( ^ω^)ブーンが心を開くようです

  
2: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 22:55:51.60 ID:5bA3acr60
  

第25話

その戦いは、すでに各地で始まっていた。

世界中で猛威を振るう『影』。
彼らは建物だけを壊しまわり、邪魔する人間は容赦なく排除していった。
そのため、『影』が現れて数時間が経った都心部では、ほとんどの建物は打ち壊され、道路は寸断される。
電気系統、交通網も麻痺してしまった。

それとタイミングを合わせるかのようにして現れたのが、各国の政府の革命軍、およびテロリスト達。
彼らは『影』とは違い、明確に人をターゲットにした破壊活動を繰り広げていた。
建物を爆破し、電車の線路を打ち壊し、逃げ惑う人々に銃を向ける。
新しい国を作る、強国に自分達の存在を知らしめる、などの各自の目的を達成するために、彼らは活動を活発化させていった。



  
5: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 22:56:36.70 ID:5bA3acr60
  

それらの恐怖に対抗するために、各国の軍隊は出動する。
すでにアメリカや中国などの国では、強大な力を持つ軍隊がテロリストの鎮圧へと動き始めていた。

また、国連の安全保障理事会でも今回の出来事を緊急事態と捉え、
あまり軍事力を持たない国に対してはアメリカ軍を中心とした国連軍が派遣されることとなった。

世界の人々は、『影』やテロリストといった『敵』に対して一致団結しようとしていたのだ。
普段は仲の悪い国の間でも、今回ばかりはわだかまりを水に流し、協力体制をとっている。

恐怖に対抗するために、人々は今ひとつになろうとしていたのだ。

それは無論、この国でも同じだった。

普段から互いを牽制しあっていた警察と防衛庁、公安などの機関が、国を守ろうと躍起になっていた。
最初は不調和音を奏でることもあったが、『影』とテロリストが破壊工作を続けているとあっては、もう四の五の言っていられないのが実情。

自衛隊と警察が協力し、それに行政も加わるという、今までは考えられなかった協力体制が出来上がっていった。



  
6: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 22:57:43.46 ID:5bA3acr60
  

また、隣の半島や大国家、もしくは日ごろから「表向き」の同盟を結んでいた国とも、この国は連携を取りつつあった。

全ては自分の国を守るため。
自分達を守るため。

すさまじい恐怖に相対した時、人は防衛本能を発揮し、
同じ状況に立たされた他人と手を取り合っていくのだ。

それを人は良いことと思うのだろうか?
それとも悪いことと思うのだろうか?

それは誰にも分からないのかもしれない。





  
8: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 22:59:10.07 ID:5bA3acr60
  



狐 「第1、2部隊は北に展開! トラップを形成しつつ、敵の襲撃に備えろ!」

(*゚ー゚)「避難民の80%がすでに工場外に出ています。あと30分もすれば全ての人々の救助が済む予定です」

狐 「よし、避難民が全てここから逃げたら、そこにもトラップを仕掛けておくんだ」

(*゚ー゚)「通達しておきます。
    偵察部隊より入電。北、西の未確認飛行物体から武装兵が降りてくるのを確認したとのこと。
    兵士は短機関銃P90とグレネードランチャー、名称不明の地対空ミサイルを武装しているようです」

兵士風の男「報告します! 自衛隊の404部隊が協力を要請してきました!」

狐 「待たせろ! こっちはこっちで苦しいんだ!」

兵士風の男「はっ!」

『VIP』の総司令部となっているこのテントの中は、すでにすさまじい喧騒の渦に巻き込まれていた。
何人もの人がこのテントに出入りし、指示の怒号が飛び交い、偵察部隊からのせわしない入電が聞こえる。



  
9: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:01:22.51 ID:5bA3acr60
  

これはまるで戦争のよう――いや、すでに戦争状態に入っているのだろう。

そんなことを考えながら、ドクオは、今もあらゆる部隊と情報をやり取りしているしぃと、指示を出し回っている狐の姿を見据えた。
先ほどまでクーやぃょぅと連絡を取り合っていた彼らは、すでにこの戦場を預かる指揮官と通信士へと変貌している。

狐 「時間がないんだ! 避難民の退却はまだか!」

(*゚ー゚)「もう少しで完了です!
     第3部隊より入電。北にて武装兵士をはっきりと確認したとのこと。未確認飛行物体は輸送ヘリコプター『カサッカ』のようです」

狐 「よし、準備だ! トラップをしかけた位置の後ろまで退却し、敵をおびき寄せるんだ」

(*゚ー゚)「指示を通達。返信待ちです」

今、どうやらこの工場の北側と西側に敵を確認したらしい。
未確認飛行物体がここに近づいてきているという情報が入ってからたったの10分しか経っていないが、もうそこまで事態は進んでいるようだ。

この工場は南が山、北が川に囲まれている天然の要塞だ。
工場の親会社は、静かで空気のきれいな所にこの建物を建てたかったらしいが(作っている製品が清潔感の必要なICチップだったようだ)、
今となっては、ここは戦争を行うための要塞と化している。



  
10: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:03:09.62 ID:5bA3acr60
  

所々にトラップがしかけられ、『VIP』や自衛隊の兵士が巡回しているこの場所。

山から攻め込むことは敵にとっても容易ではないため、必然的に襲撃を受けるのは主に北と西、東からだ。
だが、東は自衛隊の部隊が密集し、避難民の退却のために厳重な警戒がなされているため、敵側も攻撃しづらい。

そのため、敵が襲撃をかけてくるとしたら北と西だ、というのが狐達の推測だった。

血も涙もないテロリストなのだから、避難民ごと爆弾で吹っ飛ばしたりはしないのだろうか? という質問を彼にしてみたが、

狐「それをやると強烈な反撃を受ける可能性があるし、リスクが高い。
  それに、あの兵士達は『VIP』を狙ってきているのだと思う。だから北と西から来るはずだ」

という答えが返ってきた。よくわからないが、それが戦争の戦術というものなのだろうか?

