( ^ω^)ブーンが心を開くようです

  
3: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/18(土) 23:44:06.43 ID:uW8qhbnE0
  
第17話

夜=怖い
それは特に夜に慣れない人がそう思うことだろう。
夜をいつも家の中で過ごしている人にとっては、暗くて静かで、誰が何をしているかわからない外の夜は怖いものだろう。

今の時勢では特にそうだ。
犯罪者があふれ、所々から奇声が聞こえ、テレビ番組では「夜には出歩かないようにしましょう」という異例とも言える警報が出されるこのご時勢。

普通の人なら、こんな時に外に出ようなんて思わないに違いない。
いるとしたら、仕事で仕方なく出ている人、もしくは犯罪者だけだ。

そして、自分は前者だと言える。

( `ω´)「おおおお!!!」

闇の中で白い輝きを浮かび上がらせる『剣状光』を手にし、勢いよく走り出すブーン。

『影』がその腕を振り下ろしてくるのをサイドステップで避け、足部分へと刃を横に薙ぐ。

( `ω´)「まだだお!」

体勢が崩れた『影』の身体に手をあて、『光弾』を発射。
ゼロ距離から放たれたそれを『影』が避けられるはずもなく、胸に大きな風穴が開けられた。



  
4: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/18(土) 23:46:06.54 ID:uW8qhbnE0
  

だが、ブーンはまだ攻撃を止めない。

光を帯びた右足で『影』を蹴り上げ、落ちてくるそれを『剣状光』で連続して切る。切る。切る。切る。

( `ω´)「はぁああ!」

最後に巨大な『光弾』を浴びせるブーン。
その光は『影』の切り刻まれた身体を覆い尽くし、完全に消滅させた。

完全な勝利。圧倒的な力。

( ^ω^)「はぁ、はぁ……」

川 ゚ -゚) 「ブーン……」

今日も『影』退治のパートナーしてついてきたクーが、心配そうな顔でこちらを見ていた。
ブーンはそれを見て不思議に思う。

なぜそんな顔をするんだろう? 完璧に勝ったじゃないか。

『剣状光』を消したブーンは、息を整えつつ、「クーさん」と彼女に声をかけた。

( ^ω^)「次はどこだお? 早く移動しないと、時間が足りないお」

川 ゚ -゚) 「ブーン……やめておけ。もうこれで5体目だ。それに、『影』の気配は感じられなくなった」

(♯^ω^)「大丈夫だお! 僕はまだまだやれるお!」



  
7: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/18(土) 23:48:41.02 ID:uW8qhbnE0
  

ブーンは辺りを見渡し、空を見上げた。

ここは都内のビル街の裏道。かつては夜の店が立ち並び、多くの人が一夜限りのお楽しみを興じていたその街並は、いまや完全に廃れていた。
「飲食店やコンビニなどの店舗全ては、午後10時以降の営業を停止すること」。
そんな政府からお達しが下り、いまや日本全国、夜の光というのは見られなくなった。一部の許可証をもらっている店以外は、全て夜の営業を停止していた。

そのため、夜中の午前2時を回った今となっては、この裏道にもまったく人影がない。
街灯がきらめいているだけで、まるで田舎の商店街のようにも見えた。

( ゜ω゜)「……いるお」

空を見上げていたブーンは、目を見開いて小さく呟いた。

川 ゚ -゚) 「何がだ」

( ゜ω゜)「『影』だお! こっちだお!」

ブーンは走り出した。



  
8 名前: ◆ILuHYVG0rg [>>5 おkwww] 投稿日: 2006/11/18(土) 23:50:30.55 ID:uW8qhbnE0
  

ブーンは『影』の気配を完全に掴んでいた。

以前はできなかったのに、どうして今はできるのか?

そんなことはどうでもいい。今は『影』を殲滅させることが1番大事なことなのだ。

自分の大切なものを、これ以上傷つけさせないため。
自分の大切なものを、敵から守るため。

自分は戦わなくてはならない。たとえこの身体が朽ち果てようとも。

『影』の姿が見えて、ブーンは『剣状光』を握り、『光弾』を放出した。

( `ω´)「おおおお!!!」

あのラウンジ教での出来事から1週間。

ブーンはこの1週間で、すでに50体以上の『影』を消滅させていた。





  
10: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/18(土) 23:53:18.21 ID:uW8qhbnE0
  



ラウンジ教の施設が崩壊、壊滅してしまったあの事件。
建物は、中にあった爆弾のせいが何らかの理由で暴発し、そのため大爆発を起こして消滅した、ということにされていた。
もちろん、『VIP』側の情報操作の結果だ。

ニュースではそれが大々的に報道された。
もちろん、爆発物製造・所持の疑いが強かった全国のラウンジ教の施設は残らず捜査され、幹部や信者は8割方逮捕された。
ラウンジ教は実質壊滅状態となり、モララー教祖は行方不明と報じられた。

『VIP』とラウンジ教の兵士が戦争をしていたり、ブーンという少年が人質にとられていたことなどは、情報操作で完全になかったことになっていた。

あくまで、『ラウンジ教が爆発物の取り扱いを誤り、そのために施設が消滅した』という偽の事実を、報道各局は報じていた。

しかし、国民にとってそのニュースは非常にショッキングなことであり、昨今の治安の悪化と合わせて、首相官邸や国会議事堂で小規模なデモが起こったりした。
治安に関する対策を進めるように、という要求を行った市民団体だったが、
それはあまりにも小規模なもので、政治に影響を及ぼすことはなかった。

大半の国民は、ショックを受けながらも不安を抱えたまま事態を静観しているだけだったのだ。

それが今のこの国の現状だった。良い悪いは別として。



  
11: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/18(土) 23:55:41.31 ID:uW8qhbnE0
  

