( ^ω^)奇人達は二十一グラムの旅をしますようです

178: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:38:31.84 ID:zCzmOdzU0
―6― 四月三日 *時**分 内藤邸

ブーンは、目覚まし時計のベルで目を覚ました。徐にスイッチを押す。すると、音がたちまち止んだ。
時計の針は午前六時を指し示している。最近、彼は寝起きが素晴らしく良い。しかし、今日は違った。
酷く汗を掻いている。寝間着に汗がしみ込み、とても気持ちが悪い。昨晩、彼はあまり眠れなかった。

居なくなったデレのこと、妹のツンのこと、そして佐藤と渡辺のことが脳内に巡っていたのである。
目まぐるしく、それぞれの顔が消えて行っては浮かんで来るの繰り返し。悪夢を見ていた気分だ。
ブーンは、側にあったオーディオのリモコンを操作して楽曲を流す。従って、彼の好きな曲が流れる。

アルタンの“峡谷の黒髪モリー”。優しい曲調で、癒される。だが、今日は音が聴き取り辛かった。
どうしてだ、とブーンが上半身を起こせば、激しい風が窓を叩き付けていた。暴風が吹き荒れている。
通常なら朝陽が昇っている時間なのに、空は真っ黒である。きっと、四月三日は大荒れの天気なのだ。

ブーンは音量を上げた。風の唸り声に負けないほどまで上げると、今度は楽曲の方がうるさくなった。
真上の部屋に居るツンに、迷惑が掛かるかもしれない。いいや。妹が朝食を作っている時間だった。
朝食でも摂って、鬱病のように判断力の鈍ってしまった頭を働かせよう。彼は、ベッドから下りた。

オーディオの電源を手動で切り、ブーンは上等なスーツに着替える。彼は何着もスーツを持っている。
無意味に洒落ているのだ。まあ、着慣れているならば、それで良し。漆黒のスーツは似合っていた。
今朝のツンの朝食は何だろう。だが、今日はどのような料理でも可だ。異常に彼の腹が空いていた。



179: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:40:03.54 ID:zCzmOdzU0
廊下が揺れている・・・。ブーンはそう感じた。実際は邸は頑丈に出来ているので、揺れてなどいない。
だがそう感じるほどまでに、風が吹き荒れて、内藤邸の外装に絶え間なく体当たりをしているのだ。
定刻通り、九時から調査をしようと思っていたが、無理だろう。街に着くまでに、体力が持たない。

食堂のドアノブを回し、入る。上下水色のパジャマ姿のツンが、椅子について朝食を食べていた。
彼女が食べているものは、オムライスである。大丈夫だ。今朝は酷い空腹で、何でも食べられる。
彼は妹と挨拶を交わして、キッチンに入り、自分の分のオムライスを持って、食堂の椅子に座った。

ξ゚听)ξ「お兄様。今日は嵐になりそうですわね。
       昨日の天気予報では快晴と言っていたのですが」

( ^ω^)「お」

ツンがフォークを置いて言った。今日は、確実に嵐になる。暴風警報が発令されているかもしれない。
考えながら、ブーンはフォークでオムライスをせっせと口に運ぶ。ツンは複雑な表情を浮かべた。
兄の様子がおかしい。デレのことで精神に来ているのか。彼女は胸に手を当てて、静かに口を開いた。

ξ゚听)ξ「・・・デレなら帰って来ますよ。落ち込まないで下さい。私は笑っているお兄様が好きです。
      食事は楽しくなければいけません。流石に、うるさ過ぎるのは勘弁して欲しいですけどね」

( ^ω^)「すまないお。今日はちょっと疲れてしまっていてね。明日には良くなるお」



180: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:41:26.16 ID:zCzmOdzU0
ξ゚ー゚)ξ「今日は一日、お邸に居るんですよね。それでしたら、掃除を手伝って貰いましょうか」

「うええ」、とブーンが嫌そうな表情をすると、ツンはふくふくと笑った。気配りの出来る妹である。
一瞬で空気を入れ変えられるのは、お見事の一言だ。兄妹はたわいない会話をして、食事を終えた。
共に食器を洗ったあと、二人はリビングでくつろぐ。雑念はなく、黙々と読書をする。静逸な空間だ。