(*゚ー゚)「北地区の第1部隊から入電。『我、戦闘を開始せり』です」

狐「よし、作戦通りに敵をおびき寄せるんだ。多少の損害は気にしてられない。おそらく今回は大多数の敵と戦うんだ。奮起するように」

通信機から『了解』という声が何十も聞こえる。

作戦が始まったのだ。



  
12: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:04:59.81 ID:5bA3acr60
  

('A`)「……」

ドクオは司令部の端で立ち尽くしながら、横のショボンとツンの様子をちらりと見る。

(´・ω・`)「……」

ショボンはツンの車椅子のハンドルを握りながら、この喧騒を真剣な目で見つめていた。
何を考えているのかはわからない。けど、この事態をありのままに受け止めようとしているということだけはわかる。

ξ 凵@)ξ「……」

ツンは相変わらずだ。病室と何も変わっていない。ただうつろな目を宙に向けているだけ。

彼女の回復はもう難しいと、医者は言っていた。
脳組織の大部分の機能が低下し、このまま脳死を待つだけの状態なのだという。

ブーンはこのことを知らない。知ればたぶん……

(´・ω・`)「ねえ、ドクオ」

('A`)「ん……なんだ?」

ショボンがいきなり話しかけてきて、慌てて答える。



  
14: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:07:09.99 ID:5bA3acr60
  

(´・ω・`)「なんだかさ、僕達って本当に何もできないね」

('A`)「……そうだな。何も出来ない」

(´・ω・`)「役立たずだよね、僕達」

('A`)「……ああ」

ドクオはちらりと、足元に置いてあるAK47−U、アサルトライフルに目を留めた。
先ほどブーンの光が注ぎ込まれたその銃は、今はもう光を放っていない。どうやら、銃弾に光が凝縮されたようだった。

ブーンは、何を思ってこれを渡したのか?
戦わない自分達にこんなものを渡されても手に余るだけだ。

けど、持っておかなくてはならないのだろう。
戦うこともできない役立たずの自分達でも、これを使う時が来るかもしれない。

ブーンの言う通り「これで身を守る」機会が訪れるかもしれない。

ドクオはアサルトライフルを足で小突きつつ、ひとつのモニターに目を移した。



  
15: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:09:56.27 ID:5bA3acr60
  

それは何も映像を写さず、砂嵐が流れるだけだ。
偵察衛星の映像を映すためのモニターらしく、遠くの場所でも自由に見ることができるとか。

今は偵察衛星の座標の調整だとかなんとかで、まだ何の映像も送ってこないが、しばらくすれば彼らの戦いを克明に捉える目になってくれる。
この事態を打開するために戦いの地へ向かった、彼ら3人の姿を……

そうやってモニターに細い目を向けた所で、すさまじい爆発音が辺りに響き渡った。
何度聞いても、この爆発音には慣れない。
つい先日、『VIP』のビルを襲撃された時に聞いたとしても、これが呼び起こす恐怖感には耐えがたいものがある。

(*゚ー゚)「第1、2部隊が交戦状態に入ったようです」

狐 「始まったか……!」

これから、長い戦いが始まるのだろう。
その中でいったい、自分に何ができるというのだろうか? ちっぽけな力しか持たない自分が……





  
17: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:12:56.33 ID:5bA3acr60
  



それは、まず敵側の兵士達からの攻撃で始まった。

サブマシンガンを持ち、防弾チョッキと防弾メットで身を固めた兵士達は、
『VIP』側の兵士を見つけるとすぐさまグレネードランチャーを撃った。

それはアンダーバレル・グレネードランチャーという、小銃の銃身下部に擲弾発射装置をつけた武器で、
グレネードを発射しながらも自衛用の小銃を扱えるという利点を持っている。

『VIP』側の兵士は、グレネードが発射されたことを確認するとすぐに後退しようとしたが、
その前にグレネードは爆発し、数人の兵士がそれに巻き込まれ、死亡した。

それ以降も、敵側のグレネードランチャーによって数回の爆発が北側の工場で起きる。
それらは倉庫の壁を打ち壊し、『VIP』の兵士が隠れる場所をなくしていく。

しかし『VIP』側に何も策がなかったわけではなかった。

敵側の兵士が北側のあるラインに入った瞬間、地面に仕掛けてあった地雷が起爆する。
湾曲した箱の形状をしたそれは、『VIP』の兵士の持つリモコンによって起爆。
爆発によって内包された700個程度の鉄球が一方向に扇状に発射され、敵方の兵士の身体を貫き、その命を奪う。

対人指向性地雷の名を持つクレイモア地雷が、北側の工場付近に線のように設置されているのだ。



  
18: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:15:03.95 ID:5bA3acr60
  

これにより、敵方の兵士は容易に攻め込めなくなった。
ワイヤーではなくリモコンによる爆発なので、近づいた瞬間に地雷は爆発する。そのため撤去は難しい。
そのまま突き進むことは自殺行為に等しいため、敵方の兵士は遠くからのグレネードランチャーによる攻撃と、迂回しての突撃という作戦を取らざるを得なくなった。

「こちらチームα。敵が地雷を避けて迂回することを確認」

「チームβ、了解。ここで待機する」

クレイモアの撤去を行う敵はチームαが、迂回路を取る兵士に対してはチームβが殲滅に当たるという作戦だ。

『VIP』の中でも特に射撃・身体能力の高い兵士が集まるチームβの兵士は、工場の屋根の上ではじっと潜んでいた。
敵側がクレイモア地雷の仕掛けてある北のラインを避けるには、西と東に向かい、工場の中を通らなくてはならない。

よって、屋根の上で待ち伏せし、敵が中に入ろうとする所を狙撃すれば、ある程度の時間を稼ぐことができるのだ。



  
19: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:18:15.73 ID:5bA3acr60
  

「敵確認。人数は7」

「各自銃を構えろ。よく引き付けて撃てよ……!」

アサルトライフル「FAMAS」をほふく体勢で構え、敵を確認したチームβは、
敵が工場入り口5メートル付近まで近づいてきた時、引き金をフルオートで引いた。

銃身から放たれる毎分950発の弾丸は、いとも簡単に人間の身体に何十個もの穴を空けていく。

7人のうち、6人はその弾丸によって倒れ、1人は所持していたP90の引き金を引いて応戦してくる。
だが、地上と屋上では視界の幅がかなり違う。屋上のチームβが少し後ろに下がれば、敵の兵士の射線は届かなくなってしまう。
一方、敵はいくら逃げようとも、屋上の高さから見下ろされている状況で身を隠すのはかなり難しい。

