( ^ω^)ブーンが心を開くようです

  
3: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:06:47.93 ID:hj5V9knd0
  

第26話

一瞬たりとも気の抜けない時間が続いていた。
少しでも意識を他方に向ければ、その瞬間に死が訪れる。

そうならないために、ひとつのことに自分の心を集中させ、身体を動かす。
それは体力と精神力をすり減らしていく行為だった。

( ゚ω゚)「くそぉ!」

翼をはばたかせ、『剣状光』を振るブーン。
だが、その剣先は相手には届かない。

( ´_ゝ`)「遅い! 遅すぎる!」
(´<_` )「それでは俺達には当てられない!」

兄者を切りつけるはずの剣は空振りに終わり、その隙を突かれて弟者の手裏剣が飛んでくる。
瞬時に空へと飛び立って避けるものの、追い討ちをかけるようにして飛んでくる手裏剣達を全て避けきるのは無理があった。

(メ^ω^)「くぅ!」

左の太ももに1発当たり、ブーンは痛みで顔を歪める。
だが、それに耐える暇もなく、ジャンプしてきた兄者のロープを『剣状光』で受けた。
反撃で左手から『光弾』を放出。兄者はそれを避けて、地上に着地した。

20メートルの高さまで悠々とジャンプしてくる彼ら。
いったい『影』との同化でどれほどの力を得たというんだ?



  
4: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:07:51.78 ID:hj5V9knd0
  

( ^ω^)「はぁ、はぁ」

ブーンは息を弾ませ、左ふとももに突き刺さる手裏剣を抜き、ポケットに入っていた応急処置用の止血布を貼る。
これで血は止まる。けれども、痛みは消えない。
左腕と太ももからじんじんと感じられる痛みは、ブーンの精神を徐々に消耗させていった。

( ´_ゝ`)「さあ、まだ戦いは続くぞ」
(´<_` )「息を休める暇などない」

兄者と弟者がおもむろに上着を脱ぎだした。
彼らが着ているコートはかなり厚手で、ダメージを和らげるために着ていると思っていたが、どうやら違うらしい。
彼らはコートどころかYシャツや肌着、はてはズボンまで脱ぎ捨てていく。

そして、下から現れた彼らの身体は、完全に黒に染まっていた。

( ^ω^)「あんた達……」

( ´_ゝ`)「顔以外は全て黒……変だと思うか?」
(´<_` )「だが、これでも俺達は気に入ってるがな」

( ^ω^)「人間の体を捨ててまでやり遂げたいことがあるのかお……」

( ´_ゝ`)「当たり前だ」
(´<_` )「だから俺達はこうやってここにいるんだ」

( ^ω^)「……」



  
7: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:09:07.45 ID:hj5V9knd0
  

おかしいとは思うけれども、それを彼らに言う気は、なぜか起こらない。
彼らは彼らなりに信じるもののために戦っているのだ。

いまさら何を問う? 
相手と自分、互いの主張は平行線のまま、こうやって戦うしかないのだ。

( ´_ゝ`)「さあ、行くぞ」
(´<_` )「全力で止めさせてもらう」

( ^ω^)「……」

ブーンは『剣状光』を握り直し、どうやって彼らを倒すべきか考える。
攻撃力はこちらに分があるが、コンビネーションでは彼らの方が上。スピードは互角だ。

2対1という不利な状況では、完璧に彼らの行動を見極めない限り、攻撃を当てることは難しい。

だが、自分は敵の行動を予測するだとかは大の苦手だ。
その時その時の条件反射で戦ってきた身としては、いきなりそんなことができるはずもない。

ならば、勝てないのか? 
いや、そんなことはないはず。信じれば、勝てる。
今は自分を、白い光を信じなければならない。

そうして『光弾』を出そうとした瞬間、奇妙な感覚に捕らわれた。



  
8: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:10:18.54 ID:hj5V9knd0
  

( ^ω^)(……なんだお?)

敵から目を離し、よそ見をするなんて愚の骨頂だが、しかし気になった。
ブーンはふと目を横に向け、はるか遠くに感じられた奇妙な感覚を掴もうと意識を飛ばす。

( ^ω^)(……誰かが)

それは、遠くにあったロウソクの火が消えたかのような、今まで聞こえていた声が途切れたような、そんな感覚。

経験のない不思議なものだったが、ブーンは直感でそれがなんであるかを理解した。

( ゚ω゚)(誰かの心が……消えたのかお?)

ブーンははるか遠くを見つめ、その感触の出所を探った。

( ´_ゝ`)「よそ見などするな!」

兄者がジャンプしてこちらに向かってくる。
手には黒い光に覆われたロープが。

だが、



  
9: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:12:40.17 ID:hj5V9knd0
  

( ゚ω゚)「邪魔するなお!」

ブーンの身体全体を球状に覆うようにして現れた『光障壁』が、それを防いだ。
兄者は「なに!?」と驚きの声をあげながら、地面に着地する。

( ´_ゝ`)「なんだ……今のは……」

( ゚ω゚)「あっち……」

ブーンは小さく呟きながら、翼を羽ばたかせて移動し始めた。
向かう先は心の声が消えた地点。
誰か、自分の大切な人がいなくなった場所。

兄者と弟者が追いかけてくる気配を感じたが、今となってはどうでもよかった。

自分の向かうべき場所に向かわなければならない、そんな気がしたから。





  
10: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:14:43.63 ID:hj5V9knd0
  



銃弾が飛び交う戦場では、まず姿勢を低くすることが最優先とされている。
無論、弾が当たる面積を少なくするためだが、もうひとつ重要なことがある。

それは、敵に見つかりにくくするため、だ。

从 ゚―从「……」

ハインリッヒは、工場の中のダンボールの影で息を潜めていた。
中腰になり、目を絶え間なく周りに向けながらも、その耳は外へと向けられていた。

この工場の外ではすでに『影』と自分側の兵士、そして『VIP』の総力戦が繰り広げられている。

ハインリッヒの目的は、この工場の中に逃げ込んできた友軍の援護と『VIP』の兵士の排除だ。
この工場は身を潜めるにはちょうどいい場所で、怪我をした兵士が一時的な避難所にするには最適だ。
その証拠にこの工場のすぐ後ろには『VIP』の救護所がある。

ハインリッヒの任務は、敵側の兵士が救護所に行ったり、救護兵がここを通ることを妨害し、味方の援護を行うことだった。

ふと、工場の入り口から足音が響くのを感じ、ハインリッヒは右手のAUGの引き金に指をかけた。



  
13: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:16:13.85 ID:hj5V9knd0
  

从 ゚∀从

从 ゚―从「っ……!」

再び頭の中に現れた『彼女』を振り払いつつ、銃身だけをダンボールの影から突出させ、同時に引き金を強く引く。

「ぐはぁ!」
「な、なんだがhわ!」

『VIP』の兵士2人がその銃弾をモロに受けて倒れた。
ハインリッヒは(ごめん)と心の中で呟き、2人が動かなくなったことを確認して、立ち上がった。

从 ゚―从(そろそろ支援だけじゃ限界……かな)

さきほどから、こちら側の兵士が逃げる姿が多くなっている。
それに比例して、『VIP』側の負傷者は少なくなっている。
外の様子を見るまでもなく、こちら側が劣勢に立たされていることは明らかだ。

こちらには『影』がいるので圧倒的に有利だったはずだが、それは覆されてしまった。

おそらく、あの2人の少年に。



  
14: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:18:19.99 ID:hj5V9knd0
  

从 ゚―从(あの2人……『影』を倒せるのか……)

ハインリッヒがこの工場に入る直前に、遠くからちらりと見えた2人の少年。
彼らのアサルトライフルの銃弾は『影』を倒せるらしく、そのせいで『影』の数はだんだんと少なくなっている。

このままでは地力で劣るこちら側が負けることは必至であり、少年達をなんとかしなければ未来はない。

だが、『VIP』はもちろんそんなこちら側の思惑など分かっており、少年の周りには何十人もの兵士が護衛役として張り付いており、容易に近づくこともできない。

あれだけの数を倒すのは『影』でも兵士でも不可能だ。

けど、『彼女』なら……?

从 ゚―从「……」

ハインリッヒはポケットから白い携帯電話を取り出し、じっと見入った。
時計と電話代わりにしかなっていない質素なその画面には、何の着信履歴もメールもきていない。

「これに反応があるまで絶対に突撃はするな。支援に徹するんだ」というジョルジュの言葉通り、自分はずっとそうしてきた。
彼の指示を無視するつもりなんて微塵もなかったし、こんな指示を出すのは、自分の身を案じてのことなのだというのもよく分かっている。

だけど、だ。

自分の頭で考えたら、どうか?
こうやって支援に徹してばかりで、果たしてジョルジュのためになるのか?