ただ、風の音が邪魔だった。深淵から獣が吠え立てているようだ。それに、朝とは思えない暗さだ。
蛍光灯が灯されているのだが、それでも不十分でリビングは仄暗い。書物の文字が少し読み取り難い。
朝食後、洋服に着替えたツンは眼鏡を掛けている。ブーンは彼女の眼鏡をした顔が気に入っている。

レンズの向こう側の強気な瞳。読書のときにしか掛けないがしかし、雰囲気にとても合っている。
ちなみに、本人は年寄り臭いと嫌っている。ツンは眼鏡のブリッジを押し上げて、掛け時計を見た。

ξ゚听)ξ「あら。もう九時ですのね。まだ八時頃だと思っていたんですけど」

( ^ω^)「んんんん。僕もそれくらいだと思っていたのだけれど。おかしいね」

ブーンは腕時計と、壁に掛けられた時計とを見比べた。僅かな誤差はあるが、ほぼ同じ時刻である。
きっと、時間を忘れるほど読書に熱中していたのだ。足を組んで、ブーンは再び活字を追い始めた。



181: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:42:38.72 ID:zCzmOdzU0
ξ゚听)ξ「・・・お兄様は、変わられましたわね」

( ^ω^)「お?」

ふと、ツンが囁くように言った。ブーンが顔を上げると、ツンは小説の文章へと視線を落としていた。
そのままの姿勢で、彼女は髪先を人差し指と親指で摘まんだ。魅力的な金色の巻き毛が、跳ねた。

ξ゚听)ξ「お兄様は、成長しました。この前、モナーさんが邸に来たときにそう思ったのですわ。
       昔なら、烈火の如く怒っていたに違いない依頼を、すんなりと受け入れたんですもの」

( ^ω^)「・・・・・・」

ξ*゚听)ξ「正直に申し上げて、今のお兄様は、その・・・・・・大好きですわ」

言葉尻をすぼめて言って、ツンは本をテーブルの上に置いた。そして、目を瞑って深呼吸をする。

ξ゚听)ξ「・・・お兄様に小言を言う私も、結局は無職なのです。デレに代わってお手伝いします。
       私はこれでも、今まで数々の影を鎮めて来たんですよ。お力になれると思いますわ」

( ^ω^)「ツン?」



182: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:43:55.04 ID:zCzmOdzU0
青天の霹靂だった。ツンが探偵の助手を願い出た。中学生のころから、彼女は影が視えている。
紛う方なき、プロフェッショナルである。しかし、ブーンは妹を危険な目に遭わせたくなかった。
・・・断ろう。そのようなブーンの気持ちを察しとって、ツンは彼の隣に座り、上目遣いで顔見つめた。

ξ゚听)ξ(・・・・・・)

(;^ω^)「お」

顔と顔の距離が近い。潤んだ目と、艶のある唇。ツンが実の妹ではなく、一人の女性に見えてしまい、
ブーンは両肩を掴もうとする。何をしようとしているのだ。彼は執拗に頭を振って腕を引っ込めた。
不覚にも勃起してしまいそうになった。酷く自己嫌悪に陥り、下唇と噛むブーンに妹が問いかける。

ξ゚听)ξ「ねえ。お手伝いしても良いでしょう?」

(;^ω^)「あ、ああ・・・・・・」

喘ぐようにブーンが言うと、ツンは電話を置いている台からメモ帳とペンを持って椅子に戻ってきた。
これから探偵から聞き取りを行うのだ。普通逆である。ツンはアームチェア・ディテクティブなのか。
彼女はメモ帳を膝の上に置いて、ブーンに話しかける。その調子は慣れたもので、兄をどぎまぎさせた。



184: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:45:14.18 ID:zCzmOdzU0
ξ゚听)ξ「まず、お兄様がお追いになっている二人の影のフルネームから、お聞かせ下さい。
      事件の犯人の名前を、初めから知っている探偵というのも、おかしな話ですけれどね」

(;^ω^)「・・・渡辺と佐藤だお。両方とも、下の名前は知らないお」

ξ゚听)ξ「結構。次は年齢ですわ。影は姿形を自由に変えられますので、あてになりませんけど」

( ^ω^)「佐藤は知らない。クーが言うには妙齢の女性らしいが。けれど、渡辺は確かだお。
       一歳の幼児だお。心の欠片の中で本人が言っていたからね。間違いはないだろう。
       そして、彼女は複数の思念が集まったもののようだ。同じような境遇の、子供がね」