一方、『VIP』ではラウンジ教の内部について詳しい調査が行われていた。

もちろん、モララー教祖の行方を捜すためでもあるし、ラウンジ教がこれ以上の暴挙に出ないようにするためでもあるが、もうひとつ理由がある。

それは、ある日の定例会議における、クーとブーンの言葉がきっかけだった。

川 ゚ -゚) 「ラウンジ教がブーンをさらったのならば、ギコはどうして誘拐現場にいたのか?
      『赤坂』に所属しているのではなかったのか?
      それに、ツンのことやC4のことを教えてくれた電話相手は誰だったのか?」

( ^ω^)「ラウンジ教の施設で優しい人に会ったお。ジョルジュって言う人だったお。その人は見つかってないのかお? その人かもしれないお」

川 ゚ -゚) 「ジョルジュ……?」

その名前を聞いた途端、クーの顔色が変わり、狐が慌てた様子で立ち上がったのを、ブーンは覚えている。

そして、それについては調査する、という狐の言葉と共に、会議は終了し、それからラウンジ教に関しての一斉調査が開始されたのだ。

まだこれに関する新しい情報は寄せられていない。
ぃょぅを中心に、莫大なお金をかけた諜報活動が展開されているようだったが、それがどこまで進んでいるのかブーンには知りようがなかった。

ジョルジュにいったい何があるのだろう? とブーンは思っていた。

そして、彼がもし見つかったら、1度お礼が言いたいな、とも思っていた。
彼はあちらでの恩人なのだから





  
14: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/18(土) 23:58:30.64 ID:uW8qhbnE0
  



――昼 『VIP』のビル

ついさっき自分の部屋で目を覚ましたブーンは、疲れてなかなかベッドから出ようとしない身体を無理やり起こし、廊下を歩いていた。

12月も下旬にさしかかり、今年の冬は最盛期を迎えていた。
窓には結露が発生し、少し開けてみると冷たい風が部屋に舞い込んでくる。そんな時期。

ビルは暖房完備なので寒くはなかったが、暖房特有のぬるい空気が身体にまとわりつき、だるい。

しかし、そんなことは言ってられない。昨日の仕事は満足いく結果にはならなかったから。

午前11時。昼時とも言える時間。
ブーンは重い足取り食堂に向け、とぼとぼとカウンターに立つ。
食堂には昼食を食べるスタッフの姿がちらほらと現れ始めている。

ブーンは今日始めての食事を鮭定食に決めて、料理をもらい、一人でテーブルに座った。

( ^ω^)「はむはむ! モフ!」

周りの人「きめぇwwww」

今の季節は鮭がおいしい、ような気がする。
確か冬に産卵するんだったっけ? いや、夏か? 
なんにしろ、鮭が大好物の自分にとっては、これでご飯10杯はいける。



  
16: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:01:08.97 ID:gaCMsGwV0
  

狐「お〜、ブーン君、食べてるねえ」

( ^ω^)「狐さん」

手にコーヒーカップを持つ狐が、ブーンの目の前の席に座った。
いつものスーツ姿ににこやかな笑みを浮かべている彼は、しかし疲労の色が見え隠れしているように思えた。
精神も少し疲れているようだ。

ブーンは直感的にそう思った。

( ^ω^)「疲れてるお?」

狐「そうかい? まあ、君の方が疲れるはずだけど。毎晩毎晩仕事づめじゃあ、身体を壊すよ?」

( ^ω^)「それが僕のやるべきことだお」

狐「そうか」

最後に味噌汁を一気飲みして、今日の朝食を終了。

心配そうな顔でこちらを見てくる狐には気付かないふりをし、ブーンは席から立ち上がる。



  
17: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:04:13.79 ID:gaCMsGwV0
  

狐「あ、そうだ。ブーン君」

( ^ω^)「なんだお?」

狐「今日は夜の仕事がないんだ。その代わり、ちょっと話したいことがあるんだ。夜にね。
  午後11時ぐらいになったら、ドクオ君とショボン君を連れて、私の部屋に来てくれないかい?」

( ^ω^)「話したいこと、かお?」

狐「詳しくは夜に。あと、午後7時から会議があるから、それにも出席してほしい。
  ラウンジ教についての調査報告がまとまったから、君にも見てほしいんだ」

( ^ω^)「わかったお」

ブーンは今度こそ立ち去ろうと食器を片付けて全てプレートの上に乗せ、それを食器返却口に置いて、出口に向かって歩き出す。



  
18: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:06:17.95 ID:gaCMsGwV0
  

狐「……ねえ、ブーン君」

また狐に呼び止められて、ブーンは振り返った。
狐はコーヒーメーカーの前に立ち、コーヒーのおかわりを淹れていた。

コーヒーが入っていくのを見つめながら、狐は言う。

狐「これからどこに?」

( ^ω^)「……特別治療区域に、だお」

狐「そうか……」

狐はそれ以上何も言わず、コーヒーが満杯に入ったカップを持って席に戻っていく。
その背中は非常に哀愁の漂うものであり、30代半ばとなる男というのは、みんなあんな背中をするのだろうか? と意味のない疑問を思い浮かべる。

ブーンはその後ろ姿をしばらく見つめていたが、すぐに踵を返して出口の扉を開いた。

さあ、行かないと。





  
19: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:08:43.21 ID:gaCMsGwV0
  



特別治療区域は、このビルの3階にあてがわれた特殊な空間だ。

なぜこんな場所が『VIP』に? と以前から不思議に思っていた。

なぜなら、そこは政府の特殊機関としては珍しく、けが人や病気となった人を治療し、
必要とあらば入院まで受け入れるという、本格的な病院のような場所なのだ。

普通、防衛庁や大蔵省などの政府機関にこんな場所があるわけがない。
あったとしても『保健室』レベルのものであり、『VIP』のように手術室があったりMRIなどの最先端の機械があったりする所なんて皆無だ。

