( ^ω^)ブーンはかえってくるようです

1 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 18:53:33.87 ID:jpnEBPOY0
  

          ―― 零 ――



寒い。体が、寒い。
全身の熱が漏れ出し、内から凍ってしまうのではないか、そんな錯覚を覚える。
ぼくはそろそろとお腹をなで、絡みつくような熱さと、しんと冷える硬質を確認する。

ああ、こりゃ、いかん――。

ぼくは目の前の青年を見つめる。
つくりの良い整った顔立ちが、今は青ざめ、ひきつり、映画で見たゾンビのようになっている。
そんな顔、しないでくれよ。何だか、ぼくがわるものみたいじゃないか。

青年の肩に右手を乗せる。手を置いた場所が赤くにじんでいくのが、青年の顔がいっそうひきつるのが、よく、見える。
ぼくはにこやかに笑い『大丈夫だから、ね、そんな顔しないで、救急車、呼んでくれるかい?』そう、言おうとした。
だが、笑顔は青年に負けず劣らずの酷いものだったろうし、喉の奥から熱いものが溢れそうで、口は魚のように動いただけだった。

「ひぃ!」

青年がぼくを突き飛ばす。受身も取れずに地面に倒れ、衝撃で左手の“包み”を落としてしまう。

「うぁ、うぁぁああああ!」

青年の悲鳴と、バタバタと不規律な足音が響く。
首を上げると、転びそうになりながら必死に駆ける青年の背中が、段々と、段々と消えていくのが見えた。

待ってくれ。救急車を……いや、そんなことより――。



2 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 18:55:35.04 ID:jpnEBPOY0
  

地面を這わすようにして、両腕を動かす。
指先に、包装紙のやわらかい感触が触れる。――あった。
視線を指先に向ける。少しひしゃげた正方形が、ぽつねんと。

――壊れて、ないだろうか。

抱え込むようにして引き寄せ、かわいらしく結ばれたリボンをとく。
凍ってしまった指先はリボンをつかむことすら難しく、悪戦苦闘してしまう。

そういえば、レジの女の子、対応も丁寧で笑顔が素敵だったなぁ――。

そんな関係のないことを思い出しながら、それでも何とか、リボンをほどくことはできた。
やわらかい、絹のような包装紙に手をかける。
女の子のやさしさを引き裂くようで後ろめたい。が、思い切り破り捨てる。

白を基調とし、たくさんの星が描かれるている紙の小箱。
開けようとするが、セロファンで止められているらしく開かない。
少しだけもったいない気がしたが、破って捨てた。

中から、インディ・ジョーンズに出てきそうな宝箱のミニチュア版が出てくる。
血が付かないように左手だけで外観を見回す。視界がかすんでよく見えなかったが、目につくような大きな傷は見当たらなかった。
宝箱の上蓋をそっ、と開ける。きちきちと歯車の動く音に合わせて、金属的に、それでいて暖かいメロディが奏でられる。

――よかった。壊れてないみたいだ。

床に広がる血溜まりから離し、流れる音楽に耳を傾けた。



6 : ◆y7/jBFQ5SY :2006/12/14(木) 18:57:34.82 ID:jpnEBPOY0
  

さっきの青年。彼には、わるいことをした。
彼はこれから、ひとを殺した罪悪感に苛まれながら、どのように生きていくのだろうか。
いっそ、自首でもしてくれたら、と思う。逃げて、逃げて、逃げ続けるのは、きっと辛いだろうから。

今も突き刺さっているだろうお腹のナイフ。その感覚も、既に氷に変じ、体の一部と化している。
もう、どこも動かない。生きていることを確かめるには、耳に入る音色だけが頼りだ。

――ごめんね。約束、守れそうにないよ……。

ほんとうは、直接渡したかった。きみの驚く顔が見たかった。瞳をキラキラさせながら、はしゃぐきみを見たかった。
寝転がって、脚をパタパタさせながら、嬉しそうに耳を傾ける、そんなきみを見てみたかった。
ずっと一緒にいられるわけじゃないけど、それでも、それでも、もっと一緒にいたかった。
もっと元気づけてやりたかった。もっと勇気づけてあげたかった。もっと、もっと、もっと――。

音が、遠く離れていく。視界が薄暗くなっていく。
目を閉じて、神経を耳だけに集中させる。暗い闇の中が、ぼくと音楽だけとなる。

ふと、頬にやわらかく、暖かい感触が触れる。
それは次第に数を増し、顔だけでなく、てのひら、脚、そして、全身を包み込む。

――雪、か。

閉じた視界が白く染まり、暖かさがぼくの中に浸透してくる。
白い世界。優しい音楽。きみのことを思いながら、静かに、静かな眠りについた……。



暖かい雪の降る冬の日。ぼくは息を引き取った――。



戻る