ξ゚听)ξ「一歳」

ふと、ツンはペンの動きを止めた。途切れ途切れに鼻から息を出して考えたあと、再度訊ねる。

ξ゚听)ξ「成る程。さて。二人の影は何を目論んでいるのでしょうか」

( ^ω^)「以前の事件で知り得たことなんだけれど、現在と過去を混ぜようとしているようだお。
       一昨日のモナーの犬探しの途中で見付けた彼女達どちらかの記憶でも、言っていたお。
       渡辺が事件の主犯で実行しようとして、佐藤はその補佐をしている様子だった」



185: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:46:58.77 ID:zCzmOdzU0
ξ゚听)ξ「時間融合。それは一大事ですわね。お兄様達が躍起になって二人を追うのも分かります。
       次は動機です。これは完全に憶測になりますわね。お兄様のご意見はどうでしょうか」

( ^ω^)「人間への恨みだろう。ショボンやクーは、生前に渡辺が虐待を受けていたと言う」

ξ゚听)ξ「一歳児が悔恨を抱く理由は少ないですからね。虐待。間違ってはいないと思います。
       虐待を受けた子供が寄り集まった影なのですね。人間。特に大人が嫌いな事でしょうね」

( ^ω^)(・・・・・・)

農業公園で少女達と出会ったとき、渡辺の異常な怯えようをブーンは思い出した。

ξ゚听)ξ「ところで、お兄様。彼女達はどうして影を起こし回っているのでしょう」

( ^ω^)「どうにも、起こした影達を生贄として扱うらしい。時間を融合させる呪いのね。
      デレとドクオが言っていた。いきなり現在と過去とを融合させるのは大変だが、
      予め、時間の概念を弛ませておけば簡単だと。きちがいとしか思えない所業だが。
      だから時間を弄る道具を、起こした影共に渡している。・・・ヒートやミセリにも」

ξ゚听)ξ「ヒートはお兄様達が広場で会った影で、ミセリはショボンさんの妹さんでしたわね。
       武勇伝を、よく自慢げに語っていました。はて。トソンにも何か渡したのでしょうか」



186: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:48:11.44 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「いいや。トソンは二人の影の話題に触れなかった。ツンも隣に居たではないかお」

ξ゚听)ξ「そう。邸中の時計の針の動きをおかしくさせただけで、トソンには何も渡さなかった。
       もしかすると、トソンには用事はなく、時計を狂わせるのが目的だったのかもしれません。
       それは渡辺の呪縛には必要な行為で、結果的にトソンを怒らせる事になっただけ」

( ^ω^)「なるほど。そう考えると、トソンに道具を渡さなかったことに合点が行くね」

ツンは鋭い。トソンの邸に行かなくとも、ある程度の予想が出来る。ブーンが舌を巻いていると、
彼女は折角に聞き取って文字が書いたメモを丸めて、ゴミ箱に捨てた。もう必要がないのである。

ξ゚听)ξ「どうすれば渡辺を退かせられるか、分かりました。正体不明の佐藤の方が問題ですわ」

(;^ω^)「ほ、本当かお!? それは一体・・・・・・」

驚愕して腰を浮かしたブーンの耳元に、ツンが囁いた。それはとても理に合った退散方法であった。
誰でも可能なやり方である。ブーンは口を一文字に閉じ、感慨深く唸る。妹は本当に頭が働く人間だ。

ξ゚听)ξ「でも、真心がないといけません。大人になった私には子供の気持ちは分かりませんわ」



188: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:49:28.15 ID:zCzmOdzU0
ツンの日記帳にも書かれていたことだ。相手の気持ちを知って親身にしないと、影退治は難しい。
大人になったブーンとツンには自信がなかった。しかし、それでも渡辺達とは戦わねばならない。

ξ゚听)ξ「・・・渡辺の呪いは始まっているようです。お兄様。時計をご覧になって下さい」

( ^ω^)「時計?」

言われ、ブーンが時計を見遣った。時計の針は八時二十五分を指していた。・・・時間が戻っている!
先ほどは、九時を過ぎたころではなかったではないか。「ああ」。ブーンは声を漏らして腰を上げた。

(;^ω^)「これは・・・・・・」

ブーンはうろたえる。もう時間が狂おうとしているのだ。渡辺は、神妙不可思議な力を行使した。
時既に遅し。チェックメイトである。だが、ツンは落ち着いた物腰で立ち上がり、彼の手を取った。