  
16: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:20:42.36 ID:hj5V9knd0
  

从 ゚―从(違う……)

今やるべきことはひとつ。
『VIP』の本部を叩いて、少しでもジョルジュの手助けをすること。ただそれだけ。

ならば、自分は自分の信じる方法でその目的を達成しなくてはならない。
命令だけを聞く兵士ではない。1人の意思を持った人間なのだから。

ハインリッヒはゆっくりと歩き出し、AUGのトリガーを指で確認した。
工場の外は激戦区だ。だが、今は何の恐怖も感じない。

从 ゚∀从

从 ゚―从「つっ……」

頭に広がる『彼女』の心。
『彼女』はこの戦いの場を嬉々として見つめている。
今にもこの身体を乗っ取り、敵を殲滅しようとしてくるだろう。

だが、『彼女』を表には出させてはならない。
自分が行うことは『殺戮』ではなく『戦い』なのだから。

だから、その力を意思でコントロールする。今ならそれができるはず。

工場の外で『VIP』の兵士がひとり見えた時、ハインリッヒはAUGの引き金を強く引いた。





  
19: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:23:05.61 ID:hj5V9knd0
  



戦場の空気は濁っている。そんなイメージをいつも抱いていた。

だけど、今感じている空気はすごく澄んでいる。
頭がハイになって……まるでトランプでぼろ勝ちしているような気分だった。

(♯'A`)「うおおおお!」

ドクオの持つAK−47Uから無数の銃弾が放たれると、それは『影』に直撃し、その身体を消し去っていく。

これで倒した『影』は20体目ぐらい。確実に少なくなっていた。

(´・ω・`)「ドクオ! 飛ばしすぎ! もっと弾を節約しないと!」

('A`)「わかってるさ! けどな、これだけ多いと弾もなくなるんじゃねえか!」

ショボンは安心して背中を預けられる相手だった。
目の前にいる敵は自分が、後ろの敵はショボンが撃っていく。
『影』は次々に消えていき、今では『VIP』が完全に優勢となっていた。



  
21: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:24:48.61 ID:hj5V9knd0
  

('A`)「うぉ!」

物陰からいきなり敵の兵士が現れ、ドクオは驚いてとっさに引き金を絞りかけた。

だが、撃つことはできなかった。

('A`)「く、くそ」

自動小銃をこちらに構えてくる兵士に対して、ドクオは何もできなかった。
今にも撃ってくる気配を感じる。

だめだ、死ぬ――

そう思った瞬間、横から強烈な銃声が鳴り響き、敵は人形のように倒れこんだ。

撃ったのは自分達を守ってくれている部隊の隊長だった。

隊長「兵士は任せておけ……お前達は『影』を頼む!」

笑みを浮かべながら、銃をしまう隊長。

('A`)「す、すんません」

隊長「気にしなくていい。人は撃ちたくない、だろう?」

('A`)「……はい」



  
22: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:26:35.30 ID:hj5V9knd0
  

この戦場にやってくる時、『VIP』の隊長さんと交わした約束がある。
それは、『自分達は『影』は撃っても、人は撃たない』ということ。

自分達は兵士ではない。人間だ。
人を殺すなんて絶対にできないし、やりたくもない。

甘ったれた考えだと思われるかもしれないが、これだけは譲ることができなかったのだ。

隊長「お前達が『影』を殲滅してくれれば、あとは私達がなんとかする。
   とりあえずこの辺り一帯の『影』を消してくれれば、それでいい」

こんな甘い考えを快く受けいれてくれた隊長さんには、本当に感謝していた。
もちろん、『影』を倒せる人材を獲得できるのなら、これぐらいの条件は渋々飲まなくてはならないのだろう。
けど、嫌な顔ひとつせずに『仲間』として受け入れてくれたのは本当にありがたい。

だからこそ、自分達は『影』を倒すという目的に専念できるのだ。

('A`)「うおおおお!」

(´・ω・`)「くぅ!」

また2体の『影』が消滅。
これでこの辺りの『影』はあらかたやっつけたことになる。



  
23: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:29:07.61 ID:hj5V9knd0
  

ほっと一息ついたドクオだったが、いきなり隊長さんに頭を抑えられ、「うぐっ」と息をつまらせた。

隊長「頭を低く!」

その怒鳴り声に素直に従い、ドクオとショボンは地面に頬をつけるように寝転んだ。

すると、すぐに強烈な爆裂音が鳴り響き、身体に土砂がかかる。
手榴弾が近くで爆発したのだ。

ぞっ、と背筋が凍るのを感じたドクオ。
血の匂いが充満し、人が死ぬ原因になるものがそこかしこにあるこの状況で、正気を保てている自分は奇跡だ。

やり遂げなくてはならないことを抱えているからこそ、なのだろうか。

('A`)「はぁ、はぁ……」

隊長「よし、この辺りの『影』はいなくなった。お前達は後ろに下がっていろ。そこのお前! この2人を救護所に、」

隊長の言葉はそこで突如切れた。
指示のために伸ばした人差し指が脱力し、顔は驚愕の表情に染まったまま動かない。

彼の眉間には、穴が空いていた。



  
24: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:30:29.84 ID:hj5V9knd0
  

('A`)「あ、あぁ……」
(´・ω・`)「……」

隊長の身体がゆっくりと崩れ落ちていく。
眉間の穴から一筋の血が流れ、それが地面に落ちるよりも早く、彼の身体は沈む。
そして、まったく動かなくなった。

さっきまで自分達を守ってくれていた人は、眉間に当たった銃弾一発であっけなく死んだ。

呆然とそれを見ていたドクオは、ふと視線を移した。

そこには、1人の『女性』が立っていた。

「……」

無表情の女性。
その細腕と比べてあまりにもごつい機関銃を持ち、ゆらりと立っている。

彼女の他には周りに誰もおらず、ならば隊長さんを撃ったのは彼女で間違いなく、
けどそんなことをするようには思えない普通の女性に見えた。

ドクオは目を開きっぱなしのまま、彼女の顔を凝視していた。



  
25: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:31:57.21 ID:hj5V9knd0
  

兵士A「何者だ!」

兵士B「かまわん、撃て!」

隊長を撃たれたことで彼女を敵と判断した『VIP』の兵士達が、一斉に彼女に銃を向ける。
だが、これだけの人数を前にしても彼女の顔は何一つ変わらない――いや、違う。少しずつ、口の端が上がっていた。

徐々に上がっていく口。

皺を浮かべる頬。

まさしくそれは、

从 ゚∀从「……ヒャハ♪」

満面の笑みだった。





  
26: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:33:51.02 ID:hj5V9knd0
  



敵は12人。
たったの12人だ。

兵士A「撃て!」

いきなり撃ってくる兵士達に対し、横に飛び跳ねて全ての銃弾を避ける。
反応の遅い敵は、こちら側のAUGが火を噴く瞬間を見ることもないまま、2人の戦力を消耗させた。

兵士C「く、くそ!」

気持ちのいい声が聞こえる。恐怖で歪んでしまったその表情もイイ。
もっと見せてほしい。もっと、もっと。

从 ゚∀从「ハーハッハッハ!」

人形のように倒れていく兵士3人。
いずれもAUGの射線に巻き込まれたものばかり。

兵士達は全て、眉間にたった一発の銃弾を撃ちこまれて死んでいく。

残り7人。

もっと声が聞きたい。
もっとその表情を見たい。

もっと、もっと。



  
27: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:35:57.46 ID:hj5V9knd0
  

(違う、でしょ)

頭の中でそんな声が聞こえ、ハインリッヒは「ヒャハ!?」と奇声をあげて近くにあったダンプカーの後ろに身を潜めた。

(私がやるべきことは、もっと別のこと)

从 ゚∀从「ヒャハ……ヒャハ!」

頭痛を起こしたようにガンガンと鳴り響くその声。
『彼女』は頭を抱えて、それに耐えるように顔をゆがめる。

(さあ、行くわよ)

从 ゚∀从「ヒャハ……」

ハインリッヒの笑みが徐々に消えていく。
それと共に、喜びに染まっていた心は、冷静で氷のように冷たいものに、
人を殺す感触を楽しんでいた手は、存在意義を掴み取るものに変わっていく。

从 ゚―从「……よし」

ハインリッヒは自分の胸に手を置き、心臓の鼓動を確かめる。

この鼓動が消えるまで、戦い続けよう。

『彼女』と共に。



  
29: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:37:55.15 ID:hj5V9knd0
  

ダンプカーの陰から突如身を表したハインリッヒは、横にジャンプしつつ、近づいてくる『VIP』の兵士の足を撃ち抜いた。

从 ゚―从(いける!)

