1: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:13:48.40 ID:NewFSaII0





      "苛メラレルヨリモ辛カッタ"





2: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:15:40.93 ID:NewFSaII0
( ^ω^)「ちょっと……お話いいですかお、そこの喫茶店で……」

中肉中背の男は、木枯らしを古びたトレンチコートで
防いでいながら道行く人に尋ね廻った。

まともではない。人を疑うことが常識のこのごろでは
当然こころよい返事も貰えるはずなく、男は周囲から蔑む目つきで見られた。

それにしても、なにより奇異に映ったのは、男が声を掛ける人間の共通点にあった。……



「なんだ、おめぇ」

(;^ω^)「あ、いや……」

声をかける男――内藤ホライゾンは、そのとき不運に見舞われた。
運の悪いことに、尋ねたその人間は態度だけでなく機嫌もすごぶる悪かったらしい。
内藤に弁解の暇を与えぬまに、男は内藤の胸倉を掴み上げると、ドスの効いた声で、


「てめぇさっきからイラつくんだよ。何がしたいんだよ。あぁ?」



3: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:17:43.77 ID:NewFSaII0
男は内藤の奇行を前々から見ていたらしい。
内藤に顔を近づけると、酒臭い息を吐きつけながら、

「死んどけ」

と、短く言い切った……と同時に、内藤をビルとビルの合間に向かって彼を叩き投げた。
半ば野次馬と化していた通行人は、「うわ」と小さく声を漏らすとともに、暗い悦びを感じた。


(;^ω^)「いっ……ててて……」

「次ィ見かけたら承知しねーぞ!」

捨てゼリフを吐いてから、男は悠然と立ち去った。
内藤は、その男の姿を尻目で追いながら、

ああ――彼はとても、強そうだお……――
だの考え、顔に恍惚した表情を貼り付けるという塩梅であった。

通行人は歩みを再会し、内藤をふたたび孤独にさせた。



4: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:20:08.33 ID:NewFSaII0
強そう。といえば、内藤のセレクトする人間の共通点の一つでもある。

なぜなら、その人間達のほとんどがガタイのよい身体つきをした男ばかりだったのである。


(;^ω^)「あっアハ……アハ……」

まだ、若い女性ばかりを目につけていたらタダのナンパ野郎と思われ、まだ救いもあったろうが、
対象が対象とあっては、不気味がられるのも無理からぬことであった。

内藤は立ち上がると、手でコートの汚れをはたき落とした。
凍えるような強風が吹いてもお構いなしの表情で、次の獲物へ目を光らせている。


・・ ・・・



( ^ω^)「ちょっと、僕とお話しませんかお。そこの喫茶店で……」



6: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:23:31.67 ID:NewFSaII0
「おや、どうしたんスか。お話とはナンでしょう」

性懲りもなく誘いをし続ける内藤を、一人の男が暖かく応対した。
その男は、今日、内藤が見かけた人間の中ではとりわけ体躯が素晴らしいという風情ではないが、
身体に宿るワイルドな雰囲気は、見かけ以上に強靭にうつる。

返答されて、たちまち、内藤の頬に赤みが差した。
決して木枯らしの切り裂くような寒気によるものではない――内藤は頬のいろに見合った、
熱っぽい声色で、

( *^ω^)「……大事なことですお。喫茶店の代金は、僕が払いますから……」

どこかピントのずれた内藤の返事に、男は朗笑しながら、

「いいですよwどんな話でしょうかねェ? たぁのしみだなぁ」

とのんびりした口調で言うと、内藤の軽やかな足取りに歩調を合わせた。……


その喫茶店は往来に面してい、すぐさま冷え切った身体を暖められた。
二人は窓際の席に向かい合わせで座ると、店員に注文を頼んだ。



7: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:25:23.84 ID:NewFSaII0
(;^ω^)「………」

「それで? 話ってのは?」

男はぶしつけに尋ねた。
いつまでも押し黙ったままの内藤に苛ついたのかもしれない。口調を変えずに、

「なんかの儲け話なんだろ? え? だから俺を誘ったんだよな?」

(;^ω^)「………」

返事に窮する内藤に、男は敵意を剥き出しにして、

「おい、どうなんだよ。まさかホモとかそんなんじゃねェだろうな」

(;^ω^)「……あなたにとっては、たしかに儲け話と思いますお」

曖昧に返すと、内藤は運ばれたばかりのコーヒーに砂糖を注ぎながら、

(;^ω^)「お話というのは、頼みごとなんですお。ちょっと変わった……」

「だから、それを早く言えっつってんだろが」

(;^ω^)「………」


内藤は男の呼び込みに力を注いでしまったせいか、肝心の説明内容を忘れかけてしまったらしい。
口をモゴモゴと動かし、コーヒーを音も無くかき回すが、男と目を合わせようとはしなかった。



