( ^ω^)ブーンが心を開くようです

  
32: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:25:45.57 ID:gclVlXDd0
  
第16話

ブーンが誘拐された次の日の夜。ふくろうが鳴き始める頃。

『VIP産業』と看板の掲げられているビルの前に、ひとつの人影が浮かび上がっていた。
それは人の形をしてはいるものの、あまりにも気配がなかった。

そのため、その人影が警備の間をすり抜け、
唯一空いていた換気口の中に入り、
赤外線レーザーをくぐりぬけ、
ビルの中に入ってきたとしても、それを知る者は誰もいなかった。

その影は非常に手際のいい作業でずんずんとビルの中へと入っていく。

途中、警備員やスタッフと思われる人間を見かけることはあっても、うまく身を隠し、気配を消し、全てやりすごしていた。
また、監視カメラやセキュリティについての下調べも十分であり、何一つトラップにかかることもなく、順調に作業を進めていた。

このビルの警備は一筋縄ではいかないほど厳重であり、またビル自体も特殊な工法で立てられている。
サーモセンサーなどのセンサー類を通さない壁、屋上の各種アンテナ、緊急脱出用の地価路などなど。
分かるものが見れば仰天するであろう設備が整っている。もちろんセキュリティも。



  
34: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:27:42.39 ID:gclVlXDd0
  

しかし、人影はそれをなんなくとクリアしていく。

その姿を見たものは、きっとこう言うだろう。

『スネークみたいだ』と。

最初、1階からスタートしたその人影はすでに4階まで上がってきていた。
その階に目的のものがある。自らのリーダーに命じられた、『彼』の最も大切なものが。

人影はひとつの部屋の中に入った。そこには『休憩室』という札が掲げられている。

音もなく部屋に忍び込み、部屋の中にあった監視カメラに注意しながら、中へと入っていく。

そこには2つのベッドが鎮座しており、用があるのは片方のベッドの上に寝ている人間だった。
もう一方のベッドには誰も寝ていないようだ。

影はまずトランシーバーに合図を吹き込んだ。
これにより、彼の仲間がこのビルのセキュリティを一時的にハッキングし、監視カメラの映像を誤魔化す作業がスタートする。

数十秒待ち、耳のイアホンから合図が送り返されてきた。ピーという音が2回。ハック完了の合図。



  
37: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:29:48.99 ID:gclVlXDd0
  

影は迷わずベッドの横に立ち、そのベッドに寝ている人間を見つめた。

(……悪いな)

そう思いつつも、任務と目的のためなのだから仕方ないと自分を納得させた影は、その人間の口を布で押さえ込んだ。
布に染み込ませてあったクロロフォルムが体内に取り込まれ、睡眠とは違う種類の眠りに陥ったその人間は、ぐったりと身体の力を抜いた。

ここからが本番だった。あとはこの人間を連れて外に脱出するだけだが、それが難しい。

人影はおもむろに目的のものを担ぎ上げると、一直線に窓の方へと向かった。

そして、外を見つめる。
遠くに夜景が見え、近くは公園。見晴らしがよく、その分カメラや監視の人間に気付かれる可能性が高い。

しかし、難しいこの仕事も、人影にはなんてことのないことだった。

空は曇りがちで暗い色に染まっている。これを利用すればいいだけのこと。

人影は、持参していた黒い寝袋に目的のものを入れ、自分は黒いフードをかぶった。

そして、カバンから細くて黒い鉄骨を数本取り出し、ひとつの形へと組み立てていく。
その後、ポリエチレン系合成繊維でできた黒い布を張り、翼にする。

ハンググライダーの完成だ。



  
38: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:31:58.99 ID:gclVlXDd0
  

人影は窓を大きく開けた。この地域特有の風が身体に吹き付けてくる。この風なら十分だ。
ビルに当たって上に向かう上昇気流も十分な強さのはず。
まあ、落ちても死なないけど。

約5メートルほどしかないハンググライダーのハーネス(搭乗者を包み込む布のようなもの)に包まれ、人影は部屋の中を思いっきり走り、そして飛んだ。

ハンググライダーの翼は風を上手く捕まえ、上昇気流に乗ってどんどんと浮かび上がっていく。
夜の黒い空が保護色となり、またビル付近が明るいことも災いし、その翼は下にいる者にはほとんど見えなかった。

(空はいい)

何も無駄なものがないから。

そう思う人影を乗せながら、ハンググライダーは飛んでいく。

警備も監視カメラも張られていない郊外へ向かっていくそのハンググライダーは、何の邪魔もなくその場から立ち去ったのだった。


そして、その2時間後。
『休憩部屋』に戻ったその部屋の主が、自分と同室の少女がいないことに気付き、ビルの中は大騒ぎとなるのだった。



  
40: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:33:58.55 ID:gclVlXDd0
  



誘拐されてから2日目と3日目はブーンにとって地獄のような日々だった。

なにせ、ラウンジ教の施設を見て回り、修行やら苦行やらを強制的に体験させられ、ラウンジ教の真髄を詳細に語られる時間だけが過ぎ去ったのだから。

( ・∀・)「ほら、『人の子』さん! ここが私達の修行室ですよ! あなたも一緒に座禅を組みましょう!」

( ・∀・)「ほらほら! 嫌? 1度やってみてください! きっと悟りを開くことができますから!」

信者A「『人の子』さま〜。世界が変わっても私達は助けてください〜。あなた様についていきますから〜」

信者B「ご慈悲を〜、ご慈悲を〜」

色々と説明をしてきては、修行の体験を迫るモララー。
やたら足に絡み付いてきて、無責任な助けを求めてくる信者達。

本当に、嫌になった。なんというかあまりにも他人のことを考えなさすぎる人ばかりなのだ。



  
41: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:36:14.91 ID:gclVlXDd0
  

何が「『人の子』にわれわれのことを知ってほしい」だ。
知るも何も、もうわかっている。ラウンジ教は、ただの狂信者の集まりでしかない、と。

信者達は、1日のほとんどを部屋の中で過ごし、座禅したりやら真書(教祖が書いたラウンジ教についての教本らしい)を読んだりやらしている。
そして時々幹部や教祖に礼拝を行い、おことばを頂き、その意味を知ろうと躍起になる。

それで満足できるのだから、人間というのは変われば変わるものなのだろう。
彼らにとっては「それ」が真実らしいが、こんなのが真実なわけがない。
人の言葉を受け入れることしかできない信者達なのだ。そんな彼らが見るものなど、全て欺瞞と嘘に満ちている。
真実はもっと、自分の目で見なければならないのだから。

ブーンはそんな彼らと自分を比較対照し、彼らのようにだけはならないと誓った。もっと自分の目を大事にしなければならないのだ。

( ^ω^)(そうだお……僕はもっと僕の意見を大事にするお)

自分にあてがわれた豪華な部屋の中で、ブーンはお茶を飲みながらそんなことを思っていた。



  
44: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:38:24.53 ID:gclVlXDd0
  

現在、誘拐されてから4日目。『VIP』を離れてもう3日も経ってしまった。

この間、なんとか脱出の機会はないかと探したけれども、どうにも見つからなかった。
この場所についての情報を得る機会が少ないうえ、四六時中誰かに見張られているのだ。これでは逃げるなんて不可能に近い。
今だって扉の外にはハインリッヒが立っていることだろう。

交代制で自分の部屋の前をガードします、とモララーから言われたが、逆だ。これは逃がさないためのもの。

まったく、用意周到で忌々しい。ああ、忌々しい。

( ^ω^)(……仕方ないお、まだまだチャンスはあるはずだお)

ブーンはそうやって自分に言い聞かせているものの、少し自信がなくなってきたのも確かだった。
このままこの施設にずっといて、自分は大丈夫なのだろうか?
まさかラウンジ教に染まってしまうなんてことはないだろうけど……
業を煮やしたモララーが、拷問やらかけてきて強制的に協力させようとしてくることだって考えられる。

拷問は嫌だ。痛いのは今だって苦手なのだ。

昔見た外国映画で主人公が傷口に塩を塗られている場面を思い出していると、唐突に部屋の扉にノックの音がした。



  
45: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:40:38.16 ID:gclVlXDd0
  

( ^ω^)「ん? 誰だお?」
  _
( ゚∀゚)「俺だ、入るぞ」

比較的大きい体をのっそりと部屋に滑り込ませ、いつもの優しい笑顔を浮かべたのはジョルジュ。
彼は比較的自分には好意的で、こっちも彼だけは信用していいような気になっている。
座禅12時間耐久レースをしてほしい、というモララーの頼みを、やんわりと代わりに断ってくれたのもジョルジュだった。

どうして彼がこんな団体にいるのかが不思議なくらい、彼は優しかった。

「まあ、ちょっとした事情があるんだ」というのは彼の言葉。何かモララーに弱みでも握られているのだろうか?