正確無比な銃撃を行えている自分の腕を確かめつつ、目標の少年2人の位置を確かめた。

彼らはすでに遠くに避難していた。
兵士2人に付き添われるようにして逃げていく彼らの背中を、ハインリッヒは見逃しはしなかった。

後ろで足音がしたのを感じ取り、すぐさま身体を後ろに向けて引き金を引く。
1人、腕と足を撃たれて倒れた。これで残り5人。少年たちと一緒にいるのを除けば3人。

今度は横のダンボールの物陰から銃のセーフティを解除した音が聞こえ、ハインリッヒは迷いもせずにそこに銃弾を打ち込む。
だが、それはフェイクだったらしく、当たった感じがしなかった。

兵士D「くらえ!!」

上、と判断した時にはすでに銃口が熱を帯びていた。

兵士D「ぐはっ!」

屋上に立っていた『VIP』の兵士は肩を撃たれ、地面に落ちてくる。
だが、段ボール箱に落下したので大した怪我はしていない。それでも戦闘不能だけど。



  
30: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:39:55.41 ID:hj5V9knd0
  

邪魔者はあと2人。
ハインリッヒは目標に向かって走り出す。

すぐに後ろから銃の構える音が聞こえ、ハインリッヒは振り向かず、何の躊躇もなく引き金を引いた。
姿を見ることもなかった兵士2人の「うぐぅ」という呻き声が聞こえたが、もう彼女にはそんなものはどうでもよかった。

これで、残りは少年2人と兵士だけ。

从 ゚―从「逃がさない……!」

重量4キロのステアーAUGを担ぎながら走るのは、かなりの体力を要する。
さらには手榴弾やマガジンまでも持ち歩くとなると、兵士としての訓練を受けたものでも苦労するものだ。

だがハインリッヒは、目標に近づけば近づくほど身体が軽くなっていくのを自覚していた。
これが『彼女』の力。体力・技術・精神全てを『戦争』のために使うことのできる『彼女』にとって、これぐらいの任務は造作もないことだった。

少年達を追いかけている間も何人もの兵が邪魔をしてくるが、それら全てをAUGの一撃の下で沈黙させていく。

目標が工場の壁沿いを右折する。その先には『VIP』の兵士達が集まっているはずだった。
だが、ハインリッヒはその後を、迷うことなく追いかけていく。
待ち伏せされていても、撃退する自信があった。



  
31: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:41:57.39 ID:hj5V9knd0
  

从 ゚―从「……!」

だが、角を曲がった瞬間に見えたのは、少年達でも兵士でもない。
上空から近づいてくるヘリ――「コブラ」だった。

从 ゚―从「くっ……!」

ハインリッヒは咄嗟に工場の壁に身を隠した。
次の瞬間、ヘリの機首下面に設置されているM79三砲身ガトリング砲から、すさまじい銃弾の嵐が放たれた。
工場の壁を削るように撃ちこまれていくそれらは、戦車の装甲すら切り裂く威力を持っている。

無論、工場の壁ごときが盾になるはずもなく、ハインリッヒは急いでその場から離れ、トラックの後ろへと隠れた。

こちらの姿を見失ったコブラが一時的に高度を上げた。
おそらくセンサー類でこちらを見つけ出すか、もしくは他の敵の排除に向かうのだろう。

从 ゚―从「はぁ、はぁ……」

無残にも穴だらけになった工場の壁を見据えつつ、ハインリッヒは自分の装備を確認する。

ステアーAUGと手榴弾が数個。あとはナイフぐらい。

これで、現在もアメリカ海兵隊や日本の陸上自衛隊で使用されている、あのガンシップをかわすことができるか?



  
32: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:44:23.83 ID:hj5V9knd0
  

从 ゚―从(できる……今なら!)

ハインリッヒは躊躇することなくトラックの陰から飛び出し、振り向きざまにステアーAUGを上空に向ける。

今までのように片手ではなく、両手で確実に照準を合わせ、フルオートで連射。

狙うのはヘリの装甲じゃない。そんな所に撃っても牽制にもならない。
ただのアサルトライフルでヘリを落とすには、一点集中の攻撃を脆い部分に浴びせるしかない。

ハインリッヒは力強くその引き金を引いた。
弾丸はひとつの場所へと吸い込まれるように飛んでいく。

それは常人のなせる業ではなかった。
一発一発を正確無比に撃ち込める射手はざらにいるが、フルオートでそれを行える者はそうはいない。

『彼女』はそんな神業を行うことのできる数少ない1人だった。
努力でもなく根性でもない。『彼女』にはそれを行えるだけのセンスがある。
その力を使っている今はそれがよくわかる。

残り30発だった弾丸が、頭の中でイメージした直径5センチの円の中に連射で撃ち込まれていく。
その円はヘリコプターの中でも1番繊細な部分――ローターのつなぎ目の上にあった。

ヘリの尻尾の部分にあるテールローターに、一点集中で撃ち込まれたその弾丸は、シャフトを捻じ曲げ、機体の姿勢制御機能を失わせる。



  
33: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:46:18.97 ID:hj5V9knd0
  

从 ゚―从「まだ……!」

だが、ガンシップはそれぐらいで落ちはしない。
テールローターはまだ完全に停止しなかった。

機関銃の矛先をこちらに向けたヘリは、旋回しつつ無数の銃弾を放ってくる。

ハインリッヒは全速力でヘリの前を横切り、再び工場の壁に身を隠す。
『VIP』の兵士が近付いてくる気配を感じ、これならミサイルを撃たれることもないから逆に楽だな、と考えつつ、
味方の兵士が近くで倒れているのを見て、彼が持っていたグレネードランチャーを拾い上げた。

同時にAUGのマガジンを入れ替え、ヘリのセンサーに引っかからないよう、火災が起きている場所を背に移動するハインリッヒ。

ヘリの後ろに位置を取った彼女は、今度は左手のグレネードランチャーを発射した。

曲線軌道を描いてキャノピーに直撃したグレネード。
たとえ耐弾ガラスで守られていようとも、中の人間がその爆圧をまともに受けて無事でいられるはずがない。



  
34: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:48:42.26 ID:hj5V9knd0
  

確実にその身をぐらつかせたヘリに対し、ハインリッヒはさらにテールローターへとAUGの弾丸を撃ち込む。

ヘリには、メインローターが回転する反作用として、逆回転のモーメントが発生する。
それを打ち消し、機体を安定させるために備えられているのがテールローターだが、
それがつぶされ、中の人間も負傷してしまったコブラは、酒酔い運転を行っているスポーツカーに等しい。

そんな状態ですばやい動きができるはずもなく、ハインリッヒにとって今のコブラは格好の的でしかなかった。

テールローターに次々と撃ち込まれていく弾丸は、微弱ながらもヘリにダメージを与えていく。
そのまま攻撃を受け続ければ確実に落ちる。

そう思ったものの、コブラは生還を選択したのか、ふらふらとよろつきながら、徐々に工場の外へと逃げていった。

从 ゚―从「ふぅ……」

ヘリの音が遠くなるにつれて、ハインリッヒはAUGの引き金を引くのをやめ、辺りを見渡した。
アサルトライフルでヘリを退けた興奮など微塵も感じることなく、冷静に状況を把握する。



  
35: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:50:52.52 ID:hj5V9knd0
  

从 ゚―从「あっち……」

『VIP』兵の気配がしなくなった。どうやらコブラにこの場を任せて、他の兵士は退却したのだろう。
ハインリッヒはついさっき少年達が逃げた方向と、兵士達が選びそうな逃走ルートを推測して、道を選んだ。

武器の重量を気にすることもなく、すさまじいスピードで走っていくハインリッヒ。

身体が軽い。頭も冴えている。
今までで1番、強くなっている。

『彼女』の力と、自分の心。

それを合わせた今、もう誰にも負けない。
そんな高揚感が身体を包み込んでいた。

从 ゚―从「いた……!」

兵士達が集まる屯所にて、少年二人と複数の兵士達が何やら話し合っている姿が、100メートル先からでも見えた。

すぐにこちらに気付いて『VIP』兵は銃を構えるが、今の彼女にとってそれは遅すぎた。
左右に展開する兵士達に一発ずつAUGの弾丸をお見舞いし、ハインリッヒはすさまじいスピードで彼らに近づいていく。



