よ、停まってくれええ!」

ラウンジ港へと着いたデレとシューは、車通りの多い道路へと出て、必死にヒッチハイクをしている。
シューは腕を振り上げて車に呼び掛けて、デレは“停まって”と文字が書かれたノートを翳している。
二人の女性の旅人である。運転手が男性なら停まってくれそうなところだが、ちょっと待って欲しい。
怪し過ぎる。美味しい話には気を付けなければならない。何か裏がありそうだな、と訝しがられるのだ。

ζ(゚ー゚;ζ「もう一時間が経ちますけど、誰も停まってくれませんの。どうしましょう」

デレはノートを閉じて、屈み込んだ。一向に車は停まってくれる気配を見せない。疲労困憊である。
おまけに、今日のラウンジは暑かった。じりじりと日光が射し、デレとシューの体力を削って行く。
また一台の車が通り掛かる。シューが手を上げるが、車はスピードを落とさずに駆け抜けて行った。
猛烈な排気ガスに巻かれる二人。デレは目を瞑って口を手でおさえながら、ゆっくりと立ち上がった。

ζ(>、<*ζ「諦めましょう。半日掛かりますが、電車で行きますの!」



146: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:12:03.75 ID:zCzmOdzU0
lw´‐ _‐ノv「嫌だね! 私は電車事故で死んだんだ。恐がってしまう。こうなったら必殺技を使う」

ζ(゚ー゚*ζ「必殺技ですの?」

lw´‐ _‐ノv「そうともそうとも。色仕掛けよりも、運転手の目を惹かせる必殺技だよ」

シューは胸で握り拳を作って、気持ちを強く持った。遠くの景色から一台のセダンが見えてくる。
あれだ。あれを、見事に停めてみせよう。車よ停まれ。シューは呟き、最強の必殺技を繰り出した。

(;゚д゚)「!?」

白いセダンを運転する男性が、目を丸くして車を急停止させた。口をぽかんと開けて呆然とする。
それもそのはずだ。シューが両手を広げて、車道に飛び出したのだから。これが彼女の必殺技・・・。
デレは口に両手を当てて驚愕している。突拍子のないことをする友人である。シューは車の窓を叩く。

lw´‐ _‐ノv「どうもどうも。驚かせてすみませんでした。ちょっと、車に乗せて欲しいんですが」

(;゚д゚)「あ・・・・・・ああ・・・・・・」



147: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:13:21.30 ID:zCzmOdzU0
男性は生きた心地がせずに、口をパクパクとさせる。シューはそれを了承してくれたものと受け取り、
デレへと手を振った。彼女は信じられないと呆れ顔で、車に寄って来る。そして、運転手に話し掛けた。

ζ(゚、゚;ζ「友人がご迷惑をおかけしましたの。良い人なんですが、たまにおかしくなって。
       ・・・よろしければ、あたし達をクラシック村まで連れて行って欲しいんですの」

( ゚д゚)「・・・・・・あはあ。貴女達は、僕と同類ですか。どうせ暇なので良いでしょう。乗って下さい」

ζ(゚、゚*ζ「えっ」

丁寧な言葉遣いをして、デレ達を誘う男性の背中には、黒い両翼がある。彼もまた影なのであった。
全世界に影は相当な数が居る。人間が人口を増やす限りは、彼らの数も増えていく。人間は非情だ。
とにかく、相手が影であるなら事情を話し易い。デレは後部座席に乗り、シューは助手席に座った。

あちらを見ている男性は、ミルナ・ストクと名乗った。昔、彼は眼差しを真っ直ぐに向ける人間だったが、
周りの友人に気持ち悪がられ、今はその行為を封印しているらしい。在世中は医師をしていたようだ。
事故に遭って不幸にも妻子を残して命を落としたあと、ミルナは諸国を旅している。旅人である。

( ゚д゚)「それで、ラウンジクラシック村でしたっけ。あそこは田舎ですよ。見所は特に無い」



148: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:14:19.48 ID:zCzmOdzU0
デレは返答に困った。正直に言ってしまおうか。ミルナは気が良い青年だ。事情を察してくれるだろう。
だが、彼は影なのだ。あまり深く接すると、気が変わるかもしれない。影には穏やかな気質が珍しい。
クーやヒートは異端である。デレが疑心暗鬼に陥っていると、シューがミルナの頬を指先で突付いた。

lw´‐ _‐ノvσ);゚д゚)「ちょ、ちょっと、運転が出来ないじゃないですか!」

突然の奇行に走ることが、シューにはある。彼女は腕を下ろして、片手で頬を擦るミルナに言う。

lw´‐ _‐ノv「聞きたまえ。私達は探偵でね。ある事件を追っているんだ。それはもう危険な事件だ。
       世界の命運がヤバイ。その事件を解決するには、クラシック村を訪れる必要がある」