これに関して、狐に1度尋ねてことがある。『どうしてこんな場所があるのか?』と。
『VIP発足当初に色々あったんだ』というのが彼の答えだったが、どうにもよくわからないのが本音だ。
もしかして、狐が遊びで作ってしまったのだろうか? メイド喫茶なんて作っていた彼なら、それもありうるかも。

それはともかく、この特別治療区域には様々な医師が駐在し、様々な患者がいる。

例えば、つーの精神病を治療しているのもここの医師だったりする。



  
22: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:11:22.09 ID:gaCMsGwV0
  

つーは最近、病状が悪化してきたらしく、こっちが話しかけても答えないことが多くなった。
時々、アンパンマンの歌を口ずさむことがあるようだが、しかし意思疎通はほとんど不可能で、しぃが悲しそうな顔で看護している姿が廊下で見受けられる。
特別治療区域の医師は、どんな薬を使っても一向によくならないつーの病状に、頭を抱えているとか。

なら、きっともうひとつ頭を抱える懸案事項が増えたことだろう。

彼女がここで治療を受けているのだから。


ブーンは特別治療区域のひとつの部屋の前に立った。
そこには見知った人物の名前の札が掲げられており、ブーンは迷わずその扉を開く。

白い壁と蛍光灯の光。そして、薄いピンクのカーテン。白いベッド。

そして、自分にとってかけがえのない存在が、ベッドに座ったまま窓の外を見つめていた。



  
23: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:13:34.67 ID:gaCMsGwV0
  

ξ 凵@)ξ「……」

( ^ω^)「ツン……おはようだお」

ξ 凵@)ξ「……」

( ´ω`)「……今日はりんごを持ってきたお。あとで剥いてあげるお」

ツンは何も答えてくれない。
虚ろな目で窓の外を見つめているだけ。
いや、見つめてはいないのかもしれない。
彼女の目がたまたま窓の外に向いているだけで、彼女は何も見ていないのかもしれない。

彼女の心はいまだ感じられない。
意思を持つ人ならば、絶対に何かしらの心を持っているはずなのに、彼女はまるで「物」のように心を持っていない。

そうだ。彼女はすでに「者」ではなく「物」になっている。

ξ 凵@)ξ「……」

( ´ω`)「昨日はいっぱい戦ってきたお。このまま続ければ、きっと平和になるお」

ξ 凵@)ξ「……」



  
24: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:15:43.09 ID:gaCMsGwV0
  

『彼女の自我は完全に破壊されています』

ここの医師は、ツンを初めて診た時、そんなことを言っていた。

ラウンジ教で彼女に使用された薬は、様々な麻薬を調合した新薬であり、
脳の機能をほとんど停止させ、「ある一定の人物の声を聞いた時のみ、限定的に脳の機能が回復する」というものだったようだ。

しかし、時間が経つにつれて「声による回復」は効果をもたなくなってくる。
最後には脳における最小限の生命維持活動を司る部分以外は、完全に破壊されてしまうのだという。

最初聞いた時は信じられなかった。きっと彼女は治るものだと思っていた。
けど、何度もその医師から説明を受け、実際に回復しないツンを目の当たりにし、しぃの治療すら効果がないとわかると、絶望した。

彼女はもう、自分の心を取り戻すことはできない。
言葉を発せず、動きもせず、ただ心臓を動かして呼吸するだけの存在。

それを、はたして『人間』と呼べるのか?



  
25: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:17:54.69 ID:gaCMsGwV0
  

( ´ω`)「……ツン、去年の春にお花見に行ったことは覚えてるかお?」

ξ 凵@)ξ「……」

( ´ω`)「ショボンがお酒を持ってきちゃって、間違えてそれを飲んだツンが、だれかれ構わずに絡んでいっちゃった時だお」

「あんなことは思い出させないでよね!」というツンの返事は、もう聞けない。

( ´ω`)「その前の春は、2人だけでお花見に行ったお。ドクオとショボンに用事ができて、仕方なくだったお」

ξ 凵@)ξ「……」

( ´ω`)「けど、僕は楽しかったお。ツンが作ってきてくれた大量のお弁当を1人で食べるのは辛かったけど……おいしかったお」

ξ 凵@)ξ「……」

( ´ω`)「桜が咲いたら、また一緒にお花見に行きたいお。2人で」

実りのない思い出話を延々と語り続けるブーン。

効果がないのは自分でもよくわかっている。
きっと自分の言葉は彼女の耳に届きやしない。いや、届いても彼女はそれを感じられないのだ。

けど、「もしかたしたら」を信じたかった。
ドラマとか映画なら、こうやって語り続けてたら意識が戻ったということもあるじゃないか。

ツンがふと目の光を取り戻して、「ブーン」と名前を呼んでくれる日がきっとくる。絶対に。
そう信じたい。



  
26: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:20:32.06 ID:gaCMsGwV0
  

動かないツンを見つめ続けていると、病室の扉が静かに開いた。
入ってきたのは見知った2人だった。

('A`)「お、ブーン……いたのか」
(´・ω・`)「起きてたんだね」

バナナを手に持って、汗だくの顔で病室に入ってきた2人。

きっと、モナーに戦闘訓練でも受けていたのだろう。近頃は、ますます訓練に身を入れるようになったとか。

(‘A`)『……ツンがこんなことになってるのに、俺が何もできねえのが……悔しくて仕方ないんだよ』

(´・ω・`)『……ぶち殺してやりたい相手がいても、それを行う技術がなかったら……どうしようもないからね』

訓練を受ける理由をそう語った2人。
悲しいのは自分だけじゃない。彼らも当然そうなのだ。

そして、自分の無力さに嘆いているのも……自分と同じ。



  
27: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:23:26.61 ID:gaCMsGwV0
  

('A`)「どうだ? なんかあったか?」

( ^ω^)「昨日と変わらないって先生は言ってたけど、僕は少し微笑んでくれたように思うお」

(´・ω・`)「なら、きっとそうなんだよ。彼女だってずっと仏頂面だと疲れるだろうしね」

黒いジャージを着たドクオと、赤いセーターを着ているショボン。
バナナをツンのベッドの横に置き、ドクオは「そうだ」と何かを思い出したように言った。

('A`)「ヒッキーだがな、狐さんから聞いたところによると、どうやら意識が回復したらしいぞ?」

( ^ω^)「そうなのかお! それはよかったお……」

ツンと同じようにラウンジ教に薬を打たれて自分を失い、ツンの部屋の隣196号室に監禁されていたヒッキー。
彼は、建物が爆破されるというクーの放送があった時点で、『VIP』の捜査員に発見され、救出されたのだという。