そうして、応戦していた1人の敵も、結局はFAMASによる弾丸の洗礼を受けることになったのだった。

チームβの隊長が無線機を手に取り、司令部に連絡を取る。

隊長「チームβ。敵1部隊を壊滅完了。指示を乞う」

狐 『その場で待機だ。まだ突撃する必要はない。避難民が完全に退避するまで、その場で持ちこたえてほしい』

隊長「了解」

チームβの隊長は、無線機のスイッチを切り、辺りに目をめぐらせた。
兵士として鍛えられた目は、幾分の異変も逃さない。
たとえ木の葉の揺れが少し変わっただけでも、スコープの反射光が1秒未満光っただけでも、
それらの異変を捉え、瞬時に対処することができるのだ。



  
20: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:20:27.43 ID:5bA3acr60
  

隊長はどこにも異変がないことを確認し、少し気を休めようと隣に座っていた若い隊員に声をかけた。

隊長「どうだ?」

若い隊員「大丈夫ですよ。これぐらいならまだまだ持ちこたえれます」

隊長「そうだな……避難民が退避すれば、後は突撃するか退却するかだ。こんなに神経を張り詰めなくて済む。もう少し我慢しろ」

若い隊員「りょうか、」

「了解」と言いかけた若い隊員の口に、まばたきの合間で小さな穴が空いた。
パシュ、という軽い音と、少量の血。
銃弾が命中したのだ。

先ほどまで話をしていた若い隊員はあっけなく倒れ、傾斜の強い工場の屋根から落ちていく。

しかし、彼を気遣う時間はなかった。
隊長はすぐに身を低くして、辺りを見渡す。
さっきまで敵影も何も見えなかったのに、いったいどこから撃ってきたというのか?

チュイン、という音がこだまする。また1発の銃弾が、鉄の屋根に弾けた音だった。
隊長は混乱する頭を兵士の理性で押さえつけながら、「こちらチームβ」と無線機に声を吹き込んだ。



  
21: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:22:48.71 ID:5bA3acr60
  

隊長「現在、銃撃を受けている。敵影なし。隊員が1人死亡した」

狐 『身を隠して銃撃から逃れてくれ。どこから銃撃を受けているのか分からないのか?』

隊長「わからない。赤外線センサーにも反応なし」

隊長は手持ちの赤外線スコープで辺りを見回すが、やはり敵の姿はどこにもない。
遠くで銃撃の音が聞こえるが、これはチームαと地雷を撤去しようとする敵の銃撃戦の音。

さきほど隊員が打たれた銃弾の方向から考えると、北からまっすぐ銃撃を受けたことになる。
だが、北には空き地と土手、川が広がっているだけで、敵影はなし。
それより向こう側は遠すぎて狙撃なんてできないはず。

パシュ、という音がまた聞こえた。左隣にいた隊員の頭が打ちぬかれた音だった。

狐 『敵が見つからないなら退却してくれ。その場にとどまるのは危険だ』

隊長「了解。これより100メートルほど後ろに下がる」

隊長は屋根の上にいた隊員に手信号を送り、退却指示を出す。
それぞれの隊員はほふく前進で屋根の上を移動する。
100メートルも後ろに下がり地上に降りれば、隠れる場所はいくらでもある。倉庫の中や、重機の後ろでもいい。
そこから敵の姿を確認するのが得策だ。



  
22: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:24:52.78 ID:5bA3acr60
  

と、そこで隊長は妙な感覚に襲われた。
何か嫌な感覚だった。何度か経験したことがある、本能的なもの。

危険。

そう思って後ろを振り返ると、そこには黒い「何か」が立っていた。
2メートル大の、全身が真っ黒で目も鼻もない異様な物体――『影』。
今、全世界を恐怖に陥れている存在。そして、『VIP』の主な敵のひとつ。

それを認識すると同時に、前を先に行っていた隊員が立ち上がり、FAMASの引き金をひいた。
だが銃弾は『影』の身体をすり抜ける。
これには何の銃火器も効かない。『VIP』の中でも特別な人間しか倒せないというデータは、すでにもらっている。

FAMASをオートで乱射していた隊員は、次の瞬間、頭を銃弾で打ちぬかれて、絶命した。
立ち上がった瞬間を狙った、見事な銃撃。まるで『影』と連携を計っていたかのようで……

隊長が、まさか、とひとつの考えに思い至った時、もうすでに彼の下半身は『影』によって引き裂かれていた。
『影』の黒い腕は、的確に隊長の足をもぎ取り、腹をつぶす。

悲鳴をあげる間もなくその意識を霧散させた隊長の身体は、倉庫の屋根からずり落ち、大量の血を辺りに撒き散らしていった。



  
23: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:25:49.48 ID:5bA3acr60
  

一方、屋根の上では、『VIP』のチームβの兵士が『影』から逃げようと立ち上がり、地上に降りようと躍起になっていた。

だが、立ち上がった瞬間を寸分の違いもなく狙ってくる銃弾が、彼らの身体を貫き、筋肉を弛緩させる。

一方銃撃を恐れて立ち上がらなかった兵士は、『影』によってその身体を肉塊に変えられてしまう。

そうして、

チームβは、どこから来るかも分からない銃撃と1体の『影』によって、全滅した。





  
24: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:27:42.02 ID:5bA3acr60
  



『VIP』のテント内。
これまで通信を続けていたしぃの顔が曇り、頭に付けているインカムからの音を注意深く聞く。
だが、期待した応答はないのか、すぐに「だめです」と呟いた。