  
36: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:52:33.42 ID:hj5V9knd0
  

('A`)「ひ、ひっ」

少年の1人が恐怖で顔を捻じ曲げていた。
それを見て心が痛むが、今は彼らを排除しなければ、自分達の道は開けない。

必要なのだ。今、彼らがいなくなることが。

从 ゚―从「っ……!」

護衛についていた『VIP』兵は、少年達を連れ出そうと彼らの服を引っ張る。
だが、ハインリッヒはその兵士の足と肩に銃弾をぶち込む。すぐに彼の身体は弛緩し、地面に倒れこんだ。

(´・ω・`)「な、なんだよ」
('A`)「こいつはやべぇよ……に、逃げないと!」

兵士「早く逃げろ!」

再びVIP兵が彼らを守るようにして周りを囲む。
兵士が銃を撃つ気配を感じたハインリッヒはしゃがみ込み、その反動を利用して横にジャンプしつつ、空中でAUGを撃った。

兵士「ぎゃっ!」

続いて、機会をうかがっていたらしい右の兵士1人にも1発、後ろの兵士2人にも1発ずつ、銃弾を喰らわせる。

これであらかたの兵士は倒れた。

残るは少年2人だけ。



  
37: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:54:16.77 ID:hj5V9knd0
  

从 ゚―从「……」

(;'A`)「く、くそ!」
(;´・ω・`)「く、くるな!」

AK―47Uを構える少年達だったが、手は振るえ、銃身も安定していないその腕では当たるものも当たらない。

ハインリッヒは静かにステアーAUGを彼らに向けた。

('A`)「ひ、ひっ!」

少年の顔がまた歪む。

ハインリッヒはその顔を見て、また胸がちくりと痛んだ。

生きようとする少年の命。はたしてここで終わらせていいのか?
ジョルジュのため、世界のためとはいえ、ここで彼らを殺すことが許されるのか?

从 ゚―从(そんなこと、許されない。けど……)

すでに血で汚れたこの手。
いまさらこの手で何を望む? 何を願う?

罪と罰を背負うべきこの身体。
最後ぐらい、自分の信じたモノのために、愛した男のために使おう。

だから、



  
38: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:54:55.13 ID:hj5V9knd0
  

从 ゚―从「……死んで」

('A`)「ひ、ひ!」
(´・ω・`)「く、くるなぁ!」

ハインリッヒは引き金にかけた人差し指に力を入れた。

39名前: 閉鎖まであと 10日と 21時間投稿日: 2007/01/12(金) 23:55:25.90 ID:x8whCun2O
高岡恐いよぉ(´;ω;`)
40: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:56:59.80 ID:hj5V9knd0

だが、弾丸が発射されることはなかった。











自分の身体が血で染まっていたから。



  
42: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/12(金) 23:58:17.80 ID:hj5V9knd0
  

从 ゚―从「……え?」

ハインリッヒは自分の胸から染み出てくる血を視認し、ぐらりと身体をよろつかせた。

横から銃声が聞こえた。
そして、今自分は血を流している。

撃たれた? 自分が?

从 ゚―从「あぅ……うっ……」

腕が麻痺していく。脳の活動が鈍っていく。

高揚感にまみれていた身体は、だんだんと鈍くなってくる。
『彼女』の力が、なくなっていく。

从 ゚―从「ま、だ……」

だが、ハインリッヒは動きを止めることをしなかった。

まだ自分は何もやっていない。
ジョルジュに恩返しできていない。感謝の気持ちを示せていない。

彼のためにも、今ここで倒れるわけにはいかない。



  
43: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 00:00:43.70 ID:zD7q22Rl0
  

(‘A`)「ひっ!」

力を振り絞り、ステアーAUGを少年に向けるハインリッヒ。
だが、また銃声が鳴り響き、爆発したかのような衝撃によって、身体がくの字に曲がる。

从 ゚―从「じゃ、ま……!」

倒れまいと歯を食いしばり、邪魔者にAUGを向ける。
その邪魔者は、驚きの表情でこちらに銃口を向けていた。

「まだなのか! この!」

从 ゚―从「わ、たしは……!」

引き金をひいたのはほぼ同時だった。

邪魔者の腕に銃弾を浴びせることができた一方、

自分の身体に3発目の弾が命中したことを自覚したハインリッヒは、急激に力を失い、地面に倒れこんだ。



  
44: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 00:03:03.25 ID:zD7q22Rl0
  

从 ゚―从(私は……)

撃たれた場所から広がっていく痺れに抗うこともできず、ハインリッヒは朦朧とする頭で目の前を見つめた。

从 ゚―从(私はもっと……)

動かない。どうやっても動けない。

鼻から血の匂いを感じ取り、どうやらこれで終わりのようだと自覚したハインリッヒは、
その目に見えてきたものをすんなりと受け入れていた。

走馬灯なのだろうか?

見えてくるのはジョルジュの顔。ついさっき眺めていた静かな川沿い。木造の質素な家。

ジョルジュ達と生活したマンションの部屋が見える。

ジョルジュが苦い笑顔でチャーハンを食べている姿がそこにはり、その横でギコが悠々とカップラーメンを食べている。
流石兄弟とモナーの姿が見えなかったが、台所から光が見えていから、きっと一緒に料理でもしているのだろう。

ハインリッヒはその情景をなんなく受け入れ、ジョルジュ達から視線を外し、外へと目を向けた。

ベランダから見える青い空。

アメリカや北欧に比べればくすんだ色をしているものの、ここの空はけっこう好きだった。
ジョルジュ達と一緒に見る空はもっと好きだった。



  
45: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 00:04:33.36 ID:G5J0Rr2A0
  

と、ふと場面が変わり、本当の青い空が広がっているのを見たハインリッヒは目を細めてそれを見つめた。
そして、最後に見えた淡く光る白い光に心をやった。

それは、どこかで見たことのあるような優しい光。
空からぽつぽつと舞い降り、自分を包みこみ、導こうとしてくれている光。

どうしてこんなものが見えるのだろう?
罪にまみれた自分への、神様の同情なのだろうか?

けど、そんなことはどうでもいいぐらいに綺麗だった。

ずっと、ずっと見ていたいぐらいに綺麗だった。

从 ゚―从(もっと……私は……)

最後の言葉を紡ぎだす前に、ハインリッヒの命の炎は消えた。

離さなかった右手のステアーAUG。

目尻からは水滴が零れ落ち、湿った唇は閉じたまま。

そして左手の形は、まるで何かを握りしめているかのよう。


彼女の目の前には、白い携帯電話がぽつりと落ちていた。





  
47: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 00:06:17.35 ID:G5J0Rr2A0
  



('A`)「はぁ、はぁ……」

(´・ω・`)「終わ、った……?」

動かなくなった女性。
あまりにも強く、何人もの人たちがこの人に殺されていった。

ドクオは激しく呼吸を繰り返しながら、赤い血を流し地面に倒れこむ女性を見る。

最後まで離さなかった銃と、左手の握りこぶし。顔は無表情のままだった。

ドクオはぺたりと地面に座り込み、死ななかった自分の身体を再確認して、敵を撃った誰かに目を移した。

狐「危なかった……ね」

それは狐だった。

今まで作戦指揮所にいたはずの狐がどうしてここに? と思う暇もなく、「立てるかい?」と声をかけられた。



  
48: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 00:07:44.48 ID:zD7q22Rl0
  

('A`)「は、はい」

狐「休んでる暇はない。早くテントに戻ろう。ここはまだ危ないからね」

(´・ω・`)「け、けど『影』が……」

狐「この辺りの『影』は君達が倒してしまったよ。他のものは……もうすぐ対策がうたれるから大丈夫だ。
  それに……援軍が来たんだ。もう大丈夫。勝敗は決したよ」

('A`)「援軍?」

狐「詳しいことはテントに戻ってからだ。ブーン君達の様子も気になる。早く戻らないと」

とりあえずここは狐に従うことにして、ドクオは歩き出した。
ふと後ろを向き、あの女性が倒れたまま動かないことを確認する。



  
50: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 00:10:08.09 ID:zD7q22Rl0
  

彼女は……死んだ。
自分達を殺そうとしてきたのだから、殺さなければならないというのは理解している。
だが、ひとつの命がここで消えたという事実は少なからず自分の心に打撃を与えてくる。