8: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:28:38.48 ID:NewFSaII0
「パトロンか?」

男の硬質な声に、ピクと内藤は反応した。

「あ? 俺を買うのか? お前?」

(;^ω^)「えっと……」

内藤は曖昧に頷くと、せわしなく視線を動かしながら、

(;^ω^)「……似たようなもんですお」

「ほォーお」

それを聞くなり、男は腰を深くかけ直した。

「いくらで?」

(;^ω^)「……一日、三万」

「……だめだな」

(;^ω^)「……じゃあ、六万で……」



9: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:31:25.39 ID:NewFSaII0
内藤の低姿勢な態度に、男は付け込む要素を見出したのか、ニタリと意地悪く笑って、

「ま、それはおいおい話すことにしようや」

とその話題をかんたんに切り上げてしまった。


「お前、名前はなんつうの」

(;^ω^)「あ、ええと、……ブーンと呼んで下さいお」

「ブーンねぇ……」

男は煙草に火をつけると、ためいきのように呟いた。
紫煙を吐き、灰皿に白灰を落としながら、

「で、ブーンさんよ。具体的にゃ何をするんだ? ン、やっぱヤんのか?」

姿勢を乗り出しながら尋ねた。

しかし、内藤はしばらく黙り込んだ。
耐えかねて男が二本目の煙草を燻らせた辺りになって、ようやく、


(;^ω^)「ペットですお」



10: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:33:33.95 ID:NewFSaII0
「は? ペット?」

男の声に不快感が露骨に入り混じった。
内藤はなおもおどおどしながら、コクリと頷く。

「おれが? お前のペットになれって? そういってんのか?」


(;^ω^)「逆ですお」


「え」



(;^ω^)「ぼくをペットにしてください。奴隷のように扱ってくださいお。
      お金は出しますから……」


「ちょ、おま……」


あまりに予想違いなことを言い出したので、男はだしぬけに狼狽した。


自分をペットに、奴隷にしてくれという願い事は、男の常識から突飛している。



12: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:34:56.75 ID:NewFSaII0



「ふざけてんのか……」

( ;ω;)「フザけてなんかいませんおぉおぉおぉおぉぉ……」

内藤は泣きながら切り返した。
その慟哭ぶりはウェイトレスだけでなく、周りの客にも聞こえるほどであった。

いきなりこの喫茶店は、不安の渦中に投げ出されてしまった。


それでも内藤は……ブーンは、泣き続け、さらに声をあげていった。


( ;ω;)「僕はぁあぁぁ……このお願いのためにぃい……この寒い中突っ立ってたんだおお…ぉお」

「お、おい」

制止しようとする男など意に介さず、さらにブーンはしゃくりあげながら、

( ;ω;)「だのにぃぃ……なんでェ、ふざけてる、なんて……いうんですかああぁ……?」



14: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:37:40.74 ID:NewFSaII0
「も、もういい」

男もさすがに身の危険を察したらしい。
話にならぬ、と伝票を手にとって立ち上がったのだが、しかしブーンの腕がそれをおしとどめた。
半狂乱になっている所為か、ブーンの腕力は計り知れない。

男の二の腕をガッチリと掴みこんで、ブーンは泣き笑いしながら、

( ;ω;)「ま……マ……落ち着いて。ネッ……? とりあえず、落ち着いて、話を聞いてくださいお……」

「………」

( ;ω;)「ねっ……ねっ……? ……ほら、これを……」

まえもって忍ばせておいたらしい、コート裏の壱万円札を男に握らせると、ふたたび腰を落とした。
男も渋々席に戻って、札を財布に押し込んだが、やはり苦々しい顔のままで、吐き捨てるように、

「きもいんだよ……」

( ;ω;)「それでも、構いませんお……! どうか、どうか……」

ブーンは机に両掌をつけると、土下座するような勢いで頭を下げ、

( ;ω;)「この、哀れな元飼い主に、ビーグルの思い出をくださまし……!」



15: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:39:24.58 ID:NewFSaII0
・・・ ・・・・