ξ゚听)ξ「まだ、まだ終わってはいませんわ。時間がおかしくなろうとしているだけです。
       時間を凶器にして世界を潰そうとしています。時計と関わりのある場所に居るのかも」

(;^ω^)「と、時計塔かお!」



189: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:50:22.84 ID:zCzmOdzU0
この街で時計と関係のある場所は、広場の時計塔だけである。確証はないが、足を運ぶ価値はある。
おっとり刀(取るものも取りあえず)でリビングから出た。長い廊下を駆け抜け、玄関の扉を開けた。
外は大嵐だった。庭木の折れた枝が暴風に舞い、ブーンの眼前を過ぎった。徒歩では危険だと分かる。
このときばかりは、自動車を所有していない自分を呪った。それでも、彼は一歩を踏み出そうとする。

ξ;゚听)ξ「お待ちになって下さい!」

あとから追い駆けて来たツンが、ブーンの腕を引っ張った。相変わらず、後先を考えない男である。
強引に彼を玄関ホールへと入れて、ツンは玄関扉を閉めた。玄関ホールを蹂躙していた風が止んだ。

ξ#゚听)ξ「この嵐の中、時計塔まで行けると思っているのですか! 少しは自重して下さい!」

( ^ω^)「しかし、急がないと不味いことになるお。・・・ああ。そうだ。ショボンを呼ぼう」

同じ影が視える人間のショボンなら、すぐに事情を飲み込んでくれる。一昨日の彼は協力的だった。
電話で呼び出せば絶対に来る。ブーンは急いでリビングに戻り、ショボン書店の電話番号を入力する。
だが、彼と通話が繋がることはなかった。ブーンは、ガチャンと受話器を叩き付けるように置いた。

(#^ω^)「有事のときに。使えん男だお! まったく、どうすればいいのだお!」



191: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:51:33.13 ID:zCzmOdzU0
肩を怒らせて、ブーンはスツールに座った。時計を見遣ると、時計の針は一時過ぎを指している。
完全にいかれてやがる。このまま指をくわえて、世界の崩壊を眺めるしかないのか。彼は呆然とする。

すると、受話器を強く置いたときに台から落ちたのか、一枚の紙片が視界に入った。名刺である。
以前、プギャーというタクシーの運転手から貰ったものだ。そうだ。彼の会社に電話をすればいい。
ブーンは名刺に記されている電話番号を、正確に入力をした。従って、タクシー会社に繋がるのだ。

『はいはい。荒巻タクシー社ですよ、っと』

ブーンの耳に男性の声が響いた。極めて態度の悪い口調だった。いつか内藤邸まで運んだプギャーだ。

( ^ω^)「内藤だお。君、内藤邸まで来たまえお。タクシーに乗せて欲しいのだ」

『ああ。あんたか。しかし、困ったなあ』

( ^ω^)「嵐かお。君は運転のプロなのだろう。そこをどうにか出来ないのかね」

『嵐なんざ屁でもねえよ。元暴走族だしな。――街の人間が消えて行っているんだよ。
 あーあ。意味不明だ。俺も居なくなるかもしれんし、そっちまで行けるか分からん』

(;^ω^)「!」

プギャーが、とんでもない事態を口にした。街に住む人間が消えて行っている、と彼はいう。
無論、渡辺が引き起こした異変の所為だろう。時間が狂うことによって、人間が居なくなるのか。
急いで渡辺を止めなければならない。ブーンは受話器を持ち替えて、力強い口調で話し掛ける。



193: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:52:35.43 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「・・・僕はその異変を食い止めねばならんのだお。頼む。至急内藤邸に向かってくれ」

『・・・・・・』

電話の相手が無口になる。事情を知らない一般人なのだ。気が触れていると思われたかもしれない。
それでも、プギャーに来て貰わねばならない。ブーンが言葉を待っていると、小さな声が聞こえた。

『内藤さん。俺さ。怖いんだよ。こんな態度でもな。俺以外の従業員は皆居なくなっちまった。
 間違い無く次は俺だ。怖くて仕方が無い。・・・でも、あんたがどうにかすると仰られるなら、
 行くぜ。俺には事情がよおく分からんが、あんたは特殊なんだろう。三十分ほど待っときな』