( ゚д゚)「世界の・・・・・・命運・・・・・・」

ミルナはごくりと喉を鳴らした。彼はハンドルを操作しながら、前方の彼方に鹿爪らしい視線を遣る。
実は、ファンタジーが好きなのだ。医師というお固い職業の裏で、ミルナはオタク趣味を持っていた。
こそこそと同人誌即売会に行っていたくらいである。世界の命運と聞いては、黙ってなどいられない。

( ゚д゚)「素晴らしい! クラシック村に向かいましょう。なあに、四時間もあれば着きましょう」



149: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:15:08.91 ID:zCzmOdzU0
何処かの青年と同じ様な感嘆の声を上げて、ミルナはアクセルペダルを踏みしめた。従って加速する。
シューはにやりと笑って、小物入れに張られているアニメキャラクターのシールを密かに指で弾いた。
ミルナがオタクなことはまるっとお見通しである。言葉を選んで、シューは最善の台詞を放ったのだ。

ζ(>、<*ζ「ありがとうございますの! ミルナさんは恩人ですのー!」

( ゚д゚)「構いませんよ。先程も言った通り、僕は暇なんです。貴女達が嘘を吐いていても良い。
     ・・・ところで、デレさんでしたか。お腹のお子さんは何ヶ月なんですか?」

ζ(゚、゚*ζ「えっ」

( ゚д゚)「えっ」

ミルナは「しまった」と思った。車に乗せたとき、ミルナはデレの腹を見て身重だと感じたのだ。
医師としての勘が鈍ってしまったか。今の言葉を太っていると捉えられたら、非常に気まずくなる。
女性に対して失礼だろう。自身の腹を撫でるデレに、彼は苦笑いを溢して間違いを正そうとする。

(;゚д゚)「ははは。いえいえ。つい癖でね。僕の気の所為でした。気にしないで下さい」

ζ(゚、゚*ζ「はあ」

道中。デレはクラシック村を訪れる理由を、ミルナへと大まかに説明をした。彼は頻りに頷いていた。
デレは頭の回転が速くなく、口下手である。しかし、同族としてミルナは察してくれたようだった。



150: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:16:08.10 ID:zCzmOdzU0
出発してから三時間ほどが経ち、デレ達を乗せた車がラウンジクラシック村の入り口に差し掛かった。
この村は大変素朴で、百年前の姿を現在も色濃く残していて、疎らに木造の家々が建ち並んでいる。
ビップよりも遥かに狭く、草原の向こうには風車小屋が聳えている。自動車が未舗装の道を行く。

ζ(゚ー゚*ζ「きっと、ここら辺に茂良邸がありますの。住所を書いたメモがありますの」

デレは、キュートに書いて貰ったメモをミルナへと手渡そうとする。ミルナは停車させて受け取る。

( ゚д゚)「茂良家、219-23-2のクラシック村、ラウンジですか。村の人に訊いてみましょう」

ミルナは車を降りて、一軒の民家へと歩いて行った。もうすぐ茂良邸に着く。デレ達は人心地つく。
周りには見知らぬ景色が広がっている。遠くまで来たなあ。久々の旅で、デレは疲れてしまっている。

ζ(゚ー゚*ζ「ミルナさん。いい方でよかったですの。あたし達と同じく影なのには驚きましたけど」

lw´‐ _‐ノv「どうして彼は、そっぽを向いたままなの。こっちを見なさいよ。振り向かせたくなる」

ζ(゚ー゚*ζ「だあめ。さっき、言っていたでしょう? ミルナさんは真っ直ぐを見られないのです」

lw´‐ _‐ノv「若い女性が、二人も側に居るんだよ。ええい。私はこっちを見させたくて堪らない」



151: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:17:20.65 ID:zCzmOdzU0
シューが執念を燃やしていると、ミルナが帰って来た。彼はシートベルトを締めると車を発進させた。

