( ´_ゝ`)ロミオと川 ゚ -゚)ジュリエットのようです

34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 22:54:44.60 ID:55kKqYLn0
2.

どうにも長居しすぎたようだった。

ヤク絡みのコネクションは広く根深い。

あまりにもこの部屋で過ごす時間の居心地が良すぎてそれを忘れていた。

俺が想像する以上の激しさで向こうが動くとは、想像していなかった。





部屋に戻るといつもは一日中点きっぱなしの室内灯が消えていた。

鼻を衝く嗅ぎ慣れた臭いに気付かない振りをして娼婦を呼んだが返事はない。

手探りで灯りを点ける。

部屋は荒らされ床一面に衣服や本や食器が散乱していた。



( ´_ゝ`)『……おい。起きてるか。
      無事か? いたら返事しろ』



36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 22:57:36.37 ID:55kKqYLn0
女は大の字になって、ベッドに仰向けに横たわっていた。
奇妙な帽子かマスクを顔に被っているように見えた。

両手両脚は、手錠でベッドの枠に固定されていた。
薄汚れたアイボリーだったシーツは赤に染め直されていた。

歩み寄って覗き込む。



ハ   ) 『……』



頭の左半分には頭皮が無い。
血液で赤いマーブル模様になった頭蓋骨が頭頂からちょうど半分、露出していた。

頭頂に刃物を入れ眉のあたりまで力任せに引きはがされた皮膚が裏返り、顔の全面に
垂れ下がって顔を隠している。このせいで女が何かを被っているように見えたのだった。

それを押し退け彼女の顔を見る。





ハ,;';:_,_, ) 「……」

その下の女の顔には両眼がなかった。眼球が、なかった。



40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 22:59:51.79 ID:55kKqYLn0

両の眼窩は赤黒い空洞になっていてその片側からは濡れた紐のような物質がはみ出ていた。
それが切り裂かれた顔面から流れる血液と一緒に耳の横に垂れ下がっていた。

半開きになった口には歯が一本も残っていなかった。
引き抜かれた歯は女の頭の横に綺麗に並べられていた。

その口と片方の眼窩の脇には白い半透明のまだ固まっていない粘液がべったりとこびりついている。

精液だ。



( ´_ゝ`)『……おい』



身体を見下ろす。全身が同じように刃物で切り裂かれている。

胸には乳首どころか乳房もなかった。根元から切断された脂肪と乳腺の断面が放射状の
モヤのような模様を成してへばりついているだけだ。

もう後天的な肉体的欠陥を嘆く必要もない。

下腹部の切り傷のいくつかは内臓に達している。

一番深刻なのは臍から女性器の合わせ目までを縦に走る傷で、そこから腹圧ではみ出た
腸を粘土細工のように弄んだ形跡があった。



41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 23:01:43.59 ID:55kKqYLn0
俺は黙って女を見る。女は動かない。



( ´_ゝ`)『……』



もう死んでいるだろうと判断しその顔に手を触れる。

すると女は全身を大きく震わせて全身を跳ね上がらせた。


ハ,;';:_,_, ) 『げぼぉっ』


どす黒い血液を勢いよく吐き出し不明瞭な叫びを上げる。
幸か不幸か横隔膜が傷ついていないようで呼吸も発声もまだ可能な状態だった。



ハ,;';:_,_, ) 『い、ば、いや゛あ゛あ゛あ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!』