( ^ω^)「! ありがとうだお。門を開けておくから、庭まで車を入れるといいお!」

通話が切れた。物分りの良い男だ。彼が消えてしまわなければ、内藤邸まで来てくれるに違いない。
ブーンは急いで門を開けに行った。庭から空を見あげれば、稲光を照らす暗雲が渦巻いていた。
渦巻く暗雲の中心は、街の真ん中――時計塔の上空にある。やはり、あそこに渡辺と佐藤が居る。

玄関ホールにて、落ち着かない様子のブーンが佇んでいる。そんな彼に、ツンが紅茶を持って来た。
温かい紅茶を手渡されたブーンは、ゆっくりと飲む。トレイを下ろして、彼女は小さい声で言った。



195: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:53:25.74 ID:zCzmOdzU0
ξ゚听)ξ「お兄様は初め、自己満足の為に影を退治していましたっけ。随分と、変わりましたね。
      今のお兄様は、人間を助けたい気持ちの方が大きい筈です。ご立派になられました」

( ^ω^)「ふん。僕は愚かなことを仕出かす影が許せないだけだお。例え、子供でもね」

ξ゚听)ξ「・・・・・・でも、そのような事をするに至るまで、渡辺は苦しんでいるのですよ」

( ^ω^)「それでも許せないね。恨みの捌け口は他にもあるはずなのに」

ξ゚听)ξ「そうですか。あ、お兄様。御代わりなさいますか?」

( ^ω^)「いいや。いいお。ごちそうさまだお」

ブーンが空いたコップを渡すと、ツンは食堂へと消えて行った。玄関ホールが風の音だけになる。
重厚な茶色の玄関扉が嵐に叩かれ、がたがたと揺れている。プギャーは本当に来てくれるのだろうか。
もしも、途中で消えてしまえば終わりである。そのときは危険を冒して、嵐の中を行かねばならない。

五十分後。とは言っても既に時間の概念はは掻き乱されきっていて、体感で計るのみしか方法はない。
タイヤが地面を切りつける音が聞こえた。ブーンとツンは顔を見合わせてから、二人して外に出た。
玄関前に黄色い塗装の車が停まっている。プギャーが窓から顔を覗かせて「速く乗れ」と手を振った。
彼は消えずに来てくれたのだった。ブーンは安堵して、ツンの手を取り、後部のドアを開いて入った。



196: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:54:16.20 ID:zCzmOdzU0
( ^ω^)「遅かったお。心配してしまったではないかお!」

( ^Д^)「すまねえなあ。人はほとんど居ない癖に、道は込んでいてね。飛ばされたゴミとかで」

ξ゚听)ξ「それはすみませんでした。広場の時計塔まで向かって頂けませんか」

( ^Д^)「うほっ! こいつは美人さんだな。内藤さんが前に言ってた嫁さんかい?」

( ^ω^)「違うお。僕の妹のツンだお。それよりも、早く車を走らせてくれないかお」

( ^Д^)(全然似てねえ兄妹だな)

暗闇の中を車が走り出した。激しい風の中に、雨が混じり始めた。暴風雨となった山道を降りる。
平常ならば九時ごろで、両脇に緑の木々が見えるのだが、深夜のように暗くて影が聳えるだけである。
道路には風で折れた太い枝が散乱しており、プギャーはヘッドライトを頼りに慎重に運転をする。

やがて、街に入る。民家には明かりが灯っているが人の気配はない。商店はシャッターが下りている。
看板や割れた植木鉢などが車の行き先を塞ぐ。静かの海に沈んだ街である。死の街といっても良い。
平和な春の街とはかけ離れた光景だった。ブーン達は、歩道にて呆然と佇んでいる人間を発見した。



197: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:55:13.51 ID:zCzmOdzU0
暗雲を見上げていた人間が、頭の頂点から光の粒子となって、砂のようにさらさらと消えて行った。
プギャーの話は本当だったのだ。消えた人間がどこに行くのかは定かではないが、確かに消え去った。
憂慮すべき事態である。ブーンがプギャーを急かし、速度を上げさせた。多少の危険は止むを得ない。

しばらくして、車が広場に到達する。広場は車の進入を禁止されているが、この際構わないだろう。
広場には人っ子一人居ない。ヒートが座っていたベンチを見付けたが、そこには彼女は居なかった。
赤煉瓦の道をライトで照らして進み、ようやく時計塔の前に着いた。ブーンは料金を支払おうとする。