( ^ω^)「どうかしたのかお? ジョルジュさん」
  _
( ゚∀゚)「ああ、これからお出かけだ。用意をしてくれないか?」

( ^ω^)「お出かけ? どこに行くんだお?」
  _
( ゚∀゚)「それは例によって内緒だ。話しちゃいけないことになってるんだ。すまないな」

以前から、ジョルジュにそれとなくラウンジ教の裏側について尋ねてみたことがあるが、それらは全て「内緒だ」という言葉で一蹴されてしまった。
やはり、腐っても彼はラウンジ教徒なのだろう。団体に不利益になることはできないと見える。



  
46: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:42:46.99 ID:gclVlXDd0
  

( ^ω^)「わかったお」
  _
( ゚∀゚)「じゃあ、十分後にもう一度来るからな」

そう言って、ジョルジュは部屋を去った。相変わらずの笑顔だった。


かっきり十分後、ジョルジュは部屋にやってきた。ブーンは彼に従い、歩き出す。ジョルジュの後ろには影のようにハインリッヒがいた。

駐車場に出た所で目隠しをされた。「すまないな」というジョルジュの言葉に、仕方なくブーンは従った。

車に乗せられ、ちゃんと座っていることが確認されると、出発した。
排気音が連続して聞こえ、他にも一緒に行く車があるのか?とブーンは思った。

目隠しをされながら、ブーンは耳に聞こえる音で場所を特定しようとしてみた。
しかし、しばらくすると日本の歌手の歌が聞こえてくる。CDでもかけたのだろう。
きっと、音で場所を判断されることを防ぐためだ。
用意が良いなあ、まったく。ああ忌々しい。

車はどんどんと進んでいく。30分、1時間、2時間……加速と停止を繰り返し、車はどうやら高速道路に入ったようで、停止は少なくなっていった。
少なくとも、孤島だとかの類はなさそうだ、とブーンは思った。



  
47: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:44:55.33 ID:gclVlXDd0
  
  _
( ゚∀゚)「なあ」

( ―ω―)「ん? なんだお?」
  _
( ゚∀゚)「ひとつ聞いてもいいか?」

こくり、とブーンはうなずいた。
  _
( ゚∀゚)「お前、『人の子』っていう言葉の意味は知ってるか?」

( ―ω―)「……そういえば知らないお。なにかすごい人なんだなあ、とは思ってたお」
  _
( ゚∀゚)「だろうなwww うん、『人の子』ってのは、まあ、色々と研究者の間でも解釈は存在するんだが、おおむね2つの意味が有力視されてるんだ」

初めて聞く話だ。
『人の子』ねえ……クー達からも聞いたことがないが、彼女らも知っているのだろうか?
  _
( ゚∀゚)「ひとつは、新約聖書の中で、イエス=キリストが自らのことを指して『人の子』と呼んでいたのと関連した結論だ。
     つまり、『人の子』は神様みたいなもの、ってことだな。天から光臨した神様、それがお前かも、ってこと」

( ―ω―)「……神様なら、こんなところとっくに脱出してるお」
  _
( ゚∀゚)「そりゃそうだwww」

ジョルジュの大笑いが車内に響き渡る。助手席に乗っているであろうハインリッヒはさっきからまったく話さないが、寝ていたりするのだろうか?
いや、きっと無口なままで窓の外を眺めているのが相場だろう。



  
48: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:47:01.12 ID:gclVlXDd0
  
  _
( ゚∀゚)「で、もうひとつなんだが……これがちょっと難しくてな。
    『人の子』ってのは、ヒトという人種の後継者……まさしくヒトから生まれた別種の存在なんじゃないか? っていう説だ」

( ―ω―)「……よくわからないお」
  _
( ゚∀゚)「安心しろ、俺もだwww
     まあ、噛み砕いて言えば、進化した人間、ってな感じかな。
     あれだ、アニメに出てきた……ん? なんだったっけ?」

从 ゚―从「ニュータイプ……」
  _
( ゚∀゚)「そう、それだ! お前はそんな感じの、新しい存在なんじゃないかっていう説だ、うん」

( ―ω―)「……」
  _
( ゚∀゚)「どっちの説が正しいかはしらんが、少なくとも、お前は普通の人間じゃないんだろうな、それは確かだ。
     『光障壁』だっけか? あんなの、普通の人間には出せないしな」

昨日、ジョルジュとモララーに頼み込まれて『光障壁』を見せたのが、やはりまずかったか。
あそこは無理にでも断り、特殊な力なんて持ってない人間ですよ〜、ということをアピールするべきだった。
そしたら帰れたかもしれないのに。

いや、逆に危ないか? 存在価値のない普通の人間め、って感じでモララーはすぐに処刑を言い渡しそうだ。



  
50: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:49:08.98 ID:gclVlXDd0
  
  _
( ゚∀゚)「すまないな、あまり楽しくない話で。おわびついで、もうひとつ話題提供でもしようか。
     お前、ドストエフスキーの書いた『罪と罰』っていう小説知ってるか?」

聞いたことはある。名作とは知っているが、どんな内容なのかはまったく知らない。
根暗な人が読む小説だとか聞いたけど。
  _
( ゚∀゚)「そりゃあ誤解だな。あれは人間の深い所を描いてるだけだ。
     で、だ。その小説の主人公は、こんなことを考えてたんだ。
     曰く『良い目的のためならどんな残虐な方法をとってもいいのか否か』ってな。
     これがこの小説の核と言ってもいいかもな」

( ―ω―)「良い目的のためなら……」
  _
( ゚∀゚)「どう思う? 例えばさ、ねずみ小僧って知ってるか? 
     あれは、悪代官から金を盗んで庶民に配る『義賊』って奴だが、
     あいつみたいに、庶民に金を配るという『良い目的』があれば、果たして『盗み』という犯罪を犯してもいいものなのかね?
     他にも例はある。めちゃくちゃ薬の嫌いな人がいたとしよう。死んでも飲まないってぐらいの人だ。
     けどその人は病気で、薬を飲まないと死んでしまう。だから友人は『これは薬じゃない』って嘘をついて、その人に薬を飲ませた。
     これもどうなんだろな。その人を助けるという『良い目的』があれば、『嘘をつく』という悪行をやってもいいのか否か?」



  
52: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:51:28.77 ID:gclVlXDd0
  

( ―ω―)「それは……たぶん、状況によるんだと思うお」
  _
( ゚∀゚)「そうか? なら、絶対的な悪ってのは存在しないことになるな」

( ―ω―)「……」
  _
( ゚∀゚)「全ては相対的であり、絶対的なものなどない、ってのはどの哲学者の言葉だったかな……
     まあ、よくわかんないよな。安心しろ、俺もわからん。
     わからんから、色々と模索してたんだよ、うん。
     まあ、最近はどうも分かってきたけどな」

( ―ω―)「ラウンジ教にいるのもそれが理由かお? 絶対的な悪とか探すことがかお?」
  _
( ゚∀゚)「別に探してるわけじゃないが……ここにいるのは、仕方ないことさ。そこらへんは内緒だ」

また『内緒』か。
この男はどれだけ『内緒』を持っているのだろう。
『秘密が女を女にする』とかいう言葉、どっかで聞いたことがあるが、男もそうだとでも言いたいのだろうか?