そして、その後一般病院に入院。治療を受けていると聞いていた。

ヒッキーに投与された薬は、ツンのものよりは軽い症状らしく、治療はなんとか成功。今日になって自分で言葉を発せられるようになった、というのがドクオの話だった。

なぜヒッキーがラウンジ教にいたのか? という疑問についてもドクオが狐から話を聞いていた。
ヒッキーが遊びに行った親戚の人たちは、ラウンジ教の熱心な信者だったらしく、彼らにごり押しのような形で無理やりラウンジ教に入信させられた。
そして、彼が『人の子』の友人であるという情報を掴んだラウンジ教の幹部は、ヒッキーに薬を投与。
そうして『人の子』について様々な情報を聞き出した、ということだった。ツンがさらわれたのも、きっとヒッキーから話を聞いたからなのだろう。

ごり押しに弱いヒッキーならこれは十分ありうる。信じても良い話だった。



  
29: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:26:14.94 ID:gaCMsGwV0
  

('A`)「今は治療に励んでるようだな。まあ、機会があったら見舞いにでも行ってみるか?」

( ^ω^)「……ちゃんとごたごたが終わったら、だお」

('A`)「そうだな」

ドクオが近くにあった椅子に座り、ショボンが果物ナイフを手にしてりんごの皮をむき始めた。
皮むきは自分がやろうと思っていたのだが、ショボンの方が上手なので任せることにした。

ブーンはツンを見る。身体が揺れている。どうやらずっと座っていて身体が疲れてきたようだ。

( ^ω^)「今寝かしてあげるお」

ブーンはツンの肩を持って、背中を支えてあげながらゆっくりとベッドに横にしてやった。

ξ 凵@)ξ「……」

ツンは何も言わないまま、ただ呆然と宙を見ている。
肩を触っても何も反応しないし、こっちを見てもくれない。

反応がないのがこんなにも辛いだなんて……思いもよらなかったことだった。

( ^ω^)「あ……訓練の時間だお」

時計を見てみるとすでに昼の1時過ぎ。クーとの訓練の時間を過ぎていた。
彼女が剣道場で待っている。行かないと。



  
32: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:28:24.34 ID:gaCMsGwV0
  

( ^ω^)「じゃあ、僕は行ってくるお」

('A`)「訓練が終わったらここに戻ってくるのか?」

( ^ω^)「えーと、その後は会議があるから、たぶん無理だお。ツンの世話は看護士さんに任せればいいと思うお」

(´・ω・`)「まあ、時間がある限り僕達もここにいることにするよ」

ウサギの形に切ったリンゴを差し出しつつ、ショボンが笑顔で言った。久しぶりにショボンの笑顔を見たような気がする。

こうやって、普通に笑顔を浮かべて喋ってくれるのが、自分にとっては何より嬉しい。
『人の子』だとか、変な力を持っているとかに関係なく、笑いながら話し合える相手がいる。
これはものすごくありがたいことだった。
帰る場所があると思えて、安心できるのだ。

ブーンはリンゴを受け取り口に放り込む。おいしい。リンゴって切った形で味が変わるのだろうか?



  
33: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:30:24.40 ID:gaCMsGwV0
  

( ^ω^)「あ、そういえば、夜の11時ごろに、僕とドクオとショボンに所長室に来てほしいって、狐さんが言ってたお」

('A`)「俺たちも?」
(´・ω・`)「何かあるのかな」

リンゴを食べつつ、2人は顔を見合わせて不思議そうに言った。

まあ、確かに狐がこの2人を呼ぶのも珍しいような気がする。

( ^ω^)「わからないけど、ちゃんと伝えたお。忘れないように頼むお」

('A`)「把握した」
(´・ω・`)「了解」

( ^ω^)「じゃあ、行ってくるお」

ブーンは最後にそう付け加え、病室を後にした。

ツンがこちらを無表情な顔で見ていたような気がしたが、きっとそれも気のせいだろう。
ただ目を向けた先が扉だっただけのこと。

だって、彼女の目には心がこもっていなかったのだから。





  
34: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:32:33.18 ID:gaCMsGwV0
  


地下の剣道場に来るのはこれで何回目だろうか? 
もう何度も訓練を受けているので、数え切れないほどここにやってきている。

学校に行っていた時も、「3年間高校に行ったら、1000回ぐらいここを通るんだろうなあ」と通学路で考えていたものだ。
時間というのはその時その時は長く感じても、過ぎ去るのは早い――いや、言葉が変だな。つまりは時間が過ぎるのは早いってこと。

ブーンは剣道場の扉を静かに開けた。中で竹刀を持ったクーが袴姿で立っていた。

川 ゚ -゚) 「む、来たか」

( ^ω^)「遅れてごめんだお。ちょっと用事があったんだお」

川 ゚ -゚) 「かまわない。私は私でついさっき来たばかりだからな」

それをデートの待ち合わせ場所での台詞に変換したら萌えるような、ないような。

川 ゚ -゚) 「さっそくだが、はじめるぞ。今日は最初から光の剣でこい」

( ^ω^)「お? どうしてだお?」

川 ゚ -゚) 「君に基礎をやる体力は残ってないだろう?」

そう言うクーの顔にも、少しだけ疲れの色が見え隠れしているように思えた。
というか、当たり前だろう。彼女は毎晩のように『影』の討伐を行いつつ、普段の仕事もきっちりとこなしているんだ。
自分のように昼はニート生活をやっているわけじゃない。クーは自分以上に忙しいのだ。