( ^Д^)「いらねえよ。街を救うと言う勇者さんからは金は取れないな。まあ、贔屓にしてくれや。
      金持ちと知り合いになったら、金色に輝く生活が拓けるかもしれんしな。へっへっへ」

( ^ω^)「すまないお」

ブーンとツンはタクシーを降りた。巨大な時計塔を見上げると、時計盤が不思議な光を放っていた。
その他は漆黒の影になっていて、全体像は不明瞭である。この裏側には、屋上へと続く扉がある。
そちらへと向かおうとするブーンだが、いつまでも発車をしないプギャーが気になって振り返った。
運転席から彼の姿が消えていた。ヘッドライトを灯したままのタクシーだけがぽつんと残っている。

ξ゚听)ξ「行きましょう」

( ^ω^)「・・・うむ」



198: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:55:55.73 ID:zCzmOdzU0




事件を解決すれば、きっと元通りになるだろう。曖昧な希望を胸に抱いて、ブーン達は扉の前に立つ。
錆びた扉には鍵が掛かっている。決められた番号を合わせるタイプの鍵で、防犯性はなきに等しい。
けれど、ビップのような穏やかな街ならば、時計塔に侵入をしようとする不埒な輩は居ないだろう。

まあ、今まさに侵入をしようとしている人間が二人居るが、不埒ではなく非難されるものではない。
“2112”。シューから聞かされた番号を合わせ、鍵を取り除いた。彼女は何度も番号を試したのか。
ともかく、これで屋上へと向かえる。ブーン達は、歯車の音が響く時計塔の内部へと足を踏み入れた。




200: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:57:16.63 ID:zCzmOdzU0
―6.5― 同日 *時**分 ビップ沖

ζ(-、-*ζ「んんん。今何時ですの」

フェリーの船室にてデレは目を覚ました。格安のフェリーなので、船室と呼べるほどのものではない。
しかも二等寝台なので、ただベッドがあるといった感じである。二段ベッドの一段目に、デレが居る。
彼女は上半身を起こして、壁に掛けられた丸時計を見遣れば、六時半だった。昨晩寝たのは、三時だ。
長い時間眠っていたような気がするけど、ビップ港までもう少しだろう。彼女はベッドから下りた。

床ではミルナが毛布を掛けて眠っている。この二等寝台には、二段ベッドが一つしかないのだった。
彼は紳士なので、床での就寝を自ら選んだのである。ベッドの二段目ではシューが寝息を立てている。
才色兼備で灰色の頭脳(自称)を持つ彼女ではあるが、結局、少女達の静まらせ方は分からなかった。

そう。デレとシューの二人は、はるばるラウンジまで足を運んだものの、心の欠片を見ただけだった。
何一つとして解決策を得られていない。徒労に終わったのだ。ビップに帰り、調査のやり直しである。

ζ(゚、゚*ζ「?」

デレは船の揺れが激しいことに気が付いた。オンボロ船ではあるが、ちょっと激しさが過ぎている。
船室には窓がないので外に出て確かめようと、デレが扉のノブを掴むと、多少の吐き気を催した。
ドアノブから手を離して、自分の口を押さえる。デレが苦しむ。そんなとき、シューが瞼を開いた。



201: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 12:58:37.86 ID:zCzmOdzU0
lw´‐ _‐ノv「デレ。大丈夫なの? 気分が悪そうだから大丈夫じゃないよね」

シューは梯子を下りて、デレの側に寄った。えずきかけている彼女の背中を左手で上下に撫でる。
それでも、デレは口から手を離さずに眉をひそめる。船酔いだろうか。病気ではなければ良いのだが。

lw´‐ _‐ノv「・・・病気? ほっほう。医者の出番だよ。ほらほら」

シューはデレの身体から離れて、床で眠っている青年を揺り動かした。ミルナは数度寝返ったあと、
その大きな目を広げた。寝起きは悪いようだ。身体を起こし、ミルナは両腕を伸ばして欠伸をした。

( ゚д゚)「おはよう御座います。随分と長く眠っていた気がしますが、到着はまだのようですね」

lw´‐ _‐ノv「船の到着なんてどうでも良い。デレが人生の終点に到着するかもしれないんだ」

既に到着済みですよ。影なのですから。ブラックな冗談を彼は飲み込み、扉の前に居るデレを視た。
彼女は口を押さえて苦悶の表情を浮かべている。心が浮かれ、楽しそうにしていないのは確実である。