  
54: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:53:26.00 ID:gclVlXDd0
  
  _
( ゚∀゚)「ん、そろそろ着くな。今やってた話は、まあお前の心の内にでも秘めておいてくれ」

( ―ω―)「……わかったお」

そこから車内はまたCDの歌だけが聞こえるようになった。
この中途半端な声量しか持たない歌手のCDを、いつまでかけるのだろう。あんまり好きじゃないんだが。

『僕は君を守るために生まれてきたよ〜♪』

本当にそうは思っていないくせに。
陳腐な歌詞だな、まったく。





  
55: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:55:19.43 ID:gclVlXDd0
  



車はようやく止まり、目隠しも外されると、目に飛び込んできたのは出発時とあまり変わらない駐車場だった。
戻ってきたというわけじゃないだろう。きっと別の施設の駐車場の中だ。

まるでデパートの地下駐車場のような広さのそこを、ブーンはジョルジュの後をついていき歩く。
まもなく扉を見つけ、そこから中に入る。

中は殺風景だった。前のような貼り紙だとか変な飾りもされていない。灰色の壁と豆球ぐらしか目につくところのない廊下がどこまでも続いている。
時々、廊下の両側に扉があったりするけど、それらは全て鉄格子で囲われ、厳重に鍵がかけられている。
イメージでいえば、刑務所のそれに近い。

( ^ω^)「ここはどこだお?」
  _
( ゚∀゚)「更正施設、と呼ばれてる。まあ……刑務所みたいなもんだな。
     教団の中で罪を犯せば、ここに連れられてくるんだ」

( ^ω^)「……」

変なの。まるでひとつの社会を構成しているようだ。ラウンジ教って。
なら、警察に該当する組織もちゃんとあるんだろうな。



  
57: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:57:29.64 ID:gclVlXDd0
  
  _
( ゚∀゚)「よし、ここだ」

廊下を歩き続け、ひとつの扉の前に立ち止まる。
カードキーを取り出し、リーダーに滑り込ませると、すぐに扉が空いた。自動ドアだ。ここだけ新しく作られたっぽいな。

( ・∀・)「やあやあ、『人の子』さん。ようこそ」

中にいたのは、モララーと白衣を着た研究員らしき男達だった。

モララーは笑顔でこちらを迎え入れ、その後ろにいる研究員達はこちらに見向きもしない。まるで興味がないかのように。

その部屋は不思議な部屋だった。コンピュータがずらりと並び、正面には大きなスクリーン画面があった。
SF映画によくある、秘密基地の司令室、とでも言えばいいだろうか。
なんでこんな部屋がここに? と思ったが、きっとこの施設に収容されている人々を監視するためだというのはすぐに分かった。
小さなテレビ画面には、小部屋に収容されている人々の映像が移り変わり流れていたのだ。

( ・∀・)「今日はですね。ちょっとしたお願いがあってお呼びしたんですよ」

モララーが笑顔で話を始めた。
いつの間にかジョルジュとハインリッヒの姿が消えていることに今気付き、代わりに黒スーツの男が2人、出口を塞ぐようにして立っていた。



  
59: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/16(木) 23:59:50.92 ID:gclVlXDd0
  

( ・∀・)「『人の子』さん。私達の教団に協力してもらえないものですかね?」

( ^ω^)「何度も言わせるなお。絶対に、嫌だお!」

( ・∀・)「強情ですねえ。う〜ん……仕方ない。ここはひとつ切り札でも出しましょうか」

切り札? なんだ?

モララーが合図を送ると、研究員の1人が何やらパソコンのキーボードを打ち始める。

( ・∀・)「画面をご覧ください。面白いものが見れますよ」

渋々、モララーの指し示すテレビ画面に目を移す。
いったいなんだって言うんだ。どんなことがあろうとも、この教団には絶対に手を貸さないぞ……

そう心に決めた瞬間、テレビ画面に1人の人間の姿が映し出された。

ブーンはその人間の姿を見て驚いた。

椅子に座ったままロープで縛り付けられてぐったりと頭を垂れ、まったく身体を動かしていないその人物。

華奢な身体。カール気味の髪の毛。若干のツリ目と薄い唇。

――この世で最も大切な人

( ゜ω゜)「ツン!!!!!」

ブーンは叫び声をあげ、テレビ画面に近寄り、凝視した。



  
61: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 00:01:54.52 ID:7fQNAVNT0
  

間違いない。どこからどう見てもツンだ。

こんな場所にはふさわしくないその姿……眠っているかのような安らかな顔。
どうして? どうしてツンがここに?

( ・∀・)「そうです。あなたの大事な大事なツンさんです」

モララーの半笑い気味の声に、ブーンは一気に頭に血を上らせた。

( ゜ω゜)「あんた! まさかツンを……!」

( ・∀・)「いえね。あなたに素直になってもらおうと思いましてね。
     そこにいる少年に、あなたの大事なものを聞くと彼女だというので、ちょっと拝借させてもらったんですよ」

モララーが不意に人差し指をある方向に向けた。

そっちに目を移すと、これもまたこの場にふさわしくない人間がそこにいた。

椅子に座り、ぼんやりと口を開けて動かないその少年。

(―_─)「……」

(;゜ω゜)「ヒ、ヒッキー……」

(─_─)「……」

どうしてヒッキーがここに?
彼は親戚の家に遊びに行って、孤児院に戻ったんじゃないのか?



  
63: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 00:03:59.00 ID:7fQNAVNT0
  

名前を読んでもヒッキーは答えない。
孤児院では薄い笑顔さえ浮かべてくれたその顔は、口を開けたままどこか虚空を見つめるかのようにして呆けていた。
明らかに、彼の意志が存在していない。彼の心が感じられない。

( ゜ω ゜)「ヒ、ヒッキーに何をしたんだお!」

( ・∀・)「そんな怒鳴らないでくださいよ。耳が痛い。
     これも仕方ないことなんですよ。世界の平和を築き上げるための、小さな犠牲なのですから」

( ゜ω ゜)「ち、小さな犠牲……?」

( ・∀・)「そうです。大きなことをやり遂げるためには小さな犠牲はつき物なのですよ。
     そう、彼女もです。ツンくん、立ちなさい」

にやりと笑みを浮かべるモララーが、研究員からマイクを受け取り、声を吹き込む。

すると、画面の中のツンが、縛られているにも関わらず、ふらふらと立ち上がった。
目は虚ろで、口を半開きにしているツン。

ξ 凵@)ξ「……」

ブーンはいてもたってもいられず、モララーからマイクを奪い取った。

( ^ω^)「ツン! 僕だお! 聞こえるかお! どうしたんだお!」

ツンは何も反応を示さない。ただふらふらとしながら立っているだけ。
こちらの声が彼女に届いていない。彼女の心が感じられない。



  
64: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 00:05:59.05 ID:7fQNAVNT0
  

( ・∀・)「無駄ですよ。ちょっとばかしお薬を使わせていただきました。以前からの研究の成果です。
     今、ツンさんには私の言葉しか届きません。私の命令しか聞きません。
     逆に言えば、私の言うことはなんでも聞くということです。たとえ、自分の命を断つという行為すら、ね」

( ゜ω゜)「この!」

ブーンはモララーに掴みかかろうと身を乗り出すが、それは後ろにいた2人の黒服に止められた。
腕を後ろでがっちりとロックされ、中腰の状態にならざるをえなくなり、身動きが取れなくなってしまった。

( ゜ω゜)「く、くそぉ……」

( ・∀・)「さて、『人の子』さん。どういたしましょうか? ここであなたが協力してくだされば、ツンさんを元に戻し、解放してあげましょう。
     もしそれでも断るなら……う〜ん、ちょっとしたショーをお見せして、あなたの決意を促しましょうか」

( ゜ω゜)「ショー……?」

( ・∀・)「人が死ぬところほど面白いショーはないんですよ、『人の子』さん」

( ゜ω゜)「……ツン」

どうすればいい? どうすれば……



  
65: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 00:08:08.60 ID:7fQNAVNT0
  

ここで断ってしまえば、きっとツンの命はなくなってしまう。
黒服とモララーをぶちのめして無理やり脱出しようとしても、ツンを人質に取られてはまったく身動きが取れない。

ブーンは、自分の胸に何か重いものがのしかかってきたのを感じた。
ロックされている腕が痺れてきた。

こんな…こんなことがあっていいのか!
ツンは何も関係ないのに……何も力なんて持たない、普通の少女なのに……

自分は彼女を守ると決めた。みんなを守ると決めた。

なら、ここで彼女を守るために……やるべきことは……

くそぅ、と小さく声をあげ、ブーンは視線を床に向けた。

( ´ω`)「……協力するお」

( ・∀・)「ほう! それはよかった! 私も無駄な人殺しはしたくはなかったものでしてね。よかったよかった。ハハハハ!」

このくされ外道め……!