ブーンの話によると、数週間前にペットのビーグルを亡くしたということらしい。
以来、ブーンは自我を喪失してしまい、やがて彷徨するようになったという。

「………」

( ;ω;)「なにがいけなかったんでしょう……ぼくが、ぼくが真相を知るには、
      僕自身がペットにならなければならない」

とんだ論理だと男は一笑したかったが、そういう空気ではない。
なにより、大切な者をなくしたという絶望の共感が、男の心に生まれていた。
とある違和感と共に。

「………」

( ;ω;)「だから……だから……ぼくは、飼い主……主人、失格なんですお……。
      だから……だから、ぼくは、飼われる立場にならねば……。
      だから……きっと、神はビーグルをワケあって引き離したに違いない。
      だって……飼い主失格だったんだから……」



17: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:41:04.74 ID:NewFSaII0
「………」

世にも奇妙な理由であるが、男にとって、納得できないことではない。
ブーンの泣きながら弁解するその姿は、なんともいじらしいとすら思えてきたのである。

( ;ω;)「……金はあります。いくらでも……ですから、ぼくを、どうか……」

「………」

( ;ω;)「奴隷に、してくださいまし……」

「………」

( ;ω;)

「………」

( ;ω;)

「………」


                     



18: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:42:55.44 ID:NewFSaII0
アパートの一室で、その行為はたしかに行われた。
夜半すぎの、その静かな頃に――

( ;ω;)「あァ! ア! あ! ……ああ」

「………」

( ;ω;)「あ、アヒ……ひあぁ……!」


ブーンの悲痛な叫び、悶えに、男は目を背けたくなった。

「………」

中肉中背と踏んでいたが、どうやら着痩せするらしく、三段腹が見るに堪えない。
日焼けを知らない真っ白な肌で、そんなものが自分の部屋の畳に無様な格好で寝ているとなれば、
男の不快感も窺いしれよう。

ブーンの肌には酷い痣が出来ていた。
切り傷も数え切れないばかりだが、これを望んだのはブーン自身である。



19: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:45:25.03 ID:NewFSaII0
いまは「蹴り」のお仕事で、男はシューズを履いている。
足裏で転がすと、猫のゴロゴロというような声をだし、
思い切り蹴り飛ばすと、快楽の叫びをあげだしてくる。
踏みつけていると、さながらセックス最中のときのような声をあげるので、男はひどく辟易してしまった。


(  ω )「はぁ……はぁ……」

男も蹴り疲れ、椅子に座り込んだ。
ブーンといえば、壁まで蹴飛ばされたその体勢のまま身じろぎもしないでいる。

男は自分の部屋に居るという感覚を忘れきってしまった。
この"奴隷のなりたがり"が、現実離れしすぎていて調子が出ない。
あと数時間で曙光がカーテンの隙間から垣間見えるという時刻だというのに、
まったく眠気がない、というのも異常だ。

ペニスも露わな小汚い豚……どうしてくれようか。
男は煙草の煙を吸い吸いながら、思案を巡らした。

どうしようもない、不吉な予感が頭から離れないでいる。



20: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:47:13.80 ID:NewFSaII0
もう一本吸おうと思ったとき、煙草を切らしていることに今更ながら気がついた。
男は苛立ちまぎれにそのソフトパッケージを握り潰してから捨てると、大袈裟に息を吐いて見せた。

ブーンは、それに反応した。

のそりと起き上がると、猫背のような格好で男の目を見据え、


( ^ω^)「買って……きましょうか」

「え」

事態がよく飲み込めない男に、ブーンはばか丁重に、

( ^ω^)「ですから、いまからその煙草……ハイライトを買ってきましょうかお?
      もちろん御代はいりませんお。
      むしろ、いくらでも買ってきてあげますお。なんカートンが欲しいですかお?」

カートン単位で要求されても困ると、男は冗談気に

「なら20カートン」

とこたえた。



21: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:49:54.99 ID:NewFSaII0
( ^ω^)「お安い御用ですお。ただ、ハイライト20カートンとなると
      コンビニ一軒じゃとても足りないので、ちょっと時間がかかりますお」

そういうと、ブーンは手早く服をきだした。
唖然とする男を尻目に、すばやく着替え終えたブーンは頬を軽く染めて、


( *^ω^)「だから……首輪……僕につけてくださいお」

と、大型犬用のゴツゴツした金属製のリードを取り上げながら呟いた。……

        *

築数十年といっても、建物自体は小奇麗に整備や掃除が行き届いてい、
家賃も低いということから、主に大学生に、このアパートは人気であったが、
彼ら……二人ともは、学生などではない。