(*゚ー゚)「第1部隊のチームβ、応答ありません」

狐 「やられた……? 銃撃で?」

(*゚ー゚)「おそらく。いえ、ごく微弱なものですが……『影』の気配もしました」

狐 「そうか。ついに現れたか……」

狐が頭を掻き、腕を組んで思案を始めた。
しぃもまた『気』の使い手なので、ある程度は『影』の気配を掴むことができる。
その彼女が言うのだから、おそらく『影』は現れたのだろう。

今はどの部隊からも連絡はないようだが、これから『影』の発見報告は続々と入るに違いない。

ドクオは2人の様子を見ながら、足りない頭でそんなことを考えてみた。



  
25: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:29:45.92 ID:5bA3acr60
  

これぐらいは狐も考えられることだろうが、ジョルジュ達が『影』を操っていることが事実ならば、この場所にも『影』は攻めてくるに違いない。
敵兵士だけでなく、『影』もここを襲撃してくるとなると、こちらはかなり劣勢に立たされてしまう。

『影』には通常の兵器は何一つ効果がない。
唯一、ブーンの光を応用した『H.L』という兵器が対抗策としてあげられるらしいが、その数も少ないと狐はぼやいていた。

よって、『VIP』の兵士はなすすべもなく『影』に倒されるしか道はなく、
それはすなわちこちらの敗北ということになる。

狐 「……『影』に関しては、もう少し数が増えてきてから作戦を実行しよう。
   問題は、出所不明の銃弾の正体だ」

どうやら『影』に対しては何か対抗策があるらしく、まずはチームβを襲った銃撃に関して対策を練るらしい。

ドクオはなんとなくさっきの通信を思い返してみる。

チームβの隊長は、周りには何の異常もないと言っていた。
敵がどこかに潜んでいた、という可能性も捨てられなくはないが、『VIP』の兵士は皆優秀で、気配察知能力関しては抜きん出ていると聞いた。
よって敵は近くにはいなかったと考えるのが妥当。



  
26: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:31:38.27 ID:5bA3acr60
  

となると考えられるのはひとつしかない、
と戦争物のゲームで得た知識をフル活用して考えていると、

狐 「あの銃撃は、超遠距離からの狙撃と考えるしかない」

狐が訳知り顔で言った。

(*゚ー゚)「しかし……狙撃ポイントがありません。
     この工場の周りは空き地や平地が多いので身を隠せる場所がありませんし、風が強いのでそれほどの距離は取れないと思うのですが……」

狐 「……そうだね、そこの君、地図を出してくれ」

狐が命じると、近くにいた兵士が棚からこの辺り一帯の地図を出してくる。

地図は工場を中心とし、周り一帯は平地や空き地などの閑散とした土地ばかり。
南には山、北には川があるが、そこから撃つことはほぼ不可能と考えるしかない。
どちらも狙撃するには遠すぎる。3000メートルはゆうに離れている。

狙撃する距離は、銃と人間の腕にもよるが、だいたい1000メートルぐらいまでと相場が決まっているので、
スナイパーがいるとすれば、この工場内か周りの平地しかない。



  
28: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:33:55.22 ID:5bA3acr60
  

狐 「いるとすれば……ここと、ここだね」

だが狐は、ドクオが否定した北の橋と、南の山の観光施設を指差した。

(*゚ー゚)「そんな……いくらなんでも遠すぎます。
    今日みたいに風が強い中、2000メートル以上の超長距離からの狙撃なんて不可能です」

その通りだ。普通のスナイパーなら不可能な所業。

狐 「けど、私ならできる。私ができるということは、敵もできるかもしれないということだ」

(*゚ー゚)「けど……」

狐「それに、1人いたはずだよ。ジョルジュ達の中にそういう銃火器の扱いに長けた兵士が。
  もしかしたら、私以上の腕の持ち主かもしれない」

(*゚ー゚)「……彼女ですか」

彼女、と言われてもドクオには誰のことやらさっぱりだったが、それ以上に狐が狙撃の腕を持っていたことに驚きだった。
こういう所から、やはり狐も戦争を行う指揮官なんだなと思い知らされてしまう。

それに比べて、自分はゲームから得た知識しか使えない役ただずだな、ほんと。



  
29: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:35:06.66 ID:5bA3acr60
  

狐 「とにかく、川の橋付近と、この山の観光施設を中心に捜索を行ってくれ。
   向かわせるのは……そうだね。コブラを2機ずつにしよう」

(*゚ー゚)「ヘリをこの場から離すのは危険だと思いますが……」

狐 「避難民の退却が済んでない工場の敷地内で、ヘリのミサイルや機関銃をぶっ放すわけにもいかない。
   サーモグラフィーを積んだ偵察用の機体を1機と、攻撃用のヘリを1機、それぞれのポイントに向かわせるんだ」

(*゚ー゚)「わかりました。伝えます」

しぃはすぐにインカムを頭につけて、狐からもらった指示を各自に伝えていく。



  
30: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:36:29.77 ID:5bA3acr60
  

('A`)「……」

ドクオはその様子を見ながら、改めて足元に置いてあるAK−47Uを足で小突いた。

硬い銃身の感触が足に伝わり、暴発しないか冷や冷やするが、安全装置がかかってるので安全なのだろう。
だが、それでも『銃』という存在自体が怖い。

この銃身から弾が出て、人を貫く。
それを想像しただけで身体が震えてくる。
そして、もしかしたら自分もそれを受けるかもしれないと考えると……

想像したくもない。

(*゚ー゚)「第2部隊より報告。『【影】を発見。これより徐々に退却する』とのことです」

狐 「あとは『影』か……」

狐の呟きが霧散する中、ドクオは隣に立つショボンとツンを交互に見ながら、握りこぶしをひとつ作った。





  
31: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:38:49.29 ID:5bA3acr60
  



『影』は徐々にその姿を現し始めていた。

『VIP』の兵士が敵と戦っている中、突如現れたそれらの『影』は所構わず建物を破壊していく。
せっかくのトラップもそれによって破壊されてしまう。
地雷や爆弾それ自体を壊されてしまってはトラップなんて何の意味も持たないのだ。