  
67: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 00:10:06.43 ID:7fQNAVNT0
  

( ・∀・)「では、これからのことは後で話をしましょう。今はあなたの部屋にてお休みください、『人の子』さん。
     黒服くん、案内してあげて」

黒服「はっ!!」

腕をロックされたまま、ブーンは部屋を連れ出される。
最後にテレビ画面の中のツンに目を向ける。ツンは立ち上がったまま身じろぎもしない。ヒッキーと同じく、完全に自分の意志をなくしている。

ブーンは憎しみを込めた目でモララーを見た。だが、モララーはあの軽い笑みを返してくるだけだった。

自分の情けなさに反吐が出そうだった。



  
68: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 00:12:03.42 ID:7fQNAVNT0
  

黒服に両腕をつかまれたまま、廊下を歩き続ける。
今自分達が入っている区域は、比較的移動の自由がある囚人らしく、時々信者とすれ違うことがあった。
誰も彼も意志のない瞳をしており、明らかにこれは「更正」ではなく「強制的な人格破壊」だと、ブーンは思った。

こんなことをツンにもやったのか……!
そう思うと、怒りがさらにこみ上げてくる。

ひとつの部屋の前で止まり、扉が開かれる。中は薄暗くてよくわからないが、ベッドと便所くらいしかない小さな部屋だった。
黒服につかまれていた両腕が離された。

信者「『人の子』さま〜!」

( ^ω^)「お、お!?」

突然、近くにいた信者が足にすがりついてきた。
バランスを崩したブーンは尻餅をつく形で倒れこんでしまい、信者がその上に覆いかぶさってくる。

( ^ω^)「いたたた……何するんだお!」

信者「す、すみません〜」

信者が覆いかぶさったまま動こうとしない。しかも逆に耳元に口を近づけてくる。

い、息がくすぐったい!



  
69: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 00:14:05.56 ID:7fQNAVNT0
  

信者「そのままでいい。何も声を出すな。聞け」

信者の声色が突然変わった。
ささやくようにして耳元で話すその声は……ま、まさか!

川信゚ -゚) 「手短に話す、いいな」

く、クーさん!と声を出しそうになるのを気合で押さえ、なるべく彼女をどかすように奮闘する演技をしてみせた。
黒服が、やれやれという表情でこちらを見ている。

川信゚ -゚) 「今から30分の間に逃げる用意をしておけ。爆発音と共に、私が迎えに行く」

ブーンは小さくうなずいて、それに応えた。
ふっ、とクーが小さく笑ったような気がした。

黒服「ほら! 早くどけ!」

川信゚ -゚) 「あ〜、お情けを〜。お情けを〜」

黒服が無理やり彼女をひっぺはがし、もう1人の黒服にこちらの腕をつかまれて、ブーンは放り込まれるようにして部屋に入れられた。

ガチャン!という音と共に、鉄の扉が閉められた。きっと鍵もかけられたことだろう。

しかし、今はそれどころじゃない。

クーがここにいる。どうやって彼女がここを突き止めたのかはわからないけど、彼女はきっと自分を助けにきたんだ。



  
72: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 00:16:10.97 ID:7fQNAVNT0
  

ブーンはベッドに腰を下ろしながら、考えた。

クーが言っていたことはだいたいこんな感じか?

『今から30分の間に行動を起こすから、それまでに逃げる用意をしておくこと。自分が迎えに行くから、待っておけ』

どうやって自分を助けるのか見当もつかないが、きっと彼女に任せておけば全て大丈夫だろう。自分はきっと安全に脱出できる。

けど、とブーンは思った。

けど、ツンはどうなる? ヒッキーは? 彼らは『VIP』にとってさほど重要ではないかもしれない。
見捨てるなんて薄情な真似はしないだろうけど、それでも優先順位としては低いに違いない。

自分は助かって、ツンとヒッキーは見捨てられる?

そんなの、絶対にあってはいけない。

クー達はきっと、自分を助けるので精一杯だろう。
ツンとヒッキーを助ける余裕なんてないかもしれない。

( ^ω^)(なら……)

ブーンは思った。

自分が、助けよう、と。



  
74: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 00:18:22.94 ID:7fQNAVNT0
  

ブーンは自分の掌を見つめ、そこに精神を集中させた。
すぐに白い光が掌に集まり、ひとつの形を形成していく。光の剣――『剣状光』。

ブーンはできあがった『剣状光』を一振りしてみる。ヒュン、という風を切る音。切れ味抜群の刃。

軽くて扱いやすい『剣状光』は、すっかり自分の手に馴染んでいた。

いける。絶対に助けてみせる。

ブーンは1人、その部屋の中で心を決めていた。





  
75: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 00:20:27.38 ID:7fQNAVNT0
  



その日の昼間。飛騨山脈の奥深くにひとつ、ポツンと立っている白い建物に異変が起きていた。

その建物は1本の舗装されていない道路で結ばれているだけの、完全に都会とは断絶された場所にあるのだが、その唯一の道路で突然土砂崩れが起きたのだ。

土砂は完全に道路を塞いでしまい、それを見たラウンジ教の職員は呆然としていた。
土砂崩れ対策は完全に行っていたはずなのに、どうして起こったのだ? しかもこんな大規模な。

原因はよくわからないけど、これで2、3日はこの場所から出られないことを確実となっていた。
この建物は陸の孤島と化してしまったのだ。


一方、建物それ自体でも異変は着実に起こっていた。
職員の1人が、建物内の椅子の下に黒いバッグがあるのを見つけたのが、その始まりだった。
そのバッグは何が入っているのかまったく分からず、むやみにあけるのは危険とされ、すぐに常駐の兵士(ラウンジ教が自衛隊から引き抜いた)にバッグを任せた。
その兵士は、バッグの中から何やらチクタクという音が聞こえるのに気付き、すぐにみんなにここから離れるように告げた。
兵士は思っていた。もしかしたら時限爆弾かもしれない、と。

とりあえず、慎重にバッグのチャックを開き、中身を見てみることにした。もちろん、爆弾処理用のスーツなんてないから一発勝負だ。

手を震わせながらチャックを開けると、中にあったのは――ただの目覚まし時計だった。
誰だこんないたずらをしたのは! と声を張り上げそうになった兵士は、しかし直後に聞こえた爆発音によって口を開けたままその場に固まらざるを得なかった。



  
82: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 00:29:07.97 ID:7fQNAVNT0
  
それは、本当に小規模な爆発だった。
建物の外壁に取り付けられた少量のセムテックス爆弾が、
時間通りに起爆・爆散したために起きた爆発であり、建物それ自体にはほとんどダメージを与えなかった。

しかし、そんなこととは知らず、建物内部にいたラウンジ教職員は完全に自分を見失った。
ただでさえ『人の子』という爆弾を抱えて不安になっていた職員達は、その爆発をきっかけにパニック状態となり、
『敵はどこだ!』『爆弾はあと何個ある!?』と大騒ぎするようになる。

そしてその情報は、人から人に伝わっていくごとに事実とはかけ離れたものとなり、最後に教祖や兵士達に届く頃には、
『敵、爆撃機を確認!』『数千の兵士が四方から襲ってきます!』という誇張された情報となってしまった。

もちろん、それを全て信じてはいなかった教祖と兵士達だったが、しかし次に聞こえていた銃声に身を震わせた。

それはサブマシンガンがオートで連射された音だった。
パララララという独特の連続音が所々で聞こえるようになり、教祖と兵士達もまた混乱の渦に巻き込まれていく。



  
84: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 00:31:39.44 ID:7fQNAVNT0
  

隊長「敵は!」

兵士「南に数十! その後ろにも多数いる模様です!」

隊長「もっと情報は正確に! 早くしろ!」

建物に常駐していた兵士達は、サブマシンガンを持つ手が緊張で震えていた。
いくら自衛隊で訓練を積んできたとはいえ、実践はこれが初めてなのだ。
しかも、こんな辺境の山奥。日本の地。
戦争なんて起こるはずがないと鷹をくくっていた兵士達は、混乱の中初陣を飾る羽目になった。