ブーンは、話によれば、高校を中退してから全く職に就いて経験がないらしい。
やることを全うしたから、働く気になれなかった、というのが彼の言い分だが、
その風貌を見る限りではにわかに信じられない。

資産家の一人息子ということらしいし、ほぼニートだったのだろう。



22: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:52:33.24 ID:NewFSaII0
しかし、男のほうもそれに準じたようなもので、決して堅気とは呼べない。

小学校、中学校は苛めや万引きを繰り返し、高校生になれば女を漁りに漁った。
大学にも行かず、定職にも就かず、街をぶらぶら放蕩している……。

家族はいまや誰も居ない。
もとより親とは死別しているし、唯一の弟もこの頃は見かけない。
幼い頃の交通事故、いまでは覚えていないが、それでも思い返すと胸が疼く。

        *

「………」

すでに夜はあけた。自動車の走行する音も煩わしいし、外の喧騒はカーテン越し
からでも手に取るようにわかる。

出しッ放しのコタツの上のハイライトのカートンの山を見るだけで、
男は寒気に近い感覚にとらわれた。

一体どれほどコンビニを回ったのだろう。
ハイライトのカートンだなんて、コンビニは四つ持っていれば上出来な方だ。

つまり、つまり、つまり、ブーンは、
少なくとも五つのコンビニを歩き回ったに違いない。

そう考えるだけで、男には、紙包みの何でも無いようなこの煙草の群れが、凄惨な物物に感じられる。



23: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:55:36.90 ID:NewFSaII0
( *-ω-)「スゥ……スゥ……スゥ……」

部屋の一角で、ブーンは犬のように丸まって眠り込んでいた。

犬のように……。
相変わらず銀いろに輝く首輪とリードとをはめているからこそ、その比喩が思いつく。

このとき、男は無性にブーンを蹴り殺してやりたくなった。
今でこそ服は着ているが、それでも肌には痣や傷が走っている。
思い切りみぞおちを蹴り上げ、叫びながら起き上がるそんなブーンを、徹底的にさいなんでやりたい。

男は椅子から立ち上がった。
畳みの上を歩いてブーンに近づく。


ミシ、ミシ、ミシ、ミシ

畳みは重点を変えるたびに絞られるような音を上げる。
どちらかといえば、若々しい叫びに近く、耳に心地良い。

男は舌なめずりした。喉を鳴らした。指をせわしなく動かした。
腹筋に力を入れてみた。右ふとももに意識を向けた。
膝裏が痙攣しているのも、納得できる。

「………」



24: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 00:58:04.13 ID:NewFSaII0
部屋の中は薄暗い。仄明るい曙光さえなければ、まったくの闇である。

スエットを着こんで丸まっているブーンの姿…………いたいけに映る、その姿は、

カーテンの隙間からの青白い光をまともに受けて、

男には、どうしようもないご馳走にしか見えなかったのである。


「………」

( *-ω-)「……スゥ」

「………」

( *-ω-)「………」

「………」

もう、ブーンの吐息が脛にかかるほどの距離を詰めた。
あとはブランコの要領で右つま先を振り上げ、ブーンの鳩尾にめり込ませば……!



25: ◆wZk4NVoY.w :2008/05/06(火) 01:00:38.24 ID:NewFSaII0
男の悦びが唇のはたに浮かび上がったそのとき、ブーンの表情も静かに変化した。
同調するように、口角をあげて頬を緩ませたのである。

男の動きは止まった。その小さな変化に、まったく硬直してしまった。


望んでる。こいつは、俺のすることを今か今かと待ち受けている。

男は咄嗟に振り返って、ハイライトの積み重なりを見やった。
これを買うのに、奴はどれほどの苦労をしたのだろう。
結局おれは、何一つ包装を破ってはいないのだ。
もしかしたら、このまま捨てるかもしれぬ。
まったくの徒労だ。

だが、奴はそれすらも快楽快楽、ありがたきことですと土下座するかもしれない。
どうしようもないマゾヒストだ。
そうなると、俺はこのハイライトをいやでも吸わねばならぬ。
喫煙など日常の一部であるはずだが、いまでは果てしない苦行に思えてくる。

カートンライターもしこたま貰ってきたようで、同じく卓上に散らばっている。
それらの一つ一つの、燃料が尽きるまでブーンの身体に炎をあてつけてやりたい。

そう考えると、男はまた消え入りたくなった。



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