( ゚д゚)「この先、道が二叉に分かれているそうです。そこを右に行った所に茂良邸があるらしい。
     いやあ。その昔に邸は放火されたそうで、何をしに行くのかと、随分訝しがられましたよ」

ζ(>、<*ζ「何から何までしてもらって、本当にすみませんですの。お礼をしないといけませんの」

lw´‐ _‐ノv「お礼ならあるよ。ガムをあげるよ」

スカートのポケットの中へと手を忍ばせて、シューは一枚のガムを取り出した。イチゴ味のガムだ。
自身と付き合うに値するものだけに、彼女はガムを配っている。なので、このガムは友好の証である。
彼女は、ミルナのポケットにガムを強引に押し込んだ。デレは両手を合わせて黄色い声を上げる。

ζ(゚ー゚*ζ「わあ! シューちゃんは好きな人にしかガムをあげないんですの! 良かったですの!」

(;゚д゚)「え・・・ああ。そうですか。有り難う御座います」

lw´‐ _‐ノv「私が朱点愁。デレがデレ・タマモ。ミルナがミルナ・ストク・・・。偶然なのかしら。
       否。これは必然さ。日本三大妖怪の名を持つ人間が、狭い空間に一堂に会したんだよ。
       これは何かが起きてしまう。やばい。諸君、地球は狙われている。窓にあいつが居る」



153: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:18:38.76 ID:zCzmOdzU0
何が琴線に触れたのかは分からないが、テンションが高まったシューは、幾度と車の窓を開閉する。
ミルナは気持ちを引き気味にさせるがしかし、シューの性格をよく知っているデレは平然としている。

ζ(゚ー゚*ζ「今日のシューちゃんはご機嫌さんですの」

(;゚д゚)「機嫌がよろしいのですか。・・・それは結構。坂道を走りますので、少々揺れますよ」

二叉を右に折れて、車は両側に木々が生い茂った道を往く。左右は闊葉樹ばかりで見通せないが、
前方は見晴らしが良い。よって、切り立った丘の頂上に聳えている“城”は視認が出来るのである。
茂良邸。四ヶ月前にブーン達が迷い込んだ、トソンの邸が本来建っている場所だ。デレは息を呑む。
あそこに心の欠片がなかったらどうしよう。不安に駆られるデレは、真っ直ぐに中空を見つめていた。

( ゚д゚)「近くで見ると大きな邸ですねえ。茂良ってあれでしょう。時計を作っている会社の」

茂良邸の前で車を停めて、外に出たミルナは感心した。茂良邸は火事の傷跡をしっかりと残している。
赤錆びた巨大な鉄製の門は開かれたままで、割れた窓ガラスから見える内装は黒焦げになっている。
当然だが、中には人は住んでいない。完全に廃墟と化している。デレ達は邸の敷地内に足を踏み入れた。

ζ(゚ー゚*ζ「ここの奥さんが影となっていて、あたしと旦那様と、その妹さんとで退治したのですの。
       ほとんど旦那様任せでしたけれど、あたしも頑張ったんですのよ。ええ。多分。ええ」



154: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:19:46.47 ID:zCzmOdzU0
( ゚д゚)「影が影を鎮まらせるとは、面白い話ですね。いえ。馬鹿にしている訳ではありません。
     そういう生き方もあるんだな、って感服しているんです。僕は旅をしているだけですしね」

ミルナは本心で言って広大な庭園を見渡した。植木は剪定をしていない為、伸び放題になっており、
石畳の隙間からは草が生えている。点在する石像はすっかりと風化しており、無残な姿になっている。
人が住んでいたころは瀟洒だったのだろう。過去の栄華に想いを馳せながら、デレ達は玄関へと進む。

玄関扉は外されていた。デレが中に入ると、壁に悪戯書きがあるのを発見した。肝試しに来た人間が
記念にと書き残したものだろうか。ヘブライ語で何と書かれているのか、デレには分からなかった。

ζ(゚、゚*ζ「何の文字列なのでしょう。薄気味悪いですの」

( ゚д゚)「ううん・・・。旧約聖書の詩篇22編1、2節ですかね。自信はありませんけど」

lw´‐ _‐ノv「取り敢えず、中を調査してみよう。デレ。君は一度来た事があるんだろう」

ζ(゚ー゚*ζ「はいですの! この邸は上空から見れば“九時”の形をしていてですねえ――」



156: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:21:36.23 ID:zCzmOdzU0
デレはハインの言葉を受け売り、自慢げに説明をして西側の廊下を歩く。床にはガラスが散乱している。
絨毯も時計もない。以前に迷い込んだときの邸より、さらに寂しくなっている。壁はひび割れていて、
今にも崩れそうだ。一階の客室の扉は全て取り外されている。窓の外では湖が美しくきらめいている。