それは多大な恐怖と不安を呼び起こす元となり、そしてそれは敵に対する正確な認識を誤らせる。

敵は2、3人程度しかいないのに数十と認識してしまったり、ただのダンボール箱を爆弾と間違えたり。
完全に、兵士達は自分を保つことができなくなっていた。


だが、それが現代の戦争の縮図とも言える。
情報を制するものが勝つ。相手にダミーの情報をつかませれば、それだけ自分達は優位に立つ。
コンピュータ上だけではない。実際の戦場でもそうなのだ。

そう。
そこはすでに戦場だった。

戦争が実際に起こっていたのだ。





  
85: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 00:33:59.06 ID:7fQNAVNT0
  



硝煙のにおいが立ち込めている。
廊下の向こうからは時々爆音らしき音がこだまし、耳をつんざく。
兵士や研究員、信者と思われる人々が廊下を行きつ戻りつし、建物の中は完全に混乱状態と化していた。

川 ゚ -゚) 「よし、そろそろだろう」

それまで貧相な身なりで廊下の端っこに座っていたクーは、次の瞬間には服を脱ぎ捨て、戦闘服へと様変わりした。

腰には小型の短機関銃「イングラムM11」と手榴弾が数個。
胸ポケットにはイングラムの弾。
たすきがけにしている銃のソケットには愛用のブローニングM1910。

パックパックには他にも色々と装備品を持ってきており、今回は完璧な武装と言えた。

川 ゚ -゚) (まずはブーンを助けに行くか)

そう思って足を踏み出した所で、さっそく兵士と思われる防弾チョッキと鉄帽子を来た人間に出くわした。

相手はすぐさま手に持っていたサブマシンガンをこちらに向けるという、警告もなしの暴挙に出てきた。



  
86: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 00:36:22.32 ID:7fQNAVNT0
  

川 ゚ -゚) (くっ……!)

クーは曲がり角に身を隠す。
そのすぐ後にサブマシンガンのフルオート射撃のやかましい音が廊下に鳴り響き、銃弾が壁を削り取っていく。
クーはひやりと汗を流し、イングラムを再度握りなおす。

川 ゚ -゚) (警告もなしとは……よほど切羽詰っていると見える)

射撃の合間にちらりと兵士の方を見てみる。敵は2人。持っている銃はサブマシンガン「P90」。
ライフル弾のような形状の弾を使い、人間工学に基づく斬新なデザインが特徴の、反動が少なく命中精度の高い高性能な代物だ。
どうしてラウンジ教ごとき宗教団体にそんなものがあるのかはわからなかったが、しかし使う人間がこれではどうしようもない。

敵が隠れたままなのに、フルオートを際限なく続けている。これではすぐに弾切れだ。

予想通り、P90の弾はすぐに尽き、敵はすばやくカートリッジを変える。だが、その隙を見逃すはずがない。



  
88: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 00:38:51.63 ID:7fQNAVNT0
  

クーは腰にかけていた閃光手榴弾のピンを抜き、隠れながら手のスナップだけで敵に向かって投げ、同時に自分の耳と目をふさぐ。

瞬間的な閃光、そして爆音。

それが収まると同時に、クーは物陰から身を現し、イングラムの引き金をしぼった。
すさまじい反動が腕におそいかかるが、そんなのはいつものことだ。
セミオートで発射した銃弾は、閃光手榴弾のショックで倒れていた兵士の足に当たる。

ギャッ!という呻き声をあげる兵士。それ以上動かない。ショックで気絶してしまったようだ。
これでこの兵士2人は行動不能、だ。

川 ゚ -゚) (命まではとらんよ……)

なるべく人を死なせたくはないからな。

そう思いつつ、クーは倒れている兵士2人の上を飛び越えて、走り出した。

廊下を曲がり、目的の場所へと急ぐ。
途中兵士や研究員と出くわすこともあったものの、その全てをなんなくやり過ごし、クーは順調に作戦が進んでいることを実感した。

兵士「南だ! 南に敵は集中しているらしいぞ! 早くいけ!」

そんな叫びにも近い声を耳に入れつつ、クーはその兵士の横を通り過ぎる。



  
89: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 00:41:12.81 ID:7fQNAVNT0
  

南、か。
モナー達はちゃんと敵をひきつけてくれているらしい。

今回の作戦は比較的単純だ。
建物の外壁をセムテックスで爆破し、同時に南から『VIP』の工作員が戦闘を仕掛ける。
しかし、決して殲滅するためではなく、あくまで陽動。無茶はせず、形勢が不利になれば後退。
追いかけてきた敵には後方からの機関銃で牽制。

それによってラウンジ教に混乱を引き起こし、その間にクーとその仲間数人が建物内部にてブーンと、つい先日さらわれたツンを助ける。

もしブーンとツンを助けられなければ、力でこの建物を制圧する。

そんな二段構えの作戦だった。

川 ゚ -゚) (……)

しかし、先日ツンをさらわれたのは想定外の出来事だった。

自分の部屋で寝ていたはずのツンが、朝になれば消えていたのだ。ビルのどこを探してもいないし、付近にもいなかった。
手がかりとなるものもなく、ということは誰かにさらわれたのか? と思い至ったのだが、しかし誰がそんなことをする必要があるのか不思議に思っていた。



  
92: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 00:43:20.70 ID:7fQNAVNT0
  

そんな時にかかってきた、1本の電話。
声を機械で変え、逆探知ができないように電話の中継地点を機械でランダムに変えていたその電話の主。

『ツンはラウンジ教にさらわれた』

そんな短い内容の、しかし自分達にとっては宝のような情報をよこしてきたその電話。

あれはいったい誰からなのだろう?

川 ゚ -゚) 「っと、考えている暇はない!」

思考の渦に巻き込まれそうになったクーは、突然目の前に現れた兵士1人に手刀を一発浴びせて気絶させる。
いったい何人の兵士がここにいるのだろうか。見当もつかない。

走り続けるクーは、ようやくひとつの扉にたどりついた。
ブーンが収容されている部屋。監獄のようなせまく、薄暗い部屋。

約30分前に彼に待っているように伝えたが、果たして彼はちゃんといるのだろうか?

ブーンは敵から奪ったカードキーを使い、その部屋のロックを解除する。

ギィ、という音と共に開く鉄の扉。

しかし、中には誰もいなかった。



  
93: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 00:45:50.11 ID:7fQNAVNT0
  

川 ゚ -゚) 「ブーン……くそっ!」

どこに行った? いや、そんなのはだいたい予想がつく。
何せ、部屋の壁に大きな穴が空いていたのだから。

その穴はおそらく『剣状光』で切ったのだろう。豆腐を包丁で切るよりも鋭く切断されている。

川 ゚ -゚) (おそらくツンのところか?)

だいたいの予想をつけつつ、クーは腰の無線機に手を伸ばした。

川 ゚ -゚) 「こちら【クール】。特殊1班。聞こえるか」

特殊1班はクーと共にこの施設に潜入し、人質を助けるのが任務の班だ。今頃はツンの方を助けに行っているはず

特殊1班班長『どうぞ』

川 ゚ -゚) 「【少年】が消えた。見かけなかったか?」

班長『いえ、見ていません』

川 ゚ -゚) 「そうか。【少女】の方はどうか?」

班長『事前に入手していた情報の部屋にはいませんでした。ただいま全力で捜索中です』

川 ゚ -゚) 「ちっ、そうか。両者共、見つけたら報告しろ」

班長『はっ、了解』



  
95: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 00:48:17.21 ID:7fQNAVNT0
  

クーは続いて別のボタンを押し、もう一度無線機に声を吹き込む。

川 ゚ -゚) 「【クール】だ。【コウモリ】、そちらはどうだ?」

【コウモリ】はぃょぅにつけられた呼称だ。

(=゚ω゚)ノ『こちら【コウモリ】。敵は建物からあまり出てこないょぅ。
    こちらから陽動をいくつかかけてるけど、あと30分が限界だょぅ』

川 ゚ -゚) 「そうか、【バッファロー】そちらは?」

また別のチャンネルに合わせて、【バッファロー】――モナーに呼びかける。

( ´∀`)『後方からの支援は相手が建物から出てこない限り難しいモナ。もう少しセムテックスによる扇動が必要だと思うモナ』

川 ゚ -゚) 「よし、特殊2班にそれを伝えてくれ。あと10分後に爆弾をセット。その後はこちらからの指示を待て」

(=゚ω゚)ノ『了解だょぅ』
( ´∀`)『了解だモナ』

無線機を切り、クーは周りを見渡した。

兵士は間断なく走りまわっているようだが、どうやら外に出ている兵士は少ないようだ。これではブーンの捜索がやりづらい。
ここはひとつ、陽動をかけておく必要があるが、それは特殊2班――建物内における陽動が任務の班に任せておくべきこと。