今まで動いていた人間が、急に動かなくなるという現象。
しかも、それを目の前に立つ男が行った。

怖いとか悲しいとかじゃない……ただ「儚い」。それだけ。

人の命とはこうも簡単に失われていく。まるで夢のように。
ゲームでもテレビでもない。実際の『戦争』とはドラマチックでもなんでもない。ただ人の命が失われていくだけなのだ。

その現実を目の当たりにして、ドクオは何も言葉を発することができなくなっていた。

(´・ω・`)「……狐さん」

狐「なんだい?」

(´・ω・`)「ありがとうございます。助けてくれて。それに、腕の怪我も……」

狐「……君達を頼む、とブーン君に頼まれていたからね。怪我は大丈夫。かすっただけさ」

肉が裂け、スーツに赤い染みが浮き出ているその身体で、笑みを浮かべる狐。

ドクオは彼を見て、再び思った。

これが『戦争』なんだ、と。





  
53: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 00:12:32.09 ID:zD7q22Rl0
  



『VIP』とテロリスト達の戦争は、いつまでも続くかと思われた。

だが、ハインリッヒという強力な駒を失い、『影』の数も減らされてしまったテロリスト達。

そんな中、『VIP』の作戦は、ようやく決行された。

それは、数少ない『H.L』を使った切り札的なものだった。

テロリスト達を押さえ込みつつ、『影』をある一定の場所に誘い込み、『H.L』を起爆。そうして『影』を殲滅する。
単純な作戦だったものの、その効果は絶大だった。

ドクオとショボンのおかげで『VIP』兵の負担が少なくなったため、残りの『影』は完全に所定の位置に誘い込まれた。
そこで爆発した『H.L』は、樹海の時とは違って、ほぼ完璧に起爆。
白い光が円球状に広がり、範囲内にいた『影』を全滅させる。

これにより、形勢は逆転した。
『影』の手助けを失ったテロリスト側は、一気に劣勢に立たされた。

元々の実力では『VIP』側に軍配が上がっていたし、武装自体もそれほど強力ではなかったテロリスト達は、徐々に追い込まれていった。



  
56: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 00:15:41.44 ID:zD7q22Rl0
  



そして、『VIP』側に援軍が現れたことで勝敗は決した。

その援軍は、アメリカや中国、ロシアなど、様々な国の連合軍だった。

国連の安保理にて、『影』への対策を話し合っていた際、
『VIP』が今回の事態をなんとかするために戦っているという情報が舞い込んできたのだ。

『影』対策に追われていた各国首脳は、しかしこの状況を打開できるのならば支援するべきだという結論に達し、
安保理でも超法規的措置が取られることとなった。

そうして、歴史上でも稀にみる各国の連合軍がこの国に送り込まれることとなったのだ。

その軍勢は、それぞれの国の軍の数%ずつ出し合って結成されたものでしかなかったが、『VIP』にとっては強力な援軍だった。

『VIP』と連絡を取り合い、互いに連携することでテロリスト達をさらに追い込む。

これにより、勝負はついに決した。
小競り合いを除けば、その場は『終戦』を迎えたと言ってもいいだろう。





  
2: 閉鎖まであと 9日と 21時間 :2007/01/13(土) 23:06:52.25 ID:zD7q22Rl0
  



冷たい風が吹いている。
プレハブ小屋の屋上にいるため、その風がまともに当たってくる。

『影』と同化してしまったこの身体が冷たさを感じることはないが、
それでもその風に乗ってやってきた気配の消失に寒気を覚えたジョルジュは、顔をしかめた。
  _
( ゚∀゚)「高岡……」

ハインリッヒの気配が消えた。

感覚でしかわからないが、確実に彼女の生きる鼓動は消えてしまった。
目を瞑り、彼女を探そうと思ってもどこにいない。この世界という容器から、彼女1人だけが別の器に移し替えられたかのように。

おそらく彼女は……
  _
( ゚∀゚)「……くそっ」

悪態をつき、空を見上げるものの、完全に彼女の心の鼓動は消えているのを再確認するだけでしかなかった。

彼女を失ったということ。
それはただ単に戦力的に大幅なダウンを強いられるとか、そんな論理的なものではとどまらない。



  
3: 閉鎖まであと 9日と 21時間 :2007/01/13(土) 23:08:02.05 ID:zD7q22Rl0
  

出会ってから今まで、ずっと自分の傍に居てくれたハインリッヒ高岡という人間は、すでにジョルジュの心の奥深くでその位置を占めていた。
傍に人がいるという安心感は筆舌に表しがたいものがある。
戦力を集めるためにラウンジ教に入った時も、彼女はついてきた。
そうしてくれたおかげで色々と助けになってくれた面もあった。

そんな支えを失ったという喪失感。

ジョルジュは胸を押さえ、痛みに耐える。

この痛みは無駄ではない。彼女が死んだことは無駄ではない。

妹の死も、彼女の死も、なんらかの形で報われるのだ。

そうなるために自分はここにいる。



  
4: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:08:54.14 ID:zD7q22Rl0
  

  _
( ゚∀゚)「……まだ、なのか?」

ジョルジュは横で無表情に座っている女性に静かに問いかけた。

車椅子に乗り、無言で目の前をじっと見つめている彼女は、何も答えてくれない。
その頭の中では様々なことが混じりあい、今も「道」を探しているのだろう。
理解もできなければ助けることもできない。

ただ彼女が決めてくれるのを待つだけ。

もう時間も残り少ない。少しすれば『VIP』の軍勢がここに押し寄せてくるだろうし、『人の子』達もやってくる。
そうなれば今回の出来事は全て無駄に終わる。

だけれども、ジョルジュは彼女のことを信じていた。
きっと彼女は自分と一緒の道を選んでくれるはずだと。
様々な犠牲と苦難の上に立つ、この世界の本当の未来を勝ち取るために、彼女は立ち上がってくれるはずだと。

ちゃんとした根拠なんてない。ただ『彼女だから』という単純な思いが信じる心を確かなものにしてくれる。
  _ 
( ゚∀゚)「……」

握りこぶしを作り、彼女が目覚めてくれるのをジョルジュは待った。

この世界の心の鼓動が消えていくのを感じながら。





  
5: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:10:07.84 ID:zD7q22Rl0
  



(=゚ω゚)ノ「はぁ!」

( ´∀`)「モナ!」

右足を踏み出して右手の小太刀で相手を突くと、敵は手の甲でそれを受け流し、逆に蹴りを入れようと足を振りかぶる。
それが腹に当たる直前、ぃょぅは左腕でガードし、受け流された勢いをそのままに、右足を軸に右回転した。
モナーはすぐにバックステップを取ろうとするが、こちらの速さがそれに勝った。

回転しながらの逆袈裟切りが相手に決まり、モナーの腕を軽く切り裂く。

( ´∀`)「くっ」

(=゚ω゚)ノ「まだだょぅ!」

ぃょぅは続いて懐からくないを取り出し、左手でそれを逆手に持った。

(=゚ω゚)ノ「はぁ!」

まずは左肘で肘鉄。

( ´∀`)「ぐふっ!」

腹にまともに入り、モナーは口からつばを吐き飛ばした。



  
7: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:12:00.93 ID:zD7q22Rl0
  

だが、くないで突き刺してやろうとする試みは、モナーがこちらの肘をからめ取り、
肘鉄の衝撃をうまく利用した柔術によって阻まれた。

とたんに地面の感触がなくなり、力強く身体を引っ張られる。
ぃょぅは受け身を取ったが、それも遅く、硬い更地の地面に身体をうちつけられた。

(=゚ω゚)ノ「く……」

( ´∀`)「いつも言っているモナ。無駄な動きが多いと!」

さらに追い討ちをかけられる気配を感じ、ぃょぅは急いで立ち上がって小太刀を構える。
モナーは、『気』をまとって黒光りする手袋と靴のずれを直しながら、無表情でこちらを見た。

( ´∀`)「……ぃょぅでは勝てないモナ」

(=゚ω゚)ノ「馬鹿にするなょぅ!」

右足を踏み出して、再び小太刀による突きを繰り出す。
だが、今度は完璧に見切られ、逆に強烈なローキックを喰らってしまった。

ぎり、という尋常ではない痛みが太ももに広がり、一瞬崩れ落ちそうになるのを、ぃょぅは気合で耐えた。

倒れられないのだ、ここは。
自分がここで負ければ、クーやブーン達に余計な負担をかけてしまうことになる。
ジョルジュとの戦いも控えているであろう今、こちらの戦力を少しでも欠いてはならない。