ζ(゚、゚*ζ「一階には何もないと思いますの。あたしとブーンさんが全て調べましたので。
       あるとすれば、二階です。北側の廊下に面した部屋と、寝室しか見ていないので」

lw´‐ _‐ノv「やっぱり、デレ一人だと駄目だね。全て調べ終えずに、影に戦いを挑むなんて」

デレは苦笑した。ブーンとデレが行き当たりばったりなのに対し、シューは前述の通りに慎重である。
虱潰しをモットーとしている。ゆえに、彼女は一階の部屋も調査して行く。典型的なA型人間なのだ。
だが、彼女はO型である。血液型診断なんてあてにならぬ。何故あの類の本が売れるのか理解に苦しむ。

やがて、一行は二階に昇った。シューは一部屋ずつ扉を開けて調べて行く。部屋はがらんどうだった。
ベッドや椅子、そして時計もない。部屋の広さから鑑みて、用途は使用人の待機室だったのだろう。
次に茂良夫妻の寝室を調べる。ここも他の部屋と同じで調度品はなく、トソンに縁がある品々もない。

ζ(゚ー゚*ζ「こちらが書斎ですの。書斎と言っても、学校の図書館ほどの広さがありますの」



158: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:23:06.40 ID:zCzmOdzU0
書斎には本棚が数架残されていたが、何一つとして収められていない。本棚には埃が積もっている。
部屋の隅々まで見てから、三人は書斎を出た。二階に残っているのは二間の広間と応接室だけである。
その部屋にも心の欠片は見当たらなかった。悄然として、デレは一階の北側廊下の調査を申し出た。

ζ(゚、゚*ζ「むむむう。もしかして、ここには何も残っていないのかしら」

午後十四時半。茂良邸の庭園にあった朽ちたベンチに腰を掛けて、三人は遅めの昼食を取っている。
左からミルナ、シュー、デレの順番である。ここに来る中途で、パンと飲み物を買っておいたのだった。
買ったときは温かかったパンは、冷めきって萎んでいて、デレがそれを浮かない気分で食べている。

lw´‐ _‐ノv「まあ。仕様がないよ。無い物は無い。さっさと帰って、別の策を練ろうじゃないか」

( ゚д゚)「そういえば、シューさん達はビップから来たと言ってましたが、どんな街なんですか?」

訊ねるミルナの顔はそっぽを向いている。ある意味視線恐怖症なのだろうが、シューは気に入らない。
こっち見ろよ! こっち見ろよ! こっち見ろよ! 念じるが彼は振り向かない。シューは苛立った。
いつまで経ってもシューが答えないので、デレがビップの街並を語った。ビップは小さな街ですの。

ζ(゚ー゚*ζ「石造りの街並が美しい場所ですの。街の中心には正午に鐘を響かせる時計塔があります」



159: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:24:11.10 ID:zCzmOdzU0
lw´‐ _‐ノv「・・・・・・あの鐘の音。慣れなくて、未だに吃驚しちゃうんだよねえ」

シューが沈黙を破った。彼女は屋上の小屋を住処にしているので、特大の鐘の音が聴こえるのである。
振動で本が崩れることもあるという。まあ、勝手に住み込んでいるので、妥協はしなければならない。

( ゚д゚)「それはそれは。良い街みたいですね。一度、訪れてみたいと思います」

ζ(゚ー゚*ζ「ですの! 是非是非、いらしてください。気質が穏やかな影も数人居ますの!」

(;゚д゚)「素敵な街から、一気に危なそうな街に見えて来ました」

lw´‐ _‐ノv「そう言えば、どうしてトソン女史には、時計に関する道具を渡さなかったんだろう」

唐突さに定評のあるシューが口を開いた。少女達はヒートとミセリには時間を弄ぶ道具を渡したが、
トソンには何も渡していない。使用人丸川の弁によれば、邸中の時計の動きを狂わせたらしいが。
時計の針の動きを早くしたり、遅くしたり。それでバイオリズムがおかしくなった、と言っていた。