だから、自分は夜の仕事で彼女の助けにならないといけない。そうして彼女の負担を減らすんだ。



  
35: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:35:00.11 ID:gaCMsGwV0
  

( ´∀`)「クー、やっぱりやめておいた方がいいモナ」

うぉ、とブーンは驚きの声をあげ、後ろを振り返った。
剣道場の扉の前でモナーが心配そうな顔で立ち、クーを見つめていた。
何時の間にここにいたのだろう?

しかしクーはさして驚いたような顔をせず「何がだ」と怪訝そうな顔で尋ねた。

( ´∀`)「もう2日は満足に寝てないモナ。さすがにクーでも倒れると思うモナ」

川 ゚ -゚) 「かまわん。私よりも、ブーンにその言葉を送ってやれ」

( ^ω^)「ぼ、僕かお?」

いきなり名前を呼ばれてどぎまぎしつつ、ブーンは自分を指差した。

川 ゚ -゚) 「私は最近、夜の仕事でそうとう楽にさせてもらっている。寝ていない分の疲労は、そこで回復できている。
      だが、ブーンはつい先日まで一般人だったんだ。ここ最近の仕事ぶりはめざましいものだが、その分身体にガタがきているだろう?」

( ´∀`)「……そうなのかモナ?」

うっ、とブーンは答えに詰まった。
いや、確かに疲れてはいるけれども、こんなの冬の長距離マラソンに比べたら微々たるものだ。
体育の授業でのマラソンは厳しかったなあ……

そうやって昔を思い出しつつも、ブーンは「大丈夫だお」とだけ答えておいた。



  
36: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:37:08.02 ID:gaCMsGwV0
  

川 ゚ -゚) 「……」

( ´∀`)「……まあいいモナ。今日の訓練はいつもの半分にしておいた方がいいモナ」

( ^ω^)「はいですお」

モナーが名残惜しそうに去っていく。その手に竹刀があるのにいまさらながら気付いた。
もしかして、自分が訓練の相手をするつもりだったのだろうか? もしくはクーが心配で?

優しい人だな、モナーさんは。

川 ゚ -゚) 「まったく、おせっかいがすぎるんだ……」

( ^ω^)「確かに、だお」

川 ゚ -゚) 「人のことは言えんよ、君もだ」

( ^ω^)「お、お?」

川 ゚ -゚) 「夜の仕事ぐらいは私に楽をさせてくれているようだが……そのような気遣いは無用だ。
      私は私なりに体調管理はできている。これからはコンビネーションを中心に『影』を討伐するぞ。いいな?」

( ^ω^)「は、はいですお!」

やっぱりばれていたのか。
クーのすごむような声に怖気つつ、ブーンは敬礼してそれに答えた。

やっぱりクーはすごいなあ。いつもいつも頼りになる上、こちらのことなど全てお見通し。どうにも頭が上がらない。



  
38: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:39:20.67 ID:gaCMsGwV0
  

川 ゚ -゚) 「それに……気負うな、あんなことがあった後だから気持ちはわかるがな」

( ^ω^)「……」

川 ゚ -゚) 「無用な気負いはいつか致命的なミスにつながる……
      戦う時はいつも流れる水のように静かな心を持つこと。最初に教えたことだろう?」

( ^ω^)「……はいですお」

川 ゚ -゚) 「建物をひとつ吹き飛ばすような力を持っているんだ。なおさら力の使い方を誤ってはいけない」

( ^ω^)「……はい」

建物を吹き飛ばす力、か。

話に聞いた所によると、自分はラウンジ教の施設を丸ごと吹き飛ばしたらしい。
しかし、あの時のことはほとんど覚えていない。
心を失くしたツンを抱きしめ、泣いてしまったことぐらいしか覚えがないのだ。

だから、そんな力を自分が持っているとはまだ信じられないのだが……
けど、信じるしかないのだろう。実際に建物が消し飛んでいるのだから。

川 ゚ -゚) 「では、訓練を始める。剣を持て」

その合図と共に、ブーンは手に『剣状光』を出現させ、しっかりと柄を握る。
『剣状光』の光はいつも以上に輝いているように見えた。
きっと、こっちの心に反応して『剣状光』も変わっていくのだろう。そんな気がした。



  
40: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:41:51.30 ID:gaCMsGwV0
  

( ^ω^)(……)

クーに向かって剣を構えつつ、ブーンは今さっきついた「嘘」に若干の後悔を感じていた。

静かな心を持つこと……もちろん、それも心得ている。けど、それだけじゃあ自分は強くなれない。

大きな力を持つなら、それを使うことを恐れてはならない。
決意と勇気が必要なのだ。今は。

( ^ω^)(僕が戦って、みんなを守るんだお……)

もう誰も傷つけさせないために。

その力はきっとある。

あの光の爆発は、建物は吹き飛ばしても、自分やクーを吹き飛ばさなかった。
そのことから考えて、あれは消し去りたいものだけを消す力のはず。
ならば、それをコントロールする術を身につければいい(どうやって出すのかすらわからないけど)。