また、それらの『影』が人を襲っていたこと。
これまで積極的に人に危害を与えることのなかったのに、どういうわけかここでは『影』は『VIP』の兵士達に襲い掛かっていく。
無論、通常兵器の効かない『影』に対しては何もできず、兵士達は退却を余儀なくされた。

「退却! 作戦地域まで退け!」

「了解! みんな、退却だ! いけ! うぐっ!」

後ろへと下がる兵士達に追い討ちのように襲い掛かるのが、スナイパーによる精密射撃だった。

その狙撃はどこから来るのかもわからない恐怖の代物。
恐ろしいほどの命中率で兵士達を次々と殺していくその銃弾は、とどまることを知らなかった。
時にはわざと急所を外して、負傷した兵士に仲間が寄りかかろうとしている所を狙いもする。
足を撃って進軍や退却を遅らせもする。

たった1人のスナイパーに、『VIP』の兵士は翻弄されていった。



  
32: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:40:49.13 ID:5bA3acr60
  

だが、無論『VIP』側もそのままで終わるつもりは毛頭もなかった。

『影』に対しての対策はすでに行っていた。そのための退却であり、作戦の実行もあとわずか。

またスナイパーに対しても、狐が狙撃ポイントを推測し、その場所へと『VIP専用コブラ』――最強ともうたわれるガンシップを派遣している。
ただなぶり殺しにされるだけではない。彼らは対抗する意志を見せていた。

「こちらコブラA。山頂付近の観光施設を捜索したが、スナイパーらしき人物は見えず」

「こちらコブラB。右に同じだ」

「こちらコブラC。川沿いの橋を捜索中。コブラDも同じだ」

ヘリは狐の推測したポイントに、温度を色で視覚化したセンサー――サーモグラフィーをかけ、
スナイパーの発見に全力を向けていた。

現在、スナイパーによる犠牲者は後を立たない。
ヘリですら飛ぶのをためらわれる風の中、3000メートルを越える距離で狙撃を行うなど常人のなせる業ではないが、
しかしコブラに乗るヘリパイは自分達の探す場所に敵がいることを肌で感じ取っていた。

根拠などない。だが、山か川しか狙撃ポイントがないことは事実だし、何より長年の勘がそう告げていたのだ。

山を捜索していたコブラA・Bは敵を見つけることはできなかったらしいが、コブラC・Dはまだ捜索中。
見つかる可能性はまだあった。



  
33: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:43:04.27 ID:5bA3acr60
  

「ひどい状況だ……」

コブラCのパイロットは、川沿いにヘリを進ませるようにレバーを持ちながら、眼下に広がる景色を見据えてそう呟いた。
川沿いの建物は軒並みつぶされ、人っ子ひとりいないその景色。
まるで世界の終わりを告げるかのようなそれに、パイロットは背筋を走る冷たいものを抑えることができなかった。

「人がいないから捜索はやりやすいがな」

前の席で、サーモグラフィーのレンズを覗き込み続けている隊員が雰囲気を変えるように言った。
だが、パイロットは何も答えず、ただヘリを飛ばし続ける。答える気分にはなれなかった。

「ん、橋の下に不自然に温度の高い物体があるな」

「どこの橋だ」

「あそこだ。1番手前の。あ、消えた……」

「消えた?」

「ああ。どういうわけか反応が消えた」

疑問に思いつつ、パイロットはレバーを操作してヘリをその場所へと向ける。
肉眼では何も見えないが、センサーでは何らかの反応があるらしい。

橋の下がジャングルジムのように鉄骨で入り組んでいるその場所は、確かに足場を確保することはできるだろう。
しかも平地の工場より高い位置にあるので、狙撃を行うにはぴったりの場所だ。



  
35: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:44:51.04 ID:5bA3acr60
  

「ん……あれは」

パイロットは一瞬、人影が見えたような気がして、さらに目を凝らしてみる。
同時に武器管制システムを担当する前の席の隊員に、機関銃の用意をしておくことを告げておく。

ヘリは爆音を上げながら、ちょうど橋の高さの地点で静止した。

「反応は?」

「ないな……俺の気のせいだったかもしれん」

「頼むぞ、おい……」

「すまんすまん」

『コブラC。こちらコブラDだ。捜索はどうか?』

無線機に入ってきた硬い声に、パイロットは「進展ありません」と答えた。

コブラDにも進展はないことは、無線機の硬い声を聞けばわかる。
どうやら所長の出した推測は外れだったようだ。

ならばやはりコブラA・Bが担当する山の方にいるのか? と思い、手元の地図に目を移した、その瞬間。



  
38: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:46:20.91 ID:5bA3acr60
  

「目の前! 反応あり!」

「何!?」

隊員の声に急いで前を向くと、そこには橋の上に立って大型の筒状のものを構えている人間がいた。
パイロットは一見し、頭の中からそれに関する知識を思い出して、理解した。

地対空ミサイル「スティンガー」……!

パイロットは反射的にヘリを上空へとやり、ミサイルのロックオンを惑わすためのフレア(発火弾)を射出しようとしたが、しかしそれは間に合わなかった。

ホーミングする「スティンガー」のミサイルが橋の上から射出され、一直線に飛んでいく。
急上昇を行おうとしていたヘリの腹にそのミサイルは衝突し、瞬間的に爆薬が発火、爆発する。



  
39: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:47:23.11 ID:5bA3acr60
  

ヘリのパイロットは目の前が真っ赤になりながらも、橋の上にいた人間の顔を頭に思い浮かべ続けていた。

从 ゚―从

その女に表情はなかった。

ただ淡々とスティンガーの引き金を引いていただけで、それはまるで機械のように見えた。

――機械に殺されたのか? 俺は――

そう考えるパイロットの意識も、次に訪れた爆発の衝撃によって霧散する。

そうして、2人の人間を乗せていたヘリは中央から真っ二つに折れ、炎を出しながら墜落していった





  
40: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:49:45.33 ID:5bA3acr60
  



川の土手に、炎をあげた鉄屑が撒き散らされている。
かつて空を飛び、翼をもぎ取ってしまった命。

それを目にしながら、ハインリッヒは橋の上でぽつんと立っていた。

从 ゚―从「……」

肩には、たった今ミサイルを射出して熱を帯びているスティンガーを担いでいるハインリッヒ。
「蜂の毒針」の名を持つこれは、人間がヘリに対抗できる武器として今でも使われている兵器。
ヘリが放つ紫外線を捉えて自動追尾するミサイルから逃れることはほぼ不可能だ。