ζ(゚、゚*ζ「んんー。その通りですね。二人の影は、時計の針の動作を弄っただけですの」



160: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:25:24.63 ID:zCzmOdzU0
( ゚д゚)「そうして、社長夫人が怒ったんですね。革命を起こす仲間には出来なかった」

ζ(゚、゚*ζ「そうですの。トソン夫人は我を失っていて、それ所ではなかったと思いますの」

lw´‐ _‐ノv「・・・・・・夫人は存在を知られなければ、出て来なかったんだよね? という事は、
       少女達は夫人の生い立ちを入念に調べておいた筈だ。狂っている事など承知なのに」

「どうして起こそうとしたのか」。シューは唸り声を出して、大空を仰いだ。野鳥が飛んでいる。
その野鳥は空を縦横無尽に飛び回り、やがて茂良邸の屋上の縁に止まった。・・・シューは顔を下ろした。

lw´‐ _‐ノv「・・・・・・屋上は? 私達は屋上を調べてないよ。まだ、時計の針を辿ってはいない」

ζ(゚、゚*ζ「屋上ですの? けれども、どうやって昇れば良いのでしょう。階段はありませんでした」

ゆっくりと腕を上げて、シューは茂良邸の片隅を指差した。巨木が天へと向かって伸びている。
あれを登って枝から屋上に伝うのだよ。彼女はくすくすと笑みを浮かべて、勢い良く立ち上がった。

(;゚д゚)「まじッスか」



161: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:26:26.55 ID:zCzmOdzU0
高所恐怖症のミルナは、屋上に着くなり音を上げた。何で僕まで、探偵の真似事をしているんだろう。
探偵とその助手を車に乗せただけの、一般人エーではなかったのか。地の文で省かれるタイプの・・・。
ともかく、デレ達は木を登って西側の屋上へと足を下ろした。地上までは、かなりの距離がある。

ζ(゚ー゚*ζ「あ! さすがはシューちゃん! あそこに心の欠片がありますの!」

俯瞰から眺めれば、茂良邸の丁度中心にあたる場所――時計の針の根元に光球が浮かんでいる。
あのようなところに漂われていれば、迷い込んだときに見付けられなかったのも無理もない話だ。
高所での恐怖などまったく物ともしないデレは、疾風の如く駆けて行き、少女の記憶を鷲掴みにした。


 激しい雪が降っている。天は恐怖すら覚える黒色である。少女達は猛吹雪の中、屋上で佇んでいる。
 黒と白で風景を埋め尽くされていて、少女達の顔は見えない。声も風の咆哮でかき消されそうだ。
 少女達の周りだけ、不思議な力が作用して、雪が融けている。それでも雪は降り積もろうとする。

リl|゚ -゚ノlリ『寒いよ。こんな遠い所まで、何の用事があるの? 夫人は仲間になってはくれないよ』

从'ー'从『うん。おばちゃんは、おかしくなっているの。私の声なんて、届かないよ。
      私はおばちゃんにではなくて、この邸に、用事があったの。邸は、時計その物なの』



162: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:27:15.86 ID:zCzmOdzU0
 茂良邸は時計の形をしている。四角い塀が時計の縁変わりとなって、九時丁度を知らせている。
 邸は時計その物である。渡辺は膝を折り曲げて、地面に両手をついた。影の力が邸に注ぎ込まれる。
 屋上に幾重にも赤い筋が走って行く。これにより、邸中の時計の針の動きが狂ってしまった。
 渡辺はゆらりと立ち上がった。脱力して、両腕を糸が切れた操り人形のように垂らしている。

从'ー'从『ここから、ずうっと南に、ビップがある。時間を融合させる、着火点はあの時計塔だよ。
      着火されると、紐を辿って、ここに来る。純然たる時計の邸から、被害は拡散して行く。
      この仕組みには、大きな時計――装置が必要なの。茂良さんの邸が、それに相当する。
      空から見れば、おっきな時計。人々に時間をしらせる、おっきな時計。この二つが装置』