叫び、手錠を掛けられた四肢を狂ったように暴れさせて戒めを解こうとする。

眼を抉られ歯を引き抜かれる最中も何度かそれを試みたのだろう、手首と足首の皮膚は
手錠に繰り返し強く擦られて裂け骨が露出していた。



43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 23:03:51.64 ID:55kKqYLn0

ハ,;';:_,_;) 『ひ、い゛い゛い゛い゛、やあああ、や、やべ、で、や゛え、べ、っ』


首を振ると眼窩の奥から赤黒い血液がどろりと流れ落ちる。
目が見えない彼女に、急に触れられたことは拷問の続きの始まりと思えたのだろう。

身体に触れるのを諦め耳元で大声で呼びかける。



( ´_ゝ`)『落ち着け。もう大丈夫だ。
      俺だ、今救急車を呼んでやる。大人しくしてろ』



ハ,;';:_,_;) 『あああああ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』



叫び続ける女を宥める。

嘘だ。

もう助かるはずがない。
何分、何時間こうしていたか知らないが今まで生きていたのが不思議なぐらいだ。



46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 23:06:00.62 ID:55kKqYLn0

( ´_ゝ`)『大丈夫だ。俺が居てやる。
      分かったから、もう騒ぐな。大丈夫だ』



ハ,;';:_,_;) 『あああ、あう゛、う゛あ……あ、あ゛ああ』



じきに女は俺の声を認識して静かになる。
せめて顔を拭いてやろうと床に落ちていたタオルを拾い洗面所に行く。

洗面所の白いシンクには一面に恐らくは女の血液がぶち撒けられていた。
彼女を「解体」した人間がここで手を洗っていたようだった。

臭いを堪えながらタオルを濡らし顔を上げると石鹸入れに女の眼球が二つ並べて収められていて
それと目が合う。

奇妙に白いその眼球を見ていると急に吐き気が込み上げてきて隣のバスタブに嘔吐した。

バスタブには切り取られた乳房が潰れて落ちていた。

断面の黄色い脂肪に嘔吐した胃液がかかり、びちゃびちゃと音を立てて揺れた。

それを見て俺はさらに激しく嘔吐した。

嘔吐しながらこれがまだ彼女の身体に残っていた時のことを思い出す。
触れたときの女の吐息や反応を思い出すと目に涙が浮かんで歯を食いしばった。



48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 23:07:59.35 ID:55kKqYLn0
手錠はどうしても外せなかった。必要な工具は分かっているが調達する手段がない。
諦めて女はそのままにして床に座り、ベッドに背を預ける。



( ´_ゝ`)『……なあ。まだ、起きてるか』



生きてるか、とは聞かない。



ハ,;';:_,_, ) 『あ、う゛、うん』



女は頷き、歯のない口で息の抜けるような返事をする。



( ´_ゝ`)『何があった。誰にやられた』



ハ,;';:_,_, ) 『……』



女は黙る。喋りづらそうにまた口を開く。



50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 23:10:01.57 ID:55kKqYLn0

ハ,;';:_,_, ) 『も、モラ、モラ、ラ、あ。
      ふぉく、フォック、クスのこぶ、ふ、ぶん……ごのまぢ、くずり、う、り。もどじめ』



モララー。フォックスの子分。この街の薬売りの元締め。



( ´_ゝ`)『フォックスの子分の、モララー……だな。
      なぜだ? なぜ、お前がこんな目に遭うんだ』



女は言い淀む。
拭ってやった口の端から唾液混じりの血液が流れる。

引きずり出され切り開かれた内臓から肉屋の便所のような臭いがする。



ハ,;';:_,_, ) 『ら、ラウンジ、き、だ、来たおと、男。
      わた、わだし……しっで、るだろ゛、っで。そう……ごぼっ、で、でも、じらない』



( ´_ゝ`)『……そうか』



51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 23:12:03.95 ID:55kKqYLn0
俺は黙る。
それを俺に話すと言うことは、彼女はまだ気付いていない。

彼女はぜいぜいと犬の咳のような呼吸を続ける。
時折呼吸が止まり、また思い出したように胸を動かす。その間隔は徐々に長くなる。

せめて、呼吸が止まるまでは居てやろう。

そう思う。

彼女は大きく咳き込む。呼吸は見ている内にどんどん不規則になっていく。



ハ,;';:_,_, ) 『げ、げぼっ、がはっ、げえっ……うう、うう゛お゛っ』



突然赤子の癇癪に似た唸り声を女が立てる。
裸の四肢をよじり無念そうに歯茎を噛み締め、凝固しかかった血を吐き出す。



( ´_ゝ`)『……なんだよ。どうした』



ハ,;';:_,_;) 『わ、わだ、し……やだ。
      し、じにだ、く、ない。いや……いやだ。もっど……ぎみ、と』



52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 23:14:02.79 ID:55kKqYLn0
無理だ。