けど……引き金をひくだけで後は機械がやってくれるなんてものは、命の重さを感じ取れる武器ではない。
そういう武器は嫌いだった。

ハインリッヒはスティンガーをかつぎながら、近くにあった階段を使って土手へと下りていった。
炎を帯びた鉄くずが巻き散らかっている中、かつてヘリだったその物体に対し、ハインリッヒは無意識に目を閉じて「ごめん……」と呟いた。

殺しておいて何を言う、と普通は思うかもしれない。
けど、自分にとってこれは必要なものだった。殺す必要がなかったとは言わない。けど、何の感情もなく敵を殺しているわけではない。
すまないと思う気持ちだってあるし、それを言いたい時もあるのだ。

これを人は自己満足と言うのだろうか?
けど、かつて人を殺すことをなんとも思わず、感情のない「Crazy Kill Machine」として過ごしてきた自分より、
そんな自己満足に浸る自分の方がよっぽどマシだった。



  
41: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:51:46.54 ID:5bA3acr60
  


从 ゚∀从


从 ゚―从「っ……!」

頭の中に現れた「もう1人の自分」。
ハインリッヒは顔を歪め、それを意識の外へと出そうと首を振る。

すぐに「彼女」はいなくなってしまったが、だがこれ以上戦い続ければ自分はまた「彼女」になってしまうことは確実だ。

かつてアメリカで大量の人を殺し続けた、自分であって自分でない「もう1人の自分」。
ジョルジュと出会い、彼に救われたことで意識的に押さえつけてきた「殺人のための機械」としての自分。

それがまた、目覚めようとしている。

嫌、とハインリッヒは呟いた。

もう2度と、目的も何ももたない命令を聞くだけの殺人マシーンにはなりたくない。
生きることも死ぬこともいとわない、人を殺すだけの存在。そんなものになりたいと、誰が望む?



  
42: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:53:46.56 ID:5bA3acr60
  

从 ゚―从「……けど」

けど、「彼女」が出てこようとしてくることは仕方のないことかもしれない、とハインリッヒは思った。

このまま戦い続ければ、おそらく自分はもっと多くの人を殺さなくちゃいけないし、様々な危険に見舞われることだろう。
人を殺すという感覚や生存本能の警鐘が、かつての「機械」としての自分を呼び起こす。

機械としての「彼女」の力は絶大だ。
おそらく『VIP』の兵士など簡単に殺していくだろう。

今はその力が必要だとも言える。

ならば、どうする?

そう考えたハインリッヒは、簡単だ、と結論付けた。

从 ゚―从「私は……私」

自分はジョルジュのために生きようと決心した。
彼に助けられ、彼のために行動し、彼のために生きようとしている。

かつての自分とは違う。
命令に対して自分で考え、自分で判断し、自分で決めることができている。
「彼女」とは違う。



  
43: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:56:02.45 ID:5bA3acr60
  

もし「彼女」が出てきたとしても、ジョルジュと出会ってから培ってきた心でそれを押さえつけ、コントロールすればいい。

力だけではない。心がこの戦いを決するのだ。

ハインリッヒはそう結論付け、橋の下にあったブルーシートを剥ぎ取った。

その下にはこれまで使っていた狙撃銃M24と、その他多くの武器が隠されていた。自分の愛用の銃「AUG」もだ。

ハインリッヒはひとつひとつの武器を吟味し、どれを持っていくか慎重に決めていった。

ここからの狙撃はもう無理だろう。断熱材を兼ねたこのブルーシートで身を隠し続けるのも限界がある。
ヘリが落とされたとなれば、『VIP』は全力でここの捜索に乗り出してくるだろう。

ならば、自分がやるべきことはもう狙撃ではない。突撃だ。

ハインリッヒは重量と火力のバランスを考え、銃はアサルトライフル「AUG」とハンドガンのみ。
スティンガーは重量がありすぎるので置いていき、あとは手榴弾やセムテックス、銃のマガジンなどにとどめておく。

準備を終えると、ハインリッヒは立ち上がり、辺りを見回した。

人影なんてひとつもない、静かな川沿い。
戦いの後はこういう場所で過ごしてみてもいいかな、とハインリッヒは思った。
ジョルジュは愛しい人と一緒にいたがるだろうから、おそらく1人暮らしになるのだろう。
けど寂しくない。都会の喧騒から離れて静かな所で一生を終えるというのも、いいものだ。



  
44: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:57:45.73 ID:5bA3acr60
  

ふふ、と笑みを浮かべるハインリッヒ。

次の瞬間、自分が今とった表情に自ら驚いた。

笑った……?
自分が?

狂った笑いではなく、普通に笑うことができている?

驚き、感慨深くなり、涙が落ちそうになるのをハインリッヒはこらえた。

今自分がやるべきことはそんなことじゃない。『VIP』と戦い、少しでもジョルジュの手助けをすること。それだけだ。

そのためなら、たとえ「彼女」の力を使ってでも目的をやり遂げてみせる。

それが、自分のやりたいことであり、やるべきことなのだから。

ハインリッヒはAUGを手に持ち、ゆっくりと歩き出した。
その先には、今も戦いが続いている工場があった。





  
45: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/23(土) 23:59:32.38 ID:5bA3acr60
  