自分がやるべきことは、少しでも体力を残しつつモナーに勝つこと。



  
8: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:13:45.73 ID:zD7q22Rl0
  

しかし、できるのか?
モナーは『VIP』の中でも随一の武闘派だった。
空手や柔道、合気道などの武道はもちろんのこと、軍隊式の武術でも常に優秀だった彼。

比べて、こちらはただのスパイだ。
武術なんてものは緊急事態にしか使わないし、くないも小太刀もそれほど極めているわけでもない。

スパイの頭で考えれば、ここは1度逃げて、改めて戦力を整えるべきだろう。

だが、逃げるわけにはいかない。
モナーを倒すのは自分でなければならないのだ。

スパイだとか兵士だとか以前に、人間としてこれは譲れない。

理由なんてない。彼を倒すのは自分なのだ。

(=゚ω゚)ノ「お前は……!」

ローキックの痛みが消えないまま、ぃょぅは左足を踏み込んで刀で切りつける。

だが、モナーは軽々とそれを避け、逆に右足でハイキックを繰り出してくる。
ぃょぅは歯を食いしばり、左腕でそれをガードするものの、次に飛んできた左の裏拳に反応することができず、まともに顔で受けてしまった。



  
10: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:15:29.53 ID:zD7q22Rl0
  

脳がぐらつき、意識を全部持っていかれそうになるものの、なんとか足を踏ん張って姿勢を低くし、足払いを繰り出す。

( ´∀`)「モナ!?」

片足を持っていかれたモナーはバランスを崩す。
その隙を見逃すはずもなく、ぃょぅは下から上に小太刀を切り上げた。

(=゚ω゚)ノ「はぁ!」

( ´∀`)「くっ」

切っ先が身体をかするが、致命傷には至らない。

モナーは後ろにステップをして距離を取る。
ぃょぅはその間に頬の痛みを沈めようと深呼吸した。

腕が立つもの同士の戦いとは、ほんの一瞬の気の緩みで勝敗が決する。

ただ忠実に基礎と防御を繰り返し、相手が隙を見せた所を狙い撃つ。
それが大事なのであり、大技だとか必殺技なんてものは必要ない。

集中力と正確さ。それだけが重要なのだ。

(=゚ω゚)ノ「はぁ、はぁ」

間合いを取ったぃょぅは息を整え、小太刀を握りなおす。



  
11: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:17:53.53 ID:zD7q22Rl0
  

小太刀は、剣刀の中でもかなり特殊な部類に属している。
剣術で小太刀だけを扱うものは少ないし、リーチが普通の刀に劣るこれは、
刀や槍の全盛期だった戦国時代でもあまり使われたことはない。

せいぜい敵の大将の首を切り落とすかぐらいだろう。

だが、何年もの間これを使っていると、ぃょぅはこれ以上に自分に合う武器はないように思っていた。

小太刀はその性質上、軽く扱いやすく、使用者の体術に大きく左右される。
いわば、剣術50:体術50の割合だ。身体をどれだけスマートに動かせるかで、小太刀の力は大きく変わる。

長年スパイ稼業を営み、身軽な自分にはぴったりの武器だった。

『気』と武器の相性というのは、そういう所から来ているのかもしれない。

ぃょぅは頭で何度もモナーの動きをシュミレートし、どうやって彼を倒すべきか考えた。

拳と靴には刀は通らないというのは、だいたいわかってきた。
どうやらそれらの部分は『気』と『影』の性質がごちゃまぜになっているらしく、
『気』と『気』は反発しあうので、こちらの刃は通りにくいようだ。

だが、モナーの身体自体は『影』そのものなので、こちらの攻撃は通じる。

なんとか拳と足を避けて、彼の身体に刀を突き刺せば……!



  
12: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:20:34.71 ID:zD7q22Rl0
  

( ´∀`)「モナ!」

モナーが掛け声と共にこちらの間合いに入り、正拳突きを出してくる。
それを避け、左手のくないでその腕を刺そうと試みるものの、今度は右足のハイキックが飛んできて、ぃょぅはガードを取るしかなかった。

『影』の力で強化された蹴りは、腕の上からでもかなりの衝撃だった。

(=゚ω゚)ノ「くぅ!」

モナーが隙を見せることは滅多にない。
さっきみたいに足払いでバランスを崩すのも、1度行えば次からは見切られてしまう。

そもそも彼は、的確に攻撃を当ててくるタイプだ。
大技は使わず、基本的な技を忠実に浴びせてくる。そのため、なかなかバランスを崩さない。

(=゚ω゚)ノ(隙を見せないなら……!)

ぃょぅは左手のくないを捨て、小太刀を一の太刀で構えた。

一の太刀は、両手で刀を持ち、顔の横で直立に刃を立てる構え。
身体全体で刀を振るので、力のある者なら敵の腕を一刀両断することもできる。

(=゚ω゚)ノ「はぁああ!」

ぃょぅは思いっきり刀を振りかぶり、モナーの首めがけて刃を立てる。
小太刀の軽さもあいまって、猛烈なスピードで襲い掛かるその刃を、しかしモナーはバックステップでかろうじて避ける。



  
13: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:23:43.34 ID:zD7q22Rl0
  

( ´∀`)「はぁ!」

すぐに反撃の正拳突きを繰り出すモナー。

一の太刀の弱点は、外れた後の隙が大きいこと。
両手で大きく振り出すので、その後の防御姿勢も取れない。

顔めがけて飛んでくる拳を、ぃょぅは目をそらすことなく、立ち向かう。

( ´∀`)「なっ!?」

(=゚ω゚)ノ「ぐぅ!」

突然の突貫にモナーの拳は狙いを外れ、左肩に直撃した。

骨が砕けるような音が身体中に響くのを感じながらも、ぃょぅは右手一本に持ち替えていた小太刀をモナーの腹へと突き立てた。

小太刀が比較的軽いからこそ行える、一の太刀からの特攻だった。

( ´∀`)「ぐ……ぐっ」

腹の底から出てくるような低いうなり声をあげるモナー。

その身体は小太刀によって貫かれ、内蔵や筋肉、全てを破壊されていく。

モナーは徐々に力を失っていき、姿勢を保てなくなる。
ぃょぅは刀から手を離すことなく、彼の体を受け止めた。



  
14: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:26:08.18 ID:zD7q22Rl0
  

( ´∀`)「ぐ……こ、これで終わりか、モナ……」

(=゚ω゚)ノ「……」

( ´∀`)「……そ、そうか……それもまた……いいモナ」

最後にそう呟くと、モナーの身体は完全に脱力する。

ぃょぅは左腕をだらりと下げ、モナーの体を地面に横にした。

(=゚ω゚)ノ「はぁ、はぁ……お前は、」

黒い色で染められていたモナーの身体は、彼の命がなくなったことをきっかけに、徐々に通常の肌色に戻っていく。

最後には、彼は完全に人間に戻った。
自分の悪友であり、仲間であり、かけがないのない理解者だったモナーに。

(=゚ω゚)ノ「お前は、真面目すぎたんだょぅ……」

ぃょぅはそう呟き、痛む左肩に右手をやる。

完全に左肩の骨が砕けているのだろう。全然動かせない。
触れるだけで吐きそうなぐらいの激痛が広がる。

これではもう、戦うことはできないだろう。



  
15: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:28:16.35 ID:zD7q22Rl0
  

(=゚ω゚)ノ「……」

モナーの身体の横に座りこみ、ぃょぅは空を見上げた。

あえて、彼の顔は見なかった。見ようとしなかった。


彼は、自分の友達なのだから。


空は夕暮れにさしかかりつつあった。

何も知らない空は、刻々と色を変えていくだけだった。





  
17: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:30:17.60 ID:zD7q22Rl0
  



戦闘開始からすでに10分以上が経過していた。

クーは剣を握り締める手をゆるめず、周りに精神を集中させていた。
何一つ小さな兆候も逃すことなく、兆候を見つければただちに反応できるように、身体全体で気配を感じ取っていた。

重機と木材が点在しているこの場所では、隠れる場所は多数ある。
たとえばゴミ木材が積まれている山の後ろや、重機の下、鉄骨の影などなど。

それらの場所に対し、5感をフルに活用して気配察知を行うのも、しかし限界が近づいてきていた。

ガサリ、という音が木材の山から弾ける。

川 ゚ -゚) 「くっ!」

クーは音の方向に目をやると、すでに黒い矢はこちらに放たれていた。
すさまじいスピードで迫ってくるその矢は、クーは刀の一閃で叩き落す。
だが、続いてやってきた2、3発目を落とすことはできず、身をよじって避けようとするものの太ももにかする。