(;゚д゚)「どうしたんですか? 彼女は」

lw´‐ _‐ノv「それが分からないからミルナを起こしたんだよ。少し看てくれないかな」



202: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:00:08.24 ID:zCzmOdzU0
( ゚д゚)「うううん。影も病気に罹るんでしょうかねえ。僕は罹った事がないなあ」

デレの額に手を当てたり、口内を見たり、脈拍を測ったりなどの簡単な検査を終えてミルナは言った。
器具がないので大した検査は出来ないのだ。船酔いだろうと彼は思うがしかし、気になることがある。

( ゚д゚)「多分、船酔いでしょうけど、一つだけ気がかりな事があります。お二人に出会った時、
     デレさんのお腹が少し膨らんでいるように感じたんです。いや、太いという訳ではなく、
     おめでたなんではないかと。昨日、車内で僕が言い掛けたのは、その事なんですよ」

ζ(゚ー゚*ζ「あたしに赤ちゃんが出来たのですの!?」

ミルナの予想外な言葉を聞いて、嘔吐感は何処かへ吹き飛び、デレは表情を晴れやかなものにさせた。

( ゚д゚)「もっと、精密な検査をしなければ、どうにも分かりませんけどね。妊娠だとすれば、
     それは正しくつわりであり、お腹の膨らみ具合から考えて十三、四週目くらいでしょう」

lw´‐ _‐ノv「外れてたら、相当に失礼な言葉になっちゃうね♪」

(;゚д゚)「♪、じゃないですよ。怖いなあ。シューさんは、まったく・・・」

lw´‐ _‐ノv「♪」



203: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:01:26.54 ID:zCzmOdzU0
マイペースなシューに対してぶつぶつと呟きながら、ミルナは毛布を畳んでベッドの上に載せた。
几帳面な彼は、ベッドのシーツのシワも整えておく。そんな彼を横目で遣って、シューは手を打った。

lw´‐ _‐ノv「そうか。子供か。ふふふ。渡辺を黙らせる良い作戦を思い付いたぞ」

ζ(゚ー゚*ζ「いい作戦、ですの?」

( ゚д゚)「?」

シューは、船室の隅に置かれてある肘掛け椅子に腰掛けた。デレとミルナはそちらへと顔を向ける。
鈍く輝くタストヴァンを指で弄びつつ、彼女は説明をする。

lw´‐ _‐ノv「渡辺は子供なんだよ。そして、デレのお腹の中には胎児が宿っているかもしれない。
       これは具合が良い。渡辺の前でそれを告げるんだ。同じ子供。彼女は躊躇するだろう。
       街にも赤子は居るが、実際に目の前に居れば違う。渡辺に良心が働く可能性がある」

ζ(゚、゚*ζ「・・・・・・でもでも、それって何だか卑怯ではありませんの?」

デレは自信の腹を撫でた。シューの言った言葉の意味は、子供を盾にしてしまうということだ。
「私達は大人だからね」。シューはしれっとデレの問いに答えた。汚いなさすが大人きたない。



204: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:01:59.89 ID:zCzmOdzU0
( ゚д゚)「まあ、シューさんの言う通り、それで渡辺さんが思い留まるかもしれませんね。
     ・・・問題はもう一人の女性です。佐藤さん。彼女の事は、年齢以外判明しておりません」

ζ(゚、゚*ζ「そうですの。彼女は渡辺さんのお手伝いをしているみたいですが、正体不明です。
       そして、常に渡辺さんと一緒に行動をしています。渡辺さんと対峙するときも、恐らく」

lw´‐ _‐ノv「ううん。そこが不安要素なんだよねえ。私達は上手く立ち回らなければいけない」

シューは腰を上げた。もうすぐ、渡辺と勝負を仕掛ける。三人はまだ定かではないデレの子供を使い、
彼女に言い聞かせるのである。佐藤の存在に気を配りながら、完全無欠に言葉巧みに鎮まらせる。
問題は多いが、今はこれしか方法がない。三人が思い思いに沈黙していると、船室が大きく揺れた。
肘掛け椅子が床を滑った。シュー、デレ、ミルナの三人はそれぞれ壁などに腕を遣って身体を支えた。

lw´‐ _‐ノv「何? 沈没しそうな揺れ方だったぞ」

ζ(゚、゚*ζ「あたしが朝起きたときから、ずっとこうなのですの。天候が悪いのでしょうか」

( ゚д゚)「外に様子を見に行きましょう」



206: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:03:20.31 ID:zCzmOdzU0
三人は船室を出て、船の外側にやって来た。そこで三人は、猛烈な風と暗雲の様を目の当たりにする。
海は大荒れだ。波が船体に激しく打ちつけ、飛沫が船の上までに到達している。遠くには灯台が見える。
暗黒で、街の民家の明かりが光っている。中心には長方形の影が聳えている。あれはビップの街だ。