リl|゚ -゚ノlリ『・・・・・・それで、渡辺は救われるの?』

从'ー'从『救われるよ』

リl|゚ -゚ノlリ『・・・・・・そう』

 佐藤は視線を地面に落とした。雪が積もっては消える。誕生と死を繰り返しているようだった。



163: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:27:53.77 ID:zCzmOdzU0
从'ー'从『・・・ここのおばちゃんは可哀想。永遠の愛を疑って、夢の中に逃げているんだもの。
     赤ちゃんが居れば、きっと違ってたね。私が、おばちゃんの所に、生まれていれば、
     全部が幸せだったかも。抱き上げて、貰ったりして。えへへ。でも、無理な話だよ』

 渡辺は顔を上げ、両腕を大きく広げた。雪と一緒にくるくると舞い、そして地上へと落ちて行った。
 屋上に残された佐藤は額を押さえる。恨みの塊である渡辺は一枚岩だ。自分の力では鎮められない。
 それでも。彼女は腕を下ろした。中空を見つめながら、ゆっくりと歩を進め、渡辺のあと追った。

リl|゚ -゚ノlリ『――――誰かが、あの子を鎮めてくれる』

                          三人の意識が、此処で戻ります。”



( ゚д゚)「ははあん。夫人にではなく、邸に用事があった訳ですね。夫人が怒ったのは副産物だった。
     ・・・・・・それにしても、あんなに小さな子供が、恐ろしい事を考えているのですか?」

開口一番にミルナが首を竦めて言った。渡辺の企みは、まずビップの時計塔を呪縛の起点とする。
そうして時計たる茂良邸を中継点にして、全世界に時間融合の呪いを拡散させる。簡単な仕掛けである。



165: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:29:26.39 ID:zCzmOdzU0
lw´‐ _‐ノv「ミルナ。“あんなに小さな子供”とは良い着眼だね。渡辺は年端も行かぬ幼児だ。
       そして、あのたどたどしい口調。大人の人格が混じっていれば、ああはならない。
       彼女は、全てが子供で構成されている。良いかい? 全てが子供のみで出来た影だ。
       複数の思念からなる影。つまり、似たような精神を持っている者が集まった影なんだ。
       そう考えると、答えはおのずと見えて来る。幼児が激烈な恨みを抱く原因は、少ない」

( ゚д゚)「・・・・・・事故、早期の死」

ζ(゚、゚*ζ「あるいは、虐待」

三人は各々考える。真っ青だった空に、翳りが帯び始めた。遠くで雷鳴がする。

lw´‐ _‐ノv「うん。虐待が一等有力だと思うよ。・・・単なる私の当て推量だから気にしないで良い」

ζ(゚、゚*ζ「だとしたら、どうすれば渡辺さんの心は満たされるのでしょうか」

lw´‐ _‐ノv「・・・・・・まあ。遠くビップまでの道のりでゆるりと考えよう。今にも雨が降りそうだ。
       キュートさんから預かった手紙を庭に埋めて、ラウンジ港への帰途につこうじゃない」

――。



166: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:30:58.73 ID:zCzmOdzU0
午後十九時頃。車がラウンジ港に着いた。雨はまだ降っていないが、雨の匂いが微かに漂っている。
黒色の渦を巻いた雲が、星々の散らばった夜空を覆い隠そうとしている。遥かで雷の重低音が響いた。

ζ(゚ー゚*ζ「シューちゃんは頭が良いですけれど、天気予報の才能はないみたいですの♪」

車から出たデレは、肩の辺りまで腕を上げて、手のひらを空に向けた。雨は降っていませんの。

lw´‐ _‐ノv「きええええ。私が誤ったのではない。天気の奴めが誤ったのだ」

意味不明な理論を述べて、シューは悔しそうに地団駄を踏んだ。そして、乗船券を買いに行った。
デレが、運転席の窓を開けて煙草を吸っているミルナを見遣る。彼は調査に付き合わされて大変だった。
ととと、とデレはミルナに近寄って深々と頭を下げた。このようなときでも彼の視線は向こうである。

ζ(゚ー゚*ζ「ミルナさん。ありがとうございましたの! とても助かりましたの!」

( ゚д゚)y-~~「別に構いませんよ。楽しく暇を潰せました。昔は、暇なんてありませんでねえ。
        死んでから、随分と自由奔放になりましたよ。鬱憤が爆発を起こしたんでしょうな」



167: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:32:07.16 ID:zCzmOdzU0
ミルナは子供のような顔付きで楽しそうに笑う。そして、彼はラッキーストライクを灰皿に入れた。
彼はこれからも旅を続けるのだろう。影の力を正の方へと上手に利用して、諸国を旅行するのだ。
デレとミルナが別れの挨拶をしていると、シューが乗船券を持って帰ってきた。三枚の乗船券である。