  
18: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:32:52.95 ID:zD7q22Rl0
  

踏み込みを入れようと足を伸ばしたものの、すでに敵の姿は見失われ、攻撃することはできない。
右太ももから血がにじみ出てきて、クーはちっ、と舌打ちをした。

さっきからこの繰り返しだ。

弓矢と刀では間合いがあまりにも違う。

懐に飛び込めばこちらに分があるものの、『影』の身体能力とギコ自身の腕により確実に距離を引き離され、ヒット&アウェイで一方的に攻撃されてしまう。
こちらの1歩はあちらの3歩のようなもので、これでは間合いを詰めることすらできない。

距離が空くと弓矢の方に分があるのは当然で、何か手を打たなければどうしようもない状況だ。

川 ゚ -゚) 「くっ!」

また飛んできた黒い矢を叩き落し、すぐに飛んできた方向に目を向けるものの、すでにギコはいない。

『影』と同化しているので、ギコの気配を探ることはさほど難しくはない。
だが、気配を察知し、どこから来るか分からない攻撃に反応するためには多大な集中力が必要だ。
かれこれ10分以上戦っている今、その集中力は限界に近づいてきている。

人間の集中力は、フルで活動すると15分ほどで切れてしまう。
訓練でその時間を延ばすことはできてはいるものの、この状態を維持できるのも残り10分程度が限界だろう。

集中力が切れれば、たちまち黒い矢の餌食になる。
その前に、なんとか間合いを詰める方法を考えなければならない。



  
19: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:35:02.20 ID:zD7q22Rl0
  

( ,,゚Д゚) 「そろそろ限界か? ゴラァ」

川 ゚ -゚) 「うるさい」

どこからか聞こえてくるギコの声。
出所を探ってみるものの、高速で移動しながら喋っているのか特定し辛い。

( ,,゚Д゚) 「なあ、ジョルジュの言うことが間違っていると、本当に思うのか?」

川 ゚ -゚) 「当たり前だ。このようなことが許されるはずがないだろう」

( ,,゚Д゚) 「そうかい」

ギコの気配があちこちに移動している。これをやられると集中力を多大に消耗するため、かなりきつい。
だが、気を抜くこともできないため、頭が鈍い痛みを訴えるのを感じながらも、クーは集中し続けた。

この状況を打開するための方法は何か?
クーは周りに目を配り、使えそうなものはないか探した。
だが、どれもこれも『影』に対しては役に立ちそうにないものばかりだ。

( ,,゚Д゚) 「ほらよ!」

右、と反応した時にはすでに遅かった。
目前に迫っていた黒い矢をなんとか避けたものの、頬に掠り、肌を切り裂く。
赤い血が流れ出てくる。だが、拭く暇もない。



  
20: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:37:25.23 ID:zD7q22Rl0
  

ギコは再び姿を隠す。

クーはふぅ、とひとつ息をつき、刀に目を移すと、腰につけていた白い箱が視界に入った。

川 ゚ -゚) (これだ)

その白い箱は、ここに来るまえにしぃに渡された最後の『疑似障壁』発生装置。
これを使えばなんとかなる。

クーは痛む頭で精神を集中させ、ギコの気配を全力で探る。

右でもなく、左でもない。真正面。ショベルカーの……後ろ!

川 ゚ -゚) 「そこだ!」

走り出すと同時に『疑似障壁』の装置のボタンを押す。
薄い透明な光の壁が身体の周りを覆うようにして現われた。

( ,,゚Д゚) 「ちっ!」

案の定姿を現したギコが、すばやく2本の黒い矢を放つ。

ギコの矢は『疑似障壁』を貫くぐらいに強力だ。
だが、壁を貫く際に、矢の勢いがほんの少しだが失われる。
そのラグが、こちらにとっては重要だった。



  
21: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:39:44.53 ID:zD7q22Rl0
  

川 ゚ -゚) 「はぁっ!」

剣道の試合でもそうだが、集中している人間同士の戦いは、たったコンマ1秒の差で決まることがある。
時間の流れが遅く感じるのか、はたまた反応がすばやくなっているのか、敵のひとつの無駄な動きがこちらの勝利につながることがあるのだ。

そんな修羅場を潜り抜けた身としては、勢いが失われた黒い矢を叩き落すことは容易だった。
クーは幾分余裕の表情で黒い矢を叩き落し、ギコに間合いをつめていく。

攻撃にひるむことなく猛スピードで近づいているためか、ギコが逃げる暇はない。

川 ゚ -゚) 「終わりだ!」

自分の刀の間合いに入った瞬間、クーは強烈な打ち込みをギコに放った。
この間合い、このタイミングで放たれた一閃を避ける術はない。

勝った。



  
22: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:41:45.92 ID:zD7q22Rl0
  

( ,,゚Д゚) 「ちぃ!」

が、刀は止められてしまった。
黒い弓が刀を受け止めていた。

なぜ?

クーは驚愕の表情でその弓を見やった。
弓を覆っている黒いもやのようなものは、『影』の身体と同じものではないのか?

もしそうなら、『気』を覆ったこの刀で切れるはずなのに。

どれだけ力を入れてもそれ以上切れることのない黒い弓。
鍔迫り合いのような形になり、2人の動きは静止した。

川 ゚ -゚) 「くっ……」

( ,,゚Д゚) 「おしかった、な!!」

力任せに刀を押し上げられ、その隙に距離を離すギコ。

クーは体勢を立て直し、痺れる両手に力を込める。
そろそろ集中力の底が見えてきた。

限界、か?



  
23: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:44:20.58 ID:zD7q22Rl0
  

( ,,゚Д゚) 「……なあ」

今度は身を隠すこともなく、ギコは弓矢を下に向け、棒立ちになっていた。
こちらが手の痺れを取り、集中力を保持する暇を与えていることに、彼が気付いていないはずはない。

川 ゚ -゚) 「……なんだ」

クーは不信感を覚えつつも、しっかりと肺に空気を送り込み、精神統一を行う。

『疑似障壁』の光はまだ失われていなかった。

( ,,゚Д゚) 「お前がやっていることは、本当に正しいことだと思うのか?」

川 ゚ -゚) 「……それはこちらが問いたい。なぜこんなことをやる。本当に正しいと思っているのか?」

( ,,゚Д゚) 「これが必要だと、俺が心の底から思ったからだ。正しい、間違っているは関係ねえ」

川 ゚ -゚) 「恐怖が世界を安定させるなど、それはすでに人の社会ではない」



  
25: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:46:40.36 ID:zD7q22Rl0
  

( ,,゚Д゚) 「だが、必要なことだ。このままだと確実に人は滅びる。己の力によって、な。
      自分の体を支えることもできない共同体は自然淘汰されるだけだぜ」

川 ゚ -゚) 「それを防ぐために私達がいるはずだ」

( ,,゚Д゚) 「お前たちみたいな生ぬるいやり方しかできない奴じゃあ、無理だ。
      守りたいものを守るだけのお前たちじゃな。
      時には犠牲を伴った方法に手を染めなければならない時もある。
      そうしなければ、滅びてしまうもんなんだよ、人ってのはな」

クーは刀を握り締めた。

冷たい怒りが頭の中に渦巻いていた。

川 ゚ -゚) 「そうやって人のことを見下して、勝手に絶望して……いったい何が見えるというんだ!」

( ,,゚Д゚) 「見下すべき人間しかいないことが問題だろう!」

川 ゚ -゚) 「違う! 変える方法などいくらでもあるはずだ! お前達のやっていることはエゴでしかない!」

( ,,゚Д゚) 「ジョルジュが言ったはずだ。この世界は今までの人々の死に報いなければいけねえんだ!」

川 ゚ -゚) 「だからと言って……!」

( ,,゚Д゚) 「お前もそう思ってるんじゃねえのか? 心の底ではな、ゴラァ!」

川 ゚ -゚) 「私は……!」



  
26: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:50:02.44 ID:zD7q22Rl0
  

この世界が滅びる? 確かにその兆候はあちこちに見受けられる。

互いを信じることを忘れた人達。
自己主張のみが先に立ち、『調和』という精神をなくし、力だけを追い求めていくこの世界。

だが、そうやって終末思想ばかりを浮かべてどうする?

論理的には滅びるべき存在になりつつある人間。
だが、論理がどうした? それだけで全てを語れるものではないはずだ。

合理ではない。感情でこの世界を見つめることこそ、本当に必要なことではないのか?