(*゚ー゚)「『影』の動きが止まりません。現在、工場の中央付近に向かって進行中。それに付き従うようにして敵兵士も進んでいます」

狐 「ちっ……避難民は?」

(*゚ー゚)「避難はほぼ完了しています」

狐 「よし、そろそろ作戦区域に『影』を追い込もう。奴らを倒すには失敗は許されない。耐えるんだ……!」

しぃと狐が緊張を顔に浮かべる中、戦いは更に続いているようだった。

現在、『影』が敵兵士に加わったことで圧倒的に『VIP』側が不利になっている。
それを覆そうと、狐達が何か作戦を立てているらしいが、状況は悪化する一方だ。

(*゚ー゚)「コブラCが撃墜された模様。おそらくスナイパーの仕業です」

狐 「コブラDを墜落地点に送って、探索させるんだ。
   コブラA・Bはこちらに戻しておけ。くれぐれも注意するように、と」

(*゚ー゚)「すでに送っています」

狐 「上出来だ」

モニターと手元の時計を交互に見る狐。
その顔は言葉とは裏腹に苦渋に満ちている。



  
47: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/24(日) 00:01:39.70 ID:6AENGMAg0
  

(*゚ー゚)「作戦地域まで『影』を追い込むことが困難になっているようです。
     敵兵士を相手にしつつ、これを行うのは無理があるかと」

狐 「けど、やるしかない。『影』を倒せば、あとはなんとかなる。耐えるんだ!」

どうやら『影』を思うように誘い込むことができず、そのため『VIP』全体が危なくなっているようだ。

ドクオは彼らの様子を見つつも、頭の中で『影』の姿を思い浮かべてみる。

2メートルはあろうかという大きさと、全身が真っ黒の異形のモノ。
それらには通常兵器はまったく役に立たず、唯一ブーン達だけが対抗できる力を持つ。

兵士達は辛い戦いに身をおいているだろう。

だが、彼らはもっと辛い戦いに赴いている。
この混乱の現況を倒すために、彼らは今も生死をかけている。

('A`)(……)

ドクオはひとつのモニターに目を移した。
それは偵察衛星からの映像を写すためのものであり、
今もまだ準備中なのか、砂嵐だけがそこには映し出されている。



  
48: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/24(日) 00:04:16.36 ID:6AENGMAg0
  

ドクオはそれを見つめながら、何か胸の中にもやもやとしているものを言葉で定義付けようと試みた。

何なのかはよくわからない。
けど、このままここに立ったままではいけないような気がするのだ。

ボキャブラリーのない自分には、それを上手く説明する言葉が思いつかない。

ブーン達が戦い、狐達も戦い、『VIP』の兵士達も戦い……けど、自分は何もしていない。
それが悔しいようであり、何か寂しいような気持ちにさせてくるのだ。

(´・ω・`)「ドクオ」

眉をひそめて言葉を探していると、ショボンが声をかけてくる。

「なんだよ」とドクオはぶっきらぼうに答えた。

(´・ω・`)「……いや、なんでもない」

('A`)「そうか……」

ショボンはツンの車椅子の取っ手を掴みながら、こちらと同じように眉をひそめていた。
彼も感じているのだろうか? 胸のもやもやを。悔しいような、寂しいような気持ちを。



  
49: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/24(日) 00:06:13.81 ID:6AENGMAg0
  

ドクオはなんとかしてそれを言葉で表そうと努力し、頭をひねり、そして導き出した。

これは責任感だ。

そして欲求なのだ。

自分もやらなければならない。やりたい。

周りはやっているのに自分はやっていないことが不快で、まるでグループから外されたいじめられっ子のような気持ち。
けど、グループに入るための能力は自分達にはなく、だから欲求不満になる。
そして、グループに入る勇気も湧かない。

そういう所からくる「もやもや」なのだ。

けど、そうなのか?
自分には、本当にそれをやり遂げる能力がないのか? 勇気はないのか?

ドクオは足元のAK−47Uを見つめた。
ブーンが光を浴びせ、自分達を守る盾となったそのアサルトライフル。

この盾は剣にはならないのか?

自分には恐怖に抗う勇気はないのか?



  
51: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/24(日) 00:08:00.96 ID:6AENGMAg0
  

(*゚ー゚)「偵察衛星からの映像、来ました」

狐 「映し出してくれ」

そんな声が聞こえて、ドクオは慌ててモニターへ目を向けた。

今まで砂嵐しか移さなかったその画面に、徐々に光が帯びてくる。
それは上空からの映像で、人ひとりを見分けるには限界があったが、だがひとつだけ分かるものがあった。

白色の砂の上に、ぽつんと浮かび上がる光の粒子。
それはハイスピードで辺りを飛び回り、まるで蛍のように光を出し続けている。

そう、それは光の翼。
彼の姿。

('A`)「……」

ドクオはその姿を見て、続いてショボンの方へと顔を向けた。

彼もまたモニターを凝視し、こちらを向いた。



  
52: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/24(日) 00:10:01.43 ID:6AENGMAg0
  

('A`)「……俺達にできることは?」

(´・ω・`)「……ちっぽけなことしかできないだろうね。けど」

('A`)「やらないよりはマシ、だな」

(´・ω・`)「そういうことだね」

笑い合い、同時に足元のAK−47Uを取り上げる。
ツンの車椅子のブレーキにストッパーをかけておき、ここから動き出さないように固定しておく。

('A`)「このロックを外して、と」

アサルトライフルの扱い方は、一応知っている。
『VIP』のビルにいたころ、大抵の武器の使用方法は習った。モナーに。

皮肉なことだが、今はそれが役に立つ。
AK−47Uの安全装置を解除し、設定をセミオートに。



  
53: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/24(日) 00:11:15.74 ID:6AENGMAg0
  

('A`)「準備は?」

(´・ω・`)「おーけー」

('A`)「よし」

そうして走り出そうとした時、後ろから狐の声がした。

狐「ど、どこに行くんだ! 2人共!?」

('A`)「……戦うんっすよ!」
(´・ω・`)「それが今、僕達ができることだから!」

2人はテントから飛び出した。

向かう先は生死の境目が非常にあいまいな場所。

戦場だ。





  
54: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/24(日) 00:13:05.43 ID:6AENGMAg0
  



戦況は更に悪化していった。

『VIP』の兵士達にとって、『影』に対する有効手段は皆無だと言っていい。
唯一、狐の立てた作戦だけが生命線だったが、それを行うためには『影』をおびき寄せ、少しでも作戦地域に密集させることが必要なのだ。