だから今は……心の赴くままに戦う。
戦う決意はもうついたのだ。あとは力を得るだけ。

クーに向かって『剣状光』を一振りして、ブーンは自分の心に巣食う雑念を追い払った。
後に残ったのは決意と勇気だけだった。





  
43 名前: ◆ILuHYVG0rg [>>39狐がイメージどおりww] 投稿日: 2006/11/19(日) 00:44:48.91 ID:gaCMsGwV0
  



狐「じゃあ、今日の定例会議を始めます」

訓練の時間はまたたくまに過ぎ去り、時間は夜の7時。

恒例の定例会議にブーンは1週間ぶりに(ツンのこともあって、報告の会議の時以来は出なくてもいいと、狐に言われていた)赴き、
例のごとくクーの隣の席に座っていた。

他のメンバーはいつもどおりだ。
モナー、ぃょぅ、しぃといった『VIP』の面々。政府関係者。ご意見番のご老人。そして狐。

緊張感漂う久しぶりの空気に、ブーンは思わず手に汗握っていた。

狐「じゃあ、今日はぃょぅ君の報告からいこうか。ぃょぅ君、頼むよ」

(=゚ω゚)ノ「は、はいですょぅ!」

携帯電話を開いていたぃょぅが、狐の声に気付いて慌てて立ち上がる。
黄色いカチューシャをつけた某団長の壁紙が、携帯のディスプレイに写っていたのは気のせいか?



  
44: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:47:03.77 ID:gaCMsGwV0
  

(=゚ω゚)ノ「1週間前から続けていた調査がようやくひとくぎりついたので、その中間報告からやっていきたいと思うょぅ」

ぃょぅがそう言うと同時に、プロジェクターに1枚の写真が浮かび上がった。
中年の年に近い、骨太で筋骨隆々の男性の写真。これは……ギコ?

(=゚ω゚)ノ「以前からブーン君やクーさんと接触があったこの男性――名は『ギコ』と言うのですが、
    彼は確かに『赤坂』、在日CIA所属であったようだょぅ」

ざわ、と辺りが騒ぎ始めた。

そうか。あの誘拐された日、物陰から銃を連射してきたのはギコだと、クーが言っていた。

ということは、あの誘拐事件にはギコ――『赤坂』も一枚噛んでいるということであり、
となるとラウンジ教と『赤坂』に何らかのつながりがあったということになるかもしれないのだ。
騒ぐのも当然だろう。

しかし、ぃょぅはその予想に反した言葉を次につなげた。



  
46: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:48:54.74 ID:gaCMsGwV0
  

(=゚ω゚)ノ「けど、ギコ自身は数週間前から『赤坂』との接触を拒否、というより行方しらずの状態になっているようで、
    今回の誘拐事件に『赤坂』が直接絡んでいるというわけではなかったようだょぅ」

狐「つまり……『赤坂』を抜けて、ラウンジ教に入ったということかい?」

(=゚ω゚)ノ「その可能性もあるかもしれないけど、僕は違うと思うょぅ。
    ラウンジ教でも『赤坂』でもない、もう1つの勢力に関わっていたと思われるょぅ」

( ´∀`)「ん? 何か掴んだのかモナ?」

(=゚ω゚)ノ「最近になって日本への密入国船の船長が逮捕されたんだょぅ。
     警察がその船長を問い詰め、これまでの密入国者の特徴を聞きだしたんだけど、その中にギコと思われる人間が入っていたんだょぅ」

狐「ギコが密入国した、ってことかい?」

(=゚ω゚)ノ「違うょぅ。ギコは、密入国してきた人間を迎え入れた方なんだょぅ。
    で、その迎え入れたメンバーというのが、また驚くんだょぅ。まず、彼らだょぅ」

そう言ってプロジェクターの画面に映るものが変わった。



  
48: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:51:11.93 ID:gaCMsGwV0
  

それはよく顔の似ている兄弟が2人一緒に写ったスナップ写真のようなもので、その横には簡単なプロフィールもついていた。

そのプロフィールの1番上に『流石兄弟』という名前があるのを見て、ブーンは驚いて目を見開いた。

自分と戦った……あの兄弟?

(=゚ω゚)ノ「『流石兄弟』。3年前までフランスの外人部隊に籍を置いていたものの、脱隊。
     以降は行方知らずとなっている、日本人の傭兵だょぅ。
     兄は爆破の、弟は諜報活動のスペシャリストなんだょぅ」

( ^ω^)「よ、傭兵……?」

ブーンが驚いている間も、プロジェクターの映像は次々と変わっていく。

次に映し出されたのは、女性が海辺に立っている写真。
白いワンピースを着て、無表情にカメラのレンズを見つめているその女性。
これは……ハインリッヒじゃないか?

(=゚ω゚)ノ「『ハインリッヒ高岡』。アメリカ出身の在米日系人。
     2年前までアメリカ海軍の海兵隊に所属。その後は脱隊し、流石兄弟と同様に行方不明。
     クレー射撃のアメリカ代表候補になったほどの銃の腕前を持っている、銃火器のスペシャリストだょぅ」

あの無口な女性が……銃火器のスペシャリスト?
そんな。嘘だ。絶対にそんなことあるはずがない。だって、無口だったけれども優しかったじゃないか。



  
49: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:53:26.81 ID:gaCMsGwV0
  

プロジェクターの映像はまた変わる。

今度は最も再会したかった、それでいてこの場では最も見たくはなかった男の写真。

何かの集合写真のような、大勢の人間が笑顔で一列に並んでいる中の、その中央。
あの優しい笑顔が……『ジョルジュ長岡』の笑顔が、そこにはあった。

その写真がプロジェクターに映し出された瞬間、狐が眉間に指当てて顔をゆがめ、クーが慌てた様子で立ち上がり、政府関係者はわざとらしくため息をついていた。

(=゚ω゚)ノ「『ジョルジュ長岡』。経歴は……数年前まで『天国』に所属。
     『天国』が解体された後は行方不明。
     特殊工作を主とした、スパイや――」