そうだ。過去の自分のように、全てを合理で決めるなんてこと、やってはいけない。

人は感情をもつ生き物だ。それから逃れられることなどできるはずもない。

ならば、感情を受け入れ、それを踏まえて選んだ道を合理という方法で進めばいい。

感情的であろうともこの世界を信じ、その中で合理的な解決法を見つければいい。



  
27: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:50:51.40 ID:zD7q22Rl0
  

ジョルジュ達が行おうとしているのは革新的な方法だと言えるのだろう。
だが、大切なことがひとつ抜けているのだ。

『人が死ぬ』という人間的な、感情的なマイナスの要素。それを無視している。

感情がそれを否定している……だから、それを踏まえ、考えた上で自分もそれを否定する。
人が死ぬことのない方法。それを見つけ出すことが、本当に必要なことなのだ。

そうだろう? クー?

それが、今まで罪を償っていった上で見つけた、本当の自分の気持ち。
自分の選んだ方向。進むべき道。



  
28: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:52:27.72 ID:zD7q22Rl0
  

川 ゚ -゚) 「私は……この世界を信じる!」

息を吐き、『気』に覆われた刀に目を移したクーは、そこに淡く透明な光が重なるのを見た。

これはブーンの光。
『気』とも『影』とも反発しあう、特異な性質を持つ光。

いける。

そう思ったクーは、刀をおもむろに鞘に納めた。
そして、柄を右手で握り、鞘を腰にかけて重心を低くする。

居合いの構え、だった。

( ,,゚Д゚) 「……なら、やってみせろ!」

ギコが弓矢を構えた。

だが、クーはそれには気も止めず、自分の刀に全ての精神を集中させた。

『気』が急激に鞘の中に集まり、それに合わせるようにして『疑似障壁』の光も――ブーンの白い光も集まる。

刀に一魂が込められる。



  
29: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:54:16.82 ID:zD7q22Rl0
  

( ,,゚Д゚) 「終わりだ!」

ギコが黒い矢を放つ。
居合いでは届かない場所からの攻撃。
いくら手を伸ばしても、自分の刃は届かない。

だが、クーに迷いはなかった。

川 ゚ -゚) 「はあああ!」

一気に刀を引き抜くクー。

刀に宿っていた自分の『気』とブーンの光は、混在し、互いを支え合い、新たな存在として確立されていく。

今まで刀を離れて存在することのなかった自分の『気』は、ブーンの光に助けられることでそれを可能にする。

( ,,゚Д゚) 「なっ!?」

白い、光の剣閃がギコへと飛んでいく。

横一文字が、彼の身体を切り裂いた。



  
30: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:56:16.38 ID:zD7q22Rl0
  

( ,,゚Д゚) 「が……はっ」

弓は真っ二つになり、彼の身体からの赤い血が吹き出る。

黒い身体は、白い剣閃によって切り裂さかれた。

ギコは、そんな傷を受けながらも、その場に踏みとどまり、顔をゆっくりと上げた。

にやりと笑う彼の顔は、この世界に絶望した男のものではなかった。
まだ希望に溢れたような、自分の行いに満足したものが浮かべるような、皮肉めいた笑顔を浮かべていた。

( ,,゚Д゚) 「……みんな……全ての人間が、」

ギコの身体がゆっくりと堕ちていく。

だが、彼は笑顔を絶やさない。

( ,,゚Д゚) 「お前みたいに……強く、優しく生きられたら、な……」

そのまま地面に倒れたギコの身体は、途端に黒いもやの身体が消えていき、彼本来の身体を取り戻す。
しかし、それが動くことは2度となかった。



  
31: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/13(土) 23:58:22.46 ID:zD7q22Rl0
  

終わった。戦いが。

クーはギコの顔が笑っていることに気がついていた。

彼は何を見てきて、何を考えてきたのか?
わからない。けれども、彼は最後の最後で満足のいく答えを見つけられたのだろうか?

彼の笑顔は何を示しているのだろうか?

川 ゚ -゚) (……行かなくては)

ギコから目を離し、前に目を向けたクー。

これでようやくジョルジュの所へ行ける。

かつての自分の同僚であり、仲間であり、理解者でもあったジョルジュ。
しかし自分の罪のせいでこのような凶行に及んでしまった人物。

行かなくてはならない。彼の所へ。
止めなくてはならない。彼を。



  
32: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/14(日) 00:01:05.52 ID:8z4BGFeD0
  

なのに、

















この、身体に突き刺さっている黒い矢はなんだ?



  
33: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/14(日) 00:01:34.01 ID:8z4BGFeD0
  

川 ゚ -゚) 「……ごほっ!」

激しい咳と共に口から出てきたのはまぎれもなく赤い血だった。
クーはそれを見て目を驚愕の色に染める。

なんだこれは。
今から戦うべき人間が、どうして血を吐いている?

どうして、前に進めない?

そして、腕を上げられないこと、呼吸もままらないことに今になって気付いた。
身体のあちこちを貫いている黒い矢は、力を奪い、前へと進む意思を失わせていく。

だが、クーはその痛みに耐えながらも足を前にさしだした。

一歩、また一歩と、ゆっくりと歩みを進めていく。

川 ゚ -゚) (私が……私がやらなくては)

どれだけ力を失おうとも、クーは刀を手放すことはしなかった。
今から戦いに向かう人間が、武器も持たずに何ができるというのか?
その思いから、絶対に刀を放すことはしなかった。



  
34: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/14(日) 00:02:42.93 ID:8z4BGFeD0
  

自分は行かなくてはならない。
行って、ジョルジュを止めなくてはならない。

なのに、どうして、どうして足が前に進まない?

川 ゚ -゚) 「くっ……」

ついに歩く力すら失った足が崩れ落ち、クーは受け身も取ることもないまま地面に倒れこんだ。

黒い矢がつっかえになって倒れにくい所が笑えてしまう。

川 ゚ -゚) (何をやっているんだ私は……)

今からでも立ち上がり、自らの罪を償わなくてはならない。

かつて自らの迷いによって犯してしまった罪。
それを償うために今まで何でもやってきた。考え続けた。戦いもした。

そうしてようやく見つけ出した自らの道なのだ。

今までやってきたことを無駄にしないためにも、
自分の心を裏切らないためにも、

早く行かなくてはならないのだ。

ジョルジュを、止めに。



  
36: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/14(日) 00:04:14.22 ID:8z4BGFeD0
  

川 ゚ -゚) 「くっ……」

だが、無常にも身体はすでに言うことをきかない。
刀を握る力すら失ったこの身体は、このまま朽ち果てるのを待つのみ。

情けない。

どうして進めないんだ?
どうして戦えないんだ?

川 ゚ -゚) 「私は……」

徐々に薄れゆく意識。

クーは自分の目に写るものを受け入れていた。

硬い地面ではない。
ここはかつて自分がいた居場所。『天国』の建物があった所。



  
37: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/14(日) 00:06:19.40 ID:8z4BGFeD0
  

見えるのは仲間。
ジョルジュの憎らしい笑顔。
照美の愛らしい笑み。
しぃの戸惑いの表情。
つーの元気いっぱいの顔。

『VIP』のビル。
狐の大人びた顔。
ぃょぅのおちゃらけた顔。
今は敵となったモナーの困り顔。

ドクオの、ショボンの、ツンの笑み。

そして……

「クー……さん」

はっきりと見えたその顔は、まぎれもなく『彼』のものだった。

いつも微笑みを忘れず、人に安心感を与えるその表情。
たった一ヶ月程度の付き合いだったけれども、彼のことはもう深くまで分かっているし、あちらも自分のことを理解してくれている。

自分の過去と、今の思い、それら全てを分かってくれている。



  
38: ◆ILuHYVG0rg :2007/01/14(日) 00:07:41.35 ID:8z4BGFeD0
  

ふっ、とクーは笑うことのできない顔で笑った。

かすかに残る意識の中にあった、絶望と悲しみが振り払われた。

川 ゚ -゚) (私は……報われた)

もうクーに悔しさや悲しみはなかった。
ただ、満足した気持ちだけが心の中にあった。

自分の思いは無駄ではなかった、と。
ここに引き継いでくれる人がいるのだから、と。

きっとギコもこんな思いを抱いていたのだろう。

川 ゚ -゚) (よかった……)

最後に見えた白い光は、自分を癒してくれた。何も不安はなかった。
深い闇の中にいても、その光はずっと自分を照らしてくれるはずだから。


クーは静かに目を閉じた。


第26話 「心の戰い 後編」 完



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