女は確実に死ぬ。

もうあと数分も保つまい。



ハ,;';:_,_;) 『ぎゅう、きゅうじゃ、よ、よんで……くれ゛だ?』



( ´_ゝ`)『ああ。あと十分もすれば来るよ。だから頑張れ』



真っ赤な嘘だ。

救急車など呼ぶだけ無駄だ。娼婦がどうやって死のうと病院は動かない。
治療費が支払えないのはほぼ確実だし厄介な性病を病院に持ち込まれるかもしれないからだ。

女は納得したように頷く。

そして、身を縮こめようとする。



ハ,;';:_,_;) 『ね……おね、がい。
      だいて。わだし、さう゛、さむい、の』



56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 23:16:01.11 ID:55kKqYLn0

( ´_ゝ`)『……奇遇だ。俺も、ちょうど寒くなってきたところだった』



立ち、ベッドに上がる。

大の字になった女の脇に横臥し、肩に腕を回す。服が汚れるのも構わない。



ハ,;';:_,_, ) 『ふ、ぎ……き、ぎだなくで、ご、ごめん、ね』



( ´_ゝ`)『いや。いいんだ』



シーツを掛けてやりたいがたった一枚のシーツの上に女は寝ている。
無理矢理引っ張って取り出そうとすればそれだけで女はショック症状を起こし死ぬだろう。

ジャングルの野戦病院で呻き、ベッドから担架に移された途端に絶命した奴を何人も知っている。

女の横顔を見ると、頬を涙が伝っているのが見える。
眼球のない眼窩から、女は静かに涙を流している。

二人で天井を見る。たった数呼吸の間。



59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 23:18:02.41 ID:55kKqYLn0
女が、思い出したように口を開く。



ハ,;';:_,_, ) 『ね゛。なま、なまえ……おじ、え、て。
      あな、あなたのな、ま゛え』



俺は女を見る。

ラウンジから来た男の名前を、女は聞いているだろうか。
だとしたら言うことはできない。言えばそこで彼女は気付く。俺のせいで死ぬんだと。

散らばった室内に落ちていた本の背表紙を不意に思い出す。
手垢が付いた古い装丁の本。



( ´_ゝ`)『……ロミオ。
      ロミオ、だよ。俺の名前。お前は? 今度こそ教えてくれよ』



女は確かに笑った。照れ臭そうに口を歪めて血で真っ赤な唇を吊り上げた。



ハ,;';:_,_, ) 『な、なら……わだし、ジュリエッ、ト。
      っぶ、ふふ、っ……』



61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 23:20:00.00 ID:55kKqYLn0
ジュリエット。

そう言って女はこちらを向く。黒い眼窩から赤と透明の液体を流して笑う。

俺も笑う。



( ´_ゝ`)『……そうか。
      ロミオとジュリエット、だな。俺たち』



二人で笑う。



ハ,;';:_,_, ) 『うう、う゛う゛……ふ、ふふう、ふっ』



(  _ゝ )『ふふ……はははっ』



気の利いたジョークだ。

お互いに。



63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 23:22:13.26 ID:55kKqYLn0
笑いすぎて涙が出てきた。
目から水が流れるのは久しぶりだ。





だから俺は顔を起こして、彼女の頬にキスをした。





乾きかけた血液のぱりぱりとした感触。
血の気が失せた肌は強ばって固まり悲しくなるほど冷たく、ぬくもりは微塵もない。

俺が自分から彼女にした最初で最後のキスの味がそれだった。



ハ,;';:_,_, ) 『ふ……ふ、っ。うれ゛、じ、』



彼女はまた笑った。

そしてその笑顔のまま、ふう、と溜息を吐いて、動かなくなった。



67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 23:24:43.70 ID:55kKqYLn0
( ´_ゝ`)『……』



大きく息を吐き、目を閉じる。

いつもの夜のように彼女の胸に手を伸ばしてそこにあった大きな乳房に触れようとする。

だがそこには黄色い粘着質の断面しか残っておらず、にちゃり、という音がして黄土色の
脂肪が掌にこびりつく。



( ´_ゝ`)『ジュリエット』



それが本名かどうかなんて大した問題じゃない。
ただ彼女が名乗ったその名を呼ぶ。出会ってから初めて彼女の名前を固有名詞で呼ぶ。

返事はない。

背を向け、黙って身体を起こす。

起こしながら、懐のナイフの柄の感触を確かめている。

例え死んでいても、目がなくても、この顔を見られたくない。
夜も昼も食事も排便の時間もなく、ジャングルで息を潜めている時の顔。
どうやって敵を殺すかしか考えなくて済んだ頃の顔。



68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 23:26:58.30 ID:55kKqYLn0
ハ,;';:_,_, ) 『――ラウンジしゅう、には、いづ、かえ、る、の?』



背中から、微かに聞こえる。まだ生きていたのか。



( ´_ゝ`)『さあ、何年後になるかな。ほとぼりが冷めたら……』



答える。
答えて、気付く。振り返る。



( ´_ゝ`)『……お前』





女は察していた。俺が「友人」の尋ね人だということを。
それはつまり、俺のせいでこんな目に遭わされて死ぬのだと、彼女は分かっているということだ。



69: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/09/24(木) 23:28:45.16 ID:55kKqYLn0
ゆっくりと目を動かし、彼女の顔を見る。

その顔は俺を恨んでいるのかと思った。憤っているのかと思った。

だが違った。

彼女は優しく、ただ優しく、叫びたくなるほど、優しく、微笑んでいた。





ハ,;';:ー )





そして俺はと言えば、やはりあの夜に予想した通りだった。



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