狐「そこまででいい」

狐が顔を俯けたままそう言うと、ぃょぅは報告書を読む口を止めて、プロジェクターの電源を切った。
どうやら、これで写真は終わりらしい。



  
50: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:55:47.39 ID:gaCMsGwV0
  

(=゚ω゚)ノ「以上、4名がギコの迎え入れた密入国者のようだょぅ
     ……全員、ブーン君が戦ったり、ラウンジ教で出会った同名の人間と特徴が合致しているょぅ」

狐「そうか……」

(=゚ω゚)ノ「彼らが密入国してきた目的は不明だょぅ。
    彼らがラウンジ教でどのような活動を行っていたのか、『赤坂』に所属していたはずのギコがどうして彼らを迎え入れたのか、全ては今も調査中だょぅ。
    ただ、ラウンジ教とつながっていた世界の革命団体の中で、ジョルジュの姿を見ているという未確認情報もあるょぅ」

狐「うん、十分だ。調査ご苦労様」

ぃょぅが椅子に座り、報告が終了。
ブーンは彼らの話についていけず、今も頭の中が混乱したままだった。
そのため、何も言うことができず、ただ周りのざわめきに身を任せていた。

役人「これは由々しき事態ですね。まさか『天国』の負の遺産が、まだ残っていたとは」

役人2「どうするつもりですか、所長? これが明るみに出れば、『VIP』の存続自体が危ぶまれる。
    ましてや以前の関係者が、今大問題とされているラウンジ教と関わっていたと分かれば、現政権の存続自体が危ぶまれますよ」

狐「……」

狐は何も答えず、なにやら考え事を始めている。

なんだ? いったい役人達は何を言っているんだ?



  
51: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 00:58:31.14 ID:gaCMsGwV0
  

ジョルジュは確かにラウンジ教に入っていたが、自分を助けてくれたんだぞ? 
いったい何の不都合があるっていうんだ?

役人「またやっかいなものを持ち込んでくれましたね。ジョルジュ長岡……噂の裏切り者ですか。
   革命団体ともつながっているすると、これは日本だけで解決できる問題ではなくなってますね。
   国連で秘密裏に取り上げられることも考えうる。昨今の中東情勢も鑑みると、アメリカがどう言ってくるか……
   裏切り者はいつまでもこの国の裏切り者というわけですな」

川 ゚ -゚) 「黙れ!!」

突然、横で呆然と立ち上がっていたクーが怒鳴り声を上げた。
今まで悠長に喋っていた役人は、それで身を縮み上がらせ、驚き顔でクーを見つめる。

怒り顔でその役人の方へと突っかかっていくクー。普段の冷静さは完全に失われていた。

川♯゚ -゚) 「貴様にあいつの何がわかる! あの時、『天国』で何があったのか、お前は知っているというのか!
      事情を知りもしないくせに、私の仲間を――」

狐「クー君!!」

クーが役人に殴りかかる素振りすら見せた時、狐の一喝が飛び、会議室の空気が一瞬にして静まり返った。

狐はクーに近寄り、彼女の握りこぶしを下にさげさせつつ、「君らしくもない」と眉をひそめて呟いた。



  
52: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 01:00:39.49 ID:gaCMsGwV0
  

狐「会議はまだ続いているんだ。自戒するように」

川 ゚ -゚) 「……申し訳ありませんでした」

クーが頭を下げ、自分の席へと戻っていった。
恐怖で顔をゆがめていた役人は、クーの後ろ姿を見た途端に「ふん」と鼻で笑い、人を嘲笑するような笑みを浮かべた。

( ^ω^)(……いったいなんなんだお)

ジョルジュがラウンジ教にいたことが、そんなに大問題なのか?
そして、クーはどうして怒ったのか?
いったい、ジョルジュという人間は何者なのか?

分からないことだらけのまま、会議は続く。

川 ゚ -゚) 「……」

クーはそれ以降一言も発しないままだった。





  
53: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 01:03:08.98 ID:gaCMsGwV0
  



午後11時。約束の時間。
ビルの廊下を歩く人はほとんどおらず、だいたいのスタッフが帰ってしまった時間帯。

結局会議は、意味のわからないまま時間だけがいたずらに過ぎ去っていき、ほとんどの話は聞き流すことになってしまった。

ただ、ジョルジュとクーに昔何かあったということ、そして流石兄弟やハインリッヒが元軍人だったということだけが、理解できたことだった。

(´・ω・`)「さてと、いったい何の話があるというんだろうね?」

('A`)「またメイド喫茶みたいなものを作りたいとかじゃねえだろうなあ」

さすがにあの真剣な目の狐が、そんなくだらないことを言うはずが……ないと言えないのが悲しいことだった。

ブーン達は、狐の部屋――『所長室』の前に立っていた。
狐との約束どおり、午後11時きっかり。ドアをノックして「どうぞ」という声を聞く。



  
55: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 01:05:21.44 ID:gaCMsGwV0
  

( ^ω^)「失礼しますお」
('A`)「失礼しやーす」
(´・ω・`)「おじゃましまわんにゃ〜」

ショボンの微妙に分かりづらいギャグはさておき、所長室に入ると中は電気が半分ついているだけで、妙に薄暗かった。
正面の机に座っていた狐が「やあ」と声をかけてくるので、ブーン達は少し頭をさげて、それに答えた。

狐「まあ、そんなに緊張しないで。今は勤務時間も終わって、ただの男になったから」

(´・ω・`)「話ってなんでしょう?」

狐「うーん、まずはコーヒーでも飲んでほしい。ちょっと長くなるから」

狐が4人分のコーヒーを淹れていく。

「砂糖とミルクは?」と聞かれたので、ブーンは「ひとつずつ」、ドクオは「なし」、ショボンは「ミルクだけ」と答えた。

狐の淹れるコーヒーは結構おいしい。
この部屋に専用のコーヒーメーカーが置いてあり、豆にもある程度こだわっているらしいのだ。
食堂で飲むコーヒーとは味が格段に違っていた。