ζ(゚ー゚*ζ「お帰りなさいですの。・・・・・・乗船券が三枚? あたし達は二人ですよ?」

間違えて買って来たのかな。いやいや。いくら突拍子のない行動を取る友人でも、計算は出来る。
シューは三枚のうち一枚を自分のポケットに、もう一枚をデレに、最後の一枚をミルナに差し出した。
ミルナの心境が混乱を極めようとする。封印をしていた熱い眼差しを、不意に解放しそうになった。

( ゚д゚)「あの、これは?」

lw´‐ _‐ノv「ミルナ。君もビップへと来るのだ。私は、お前を振り向かせたくて仕方が無い。
       双眸。私に向けたまえ。眼差しに刺されずに帰ったら、心残りで胸が破裂しそうだ」

ζ(゚、゚*ζ「あれれ。それってある意味、恋の告白みたいですの」

(;  )

ミルナは助手席の方へと驚愕の眼差しを遣った。道を歩いていた知らないおっさんと視線が合った。
おっさんは怯えていた。何故、この娘さんは他人のトラウマを抉ろうとする! 絶対にあっち見ない!
そうしていれば諦めると彼は思ったが、シューは一枚上手で、ミルナのポケットに乗船券をねじ込んだ。



168: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:33:23.81 ID:zCzmOdzU0
(;゚д゚)「ちょ・・・・・・」

lw´‐ _‐ノv「さあ。行こう。フェリーに車を入れて。共にビップの事件を食い止めるのだ・・・!」

ζ(゚ー゚;ζ「シューさん。お気持ちは分かりますが、無理強いをしてはいけませんの」

友人は相当ミルナさんのことを気に入っているようだ。しかし、無理に誘っては彼が困るだろう。
心配そうな面持ちで、デレが二人の顔を見比べていると、ミルナはハンドルに顔を突っ伏した。
やはり、シューを引っ込めよう。デレが彼女の服の裾を握ろうとしたとき、ミルナは顔を上げた。
彼は両瞼に手を当てて、大笑いをする。そうして一頻り笑ったあと、彼は冒険心に満ちた表情で言う。

( ゚д゚)「良いでしょう。今の僕には旅よりも、そちらの方が楽しそうだ。お仲間に入れて貰います」

ミルナは車をフェリーへと走らせた。消えて行くセダンを見送りながら、シューはぼそりと呟いた。

lw´‐ _‐ノv「これで、日本三大妖怪が揃った。ずっと一人欠けてて、気持ち悪かったんだよねえ」

ζ(゚、゚*ζ「えっ。もしかして、それだけのことで、ミルナさんをお連れしたかったんですの?」

lw´‐ _‐ノv「うん」



171: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:34:23.63 ID:zCzmOdzU0
デレは、その場で気を失いそうになった。一瞬、恋に落ちたのではと思った自分が馬鹿馬鹿しい。
友人は恋などとは無縁な性分なのです。ミルナさんに、どう言えば良いのでしょう。言わぬが花ですか。
そうですね。そうですね。彼には一生、友人の真実を告げないようにしましょう。友人は平然と言う。

lw´‐ _‐ノv「行こうか。渡辺を如何様にして鎮まらせるか、徹底的に話し合おうじゃないか」

ζ(;、;*ζ「はいですの・・・・・・」

lw´‐ _‐ノv「元気ないね。心の風邪でもひいたのかい?」

ζ(;、;*ζ「それよりもひどい何か、ですの」

そうして、二人は船に乗り込んだ。凡そ十時間の船旅である。午前九時にはビップに到着するだろう。
上下に揺れ動く船室にて、三人は渡辺をどのようにしたらやり込めるか、とうとうと議論を重ねた。
しかし妙案はまったく浮かんで来ず、三人は夜半を過ぎたころ、睡魔に負けて深い微睡みに落ちた。

船の行く先には巨大な暗雲が立ち込めている。それは、遠く離れたビップにまで続いていた――。



172: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:35:06.07 ID:zCzmOdzU0




  
                5:二十一グラムは幼年期を終える               




174: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:35:46.73 ID:zCzmOdzU0





                 目覚まし時計のベルが、鳴り響く。               

                   全ての始まりの合図である。





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