  
96: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 00:50:52.67 ID:7fQNAVNT0
  

川 ゚ -゚) (よし、ブーンを追うか)

クーは頭の中にこの施設の地図を呼び起こし、ブーンが行きそうな場所をシミュレートしてみる。
地図は潜入していた2日の間に歩き回ったから、完璧に頭に入っている。

クーはイングラムを再度握りなおし、当たりをつけた場所へと走り出した。



( `ω´)「おおおおお!!!!」

兵士「ぐはぁっ!!!」

『光弾』が兵士に命中。壁に叩きつけられた兵士は気を失う。

瞬時に振り向いたブーンは、もう一発『光弾』を放つ。
予想通り、後ろでサブマシンガンを構えていた兵士に当たり、同様に気絶した。

( ^ω^)「はぁ、はぁ」

ブーンは部屋を脱出した後、建物の中をめちゃくちゃに走り回っていた。

もちろん、目的はツンとヒッキーを助けること。
誰の力も借りない。自分の力で、絶対に助けてみせる。

その証拠に、途中、兵士や研究員に会うことはあっても、それら全てを撃退できた。
サブマシンガンの弾は『光障壁』で防ぎ、『光弾』を当てて命中させる。
これで十分、兵士をやっつけることができた。



  
104: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 00:58:28.96 ID:7fQNAVNT0
  

( ^ω^)「つ、ツンはどこだお? ヒッキーは?」

しかし、肝心のツンとヒッキーがまったく見つからない。
例えば、さっきの作戦司令室みたいな部屋に行ってもヒッキーはすでにいなかったし、テレビ画面は何も写していなかった。
やみくもに部屋を探し回っても、2人の姿はまったく見つからない。

くそぉ。いったいどこだ、どこにいる?

ブーンは焦りの色を顔に浮かべながら、再度あたりを見回した。

兵士「いたぞ! 捕まえろ!」

( `ω´)「邪魔をするんじゃないおぉ!」

現れる3人の兵士に巨大な『光弾』を浴びせ、瞬時に沈黙させる。

今、自分は力に溢れていた。誰かを助けるという思いが、自分を強くしていた。
心が強くなっていた。

( ^ω^)「どこだお! どこにいるんだお! ツン! ヒッキー!!」

近くの部屋の扉を『剣状光』で切り裂き、中を覗く。
中に居たのは信者と思われる廃人になった男、1人。

やっぱり、いない。



  
107: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 01:01:04.01 ID:7fQNAVNT0
  

「おい、ブーン!」

唐突に名前を呼ばれ、ブーンは声のした方へと顔を向ける。

そこにはジョルジュが、慌てた様子で立っていた。
  _
( ゚∀゚)「ブーン、何してるんだよ、こんな所で。ここは危ないから、早く逃げろ!」

( ^ω^)「ジョルジュさん! ツンは! ヒッキーはどこだお!?」
  _
( ゚∀゚)「ああ、あの2人か……助けに行くのか?」

( ^ω^)「当たり前だお!」
  _
( ゚∀゚)「そうか……」

顔を俯かせて、考え込むジョルジュ。

それを見たブーンは瞬時にひらめいた。この人は、2人がどこにいるのか知っている、と。
 
( `ω´)「どこだお! どこなんだお!」
  _
( ゚∀゚)「ちょ、ちょっと待て。そうだな……ツンは1階の195号室に収容されている。ヒッキーはその隣の196号室だ」

( ^ω^)「あ、ありがとうだお!」

ブーンはさっそく走り出した。1階の195号室。確か南方面にあったはずだ。さっき地図を見てきたから覚えている。



  
109: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 01:03:42.98 ID:7fQNAVNT0
  

南方面は銃声や爆発音が何度も聞こえ、危険な地点なのは素人でもわかるが、今はそんなことは言ってられない。
とにかくツンとヒッキーを助ける。ただそれだけだ。

と、ブーンは立ち止まり、振り返った。
ジョルジュはまだそこに立っていた。

( ^ω^)「……」
  _
( ゚∀゚)「どうした? 早く行ってやれ。時間が経てば、回復する見込みも薄くなるぞ」

( ^ω^)「どうして、助けてくれるんだお?」
  _
( ゚∀゚)「ん?」

( ^ω^)「ラウンジ教の人間なのに……どうして?」

ジョルジュは、ふっ、と薄い笑みを浮かべた。
  _
( ゚∀゚)「……お前が気に入ったからだよ。って、変な意味じゃないからなwww」

( ^ω^)「……ありがとうだお!」

ありがたかった。
今はこんな優しい笑みや、おちゃらけた言葉がありがたかった。

こんな人に後押しされれば、きっと助けられる。絶対に。



  
110: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 01:06:16.63 ID:7fQNAVNT0
  

そう思いながら、ブーンは走り続けた。
走って走って走って、走りまくった。

途中、兵士に出くわしても、すべて一撃の下で気絶させた。
今は誰にも負けない。そんな気持ちが溢れていた。

だって、ほら、もうたどりついた。195号室に。

( `ω´)「はぁ!」

『剣状光』で扉を真っ二つにして、中に入る。
中は白い壁と白いベッドがあるだけの簡単な部屋。

ξ 凵@)ξ「……」

そのベッドの上に、ツンはいた。
上半身だけ起こして、うつろな目で。

( ^ω^)「ツン!!」

ξ 凵@)ξ「……」

声をかけてもツンは何も答えてくれない。まったく動いてくれない。目を合わせてもくれない。

ないない尽くし……まるで生きていないかのような。



  
111: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 01:08:43.71 ID:7fQNAVNT0
  

(  ω )「ツン……」

ブーンはツンの肩をとり、抱きしめる。

しかし、ツンはそれでも何も反応してくれない。
いつもなら、『何すんのよ!』という怒鳴り声を浴びせてくるはずなのに、今は指先の力すら入っていない。

(  ω )「……」

ブーンはツンを精一杯抱きしめた。
彼女の体温は感じられても、心が感じられない。

(  ω )「くそぉ……」

ツンを抱きしめているブーンの体から、白い光が溢れ出ていた。

(  ω )「くそおおおおおおおお!!!!!!!!!!」

それは部屋中を覆い尽くしても、まだ彼の身体から生まれ出ていた。

まるで世界の全てを拒絶するかのようなその光が。





  
112: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 01:11:11.91 ID:7fQNAVNT0
  



( ・∀・)「くそぉ! くそっ! どうして『VIP』がこんなに早くここに……!」

教祖専用の部屋にて、モララーはひとり叫び声に近い愚痴をこぼしていた。
彼は、『VIP』と思われる軍隊が攻めてきたと聞いた途端、この部屋に逃げるようにして入ってきたのだ。

この部屋は防弾ガラスや防弾壁で囲われており、ちょっとやそっとでは侵攻されない。
それに、秘密の脱出路だってある。比較的安全な場所だ。

けど、命の保証がなされたわけではない。早く逃げないといけなかった。

( ・∀・)「ジョルジュ! ジョルジュはどこだ!」

モララーは自分の護衛人の名を呼ぶが、しかし姿を現さない。
いつもは一声かけるだけで現れるはずなのに、これはどうしたことだ?

( ・∀・)「くそぉ、どうして誰もこない!」

いったいどうしてこんなことになった。
自分はこんな所で終わるような人間ではない。
ラウンジ教は、自分の地位をあげ、自分を世界で唯一の存在とするために、ここまで苦労を重ねて大きくしていった団体だ。

自分のための、大事な大事な道具。せっかくここまで鍛え上げていったのに、こんな所で死んでしまっては元も子もない!