だが、樹海で行ったような、1人が攻撃し、それを追いかける『影』にもう1人が攻撃する、という誘導方法は今回使えなかった。
なぜなら『影』の他にも敵の兵士もいたからだ。

『影』を誘導しようとしても敵兵士に邪魔され、作戦は一向に進まない。
それどころから味方の兵士だけがやられていき、戦況は最悪だと言ってもよかった。

「衛生兵! こちらに重傷者2名! 早く来い!」

「敵兵士は1部隊が担当して、残りで『影』をおびき寄せられないのか!?」

「無理です! 敵兵士はすでに四方を囲んでいます! 一時的にでも『影』をなんとかしないと、敵にやられることに!」

「ちっ……!」

第1部隊チームγ。
『影』を誘い込む任務を受けている彼らは、敵の妨害に会ったため一時的に後方に下がっていた。
そして現在は前線からの連絡を待っていた。



  
55: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/24(日) 00:14:25.70 ID:6AENGMAg0
  

前線から1度連絡があれば、すぐに走り出して『影』をおびき寄せる作戦に出るつもりだったが、
今前線は『VIP』と『影』、そして敵兵士が混在した激戦区と化している。
そんな状況で誘導なんて悠長なことはできない。

チームγの隊長はこの状況をなんとか打開しようと頭を捻るが、『影』に対する攻撃が何も効かないとなってはどうしようもなかった。
このままでは敗北は必至。

γ隊長「本部! なんとかならないのか!」

(*゚ー゚)『ごめんなさい。今検討中です。少し待ってください』

γ隊長「だが、時間がない! このままでは全滅するだけだ!」

通信士の女性にイライラをぶつけているだけだというのは分かっている。彼女に言ってもどうしようもない。
だが、この状況で冷静を保つことなど、もはや難しいのだ。

それぐらいに事態は切迫している。



  
58: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/24(日) 00:16:07.35 ID:6AENGMAg0
  

周りで衛生兵に治療を受けている負傷兵に目を向けながら、「『影』への対策はないのか!」と通信機に怒鳴った。

(*゚ー゚)『ごめんなさい……もう少し待ってください。
     それと、少年2人がそちらの方に向かったようですので、見つけ次第保護をお願いします』

「そんな暇は、」

ない、と言いかけた所で、隊長は後ろからやってくる足音に気がつき、振り返った。

軍用車や救護班の間を潜り抜けてやってくるその2人は、明らかに兵士風な服装ではなく、民間人のように見える。

だが、彼らの手に持つものを見て、隊長は目を見開いた。
それはAK−47U。
『VIP』が独自に輸入している、信頼性の高いアサルトライフルだった。

「何者だ!」

隊員の1人が2人に銃を向ける。
少年2人は持っていたアサルトライフルごと両手を上げる。

('A`)「俺達は……『影』をやっつけられます!」
(´・ω・`)「だから、行かせてください!」

彼らの真剣な目。そして、アサルトライフルから漏れ出ている何かの光。
それらを見て、隊長は何か気になった。



  
59: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/24(日) 00:18:06.27 ID:6AENGMAg0
  

「民間人は去れ! ここはお前達のような者がくる場所じゃない!」

('A`)「今はそんなこと言ってられないっすよ!」
(´・ω・`)「僕達が『影』をなんとかするから、作戦を……!」

「黙れ! 去らなければ無理やりにでも、」

γ隊長「待て」

隊長は隊員を手で制止し、2人の少年の目を見つめた。
彼らの目は兵士のように暗くくすんでおらず、気持ちを直にぶつけてくる純粋さを秘めていた。
嘘を言っているようにも思えず、ここに来たことが強固な意志を伴ったものだということが、ありありと分かる。

γ隊長「……『影』を倒せると言ったな。それは本当か?」

('A`)「はい!」

γ隊長「……戦場は怖くはないか?」

(´・ω・`)「そりゃ怖いけど……それでもやらなくちゃいけないことがあるんです」

γ隊長「……いい根性だ」

隊長は彼らの言葉を聞き、目を見つめ、決意した。

これからが『VIP』の反撃だ、と。





  
60: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/24(日) 00:19:16.75 ID:6AENGMAg0
  



『影』の侵攻はとどまることを知らなかった。

『VIP』の兵士をなぎ倒し、敵の兵士を助けるその異形のモノ達。
彼らによって、戦いはひとつの結末に向かうかと思われていた。

だが、

2人の少年によってそれらは覆される。

('A`)「おりゃああああ!」

(´・ω・`)「おおおおお!」

アサルトライフルの引き金を引き、次々と『影』に命中していく少年達の銃弾は、

影『gyぎゃyがが!』

「『影』が……消えるぞ!」

戦局を覆すには十分な要素だった。



  
62: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/24(日) 00:20:20.88 ID:6AENGMAg0
  

そんな中を、彼女は訪れた。

从 ゚―从「あれは……」

2人の少年が戦っている姿を見たハインリッヒは、

从 ゚―从「……」

しっかりとAUGのグリップを握り、



从 ゚∀从



从 ゚―从「っ!」

内なる「彼女」をコントロールしながら、その引き金をひく。


第25話「心の戰い 中編」 完



  
63: ◆ILuHYVG0rg :2006/12/24(日) 00:21:48.70 ID:6AENGMAg0
  

第25話終わり。支援してくれた方々、ありがとうございます。

ここで補足説明を2つほど。



補足1
物語内で出てきた狙撃距離に関することですが、700〜800メートル前後で狙撃を行うのが普通のようです。
銃の性能的には1000メートルを超えても大丈夫らしいですが、それでもやはり2000メートルを超えるとめちゃくちゃ難しくなるとか。

ちなみに、日本の警察が銀行の立てこもり事件なので行う「狙撃」は、50メートルという至近距離で行ったりします

補足2
狐が狙撃の技術を持っていることは、以前の話でちょこっとだけ出てきたりしてます。
気付いた人は……すごい!



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