狐「コーヒーには自信があるんだ。お酒は苦手なんだけどね」

狐がそう呟きつつ、自分のコーヒーを一口飲む。ドクオと同じブラック。ブラックコーヒーを飲める人ってすごいと思う。あんな苦いのはとてもじゃないが飲めない。

ドクオ曰く「それがコーヒー本来の味なんだよ」らしいが。



  
56: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 01:07:28.04 ID:gaCMsGwV0
  

狐「で、だね。話っていうのは……うん。ちょっとした昔話なんだ」

('A`)「昔話?」

狐「うん。ブーン君は知っているだろうけど……今日の会議で、クー君があんなに取り乱した理由も、その昔話に入ってる」

(´・ω・`)「取り乱した? クーさんが? まさか」

ショボンが不思議そうな顔をしたので、ブーンは2人に今日の会議での様子を所どころ端折りながら伝えた。
するとドクオとショボンが、うーんとうなり始める。



  
58: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 01:09:33.99 ID:gaCMsGwV0
  

('A`)「ってことは……その『天国』っていう組織のことですか?」

(´・ω・`)「しかいないだろうね。けど、ブーンはまだしも、どうして僕達にまで?」

狐「まあ、この組織に入っている者なら、ほとんどの人は知ってるんだよ。だから、君達にも教えておかないと不公平だと思ってね」

2人の相変わらずの理解の早さに驚いて、ブーンはどうして2人はこんなに理解力があるんだろう?と思った。

狐の話というのが、『天国』というよくわからないものの話だなんて、まったく予想がつかなかった。

というか、この2人をここに呼んだのは、自分の理解力が乏しいからではないだろうか? とブーンは思った。
まずドクオとショボンの2人に理解してもらって、彼らの口からこちらにわかりやすく伝えてもらう。
そんな意図もあって、2人を呼んだのかもしれない。

狐「うん、じゃあ、長くなるけど、根気よく聞いてほしい」

そう言って、狐はコーヒーをもう一口飲んだ。

コーヒーの湯気が、窓の外に広がる闇によく映えていた。

狐「『天国』というのは、5年前まであった組織――『VIP』の前身なんだ」



  
59: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 01:11:49.88 ID:gaCMsGwV0
  



夜の闇は晴れ晴れしいほどのさわやかさを持っている、というのは矛盾しているようで矛盾していない。

実際、夜に外に出た方が気持ちの上ですっきりしてしまう。
最近夜での活動が多くなったことも起因しているのだろうけど、何より自分は夜という時間が好きなのだ。

どこまでも続く闇と、明るく光る電灯。

1度、函館の夜景というものを見に行ったことがあるが、あれは本当に見事なものだった。
日本でも随一とも言われ夜景というのは伊達ではなく、どこまでも続く白い光の波が、山という砂浜に打ち付けられていくような錯覚すら覚えてしまうのだ。

もう、何年も前のことだな。あんな綺麗な夜景を見たのは。

川 ゚ -゚) 「……」

『VIP産業』のビルの屋上にて、クーは、その長い髪が汚れるのを気にすることもなく、コンクリートの地面の上で座禅を組んでいた。



  
60: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 01:13:56.36 ID:gaCMsGwV0
  

その手には愛用の刀が握られている。これを握っていると、どんな雑念や怒りが押し寄せて来ようとも平常心が取り戻せるのだ。

冷たい冬の風が身体に吹き付けられようとも、刀を握り精神を集中していれば、何も寒くはならない。
心は身体を凌駕する。これは自分の父親に教えられた、唯一の言葉だったっけ?

川 ゚ -゚) 「……」

クーは、あの会議室でのらしくない行いを、今になって自戒していた。
いくら頭に血が上っていたからといって、あれは絶対にやってはいけない行動だった。
相手を戒めるのは言葉で十分できる。狐がその見本じゃないか。
暴力と力は違う。力は自分を守るため、他人を守るためにある。そう自分の心に刻み込んでいたのを、あの時は忘れていたとしか思えない。

鞘から刀を引き抜き、両手でそれを持ちながら、真剣の刃の輝きを見つめるクー。

ふぅー、と息を吐いて、その綺麗な刀身を眺める。刀を持てば、心は研ぎ澄まされる。
たとえ刀を持っていなくとも、この心を忘れていなければ、強さなど変わらないのだ。

川 ゚ -゚) 「……」

刀を鞘に戻し、クーは立ち上がった。
屋上の端へと足を進め、立ち止まり、遠くに見える都会の夜景を眺める。

昔はあの夜景の中に自分もいた。
現実を一歩下がった所から見ることができず、いつもその場その場での対処に追われ、何一つ自分を貫き通すことができなかった。
天から言われたことをただ実行するだけの、マシーンのような存在。それがかつての自分。

では、今は?



  
61: ◆ILuHYVG0rg :2006/11/19(日) 01:16:11.59 ID:gaCMsGwV0
  

川 ゚ -゚) 「……」

こうやって夜景を外から眺めていても、もしかしたらもうひとつこの場所を外から眺める所があるのかもしれない。
そこでこの場所を眺めれば、今の自分はまだマシーンに見えるのだろうか?

川 ゚ -゚) (そんなことはない、と思いたいな)

あの時とは違い、自分には信念があるのだから。


クーは空を見上げた。そこには満天の星空――とまではいかないものの、多数の星のきらめきを見ることができる。

この星空を、自分は何度見たことだろう? 何度見ても、この星空は変わらない。

けど、こちらは変わってしまった。あの時は、もっと多くの仲間と一緒にこの星空を見ていた。

今は1人。

川 ゚ -゚) (……ジョルジュ、か)

襲いくる思考の波に、クーは何も逆らわず、ただ身を任せるのみとした。

その思考の波の名前は……『思い出』

第17話 完



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