(;゚д゚)「船が全く進んでいません。一体、どうした事でしょうか?」

ζ(゚、゚*ζ「ここに来る途中、人と擦れ違いませんでしたの。騒ぎになってもおかしくないのに」

lw´‐ _‐ノv「不味いな。渡辺が呪いを行使したんだ。人間共は時間の歪みに喰われてしまった。
       すぐに止めさせないと、取り返しがつかなくなる。ミルナ。今の時間は何時なの?」

ミルナが腕時計で時間を確かめる。

(;゚д゚)「四時半ですね。もう夕刻です。ビップ港にはとっくに辿り着いている時間です」

ζ(゚、゚;ζ「え。さっき、私が時計を見たときは、六時半でしたの」

lw´‐ _‐ノv「ほら。時間の概念が崩れかかっているんだ。・・・こうしてはいられない!」



208: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:04:32.47 ID:zCzmOdzU0
シューは船内へと駆けて行った。デレとミルナは彼女を追う。酷い揺れの中、彼女は操舵室に入る。
室内には操縦士の姿がない。シューが言う時間の歪みとやらに、皆一様に囚われてしまったのだろう。
無線機やメーターがある。それらの画面は暗くなっており、使えなくなっているのは明らかである。
遅れて、デレとミルナが操舵室に入って来た。物珍しげに辺りを窺いながら、二人はシューの隣に立った。

ζ(゚、゚*ζ「シューさん。船の操縦が出来るんですの?」

lw´‐ _‐ノv「まさか。生前、私は異常殺人者に関する書籍を嗜む、普通の女子高生だったんだぞ」

(;゚д゚)「それは普通と言えるのでしょうか・・・」

lw´‐ _‐ノv「普通だとも。人間は全員奇人だよ。さて。影らしいやり方で船を動かせてみせよう」

大きな操舵輪両手で握って、シューは力を込めた。途端、操舵室全体に黒い亀裂が走り、消えて行く。
微かに船が軋む音がした。だがしかし、起こったことはそれだけで、船が進む気配はまったくなかった。
彼女は操舵輪から手を離して、考え込む。デレは両腕を広げて、か細い声で諭すように言葉を出した。

ζ(゚、゚*ζ「圧倒的に力不足ですの。これだけ巨大な乗り物。三人の影でも動かせません」

( ゚д゚)「もっと小さな乗り物だと良いんですけれどね。フェリーは流石に無理です」



209: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/23(木) 13:04:57.26 ID:zCzmOdzU0
lw´‐ _‐ノv「・・・そうか。小さな乗り物か」

呟いて、シューは操舵室から出て行った。忙しい女性だ。二人が彼女を追って着いた先は車庫だった。
十台ほどの車が並んでいる。この会社が採算を取れているは疑問ではあるが、それどころではない。
シューが油圧シリンダを駆動させて車庫の扉をゆっくりと開かせると、波が甲板まで押し寄せて来た。
デレとミルナに車に乗るように命じる。わけが分からず二人が乗車すると、彼女は運転席に座った。

( ゚д゚)「何をするおつもりですか?」

lw´‐ _‐ノv「すまない。ミルナのセダン。ぶっ壊れるかも分からんね」

( ゚д゚)「は?」

シューがキーを回し、エンジンを駆動させる。このとき、ミルナの全身に嫌な予感が湧き上がった。
「この程度の乗り物ならば、浮かせられる」。口走ってハンドルを握る彼女の肩を、ミルナが掴んだ。
何かの映画みたく、車を飛行させる気なのだ。ミルナの脳内に、旅の親友の傷付いた姿が映った。

(;゚д゚)「そうはさせませんよ。この車は僕の親友で――」

言い終わる前に、車がふわりと浮いた。オワタ。これから、ビップの街に向けて発進するのである。
三人の探偵たる影は、最終決戦へと一歩を踏み出した。時間がその意味を失くしたころの話だった。



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