  
115: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 01:13:40.23 ID:7fQNAVNT0
  

机の中からトカレフ拳銃を出したモララーは、「死なない、私は死なない」とぶつぶつ唱えながら、いつ敵がここに入ってきてもいいように、扉に向かって銃口を向ける。

と、突然扉ががちゃりと空いた。

( ・∀・)「あああああ!!!!」

モララーは恐怖に陥って、引き金をしぼる。
だが銃弾は発射されない。ど、どうして?

「セーフティ解除を忘れるぐらいに混乱しているということか。無様だな」

「そう言うな兄者。狂わないだけ大したものだ」

( ・∀・)「だ、誰だお前達は!」

部屋に入ってきたのは3人。顔の似ている兄弟らしき2人と、中年にさしかかると見られる男が1人。

どれも見たことのない顔で、モララーはますます混乱し、トカレフの引き金を何度もしぼる。
だが、銃弾は一向に発射されない。

( ´_ゝ`)「無様すぎてどうしようもないな」

(´<_` )「これも人間というものなんだよ、兄者」

( ,,゚Д゚) 「……」

手ぶらながらも、余裕の表情で近づいてくる3人。



  
117: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 01:16:08.27 ID:7fQNAVNT0
  

( ・∀・)「く、くるなあ! くるなあ!」

モララーは拳銃を3人に向けつつ、秘密の脱出路がある壁の方へと向かう。

壁に小さくついているボタンを押せば、自動ドアのように壁に通路が現れ、そこから外に逃げ出せる仕組みだ。

モララーは迷わずボタンを押した。すぐに壁に穴が現れ、モララーはほっと息をついた。

が、通路に入ろうとした瞬間、前から人影が現れ、ドンと押されて部屋に戻された。

从 ゚―从「……」

( ・∀・)「ひ、ひぃ! ど、どうしてお前がここに!」

通路にいたのはハインリッヒだった。
いつもジョルジュの後ろにくっついているだけの、金魚の糞のような女。
今まで喋ったところを見たことがなければ、修行に参加したこともない。気味の悪い女。

从 ゚―从「逃げるのは許さない……」

( ・∀・)「く、くそぉぉぉ!!!」

見知らぬ男3人とハインリッヒ。
交互に銃口を向けるモララー。その手は震え、歯はガチガチと音を立てている。完全に恐慌に陥っていた。

しかし、相手4人はまったく動こうとしない。ただモララーを見つめているだけ。



  
119: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 01:19:43.17 ID:7fQNAVNT0
  

( ・∀・)(なんなんだよぉ、こいつらは!!)

そんな時間が数十秒過ぎると、また扉が開いた。
次に入ってきたのは、待望の男――ジョルジュだった。
  _
( ゚∀゚)「……教祖様」

( ・∀・)「ジョルジュ! 遅いじゃないか! 早く私を助けろ!」
  _
( ゚∀゚)「ええ、今助けますよ」

ジョルジュが拳銃を取り出す。モララーは今度こそ助かると、息を吐いた。
セーフティを解除し、ジョルジュは引き金に指をかける。

その銃口は、しかしこちらに向けられていた。

( ・∀・)「な、何のまねだ!」
  _
( ゚∀゚)「教祖様……あなたの役目はもう終わりました」

パン!
  _
( ゚∀゚)「現実という束縛から、今助けてあげましたから。安らかに眠ってください」

モララーの意識はすでになかった。
眉間にたったの1発の銃弾が命中しただけで、人間は死ぬ。
モララーは恐怖にゆがんだ顔のまま、静かに倒れこんでいった。
彼の口からは、最後の言葉すら出されることがなかった。



  
120: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 01:22:18.34 ID:7fQNAVNT0
  


  _
( ゚∀゚)「……みんな、そろったな」

( ´_ゝ`)(´<_` )「ああ」
( ,,゚Д゚) 「おう」
从 ゚―从「……うん」

モララーの死体だけがある部屋の中。

ジョルジュ、兄者、弟者、ギコ、ハインリッヒの5人は互いを確かめ合うように顔を見合わせ、頷きあった。

ジョルジュは手にしていたマグナム拳銃を腰のホルスターにしまい、ふぅと一息つく。
  _
( ゚∀゚)「兄者、C4の設置状況は?」

( ´_ゝ`)「完了している。あんたの言うとおり、30分後にはここは全て火の玉だ」

兄者がにやりと笑いながら言う。



  
123: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 01:25:15.11 ID:7fQNAVNT0
  
  _
( ゚∀゚)「よし。ギコさん、『VIP』とラウンジ教の戦況は?」

( ,,゚Д゚) 「『VIP』優勢だ。おそらくあと20分もすれば決着はつくぜ、ゴラァ」

ギコが難しい顔をしながら答えた。
  _
( ゚∀゚)「わかりました……高岡、脱出路は?」

从 ゚―从「大丈夫……任せて」

無表情のまま、ハインリッヒは呟く。
  _
( ゚∀゚)「頼むぞ。よし、弟者、無線の用意を頼む」

(´<_` )「わかってるさ。ほら」

弟者は呆れ顔で無線を放り投げる。ジョルジュはそれを上手く掴みとり、うなずいた。
  _
( ゚∀゚)「みんな、ご苦労さまだな。これで最終準備は終了だ」

仲間の顔を順番に見つめながら、ジョルジュは一息に言った。
  _
( ゚∀゚)「もうすぐ祭りが始まる」

( ´_ゝ`)(´<_` )「……」
( ,,゚Д゚) 「……」
从 ゚―从「……」
  _
( ゚∀゚)「みんな、死ぬな」



  
129: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 01:33:00.18 ID:7fQNAVNT0
  



ピー、ピー

川 ゚ -゚) 「ん? 無線機か?」

ブーンを探して建物中を探し回っていたクー。
たった今、兵士を無力化させたイングラムを下げ、無線機に手を伸ばす。

川 ゚ -゚) 「私だ」

『俺だ……』

川 ゚ -゚) 「……誰だ?」

『俺だよ、クー』

川 ゚ -゚) 「誰だと言っている!」

聞きなれない声。機械で変えられた、不自然なほど低い声。
しかし、なんだろう。自分はこの口調を知っているような気がした。



  
130 :VIP魔法使い:2006/11/17(金) 01:35:52.74 ID:7fQNAVNT0
  

『もう忘れたのか? まあいい……今から20分後、この建物はC4によって塵となる』

川 ゚ -゚) 「なに!?」

『できるだけ脱出させることだな。死者を増やしたくなければ……』

川 ゚ -゚) 「貴様、誰だ!」

『ディープ・スロートとでも名乗っておこう。はは!』

ぷつり、と無線が切れた。

川 ゚ -゚) (ディープ・スロート……アメリカのウォーターゲート事件の内部告発者?)

そんなわけがない。これは何かの冗談だろう。
ただ、こんな冗談を、自分は1度聞いたことがある。あれは確か……

川 ゚ -゚) (こんなことを考えている場合じゃない! C4だと……まさか)

匿名の情報はこれが初めてじゃない。
もしかしたら『ツンはラウンジ教にさらわれた』という電話も今のと同じ人物かもしれない。

もし本当ならば、これは由々しき事態だ。

川 ゚ -゚) 「……」

クーは考える。



  
131 :VIP魔法使い:2006/11/17(金) 01:38:43.96 ID:7fQNAVNT0
  

もしこれが本当なら、建物内部にいる人間はもちろんのこと、モナーやぃょぅもその爆発に巻き込まれるだろう。そうなれば全滅だ。

無駄死には避けたい。死ぬ必要のない命をなくす必要はない。

爆発の可能性があるのなら……選択肢はひとつだ。

川 ゚ -゚) 「【コウモリ】!【バッファロー】! 聞こえるか!」

(=゚ω゚)ノ『なんだょぅ?』
( ´∀`)『どうしたモナ?』

川 ゚ -゚) 「今すぐこの場から離れろ! できるだけ遠くにだ!」

(=゚ω゚)ノ『ど、どうしてだょぅ?』
( ´∀`)『何かあったのかモナ?』

川 ゚ -゚) 「C4で建物が爆破されるんだ! 私は館内放送をかけて、全ての人間に避難するよう呼びかける。
      お前達は避難の手伝いをするんだ! いいな!?」

(=゚ω゚)ノ『わ、わかったょぅ』
( ´∀`)『気をつけろモナ!』

こちらの緊迫した声を察してくれたのだろう。2人は素直に言うことを聞いてくれた。



  
134: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 01:41:50.49 ID:7fQNAVNT0
  

後はこちらの仕事だ。
まず館内放送をかけて兵士や研究員、信者達に避難を促し、特殊班にその手伝いをさせなければならない。
その後、自分はブーンとツンを探す。

川 ゚ -゚) (無事でいろよ、ブーン……!)

頼りにならずとも優しい少年。
彼のことを思い浮かべながら、クーは放送室に向かって一気に足を進めた。



クーの館内放送はすぐさま実行された。

『建物内にいる人間に告ぐ。すぐに戦いをやめ、外へと逃げろ。30分後にはこの建物は爆破される。死にたくなければ早くしろ! 
 繰り返す――』

しかし、ラウンジ教の人間は頑として逃げ出そうとはしなかった。
自分達の場所を守る。自分達の守るべきものを守る。
それだけが頭の中にある彼らには、見知らぬ人間の館内放送などに耳を貸すはずもなかった。

『VIP』の特殊班がなんとか彼らに戦いを止めさせようと説得するも、耳を貸そうともしない。



  
138: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 01:44:29.92 ID:7fQNAVNT0
  

しかし、状況はひとつの伝令で一変した。

それは幹部クラスの人間しか出せない特AAクラスの伝令だった。

ラウンジ教の人間はその伝令を聞いた瞬間、すぐさま『VIP』に投降し、建物の外へと避難を始める。

その伝令はなんだったのか?
内容はこうだ。

『モララー教祖からの命令:すぐさま『VIP』に投降し、彼らの言うことに従うこと』

ただそれだけの内容だった。
しかし、神ともあがめていたモララー教祖からの命令を、特AAクラスの伝令で伝えられたということが、ラウンジ教の人間にとって重要なのだ。
内容は二の次。「誰が出したか?」というのが問題なのであり、あとはその内容に従うだけ。

それがラウンジ教の『教育』の成果だった。





  
140: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 01:48:11.64 ID:7fQNAVNT0
  


――25分後

川 ゚ -゚) 「あと5分で爆発か……ブーン、どこにいる?」

すっかり人気のなくなった建物の中、クーは部屋のひとつひとつを丁寧に調べ、ブーンを探し回っていた。

あれからラウンジ教と『VIP』の人間は全員避難が完了したらしく、ついさっきぃょぅから連絡があった。

彼からは、『早くクーさんも逃げるょぅ!』と言われたが、そんなことはできない。
ブーンが脱出したという情報はまだない。まだブーンがここにいるかもしれないのだ。

早く見つけて、すぐに脱出しないといけない。

川 ゚ -゚) 「ここか!」

196号室の扉を開ける。そこには誰もおらず、中の収容者はすでに脱出した後のようだった。

ということは、後残っているのは195号室と司令室だけだ。

川 ゚ -゚) (ここにいないなら……私だけで脱出するしかないか)

ミイラとりがミイラになることだけは避けないといけない。
ブーンを見捨てるなんてことはやりたくはないが……

クーは廊下に出て、緊張した面持ちで195号室の扉に手をかけた。

と、その瞬間。



  
141: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 01:50:36.80 ID:7fQNAVNT0
  

目の前が光で覆われた。

川 ゚ -゚) (何! まだ爆発には早いはずだぞ!)

その光は自分の目を覆い、視界を全て白くする。

しかし、爆発の光ではないようだった。
爆音が聞こえないし、何より光の直撃を受けたのに自分の身体はまだ存在するし、意識だってある。

それに、この光は見覚えがあった。

川 ゚ -゚) (ブーン……?)

理由はわからないが、その光がブーンのものだとわかってしまった。

まるでブーンの心が自分に直接語りかけているかのような感覚。
頭の中に言葉を打ち付けられ、ブーンの感情が全て自分に入り込んでくる。

それは全て、悲しみに満ちていた。





  
143: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 01:53:22.63 ID:7fQNAVNT0
  


その光はドーム状に広がっていた。
地面に白いボール膨らんでいくかのように、真っ白で丸い光がそこから発せられていく。

爆発にありがちな轟音も、爆風もない。
無音の光だけが広がり、ついには建物全てを覆い尽くしてしまった。

『VIP』とラウンジ教の人々は驚愕に満ちた目で、それを見つめていた。
いまや、その光は膨らみきった風船のように、その形状をそのままに保っている。
爆弾が爆発すると知らされていた彼らにとって、それはあまりにも美しく、爆弾とは違った種類の恐怖を呼び起こす元となった。

畏敬。
人は自分に理解できないものを見た時、その感情を呼び起こすという。
まさしく彼らに襲い掛かっていたのはその畏敬の念だった。

まもなくその光は収束していく。ボールがしぼんでいくかのように、ひとつの場所へと縮んでいく。

そして、全ての光がなくなったその場所を見て、周りの人間はさらに驚かざるを得なかった。


かつてあったラウンジ教の建物は跡形もなく消え、


地面には隕石のクレーターのような穴が開き、


そしてその中心地点に、3人の人間が立っていたのだ。



  
145: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 01:55:49.40 ID:7fQNAVNT0
  

( ;ω;)「……」
ξ 凵@)ξ「……」
川;゚ -゚) 「……」

虚ろな顔をしたツン。
彼女を腕に抱えるブーン。
そして、呆然とした表情でその側に立つクー。

人々は何が起こったのかを理解できなかった。
だが、誰がこの現象を引き起こしたのかだけは、理解できた。

ブーン。『人の子』。

( ;ω;)「ツン……」

この現象を引き起こし、自分とツン、クー以外の全てを消滅させた彼は、ひとつの涙を地面にぽろりと落とした。



  
149: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 01:58:23.56 ID:7fQNAVNT0
  



( ´_ゝ`)「あれを、『人の子』が引き起こしたのか?」
(´<_` )「信じられないな」

( ,,゚Д゚) 「……」
从 ゚―从「……」

ジョルジュ、流石兄弟、ギコ、ハインリッヒの5人は、ラウンジ教の施設から遠く離れた丘の上で、事の終末を眺めていた。

それぞれが信じられないといった顔でクレーターを見ている中、ジョルジュは「そうだ」と彼らの疑問に答えるように呟いた。
  _
( ゚∀゚)「あれが本当の力……でもないな。力の一部でしかないだろ。
     あれは彼の怒りと悲しみが、無意識に抑圧していた力の一端を引き出したにすぎない。『心の開放』とでも言うかな。
     世界を導くと『人の子』なんだ。その気になれば、地球を丸ごと消し去ることもできるかも」

( ,,゚Д゚) 「……わかんねえもんだ、あのガキがねえ」
  _
( ゚∀゚)「ギコさん、実際に起こる『事実』とは疑いようもないほどの真実なんですよ。これがこの世界の真実です」

ジョルジュはしばらく複雑そうな顔でクレーターを眺める。
どうやらブーンはそのまま倒れてしまったらしく、救護班が彼の傍に近寄ってきているのが見える。



  
151: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/17(金) 02:01:13.38 ID:7fQNAVNT0
  

ふっ、とジョルジュは笑い、4人の方へと向き直った。
  _
( ゚∀゚)「みんな、最後に確認したい」

その声が真剣味の帯びたものとなり、4人は自然と姿勢を正した。
  _
( ゚∀゚)「……祭りが始まれば、俺はたぶん、100年後の歴史の授業で大悪人として紹介されると思う」

寂しげな顔。けど、決意に満ちたその言葉。
  _
( ゚∀゚)「……それでも、ついてきてくれるか?」

( ´_ゝ`)「当たり前だ」
(´<_` )「これが俺たちの意志だから、な」
( ,,゚Д゚) 「人生最後の大博打だ。賭ける価値はあるさ、ゴラァ」
从 ゚―从「ジョルジュがそれを望むなら……私はついていくだけ」
  _
( ゚∀゚)「そっか」

ジョルジュは再びクレーターの方へと目を向ける。
風が彼の短髪とコートをたななびかせる。
コートから見え隠れする彼の身体は、まるで夜のような黒さを持っていた。
  _
( ゚∀゚)「ありがとな、みんな」

仲間達に向けられたそれは、最高級の笑顔だった。

第16話 完



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